2018年09月21日

旅の肉体労働者

関東地方は秋の入り口。
アパートからお店までの通勤ルートにある柿の木の実が、
だんだん色づいてきました。

気持ちのいい季節ですね。

と、喜んでばかりはいられません。

季節の変わり目、とりわけ気温が下がる時は、
椎間板ヘルニア持ちにの僕にとって要注意の時期なのです。

そこで先日、MRIで椎間板の壊れ加減を検査してもらいました。
初めて病院送りになった2012年1月から6年半が経ち、
どれくらいガタがきているのか気になっていたのですよ。

「どうですか?」
「第3腰椎と第4の間、
 それから第4と第5の間の椎間板がやや乾いていますね。
 しかしヘルニアはそれほどひどくありませんよ」
「え? そうなんですか?」
「痛みがあった背骨の右側に炎症の跡が見られますが、
 神経を強く圧迫してはいないので、これなら軽症です」

そのわりに痛みは半端じゃなかったんだけどな。

「入院した時と同じ薬を処方しておきますから、
 また痛みが出たらそれを飲んでください」
「どんなタイミングで飲めばいいですか?」
「強い痛みが来てからではなく、違和感を感じた時点で飲んでください。
 ロキソニンは痛み止めで知られていますけど消炎機能もあるのですよ」

そうか、あんまり我慢しちゃいけなかったんだ。

「ひとつ相談したいことがあるのですが」
「はい、どうぞ」
「僕の仕事はある程度の身体能力が必要で、
 その為のトレーニングをやっているのですが、
 そのメニューが正しいかどうかのアドバイスが欲しいのですよ」
「・・・? どんなお仕事をされているのですか?」
「ん〜・・・そうですね、
 行動範囲が海抜マイナス400メートルから5000メートル、
 気温はマイナス20度から45度。
 そうした環境で20〜25キロの荷物を背負い、
 高低差のある道を何時間も歩かなければなりません」

ドクターは怪訝な表情で、

「それは何ですか?」
「料理探しです」
「・・・?」
「普段は東京の飲食店で働いていますが、
 年に合計で1カ月以上、料理を探して旅をしているのですよ。
 その旅ではさっきお話したような場所を訪れることがあり、
 いずれも最寄りの医療機関まで2日以上かかる場合が珍しくないので」
「大変ですね!
 それではこのあとリハビリルームで理学療法士から話を聞いて下さい」

2階で僕を迎えてくれたのは、体操の先生のような好青年の理学療法士さん。
そこで同じ説明をすると、

「へぇ〜、なるほど! 分かりました。
 それでどんなトレーニングをしているのですか?」
「週5回の基礎的な筋トレと週3回のジョギングです」
「ジョギングは問題ないですよ。筋トレは何をやっています?」
「弱い椎間板を守らなければならないので、腹筋と背筋を中心に鍛えています」
「ちょっとやってみて下さい」

そこで僕はベンチに仰向けで横になり、
両足を揃えて上げ下げするメニューをやってみせました。
30度まで10回、60度10回、そして90度10回。

「うん、いいじゃないですか。でも90度は過激ですよ。
 特に勢いを付けてやると腰に負荷がかかり過ぎます」

次は背筋です。ベンチにうつぶせになり、
手のひらを後頭部の後ろで組んでエビ反りに上半身を起こします。

「これも問題ないですよ。
 でも腹筋の時と同じように、速く勢いをつけてやると良くないです。
 全体的に呼吸を続けながらゆっくりやってみて下さい」

こうして意外にもあまりダメ出しはされず、
別の効果的なメニューも教えて頂いて、僕は病院を出たのでした。

総合的に判断すると、
椎間板ヘルニアはさいわい手術が必要なレベルではない。
トレーニングのメニューもほぼOK。
今後は腰に違和感を感じた時点でロキソニンを飲み、
炎症がひどくなる前に抑える・・・ってことかな?

安心材料をもらった僕は、その日の夕方トレーニングに行き、
ウォームアップが終わったところで試しに体のギアをトップに入れてみました。
坂道をダッシュで登り切り、
スピードを落としたら体に違和感がないかチェックします。

左足・・・OK、右足・・・OK、腰・・・OK、
上半身・・・OK。いやな感じはない。
どうやら復活したみたいだな。

とまぁ、55歳にしてこんなことをやらにゃならんのですからね。
旅の食堂ってのは、因果な商売でございます。

えーじ
posted by ととら at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月17日

第16回取材旅行 その18 最終回

北欧諸国に『生き方の自由』の点で大きく引き離された僕らの日本。
前回は僕なりに考えた原因のひとつ、
メード イン ジャパンの悲しい『王道主義』についてお話しました。

自ら入る『概念の檻』ともいえるこのイズムは、
信仰に近い力を持って、
この島国に広く深く根を張っていると僕は考えています。

そしてその巨木から咲いた暗黒の花が『普通主義』。

これまた簡単に例を挙げると、

”僕は性的に女性が好きです。
 男性に性的な関心は持っていません。
 男性が女性を好み、女性が男性を好きなるのは自然なこと。
 そうでなければ子供が出来ませんからね。”

というのが『普通主義』の典型的な考え方のひとつ。
自然科学を引用しているようでいて、
実は自分の感覚を世界標準に拡大しているだけです。

僕がこれを怖いと言ったのは、こうした考え方が自らを『普通』と称し、
それ以外を排除しようとする傾向がきわめて強いからなんですよ。
そしてこの考え方を持つ人が増えて『普通』を『正常』と言い換え、
『普通ではない』を『異常』とした時、
さらに『正常』を『優秀』と言い換え、『異常』を『劣等』とした時、
僕たちの歴史の中では、
凄惨なエスノサイドが繰り広げられたのではなかったでしょうか?

先日炎上した杉田水脈衆議院議員の書いた記事は僕も読みましたが、
彼女が開陳した意見の後半は、
まさしく典型的な『普通主義』の吐露でした。
LGB(T)のひとは普通じゃない。
日本を自分のような異性愛以外の人が蔓延した国にしたくない・・のね。

僕は彼女が個人としてこうした思想を持つことそのものは、
どうでもいいと考えています。
しかし代表民主制の国会議員が持っているとなると、
話は思いっきり変わってくるでしょう。

なぜなら彼女が『代表』となるからには、
彼女の意見に賛同する人がそれなりの数でいるということだからです。
(さいわい小選挙区ではなく、比例代表で当選した議員ですが)

これはマジで怖い。

え? そんな人は自分の周りにはいない?
そうですか?

じゃ、ちょっとしたチェックプログラムを走らせてみて下さい。
会話や文章の中で「常識」「絶対」「普通」「当然」「当り前」「ありえない」、
こうしたキーワードが
発言者の考えを正当化する目的で飛び交っていません?

僕は杉田議員の記事を繰り返し読んで、
心底「むわぁ〜・・・」っと思いましたよ。

だって彼女たちが力をつけてその主張に沿った法案を通すようになったら、
僕なんか再教育キャンプ行き間違いなしですからね。
なぜなら僕は異性愛ですが、異性愛以外の友人がいますし、
彼、彼女、そして彼でも彼女でもない人たちも好きだから。

ここでも誤解なきよう言っておかなければなりませんが、
僕は友人たちがLGBTの何れかだから好きなのではありません。
これまた僕にとってはどうでもいいことなのです。

もっと言えば、あなたの性がなんだろうが、肌が何色だろうが、
国籍が何処だろうが、何語を母語としていようが、宗教がなんだろうが、
僕にとってはあまり大きな意味はない。

なぜなら僕は、あなたをただの地球人としてしか見ていないから。

その逆もまた然り。
僕は社会的なステータスではなく、
(さいわい、ちやほやされるものはありませんけど)
素の自分として接してもらえる時が一番うれしい。

スウェーデンでは、
早くも1944年にホモセクシャルの差別が法律で禁止されました。
多様性についてのスタンスは、
2018年になっても『普通主義』が跋扈している日本を
完全にぶっちぎっていると思います。

「君は自分の国籍をどこだと思う?」

オスロで出会ったベトナム系ノルウェー人のダニエルにこう訊いた時、
「そうですね・・・」と少し考え込んでから、

「やっぱりノルウェーかな?」

彼はそう答えてきました。
これはあくまでひとつの限定された例ですが、
それでも難民の2世が下した、
受け入れ国についての大きな評価だと思います。

僕たちの日本は、こんな風に思ってもらえているのでしょうか?
(難民の受け入れ率は申請数のたった0.2パーセントですけど)

とまぁ、北欧の旅の後半は、
日本人としての自己卑下的なお話が多くなってしまいましたが、
僕は奇妙な高揚感を持って帰国の途についたのでした。

人類の壮大な社会システムの実験は共産主義で打ち止めとなり、
それがキューバを残して形骸化したいま、
僕らはバグだらけの民主主義+資本主義でやって行くしかないのか?
と、気が滅入っていたのですが、
ところがどっこい、北欧では静かな革命が進んでいたのですね。

今回の旅は行って良かった。

僕は心からそう思っています。

えーじ(生産性なし)

fi_us.jpg

See you on the next trip!!

P.S.
今回、ところどころで統計資料を引用しましたけど、
ご参考程度に読んでおいて下さい。
裏を取っていない数字は出どころが何処であれ、
僕は手放しで信用していませんので。
posted by ととら at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月14日

第16回取材旅行 その17

仕事より私生活に軸足を置いた生き方。
収入格差の少ない社会。
大量消費に依存せず結果を出す経済。

そして少子高齢化は不可逆的な歴史の流れとして、
国民の不安を全世代の範囲で包括的にフォローした北欧諸国。

これだけでも他国が追い付くには、
10年かそこいらじゃ難しいハードルだと思いますが、
こと僕らの日本と比較した場合、
最も大きな違いがあると僕が感じたのは、
多様性についてのスタンスでした。

北欧の人種と言えば、
長身痩躯の金髪碧眼というのがステレオタイプのイメージですが、
そうした人ばかりと思いきや、
実際に首都に着いて驚いたのが移民の多さ。
彼、彼女たちは昨今ニュースで報じられる中東系、アフリカ系だけではなく、
古くはベトナム難民やロマの姿まで珍しくありませんでした。
また北部では先住民族のサーミ人が、
ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアにまたがって住んでいます。

こうした場合、マイノリティは文化的にマジョリティに吸収され、
民族としてのアイデンティティを強制的に薄められてゆくケースがありますが、
(内戦の主たる原因のひとつですね)
憲法で少数民族が独自の文化を保持する権利が保証されているフィンランドでは、
1992年に制定され、2004年に改訂されたサーミ語法のように、
少数民族の言語が公用語として使われている地域すらあります。

このレベルを日本に置き換えてみると、
たとえば沖縄県では琉球語が、
北海道の平取町二風谷ではアイヌ語が公用語として用いられるようになりますね。
まぁ、そのハードルの高さは、
日本単一民族説の支持者の多さからしてご想像にお任せしますが・・・

ここでまたちょっと興味深い数字を見てみましょう。

国連の関連機関である、
国際連合持続可能開発ソリューションネットワーク(UNSDSN)が発表している
『World Happiness Report』によると、
データのある世界158カ国中の幸福度ランキングは、

2位 アイスランド   7.561
3位 デンマーク    7.527
4位 ノルウェー    7.522
6位 フィンランド   7.406
8位 スウェーデン   7.364
・・・・・・・・・・・・・・・
46位 日本       5.987

こんな評価がなされているのですね。

そこでこの数字の指標である、1人あたりのGDP、健康寿命、社会的支援、
気前よさ、腐敗認識度、生き方の自由度から、
最後の『生き方の自由』を切り出してみると、同じくUNSDSNのデータによれば、

1位 ノルウェー    0.952
2位 スウェーデン   0.942
7位 デンマーク    0.932
8位 フィンランド   0.925
15位 アイスランド   0.913
・・・・・・・・・・・・・・・
54位 日本       0.787

という順位になっていました。
日本はこの点で8つも順位を落としています。

ん? 意義あり?
日本を北朝鮮やサウジアラビアと一緒にするな?
政治は圧政ではないし言論の自由も保証されているじゃないか?

そのとおり。
でも思想はともかく、生き方というと、どうでしょうね?

寿命が世界トップクラスで経済も上位であるにもかかわらず、
なぜか内外ともに『生き難い』という声が聞かれる僕たちの日本。
僕はその中心にあるのが、
『王道主義』と『普通主義』なのではないかと考えています。

これ、僕の造語なんですけどね。
『王道主義』とは、いうなれば『あるべき人生の絶対値』です。
分かり易く言うと、
一流大学を卒業し、一流企業に就職し、結婚して、子供が出来て、
昇進して、家を買い、そして子供を自らが歩んだこの『王道』に乗せるべく、
一流大学に入れてゴール!

全部クリアするとあなたの人生は100点満点!

どれかが欠ける、
たとえば大学が2流、企業が3流、結婚しない、子供が出来ない、
こうしたことがあると、どんどん減点されてしまいます。

先日、40歳代前半の女性と話をしていた時のこと。
彼女は大学と企業のハードルは見事にクリアしましたが、
自身の選択で結婚はせず、従って子供もいません。

ところが彼女曰く、ここ数年は『結婚していない、子供がいない』ことについて、
私生活のみならず、職場の風当たりは想像を超えるものになってきたそうです。
さながら自分になにか致命的欠陥があるかのように感じることがある、
と言っていました。

え? 君はどうなんだ?

そうですね、僕は『王道主義』基準で自己評価すると、
25点くらいじゃないかしらん?

うわぁ、これじゃ僕の人生は赤点だ! 生まれてすみません!

なんて、太宰さんじゃないんだからいいませんよ。

僕は不幸にも、
いや幸いにしてハックルベリー・フィンのように生まれ育ったので、
のっけからこのゲームボードに乗らない、
アウト オブ スタンダードとして大人になりました。

ですから先の彼女を誰がどう言おうと、彼女がどう自己評価しようと、
僕は彼女を魅力にあふれた素敵な人だと思っています。
反対に誰かが王道まっしぐらの100点満点だからといって、
スゴイなぁ、カッコイイ人だなぁ、とは思わない。
はっきり言って、そんな基準はどうでもいい。

『王道主義』ってのは悲しいゲームなんですよ。
負けたら減点を背負った人生を歩まなければならないし、
勝ってもどこかで人を見下すゴーマン人間になりかねない。
こうしたプレーヤーがこの小さな島国に溢れかえれば、
そりゃ生き難くもなりますよ。

3流企業で働こうが、結婚しなかろうが、子供がいなかろうが、
いいじゃないですか?
生き方ってのは、そもそも多様なものなんだから。
王道なんてない。あなたが幸せであればそれでいい。
そもそも人生に勝ったも負けたもないんだから。

卑近な例で恐縮ですが、
僕は王道主義基準で自己評価25点ですけど、とても幸せですよ。
誰かを羨ましいとは思っていませんし。なりたい人のモデルもない。
いまの自分と自分の生き方が好き。
僕の人生、これでいい。

話をもとに戻しましょう。

繰り返しになりますが、
僕が北欧諸国を旅して感じた日本との最も大きな違いは、
生き方の多様性についてのスタンスでした。

人間の在りようがもともと多様であるにもかかわらず、
日本では文化的にエントリーされている生き方が、
あまりに画一的で少ない。

誤解のなきよう付け加えておきますと、
僕は王道主義そのものが悪いとは言っているのではありません。
信仰と同じく、それを信じることもまた個人の自由です。
ただ『王道主義しかない』と多くの人が思い込んでしまえば、
当然の結果として社会は多くの人々にとって生き難いものにならざるを得ない。
しかし、これは北欧諸国に倣わずとも変えられるんですよ。
なぜなら『考え方』とは物理法則に裏付けられた実体ではなく、
僕たち個々の頭の中にしかない、恣意的な想念なのだから。

あれ? 今回で最終回にしようと思っていたのですが、
だいぶ長くなってしまいました。

悲しいを通り越してけっこう怖い『普通主義』については、
こんどこそ最終回の次回にお話しましょう。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月11日

第16回取材旅行 その16

今回も経済ネタをもう一丁。
いや、経済プラス政治・・・プラス哲学・・・かな?

『その15』では、
北欧諸国の経済の特異性を目に見える範囲でお話しました。
加えて数字の上でなら驚いた、いや、感心したのは、
所得の格差の小ささです。

まずその数字を見てみましょう。

ワールドファクトブック(CIA)の2013年の統計によると、
所得の格差を表すジニ係数(数字が大きいほど格差も大きい)は、
日本の37.9パーセント(格差ランキング141ヵ国中73位)に比べ、

125位 アイスランド 28.0 パーセント
131位 フィンランド 26.8 パーセント
135位 ノルウェー  25.0 パーセント
137位 デンマーク  24.8 パーセント
141位 スウェーデン 23.0 パーセント(首位!)

北欧5カ国はスゴイですね。
社会主義国家じゃないにもかかわらずこの数字をはじき出すとは!
スウェーデンなんてデータのある141ヵ国中1位ですよ。

で、この数字のタネ明かしをすると
同じ資本主義ながら日本とこれほどまでに大きな差を生み出した仕掛けは、
抜け道のない強烈な累進課税制度です。
もちろんこの制度そのものは日本にもあります。
しかしその税率と厳格性がぜんぜん違う。

僕が感心したのは、こうした税制自体ではなく、
導入の背景となった国民の考え方です。

僕たちは意識的にせよ無意識的にせよ、
億万長者と食に事欠く貧乏人のいる社会を選びました。
いかなる格差であろうとも、
それがその人の『能力と努力の結果』であれば問題ない。
これは『努力至上主義』とでも言い換えられるかもしれません。
努力がすべての結果を肯定しているのですからね。

しかし彼らは、
極端な億万長者も貧乏人もいない社会を選んだのです。

その根拠となった思想は先の『努力至上主義』とは根本的に異なるものでした。
まず『健全な経済』の定義からして違います。
それは、
『限られた富が社会構成員の中で、
 バランスよく分配されることによってのみ実現する』、
というものですからね。

そういうとコミュニストがにんまりしそうですけど、
ソビエトのすったもんだを近くで見ていた北欧諸国、
とりわけスウェーデンは共産主義にさっさと見切りをつけていました。
そこで考え出したのが、ソビエトのように企業を国有化することで、
格差の原因にメスを入れるのではなく、
それはなるべくいじらないようにしてブルジョア層を安心させ、
税法によって格差を抑制された範囲内に収める政策を取ったのですよ。

なるほど僕たちが実際に旅した範囲では、
所得が目に見える形で分かる住宅と自動車に関して言えば、
グレードに極端な差はないと思いました。

これはよく考えるとごもっともな選択で、
たとえばひとりの億万長者が宇宙旅行で55億円(※)を使うよりも、
この剰余を税として徴収し、奨学金や医療費として使った方が、
社会の利益になるんじゃないのか?

そういうことなんですよね。

皆さんはどう思います?

えーじ

to be continued...


スペース・アドベンチャーズ社が提供する宇宙ステーション滞在型の旅行の費用。
すでに8名が参加されたそうで。
posted by ととら at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月09日

第16回取材旅行 その15

そろそろ取材旅行のブログもまとめなくちゃなぁ・・・

と思った矢先の入院日記パート2。
それが『その6』まで続いてしまったので、
帰国から2カ月も経ってしまいました。

しかしながらこの期間、
僕の頭の中では北欧諸国での経験が、
ず〜っとループしていたのですよ。

出発する前、ノルウェー、スウェーデン、
フィンランドについて抱いていたイメージは、
ありがちな『高税率高福祉社会』のレベルを出ていませんでした。

ところが自分で歩いて見えてきたのは、
想像をはるかに超えた北欧3カ国の特異性だったのです。

今回はその中の一つ、経済について旅人目線のお話をしましょうか。

北欧諸国が採用している経済システムは、日本と同じ資本主義。
しかし、そのアウトプットは、だいぶ違っているように見えました。

まず分かり易くこの数字から始めましょう。

世界銀行の2013年の統計によれば、
日本人ひとり当たりの平均所得は4,139,300円/年。
これはデータのある171ヵ国中18位だそうな。

そこでアイスランドも含めた北欧5カ国の数字も並べてみると、

3位 ノルウェー  7,317,200円 (日本の約1.77倍)
8位 スウェーデン 4,923,600円 (同  約1.19倍)
10位 デンマーク  4,890,600円 (同  約1.18倍)
16位 アイスランド 4,275,700円 (同  約1.03倍)
17位 フィンランド 4,232,800円 (同  約1.02倍)

となるんですよ。

で、素朴な印象として、日本の1.2倍程度までであればまだしも、
ノルウェーのように1.77倍も稼ぐとあっては大変だな!
いったい月に何時間働いているんだろう?
と僕は他人事ながら心配になりました。

ところがアイスランドを除く4カ国を訪れてみれば、
(デンマークに行ったのは2012年)
栄養ドリンクを飲んでしゃかりきに働く僕たちのような人は、
どうやらあんまりいそうもなさそうじゃないですか。
オフィス街は夜になるとほとんど電気が消えますし、
物販店も17時を過ぎれば早々に閉店となります。
20時以降に駅に行くとオスロやヘルシンキですら閑散とした状態。
週末もそう。日曜日の繁華街なんて静かなものですよ。
なんか『稼がなきゃ〜っ!』って、かつかつしたムードがない。

そこで気になるのは同業者。
ブラックで名高い日本の飲食店と言えば、
キッチン、ホール共にギリギリの人数で切り盛りするのが定石。
しかし、北欧はどうでしょう?
僕らが見た範囲では、
ひとりのホールが担当するのはせいぜい10人未満。
料理の内容と提供速度からすると、
ととら亭規模(席数16)のレストランでも、
キッチンは最低2人いるんじゃないかな?
うちみたいに一人でやるなんてありえないでしょうね。
大体にしてスタッフが駆けずり回ってないし、
楽しそうに余裕の笑顔を浮かべている。
羨ましい光景でしたよ、ほんと。

で、何にも増して驚いたのは、書き入れ時に休業してしまうこと。
観光客が最も訪れる6、7月に、
1カ月くらいどっかり休んでしまう飲食店が珍しくないんですよ。

なぜか?

北欧で一番いい季節が短い夏。
であれば、優先順位を考えるなら、
仕事ではなく、家族と過ごすのが当然じゃないですか?

と答えられて返す言葉に窮するのが、
家族のために家族を見捨てて働くのも憚らない僕たち日本人。
今どき正月返上で働く人なんて珍しくありませんし、
単身赴任という悲しい勤務形態も普通にまかり通っていますからね。

さらに大きな謎がもうひとつ。

所得水準が高いということは景気がいい。
そして好景気とは、
製造→販売・購入→消費→廃棄の流れの高速化に他なりません。
どんどん作ってじゃんじゃん捨てるのが僕らの大量消費社会。
となれば、北欧でも製品の『新しさ』は必要不可欠のはずですよね?

その仮説をひっくり返す分かり易い例が僕たちを待っていました。
それはデジタルカメラ。

アジアの観光地に行って写真を撮っている観光客の手元を観察すれば、
カメラはスマートフォンか高級一眼レフがほとんど。
かつて一世を風靡したコンパクトデジタルカメラを持っている人は、
まず見かけません。

ところが北欧と言わず北、西ヨーロッパでは、
アンティーク級のコンパクトデジタルカメラを使っている人がまだ沢山います。
そう、デジタル家電に限らず、
ヨーロピアンはニューモデルが出てもあまり飛びつかないんですよ。
たとえおカネに不自由していなくても、買ったものは壊れるまで使い続ける。
そして壊れたら買い替えるのではなく、まず直すことを考える。
モノに関して言えば僕らが見た限り、はっきり言って質素です。
気に入ったものを長く使い続けるって感じ。

む〜・・・・

仕事より私生活に軸足を置き、
職場が非人間的なオーバーワークにならないようワークシェアを行い、
大量消費を経済発展のバネとせず、
それでいて所得は僕たち日本人を凌いでいる・・・

なぜそんなことが可能なのか?

これ、僕の宿題の一つなんですよ。

えーじ

to be continued...
posted by ととら at 22:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月05日

やってよかったこの料理

初めて南アフリカ共和国を訪れたのは2016年2月のこと。
この時の取材対象の筆頭に挙がっていた料理が、
昨夏にご紹介したペリペリチキンでした。
そして事前調査の段階で、
この料理の源流がモザンビークにあるのでは?
ということも分かっていたのです。

そう、今やっているモザンビーク料理特集は、
2016年のケープタウン滞在中から検討していた企画なのですよ。

旅の料理は3カ月ごとに切り替えています。
しかし場合によっては、
今回のように構想2年に及ぶケースも珍しくありません。
そしてその取材旅行も行き慣れたアジアや、
交通機関が整備された北欧のようにすんなり進むことはなく、
スリルとサスペンスに満ちた、
体力と忍耐力のテストのような内容になるのがお約束。

実際、今年の1月下旬から2月上旬に行った、
南アフリカ → エスワティニ(旧国名スワジランド) → モザンビークの旅は、
『やっぱりねぇ・・・』な道中となりました。
(詳しくはこのブログでキーワード『第15回取材旅行』を検索してみて下さい)

と、手前味噌ながら、
時間と苦労と思いの詰まったモザンビーク料理特集ではありますが、
白状しますとリリースする直前のビジネス的予想は二人して、

「ん〜・・・ちょっとマニアックだからな・・・ウケないかも?」

だったのですよ。

厳しい現実として、料理の出来や僕たちの思いと仕事の結果は別もの。
実際、気合の入り方といい、料理のユニークさといい、
「ヒット間違いなし!」と踏んでコケた企画もありました。

それに写真で見る限り、モザンビークの料理って地味でしょう?
カリル・デ・アメンドインなんて、薄茶色一色のシチューですから、
写真映えしないことこの上なし!
メニュー撮影していて、
「せめて視覚的アクセントとしてパセリくらい振ろうかしらん?」
との誘惑にかられましたが、
味だけではなく見栄えも再現するというのが『ととらポリシー』。
ぐっと我慢しながらライティングでなんとかしたものの、
それでもシズル感(※)はありませんよね?

仕方ない。
せっかく取材したんだからダメもとでやってみよう・・・
という何とも心許ないスタートを切ったのがこの7月。

ところが世の中わからないもので、
リリースするやいなや、モザンビーク料理は大好評となりました。
しかも4品に偏りなく、
見かけの地味なマタパやカリル・デ・アメンドインでさえ沢山のご注文を頂き、
時には「おいしい! もうひとつ追加!」
なんて嬉しいアンコールまで!

いろいろな意味で長い道のりの末にご紹介した料理とあって、
この結果には僕たちの達成感もひとしおでした。

さて、そんなモザンビーク料理も9月30日(日)で終了します。
やっている僕たちが言うのもなんですが、
いつも終了間際にはちょっと寂しい気分になりますね。

これもひとつの出会いと別れ・・・か。

旅の食堂ならではの仕事の一つなのかもしれませんね。

えーじ

※ シズル感
英語のsizzle(自動詞:ジュージューいう 名詞:ジュージューいう音)が語源。
料理業界の場合、湯気が立つラーメン、油が跳ねるステーキなど、
食べ物がおいしそうに見える演出や感覚の意味で使われる。
posted by ととら at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月01日

甘いぜ日本! 後編

酸っぱくてショッパイが当たり前の梅干しが、
いつしか甘味料漬けになった日本。

驚きました。

でもそれには「やっぱり・・・」
というため息交じりの納得感も混ざっていたのですよ。
それというのも・・・

第16回取材旅行で訪れたノルウェー。
オスロで僕たちは中国人のアレックスと、
ベトナム系ノルウェー人のダニエルに会いました。

日本の大学に留学経験のある二人に僕が訊いた質問の一つが、

『日本に来て食文化で一番驚いたことはなに?』

すると彼らの反応は迅速でした。
異口同音に飛び出してきたのは、

「食べ物が甘い!」

だったのです。

アレックスからはお国柄、ギョーザ探求の参考になる、
素材や調理方法の違いなどを期待していた僕は、
思わずそのまま固まってしまいました。

日本の食べ物が甘い・・・って?

二人と別れてホテルまでの帰り道、
僕たちは彼らの答えを反芻しながら話していました。

なるほどな、
日本で生まれてずっと日本人をやってると、
これには気付かなかったよ。
確かに日本の料理は甘い。
正確に言えば、日本食とカテゴライズされている料理には、
かなりの割合で砂糖が使われている。

そうかな?

といま訝っているあなたに具体的な例を挙げてみましょう。

外国人が来日して必ずと言っていい確率で口にする日本食。
それは、寿司、すき焼き、天ぷらだと思いますが、
これらにはすべからく何らかの形で砂糖が使われていますよね?

加えてバックパッカーなら日本のファーストフード、
ドンブリ系を食べると思いますが、
牛丼、天丼、かつ丼、親子丼、
これらもすべて砂糖で味を付けています。

大体にして砂糖を使わない煮物は、
こと関東に限って言えば珍しいのではないでしょうか?

飲みに行くなら焼き鳥屋。
外国人にとって主流は塩よりタレでしょう?
日本の代表的な世界料理であるテリヤキも、
砂糖なくしては作れません。

僕が「やっぱり・・・」と思った背景には、
アラブ圏での経験もありました。
アラブのスィーツの強力な甘さには僕も辟易していましたが、
実はアラブ料理はスイーツを除くと基本的に砂糖を使わないのです。

以前読んだ本に、
アラブ系の留学生が日本で食事の料理が甘いのに困った、
と書いてあったのも記憶にあります。

さらにこの『甘さ好み』の傾向は和食を超えて、
洋食の範囲にも当てはまるのです。

そう、『伝統的な』洋食となった、
ナポリタン、オムライス、ハンバーグ、とんかつはいわずもがな、
カレーライスですら、すべからく『甘味』が橋渡しとなって、
日本に帰化したのではないでしょうか?

そしてその橋渡し役とは具体的に、
甘い調味料であるトマトケチャップと、とんかつソースなのではないか?

さらに洋食の王道ともいえる陰の主役のデミグラスソース。
これがまたけっこう砂糖を入れるレシピなのです。

この傾向はさらに拡大され、コロッケ、ポテトサラダ、はてやギョーザにまで、
本来のレシピには含まれていない砂糖が加えられているケースが散見されます。

ここでオスロの一件に戻りましょう。

アレックスの出身国である中国、
ダニエルの生れはノルウェーですが、
両親の出身地であるベトナムの食文化の影響も受けているでしょう。
ならば国民一人当たりの砂糖の消費量を国別で比較してみると、
(以下すべて1人/1年)

ノルウェー 34.9キログラム
ベトナム  18.4キログラム
日本    16.6キログラム
中国    11.4キログラム

この数字は単純に消費された量なので、
『どのように』なのかは分かりません。
(出典もいくつかの情報を合成したので確度は少々微妙です)

しかしノルウェーとベトナムの数字をもとに、
ダニエルの日本食から受けた印象を鑑みると、
各国で砂糖の摂り方には大きな違いがあるのではないか?
という仮説が導き出せます。

これはアラブ圏にも該当し、
砂糖の消費量は日本の3倍前後もありながら、
「日本の食事は甘くて!」と嘆くからには、
厳密な砂糖使用のルールが垣間見えてくるとは思いませんか?

僕は以前に著書でパン食文化圏と米食文化圏は、
炭水化物の摂取方法において、
それぞれ油の文化と塩の文化が対応していると書きました。
これは旅をしなければ分からないレベルの話ではなく、
パンに塩を付けて食べないし(含まれてはいますよ)、
ご飯に油をかけたら気持ち悪くて食べられないでしょう?
(バターをご飯に乗せて食べるという猛者もいますが、
 無塩バターではありませんよね?)

それと同様に、僕たち人間の食文化では、
社会のコードとも言うべき次元で、
『甘味に対する暗黙の了解』があるのではないか?

なるほど日本食は一般的にいって甘い。
だから食後に甘みのダメ押しとなるデザートが発達しなかった。
それは翻ると食事に砂糖をあまり使わない西洋が、
ヘビースイートのデザートで一挙に砂糖の消費量を押し上げているという、
印象と消費量の矛盾を説明しています。

甘いぜ日本!

これは僕たちとって透明化した日本食の、
世界における特異性の証言なのかもしれません。

でも僕は、
酸っぱくて、ほどよくショッパイ梅干しが好きですけどね。

えーじ
posted by ととら at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月29日

甘いぜ日本! 前編

まもなく9月。
やっと酷暑の出口がかすかに見えてきた感のある東京です。

いやぁ〜、まったくをもってしんどい夏ですね。
体質的に夏バテしない僕らですが、
あんな異常高温が続いたとあっては、
普段以上に体調管理には気を遣わざるをえませんでした。

といっても何か特別なことをしたのではなく、
バランスのいい食事をしっかり食べて、
睡眠時間を毎日6時間以上取り、
今やらなければならない仕事以外は手を付けない。
この3点で乗り切っていたのです。

中でも大切なのはやっぱり食事。
日々がエアコンなしのジムでエクササイズしているようなものですから、
かいている汗もいわゆる『じとぉ〜・・・』レベルではありません。
(あ、営業が始まる前に二人とも着替えてますよ!)

そうなると欠かせないのは塩分。
ここが僕にはちょっと難しい。
薄味好みなので、しょっぱい食べ物が苦手なんですよ。
東京ではデフォルトの味付けのラーメンはまず食べられないくらいですから。
(関西出身ではありませんけど)

そこで頼りだったのが義母の漬けた梅干しです。
これが昔ながらの強烈な酸っぱさがありながら、
塩気はあまり強くなく、食後にひとつ頬張るには最適だったのです。
しかし梅干しを作るというのはなかなか骨の折れる作業で、
昨今は残念ながらできなくなってしまったのでした。

どうしたもんだろ?
既製品を買って来るしかないか?

そんなある日、ともこがスーパーで買ってきてくれたのですが、
「えーじにはどうかなぁ・・・」と前置きが・・・

ま、せっかくだからひとつ食べてみましょう。

ここで本件における最初の衝撃があったのです。

「うへぇ〜、すんごくしょっぱいな!」
「でしょ? 塩分濃度20パーセントだもん」
「ひゃあ〜、血管が切れそうだ。水、水!」

訊けば義母が漬けていた時の塩分濃度は、
カビが生えるギリギリだったそうな。
どおりで僕が食べられたわけだ。

その後、残った超辛口梅干しは調味料扱いで食べきり、
再びともこが別の種類を買ってきてくれたのですが、
ここで二つ目の衝撃が僕を襲ったのです。

「うげ! なんだいこりゃ?」
「って言うと思ったわ」
「思ったわって、これなに?」
「梅干しよ」
「梅干し? 変な味だぜ、甘ったるいし」
「甘味料が入ってるのよ」
「梅干しに? なぜ?」
「食べやすいからでしょ」
「でも梅干しじゃなくなっちゃってるじゃないか」
「だからえーじはそういうと思ったのよ」
「む〜・・・こりゃ別の食べ物だよ。僕は普通の梅干しがいいんだけどな」
「それがないのよ」
「・・・? そんなことないでしょ?」
「ほんとよ。こんど一緒にスーパー行ってみる?」

で、行ってみました。

あるじゃん。梅干し。
何種類も棚に並んでいます。
しかし・・・

「ん? こりゃはちみつ漬けだ。あれ? これもじゃないか。
 こっちはステビアが入ってる」

パッケージを手に取り原材料を見ると、
ほぼすべてに蜂蜜や砂糖などの甘味料が添加されているではないですか!

なぜだ?

答えは明白、その方が売れるからです。
換言すれば、甘くない梅干しは売れない。
なんと甘味料抜きの梅干しは数ある中でもたった1種類しかありませんでした。
しかも塩分濃度が20パーセント。

そういうことなのか・・・

いつから日本は梅干しの甘い国になってしまったんだ?

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月25日

入院日記パート2 最終回

ん? 朝?

静かだ・・・
まだ起床時間前なんだろう。

睡眠薬のような鎮痛剤の副作用で、
昨夜も22時頃には眠ってしまいました。
しっかり休んだせいか、体調はだいぶ回復して来たようです。

どれ、起き上がれるか、ゆっくり試してみよう。

仰向けの姿勢から体を横向きにし、
ベッドの柵を左手で握りながら右腕でベッドを押すようにして、
僕は上半身を起こしてみました。

ふぅ・・・いいじゃないか。
この調子で昨日のようにトイレまで行ってみるか。
歩行器を使えば問題はない。

途中で背中の神経が何度かビリっと震えるような感じになりましたが、
びきっとくる激痛はありません。

よ〜し、いい兆候だ。

椎間板ヘルニアというのは、飛び出した椎間板が並行して走る神経を圧迫し、
それによって様々な痛みが発生する病気だそうですが、
個人的な経験で言えば、
痛みは圧迫された神経が炎症を起こすと発生するようです。

事実、僕の場合、普通に動けている時は何も痛みは感じませんけれど、
その時も椎間板は引っ込んでいるわけではなく、出っ張ったままなのですよね。
で、何が天国と地獄を分けているかというと、それは神経の状態なんですよ。
ですから『ビリっと震えるような感じ』というのは、
炎症が収まりつつある神経が刺激に反応したときの感覚なのです。

朝食が終わり、薬を飲んだ僕は暫く考えていました。

ダメージが少なかったのか、思ったより回復してきたみたいだ。
今日は土曜日。
日曜日の退院はないから最短で月曜日には帰れる・・・か。
でも短縮しているとはいえ週末の営業をともこがひとりでやるのは大変だ。
最悪、僕が退院したら彼女が入院、なんてことになりかねない。

どうするべきか?

よし、ドクターの回診前に、遠い方のトイレまで、
トレッキングポールだけを使って行ってみよう。
それが成功すれば、今日退院できるかもしれない。

僕は折りたたんでおいたポールを取り出し、
長さを調節し始めました。

ちょっと短めの方が体重をかけやすいな。
OK、こんなもんだろう。
じゃ、行ってみますか。

立ち上がるところまでは歩行器を使った時と同じ。
新たな挑戦はここからです。

Possible, Possible, Possible, Possible,,,,

僕は呪文のように呟きながら意識を集中させ始めました。

まず歩幅を小さく、右足から一歩進もう。
で、次は左だ。
OK、右・・・左・・・右・・・左・・・
よし、病室を出たぞ。左に90度転回。
そのまま真っ直ぐ5メートル。
障害物なし。

左側にナースステーションが見えてきました。
看護士さんたちが心配そうに見ています。
今は両手がふさがっているので、
サムアップじゃなくて左目でウインク。

トイレはどこだ?
あ、あそこにサインがある。左の通路のどんずまりか。
ここからさらに6メートルってとこかな?
大丈夫、行けるぜ。

こうした時に焦りは禁物です。
赤ん坊のように初心に戻って、

右・・・左・・・右・・・左・・・

着いた!
ドアを開けて・・・立ったままはまだ危険だから、
便座に腰かけて・・・

OK、50パーセント完了だ。
戻るぞ。
と、その前に手を洗うんだけど・・・
こういう時に自動で水が出る蛇口は本当にありがたい。
両手をポールから離さないで済む。
で、前傾姿勢にならないよう片手ずつ洗って・・・
タオルで拭いたら脱出だ!

帰りは看護士さんたちも笑顔で見ていてくれました。
無事にベッドまで戻った僕は、額の汗を拭いながらほっと一息。

やったぜ、テスト成功だ。
これなら許可さえあれば帰れる!

そして30分も経たないうちにドクターがやって来ました。

「如何ですか?」
「昨日より更に良くなりました。
 もうポールだけでトイレの往復も出来ます」
「あら。じゃ、ちょっといいかしら」

彼女は僕の足首を握り、ぐっとつま先を上に押し上げ、
それに僕が反応しないのを確認すると、
伸ばしたままの足の踵を少しずつ上に上げ始めました。

「どうですか?」
「痛みはありません」

このテスト。受けた方はご存知でしょうが、
神経が炎症を起こしている状態でやると、
ほどなくして足だけではなく悲鳴も上げることになります。
しかし、今日の僕は涼しい顔。

「薬がだいぶ効いてきたようですね」
「はい。一昨日の痛みが嘘のようですよ」
「どうしましょう? このまま退院してもいいですし、
 明日は病院の会計が休みですから、
 月曜日までゆっくりしていてもいいですよ」
 
よっしゃ〜!
 
「それでは仕事がありますので今日退院させて下さい」
「分かりました」

彼女は看護士さんの方を向き、

「点滴の後で会計に行ってもらって下さい」

上手く行った、最短で退院だ!

「というわけなんだよ」
「え〜っ! こんなに早く? 大丈夫?」

電話から聞こえるともこの声が大き過ぎて音が割れています。

「ああ、完全回復というわけじゃないけど、
 自宅で静養するには問題ない。
 自分で歩けるから手続きを済ませて一人で帰るよ」

僕は再びベッドに寝ころんで天井を見上げていました。

3日間だったけどちょっと名残惜しいな。
痛みさえなければ上げ善据え膳の夏休みだったし・・・
でも、ともこが孤軍奮闘中じゃ、そうもしていられない。
それにしても寝心地のいいベッドと枕だな。
アパートに持って帰りたいくらいだよ。

やがて点滴が終わり、昼食を済ませたら撤収の準備です。
まずは1階の会計で入院費用の清算。
これは前金を支払っているので差額が戻って来ます。

運び込まれた時はストレッチャーの上でしたから、
病院の待合室や会計を見るのは初めてでした。
ちょっと不思議な気分ですね。

そして病室に戻ったら荷物をまとめ、
ナースセンターで挨拶。
仲良くなったフィリピン人の介護士さんは非番で残念だったな。
そうして僕はポールをつきながら、
ゆっくり病院の外に出たのでした。

時刻は13時。
外は強烈な日差しとドライサウナのような暑さです。

へぇ〜・・・僕はここにいたのか・・・

病院の外観は想像していたものとはだいぶ違っていました。
やがて通りかかったタクシーを止め、

「野方5丁目。大和幼稚園の近くまでお願いします」

「アパートに着いたよ」
「どう?」
「ああ、痛みはない。
 でも今日はシャワーを浴びて、このままゆっくりしているよ」
「ランチを片付けたら夕食を持って行くね」

翌日、腰のこわばりや違和感が殆どなくなっただけではなく、
僕は自分の体がいつになく元気になっていることに気が付きました。
そう、これは6年前に入院した時も同じ。
日ごろから慢性疲労状態が当たり前になっている僕にとって、
休息で100パーセント体力が回復した状態というのは、
滅多にないことだったのです。
まぁ、こういう生活パターンこそが歪んだ姿勢以上に、
椎間板ヘルニアを悪化させる原因のひとつなんですけどね。

「今日から店に出るよ」
「ダメよ! なに言ってるの?」
「オーダーを取ったり会計をするくらいなら問題ないさ」
「昨日退院したばかりでしょ? 翌日から働くなんて信じられない。
 もう一日アパートから出ちゃダメ!」

というわけでドクターストップならぬ、
ともこストップで今日も自宅謹慎。

そして22時。
一人で予約のお客さま3組9人のディナーをこなした彼女から電話が入り、

「ふぅ〜・・・いま最後のお客さんが帰ったよ。
 まだなんにも片付いてないから戻るのは24時過ぎになっちゃうかも」

さすがのともこもから元気が底を尽き、かなり疲れた声です。

ふ・・・というわけで出番だな。

僕は服を着替え、ととら亭に向かいました。
そしてそっと店内に入ると・・・

「きゃ〜、何してるの!?」
「リハビリさ。皿洗いを手伝うよ」
「知らないからね、そんな無理していると!」
「無理ならそもそもここまで来れないよ。
 さ、はやく片付けてうちに帰ろうぜ」

ほんの4日間のことだったけど、
密度が濃かったので何日も経ったような気がする。
ととら亭で始まり、ととら亭で終る・・・か。
明日からはフルタイムでやれそうだな。

いろいろご心配をおかけしましたが、
こうして僕の入院生活パート2は無事に幕を閉じたのでした。

The End.

えーじ

P.S.
本シリーズはパート2で終了です。
パート3は・・・

出演オファーをお断りするつもりでございます。
posted by ととら at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月22日

入院日記パート2 その5

ふぁ〜・・・・よく寝たな・・・

ん? んん? ここはどこだ?

・・・・・そうか、入院したんだった。
まだ暗いな・・・腕時計は?

僕はベッドの脇に寄せておいたテーブルに手を伸ばしました。

あれ? よく見えない。
そうだ、メガネ、メガネ・・・どこに置いたっけ?

時刻は5時半。
寝不足と疲労で8時間以上も爆睡していたようです。

体の調子はどうだろう?
昨日に比べたらだいぶ良くなったと思うけど・・・
試しに自力で起きれるかやってみるか。

まず、体を右側を下にして横向けに・・・横向け・・・
よし・・・左腕でベッドの柵を握り・・・右腕で少しずつ・・・
押し上げ乍ら・・・体を起こす・・・起こす・・・起こ・・・
うっ! いてててて・・・まだダメか。
そう言えば最後に痛み止めを飲んでから10時間くらい経ってるな。
食事前だけど先に飲んでおこう。

やがて時計が6時を回ると病院の朝が始まります。
薄いカーテン越しに人の声や機材の触れ合う音が聞こえ始めました。
8時の朝食の前に検温と血圧測定。
僕は寝転がったまま本を読みつつ食事が始まるのを待っていました。

薬が効いてきたのかな?
さっきより腰の筋肉のこわばりがなくなって来たような気がする。
試しにもう一回、自力で起きられるか挑戦してみるか。

さっきの調子でゆっくりやってみると・・・

お、起きれたぞ!
こいつは大きな進歩だ。朝飲んだ薬が効いたんだな。

「おはようございま〜す! 食事をお持ちしました」

入って来たのは元気のいい介護士の女性。
外見からすると日本人ではなさそうです。

「ありがとうございます」

上げ善据え膳はありがたい。
温泉旅館みたいじゃん。
へぇ〜、温野菜のカレー煮とパンにミルクか。
軽めでいいね。あんまりお腹も空いていないし。
完食した僕に彼女は、

「ゴメンね〜、病院の食事は美味しくなくて」
「そんなことないですよ」
「そ〜お? ほんとに?」
「どちらの国からいらっしゃったのですか?」
「わたし? フィリピンよ」
「へぇ〜、行ったことがありますよ。10年以上前だけど。
 日本語がとても上手ですね。
 フィリピンでは英語も通じますよね?」
「Yes I do. Much better than my Japanese. You too?」

ここから突然会話が英語に変わり、
思わぬところで懐かしいフィリピン旅行の話で盛り上がりました。
今は医療現場でさまざまな国籍の人が働いているのですね。
そのうち『旅の食堂』ではなく『旅の病院』なんてのも、
できるんじゃないかしらん?

あっという間に時計は10時を回り、
午前中のメインイベント。
ドクターの回診です。

「いかがです?」
「おかげさまで昨日よりだいぶ良くなりました。
 さっき自力で体が起こせたので、
 今日は立ち上がることを目標にしたいと思ってます」
「薬の効果が出ているようですね。それでは歩行器を持ってこさせましょう」

午前中の点滴が終わると次の課題はトイレです。
昼食が始まる前に済ませておかなくてはなりません。

よ〜し、このコンディションならやれるかもしれない。
まず立ち上がれるかトライしてみよう。

僕はさっきの調子で上半身を起こし、
両腕で体を持ち上げるようにして腰を軸に足をベッドの外へ向けました。
脇に歩行器が置いております。
それを引き寄せ、

OK。呼吸を整えて・・・
両手で歩行器を掴み・・・懸垂するように・・・
うっ・・しびれるねぇ・・・
ゆっくりやろうぜ・・・腕で体を持ち上げて・・・少しずつ・・・
少しずつ・・・足に体重を移して・・・少しずつ・・・

いぇ〜、やったぜ!

僕は赤ちゃんが練習するようにぎこちなく立ち上がりました。

今日は調子がいいな。午前中にここまで出来るとは。
でもま、焦りは禁物だ。あとはランチが終わってからにしよう。

取りあえず自然の要求は尿瓶で対応し、
昼食は再び上げ善据え膳のフルサービス。
室内は外の酷暑が嘘のように涼しく、
硬めで寝心地のいいベッドをソファー代わりにした僕は、
ちょっとした休暇気分になってきました。

いやいや、こうくつろいでいちゃまずい。
この時間もともこがひとりでランチ営業をやっているんだからな。
とにかく少しでも早く回復して戻らないと・・・
じゃ、午後のミッションを始めてみますか。

僕は午前中と同じ手順で立ち上がりました。

よ〜し、昼食後の薬の効果もあるのか、
1回目より背中のミシミシ感が減ってるぞ。
これならトイレまで行けそうだ。

カーテンを開けると病室を出てすぐ右側に、
車椅子でも入れるトイレが見えました。

あれだな? 距離にして5メートル・・・か。
往復で約10メートル。
歩行器を使って背骨にかかる体重を分散しながら進めば、
行けなくはなさそうだ。
よし、やってみよう!

僕は一歩ずつ数えるようにして前に進みはじめました。
歩行器の取扱いは6年前の経験が役に立っているようです。
看護士の女性が心配そうに見ていましたが、
サムアップでサインを送りミッション続行。
こうした時に大切なのは、ショートショートで目標を作り、
そのひとうひとつに集中することです。
立ち上がり、トイレの前まで進み、扉を開け、
転回してバックでトイレに入り(こういうのが経験なんですよ)、
パンツを降し(片手では難しい)、便座に座り、用を足す。
そしてその逆をやりながらベッドまで戻る。

Mission complete!!

「どう? まだ痛い?」

夕方、今日もともこが来てくれました。
僕はここまでの経緯を話し、

「明日は歩行器なしでトイレの往復に挑戦してみるよ。
 それが出来たら退院できるかドクターに相談してみよう。
 立ち仕事はまだ無理かもしれないけど、
 店で会計くらいならやれるかもしれないからね」

とは言ったものの、はてさてどうなるか?
すべては明朝の調子次第だな。

そんなことを考えつつ、薬の副作用の所為か、
目を閉じたらそのまま眠ってしまいました。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月18日

入院日記パート2 その4

「どう? 少しは良くなった?」

時刻は16時半。
ランチ営業の片付けを終えたともこが来てくれました。

「うん、取りあえず最悪の状態は抜けたな。
 ベッドのリクライニング機能を使えばこうして上半身は起こせるよ。
 トイレも自分でどうにかなる。
 でもまだ自力で立つのはポールを使っても難しいね」
「ブロック注射を打ってもらったの?」
「ん〜・・・注射はされたけど違うと思う。
 あれは脊椎じゃなくて筋肉の表面に打っていた。
 でもそれに加えて座薬と2種類の錠剤の痛み止めを飲んだから、
 朝に比べてだいぶ楽になったよ」
「良かったね〜!
 あ、メールに書いてあったものを持ってきたよ」

僕は彼女が自宅を出る前に、
持って来てほしい物のリストを送っていました。
お泊りセットの他にノートPCがあれば、
僕の場合、ほとんどの仕事が出来ます。
それから本!

「OK、ありがとね。
 これだけあればしばらく入院してもいろいろできる」
「ちょっと〜、休暇じゃないんだからね!」
「まぁまぁ。じゃ次だ。まずベッドの後ろの壁を見てくれる?
 電源コンセントはあるかな?」
「うん」
「そこから僕の手元までの距離は?」
「1メートル以上あるけど・・・2メートルはないかなぁ・・・」
「ライトのスイッチは?」
「あるよ。あ、調光機能付きだ」

ふ〜ん・・・とはいえ手が届かないから自分で操作はできないな。
21時の消灯以降は紙の印刷物が読めない・・・か。
読書は電子ブックに切り替えることにしよう。

「あと冷蔵庫はある?」
「ちょっと待って・・・あ、テレビの下に小さいのがあるよ。
 ん〜・・・この大きさじゃ入っても500ccのペットボトルくらいかな?」
「なるほど。じゃ、この病院に売店はある?」
「それがないの。飲み物の自動販売機だけ。でも隣がコンビニだよ」
「ハラショ〜! じゃお疲れのところすまないけど、
 入院手続きの書類を出しつつ、
 コンビニまでお遣いに行ってくれる? 必要なのはね・・・」

僕が買ってきてもらったのは水と朝の起動用コーヒー、
それから2メートルの電源コードが付いた電源タップ。
これにPCとスマホの充電器を繋げば、
急場しのぎのベースキャンプが完成です。

洗面台まで行けないから、
顔は濡らしてもらったフェイスタオルで拭き、
歯磨きは専用の小型のたらいを貸してもらおう。

19時。
夕食が終わり、ともこも自宅に帰りました。
昨夜はあまり寝られなかっただけではなく、
ひとりでランチ営業もやったのでだいぶ疲れていたでしょう。
彼女のおかげでこのピンチもなんとか切り抜けることができました。
もし動けなくなった時に電話が近くになく、
施錠した建物の中で一人きりだったら、
かなり深刻なことになっていたと思います。

僕は再び天井を見上げながら考えていました。

いろいろあったけど、どうやらレールに乗ったようだな。
あとは病院に任せて回復を待つしかない。
どのくらいで退院できるかな?
前回は1週間かかったけど今回はあれより軽そうだから、
もう少し短縮できるかもしれない。

ここで大きな欠伸をひとつ。

はぁ〜・・・なんとも長い一日だった。
昨夜のことがずっと前のように感じるよ。

こうして消灯を待つまでもなく、
僕は深い眠りに落ちたのでした。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月15日

休みが休みであるために

休暇。

西欧、北欧を旅していて気付いたのが、
この言葉に対する日本との反応の違いです。

端的に言ってしまうと、
「わぁ〜い!」と待ち焦がれる欧州人と、
「む〜・・・」と考え込んでしまう僕ら日本人の違いとなりましょうか。

これは数字にも表れており、
エクスペディアがアンケート調査を行った世界30カ国の中で、
有給休暇取得率50パーセントの日本は最下位だそうな。

さらに有給休暇を取る際に罪悪感を感じるか?
という質問に63パーセントが『はい』と答えて、
これも首位を取ったのは僕らの日本。

しかし、「なるほどね〜・・・」と頷きつつも、
僕が会社員だった頃を思い出すと、ちょっと違う気がしました。
特に『罪悪感』の方。

確かに取得率は高くなかったと思います。
(僕はがんがん消化していましたけど・・・)
でも、会社側は基本的に、
『有給休暇を取得して下さい!』というスタンスだったのですよ。
(いい会社だったなぁ!)

なのに社員が休まない、そのココロは?

休暇の中身が仕事以上に疲れるものだから、
ではないかしらん?

これは暦通りの仕事に就いている人には言わずもがな、
記録的圧縮率の交通機関を乗り継ぎ、飽和状態の観光地に出かけ、
更にオフシーズンにはない高い料金を払わされては、
強がっても「わぁ〜い!」とはなりませんよね?

僕は時期をずらして休暇が取れましたので、
当然のことながら正月、ゴールデンウィーク、お盆、年末という、
とほほな期間は避けることができました。
でもお子さんがいる社員はそうも言っていられなかったので、
げっそり疲れて出社してくる彼、彼女らはちょっと気の毒でしたね。

そして『休まない日本人』の最大の理由は、
会社を休むと仕事が溜まる。
これじゃないでしょうか?

たとえば飲食業を支える生鮮や乾物など食材を扱っている企業の社員さんは、
3日間休むならその前に、
3日分働かなくてはならないケースが珍しくありません。
僕たち飲食店は営業していますから、
彼らが休むとあらば、その分を見越して発注するでしょう?
そうすると肉屋さんなんかは通常の数倍の注文が殺到するので、
それこそ未明に出社して肉をおろし、
朝から夜遅くまで得意先を配達して回ることになってしまうのです。

こんな大変な思いをするくらいなら、
コンスタントに働いていた方がマシだ!

という声は、多かれ少なかれ、こうした業界からよく聞こえてきます。

これは昨今話題に上がるワーク・ライフバランスの話ではなく、
ワーク・マンパワーバランスの問題なんですよね。

だって3日間休むためには事前に3日分働かなくてはならないのであれば、
たとえその分の早出や残業手当てが出たとしても、
実質的に休みは相殺されて、ないも同然でしょ?

え? かく言うととら亭はどうなんだって?

いや、休暇の前に、
そもそもフツーの休みがございません。

ブラックレストランですから。

えーじ
posted by ととら at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月12日

Goodbye our old fellow.

今日、
僕たちはひとりの仲間を失いました。

ありがとう、さぶちゃん。
ケンカしたこともあったけど、
僕らはさぶちゃんが大好きだったよ。

ともこ & えーじ
posted by ととら at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月11日

入院日記パート2 その3

今日のランチ営業は無事に終了。
お蔭さまで、だいぶ回復してきました。
安全装置がオンになるまで、あともう少しといったところです。

普段は気にも留めませんが、
ほんと、自由に動けるというのは素晴らしいことですよね?
健康のありがた味は失くして初めて分かる。
今回の入院もまさにそうしたことの連続でした。

それでは不便を屈服する第一歩となった、
入院初日のお話を始めましょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

時刻はまもなく10時半。
ベッドに寝ころんだ僕は、天井を見上げながら考えていました。

ふぅ〜・・・ようやくここまで来たか。
フェーズ3の始まりだな。
6年前と違うのは・・・パンツをはいている!
あの時』は素っ裸で運ばれたからな〜。
これだけでも大きな差だ。

それから腰の痛みはひどいけど前回ほどじゃない。
ひと息ついたことだし、
この辺で体のチェックを始めてみようか。

僕は手足の先から順番にゆっくり動かし始めました。
右足の指・・・OK、右足首・・・OK。
こんな感じでひとつずつ確認して行きます。

うっ・・・腰を支点に伸ばした足を上げると痛むな。
あと寝たまま首を上げても微妙に響く。
背中の神経根が引っ張られてるからだ。
やっぱりこりゃヘルニアの再発としか思えない。

ということは自力で起きれる・・・うっ・はぅっ・・わきゃないよね!
さっきは横向きにはなれたよな?
うっ・・・ゆっきりやろうぜ・・・
なるほど、横向きにはなれても肘を支点にして起きるのは無理ってことか。

ではベッドのリクライニング機能を使ってみよう。
リモコンは?・・・これだな?
よし、少しずつ角度を上げて、30度・・・40度・・・50・・うっ!
いてててて・・・速過ぎたか! ふぅ・・・ちょいまち。
50度・・・60度・・・70度・・・
お〜、いい感じじゃないか。
ここまで起きれれば食事も無理なくできる。
寝転がった姿勢で飲み食いするってのは想像以上に難しいからな。

僕は自分の体のコンディションが大体わかってきました。

腕と足の膝から先は自由に動かせる。
しかし自力で起き上がることはできない。
ということは立てないし、歩けない。
このベッドの上に閉じ込められてるってわけだ。

そこまで分かったら、
次はやらなきゃならないことが出来るかどうかの確認か。

まず食事。
これはベッドのリクライニング機能で体が起こせるからOK。
よく考えなければならないのは『食べる』に続く『その次』です。

この姿勢なら自分の下半身がぜんぶ見渡せる。
自力で『自然の要求』にも応えられるだろう。
看護士さんが来る前にテストしといた方がいいな。
で、ツールはどこだ? うっ! 体を捻るのはNGか。
あれは大体ベッドの右側の手すりに引っかけてあるんだよな。
右手を後ろに回し・・・ん? ん? これか? ・・・あった!

よ〜し、そんじゃチャックを下げて・・・こんにちは!
次はツールを股に挟んで・・・よっと・・・
上下角調整・・よし・・左右角調整・・よし、ロックオン完了!
ではちょいと失礼して・・・

イェ〜、テスト成功だぁ〜!
ふぅ〜・・・これで『前回のようなこと』にならずに済むぞ。
次は自然の要求パート2だ。
まず大人用パンパースの着用だけは避けたい。
しかし歩くことが出来ないからトイレまで行くにはどうしたらいいか?
車椅子?
なるほど、ベッドの上で起き上がれるってことは、
車椅子にも座れるってことだ。
問題はどうやってベッドから乗り移るか? だな。

僕はしばし考えていました。

ベッドのリクライニング機能で体を起こし、
高さも電動で変えられるから、座面の高さを揃える。
そしてトレッキングポールを使ってゆっくり体を横にずらして行けば、
何とか乗り移れるかもしれない。

車椅子はまだありませんが、
さっそくベッドの高さを下げて途中まで練習してみることにしました。

よし、高さは概ねこんなもんだろう。
で、体を起こし・・・OK。
次にトレッキングポールを使って体を持ち上げるようにして・・・
うっ! こいつは難しいな。
そうか、まず腰を軸に足を時計の針のように動かし、
ベッドの側面に対して90度になるまで続ける。
そうして前に少し出ればベッドに座る姿勢になるじゃないか。
やってみよう!

病室はしっかりエアコンが効いていましたが、
僕は汗びっしょりになってきました。

よ・・・よ〜し・・・電撃2回で方向転換完了だ!
で、そろっと、そろっと前に出て・・・
OK、座れたぞ!
ここで車椅子を持って来てもらい、
少しずつ座っている位置をずらして行けばなんとかなるな。
トイレまで行けば便座の周りに手すりがある筈だから、
向こうで乗り移るのもそう難しくはないだろう。
ただある程度の時間をみておかないと別のピンチがやって来る。
それを織り込んでおかなくちゃ。

「具合はいかがですか?」

そこへタイムリーに看護士さんが現れました。

「あら、起き上がって大丈夫?」
「ええ、この姿勢でじっとしているなら。
 でも寝ている状態から自力で起き上がるのは無理です」
「食事は常食でいいわね?」
「はい」
「では点滴が済んだ後で常食を持って来ます。
 終ったらこれで呼んでください」

慣れた手つきで点滴をセットした彼女は、
ナースコール用のボタンを僕に渡して出来行きました。

12時を過ぎて運ばれて来たのはご覧のランチ。

hospmeal01.jpg

豆腐ハンバーグとひじきの煮ものにお味噌汁とヤクルト(懐かしい!)。
ご飯は食べ易いようにおにぎりにしてくれました。
病院食と言えば一般的にマズイが相場ですが、
初回に限らずY病院は全般的に美味しかったです。
あくまで主観的な評価ですけど、量も結構あり、
塩加減たってもともと薄味の僕には丁度いい感じ。

時刻はまもなく13時。
ともこはひとりで予約のお客さまの対応中。
こちらも大変ですが向こうも大変です。

大丈夫かな?

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月09日

夏とアートと絵日記と

今日から始まりました、
多様な文化・芸術を育む夏の一大アートイベント
新宿クリエイターズ・フェスタ

この中でかもめの本棚online わたしの仕事道具のイラストを担当された、
高尾斉氏が個展を開きます。

Hitoshi Takao Exhibition 2018
Hitpenの絵日記 〜ペンに込めた想い〜

場所:ヒルトピアアートスクエア(ヒルトン東京B1F)
日時:8月9日(木) 〜 8月14日(火) 11:00〜19:00 ※最終日は16:00まで

僕の仕事道具(旅道具?)の原画イラストも掲示されるそうなので、
ぜひ行ってみなくては! 楽しみにしています。

えーじ
posted by ととら at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月06日

復帰しました

実は昨夜の片付けから店に出て動作確認していたのですよ。
まだ体の動きが未来少年コナンに登場するロボノイドみたいですが、
屈身系の作業を除けばどうにかなりそうです。

幸い痛みは退院時からありません。
しかし安全装置がオンにならないので、
ちょっとした動作も気を付けないと、また病院のベッドに逆戻りです。

まぁ、かれこれ54年以上酷使していますから、
いろいろ壊れて来るのも仕方がないですね。
治るものは治し、治らないものは付き合って行く。
それが生き物として自然なことだと思ってます。

さて、それじゃそろそろランチの準備を始めますか!

えーじ
posted by ととら at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月05日

入院日記パート2 その2

すみません。
引き続きご不便をおかけしております。

今日のディナーから現場復帰しようと思っていましたが、
まだ体の動きが老朽化したC3-POのような状態なので、
もう1日自宅で静養することになりました。

明日はランチから出る予定ですから、
なんとかもう少し動けるようになっているといいのですが。

それではお話の続きです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「もしもし? 救急です! こちらは中野区野方5丁目31の7。
 主人が椎間板ヘルニアで動けないんです!」

僕はともこの声を聞きながら腕時計に目をやりました。
時刻は7時40分。

電話を切って3分ほど経つと救急にかけた店の電話が鳴り、

「はい、ととら亭でございます。
 あ、はい、そうです!
 ときわ通りを入って40メートルくらい先の左側です」

遠くで救急車のサイレンが聞こえてきました。
そして最初のコールから約7分後、
ストレッチャーを持った救急隊員の方たちの姿が。

「どうしました?」
「ヘルニアの痛みで動けなくなってしまったのです」
「今日の日にちは分かりますか?」

僕が意識確認と状況の質問を受ける中、
もう一人の隊員が素早い手際で血圧や脈拍を測っています。

「病院は近い方がいいですよね? ではY病院に行きましょう」
「お願いします」
「その位置から直接ストレッチャーには乗せられないので、
 一度フラットな板の上に乗り、そこから移る方法でやります」

さぁ、最初の難関だぞ。
以前は手首から先くらいしか動かせなかったけど、
今回は結構からだが動かせる。
痛みも強いとはいえあの時ほどじゃない。
でも、まだ今回の痛みを避けるコツが分からないんだよな。
どうもこれまでとパターンが違うみたいだ。

「われわれがやるよりご自分で移った方がいいですよね?」
「はい。お忙しいところすみませんが、ちょっと時間を下さい」

よ〜し、まずこの板に乗るんだ。いくぜ!

びぎっ!
うっ! っておい! いきなりこれかい?
んじゃこれでどうだ?
びぎっ!
はうっ! これもダメ? たのんますよ!

救急隊員の方たちと、ともこに見下ろされながら、
ベンチシートの上で奇妙に体をくねらせる姿は客観的に見たら、
ルイス・ブニュエルのフィルム顔負けのシュールな光景だったことでしょう。
しかしあぶら汗をかいて奮闘する僕は100パーセント『マジ』でした。

「お、その調子! 乗って来ましたよ!」

そりゃね、もう電撃を5発食らってるからさ。
あと2発以内でOKをもらいたいもんだ。

「乗りました! 次はストレッチャーです」

ここは板から僕を滑り移してくれたので楽うっ!
じゃなかった! あう〜・・・お手柔らかにブラザー!

「よし、バンドで固定!」

僕が店の外に運び出されると与太呂の野崎板長が心配顔で、

「えーじさん、やっちまった?」
「ああ、動けないんだ。病院まで運んでもらうよ」
「がんばって!」

救急隊員がともこの方を見ています。

「ワイフはもう受けてしまった予約があるので一緒に行けません、
 昼過ぎに病院に来ます」
「分かりました。それじゃ出発しますね」

救急車がサイレンを鳴らしながら走り始めました。
僕には天井しか見えないのでどこに向かっているのかまったく分かりません。
車内の時計を見ていると約15分走ったところでサイレンが消え、
救急車が停まりました。ほどなくしてドアが開き、

「着きました。ゆっくり降ろしますよ!」

どこの病院だろう? 新しい建物だな。

処置室に運び込まれた僕はもう一度状況質問を受け、
「寝たまま書けますか?」と問診票を渡されました。
その半分も書かないうちに、

「まずレントゲン写真を撮りましょう」

そ〜ら来た。これが次のハードルだ。

ストレッチャーを撮影台と同じ高さに調整し、
間に滑り易いビニールを敷いたら僕の出番です。
またもくねくねダンスで3回電撃に撃たれながら横に移動。
正面からの撮影はすぐOK。次は・・・

「体を横に向けられますか?」
「どちらを下に?」
「左側です」
「やってみましょう」

6年前はこの姿勢ならできたと記憶しています。
しかし・・・いろいろな姿勢で試すもことごとく電撃を食らって降参。
忍耐強いレントゲン技師さんは仕方なく機械を斜めにセットして撮影。
これで勘弁して頂けました。

そして再びストレッチャーに。
体で学習してますから今度は電撃1発で welcome back
ようやく僕は診察室に入れました。

担当は落ち着いた女性のドクターです。
僕が再度状況を説明すると、
看護師さんにてきぱき投薬の指示を出し始めました。

痛みとは不思議なもので、
人の精神的許容量を広げる効果があるんですよね。
ふつう初対面の20歳代の女性にいきなり「肛門はここですか?」
とパンツの中に手を入れられるのは No Thanks ですが、
即効性の痛み止めの座薬を入れるとあらば、Yes, please.

次は飲み薬。
説明不要です。なんでも飲みますよ。どんどん下さい。

最後は注射。こいつは効きそうだ。
しかし・・・

「患部に直接打ちますからうつ伏せになって下さい」

難しいことを言うね。

「OK、やってみます。ちょっと待って下さい」

まず右腕で左側の柵を握り・・・
ゆっくり体を引き上げて横向きに・・・うっ!
いてててて・・・
よ〜し、90度回転したぞ。さっきの座薬がもう効いてきたのかな?
次は下になった左腕をどうにかして抜き出すんだ。
頭の先にそっと突き出して・・・突き出して・・・
そうそう抜けて来た、いいアイデアだ!
よし抜けた!
これでもう90度体を倒せば・・・

「頑張りましたね!」

ありがと。

「どこが痛いですか?」
「骨盤の中央上3センチくらいのやや右側です」
「そこかぁ・・・もう少し下なら効き易いのですけどね。
 上となると難しいかな?」

センセー、そんなこと言わないでよ!

脊椎麻酔のように打つのかと思ったら、
筋肉の部分にちくっと針の刺さる感触がありました。

筋肉注射? これで効くんだろうか?

「では起きられるかやってみて下さい」

別の看護師さんがやって来ました。

ブロック注射の時は魔法のように起きれたけど、
今度は・・・うっ!

僕は仰向けに戻るだけで精一杯です。

「難しいですか? それじゃ私の肩に手を回してみて下さい」

僕は寝たまま左腕を彼女の肩に、右腕を脇から回し、
抱きつくような格好で起こしてもらう形になりました。

お尻の次は別の看護師さんとハグか。
いろんな経験が出来るなぁ・・・と感心している場合じゃない!

いててててて・・・

「ダメですか?」

僕は素直に白旗を揚げました。

「それでは入院の手続きを」

こうして僕の入院生活パート2が始まったのでございます。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月04日

入院日記パート2 その1

ご心配おかけしております。

1日の深夜からいろいろありましたが、
今日の13時ころ、僕はなんとか自宅に帰って参りました。

それから僕の不在中にご来店頂きました皆さま、
ご不便をおかけして申し訳ございません。
ととら亭はそもそも2人で運営する設計になっておりますので、
ともこ一人では提供スピードが落ちるだけではなく、
ご入店いただける人数にも席数以上の制限が発生してしまうのです。

僕は明日のディナーから復帰する予定ですが、
来週の水曜日まで、
ご入店は事前にご予約のお客さまに限らせて頂きますことを、
ご了承くださいませ。

それでは時計を8月1日23時50分ごろに巻き戻して、
空白の2日間のお話を始めましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お疲れさまで〜す!」

僕が外で什器を片付けていた時、
そう声をかけて来たのはカフェリーゾの江夏シェフ。

「ああ、お疲れさん! 今日も暑かったね」
「うちは茹で麺器がありますからすごい熱気なんですよ」
「まだ先は長いからさ、
 こんな時期は食事と睡眠をしっかりとって乗り切ろうぜ」
「そうですね、毎日サウナに入っているつもりで頑張りますよ」

遠ざかる彼の背中を見送りながら、
僕は屈みこんで次の踏み板を持ち上げようとしました。
その瞬間・・・・

びぎっ!

うっ・・・ヤ・・・ヤバイ・・・
そっと降ろし・・・て・・・

僕は薄氷を踏むような足取りで店内に戻りました。

「と・・・ともこ・・・外の片付け替わってくれる?」
「どうしたの!?」
「ちとヤバイ・・・」
「え? 腰? すぐ座って!」
「大丈夫・・・もろにやってはいないよ。
 でも安全装置が完全に外れてる。すぐ薬を飲まなくちゃ」

椅子に深く腰掛けると痛みは感じません。

「ふぅ・・・どうやら爆発はしなかったみたいだな」
「ほんと? ご飯食べられる?」
「ああ、問題ないよ」

こうして夜の賄いを食べている時はなんともありませんでした。
しかし最後の片付けをするためにパントリーへ戻りかけると・・・

びぎっ!
はうぅっ!

こ、こいつはヤバいぜ!

僕はシンクとカウンターに腕をかけて体を持ち上げ、
腰にかかる負荷を減らしました。
しかし痛みは和らぐどころか強さを増してきます。

ちっ・・・か・完全に爆発したな!
どうする?

きゃあ! 大丈夫?」

両腕を突っ張ったまま、
ずるずると膝を折りつつある僕にともこが気付きました。

「ちょっと・・・待って・・・」

うぅ・・少し痛みが引いて来たぞ。
でもこの狭い場所で倒れたら、ストレッチャーに乗ることも出来ない。
そうなったら6年前の悪夢の再来だ。
なんとかしなくちゃ・・・

「ともこ・・・椅子を持って来て・・・僕の後ろに置いてくれる?」
「座れる?」
「わ・・・分からない。でもさっきはその姿勢だと楽だった」

よし・・・呼吸を合わせて・・・

「椅子の位置をもうちょい下げて・・・そうそう・・・
 3、2、1、行くよ!」

僕は腰に加重しないようシンクの縁とカウンターにかけた腕で体を引き上げ、

「いまだ! 椅子を下に入れて!」

びぎっ!

くあぁぁ・・・キクぜこの痛みは!

椎間板ヘルニアの激痛。
経験者以外の方にこれを伝えるのは難しいと思いますが、
ターミネーターに背骨を鷲掴みにされ、
100ボルトの電流を流されたと言えば近いでしょうか?
痛みが来ている最中は身動きどころか息も出来ません。

「ふぅ・・・取りあえず座れたな・・・
 さっきより楽だよ。
 次はこの狭い場所からカウンターまで移動しよう」
「できるの?」
「ああ、やってみる。その前に一番手前のベンチシートを開けて、
 奥からトレッキングポールを持って来てくれるかい?」

そう、こんな時のために、
杖にする折りたたみ式のトレッキングポールを
店と自宅の両方に備えておいたのです。
(使いたくなかったけど・・・)
ともこがポールを連結して長さを調整してくれました。

「これくらいでいい?」
「いいね、ありがと。それじゃ腰を浮かしてバックで下がるから、
 椅子もそれに合わせて引いてくれる? 痛みが来たらすぐ座るからね」
「うん!」
「それじゃいくよ。3,2,1!」

僕が体重をポールに移して腰を上げ、彼女が椅子を引いたら一歩ずつ下がる。
この調子でゆっくりカウンターまで戻れました。

「む〜・・・ヤバイな。6年前に初めてやった時は身動きできなかったけど、
 今回はそれに次ぐ強い痛みだ」
「どうする?」
「ロキソニンをダブルで飲んで様子を見よう。
 もう遅いからともこはアパートに帰って休むんだ」
「え? イヤだよ! あたしも一緒にいる」
「この暑さで疲れている上に寝不足はまずい。
 二人とも倒れちゃったら万事休すじゃないか」
「でもひとりで大丈夫?」
「ああ、さっきの調子でベンチシートまで移動して横になるよ。
 それで動けそうになったら僕もアパートに帰る」

ベンチシートに座った僕はともこを見送り、
そろそろと体を倒しました。

ふぅ〜・・・なんてこった。
今回は爆発の予兆が分からなかった。
数日前から少し背骨の関節が緩んでいるような感じがあったけど、
あれがそうだったとは・・・
まぁ、薬も飲んだことだし、あとは寝て様子を見るしかない・・・か。
と・・・その前にトイレに行っておこう。

僕はゆっくり体を起こそうとしました。
ところが・・・

びぎっ!
はうっ・・・!

な、なんだこりゃ・・・
じゃ体を横にして片肘をついて起き・・・

びぎっ!
はうっ・・・!

だ、ダメだ・・・起きれないじゃん!
ピ〜ンチ!
仕方ない・・・

僕はテーブルの上に置いたスマホを手探りで探し始めました。

どこだ? この辺に置いたはずだぞ・・・
あ、あった! え?・・手が届かない?
よ・・・よっと! こっちこい! よし! 掴んだぞ!

「もしもし、ともこ?」
「どうしたの? 大丈夫?」
「いや、さっきより悪化して来た。
 ベンチシートに寝たら起きれなくなっちゃったんだ」
「え〜っ!」
「で、悪いけど戻って来てくれるかい?」
「うん!」
「ついでに僕の健康保険証も持って来て。
 もしかしたらこのまま病院行きになるかもしれない」

どうする?
どうしたらいい?

考えがまとまる前にともこが戻って来ました。

「ひどい様子ね」
「ああ、こうなったら救急車を呼ぶしかない・・・か」
「電話しようか?」
「ちょっと待って。いま考えてる・・・」

疲れと暑さ、そして痛みで思考が空転しています。

「ねぇ、こんな夜中に運ばれてもお医者さんはいないから、
 前回みたいに処置してもらえるのは結局あしたの朝だよ」
「その通り。だったらここで様子を見て朝判断した方がいいか・・・」
「そう思うわ」
「じゃ少し眠ろう」

こうして気が付けば朝7時半。

「どう?」
「起きれるかやってみる・・・」

びぎっ!
はうっ・・・!

「だ・・・ダメだ。降参」
「救急車呼ぼうよ!」
「それしかないな。でもその前に搬出ルートを作らなくちゃ。
 電話したら10分以内に救急隊がやって来るからね。
 まず外の什器を全部出して、次にテーブルと椅子を逆端に寄せる。
 そうすればベンチシートにストレッチャーを横付けできるよ。
 前回みたいに悲鳴を上げ乍ら担ぎ出されるのはゴメンだからな」

ともこは手際よく作業を始めました。

「できたよ!」
「次は僕のバックパックにスマホと充電器、
 それとさっき持って来てもらった保険証とサンダルを入れておいて。
 入院になったら後で他のものを持って来てもらうから」

よ〜し・・・第2フェーズに入りますか。

「準備OK、それじゃ119番して!」
「うん!
 もしもし? 救急です! こちらは中野区野方5丁目・・・」

to be continued

えーじ
posted by ととら at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年08月03日

緊急のお知らせ

突然ですが、ただいま僕は入院中です。
詳しくは後日改めてお話しますね。

そんなわけで、
ととら亭はともこがソロでやりますから、
営業が少々不規則になります。

4日土曜日 ランチ、ディナー共に営業
5日日曜日 ディナーのみ営業
6日月曜日 未定

ご不便をおかけして申し訳ありませんが、
ご理解のほど宜しくお願いします。

えーじ
posted by ととら at 19:07| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記

2018年07月27日

第16回取材旅行 その14

北欧に行く前は何人かのお客さまから、
「夏でも寒いよ〜!」と衣類のアドバイスを頂いていたのですが、
いざ着いてみると汗ばむ日が珍しくありませんでした。

それはこの世界的な北半球の酷暑の前兆だったのかもしれませんね。
今月17日、ノルウェーの北極圏でも、
最高気温が33.5度を記録したそうですから。

酷暑の夏と厳冬。
干ばつと洪水。
『温暖化』というより『極端化』や『過激化』という言葉が妥当な気象変動は、
僕たちが訪れた地域に限っても、耳目に新しいものではありません。

国が違ってもこの星で他人ごとはないんだな・・・
そんなことを考えながらヘルシンキの写真の仕込みをやっていました。

それでは遠くて近い国、
フィンランド編の後半を行ってみましょうか。

fi_tk_fierld.jpg

トゥルクを出発して20分もすると車窓を流れる風景はこんな長閑なものに。
あの黄色い花は菜の花でしょうか?
去年の同じ時期にバルト3国を旅していた時も、
同じような景色が続いていました。
外国人が日本を訪れて驚くことの一つがこの逆だといいます。
たとえば成田空港から都心にアクセスした場合、
電車が走り始めてからずっと市街地ばかりが続いているでしょう?
僕たちにとっては見慣れた光景ですが、
ああいうのは世界的に見てあまりないそうですよ。

fi_station03.jpg

約2時間で僕たちは最後の目的地、ヘルシンキに到着。
フィンランドはペットの考え方が日本と異なり、
ケージに入れなくても電車やフェリーに乗れます。
この列車は2階建てで1階部分はペットも同伴OK。
みんな仲良くいい子にしていました。

fi_station02.jpg

ヘルシンキ駅は売店やカフェが充実しており、
2時間程度の待ち時間ならまったく苦になりません。
でも待合室というか、ベンチがほとんどないんですよね。
そこが不便かな?

fi_station01.jpg

これは後日撮った雨に濡れるヘルシンキ駅。
地下鉄の駅が連結しバスターミナルも隣接しているので、
交通の便はとてもいいです。

fi_hotel02.jpg

僕たちの最後の宿はここ。
駅から徒歩5分ほどの場所にあるちょっと古めかしいホテル。
部屋代はフィンランド相場で安い方ですけど、
ととら亭の通常の予算枠では少々オーバー。
朝食付きのダブルルームで1泊約11,600円(2人分)也。
個人というより団体客が多かったかな?

fi_hotel01.jpg

部屋は簡素ですが機能的で使いやすかったです。
シャワーブースの重いガラス戸が壊れていましたけど、
フレンドリーなフロントスタッフに話したらすぐ修理してくれました。
ここのビュッフェ式朝食は評判がいいですね。
どれにしようかな? と迷っていると、
スタッフの女性から流暢な日本語で話しかけられてびっくり。
訊けば彼女は日本人とインドネシア人のハーフで、
日本に住んでいたこともあるとのこと。
時間があったらもう少し話を聞きたかったです。
テレマカシー!

fi_cloud.jpg

ヘルシンキも美しい街ですね。
ヨーロッパの時間感覚だとこの街の歴史はそれほど長くないのですが、
建物の寿命が短い日本に比べれば、時の重みが感じられます。

fi_tram.jpg

ここでも庶民の足の一つがトラム。
かつて市電が走っていた横浜の本牧で育った僕は、
どこか懐かしさを覚えました。
特に古めかしい車両が好きですね。

fi_street03.jpg

ヨーロッパの街の美しさは古い石造建築だけではなく、
色の少なさにも求められると思います。
ま、趣味の問題ですけど、
秋葉原、歌舞伎町タイプの色と光の氾濫には、
ちょいと疲れてしまう僕なのです。

fi_street02.jpg

駅前の目抜き通りには百貨店の他、
カフェやレストランが軒を並べています。
どの店も趣向を凝らしたファサードを持っていますので、
通りそのものがひとつの美術館のよう。

fi_display.jpg

北欧と言えばお洒落で機能的なデザインでも知られていますね。
ウインドウデザインを見て歩くだけでも半日以上は楽しめますよ。
ほら、面白いでしょう?

fi_helport.jpg

ヘルシンキは港町でもあり、駅から南に1キロも歩けばすぐ海に出ます。
ここからはストックホルムや、
フィンランド湾をはさんでの対岸に位置する、
エストニアのタリンまでフェリーが出ています。
そう言えば去年の今ごろのは反対側から、
この海を見ていました。
ヘルシンキ、タリン間は高速船でたった2時間の距離です。

fi_fishmarket.jpg

岸壁には観光市が立ち、飲食店では美味しいシーフードが楽しめます。

fi_seafood.jpg

僕たちは欲張って盛り合わせをオーダーしました。
からっと揚がったイワシのフリッター、サーモンのグリル、
コクのあるフィスクズッペ、黒パンも忘れずに。
北欧で食に迷ったら、
こうしたシーフードをオーダーすればまずハズれません。
美味しいですよ〜。
しかしここで困ったのはグレた海鳥たち。
このご馳走を狙って急降下突撃してきます。
でも原因を作ったのは人間なんですよね。
観光地に限らず、野生動物にエサを与えるのは止めましょう。

fi_deli.jpg

港には市場も隣接しています。
どうです? この美味しそうな燻製品の数々。

fi_market01.jpg

これが食べられる飲食店も並んでいますから、
ここで一食摂るのも一興ですね。

fi_deli02.jpg

ニシンのマリネはフィンランドでも定番。
甘味が苦手と云う人もいますけど僕らは好みですね。
右側のアルミフォイルにくるまれているのはカルクッコ。
ライ麦の生地で肉や魚のこま切れを包み、
オーブンでじっくり焼いた料理です。
これを食べさせる店を見つけられなかったのは残念!

fi_church.jpg

ヘルシンキはオスロ、ストックホルムとはまた違った趣があります。
歩いているだけで本当に楽しい。
ここでも自分だけのとっておきの場所が見つけられますよ。

fi_freamarket.jpg

ふらっと訪れた蚤の市で掘り出し物がないか物色。
ここはプロのアンティークショップの出店ではなく、
一般の人が集まったところ。
並んでいる雑多な『商品』を眺めていると、
別の角度から市井の生活が感じられます。

fi_street01.jpg

観光スポットを離れても面白いですよ。
ほら、建物そのものが美術品じゃないですか?

fi_park.jpg

歩き疲れてもこんなブロンズ像のある公園が散在していて、
休憩場所には困りません。

fi_book.jpg

フィンランドはインターネットが普及した今でも読書の盛んな国。
日本では激減している街の書店も健在です。
そして嬉しいことに日本通でもあるのですね。
日本への注目は今に始まったことではなく、
ロシア統治時代にかの強国を小さな島国の日本が破ったことから、
強い関心が持たれていたそうです。
そして今は文化面に興味がシフトし、
こうした日本語の本を専門に扱う書店までありました。

fi_rotaly.jpg

こうした広場ではストリートパフォーマーや、
スキルの高いミュージシャンが演奏しています。
クレジットカードが普及して小銭を持たなくなったので、
空き缶の中がちょっと寂しい。

fi_kareriapie.jpg

フィンランドの料理も他の北欧の国々と多くを共有していますが、
独自色の強いものと言えば北東部のカレリア地方のもの。
このカレリアパイは薄いライ麦の生地で硬めのポリッジを包んで焼いたもの。
これにマッシュした茹で卵を乗せて頂きます。
質素な農民の食べ物です。

fi_kareriastew.jpg

ポーランドのビゴスとも共通点を持つ猟師鍋風のカレリアシチュー。
ポークやビーフ、ジビエなどの残り物のこま切れ肉をじっくり煮込み、
ピクルスとミートボール同様リンゴベリーのコンポートを添えます。
このシンプルさがある意味北欧を感じさせますね。
厳しい北国の歴史が一皿の料理に詰まっています。

fi_fishsoup.jpg

こうした文化を共有しているエリアを旅する時は、
同じ料理を比較するのも楽しいですよ。
よく味わってみればこのフィスクズッペもノルウェー、
スウェーデン、そしてここフィンランドで微妙に違っていました。
ヘルシンキタイプが一番あっさりしていると思います。
主菜を別にオーダーする時はこっちの方はいいかも。

fi_thai.jpg

今回の旅で驚いたことのひとつが北欧におけるタイ料理レストランの多さ。
北ヨーロッパの人は遺伝子レベルでカプサイシンに対する耐性が低く、
辛みだけではなく香りの強い食べ物は好まない、
と考えていたのですが、どうやらこの説は修正が必要なようです。
事実はご覧のとおり。
中華料理店より、圧倒的にこうしたタイ料理店が多いのですよ。
しかもどこもローカルで混んでいる!
僕らも入って食べてみたら辛さは加減していませんでした。
でもナンプラーは控えめかな?
多分、発酵調味料独特の香りの方が辛みより苦手なのかも。
スタッフに訊いてみると、ヘルシンキ、バンコク間は直行便が飛んでおり、
若者を中心とした交流が盛んになったことから、
タイ料理屋も増えたのではないか、とのこと。
なるほど〜・・・。

fi_beer.jpg

こうしてちゃんと料理の取材を続けていたのですけど、
結局こうなっちゃうんですよね。
この熱意とパワーを取材にも向けてくれるといいのですが・・・

fi_subway.jpg

さて、そろそろ僕らも帰り支度です。
ヘルシンキ駅は地下で地下鉄の駅や商業施設と連結しており、
電車待ちの僕らにはとても便利でした。
ここのカフェから現地最後のブログをアップしたのですよ。

fi_airportstation.jpg

いまではヘルシンキ駅からヴァンター国際空港まで鉄道が繋がっています。
所要時間もたった30分。新しい車両で席も広く快適です。

fi_airport.jpg

さぁ、18日間におよんだこの旅も終わり。
ここから灼熱のドーハに飛びます。
その先には同じくらいの酷暑の東京か・・・
肉体的、心理的ギャップが今回はことのほか大きそうです。
そのメンタル面は総集編として次回お話しますね。

えーじ
posted by ととら at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記