2017年03月28日

人々を結び付けるもの

先日ご紹介したYouTubeのチャンネル、TabiEats
ユーチューバーのシンイチさんとサトシさんが、
日本の市井の食文化を世界に向けて発信するユニークな番組です。

最近では世界中のファンから、
ご当地自慢のスウィーツやお酒などが続々と届き、
それを紹介する文化交流の場にもなってきました。
コメントを読んでいると、
色々な国の方が「へぇ〜、そんな食べ物があるんだ!」とか、
「あ、僕の国にもそっくりなものがあるよ!」など、
活発に意見を交換しているのが分かります。

昨夜はそんな彼らを訪ね、
日本旅行中のファンがととら亭に集まりました。
オランダ、フィリピン、オーストラリア、アメリカと国籍も様々。

政治や宗教など、限られた専門的な話ではなく、
年齢や性別にかかわらず、
誰もが手の届く身近な食べ物を共通言語にして語らう人々を見ていると、
サーブする僕たちもハッピーな気持ちになって来ます。

コトバも、肌の色も、宗教も違う。
でも、僕たちは同じテーブルにつき、笑顔で向かい合うことが出来る。
そう、もっとも広く人を結び付けるのは、食と人なんですよね。

お帰りの際、握手した皆さんの手は、
みな同じように温かく、力強いものでした。

tabieatsfan.jpg

Good luck our brothers and sisters.
Have a nice trip!


えーじ

tabieats.png TabiEats
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2017年03月26日

ととらな本 その3

「単行本を出しませんか?」

そんなオファーを「かもめの本棚編集部」こと、
東海教育研究所さんから頂いたのが去年の6月27日。

実はその前年、ウェブ記事の取材を頂いた時に、
立ち話でそんな話が出ていたのですが、
それが現実のものになるとは、正直、考えていませんでした。

本の出版は僕も初めて。
最初の打ち合わせから新入生の心づもりで席に着き、
本の内容を考えるというより、
異業種の仕事の流れを理解するところから始めたのです。

概略を聞いて僕がイメージしたのは映画製作でした。
確かに『世界まるごとギョーザの旅』という本の著者は僕ですが、
ひとりで作ったのかと言うと、そんなことはありません。

この作品の製作総指揮と監督、編集を務められたのは、
「かもめの本棚編集部」編集長の村尾由紀さん。
本の奥付にお名前こそありませんが、
映画でならクレジットの一番最初に出るべき方です。
原稿を何度も読み返し続け、今ある形にまとめ上げた彼女は、
今やととら亭の第3のメンバーと言ってもいいほど、
深い理解者となられています。

美術は稲葉奏子さんと大口ユキエさん。
文章が主体の作品とはいえ、
料理を取り扱う本の性質上、ビジュアル面は疎かに出来ません。
そこで一般的な料理本とは一味違い、
旅行書の体裁とも異なるユニークなデザインに仕上げられた手腕はご覧の通り。
僕らもデザインの第1稿を見ただけで即決してしまったセンスの持ち主です。

また広報の美術を担当されたのは、きりたに かほりさん。
ウェブの広告や書店用のポップなど、
限られた枠の中で作品のテイストを残しつつ、
伝えるべき内容を表現したイラストは、
本の素晴らしい代弁者となってくれました。

そんなメンバーに囲まれた僕の役割は、出演と脚本、そして撮影。
勿論ともこも出演者のひとりですし、
料理部分の監修からアシスタントディレクターとして、
様々なパートで仕事をしていたのです。

こうしてさながらインディーズ映画のように、
マルチタレントで作り上げたのが、
『世界まるごとギョーザの旅』なのですよ。

先日、その他にもこの仕事に携わったメンバーが集まって、
お祝いの打ち上げがありました。

いい仕事ができたなぁ・・・

いま、こう言えるチャンスと幸運に恵まれたことを、
僕は心から感謝しています。

kamomeparty.jpg

どうもありがとうございました!

えーじ
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2017年03月24日

旅の思いの変奏曲

「人は人に救われる」
「救われた人に感謝を伝える」

これなくして僕たちの旅は成り立ちませんが、
同じ思いを抱き、別のフィールドで作品を作っている人もいます。

放送作家、大島昌勝氏はそのひとり。
彼が永らく温めていたイメージが形になり、
明日、オンエアされることになりました。

3月25日(土)テレビ東京 11:30〜13:24
「芸能界ちょっとイイ話SP 私を救ってくれた人」

料理や本に限らず、
もの作りには、必ずその背景に作り手の『思い』があります。

もちろん仕事であるからには、『思い』だけではなく、
商売故のケレン味が加えられたり、
一部がデフォルメされたりすることもありますが、
それはけして消えることなく、
基底通音のように、作品の底を流れているものです。

この番組は、ととら亭とはまた違った、
『旅の思い』の変奏曲なのかもしれませんね。
見るのがとても楽しみです。
しかし放送時間中、僕たちにはお仕事が・・・

というわけでミスティー!
録画をお願いします!

えーじ
posted by ととら at 14:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月21日

おもしろい...? 店

「おもしろいお店ですね! また来ま〜す!」

先日、初めてご来店された女性のお客さまから、
こんなお言葉を頂戴しました。

聞いた瞬間はその場の流れで素直に喜んだものの、
間もなく、はたと考えてしまいまして。

おもしろい・・・おもしろい?

何か変だ。

一般的に飲食店を評価する場合の表現は、
『美味しい店』、『うまい店』、
軸をズラしても、『安い店』などになるはず。
料理を売る場所なのだから、
それを形容する言葉が使われてしかるべきじゃないですか?

確かにととら亭は同業者がまずやらない類の店。
(ハイリスク(過労働)、ローリターン(低収入)ですからね)
そうした意味でユニークだとは思いますけど、
事業計画を作っていた時に遡っても「おもしろい店にしよう!」
と考えたことは一度もありませんでした。

思えばエジソンが遺言記録装置として考案したレコードが、
音楽の媒体となって普及してしまったように、
様々なものごとは、作り手の意図をはなれ、
いつしか一人歩きを始めることがあるものです。

ととら亭も生まれて7年が経ち、
だんだんそんな風になってきたのかしらん?

先日発売になったととら亭の本『世界まるごとギョーザの旅』も、
企画当初に文体を検討した際、
コミカルでも、どこかしっとり感動するシーンのある、
たとえばトム・ハンクスやリチャード・ドレイファス、
ロビン・ウイリアムスの主演する作品がイメージにあったのですが、
出来上がってみると、スティーブ・マーチン、
いや、ジャック・ブラックやジム・キャリー演ずる、
ドタバタ悪乗りコメディー色が濃くなってしまったような気がしています。

むわぁ〜、なんか僕らはヤバイ方向に進んでいるのでは?
軌道修正せねばっ!

えーじ
posted by ととら at 13:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月18日

見解のさらなる相違

「ともこ〜!」
「なぁに?」
「君の記事の最終回がアップされてるよ」
「どれどれ見せて!」

“旅のメニュー”ができるまで

「お〜、お〜、いいじゃない!」
「って速いね、ちゃんと読んだのかい?」
「まずは写真よ! うんうん、こうでなくっちゃ!
 ん〜・・・でもなぁ、これもいいけど、
 私はプロフィールの写真が一番いいな。
 あれをアップにしてくれたらもっと良かったのに」
「え? どれ? あ〜、これか。
 でもさ、ルーを抱いている写真だろう?」
「かわいいじゃない?」
「・・・?
 かもしれないけど、写真とタイトルの関連が分からないよ」
「いいのよそれは! 写真うつりの方が大切じゃん」
「僕は記事の方が重要だと思うけどね。
 ライターの山下さんが今回もうまくまとめてくれているじゃないか。
 それにレイアウトもすっきりしていていい」
「どうせだったらお店の看板より、全部私の別の写真をパ〜っと並べて・・・」
「ちょっと、僕の話を聞いてるのかい?
 ともこの写真ばかりだったら、
 それこそ何の記事だか分からなくなっちゃうよ」
「えーじ分かってないね!
 イメージが大切なのよ! イメージ!」

だ、そうで。

えーじ
posted by ととら at 17:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月13日

Only time knows

3月も中旬に入りました。
梅が散り、沈丁花の香りが漂い始めると、
そこかしこで「今日は卒業式でした」という声を聞きます。
出会いと別れの季節ですね。

ちょっとニュアンスは変わりますけど、これは僕たち大人も同じ。
3月と言えば大方の組織で人事異動の時期じゃないですか。
ハラハラドキドキの数週間。辞令をもらって一喜一憂。

今でこそ僕はそうした枠の外に出てしまいましたが、
振り返れば春は卒業と入学、就職と異動など、
人生における大きな変化がいろいろありました、

しかし、生活を根底から変えるほどの転機と言えば、
成人後に思い当たるのはふたつ。

ひとつはソロの旅ライダーから、デュオのバックパッカーへ転身したこと。
まぁ、ワイフとの出会いが直接的な『原因』のひとつなのですが、
仕事は二の次で旅を中心に人生を回していた僕にとって、
このスタイルの変更はビッグイベントであり、
ある種のパラダイムシフトでもあったのです。
これはもう、行き先が国内から海外へ移り、
移動手段がオートバイから飛行機や鉄道、
バスなどに変わったこと以上の変化だったと言えるでしょう。

もうひとつは独立。
ととら亭を立ち上げたことで生活は全く別ものになりました。
端的には給料日がなくなりましたからね。
日銭商売ですから毎日が給料日と言えば聞こえはいいかもしれませんが、
ヒマな日には貰えるのが『基本給』の1/20程度しかない場合もあります。

銀行さんとの付き合い方も真逆です。
会社員の時は窓口にしろATMにしろ、
基本的におカネをおろす場所でしょう?
それが今はこっちから持って行くだけ。
たまに自分が右から左へ、左から右へ、
ただおカネを運ぶだけが仕事なのかしらん?
と思えることもあります。

日常の移動も逆ですよ。
電車はウィークデーではなく、
オフの日に時々乗るものになりましたからね。
そして天を仰いだのは、
当たり前だった週休二日が今では遠い彼方の話になったこと。
現実は年休二日になっちゃった。
有給休暇ももちろんゼロ。
これぞ典型的なブラックレストランなのですが、
プチブルは労基局のサポート外。

ありゃ〜、それじゃあ、堅気に戻ったら?

とは思っていそうで、実は一度も後悔したことはありません。
僕の場合、パンドラの箱の底に残ったものは、
『希望』ではなく『自由』でしたけど。

こいつには、
それだけの投資をする価値があるんですよ、うん。

ともあれ、次の大転機はいつ、どんな風に起こり、
僕はどうなって行くのか?

それは時だけが知っているのでしょうね。

えーじ
posted by ととら at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月09日

第13回取材旅行の準備 その13 最終回

本の発売や独立7周年記念などでドタバタしているうちに、
取材旅行から帰って早9日間が経ちました。

振り返って見ると、あの旅で一番考えさせられたのは、
国や民族のオリジナリティと純粋性だった気がします。

ととら亭では各国の料理を紹介するという都合上、
便宜的に、
「ポーランド料理」とか「エチオピア料理」という表現の仕方をしますが、
いずれも他から全く影響を受けず、
完全に独立した文化と言うものを僕は知りません。

バルカン半島の料理で例えるなら、先に一度お話したムサカ。
僕は子どもの頃、横浜のギリシャ料理レストランで食べて以来、
ずっとギリシャ料理だとばかり思っていました。
ところが起源はアラブにあるらしく、ブルガリアやルーマニアにも、
微妙にローカライズされて根付いています。

オスマン帝国の影響からケバブやキョフテ、ドルマも広く存在し、
ポークやアルコールが使えないというハラールの縛りが外れて、
独自のバージョンが溶け込んでいたり、
イタリアから伝わったパスタもすっかり土着化しているではないですか。

僕はそうした食文化の広大な織物を目の当たりにして、
まるで音楽のクラシックやジャズのようだな、と独り言ちてしまいました。
スタンダードがプレイヤーに解釈され、異なる楽器で奏でられた結果、
様々なバリエーションが生み出されて行く。

ではそのスタンダードに相当する『オリジナル』とは何で、
どこにあり、どのように広がって行ったのか?

これこそが、
『答え』とは『次なる謎』の謂いであるという、
僕たちの旅に付きものの逆説的なオチなのです。

さて、それでは新しい旅の準備を始める前に、
バルカン半島の旅で最後に訪れたハンガリーの取材を、
ビジュアルに振り返ってみましょう。

szegedview.jpg

szegedstreet.jpg

ハンガリーの南部、ティサ川の西岸に中心を持つ街、セゲド。

church.jpg

ご覧の誓約教会くらいしかランドマークになるものはありませんが、
普段着姿のハンガリーと申しますか、
のんびりプライベートな時間を過ごすには打ってつけの場所だと思います。
僕たちはこうした地味な街が大好きなのですよ。

glyas.jpg

川岸を歩いていて偶然見つけた料理中のグヤーシュ。
元々はこうした野外料理だったそうです。
あ〜、美味しそうだな、と近付いて行ったら、
今にも食べてしまいそうに見えたのか、
ボートハウスのおじいさんが出てきて、
「すまんな旅の人よ、これは売り物ではないのじゃ」
(マジャール語で多分こう言ったのだと思います)

breakfast.jpg

僕たちが投宿したこの旅で一番の高級ホテル(1泊約5,000円也)の朝食。
取材のためにお腹をすかしておかなくてはならない僕たちにとって、
この誘惑はマジでヤバかった!
しかしながらセゲドはハンガリーで最初にサラミが作られた街。
老舗のPICK社のそれを食べずに去るなんて・・・
しかも畜肉製品は日本に持ち帰れないし・・・
という訳で、お腹いっぱい食べてしまいました。
うう・・・胃薬ぷり〜ず・・・

station.jpg

ブダペストまでは鉄道で移動。
マケドニアとセルビアの鉄道はかなり草臥れていましたが、
ハンガリーは健在です。
着いたのはブダペスト西駅。
ここは確か、
映画『ミッションインポッシブル ゴーストプロトコル』で、
冒頭シーンのロケが行われたところだったな。

budapestview.jpg

ドナウ川を挟み左が王宮のあるブダ側、右が商業的な中心のペスト側です。
ドナウ川は17カ国を貫く国際河川ですから、
ボートでウィーンやブラチスラバにも行けます。
いつかそんなゆったりした旅もしてみたいですね。

vircist.jpg

取材の中心になったのはここ、一番の繁華街になっているヴァーツィ通り。
しかし、いかにもツーリスト相手のレストランではイマイチなので、
実際に入ったのは中央市場の脇道や、デアーク広場周辺の店です。

budapesthotel.jpg

僕たちが投宿したのはヴァーツィ通りの脇道にあるこんなホテル。
利便性が良い割に静かでスタッフもフレンドリー。
夜はゆっくり休めました。

oldtown.jpg

12年振りのブダペストは殆ど変わっていなかったですね。
僕らは王宮裏に広がる旧市街の風景がお気に入り。
ぶらぶら歩いているだけで時間を忘れますよ。

marcket.jpg

さて、それでは取材を始めましょうか。
まず訪れたのはここ、中央市場の2階にある軽食堂。
いつも観光客で賑わっています。
場所柄、料金は少々高めですけど、
料理を見ながら注文できるのは便利ですね。
美味しそうなものが沢山ありますから目移りしてしまいます。

restaurant01.jpg

郷土料理を出しているこうした素敵なレストランが沢山あります。
メニューがそれぞれ微妙に違うので、
事前にじっくり検討してから入りました。

halasli.jpg

グヤーシュと並ぶ国民食のハラースレ。
鯉やナマズ、淡水スズキなどの魚を使ったスープです。
地域によってレシピの差が大きく、
セゲドではさらっとしていましたが、ブダペストではとろっと濃厚な感じ。
スープの色はトマトではなくパプリカで出しています。

foshstew.jpg

鯉のシチュー。
ハラースレをもっと濃くした感じと言えば当らずとも遠からず。
でも油っぽくはありません。
ガロニ(付け合わせ)は・・・なんとハルシュキ!
本にも書きましたけど、スロバキアの取材で出会った難敵です。
この思わぬ再会には驚きました。
あの時はそのボリュームとこってりさ加減に白旗を揚げましたけど、
今回は量が少なく、生クリームもそれほど使われていなかったのでクリア。
そう言えばスロバキアは隣国ですし、オスマン帝国が北上した際には、
ハンガリー帝国の首都機能が、
ブラチスラバに移されていたこともありましたからね。
両国に共通する料理が沢山あるわけです。

paprikash.jpg

パプリカーシュ・チルケ。
チキンをパプリカクリームソースで煮込んだものです。
お供はドイツのシュペッツレに似たハンガリアンダンプリング。
チキンとダンプリングのバランスが見ての通りですので、
何となくパスタのような印象を受けました。
コクがあってとても美味しいです。

porkglash.jpg

ポークグヤーシュ。
グヤーシュと言えばスープを想像しますが、要は『煮込み』のこと。
これはポークをパプリカソースで柔らかく煮込んだ料理です。
しかしながら先のパプリカーシュとは大分風味が違います。
お供はやっぱりダンプリング。

porknackle.jpg

ハンガリーでお肉と言えばポーク。
ポーランドでもそうでしたが、そうした土地でご馳走と言えば、
豪快なすね肉を使った料理。
英語ではポークナックルのシチューとなっていたので、
注文してみたら出て来たのがこれです。
じっくり煮込んでとろとろにした骨付きすね肉に衣を付けてカラッと揚げ、
濃厚な赤ワインソースを添えたもの。
むわぁ〜、ワルシャワで食べたゴロンカそっくりじゃん!
食べきれるかな?
と心配になりましたが、余分な脂が落ちていたので完食成功。
ガロニはキャベツのダンプリングでした。
ハンガリーはダンプリングの種類が沢山あるのですよ。
で、このお味はどこかノスタルジックなものが・・・
そう、キャベツと小麦粉と言えば、お好み焼き!
ブダペストでこの味を思い出すとは驚きました。

cake.jpg

取材の合間に一度だけ入れたコンディトライ(洋菓子店)。
洋菓子の総本山的ウィーンにほど近いだけあってか、
ケーキの美味しさは折り紙付きです。
甘さも控えめ。マジでホッペが落ちますよ。

us.jpg

最後はギリシャ編と同じく、お約束の1枚で。
自宅に帰って12年前の写真と比べてみたのですけどね、
月日の流れを感じました。

え? だからキャップを被っているのかって?
いやいや偶然ですヨ!

See you on the next trip!!

えーじ
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2017年03月04日

見解の相違

昨日から、今までありそうでなかった、
ともこの単独インタビュー記事がウェブにアップされております。

“旅のメニュー”ができるまで

原稿は事前に読んでいましたが、
レイアウトされたものを見るのは僕らも初めて。
そこで早速・・・

「ともこ〜!」
「なぁに?」
「ほら、君の記事がアップされているよ」
「えっ! 今日だっけ!? 見せて、見せて!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あ”〜っ!」
「どう? なかなかいいじゃないか?」
「ひどぉ〜い!」
「え? なにが?」
「この写真、えーじも写ってるじゃん!」
「はぁ?」
「えーじの記事の時は、えーじがひとりでいっぱい写ってたのに〜!」
「そ、そうだったっけ?」
「あたしのアップの写真は?」
「アップと言ったってグラビアページじゃないんだから」
「いいのよそんなの! お話より写真よ写真!」

そういう趣旨の記事ではないと思いますが・・・

ま、人はそれぞれ、いろんな思い入れがあるものでございます。
僕は記事の方が面白いと思うがなぁ・・・

えーじ
posted by ととら at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月03日

Seven years in Nogata

「ねぇ、7年前のこの時間、私たちは何をやっていたかしら?」

昨夜、営業が終わって賄いを食べていた時、
ふと、ともこがそう訊いてきました。

ととら亭を開業する前日の深夜・・・か。

2カ月に及ぶ膨大な開業準備作業ですでにボロボロだった僕らは、
最後の気力を振り絞って、
初日のお客さまに配るパウンドケーキの袋詰めをやっていたのです。

そして翌日からは、
まさしくジェットコースターに乗ったような日々が、
数か月間に渡って続いたのでした。

ようやく営業のリズムが作れたのは1年後。
人間らしい生活に戻るには、
それから更にもう1年が過ぎるのを待たねばなりませんでした。

思えば独立は、
かつて経験したことのない人生の変化だったと思います。
生活の全てが変わりましたからね。
だけど正しい決断だったんじゃないかな?
確かにえらくしんどいですけど、
こういうのは僕たちの旅とそっくりですから。

僕たちが求めていたのは、
事業の成功や社会的なステータスではなく、
とどのつまり、『自由』だったんだと思います。

え? 恰好つけ過ぎ?
でも、本当にそうなんですよ。

今日は独立して7年と1日目。

せっかく自由になったんだから、
自由な旅を続けよう。

えーじ

20170303.jpg

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2017年03月02日

世界のギョーザ特集がはじまります!

お待たせしました〜!
今しがたウェブサイトを更新しました。

→ 世界のギョーザ特集

そして僕の机の上にはメニューやポスターなど、
印刷物10種類の山が・・・

自分でいうのも何ですが、
一昨日の夜帰国したばかりでこれだけやるのはしんどかった!
偉いぞ、えーじ!

しかし、今回は通常のメニュー変えではありません。
独立7周年記念に加え、初出版とのタイアップともなれば、
オジサンもマジで気合が入りますよ。

それじゃ、お疲れさまでした・・・

で、終わりじゃなかった!
今夜から営業再開だったんだ。

すぐお店に戻らないと怒られちまう。

ん〜・・・
代表取り締まられ役の人生とは、こんなものでございます。

えーじ
posted by ととら at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年03月01日

ととら亭再起動 201703

取材旅行から帰って「ありがたいなぁ〜・・・」
と二人して思うことが3つあります。

ひとつ目は熱いシャワー。
今回のように冬に寒い地域へ行ったとしても、
機内で一泊した体にこれほど心地よいものは他にありません。
もちろんお風呂の方がいいに決まっていますけど、
安い航空券では遅い時間に到着することが多く、
そこから風呂にお湯を張るくらいなら早く寝たい。

二つ目は塩っぱい食べ物とサラダの食事。
欧米圏のように炭水化物を油で摂る地域の食事は、
塩で摂るアジア圏の料理に比べて塩の使用量が少ないようです。

塩分の摂り過ぎは健康に良くありませんが、
もわっとした油っぽい料理ばかり食べ続けていると、
僕のような超うす味派でさえ、
だんだんラーメンや漬物のような、
塩気の強いものが食べたくなってきます。

そして同じくバターの使用量が多い地域でへたった胃腸は、
酸味のあるドレッシングで和えたさっぱりサラダを欲するのです。
自他ともに認めるマヨラーの僕も、
この時ばかりはノンオイルタイプぷり〜ず。
具体的には寿司とサラダなんて理想ですね。

最後は布団。
6時間以内のフライトであれば殆ど気になりませんけど、
今回のように11時間を超えると、
いかにどこでも眠れる僕でも首や腰が痛くなってきます。
ですから熱いシャワーで汗を流し、
適度な塩気でさっぱりした料理を食べ、
布団の上で思い切り体を延ばす。

あ〜、帰って来たぞ、うちはいいあぁ・・・
と心の底から思えるひと時です。

さて、そうして一夜明けた今日。
朝は9時から、
二人とも黙々とととら亭の再起動に没頭していました。
今回は旅のメニュー変えも重なっている上に、
ここまで一行のキャプションも書いていなかった僕は、
復路の機内から成田エクスプレスの車内でも、
PCを起動してパチパチお仕事。

ん〜・・・会社員時代を思い出すのぅ・・・

そんなこんなで追い上げた結果、
午前中いっぱい頑張って、何とか遅れはリカバーできました。
これでギリギリ明日の昼には印刷に入れるでしょう。

今回は出版記念特別企画として、世界のギョーザ特集をお届けします。
メニューは、

 カザフスタン アルマティ風チュチュバラ
 ドイツ    フランクフルト風マウルタッシェン
 トルコ    カッパドキア風マンティ


それに独立7周年記念として恒例の『野方でノガーダ』を加え、
ととら亭史上、最強のラインナップでお待ちしております。

えーじ
posted by ととら at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月28日

第13回取材旅行 その12

今は日本時間22時6分。
最終の成田エクスプレス54号の車内でこれを書いています。
野方はまだ先ですが、まぁ無事に帰って来ました。

イスタンブールからの便は8割ほどの搭乗率。
この時期は卒業旅行の若者たちが多く、
各国のハブ空港から飛ぶ成田へ向けた便は結構混んでいます。
面白いのは往路と復路で見比べる彼、彼女たちの様子。

行きはもう楽しさ爆発状態。
それはそうですよね。
イタリアやスペインなどの外国だけではなく、
海外旅行そのものがまだ新鮮でしょうし、
それが仲の良い友達と一緒とあらば尚更です。

反して帰りは遊び疲れた子供のように、皆さんぐったり。
飛行機に乗ると、行きとは対照的に口数が少なく、
映画を観るより早々に居眠りを始める人がほとんど。

皆さん、どんな思い出を持って帰って来たのでしょうね?
旅で感じることは十人十色ですが、
自分の日常とは違う世界を知るのは、
とても有意義なことだと僕は思っています。

そして外を知るということは、
同時に内を知るということでもあります。
この青い星の中の小さな島国、日本。
そして、そこで生まれ育った僕たち日本人。

自分の顔を見るには鏡が必要なように、
外に行き、外国と言う鏡に映して初めて見る自分たちの素顔。
それもまた若者たちにとっては、新鮮な印象を残したことでしょう。

実はかく言うオジサンもそのひとり。
白状すると、
旅で『分かる』のは『分からない』ということなんですよ。
少なくとも僕にとってはね。

確かに料理取材の旅は、ある種の『答え』を探すのが目的です。
しかしその答えとは、新しい謎であることも少なくありません。
だからこうも言い換えられるんじゃないかな、
『ひとつの旅の終わりは、新しい旅の始まり』だと。

え? もう次のことを考えているのかって?
当たり前ですよ、旅人なんですから・・・じゃなくて仕事ですから!
というか、僕らにとっては、ととら亭での日常も、
ひとつの長い長い旅に他なりません。

営業の再開は明後日のディナーから。
まもなく、ととら亭の8年目の航海が始まります。
明日は朝から二人ともその準備。
今回と同じように、いい旅にしたいですね。

あ、そろそろ東京駅かな?
それでは次は野方から!

えーじ
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2017年02月27日

第13回取材旅行 その11

今日はブダペスト最終日。
いよいよ夕方から東京へ向けて移動を始めます。
昨夜のうちにウェブからチェックインは済ませておきました。
フライトは20:25。
往路と同じくイスタンブールでトランジットです。

東京を出発して15日目。
会社員の頃では不可能だった旅行期間ですが、
(僕の場合、9日間が最長でした)
やはり過ぎてしまえば、あっという間ですね。
帰国の数日前にともこが洗濯をやめると、
ああ、この旅もそろそろ終わりだなぁ・・・
という気持ちがしてきます。

一昨日は12年前にブダペストを訪れた時の記憶を呼び覚ましながら、
当時、歩いた道をもう一度辿ってみました。
あの頃、僕は会社員をやっており、今のような完全個人旅行ではなく、
移動手段とホテルだけブッキングされたスケルトンツアーで、
ウィーンとブダペストを周遊していたのです。
さすがに全てを思い出すことは出来ませんでしたけど、
ああ、あの時はあそこを歩いて、ここで写真を撮ったな、
と記憶が蘇ってきました。

ねぇ、あなたは、
12年前、どこで、何をしていましたか?

12年と言う歳月は、人間にとって短いものではありません。
個人的に振り返ってみても、
ブダペストからブダペストへの長大な旅は、
公私ともに果てしないものだったように思えます。

あの時、12年後に、こうしてもう一度この街に来るなんて、
全く想像もできなかったな・・・

前回と同じアングルでくさり橋の写真を撮っていた僕は、
ファインダーを通してドナウの流れを感じ、
ふとそんなことを考えていました。
そして、

では、今から12年後、
僕らはどこを、どんな風に旅しているんだろう?

『アタマノイイ』僕たち大人が公園の砂場に置き忘れてしまったたもの。
それは、未来のことは誰にも分らない、
というシンプルな事実なんですよね。
たとえそれが15分先のことであっても、
証券取引所で働くあなたにも、ただの旅人の僕にも分からない。
実は分かるような振りをしているだけなんです。

でも、この事実は不透明な未来に対する不安を煽るものではありません。
だからこそ、僕たちは旅に出る意味がある。
言い換えれば、生きている意味がある。
もし未来がテレビ番組の再放送みたいになってしまったら、
世界に驚きも喜びもなくなってしまうでしょう?

そこで、
先にご紹介したドイツ人の友人のビルギッタさんへのメールを、
僕は次の一文で締めくくりました。

 Let us keep on traveling into the future.
(我らに未来への旅を続けさせ給え)

それでは、次は春の入り口の東京で会いましょう。

えーじ
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2017年02月26日

第13回取材旅行 その10

ブダペストでの2日目。
取材は順調に進んでいます。
心配していた僕らの胃腸の調子は、おっと危ねぇ!
な時も何度かありましたが、
ピンポイントの胃薬ドーピングで辛うじてクリア。

今回は比較的にやり易い取材です。
と言うのも、
ギリシャ、ハンガリー共に郷土料理のバリエーションが多く、
それを提供する店も沢山ありますので。

出発前に心配していた気温は拍子抜けするくらい。
4カ国を通じて東京と殆ど変わりません。
反対にちょっと暖かいくらいな街さえありました。
一番寒かったのは、調子が悪いのに僕らだけバスを降ろされた、
マケドニアとセルビアの国境かな?

治安はとてもいいです。
難民問題で入出国のチェックが厳しくなっているかな?
と旧社会主義国家のレガシーが微妙に残る、
マケドニアやセルビアではホテルの滞在証明もしっかり取っていましたが、
(ウズベキスタンやカザフスタンのレギストラーツィアと同じものです)
先にちょろっとお話しましたように、
僕たちが通過した国境は何れも緊張感が希薄・・・
と言うか、はいはい、いらっしゃい〜、それじゃまたね〜、な感じ。
インスペクターも至ってフレンドリーです。
税関は僕ら程度の持ち物とおカネではスルー状態。
他の人々も頓着していなかったご様子でした。

各国の経済状況は昨今の欧州のそれを反映して厳しい印象を受けました。
特にマケドニアとセルビアは、
公共サービスもかなり草臥れているのではないでしょうか。
ゼネラルインフォメーションを参考にそれぞれの懐事情を算出すると、

ギリシャ
 平均月収約235,000円 世界ランキング31位(日本の約2/3)
 ジニ係数34.3%(93位) 貧困層の割合20.0%(103位)

マケドニア
 平均月収約 40,000円 世界ランキング88位(日本の約1/10 世界平均以下)
 ジニ係数39.2%(65位) 貧困層の割合30.4%(63位)

セルビア
 平均月収約 50,000円 世界ランキング80位(日本の約1/9 世界平均以下)
 ジニ係数38.0%(72位) 貧困層の割合9.1%(140位)

ハンガリー
 平均月収約112,000円 世界ランキング46位(日本の約3/10)
 ジニ係数24.7%(138位) 貧困層の割合14.0%(131位)

データの精度と確度を差し引いても、僕らが見た状況とこれらの数字は、
あながち乖離したものではありませんでした。
実際、ギリシャやハンガリーでも物乞いは少なくありません。
社会的な弱者はどこも老人と身体的ハンディキャップのある人、
小さな子供連れ、そして少数民族です。
僕はマルクス・エンゲルスファンではありませんけど、
凍てつく路上でうずくまる人々の脇を、
高級外車が通り過ぎる光景を目の当たりにしていると、
わ〜い、資本主義の国に生まれて良かった〜!
とは手放しで喜べませんね。

確かに自由競争は文化の発展のみならず、
ミクロな個人の幸せにも大きく寄与していることは事実ですが、
原理的に言って、
一握りの勝者を多数の敗者が支える仕組みであることには、
変わりがないでしょう?
だから先般亡くなったキューバのフィデル・カストロは、
資本主義国、特に先頭を行くアメリカを『帝国主義』と、
呼んだんじゃないのかな?

僕たちは今、産業革命華やかりし時代の経済、
そう、『むき出しの欲望』を原動力とする、
『見えざる手』に再び自らの運命を委ねようとしています。

バルカン半島の国家間の、EU諸国間の経済格差、
これは遠く離れた世界の話ではないのではないか?
僕にはそう思えてなりません。

おっと! また話がマクロになってしまいました。
それでは僕らが下見したマケドニアとセルビアの旅を、
写真を交えながらダイジェストレポートしましょうか。

mc_minibus.jpg

ギリシャのテッサロニキを出発したミニバス。
旧ソヴィエト連邦圏でよく使うマルシュルートカそっくり。
ピカピカでしたけどね。

mc_road.jpg

テッサロニキはギリシャ第2の都市と言われていますが、
バスターミナルを出発して30分もすると、あたりはこんな景色に。

mc_border.jpg

ギリシャの国境。
高速道路の料金所とそっくりです。

mc_square.jpg

マケドニアの首都スコピエの中心部、マケドニア広場。
ここでハイティーンの子たちが片言の英語で、
「写真を撮って下さい!」
と言うから彼女のスマホを受け取ろうとすると、
「いえいえ、一緒に写って下さい!」
東洋人は珍しいのでしょうね。

mc_bridge.jpg

地味ですがスコピエのランドマークの一つ、カメンモスト(石橋)。
この周辺は夜景が美しいと楽しみにしていたのですが、
熱を出した僕はモーテルで沈没。
リベンジの課題がまたひとつ増えてしまいました。
そうそう、この先にあるオールドバザールにも行けなかったんですよ。
うう・・・

mc_station.jpg

驚くなかれ、13時頃のスコピエ中央駅のチケット売り場です。
日本で言ったら東京駅ですよ!
誰もいません。しかも設備はご覧の通り。
待合室は鍵がかかり、ホームに上がれば冷たい北風がひゅ〜・・・
廃線になっちゃったのかしらん?
との印象を抱かざるを得ませんが、一応運行はされているそうです。
という訳で、僕らは選択の余地なく、国際バスを使ったのでした。

mc_motel.jpg

駅から徒歩5分ほどの所にある僕らが投宿したモーテル。
建物よりも周囲の状態にご注目を。
これも日本の場所に例えれば、丸の内か八重洲ですよ。
まぁマケドニアの規模と歴史を考えれば、
仕方のないことなのかもしれません。
面積は九州の約2/3、人口は東京都民の約1/6くらいなのですから。

mc_beans.jpg

代表的な料理と言えば、
白インゲン豆を煮込んだタフチェ・グラフチェ。
じわっと美味しい素朴な料理でボリュームもあります。
これにパンがあれば、一食成立するでしょう。

mc_humburg.jpg

マケドニア版ハンバーグのブリュスカヴィッツア。
スパイス感はありませんが、お肉そのものがジューシーで美味しい。
これはチーズ入りバージョン。お腹いっぱいになります。

mc_bustarminal.jpg

スコピエ中央駅に隣接したバスターミナルから夜行バスで、
セルビアのベオグラードへ。
さて、それでは僕は気絶させて頂きます。

sr_rever.jpg

ふと意識が戻れば5時間前後が過ぎてベオグラード。
旧ユーゴスラヴィアの中心地だけあって大きな都市です。
これはカレメクダン公園の丘から俯瞰した市街。
この上空をNATOの戦闘機が飛んで爆弾を落としたのか・・・
目の前に流れるのはサヴァ川です。
これがすぐ右側でドナウ川と合流します。

sr_street.jpg

地味ですが美しいクネズ・ミハイロ通り。
西側の資本がボチボチ進出しており、
マケドニアでは見かけなかったマクドナルドもありました。
しかしセルビアの人々にとっては少々高級なお店です。

sr_street02.jpg

ここは個性的なお店が集まっているスカダルリヤ。
ランドマークはなくてもこうした街歩きはとても楽しいですよ。
よく見ていると小さな発見が沢山ありますから。

sr_street03.jpg

スカダルリヤ周辺はミニモンマルトルと称せられることもあって、
街中にアート感覚が溢れています。センスいいね。

sr_kaki.jpg

あ、中央市場をぶらついていて驚いたのがこれ。
柿ですよカキ! しかも名前に注目です。
JAPANSKA!
日本から伝わったんでしょうね。
ちなみにカキは日本原産ではありません。
中国の長江流域が原産地と言われています。
本名は『シィ』。韓国では『カム』と変化しているので、
朝鮮半島経由で日本に伝播した可能性が考えられますね。
そしてヨーロッパには日本経由で伝わったのか?
そう言えばトルコの市場では『KAKI』で売っていました。
場所は違いますがブラジルでも同じ。
いずれも熟れ過ぎでぐずぐずが好まれています。
不思議ですね。

sr_room.jpg

夜に熱がぶり返してしまったので、夕飯はホテルで。
取材にはあまりなりませんけど、
僕らはこうした食事が意外と好きでして。
長旅の時には、よくこんな風に食べていたものです。

sr_breke.jpg

バルカン半島一帯でファーストフードと言えばブレキ。
これはチーズやホウレンソウを入れたパイ。
一説によるとトルコのブリックが伝わったと言われていますが、
チュニジアのブリックは、
とろっと卵が溶け出す大型揚げギョーザ風だったので、
変化の大きい料理なのかもしれません。
冷めても美味しいですよ!

sr_hotelstaff.jpg

僕たちが投宿したホテルのラブリーなスタッフと。
彼女はとても親切な人で、
ハンガリーのセゲドへ向けたアクセスを色々調べてくれました。
余談ですけど、ご覧の通り、セルビアは美人が多い!
男性は体格が大きく、僕の身長(176.5センチメートル)で小柄な方。
180センチメートル級はごろごろいるし、
10頭身の190超えも珍しくありません。
サッカーやテニスを始め、スポーツが強い訳ですね。

sr_localhouse.jpg

ベオグラードを出発した僕らはまず北端の街、スボティザへ。
途中は広大な田園地帯。時折、こんな家がぽつぽつありました。
素顔のセルビアのひとつです。

hu_border.jpg

スボティザで国際バスに乗り換えてハンガリーのセゲドへ。
これはハンガリーの国境。
右側にバスが停まっているでしょう?
あそこでインスペクターが乗って来てパスポートを集め、
スタンプ押してを返してくれます。
で、ようこそEUへ!
セゲドの市内まではここから20分ほど。

如何でしょう?
今回は下見だけでしたので、さらっと通り過ぎてしまいましたが、
何だが惹きつけられるものがあると思いませんか?
華やかさこそなくても、西欧とも東欧とも異なる、
バルカン独自の魅力を僕たちは感じました。
でも特に印象に残ったのは、見ず知らずの旅人にやさしい人々の笑顔かな?

ん〜・・・やっぱりもう一回来てみなくては!

えーじ
posted by ととら at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月25日

第13回取材旅行 その9

セゲドのホテルをチェックアウトしたのは今朝の10時。
そこから曇天の下、15分ほど歩いて駅まで行った僕たちは、
インフォメーションボードの前で佇んでいました。

「ふ〜・・・またこれか・・・」
「どうしたの?」
「僕らが乗る10時45発のブダペスト行きインターシティだけ、
 ホームナンバーが表示されてないんだよ」

僕の脳裏には、かつてブカレストやクラクフの駅で、
散々な目に遭った記憶が蘇って来ました。
自分の予約した列車に乗る。
ただそれだけで大汗をかかねばならないのが僕らの旅・・・か。

「仕方ない、取り敢えずホームに行ってみよう」

駅舎から外へ出てみると、
5番ホームにだけ人が沢山います。
時間からしてあそこの可能性が一番高いでしょう。

こうした時に不思議なのは、
幾ら探しても周りに鉄道会社の職員が見当たらないことです。
しかしプラスの材料もあります。
以前に比べてハンガリーの英語の普及率は格段に上がっていました。
であれば僕と同じ乗客に訊くまでです。

「こんにちは、
 このホームの列車は10時45分発のブダペスト行きでしょうか?」
「ええ、そうですよ」
「どうもありがとう」

この質問を移動しながら3人の乗客にしてようやく一安心。

一瞬イヤな予感がしたものの、13時10分、
僕らは無事に今回の旅の最終目的地、ブダペスト西駅に到着したのでした。
最後のアクセスはセゲドから2時間20分。

ここまで来てしまえばこっちのもの。
ブダペスト西駅からは隣接する地下鉄に乗り換えて3駅先のFerenciek tere駅へ。
地上へ出たら繁華街のヴァーツィ通りに南で直交する、
ピルヴァックス通りに面したホテルはもうすぐそこです。

ブダペストでなぜこんな風にスイスイ歩けるのかと言うと、
12年前に来た時の土地勘がある程度残っていたからなのですよ。
そう言う意味ではあまり変わっていない気がします。

ホテルに荷物を置いた僕らが早足で目指したのは、
そこから南に800メートルほど下ったところにある中央市場。
実はここ、取材と言うより、リベンジの場なのでした。
あの時の僕は疲労が祟って前日の夜にホテルでダウンしており、
翌日も胃腸の調子が芳しくなく、
市場の2階にある軽食堂の実に美味そうな焼きソーセージが、
食べられなかったのです。

「よ〜し、帰って来たぜ! 下の市場は後回し、目指すは2階だ!」
「あ、あるある、ソーセージ売ってるよ!」
「一番美味そうな店にアタックするぞ!」
「ハンガリービールも忘れずにね!」

hu_sausage.jpg

これですよこれ! 美味そうでしょ?
下に敷いてあるのは蒸し煮したザワークラウト。
ディジョンマスタードをたっぷり付けて頂きます。

hu_atstool.jpg

12年間僕らの頭にあったハンガリーのソーセージとビール。
いやぁ〜、もう美味いのなんのって。
(ともこの表情が全てを語っていると思います)

しかし、これで終わりではありません。
もうひとつ、忘れてはならないミッションがあったのです。

それは料理の名前の同定。

ととら亭でかれこれ90種類以上の旅の料理を紹介していますが、
ひとつだけ、料理の現地名が分からないままだったものがあります。
それがこの市場で食べた、
キャラウェイが香るザワークラウトとポークのシチュー。
当時は英語が殆ど通じなかった上に、
マジャール語の響きがどうにも僕の耳に入り難くて、
お互い肩をすくめるばかり。
後日、見かけから画像検索して、
多分「Székely Cabbage(セーケイキャベツ)」
ではないかと考えていたのですが、あまり自信はありませんでした。

今回はマジャール(ハンガリー)語の「ミエズ?(これは何ですか?)」
を覚えて来たから大丈夫!
そこで居並ぶ料理を見回してみれば、

hu_foodspalette.jpg

「あった! これだよ!」
「どれどれ? お〜、間違いない!」

ところが料理を指差して喜んでいる僕らに気付いたお姉さんは、

Hi! Would you like to try Hungarian cooking?
Come on! It's really good!
(ハーイ、ハンガリー料理を試してみません? ほら〜おいしいわよ〜!)

という訳で、このまま英語の会話になったのでした。
(せっかく覚えて来たのに・・・)
しかし分かりましたよ、本当の名前が。

hu_selkelyglyas.jpg

ととら亭で召し上がったお客さまも多いと思いますが、
この料理は『Székely Gulyás(セーケイ グヤーシュ)』。
直訳すると『セーケイ地方のシチュー』と言い、
僕の推測もあながちNGではなかったのでした。
食べてみれば何とも懐かしい味がするじゃないですか。

思えばこうした10年越しのリベンジは、
2015年6月の中欧旅行の時もありました。
あの時はスロバキアでの取材がちょっと早めに終わったので、
日帰りでウィーンに行き、
以前行きそびれたデメルでショコラ―デントルテを食べたのです。

僕らは基本的に過ぎたことはあまり執着しない方ですが、
食べることとなれば話は別。

ん〜・・・Mission Complete!!!

さて、話はハンガリーから日本に変わり、
発売されましたね!

『世界まるごとギョーザの旅』

最初は3月上旬になるかな、というスケジュール間でしたが、
出版社さんからの話では、もう書店に並びつつあるそうです。
ウェブでも紀伊国屋さんやamasonさんでも売り始めていました。
あ、もちろんととら亭の隣の『はた書店さん』でも売っていますからね!

面白いですよ〜!
よろしくお願い致します!

えーじ
posted by ととら at 04:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月24日

第13回取材旅行 その8

今日はセゲドで終日のんびりしていました。
ここは所謂『観光地』ではないので、世界遺産はおろか、
ランドマークになるようなものは殆どないのですが、
この地味さがスロバキアのブラチスラヴァにも似た、
落ち着きと静けさを醸し出しているのですよ。
端的に言えば素顔のハンガリー・・・なのかな?

それでも外国人がいない訳ではなく、
ローカルレストランや駅でも大抵英語が通じます。
僕のマジャール語は挨拶だけなので助かりますね。

泊っているホテルはこんなところ。

Science Hotel

『科学ホテル』とは、ちょっとコンセプトが面白いところで、
ロビーは図書館かお洒落な書店風。
お値段はダブルルームで1泊日本円で約5,400円。
今回の取材旅行でもっとも高い部屋です。(しょぼい予算だね・・・)

しかしコスパがスゴイ!
部屋はきれいで広く、
ベッドなんて僕らが住んでいるアパートの寝室と同じくらいの大きさ!
当然安宿のぼよよんベッドではなく、程よい硬さで寝心地抜群。

朝食がまた素晴らしく、
セゲド名物の超うまいサラミやチーズがずらっと並び、
美味しいパンが何種類もあります。
日本でならこの朝食ビュッフェだけで、
1人2,000円はするだろうという、
ゴージャス、デリシャス、デンジャラスな内容。
それを考えると二人分の朝食代と部屋代で先の料金ですから、
なんかすごくお得な気分になりました。

スタッフもみな英語が堪能でフレンドリー。
たまにはこうした小さな贅沢もいいものですね。

おおっと、仕事もちゃんと再開していますよ。
でもマジャール(ハンガリー)料理の話をする前に、
今日は前半に行ったギリシャの取材をビジュアルにご報告しましょう。

grc_airport.jpg

イスタンブールを経由して僕たちが着いたのは、
アテネ国際空港(エレフテリオス・ ヴェニゼロス国際空港)。
意外とこじんまりしたところです。
市内へのアクセスは良く、空港から道路を挟んで地下鉄の駅があり、
ここから2号線で中心部のシンタグマ駅まで乗り換えなしで20分くらい。

grc_athenaiview.jpg

アクロポリスの丘から眺めるアテネ市街。
高層建築物は殆どありません。
2000年を超える歴史を俯瞰できる稀有な場所です。

grc_mercket01.jpg

grc_mercket02.jpg

オモニア駅から南へ200メートルほど行ったところにある、
アテネの中央市場。
威勢のいい売り子の声が飛び交っています。
海が近いため、新鮮な魚介類が豊富でした。
野菜の品種も多く、食文化の豊かさが実感できます。
料理の内容を反映してスパイス系の販売量は、
隣国のトルコに比べてずっと少なかったですね。
ここに散在するタベルナ(ローカル食堂)のシーフードは絶品でした。

grc_nightview.jpg

grc_nightview02.jpg

僕たちが投宿したホテルのあるプラカ地区。
歩いているだけで楽しめる、美しい街です。
夜は映画の世界へ迷い込んだようにロマンティックですよ。
治安がいいので不安はありません。

grc_restaurant02.jpg

こんな素敵なタベルナが沢山あります。
観光客の減る冬季は休業する店が多いと前情報にありましたが、
どこも普通に営業していましたね。
価格はリーズナブルで、
前菜1品と主菜2品を二人でシェアし、
ワインやビールを飲んで東京相場の2/3くらい。
場所によっては1/2ほどの予算で満腹するタベルナもありました。
例によって量は・・・スーパーサイズです。
ものにもよりますが前菜でととら亭の主菜くらい。
で、主菜は・・・体育会系御用達ですね。
エンゲル係数の高さにお悩みの方には打ってつけでしょう。

grc_menu.jpg

店の前にはこうしてメニューがあり、
ラブリーなホールの人もいるので、取材にはとても便利。
ちなみにアテネのタベルナのホール担当は、
ととら亭と同じく大体オヤジです。
これがいいんですよ!

grc_staff.jpg

ほらね?

grc_restaurant.jpg

タベルナはレストランよりワンランク下と見なされがちですが、
店内は見ての通り、とてもいい雰囲気の店が多いです。
お客さんも地元の人が沢山おり、常連さんに交じってアットホームな感じ。
プラカ地区以外だと英語は微妙になりましたけど、
それでもコミュニケ―ションに困ることはありませんでした。

それではいよいよ取材の成果の一部をご報告しましょうか。

grc_gsalada.jpg

まずは前菜から。グリークサラダです。
サラダにででんと乗っているのは豆腐ではありません。
羊や山羊の乳で作るフェタチーズ。
僕が横浜のギリシャ料理レストラン食べたグリークサラダには、
角切りのフェタチーズがコロコロっと入っていましたが、
本場ではこの通りの大盤振る舞い。
これが実に美味しいんですよ! チーズ好きにはたまりません。
このサラダとパンだけでも白ワインかビールがあれば、
あなたは天国を垣間見れるでしょう。

grc_dolma.jpg

トルコの影響を感じるドルマダキア。
ブドウの葉で挽肉と米を包んで煮たものです。
ソースは軽いベシャメルにレモンジュースを少々。
この料理、トルコを中心にバルカン半島南部の国々を始め、
コーカサス、アラビア半島、中央アジアにかけて広がっているのですが、
僕らがこれまで食べたドルマの中でアテネのものが一番おいしかったな!
クセもなく、ソースとの相性もばっちり。

grc_eggplant.jpg

これはナスのドルマ。
トルコでは何かで巻いたものがサルマと呼ばれ、
詰め物系がドルマと呼ばれますが、
ギリシャではみなドルマ。スパイス感はあまりありません。
これは先のドルマダキアとはまた別の味わい。
前菜とはいえナスが大きいのでボリューム満点です。
東洋人の女性ならこれとパンで一食完結でしょう。

grc_octopus.jpg

タコのマリネ。
シンプルな一品ながら計算され尽くした逸品です。
鮮度のいいタコを取り巻くのはケッパーの風味と塩味、
干しブドウとそっくりなドライトマトの甘み、
オレガノとタイムの香り、そして全体を包むフレッシュなオリーブオイル。
ともこはこれだけで白ワインをかなり飲んでいました。
ちなみにギリシャのワインは美味しいですよ。
キリキリのドライではないのですが、
ふくよかな丸みがあり、瑞々しいフルーツの余韻が残ります。
これがこうしたシーフードの料理と相性抜群なのですよ。

grc_sardin.jpg

そしてイワシのフリッター。これはマジでクセになります。
食べ出すとかっぱえびせん並みに止まりません。
揚げ物でも重さがまるでなし。
僕らは市場で食べたので鮮度は折り紙付き。
あ〜、もう一回食べたい!

grc_mousaka.jpg

そろそろメインも行ってみましょう。
まずは有名なムサカです。これはナスやポテトを敷き、
その上にシナモンが香るトマトソースで和えた挽肉のラグーを乗せ、
軽いベシャメルとチーズをかけてオーブンで焼いたもの。
元々はアラブ発祥の料理と言われていますが、
今は完全に換骨奪胎され、
バルカン地方の料理としてのアイデンティティが感じられます。
異なる素材を積み上げ、単純な足し算を超えた味を創造するところは、
まさしくアートと呼べるのではないでしょうか?
ここでワインは赤に切り替えましょう。
フルーティなミディアムボディタイプがぴったりです。

grc_meatball.jpg

トルコのミートボール、キョフテに似たスズカキャ。
やはりこれもギリシャ化が進んでおり、
肉はポークを含む合挽き肉が使われ、スパイス感が減っています。
しかしながら、この変奏曲が素晴らしい。
肉の引き具合にもこだわりが感じられます。
ちょっと粗っぽいんですよ。そこがいい。
ワインが進みます。

grc_lemonlamb.jpg

最後はラムのレモンソース添え。
煮込んだラムと言えばチュニジアのクーシャを思い出しますが、
この料理にはスパイスが殆ど使われていません。
味に輪郭を与えているのはご当地らしくフレッシュなレモンジュースです。
これがコクのあるスープに一服の清涼感を与え、
あっという間にボリュームのある料理を平らげてしまう、
魔法を生み出しているのです。
お供はポテトがお約束。

如何です? お食事前の方はお腹が空いて来たでしょう?
実はこれ、取材した料理のごく一部なのです。
先の市場でも見たように、ギリシャは豊かな山海の食材に恵まれ、
料理のバリエーションは多岐に渡っています。
また街が変わればそれが更に変化して行くので、全部食べ尽くすには、
強靭な胃腸と数カ月の日にちが必要になるのは間違いありません。
食後のデザートもいろいろありますが、
最後はリキュールのメタクサや蒸留酒のウーゾで締めるのも一興。
楽しみ方は十人十色ですね。

grc_us.jpg

最後はこれ。
たまには僕らもお約束通りにやってみました。

明日は今回の旅の最終目的地、ハンガリーの首都、ブダペストに移動します。
天気は・・・雨かなぁ?

えーじ
posted by ととら at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月23日

第13回取材旅行 その7

ご心配おかけしましたが、僕はすっかり回復しました。
昨日はベオグラードに着いてちょっと安心した所為か、
夜にちょろっと熱がぶり返しましたけど、
一晩ベッドでぐっすり眠ったからもう大丈夫!

それにしてもバルカン半島の文化は奥が深いですね。
2013年に取材した東ルートのルーマニアとブルガリアに続き、
今回は中央を北上するギリシャ、マケドニア、セルビアを訪れましたが、
アテネとテッサロニキ以外は下見程度とはいえ、
2000年以上を遡って重層する歴史の深みと広がりにはため息が出ました。

ドイツ人の友人のビルギッタさんにアテネからメールを出したところ、
こんなレスを頂いたのでご紹介しましょう。

 Travelling is study in action
 and meeting the many different forms of 'homo sapiens...'
 loved Greece...the origin of my culture...

”旅は行動で学ぶことであり、
 そして幾つもの異なるホモ・サピエンスの形との出会いなのです・・・
 愛されしギリシャ・・・私の文化の起源よ・・・”

そう、ドイツ人とかギリシャ人という「ラベル」の話ではなく、
バルカン半島と呼ばれる悠久の時の断層から露出しているのは、
まさしく彼女の言う通りホモ・サピエンスの「歩み」の一部なのですよ。
だからドイツ人の彼女がギリシャを想い、
「私の文化の起源よ・・・」と言っても矛盾はないのですね。

僕らの専門の料理にしても、
トルコ、アラブ、ペルシャ、マジャール(ハンガリー)、イタリア、
ブルガリアなどの食文化が微妙な割合で混じり合い、
かつ現在の土地の文化と融合したもので、
簡単に近代国家の呼称を引用して、『マケドニア料理』とか、
『セルビア料理』とは言い切れないものばかりでした。
ん〜、次はぜひ西ルートで回ってみたいですね!

さて、今日の僕らは朝10時前に、
再びベオグラード駅に隣接するバスターミナルまで行き、
セルビア北端の街、スボティツェへ。
所要時間は約3時間。
ハンガリーのセゲドまで直接行く便がなかったので、
ここで乗り換えです。

スボティツェではチケット売り場で訊いてみると、
セゲド行きは国際バスなので、ここでチケットは売っていないそうで。
バスドライバーから直接買って下さいと言われました。
ただターミナルに入る入場券も必要なので、それは窓口で購入。
発車時刻は15時。ターミナルは20番です。

スボティツェからセゲドまではたった40キロメートル。
走り始めてまもなくセルビア側の国境になりました。
ここも高速道路の料金所そっくりな建物。
バスが止まるとインスペクターが乗って来てパスポートを集め、
10分もすると束のままポイッと返してくれたのですが、
困ったのはそれを受け取ってしまった乗客。
まじめに名前を読み上げながら返し始めたものの、
同じラテン文字でも言語によって発音が違いますから、さぁ大変。

それが終わる間もなくすぐハンガリーの国境。
ここではバスを降りてイミグレーションのブースへ。
EU圏内に入るので、EUシチズンは身分証明証だけを提示してスルー。
僕たちはスタンプをもらうのですが、
日本人は珍しいのか、インスペクターは仕事と言うより、
個人的な好奇心で日本のパスポートをひっくり返して、
「へぇ〜・・・」って感じ。

そう言えば、
今回僕たちが取ったルートは一般的な観光ルートではないのか、
マケドニアから出る時も、
寒い国境で僕たちだけ外へ呼ばれたから何かと思いきや、
数名のインスペクターが集まって来て僕らを見ながら、
「あ〜、ホントだ、日本人だ!」
「あ! もういいよ、寒いから!」

だって。調子悪いのに・・・
さんきゅ〜べりまっち。

さっきもスボティツェのバスターミナルで昼食のパンを食べていたら、
僕の隣に座っていた小学生くらいの男の子がずっと僕の方を見ていたっけ。
最初はお腹が空いてるのかな? パンが欲しいのかな?
と思いましたが、間もなく現れたお姉ちゃんと一緒にバスに乗る時も、
僕らをちらちら見ていたあの眼差しは、
好奇心以外の何ものでもなかったと思います。

ともあれ、こうして僕らは今回の旅の4番目の国、
ハンガリーに辿り着いたのでした。
セゲドはガイドブックにも載っていない街。
明日は情報収取から始めて、
ブダペストまでの鉄道チケットをゲットしなくては。

えーじ
posted by ととら at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月21日

第13回取材旅行 その6

今回の取材旅行はかつてないほどスムーズに事が運び、
ギリシャの取材も滞りなく終わって、
ハンガリーのブダペストへ向けた移動に入りました。

いやぁ〜、良かった、良かった!

と喜んでいた矢先、
最初のトラブルがやってきたのです。
それも静かに・・・

マケドニアのスコピエで一泊した僕らは、
翌日の朝、モーテルで簡単な朝食を摂り、
ともこが近くのスーパーに行っている間、
僕は部屋で取材ノートをまとめていました。

時刻は10時半。
低いテーブルでの書き物で疲れた僕は、
ちょろっとベッドに転がって体を延ばすと、

ん〜・・あいたたた・・・背中が強張ったな。
ともこが帰ってくるまでこのまま横になっていよう。

11時。

「ただいま〜! ・・・あれ?
 えーじ、また寝ちゃったの?」
「ん? ああ、姿勢が良くなかったんで背中を延ばしているんだ。
 それにしても、なんかちょっと寒いな・・・」
「え〜! こんなに暖房が効いてるのに? 暑いくらいだよ」
「そうなの? なんだかさっきから背中がぞくぞくする」
「いやだ、風邪ひいたんじゃない?」
「ん〜・・・それはないと思う」
「熱を測ってみようよ」

「どう?」
「36度6分」
「ほら大丈夫だろう? パソコンを使っていた姿勢が良くなかったんだ。
 少し疲れたんで昼までこのまま横になっているよ」

12時。

「そろそろランチに行く?」
「ん〜・・・寒いな」
「ちょっとぉ、ほんとに風邪を引いたんじゃないの?
 もう一回熱を測ってみようよ!」
 
「大変! 37度3分もある!」
「え? さっきは平熱だったのに? ヤバ・・・」
「今夜は夜行バスで移動でしょ?」
「それまでまだ11時間半ある。なんとか熱を下げなくちゃ。
 ファーストエイドのポーチから解熱剤を出してくれる?」

15時。

「どう?」
「あ〜、37度4分! 熱がちょっと上がっちゃった」
「薬を飲んだのに上がったのか・・・イヤな兆候だな」
「今夜移動できる?」
「今は何とも言えないよ。この程度の熱なら動けないことはないけど、
 バスの中で悪化すると、どうなるか分からない」
「予定を調整して、ここでもう一泊しようか?」
「そうだな・・・プランAは薬で熱を下げて予定通り移動する。
 プランBはベオグラードまでのバスチケットを取り直して明日移動しよう。
 判断は・・・19時」

そして19時。

「ん〜・・・まだ37度あるか」
「熱下がらないね、移動は止めようよ」
「とは僕も思うんだけど、交通手段の再調整が増えるんだよ。
 しかもベオグラードからハンガリーのセゲドまでは情報がない。
 現地で時間があればいろいろ聞いて回れるけど、
 明日移動すると夜行なら6時間で着くところが日中は8時間かかるんだ。
 となると現地に着くのは朝8時の便でも16時は過ぎる。
 そこからブッキングするのは微妙だな。余裕がまったくない」
「でもさ、具合が悪そうだよ」
「38度を超えなければバックパックを背負っても体は動かせるさ。
 温かい恰好をしてバスで6時間爆睡すれば良くなると思うよ」

そうしてプランAで進めたのですが、
バスの中で僕は汗びっしょりになり、
吐き気も重なってマケドニア=セルビア間の国境を越えて、
1時間もしないうちに気絶・・・
気が付けば早朝のベオグラードに着いていました。

「大丈夫? すごく辛そうだったね」
「ああ、でも気分はすっきりしたよ。
 荒療治だったけど、移動中が山場だったんだな。
 ここでセルビア・デナールをゲットしたら、
 セゲドまでの移動手段を確保しよう」

こうして朝8時。
僕たちは何とかベオグラードのホテルに辿り着いたのでした。

いや〜、やっぱりただじゃ済まないか、僕らの旅は・・・

えーじ
posted by ととら at 18:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月20日

第13回取材旅行 その5

島国に生れ育つとイメージし難いのが国境。

場所よっては、ほんの数10メートル歩いただけで、
言葉や通貨だけではなく、時間まで変わることがあります。
そんな体験を味わえる場所の一つが、ギリシャとマケドニアの国境。

朝7時にホテルをチェックアウトした僕たちは、
小雨が降る中、テッサロニキ駅まで歩いて戻りました。
そこでチーズパイとコーヒーの朝食。

8時に昨日チケットを買った国際バスのカウンターに行き、
チケットを提示すると、受け取ってくれたのは昨日と同じ彼女です。
バスは20人ほどが乗れるバンタイプ。
マケドニア人、ギリシャ人、ドイツ人、そして僕たち2名の日本人が集まり、
15人が乗ったところで定刻の8時半に出発しました。
アジアや南米の乗り合いバスと違って皆さんとても静か。
ともこは早々におやすみなさい。

バンは最初寂れた工業地帯を20分ほど西に向けて走り、
やがて北北西に曲がると、
霧の立ち込める幻想的なぶどう畑や草原を縫いつつ、
信号機のない、高速道路のような道を黙々と走り続けました。

出発して1時間が過ぎた頃、前方に見えてきたのは高速道路の料金所・・・
ではなく、ギリシャ側の国境です。街の名前はEvzonoi。

はてさて、ここでの手続きはどうなるのかしらん?

バンがバス用のレーンに入って停まるとドライバーが僕らに向かって、

「パスポート」

乗客全員のパスポートとバスチケットのカーボンコピーを持って、
建物の中へ入って行きました。
そして待つこと15分。
戻って来た彼は最前列に座っていた女性にパスポートの束を渡し、

「自分のパスポートを取ったら後ろに回して下さい」

これでおしまい。
さらばギリシャ。

この建物の出国側には何故か免税品店があり、
そこで15分のトイレ休憩。

次は目の前の同じような建物に進み、
停まるとマケドニアのインスペクターがバンに乗って来ました。
ドライバーと笑顔で挨拶を交わし、
握手している様子から顔馴染みなのでしょう。

彼は全員のパスポートを集め始めました。
その際、一応国籍は見ているようでしたが、
写真と本人を照合している様子はありません。
僕らのパスポートを受け取った時に、

「日本人ですか?」

と訊いてきただけ。
ここでも15分ほど待ってドライバーがパスポートを戻して終了。

ハロー、マケドニア。
ゆ、ゆるいね。

こうしてするっと国境を越えてしまいましたが、
冒頭でお話しましたように、
言葉はギリシャ語からマケドニア語へ、
通貨はユーロからマケドニア・デナールへ、
時間は日本時間マイナス7時間からマイナス8時間へ変わったのです。

もちろん他にも多くの違いがありますけど、
僕たちにとってすぐ影響するのは通貨と時間。
両替はともかく、すぐに腕時計を1時間遅らせました。

道路は長閑な田園地帯を北北西へ伸びています。
ギリシャと同じく信号機のない一本道。
しかしバンはあまりスピードを上げません。

そう、ゼネラルインフォメーション以上に、
その国の経済状態を物語るのが道路事情。
マケドニアに入った途端、路面の荒れ方がはっきり分かりました。
こういうのは以前、ベトナムからカンボジアに入った時もありましたが、
約2.5倍近い差のあるギリシャとマケドニアのGDPは、
こんなところにも表れているのですね。

テッサロニキを出発して丁度4時間。
僕たちは予定通り、スコピエ中央駅に隣接するバスターミナルに着きました。
ここでは2つタスクがあります。

タスク1 セルビアのベオグラードに行く交通手段を確保せよ

選択肢は鉄道かバスのふたつしかありません。
まず鉄道をチェックしようとチケット売り場に行ってみれば・・・

あ、あの〜・・・鉄道は潰れちゃったんですか?

の状態。
乗客はおろか、職員の気配もありません。
あ、誰か来た! と思ったらおまわりさんじゃないですか!
胡散臭い目で僕を見ていますから「ドーバルデン!(マケドニア語のこんちは!)」
と挨拶してバスターミナルまで退却。

OK、プランB。

インフォメーションに行って英語で、

「こんにちは、ベオグラード行きのバスチケットはここで買えますか?」
「はい」

ラッキー、言葉が通じるじゃん。

「タイムテーブルを教えて下さい」

人のいいおじさんが僕のメモ帳にバスの出発時刻を書き始めました。
5時10分の始発から深夜2時の最終まで1日11便あります。

すごいね、全部暗記しているんだ。
っていうか、印刷した時刻表がないのね。

「始発から21時半までの便の所要時間は8時間。
 23時半から最終までは6時間だよ。出発はみな3番トラックだ」
「ありがとうございます」

ここでともこと相談して23時半の夜行で行くことに決定。
この方が時間を有効に使えますからね。
今日はスコピエで一泊しますから明日の便のチケットを購入。
料金は1,450デナール(日本円で約2,900円)/1人。

タスク2 マケドニア・デナールをゲットせよ。

バスチケットはクレジットカードで払いましたが、
当面の現地通貨が必要です。
しかしマケドニアの滞在は2日間だけですから、
多めに両替して残すのは避けたい。
そこでざっと滞在費用を計算して5,000デナールが必要だと分かりました。
で、どうやってそれをゲットするか?
選択肢は3つ。

1.両替の窓口で日本円から両替する。

窓口のお姉さんに訊いたら苦笑されました。
そりゃそうだよね。

2.手持ちのユーロから両替する。

もちろんこれは可能ですが、
既に日本円から両替したものなので2重両替は手数料の面で避けたい。

3.ATMで自分の銀行口座から現地通貨を引き出す。

スキミングやカードを飲み込まれるリスクを避けるため、
僕は基本的に営業中の銀行のATMでしかキャッシュカードを使いませんが、
駅のインフォメーションの目の前にあるものなら大丈夫でしょう。
ってわけで、ここから5,000デナールをゲット。

今夜の宿は駅から徒歩5分ほどの所にあるモーテル。
これがテッサロニキの安ホテルを豪華に見せるようなところでした。
外見だけでも女性の一人旅の人は、二の足を踏むだろうな。
中庭に入ってみれば、僕たちを迎えてくれたのは6匹の野良猫たち。

ん〜・・・ネコ臭い・・・

でもフロントのおじさんはフレンドリーです。
部屋は・・・
ベッドはボヨヨンで少々かび臭く、シャワーは使えるかギリギリの温度。
まぁ1泊ツインで2,790円ならこんなもんでしょ。
2名分の朝食付きだし。それなりにお得ってもんだ。

一番心配だった気温は、それほど下がっていないと思います。
部屋にはヒートパネル1枚しかなく、外に面した部分は全部ガラス張りなので、
(寒さが厳しいところなのに何故だろう?)
ポカポカではないものの着込んでベッドにもぐればOK。

マケドニアは下見だけなので、
ちょっと体を(特に胃袋を)休めようと思っています。

えーじ
posted by ととら at 04:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月19日

第13回取材旅行 その4

朝6時。
まだ暗い中、ホテルをチェックアウトした僕たちは、
地下鉄2号線のアクロポリス駅へ。
ここからアテネ中央駅に連結するラリッサ駅まではほぼ15分。
途中で通過したシンタグマ駅は、前情報通り封鎖されて真っ暗でした。

週末の所為か早朝にもかかわらず、
アテネ中央駅は大きなカバンを持った乗客がパラパラと。
僕たちは開いていたベーカリーカフェで熱いコーヒーを買い、
待合室で昨日買ってきたパンの朝食です。
人それぞれ色々な旅があるものですが、
しみったれているようでも僕らはこうした旅が大好きなのですよ。

7時になると、
落書きだらけの列車が息を切らせながらホームに入って来ました。
駅員さんに訊けば、これが7時18分発のテッサロニキ行き。
僕たちのコーチは4号車、座席は51番と53番です。

車窓を流れる風景は、
すぐにオリーブやブドウの畑が続く郊外のものへと変わり、
やがて進行方向左側には冠雪した山並みが続き始めました。
アテネを出発して2時間。
乗客のほとんどが眠りの中へ。
ともこも隣でぐっすり。
僕はこうしてブログを書いたり、取材のノートをまとめたり。
飛行機の移動もそうですが、
日ごろ時計とにらめっこの生活をしている僕らにとって、
こうしたひと時は何とも贅沢なものなのですよ。

僕らを乗せた列車は30分遅れてテッサロニキ駅へ。
どことなくブルガリアのソフィア駅を彷彿させる古びた建物です。
ここでの次なるタスクは、
明日のスコピエ行きバスチケットをゲットすること。
ホールで辺りを見回してもそれらしいブースはありません。

さて、どうしたものかしらん?

誰かに訊こうと外に向けて歩き始めたところで、
出口の脇にバス会社のブースが。

「ヘーレテ!(こんにちは!)
 スコピエ行きのバスチケットはここで買えますか?」
「はい。日にちは?」
「明日なんですけど、タイムテーブルを見せてもらえませんか?」

カウンターの女性は流暢な英語で応えてきました。
バスは1日2本しかなく、8時半か17時半の出発。
所要時間は約4時間とのこと。
僕らは迷わず午前便をチョイス。
お値段は二人で40ユーロ也。
鉄道なら25ユーロほどで行けるのですが、
運行が不安定らしいので、こちらを取りました。

今夜の宿は駅から南東へ800メートルほど行ったところにある、
『いかにも!』という感じのよくある安ホテル。
ダブルで一泊32ユーロ(約3840円)です。
雑居ビルの1階に入り口だけがあり階段を2階に上がるとレセプションです。
殺風景な灰色の部屋、パイプベッドと粗末な机。

ん〜・・・いいねぇ。

僕らの旅ではこういうのが、まぁスタンダードなんですよ。
一応セキュリティは形になっているし、火災の時も脱出し易い。
セントラルヒーティングの暖房が効いていて、
ぬるいけど、何とか使えるシャワーもある。
それからこうしてブログもアップロードできますからWi-FiもOKですね。

テッサロニキは観光地と言うより旅人にとっては移動の中継地。
あまり華やかさはありませんけど、
エーゲ海に面した歴史あるローカルタウンの風情が味わえます。
荷物を置いた僕らは早速市場へ出かけて遅めのランチ。
ここでのチョイスはシーフードに尽きるでしょう。
ブドウの葉で巻いたドルマを前菜に、
ムール貝のサガナキ(チーズとトマトソースの煮込み)、
スタッフド・スクィード(チーズや野菜を詰めたイカのグリル)。
これにご当地のビール、EZA Hellenic Pilsener Beer!
ああ、うまい・・・幸せとはこのことだ・・・
じゃなくて仕事です!
ちゃんとメモも写真もとっていますよ。

明日はまた駅で朝食を食べて、いよいよマケドニアに向けて出発か。
さらばギリシャ! この後もスムーズに行きますように!

えーじ
posted by ととら at 02:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記