2021年09月19日

仕事と旅のリハビリテーション

2カ月ぶりにディナー営業を再開しました。

といっても、まだ非常事態宣言の規制下で、
お酒なし&20時閉店のままですが・・・

それでも少しだけ本来の形に戻れたようで、
モチベーションは上がりますね。

特集も南米&エジプト料理特集パート2!

ここはちょっと難しい判断だったのですよ。
通常であれば3カ月ごとに旅のメニューを変えていますが、
南米料理は度重なる規制の影響で、
まだトライしていない方が沢山いらっしゃいました。
しかしながら夏のメニューとして企画したエジプト料理特集は、
リリースできないまま季節は秋の入り口に・・・

ん〜・・・どうしたもんだろ?

と、頭をひねったところで思いついたのがハイブリッド作戦。

地域と文化は大きく違いますけど、
メニューの流れとしては同時にやっても違和感なし。
実際、一昨日からやってみて受けたお客さまの感触は、
予想以上にいいものでした。

特に初登場のダウッド・バシャとバミア・ビ・ラハマは、
一昨年のパート1でリリースなかった隠し玉です。

そういえば今回特集しているエジプトやペルー、チリは、
今どうなっているのでしょうね?
久しぶりに懐かしい料理の香りをかいでいたら、
旅の思い出が蘇ってきました。

海外への扉が開かれるのも、そう遠くないような気がします。

台風一過の秋空の下、
まずは近場の旅から始めましょうか。

えーじ
posted by ととら at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年09月16日

旅人の特効薬

「な、なんでこうなるの?」

と、絶句することってありません?

え? ない? ホントに?

僕なんざアフリカや南米を旅しているときだけではなく、
日本にいてもしょっちゅうですよ。
(特にコロナ禍が始まってからというもの・・・)

で、場合によっては、

「がっで〜む、さなばびっち!」

と心の中で毒づくこともしばしば・・・
(もっとむかついた時はF系で!)

しかし、短気は損気。
怒ったところで、怒鳴ったところで状況は良くなりません。
そこでそんな時のために、頭を冷やす仕掛けを作っておきました。

scsv202109.jpg

僕のPCの壁紙は旅先で撮った写真です。
それもベストショットのスクリーンセーバー。
(写真は2019年のレバノン)

これを見ると、なんていうんでしょうかね、
人生のパースペクティブを取り戻せるんですよ。
だいたいにして激怒するようなことがあっても、
1カ月もすれば大した問題ではなくなっているでしょ?
それこそ1年も経ったら思い出すことだって難しくなるし。
(少なくとも僕の場合はね)

旅の写真、それも自分が撮ったものだと、
ただ見るだけで、その時の情景が思い浮かんできます。
すると、肩の力がすっと抜けて、
本来の、旅人としての自分に戻れるんですよ。

この目の前のトラブルは、
僕の次の旅にとって何の影響があるのか?
いま必死にしがみついていることが、
次の旅で何の役に立つのか?
シビアに受け止めている問題は、
旅先で出会ったホームレスや難民の問題と比べても、
大きいものなのか?

そう考えているうちに、
僕は野方に居ながらにして旅の空の下にいる。

そしてはっとわれに返って、
もう一度、目の前の問題を見ると、

「ふ〜ん・・・ま、いいんじゃない?」

旅人の特効薬。
こいつは効くんですよ。

えーじ
posted by ととら at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年09月13日

ととらな戦略

さて、どうしたもんだろ?

僕らが何かの問題に直面したとき、
まず検討するのが対応の方向性。
基本的に、ここで二つに分かれるんですよ。

オプションAは教科書的に『ベストを目指す』ので、
リゾートオペレーションと呼んでいます。
オフのときは投資した時間とおカネから、
最大限の楽しさを引き出そうとするでしょう?

しかし、僕らの仕事や旅は、
常にそうした好条件に恵まれているわけではありません。
いや、むしろ逆のケースの方が断然おおい。

そこで現実的なオプションBは、
身も蓋もなく『ワーストを避ける』というもの。
名付けてアフリカオペレーション!

これ、僕らの経験から考えたネーミングでして、
とにかくアフリカでは何ごともすんなり進みませんでしたからね。
(ま、南米や南西アジアも同じようなものでしたけど・・・)

で、当然のことながらコロナ禍におけるととら亭のプランAは、
オプションB、
すなわちアフリカオペレーションタイプとなっています。

去年の今ごろはもうちょっと楽観的で、
ワクチンができれば何とかなるだろう?
くらいの展望を抱いていたのですけどね。
ところがデルタ株の出現でシナリオが変わってしまったでしょ?

これはインフルエンザにたとえると、
さまざまな型のインフルエンザが同時に、
年中無休で流行るようなイメージだと思います。
真面目に予防するならワクチンもタイプを変えて、
打ち続けなくてはならなくなってしまう。

む〜、こりゃ現実的じゃありませんね。

そこで次なるシナリオは治療薬。
インフルエンザも型こそいろいろあれ治療薬はタミフルのように、
共通して使えるものがあります。

そこでワクチンと治療薬のBefore After作戦で、
新型コロナウイルスの脅威をかぜ程度まで低減し、
当面は共存して行く。

現実的な落としどころはその辺じゃないのかな?
と僕は考え直し始めました。

となると、次なる問題は時間です。
そう、この新しいゴールまでは少なくとも、
あと2、3年はかかるかもしれません。

そこで僕らは今どうすべきか?

ん〜、とりあえず、
いきなりマクロな予想からミクロなアクションに話が飛びますけど、
この週末からディナー営業を再開することにしました。
特集は南米&アフリカ料理のパート2です。
もちろん酒なし20時閉店のないないづくしですけどね。

それでもベストを目指すリゾートオペレーションにこだわって、
まともな仕事ができないまま時間を浪費するよりマシなんじゃないか?

うん、ここはいつものように、
柔軟な発想でアフリカオペレーションを進めよう。

僕らはそもそも少人数のゲリラ部隊のようなものですから、
実は正攻法より、
こういうHit and Awayの方が得意だったりするんですよ。

そこで17日(金)から、
南米料理&エジプト料理の2本立てで奇襲をかけます。

さて、そろそろ反撃開始といきますか!

えーじ
posted by ととら at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年09月10日

簡単そうで難しいこと

ととら亭のお客さまは比較的に年齢層が高く、
特に平日のランチタイムは、
皆さん僕より年上の日も珍しくありません。

そんな先輩方と接していて、
先日、驚いたことがありました。

「今が一番いいな!」

過去の経験談を、こう結んだ方がいらっしゃったのです。
御年は88歳。

「年寄にゃ、この暑さはこたえる」とか、
「歯が悪いんで固いものは噛めん」とおっしゃいつつも、
加齢をネガティブに受け取ることなく、
飄々と人生を楽しまれている。

この「今が一番いい」という言葉は、
実にディープな含蓄があるんですよ。

ぱっと聞くと、
一昨日より昨日が、昨日より今日がいいと言っているみたいでしょ?
たとえば昨日より今日の方が銀行残高が増えたとか、
健康になったとか、昇進したとか・・・

ところがこの言葉の本質は、
そうした俗な『進歩主義』ではないのですよ。

これは言い換えると、
『今を生きる』ということなんですね。

え? みんな生きているのは現在しかない?
そうですか?

少なくとも僕なんざ、体は現在にあっても、
頭の中は昨日の失敗を思い出して「あちゃ〜・・・」、
月末の支払いを思い浮かべて「う〜ん・・・」、
万事この調子ですけどね。

それで20年近くメディテーションを続けているのですが、
「お、僕は『いま、ここ』にフォーカスしているぞ!」となっても、
あっという間に「え〜っと、今日のご予約は何時だっけ?」
ってな具合にあっちへふらふら、こっちへふらふら・・・
なかなか先輩のように今この瞬間を楽しむのは難しい。

そんなことを考えていた矢先に、(そう、またしても考えてる!)
先日、また別の先輩から、
「私の人生は今が一番」って言われちゃいました。

The past is already gone, the future is not yet here.
There's only one moment for you to live.

子供の頃には、
体でこれが分かっていたはずなんですけどね。

えーじ
posted by ととら at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年09月07日

楽観論者の悲観論

東京の新型コロナウイルス感染者数がだいぶ落ちてきましたね。
この分だと9月12日は無理でも月末には規制が緩むかな?
めでたし、めでたし・・・

なんですけど、
毎日このグラフとにらめっこしていて、
最近、妙な違和感を覚え始めているんですよ。
とりわけこうしたタイミングで、
「対策が奏功して」なんてフレーズを聞いたりすると。

僕は構造主義者の仏教徒なので、
ものごとを因果律でとらえがちなのですが、
感染者数の推移の説明は、どうも釈然としません。

これってね、
毎回やり玉に挙げられる悪の組織、
僕ら飲食業界や風俗業界、
イベント業者の跋扈でグラフが上がり、
正義の行政が諸悪の根源を規制することでグラフが下がる・・・

本当にそうなのかしらん?

僕が素朴にそう思い始めたきっかけは、
同業者によるモロ営業と闇営業でした。

確かに生活がかかっているとはいえ、
社会的責任を顧みない連中は困ったものです。
しかし見方を変えると、
彼らは疫学的人体実験のボランティアなんですよね。
なぜなら感染力がアップグレードされたデルタ株が蔓延するなか、
やっちゃならねぇ3禁を実践しているのですから。

僕も最初は「あちゃ〜、あれじゃクラスターは避けられないね」
と思っていたのですよ。

ところが!

1週間、いや1カ月が過ぎ、2カ月が過ぎても、
彼らは営業し続けられているじゃないですか!?
それも闇営業の店なんて、
外から見えないようにシャッターを下ろし、
風通しの悪い狭い店内で盛り上がっているんですよ!

もちろん、すべての店が無事に済んでるわけではありません。
野方でも「やっちまった」ところは何軒か聞いています。
しかし、それは要請拒否組全体からみれば、ごく一部なんですね。

なぜ感染しないんだ?
いや、感染しても経路不明にしているだけなのか?

とも考えましたが、お客さんはこれで済んでも、
最も感染リスクの高い店舗スタッフが集団感染した場合、
当然、お店は臨時休業とならざるを得ませんから、
黙っていたってすぐ周囲に知れ渡ります。

しかし、野方、都立家政、高円寺など、
僕らのお膝元を実際に歩いてみた限り、
やっているところは、概ねやり続けられている。

ここで僕は、
「それじゃ、もうみんなで赤信号を渡っちまおう!」
と言っているのではありません。

話を戻すと、感染者数が増減する要因は、
僕らが素朴に信じているシナリオではないんじゃないか?
そう思えてきたんですよ。
つまり、ウイルスは人間の抵抗など意に介さず、
彼ら独自の理由、つまり僕らから見たファクターXに従って、
増減を繰り返している。

これは一見、反対の立場をとる、
懐疑的な陰謀論者にも共通しているのですけど、
僕にはどちらも人間の力を過大評価しているように、
思えてならないんですよ。

人類はウイルスの蔓延を制御できていない。
そして世界規模の陰謀を実行できるほどの技術力と組織力、
資金力を持った組織もまた存在しない。

僕は基本的に楽観主義者ですが、
こと感染者数の増減グラフを見ている時は、
今のところ上のような悲観論しか思い浮かびません。

しかし、どんな状況でも逆転と反撃のチャンスはあるものです。

己の無知と非力を認め、
そこからもう一度やり直してみよう。

僕は個人的にコケた時、よくこのリセット作戦で脱出を試みます。
そしてこれ、意外とうまく行くんですよ。
ま、あくまで実績があるのはミクロな問題だけですけどね。

えーじ
posted by ととら at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年09月04日

困った広告

「ちょっとぉ〜、なに見てんの?」

む〜・・・やっぱり言われたか。

「いや、これを見てるんじゃないよ。
 勝手に表示されてるだけ!」

ま、ともこに呆れ顔で言われるのも仕方ありません。
僕はノートPCでニュースを読んでいただけですが、
画面の1/4に表示されているのは、

女性の下着。

それもむっちりバストや下半身のアップばかり。
これはどう見ても下着の宣伝というより、
下着フェチサイトへの誘導バナーに近いエロさ。

ってことは、
cookieの閲覧履歴からリコマンドされているんですけど、
元リビドーボーイの僕でも、そういう趣味はありません。

ったく、困ったもんだね。

そこでキャッシュをクリアしたら、
『うふん』系は表示されなくなりましたが、
またしばらくすると・・・

「あ〜、またそんなの見てる!」
「違うって!」

しつこいね〜・・・
しかしなんだってこう同じ系統ばかり表示されるんだろ?
リコマンドエンジンの定義がおかしいんじゃないかしらん?

amasonのリコマンド機能は結構いい線いってると思うんですけど、
その他は精度がだいぶ怪しいですね。
加えて最近はえぐい美容系の広告(グロな写真付きの)が増えましたし。

ま、無料サイトですから広告は仕方ありませんが、
僕はこういうのが嫌で、
ブログやウェブサイトにアフィリエイトを貼り付けていないんですよ。

駄文とはいえブログも僕の表現のひとつ。
そこに本人のあずかり知らない広告が表示されるのはねぇ・・・

バナー広告って、
紙媒体では考えられないくらい正確な効果検証ができるんですけど、
あれで『うふんな下着』はいったいどれくらい売れるんだろ?

わからん。

えーじ
posted by ととら at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年09月01日

悲しきブラックボックス

IT稼業から足を洗って10数年が経ちました。

それでもトラブルシューターの悲しい性(さが)ともうしますか、
システムダウン系のニュースが流れると、
つい目が行ってしまうんですよ。

そう、またやっちまいましたね、みずほさん。

1年で6回目ともなると、
さすがの執行部も重苦しい空気に包まれているでしょう。

そしてみずほさんや関係IT企業だけではなく、
長い社歴を持つ他企業の情シスも、
多かれ少なかれ同じ不安を抱えていると思います。

なぜなら明日はわが身の話だから。

みんなこの原因が分かっているんですよ。
そしてその大筋は自社にも十分当てはまると。

その不安の元とは『ブラックボックス』。

長い社歴と前置きしたのは、そこに大きな意味があるからです。
とりわけITではなく、
OAという略語を知っている情シスメンバーがいるような古い組織では、
ブラックボックスの脅威は相当なものになっているはず。

すなわち、
自社で稼働しているシステムの不明部分がそれだけ大きく深い、
ってことなのですから。

で、なぜ大人の組織でこんなことが起こっているのか?
答えはシンプル。

まず、紙とペンの文化からOA化の御旗のもと、
黒船よろしく電算機が会社にやってきました。
そのときはまだ分り易い。
箪笥のように巨大な電算機は聖櫃よろしく電算機室に鎮座し、
そこに入れるのは技術者という限られた神官のみでしたから。

ところがまもなくイントラネット上にクラサバシステムが構築され、
社員ひとりにパソコン1台の時代が到来します。
この辺から今日のブラックボックスに至る悪夢が始まったのですよ。

たとえば最初にシステムAがあったとしましょう。
そこに別のシステムBが連結されます。
そして次はシステムCが、さらにシステムDが繋げられ、
こうして20年もすると社内システムは、
A+B+C+D+E+F+G+・・・
様々なシステムが合体したキメラのようになってしまうのです。
こうなるともはや全体が分かる人は誰もいません。

同じベンダーがすべてのシステムを担当していたなら、
社内の窓口も情シス一本に絞られていたなら、
ここまでひどくならなかったでしょう。

ところが実際はシステムAはA社が、システムBはB社が作っており、
基本的に両社は相手のシステムがよくわかりません。
もちろんひとつのプロジェクトを、
複数のベンダーが分担するのは普通の話ですが、
別の時期に行われた別のプロジェクトのシステムは、
同業者といえどもまさしくブラックボックスなんですよ。

さらに社内でも各部門が勝手にベンダーと話をはじめ、
作ったシステムを既存のシステムとこっそり繋げてしまう。
IPアドレスだって勝手に割り振っちゃう。
力の弱い情シスは指をくわえてただ見ているだけ・・・

こうして悪夢は膨らみ続ける。

みずほ銀行は2002年に第一勧業銀行、富士銀行、
日本興業銀行の分割、合併によって生まれました。
ということは、そこで各行のシステムの統合が行われたとみていい。
これだけでも特大のブラックボックスが生まれる条件を、
十分満たしているでしょう?

ITシステムの黎明期ならともかく、
今のシステムはゼロから開発されるケースなんてまずありません。
先行するシステムを改修するか連結して巨大化するのです。
金融業界で今も古参のCOBOL使いが仕事をしている理由は、
この辺にあるんですよ。

そんなこんなで現場の現実を知る同業者にしてみれば、
みずほさんの事故は起こべくして起こったことであり、
反対に、起こってないところは「よく無事だな・・・」
なんですね。

ではどうしたら、この惨事を未然に防ぐことができるのか?

答えはプログラムならコメント、システムには仕様書など、
第3者が見てわかるレベルのドキュメントを残すこと。

これしかありません。

そんなのジョーシキ、みんなが知っている。
なのになぜできないのか?

理由はふたつ。
お客さんがドキュメント制作費用を渋るから。
(実際けっこうするんですよ)
そしてベンダー側にドキュメントを作る時間がないから。
たいてい少人数で納期ぎりぎりの仕事をやっているので、
ドキュメントはおろかマニュアルすら作るのが厳しい。

こうした悪しき、
いや、悲しき伝統がまだ続いているんだろうなぁ・・・

だから僕は、ITからくりをあまり信用しないんですよ。

えーじ
posted by ととら at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年08月30日

過ぎゆく夏に

明日で8月も終わり。
2年続けて花火の音はなく、海や山も寂しい夏となりました。

そこでかわいそうなのがハイティーンたち。
大人は幾つか過ごしたうちのひとつですが、
彼、彼女たちには一生のうちで限られた時期の夏ですからね。

これがもし僕の時代だったらと思うと、
まったく同情を禁じ得ませんよ。
なぜなら、僕が生まれ育った横浜では、
うぶな恋人たちにとってクリスマスと並ぶ一大イベントが、
山下公園の花火大会だったのです。

僕らリビドーボーイズにとって、
そこへ浴衣を着た彼女を連れて行くのは、
勉強の成績や部活の試合の勝敗以上に重要な、
まさしくプライマリミッションでした。
あれが中止されたら・・・
悲しいだろうな。

そんなことを思い浮かべながら、久しぶりのジョギングに出た昨夕。
日が暮れた平和の森公園に近づくと、何やら懐かしいにおいが・・・
やがてそれに子供たちの嬌声が混じり、
僕は家族連れが花火で賑わう一角に入り込んでいたのです。

10組ほどの家族が花火を囲んでいる光景は、
さながら巨大なカレイドスコープを髣髴させる美しさがありました。

いいですね、こういうの。

恋人を探すにはまだ早いけど、
この夜の花火が、
あの子たちの夏の思い出のひとつとなりますように。

そう思いながら、
僕は東の出口に向かって再び走り始めました。

えーじ
posted by ととら at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年08月27日

夏の夜のシンクロニシティ

(ネタバレが含まれています。
 これから1Q84を読もうとしている方はご注意を)

と、カッコつきで切り出した今回の舞台は、
僕が住んでいる野方5丁目にあるアパートの寝室。

夏の夜のベッドタイムストーリーは、
これまた冒頭で挙げた村上春樹さんの『1Q84』です。

実は僕、村上さんの作品を読むのはこれが初めて。
で、なぜこの作品を選んだのかというと、
深い意味はありませんでした。
ただ、なんとなく・・・という感じ。
(相変わらずの乱読ですので)

それゆえ内容についての予備知識もまったくなし。
タイトルからジョージ・オーウェルの1984のもじりかな?
くらいに思ってページを繰り始めました。

へぇ〜・・・ノーベル文学賞候補と言われているけど、
ずいぶんポップな文体で書く人なんだな。

ヤナーチェクのシンフォニエッタ?
どこかで聴いた気が・・・
そうだ、あれはエミール・ヴィクリッキー・トリオのCD。
クラシックではなくジャスだけど・・・
確かまだ持っていたはずだ。あとで聴いてみよう。

で、主人公の女性は殺し屋かい?
アイスピックで急所を一刺し?
なんか現代版必殺仕置人みたいじゃないか。
ふ〜ん、そういうお話なのね。

てな具合にぐいぐい引き込まれ、
気が付けば毎晩1時間以上のお付き合いに。

そして、ある雷雨の夜、
2巻目の中盤に差し掛かっていたときのこと。
深田絵里子が買い出しに行ったスーパーの名前を目にした途端、
僕もまた1984年ならぬ1Q84の世界へスリップアウトしてしまったのです。

マルショウだって?
それって野方にもあるスーパー丸正のこと?

そういえば、もう一人の主人公、川奈天吾が住んでいるのは高円寺。
そしてスーパーマルショウは彼のアパートから200メートルほどの距離。
ってことは・・・

この小説の一部は、僕がいまこれを読んでいるアパートから、
直線で250メートル程度の場所を舞台にしているんじゃないか!?

外はいつしか雷雨が止んでいました。

小説1Q84は完全なフィクションであり、
その時間設定ですら今から37年も前のことです。
しかし、僕は全身で奇妙なリアリティを感じ始めていました。

小説は主人公の一人、
青豆雅美が首都高速の非常口を徒歩で出るところから始まります。
それは異次元へ通じるゲートウェイのアナロジーでもあり、
首都高速上は1984年ですが、
下りた先は似て異なる現実が支配する1Q84年だった。

青豆が最初に感じた異質感って、こんな風だったのかも・・・

だとしたら、いま外へ出ると、
僕が筋トレで訪れる公園の滑り台の上で、
天吾が二つの月を見上げており、
通りを隔てて隣接する6階建てのマンションの3階のベランダからは、
青豆が彼を探しているのかもしれない。

そして天吾にWIZの公衆電話から電話をかけた深田絵里子が、
スーパーマルショウに入り、
ロータリーのバス停から牛河がそれを監視している。

確かめに行ってみようか?

僕がこのまま本を閉じれば、
これは紙に印刷されたフィクションのまま終わってしまいます。
でももしいま、外に出て公園へ向かったら、
僕にも月が二つに見えるのではないか?
そう、1984年が1Q84年になったように・・・

よし、服を着替えて行ってみよう!

「んごっ・・・」

僕を夢想の世界から2021年8月の夜に引き戻したのは、
NHK集金人の天吾の父が叩くドアの音ではなく、
横で寝ていたともこの一発いびきでした。

んなわけないよね?

長引く非常事態宣言の影響で本の虫が目を覚ましたせいか、
僕は最近、
支離滅裂なアドベンチャー風の夢をよく見るようになりました。

ときにはこうして、それが現実の世界にちょっかいを出すのも、
無理からぬことなのかもしれませんね。

やれやれ・・・

僕は本を閉じ、読書灯を消しました。

えーじ

P.S.
小説を読み終わった後、
ちょっと気になったので街を歩いてみると、
やっぱり1Q84の舞台の一部になったのは、
僕が住む野方5丁目のアパートのすぐ近くだと確信しました。

まず、その根拠となるキーワードは『マルショウ』です。

作家が一般名詞のスーパーマーケットではなく、
マルショウという実在の固有名詞を使うからには、
リアリティを求める以上の意図があったとみていいでしょう。
そしてわざわざ天吾の住むアパートから200メートルという、
具体的な距離感まで示している。(2巻P208,8行)
そうなると場所は高円寺というより、
大和町2丁目7番地から8番地が該当するんですよ。
(僕が住むアパートから直線で約150メートルの距離)

しかしこれと矛盾する記述が後で出てきます。
牛河が天吾を尾行して行った公園から天吾のアパートへ戻るとき、
彼は高円寺駅に向かいつつ、小学校の前を通り、
もう少し先まで進んでいる。(3巻P409,15-16行)
後述しますが、舞台となった公園が中野区立大和公園だとすると、
高円寺駅と公園を結ぶ直線上の小学校は、
中野区立啓明小学校しかありません。
ところがここはマルショウから直線で500メートルはある。
これは2巻P208,8行と矛盾しています。
(ちなみにスーパー丸正は高円寺にはない)

単身世帯を対象としたアパートが密集しているという点では、
どちらの地域も条件を満たしています。
しかし、天吾の通勤ルートが高円寺駅であり、
青豆が潜伏するマンションとの距離感を考えると、
(これも後述します)
どうも後者の方がぴったりくるような気がするんですよ。

さて、物語後半のハイライトとなる場所の公園ですが、
先に天吾のアパートの候補地となった大和町2丁目7番地から、
西に50メートルほど行ったところに中野区立大和公園があります。
なるほど東の児童館前には小説のとおり、(第3巻P392,8〜9行)
滑り台とブランコ、小さなジャングルジムに砂場、水銀灯、
けやきの木がありました。
ここは啓明小学校からも直線で200メートルしか離れていません。
耳をすませば環七の音だって聞こえます。(第3巻P549,15行)
近隣にこれ以上の条件が合致する公園はないため、
大和公園が舞台となったとみていいでしょう。

しかし作品に水を差すようですが、
重要な舞台装置である滑り台には少々無理があるようです。
と申しますのも、滑り台は子供用ですから、
上部は大人がひとり腰かけるスペースしかないのですよ。
従いまして感動的なラストシーンにあるように、(第3巻P550,5行)
天吾に青豆が寄り添って手を握りながら座るのは不可能です。

次に青豆が隠遁するセーフハウス(ルーム?)のある、
6階建てのマンションを探してみましょう。(第2巻P550,14行)
残念ながら公園の滑り台に登っても見当たる建物はありません。
しかし東に80メートルほど行ったところにはあるんですよ、
まさしく6階建てのマンションが。
これまた小説とは違って新築ではありませんけど、
条件からするとこのマンションがモデルになった可能性が高い。
また、ここは天吾のアパートが大和町2丁目7番地付近と仮定した場合、
直線でたった50メートル程度しか離れていません。
これではいくら何でも近すぎるというのが、
啓明小学校近隣説をとった理由です。

ちなみに、
もしかしたら小説に出てくる公園は、
明正寺川を挟んで対岸側にあった沼栄橋公園がイメージとして、
混ざっているかもしれません。
(ここは現在、環状七号線地下広域調節池工事のため撤去されました)
そこであればその6階建てのマンションからよく見えるんですよ。
しかし遊具はいっさいありませんでしたし、
天吾が住む大和町2丁目からは、
最短だと騒々しい環七を通って行かなければならないため、
物思いにふける彼があえてそこへ行くとは考えにくい。
結論として、作家は中野区立大和公園のすぐ近く(東側)に、
古い6階建てのマンションを新築にして配置したと考えるのが順当な気がします。

次に深田絵里子がマルショウの前から天吾に電話をかけるシーン。
(2巻P208,7行)
マルショウやロータリーに公衆電話はありませんが、
正面にあるWIZの区役所出張所前にはありました。
そこからは確かにマルショウが目の前に見えます。
彼女はここから電話をかけたのでしょう。

そして深田絵里子がマルショウに買い物に入ったところを、
牛河が監視するシーン。(3巻P316,4行)
なるほどロータリーのバス停に並んでいれば、
風景に溶け込んでマルショウの入り口を見張ることができます。
しかし、小説では入り口はひとつしかないとなっていますが、
実際はアーケード内の通路に面してスーパーは3つのセクションに分かれており、
ロータリーから監視しているセクションも、
ロータリー側と通路側それぞれに出入口があります。
これでは簡単に逃げられてしまいますね。
ですからここは作者の創作でしょう。

とまぁ、こうして物語をベースに現実の世界をトレースしたのですが、
12年近く住んでもなお感じたことのない、不思議な感覚を味わえましたね。
さながらこれもまた1Q84の世界に一歩踏み込んでいたからかもしれません。

そのうち営業中に1984年に戻った天吾と青豆がふらりと入ってくるかも。
ふたりとも年齢は70歳近く。

え? リトルピープルは?

そ、そいつはちょっと・・・

P.S.2
いま一度、大和公園の写真を検索してみました。
それも過去のものです。
とういうのも公園では昨年リニューアル工事が行われ、
一部の遊具が交換されていたのですよ。

そこで問題の滑り台を確認してみると、
今のものより大型で、
上部にはカゴ状の子供が滑り待ちするスペースがあります。

とはいえ大柄な柔道選手の天吾と一緒に座るのは、
いかにスリムな青豆とはいえきつかったかな?
いや、20年振りの待ち焦がれた再会ですから、
ムギュっていうのも、まぁいいかもしれません。
季節は真冬ですし。

ちなみに当時の滑り台の設置方向は東を背中に西側の砂場に向いています。
(今はやや南向き)
ということは滑る方向に向かって座ると、
80メートルほど東にある6階建てのマンションに背を向ける格好となり、
これは距離は別とすれば小説どおりですね。


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2021年08月24日

Just for fun!

アンナちゃんは小学生の女の子。
ある日、帰り際になにやらもじもじと・・・
そこでお母さんが、
「ほら、自分で言ってみなさい」

・・・?

「どしたの?」

アンナちゃんは、はにかんだままです。
僕は彼女と目線を合わせるためにしゃがみ込み、

「ん? なぁに?」

そこでようやく意を決したのか、

「えいごを勉強しています!」

なるほど。
どうやら僕が他のお客さんと英語で話しているの聞いて、
自分も話せると言いたいようです。
そこで、

"That's great! My name is Eiji. What is yours?"

と、ゆっくり教科書どおりに訊いてみれば、

"My name is Anna."
"Oh,how cute! Nice to meet you,Anna."
"Nice to meet to you too."

それ以来、来店する度に、
ワンフレーズを英語で話すようになりました。
この前は頑張ってお父さんとお母さん、
そして自分のオーダーに挑戦。

"I want Turkey.He want Turkey.She want Bolivia,"
(ランチタイムのメニューがトルコ行きとボリビア行きだったもので)

"Okay then,Turkey for you,
Turkey for him and Bolivia for her,right?"
"Yes!"

よくできました〜!
もちろん普通はこういう言い方はしません。
でも大人たちは訂正しなかったのです。

え? それじゃ間違った言い方を覚えちゃう?

確かに。

しかし、これでいいんですよ。
学ぶ順番は、まず自分から話すこと。
その後で『正しい』文法やら発音を覚えればいい。

それにそもそもこれは勉強じゃありません。

Just for fun!

実はこれ、
大人の僕たちが最も苦手とするところなんですよね。

えーじ
posted by ととら at 12:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年08月21日

トラブルシューターの憂鬱

IT稼業で火事場に投入されたとき、
トラブルシューターとしての評判を危うくする要素とは何か?

冷静でいることです。

では逆に、
頼りになる、信頼されるトラブルシューターの条件とは?

現場でざっと状況を把握したら携帯電話を取り出し、
当該システムのベンダーさんに向かって

「これはいったいどうなっているんですか!
 すぐにサーバーの状態を確認してください!」

とオフィス中に聞こえるくらいの声で怒鳴ること。

これは即効性がありました。
現場の方々の僕を見る目は、

「ああ、頼りになる人が来た!これでもう安心だ」

そしてダメ押しは、
ぶつぶつベンダーさんを罵倒するセリフをつぶやきつつ、

「ほんと、みなさん大変ですね。この状況はまったくひどいですよ」

と同情を示す。

これでラポール形成は完璧です。
そして僕はこれがとてもつらかった。

なぜならこうしたジェスチャーは問題解決にならないばかりか、
反対に状況を悪化させるだけだから。

で、ほどなくこうした三文芝居に嫌気がさして、
ドライに仕事をしはじめたのです。
すると、

「この人、やる気があるのかな?」
「ぼそぼそ電話したきり、ただ待ってるだけじゃないか」

っと、まぁこの通り。
結果的に、これが解決への最短距離だとしても、
スタンドプレイなくして現場の満足もまたなかったのでした。

昨今の行政の新型コロナウイルス対応を見ていると、
あの頃の自分をよく思い出します。

こうした芝居にはヒールが欠かせません。
僕の場合はベンダーさんでしたが、
コロナ騒動ではまずパチンコ店、次が僕ら飲食業者、そのまた次が風俗店、
で、今回は百貨店か・・・

「まったくこの人たちが感染源になっているから!」

このジェスチャーで多くの人々が納得し、
ターゲットに押し付けた難題のハードルが高いほど、

「ああ、行政(報道)はしっかりやっている!」

と、ひとまず安心したりする

でも、その安心が束の間のものであり、
期待どおりの結果に結び付かないことは
この1年8カ月の経験で明らかですよね?

で、ご相談なのですけど、
そろそろこの『とりあえずスケープゴート』はやめにしませんか?

パチンコ店を、飲食店を、風俗店を、そして百貨店を、
すべて潰しても、感染爆発を止めることはできないでしょう。

なぜか?

それはいわずもがな、
パンデミックの要因はそんな単純なことじゃないからです。

今日も百貨店の人数制限オペレーションは、
とてつもない業務負荷を現場に与えているでしょう。
しかもコストがかかって売り上げは下がる。
よしんば結果が出たにせよ、それを検証する手段もない。
言うだけ言って、あとは知らない。

とりあえず・・・とりあえず・・・
またターゲットを変えて、とりあえず・・・

僕がこの風潮にどっぷり漬かって思い出したのは湾岸戦争の報道でした。
バグダッドの夜空に向かい、
曳光弾が花火のように軌跡を描いていた、あの映像です。

あれはイラク軍が敵を撃っていたのではないのですよ。
なぜなら彼らには飛来するトマホークや、
ステルス戦闘機を検知する仕組みがなかったから。
ただ漠然と、「空爆を受けている!だから敵は空にいる!」
この直観から、不安と恐怖に駆られて無駄弾を撃ち続けていただけ。

これ、今の僕らとそっくりだと思いません?

なんかパチンコ店が、飲食店が、風俗店が、そして百貨店が怪しそうだ。
だから何かやらせよう!

こと飲食店の一現場から申し上げますと、
正直、行政から言われてやっていることに、
「ああ、これは重要な意味がある。どんなに手間でもやるべきだ」
と真面目に思っている対策が、どれくらいあると思います?

特に換気を悪くするアクリル板の設置とか、
おカネのやり取りだけトレーでやるとか・・・

そしてこれは業界業種を超え、
多くの人々が思っているのではないでしょうか?
それこそホンネは『やっちまったときのエクスキューズ』。

違います?

僕はここで今さらノーガード戦法で行こうと言っているのではありません。
コロナ禍も1年以上続いていることですし、
この辺で冷静に対策の棚卸しをして、
空に向かって無駄弾を打つようなことは、
いや、撃たせるようなことをするのはやめにしませんか?

デルタ型はこれまでのシナリオを書き換えました。
クールにワーストシナリオに備えたカードを用意し、
限られた人的、物質的リソースを有効に使うときです。

そして少なくとも僕らはトラブルシューターである以上、
トラブルメーカーになることは避けるべきでしょう。

ね、小池さん?

えーじ
posted by ととら at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年08月18日

外国という鏡、日本の顔

僕らが旅をするときの大前提、
それは『ここは外国だ』という認識です。

で、ここでいう『外国』とは、
言葉だけではなく社会構造と価値観が異なる場所のこと。

え? そんなの当たり前?

と仰るなかれ、
ことはそう簡単じゃないケースが多いんですよ。
それにこの大前提、
僕ら無学のバックパッカーのみならず、
優秀な政府や官庁のお歴々もまた例外ではありません。

これを見誤ったために犯した大失敗、
古くは植民地統治(皇民化政策とか)、
近代では緑の革命などいくらでもあります。

旬な話ではアフガニスタンの民主化。

結局また20年前に戻っちゃったでしょ?
莫大な予算を投下し、多くの人命が失われたにもかかわらず。

僕はこの流れを傍観していて、
(事実上、入国できなかったもんで)
レバノンとそっくりだな・・・と思っていました。
あそこも、もめごとのデパートになって収拾がつかないし。

これと似ているのが南アフリカ。
エチオピアやスーダン、ソマリアもそう。

じゃ、何がその共通点なのか?

それは富と権力の分配システムが、
資本主義を導入した民主主義国家とは根本的に違うということ。

部族社会とは、
小は家族、中は親族、大は部族の入れ子構造になっており、
このヒエラルキーに沿って、
(レバノンでは宗教宗派ごとに)富と権力が分配され、
それがそのまま個人の社会的なアイデンティティのレイヤーを構成しています。
(就職や結婚も一般的にこのフレーム内で行われますし)

彼らには僕らにとって自明の『日本と日本人』みたいな、
国民国家という概念がないか、あっても希薄なんですよ。
ですからアフガニスタンでも、
パシュトゥーン人であるとかタジク人であるという意識はあっても、
アフガニスタン人というのはだいぶぼやけた概念なんじゃないかな?

そうなると、いわゆる『お国のために』というような、
挙国一致のイデオロギーは成立しにくい。
だから数と装備の質で優位だったにもかかわらず、、
タリバンを前にした正規軍の逃亡兵が後を絶たなくなってしまった。

で、そのまた逆も然り。

たとえばケープタウンで、
タウンシップに入るスタディツアーに参加した時のこと。

アパルトヘイトのレガシーともいえるタウンシップは、
治安が悪く、一般的に僕らのようなよそ者が入れる場所ではありません。
そこでガイドは当然、タウンシップの住人に限られます。

僕らがケープタウンで最大級のタウンシップ、ニャンガに入るとすぐ、
住民が次々とガイドに挨拶してきました。

「へぇ、君は知り合いが多いんだね」
「え? ああ、あいつは弟の友だちで、さっきのは従妹の夫ですよ」

この調子でほんの10分ほどの間に声をかけてきたのは、
3〜4人じゃ済みません。
それもちょっとした知り合いという雰囲気ではなく、
彼らは明らかに『とても親しい』間柄でした。

これが僕らの社会とどれくらい違うか、
皆さんご自身の生活と比べてみればはっきりするでしょう。
たとえば今朝、家を出てから学校や職場に着くまでの間で、
いったい何人と挨拶を交わしました?

次に僕は悲惨なスラムであるタウンシップを垣間見て、
ガイドの若者にこう訊いてみたのです。

「君は英語が堪能でガイドのスキルも高い。
 収入もそれなりにあるだろう。
 そこでここから出て、街の中心に住もうとは思わないかい?」

この時の彼の反応は予想外のものでした。

「え? 引っ越す? ここから?
 あり得ないですよ。だってそんなところへ行ったら、
 ひとりぼっちになってしまうじゃないですか!」
「そうか、なるほど。タウンシップは部族ごとにあるんだね」
「そうです。だから街の中心だけではなく、
 別のタウンシップに移ることもまずありません」

彼と話していた時も、
南アフリカ人としてのアイデンティティの希薄さを、
僕は感じていました。
彼らはあくまでズールー人やコーサ人やソト人であって、
南アフリカ人ではないんですよ。

こうした文化圏に構造矛盾を起こす、
欧米型の近代国民国家や民主主義というフレームを力づくで押し付けても、
期待した結果が出ないのは当たり前じゃないでしょうか?

8月15日は過ぎてしまいましたが、
欧米型統治の成功例として持ち出される76年前の日本と、
部族社会がほとんどを占めるアラビア半島、
アフリカの国々は社会の基本構造がまったく違う。

そして正直なところ、物質主義の魅力には反応していても、
彼らが僕らと同じ社会構造を望んでいるとはとても思えない。

アフガニスタンが、南アフリカが、
これからどこへ行こうとしているのか?

僕らもまた、
民主主義と資本主義が世界で最も優れた社会システムであるという、
頑なな優性思想の殻を破り、
もう一度、他の文化の在り方に目を向けるべき時が来てるのかもしれません。
(単純に数がモノを言う民主主義は人口構成に偏りのある多民族国家では、
結果的に封建主義のような状態にならざるを得ないし・・・)

それはけして民主主義と資本主義を捨てろという意味ではなく、
異質性を師としてそこから率直に学ぶことが、
僕らの社会をあるべき未来へ導く、
一条の光になるのではないか・・・

と僕は考えているのです。

アフガニスタンという鏡に映った日本の顔が、
僕らひとりひとりに、どう見えているのか?

僕がまず知りたいのは、そこなんですよ。

えーじ
posted by ととら at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年08月15日

みんなの願い

旅をしているときのお気に入りの場所。
そのひとつが空港です。

行き交う乗客たち、さっそうと列をなすキャビンクルー、
その間を縫うように働く空港職員の方々・・・

フードコートやボーディングゲート前で、
ぼ〜っと人々を眺めていると、
思わず口に出る、Oh,It's a small world!

さっと見回しただけでも国籍、人種、性別、年齢の違う、
さまざまな人たちがいるでしょ?
ある意味、僕にとって最も身近で人間の多様性に富んだ場所。
それが空港なんですよ。

そんな場所から離れて1年8カ月が過ぎました。
コロナ禍の影響で外国人のお客さまが多いととら亭ですら、
この間にいらっしゃったのは、ほとんど日本在住の方だけ。

それでも時々、
ふと、あの雰囲気が蘇ることがあります。

たとえば昨日。
インドネシア、タイ、フランス、アメリカ、
それぞれの国籍のお客さまがいらっしゃいました。
(それも個別に!)

「やぁ、渡航回数が一番多いのはタイなんですよ」

「インドネシア料理は美味しいですよね。
 いつかスマトラ島のパダン料理を取材しようと思っています」

こんな話をしたと思えば、
モロッコ系フランス人のお茶目なお客さんは席を立つ前に、

「La cuenta,por favor!」

ほう、
「L'addition, s'il vous plaît.」か、
「الحساب(アルヒサーブ)」じゃなくてスパニッシュできましたか。
そのくらいは南米仕込みの怪しい記憶をたどり、
「Si,senor.Muchos gracias!」と返せば、
ニヤリと笑みを浮かべて「Merci beaucoup!」で元通り。

日本在住歴4年になるアメリカ人のキュートなカップルは、
この秋にオーストラリアのアデレードに移住するそうで、

「労働ビザの取得には指紋採取だけではなく、
 本国FBIへの犯罪歴照会まであるんですよ!」

なんて興味深い話まで聞けました。

いつしか僕は東京に居ながらにして、
気分はどこか外国の空港へ・・・

これが現実になるのはいつなのかな?

そう思っているのも僕だけではなかったようです。
なぜなら皆さん、お帰りになるとき異口同音に、

「早くまた旅に出たいですね!」

そう、次はどこか他の国で会いましょう!

えーじ
posted by ととら at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年08月12日

僕のトラシュー人生 番外編

前々回のお話で、
トラシューはシステム系ばかりと思いませんでしたか?、
ところがその対象は機械だけじゃないんですよ。

リアルタイムな話題でいいますと、
昨日か今日、ランチにいらっしゃった方はご存知のとおり、
ととら亭は、ともこのワンマンショーでした。

なぜか?

そう、久しぶりにやっちまったのでございます。

火曜日の夕方、
アパートで掃除中にゴミ箱を取ろうと屈んだら、

はぅっ!

・・・と、あ、危ねぇ・・

ここ数日、腰の右側にイヤな感じがあり、
念のため、断続的にロキソニンを飲んでいたのですが、
ちょっと油断したら安全装置が外れてしまいました。

僕はそぉ〜っと床に腰を下ろし、
瞑想よろしくロータスポジションで座り直して、

ふぅ〜・・・電話のトラブルの次はこれかい。
じゃ、まずお約束どおり、体のスキャンから始めるか。
(慣れっこなもので、こんな時も慌てず騒がず・・・)

危険のレベルは・・・爆発寸前・・・ってわけじゃない。
でも腰の感じはゆるゆるだ。
肉離れしたような鈍い痛みがあるけど・・・
ふん、押しても痛みは強くならない。
ってことは、これは椎間板ヘルニアのブラフだな。
それには引っかからないぜ。

となると次のアクションは薬を飲むこと。
この程度の危険レベルなら立ち上がって、
水と薬を取りに行っても大丈夫だろう。

アパートの狭さが幸いして、
僕は必要なものをすぐ揃えられました。

よし、初動対応完了だ。
次はともこに連絡して・・・ん? お店の電話は出ないな。
買い物に行ったのかしらん?
じゃ、携帯にかけてみよう。

するとすぐ隣の寝室でともこの携帯電話が鳴り始めました。

はぁ〜・・・そういうことね。
いつも僕のスマホは固定電話だって怒るくせに、
人のこと言えないじゃん、まったく。

僕は再び仕事部屋の床に座り、薬が効き始めるのを待っていました。
室温は35度。
トレーニングに行くつもりで、
スポーツウェアに着替えていたからサウナ状態も気になりません。
汗がしたたり落ちてきます。

そうして待つこと40分。

「ただいま〜! あれ?」
「さぷら〜いず」
「何してるの? トレーニングはもう行ったの?」
「いや、頼みがあるんだけどさ」
「・・・?」
「仕事部屋の掃除は終わったから寝室の方をやってくれる?」
「どうしたの?」
「動けないんだよ」
「え〜っ! やっちゃったの?」
「あたり〜。重症じゃないけどね。
 あと20分くらいで薬が効いてくるから、
 そうしたらシャワーを浴びてくるよ」

あれから間もなく48時間。
まだコルセットを付けていますが、
体はだいぶ動かせるようになってきました。
この分なら明日から現場に戻れそうです。

やれやれ・・・

壊れるのは機械だけにあらず。
ポンコツ人生にはこんなトラシューもあるのでございます。

えーじ
posted by ととら at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年08月10日

モーリスのギターとiphone

最近、買い物してます?

いや、必要に迫られて行く、
スーパーマーケットやドラッグストアでの買い物ではなく、
『欲しいから買う』場合のことです。

このメンタリティは『必要だから買う』ケースと、
まったく違いますよね?

自分が欲しいものをショーウィンドウ越しに眺め、
「あ〜、素敵だな・・・いいなぁ・・・」と憧れ、
それを手に入れることを夢見ながらお金を貯める。
そしてまるで試験にパスするとか、
試合に勝つとかした時のような達成感をもって、
「これを下さい!」とお店で宣言する。

僕にもそんな経験がたくさんあります。
古くはモーリスのフォークギター。

小学生のころ、
クラシックやジャズ畑の多かった母方の影響で、
僕はフルートを吹いておりました。

ところが中学生になり、最初のクリスマスパーティーで、
友人がフォークギターを弾いているのを目の当たりにしたとき、
僕は自分の人生が音を立てて(字義どおりに!)、
変わって行くのを感じたのです。

なぜなら・・・

フルート    → もてない・・・
フォークギター → もてる!

そう、
フォークギターを弾きながら歌う友人を見る女の子たちの眼差し。

こ・・これだぁ〜っ!

僕の人生でいま最も必要なもの、
それは教科書でもバスケットボール(当時バスケ部でした)でもない。
フォークギターだ!

しかし、人生とは常に困難を伴うもの。
中学生の子供とて例外ではありません。

僕に伴っていたのは、おカネを伴っていないという逆説でした。
(両親はこうした要望に不寛容だったのでございます)

とはいえ、そんなことで諦めるほど、
僕の意思とリビドーは軟弱なものではありませんでした。
高校生と年齢を偽ってバイトし、
(同年齢の中では背が高かったのに加え、
今につながる口八丁手八丁の才能のおかげで)
僕は2万5千円の現ナマをゲットし、楽器屋さんに飛び込んだのです。

そして手にしたのはモーリスのフォークギター。
(YAMAHAにするか迷いましたがモーリスの方がちょっと安かったので)
僕の熱意に押されてケースとストラップ、ライトゲージの弦、
カポタストにピックからチューニング用の音叉までオマケしてくれました。

よ〜し、あとはFコードとアルペジオをマスターして、
『なごり雪』がプレイできれば完璧だ!
(そうしたシンプルな時代だったのです)

これは今を去ること44年前の話。
それでもあの時、
楽器店を出た時の感動は昨日のことのように覚えています。

それからオートバイやカメラ、キャンプ道具など、
ああ、いいなぁ・・・欲しいなぁ・・・
と思って買ったものがたくさんありました。

ところがここ20年くらい前から、
それまでにはないメンタリティで買い物をすることが始まったのです。

それは、

ふぅ・・・しょうがねぇなぁ・・・買うとするか・・・

というもの。

これは憧れて楽しみにしながら、
遂に手にした喜びを噛みしめるものではなく、
どちらかというと損をしたような気になるもの。

そう、それはデジタルからくりです。

ととら亭の独立資金の大半を、
IT企業で稼いだ僕が言うのは噴飯ものだと思いますが、
あえて言わせて頂きますと、
僕は新しいPCも最新のOSやソフトウェアも要りません。
若い方には信じられないでしょうけど、
スマホも欲しくて買ったんじゃないんですよ。
(未だにLineはやらないしSNSのアカウントも持ってないし・・・)

ではなぜ大金をはたいて要らないものを買っているのか?

それは使い慣れた、
何の不満もないものが『使えなくさせられてしまうから』です。

ことOSに限っていえば、
さすがにSTOPコードを吐きまくるWindowsNT4.0はご勘弁ですが、
次にリリースされたWindows2000で僕は十分満足していました。
そこから後続のOSは要らない機能ばかりで重くなり、
買わずに済むのなら、そうしたかったんですよ。

スマホも航空会社や宿とのやり取りでどうしても必要となり、
仕方なく買いました。
だから今でも使っているのは、
6年前の2015年に初めて買ったiphone 6sPlus。

え? iphone12に乗り換えないのか?

しません。
今の機種で十分僕のニーズは満たされていますから、
使える限り6sPlusのままでいい。(10年後でも!)

でもね、メーカーさんは、そう言わないでしょ?
こういうところが息の長い仕事をするBMWなんかとぜんぜん違う。
(僕がバイクメーカーでYAMAHAやHONDAよりBMWを選んだのは、
外車趣味だからではなく、サポートの長さからなんですよ)

6sPlusはまもなくサポートを切られてアップデートはおろか、
修理すら受け付けてくれなくなるでしょう。
(というか、IT企業は会社そのものの寿命が短いので、
メーカー自体がなくなっちゃうことも)

そうしたら僕はどうするのか?

買わされるんでしょうね、新しいスマホを。
大金を払って・・・

え? それじゃ今は前向きな買い物はないのか?

そんなことはありません。
以前に比べたら割合は少なくなりましたけど、
いいなぁ〜・・・欲しいなぁ・・・
と指をくわえているものはあります。

たとえばエレクトリックベースの Spector Euro 4 LX NATURAL GLOSS。
Police時代のStingや、
今は亡き元ELPのGreg Lakeが使っていたことでも知られるこのベース。
小柄なボディで扱いやすく、
それでいてジャジーな指引きからゴリゴリのピック弾き、
そしてスラッピングまで幅広くバランスの取れたトーンを弾き出します。

え? で、そりゃいくらするんだ?

あ、いや、その・・・このブログは社長(ともこ)も読んでいるので、
お値段はちょっと・・・

ま、夢は大きい方が実現した時に嬉しいものじゃないですか!

えーじ
posted by ととら at 12:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2021年08月07日

僕のトラシュー人生 その5 最終回

電話の障害対応がユーザーの僕から支線のCEへ、
そしてついに基幹側に渡ってしまいました。
こうなるともう僕の出番はありませんから、
後はひたすら連絡を待つだけ・・・

そして約束の2日後。
外出先から野方駅に戻ると駅前にNTTの工事車両が停まっています。

ん? あれはもしやうちの件の修理部隊?

そこでお店の前に行くと、
立哨さんの後ろでマンホールの蓋が開いており、
中では何やらエンジニアさんが奮闘中。

そうか、ととら亭の電話線は電信柱からではなく、
地中のケーブルから伸びてるんだな。
う〜ん、これで直るといいんだけど・・・

そう願いつつ、自宅に戻り、
僕は別のペーパーワークをやっておりました。
そこへ携帯が鳴り・・・

「NTTの者ですが、
 修理が終わりましたのでテストしていただけますでしょうか?」
「すみません、いま現場にはおりませんので、
 30分後くらいになります」
「わかりました。多分これで大丈夫だと思いますが、
 何かありましたら再度ご連絡ください」
「原因は何でしたか?」
「ケーブルの不具合です」
「予備線に分岐する前のところの?」
「そうです」
「暑い中、どうもありがとうございました」

しばらくしてお店に戻り、受話器を上げると・・・

「どう? 直った?」
「お〜、クリアだ。なんのノイズもない」

そのあと1時間ほどネットにアクセスしていましたが、
ADSLのリンクダウンも起こりません。

ふ〜・・・一件落着か。

さて、こんなことを年中やっているもので、
度重なる転職もあながち悪いもんじゃなかったな、
と思うことがよくあります。

と、申しますのも、皆さまご存知のとおり、
僕とともこは転職の達人。
(失業の常習犯ともいいますが・・・)
それも同業ではなく、
たいてい未経験の業種に飛び込んでおりました。

そんなことを繰り返していると、見識のある方々からしばしば、
「キャリアを無駄にするべきではない」と忠告を受けたものです。

しかし、少なくとも僕らの経験では、
過去のスキルが完全に無駄になったことはまずありませんでした。
事実こうして、一見まったく無関係の、
IT稼業と飲食業が結びつくこともありますし、
マーケティングやデザイン、
はてや駄文のもの書きまで役に立つことだってあるのです。

とりわけトラブルシューティングを行う場合は、
(特に孤立無援の外国の旅先で!)
それまでに身に着けたすべてのスキルを総動員!
なんてことも珍しくありません。

そういえばこういう通信系のトラシューは、
安宿のしょぼいWi-Fi環境だとお約束なんですよ。
こういう時にYahooあたりのメジャーなサーバに向かってtracertを打ち、
名前解決がされているか、障害のポイントがAPか、ゲートウェイか、
その先かの切り分けをして、
ゲートウェイから手前ならホテルのフロントへ、
その先だったら諦めて別の場所からやってみるなんてのも、
あの業界にいたからこそ身についたスキルでした。

あ、そうか。
IT稼業ってのは、
トラシューそのものが仕事だったりするんですよね。

次は何が起こるんだろう?
いや、実はもう起こっているんですよ。

「えーじ、給湯器がまたエラーコードを出してるよ!
 表の電源をリセットしてきて!」

はいはい。

End.

えーじ
posted by ととら at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年08月05日

僕のトラシュー人生 その4

ふ〜・・・やれやれ。

炎天下のアパート、店舗間3往復を楽しんだ僕は、
汗を拭きながら116番へコール。
状況を伝えると修理チームから折り返しとなりました。
そこで僕は携帯電話の番号を伝え、
再びとぼとぼお店へ歩き出したのです。

IT稼業時代に思い知りましたが、
ネットワーク系のトラシューとは、
まさしくこうした肉体労働の上に成り立っているのですよ。

なぜなら『通信が繋がらない!』となると、
まず机の下から始まり、床下、天井裏を這いずり回る、
ケーブルトレースが待っているからです。
(特にダムHUBで中継されたネットワークは最悪でした)

さて、そんな悪夢の過去を思い浮かべつつお店に戻ると、
ほどなくNTTさんから入電。
さすが大手は対応が早いですね。
そこでもう一度、こちらの状況を説明。

「それでは折り返しテストを行いますので、
 一度電話を切らせて頂きます」

A点とB点の2点間における通信トラシューを行う場合、
基本は両端からどこまで通信できるかをテストすることです。
今回の場合、
1端の僕が終端の子機から壁のモジュラージャックまでを切り分け、
ここからNTTさんが、中継局から建屋の保安器
(家の外壁に取り付けられているベージュ色の長方形のケース)
に向かって回線テストを始めるってわけですね。

して、3分も経たないうちに携帯が鳴り、

「回線テストでも異常が検知されました。
 ここからは現地で調べないと分からないのですが、
 ただいま大変混みあっておりまして、
 最短で明後日の対応となりますが、よろしいでしょうか?」
「結構ですよ」
「また、調査の結果、お客さまの建屋内の障害だった場合は、
 出張費用と、さらに部品の交換が発生した場合は、
 その費用もご負担いただくことになってしまいますが、
 それもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。ちなみに概ね幾らぐらいですか?」
「ケースにもよりますが、2万円前後となる場合が多いです」
「分かりました」
「それでは作業員が伺う前に連絡をさせます」

そう、修理作業は時間の確約ができないんですよ。
順番に終わり次第、次へ回ってきますので。

さて、そして当日。
意外と順番が早かったようで、10時半ごろに携帯が鳴り、
その後15分もすると若手のCEコンビが汗だくで現れました。
この酷暑の中、長そでの作業着姿は、
いかに換気システム付きジャケットとはいえ同情を禁じえません、

「そのファンシステムは効果あります?」
「いや、外気温が30度くらいまでですね」

だろうね。
当日は酷暑日一歩手前の34度。

玉の汗をしたたらせたCEコンビは屋内チェックも早々に、
外のポールを確認しに出て行きました。
そして10分もしないうちに戻ってきて、

「どうでした?」
「予備線も全部ダメでした。
 まだ場所は特定できませんが、より上流に問題があると思います」
「なるほど、となると少なくとも建屋内の問題ではない?」
「そうです」

よかった! とりあえず実費負担はなしね。

「大変申し訳ないのですが、
 今日のところはこれ以上の調査ができません。
 日にちをあらためての対応となりますが、よろしいでしょうか?」
「仕方ないですよ。いつ頃の対応になります?」
「最短で明後日です」
「じゃ、それで行きましょう。こちらの立ち合いは?」
「ありません。ポールより先になりますので」

そしてCEチームが撤収し、

「どう? 直った?」
「いや、まだ切り分け中。どうやらポールから局側の問題みたい」
「え〜っ、大ごとね!」
「うん。でも不思議なのはネットワークの枝じゃなくて、
 幹に近いところの障害なのに、
 なんで今まで表面化しなかったんだろう?」
「・・・?」
「ほら、そうなると使ってる人も僕らだけじゃないだろう?」
「そうね」
「なのに近所で電話が使えないって話は聞いてなかったじゃん?」
「ともあれおカネはかからないでしょ?」
「うん」
「あたしはそれだけ聞ければ満足よ!」

というわけで、
お店の電話の復旧は、後日に持ち越しとなったのでありました。

to be continued...

えーじ
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2021年08月03日

僕のトラシュー人生 その3

僕の人生はトラブルシューティングの連続。

こう言いますと、
『一難去ってまた一難』なんて言葉が思い浮かびますけど、
実際は『一難去る前にまた一難』なんですよね。

いや、大小さまざまなトラブルが同時進行、
と言った方がいいかもしれません。

その一例をお話ししました『その1』と『その2』。
実は並行して似て異なる別のトラシューもやっていました。
それは・・・

「えーじ、
 電話の雑音がひどくて相手の声がほとんど聞こえないよ!」

お店の準備中にともこが渋い顔をしています。

「え? まだNTTさんが設定を変えていないと思うよ。
 だから市外通話は相手の電話番号の前に1220033をいれてかけて」
「違うよ、それおうちの電話でしょ。お店の電話がおかしいの!」
「ととら亭の?」

そういえば、ここ暫く通話中にノイズが聞こえていたような・・・

「どんな風に?」
「お客さんから電話がかかってきてもガリガリいって話ができないの」
「そりゃまずいね」

僕は子機を取り上げて耳をすましてみました。

発信音に問題はない。
ん? なんだこのノイズは?

ガリガリいうオーディオケーブルの接触不良に似た音が、
波を打ったように増減しながら聞こえ始めました。

「ともこの携帯にかけるから出てみてくれる?」

「もしもし?」
「ガリガリいってて何んにも聞こえないよ」

ん〜・・・子機と親機の通信に問題があるのかな?

僕は切り分けのために親機の受話器を上げてみました。
すると子機と同じようにノイズが聞こえます。

「あちゃ〜、どうやら電話が壊れたみたいだよ」
「え〜っ!」
「ま、かれこれ5年以上、このひどい環境で使っているからな」
「すぐ直せる? お客さんからの電話だけじゃなくて、
 発注のファックスも使えないんでしょ?」
「うん。取り急ぎ、アパートのファックスを持ってきて交換するよ」

そして酷暑の炎天下にアパートまでファックス電話を取りに行き、

「よし、交換完了。繋がったよ。テストしてみよう。
 またともこの携帯にかけるからね」

しかし受話器を上げるとまたノイズが・・・

ん? おかしいぞ。まだノイズが聞こえる。

「えーじ、またそっちの声が聞こえないよ!」

・・・? まさか・・・

「もう一回アパートへ帰って、テスト用のシンプルな電話を持ってくるよ」

汗びっしょりになりつつ、僕は戻るなり電話の配線を調べ始めました。

ファックス電話は、
ADSLモデムを経由して壁のモジュラージャックに接続されている。

ん? そういえば最近ADSLがやたらとリンクダウンしていたな。
もしかしてモデムが不具合を起こしているのかも?
なら、こいつをバイパスして、
テスト用電話をモジュラージャックに直結してみよう。

するとノイズが消えた!
と思いきや、相変わらず発信音には波打つようなノイズが乗っています。

「どう?」
「変わらない。直結にしてもひどいノイズだ」
「何が原因なの?」
「分からない。少なくとも、ここまでの切り分けで、
 モジュラージャックから子機までの間に問題がないことは分かった」
「直らない?」

ふ〜・・・やれやれ・・・
まったくいい運動になるね。

僕は三度アパートへ戻り、116番に電話をかけました。
(携帯電話から116番はかけられないんですよ)

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 11:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年08月01日

朝のサウダージ

僕の出勤時刻は大体8時20分前後。

今朝、すでに日差しが強くなり始めたころ、
見慣れた野方の道を歩きながら大きく息を吸うと、
何やら懐かしい感覚が蘇ってきました。

あ〜・・・気持ちいいなぁ。
穏やかな南風、焼けたアスファルトの匂い、
強烈な日差し、せり上がる積乱雲・・・

これって何だったっけ?

そうか、南国の安宿を出て、
朝食を食べに行くときの感じだ。

それじゃ、ここはどこだろう?

バリ島のウブド?
プノンペンのモニボンストリート?
それともサマルカンドのレギスタン広場?

カフェに入るときの挨拶とオーダーは現地の言葉でします。
そうすると見慣れない外国人も、
たいてい2日目で顔を覚えてくれるんですよ。

一杯目のコーヒーを飲みながら、
忙しなく行き交う市井の人々をぼんやり眺め、
頭がはっきりしてきたところで、

「すみません、コーヒーのおかわりを。
 それからトーストとフルーツのサラダをお願いします」

今日の予定は何だったっけ?
隣国のビザの申請は明日でもよかったな。
両替は?
うん、まだ今日つかう分の現地通貨はある。
それじゃ、午前中は宿で取材ノートのまとめでもするか。

頭上では天井の大きなファンが、
ゆっくり温風をかき混ぜています。

気だるい物売りの声が通り過ぎて行きました。

僕は今どこにいるんだ?

コルカタのサダルストリート?
ベイルートのハムラストリート?
マプトのメルカド?
それともマラケシュのメディナ?

ああ、そうか、ここは東京なんだ。

みんなどうしているかな?
そう遠くないうちに会いに行くからね。

最後の旅から1年8カ月が経ちました。

野方での日常もまた、
楽しんでいないわけではありませんが、
僕の心はこうしてそわそわと、
次の旅を夢見ているのです。

Saudade da viagem.

えーじ
posted by ととら at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月30日

復活の日に

昨日から予定通り、ランチ営業を再開しました。

相変わらずの規制まみれですが、

「待ってたんですよ」

なんて言われると、

それでもやってよかったな・・・

そうしみじみ思った僕らです。

どうもありがとう。

えーじ
posted by ととら at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月28日

ワクチン2回目打ちました!

一昨日の昼前に、1回目と同じ商店街の耳鼻咽喉科医院で、
2回目の新型コロナワクチンを接種してきました。

気になる副反応ですが、
前情報どおり、2回目の方が強く出ましたね。
(ちなみにファイザー製です)

と言っても僕は接種部位の痛みが前回の、
「ちょっとぶつけたかな?」
から「けっこう強くぶつけたな?」程度に変わったくらい。
腕が上がらないほどの状態にはなりませんでした。
(どのみちいつも体のどこかに痛みがあるので気にならないし・・・)

それから今回は痺れも出ましたね。
接種後、30分もすると、
「ん? なんか左手の小指と薬指が変だ」
これは正坐していて足が痺れた状態を軽くした感じと言えば近いかな?
それも放っておいたら翌日の夕方には消失。

接種からまもなく48時間が経過しますが、
今はもう何の違和感もありません。

ところが、ともこはちょっと大変でしたね。
(本人は「若いから!」といっておりますが・・・)

接種直後からの痛みは1回目を2倍くらい上回り、
夜には37.3度まで発熱。
これはカロナールを飲んだらすぐ落ち着きました。

次が翌日の早朝。
熱は平熱だったものの体の節々が痛むというので、
今度はロキソニンを服用。

この時は僕も少し頭が重かったこともあり、
(朝早く起こされたからかな?)
一緒に飲んでまた少し眠ったのですが、
1時間半ほどして起きたら、二人ともけろりと元気に。
僕に至っては接種部位の痛みまで完全に消えているじゃないですか。
この変化にはちょっと驚きましたね。

彼女は夜もまた急に熱が出たのでカロナールを飲み、
早めに休んだら、今朝はもう元気いっぱい。
さっきから明日のランチの仕込みをのしのし始めています。

そんなわけでコロナ禍が始まった昨年の1月以来、
「ワクチンがないんじゃどうしようもない」と、
長らく地道な感染防止努力でハラハラしていましたが、
これで大きな安心材料が得られたと思います。

さて、意見の分かれるワクチン接種。
その1』の繰り返しになりますけど、
打つか打たないかは個人の判断だと僕は考えています。

そしてリスク評価の軸とその重み付けは、
これまた個人によってぜんぜん違いますから、
お勧めも、そのまた逆も僕はしません。

ただ言えるのは、これまた繰り返しになりますが、
ネット上を飛び交う個人的な発言は、
(僕のも含めて)
重要な判断材料にしない方がいいということ。

そこで僕が経営者として注目しているのが、
イスラエルとイギリスの状況なんですよ。
あの辺が概ね半年後の日本の状況に近いんじゃないかな?

そして旅人として注目しているのが、
観光をどう立て直すか試行錯誤を始めているギリシャとイタリア。
感染者は増やしたくないけど観光客には来て欲しい。
このジレンマの中での取り組みとその結果は、
今後、多くの国々が参考にして行くと思っています。

要は実際に行われた行動とその結果を判断材料に使うのですよ。
(もちろんそれとて鵜呑みにせず、複数の情報ソースを比較して)

だって推測を使ってさらに推測を組み立てたって、
荒唐無稽なフィクションにしかなりませんからね。

となると、来年の2月前後には、
またワクチンを接種しないといけないんだろうな。

このシリーズは長く続きそうです。

えーじ
posted by ととら at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月26日

それではそろそろ

一昨日、すでにウェブサイトでお知らせしましたが、
7月29日(木)よりランチ営業を再開いたします。

多くの人が暑気に慣れ、
オリンピック観戦への興味のピークも一段落した頃でしょうし、
ランチならやっても意味があるかな・・・と思いまして。

いやはやこの2週間、かなりのんびりさせて頂きました。
例によって遠出ができるわけではありませんから、
あくまで野方で晴耕雨読に近い日々でしたけど。

僕はこういうのが苦にならないのですよ。
怠惰な性格ですから。

しかし、ともこは違います。
のんびりはダメですね、基本的に。
とにかくじっとしていられない。

取材旅行中もどこかで半休を入れたりするのですが、
ホテルの部屋でごろっとしていられるのも2〜3時間が限度。
すぐにそわそわ何かをし始めちゃう。

そしてそれも手詰まりになると子供のようにぐずり出しますから、
結局、半休がそのまた半分になって出動する羽目に。

げんに再開までまだ3日ある今日も、
彼女はいそいそお店に出かけて行ってしまいました。
(僕は涼しいアパートでこれを書いています)

ま、僕は『在宅勤務』ができても、
ともこはそうはいきませんから仕方ないんですけどね。

さて、僕はあと3日間、何をしようかな?
終わりなきデスクワークはほどほどに、
夏らしく、外で汗をかいてきますか!

えーじ
posted by ととら at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月24日

許されない社会

突然ですが、
皆さまにお訊きしてもよろしいでしょうか?

生まれてから、今日この日までの間に、

誰かに暴力を振るったことはありませんか?
誰かをいじめたことはありませんか?
誰かを差別したことはありませんか?
自分が言われたら傷つくようなことを言ったことはありませんか?
誰かを仲間はずれにしたことはありませんか?
誰かの陰口を言ったことはありませんか?
誰かを見下したことはありませんか?
容姿で誰かをからかったことはありませんか?

もし、あなたがこのすべてにノーだと仰るなら、
僕があなたを信用することはないでしょう。

なぜなら、僕たち人間が、
他者をいっさい傷つけずに生きることは不可能だからです。
マザー・テレサやダライ・ラマだって例外ではありません。
(ちなみに僕はすべてが該当しています)

もちろん、その行為の動機が常に悪意であるとは言いません。
ほとんどの場合は、自分が何をしているのか、
その行為によって相手がどう感じているのか分かっていない。

だから後悔するんですよ。
あんなことはしちゃいけなかったんだって。

そして、その学習のプロセスを成長と呼ぶのではないか?

ここまでの話に同意していただけるのなら、
次もまた受け入れてもらえると思います。
それは、

人間は例外なく過ちを犯す生き物である。

言い換えると、人間である以上、過ちは不可避である。

そこで問題となるのが、
過ちに対して、
僕らは個人的に、また社会的にどう対処すべきなのか?

僕は法律の素人ですが、
個人の場合、賠償うんぬんより基本的なのは、
謝って、反省することだと思います。
あれは過ちでした、もうしませんって。
これなら幼稚園でも教えてくれていますよね?

そして過ちを犯した人を取り囲む社会としての僕らは、
相手が謝って、反省しているのであれば、
基本的には許すことだと思います。

もちろん、なんでも謝りゃいいってもんじゃありません。
体に不可逆的な障害を負わされたり、
愛する人を奪われた立場で相手を許すというのは、
並大抵のことではないでしょう。
(僕もできる自信がありません)

しかし、僕が今日、ここで皆さんとシェアしたい問題は、
過ちを許さない、僕らの社会の傾向です。

誰かが過ちを犯したが最後、
謝ろうが反省しようが、とことんまで追いつめるでしょう?
過ちの度合いに対して不釣り合いなくらい、
そこまでやるか? というほどに。

これにはネットなどの匿名で非難可能なからくりが最大限に利用され、
1対X(無限大の他者)による集団リンチが常態化している。

しかもこれは一党独裁型国家の政府主導ではなく、
日本の場合、例の自粛警察よろしく、
僕ら国民のひとりひとりが自主的にやっているんですよ。

これが何を意味するのか?

話をもどしましょう。

人間は例外なく過ちを犯す生き物である。
しかし、過ちは許されてはならない。

こうしたジョージ・オーウェルもびびる社会を、
僕たちは自主的に目指し始めているのではないか?
(北朝鮮や中国を悪く言えませんよね?)

許されない社会。

これには身近にも思い当たる節があります。

組織の隠ぺい体質が報道されるのは日常茶飯事ですが、
僕が実感しているのは、若い世代の消極性。
彼、彼女たちからは、
どうも未知のものを避ける傾向が感じられるのですよ。
一度学習した、慣れ親しんだ世界からは出ようとしないような。
換言すると、リアルよりヴァーチャルを好むような。

そんな疑問を教育関係のお客さまに投げかけたことが何度もあります。
そこで帰ってきた答えはおしなべて、

「みんな失敗を怖がっているんですよ」

僕は続けます。

「なるほど、失敗して痛い目に遭ったわけですね。
 じゃ、彼、彼女たちは、いったいどんな失敗をしたのですか?」
「いいえ、本人が大きな失敗をしたわけではありません」

・・・?

僕は最初、この会話の意味がよく分かりませんでした。
しかし、今では理解できて来たような気がします。

若い世代は、
過ちを犯した人に対する社会の反応から学習しているのではないか?

失敗(過ち)は許されない。
しかし人間である以上、それは避けられない。
だとしたら唯一有効な防御策は、行動を安全圏に限定すること。

ここでもう一度、
今これを読んでくれているあなたに質問させてください。

許されない社会で僕たちは幸せになれますか?

僕は個人的に、
誰もがジャン・ヴァルジャンになれる社会に生きたい。

そう心から願っています。

えーじ
posted by ととら at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月22日

僕のトラシュー人生 その2

ある日、突然、
自宅の有線電話から市外通話がかけられなくなりました。

しかも市外番号にかけようとすると、
契約した記憶のない会社から、
「このサービスを使うには加入してください」
と言われてしまう。

新手のハッキングか?

一瞬そんな疑念も浮かびましたが、
トラブルシューティング(以下トラシュー)を続けて行くと・・・

次の役者はNTTさんね。

僕は116番に電話して、ここまでの経緯を説明しました。

「マイラインをNTTに手動変更すると通話できるのですね?」
「そうなのですよ」
「だとしますと、マイラインの設定が、
 楽天モバイルに向けられている可能性が考えられます。
 お調べしますので電話番号をどうぞ」

30秒ほどの待ち受け音が流れたあと、

「お客さまのマイライン設定は、
 フュージョンコミュニケーションズに向けられています」
「フュージョンコミュニケーションズ?」

僕は記憶を手繰り始めました。

どこかで聞いた名前だな。
確か、そこにマイラインを申し込んだかもしれない。
しかし、申し込みうんぬんを言っているのは楽天モバイルだ。

「もう一度、先方に確認をお願いできますでしょうか?」

まずい。話がループしてきた。
こうなるとたらい回しにされて解決できなくなっちまう。
もう一度、電話する前にファクトを整理して切り分けてみよう。

1.市外局番だけがかけられない。
2.市外局番にかけると出る楽天モバイルに契約記録がない。
3.マイラインをNTTに手動指定するとかけられる。
4.NTT側のマイライン設定は、
  フュージョンコミュニケーションズになっている。

それから直近で起こった環境変化は何かあったか?
ん〜・・・そうだ、
5月末でIP電話のサービスが打ち切られたっけ?

自宅のネット環境は今やオールドファッションなADSL。
今年9月末でサービス打ち切りとの連絡があり、
それに先立ってIP電話サービスは5月末で終了していたのです。

・・・?
待てよ、この事案が表面化したのは7月に入ってからだけど、
先月はアパートから市外局番にかけたことはなかったかもしれない。
とすると、
もしかしたらIP電話の打ち切りが何か影響しているのかも?

そういえば6月に、この電話では別の障害が発生していたのでした。
気が付くとADSLモデムのVoIPインディケータが赤で点灯しており、
通話が全くできなくなっていたのです。

その時のトラシューではプロバイダのサポセンに訊いたところ、
ADSLモデムの設定が、
『IP電話を使用する』状態のままになっている可能性があるとのこと。
なるほどモデムにログインしたらその通りでした。
そこで設定を戻して解決。

なんかこれが関係ありそうだぞ。
キーはフュージョンコミュニケーションという社名と、
マイラインを設定した時期だな。

僕はもう一度、楽天モバイルに電話してみました。

「フュージョンコミュニケーションズという社名に、
 心当たりはありますでしょうか?」
「はい。以前は別会社でしたら2015年に当社の子会社となり、
 社名が楽天コミュニケーションズとなりました」

よし、点と点が一か所つながった!
とするとマイラインを申し込んだ時期と、
IP電話を使い始めた時期を突合すれば、
ヒントが見えるかもしれない。

僕は電話口で相手を待たせたまま、
頭をフルスピードで回し始めました。

そうか!

「それでは次の電話番号で契約があるか確認していただけますか?」

僕が伝えた電話番号とは、
ととら亭を開業して2年後に野方へ引っ越す前、
練馬に住んでいたときのもの。

「ありました」

ビンゴ〜!

「それはどうなっています?」
「2012年の1月に登録されていた電話番号が使用されなくなり、
 その後、更新されないので解約されています」

この時期はまさしく引っ越しと符合しており、
引っ越しは同時にIP電話を申し込んだタイミングでもありました。
IP電話はマイラインを経由しないため、
サービスが停止されても通話は問題なくできます。

そういうことか。

僕は礼を言って電話を切り、あらためて116番にかけ直しました。
そして経緯を伝えた後、

「現在マイラインの設定が、
 フュージョンコミュニケーションズに向けられていいるのですが、
 NTTに変更していただけますでしょうか?」
「1週間ほどお時間がかかります」
「結構です。進めて下さい」

すべては9年前の1月に起こっていたんだ。
マイラインの契約電話番号変更をしなかったことが、
今になって表面化したとは。

こうして謎の『楽天モバイル事件』は解決し、
自宅から普通に市外通話がかけられるようになったのでした。

しかし・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月20日

僕のトラシュー人生 その1

僕はトラブルが嫌いです。

だから面倒なことは極力さけて生きています。

ホントですよ。

にも関わらず、
気が付けば放り込まれているのがトラブルの穴。

職業が変わっても、オンでもオフでも、
困ったことに、
この傾向は物心ついてからず〜っと続いているのです。

そしていずれもスーパーヒーローやドラえもんが現れて、
解決してくることはありません。
だから大抵D.I.Y.。

たとえば直近でこんなことがありました。
ともこがアパートから僕の実家に電話しようとした時のこと。

「あれ〜? 電話かからないよ」
「またオヤジが居留守つかってんじゃないの?」
「違うの、変なとこにかかっちゃう」
「・・・?」
「楽天モバイルとかなんとか言ってるよ」
「はぁ? 携帯でかけてるの?」
「ううん。おうちの電話」
「有線電話で電話して楽天モバイルにかかるわけないでしょ」
「だって出るんだもん」

ふぅ・・・まぁた、ともこが訳のわからんことを・・・

「かしてごらん」

僕は電話を取って横浜にある実家の電話番号にかけてみました。
すると、1回のコール音すら鳴らず、
唐突に自動音声が、

『こちらは楽天モバイルです。
 おかけになりました電話番号はサービスへの加入が必要です』

ホ、ホントだ!

「なんだこりゃ?」
「でしょ〜? あ、またえーじ、私のこと疑ってたね?」
「そんなことないよ」(あたりです)
「楽天モバイルって使ってたっけ?」
「いや、名前は知ってるけど縁を持ったことはないな」
「じゃ、なんでかかるの?」

ふむ。その通り。
しかも有線電話から有線電話にかけているにもかかわらず、
なぜ『モバイル』なんだ?

そこでお店に電話をかけると、普通にコール音が鳴ります。
携帯電話にかけても問題なし。市外局番だけかけられません。

もう一度、自動アナウンスを最後まで聞くと、
フリーダイヤルの問い合わせ番号を言っていました。

聞いちゃった方が早いな。

「もしもし?」

僕は電話口に出た女性に状況を説明してみました。
すると、

「お客さまの電話番号を教えて戴けますでしょうか?」
「はい。03-3213-XXXXです」
「少々お待ちくださいませ」

そして約30秒後。

「お待たせいたしました。ただいま記録を照会したのですが、
 お客さまの電話番号は登録されておりません」
「・・・?
 それは奇妙ですね。確かに僕も登録した記憶はないのですが、
 にもかかわらず、市外局番にかけると御社に繋がってしまいます」
「そ、そうですね・・・」

声の様子から彼女が考え込んでいるのが分かります。

「お客さま、それでは1220033をおかけになる電話番号の前に入れて、
 もう一度かけて戴けますでしょうか?」
「これは何の番号ですか?」
「122はマイライン解除番号で、0033はNTTの指定番号です」
「分かりました。やってみましょう」
「もしかからなければ、先方に、
 かかればお客様側に何らかの問題があると考えられます」
「なるほど。では、かかった場合はどうしたらいいでしょう?」
「NTTに問い合わせしてみて戴けますでしょうか?」
「116番で?」
「はい、そうです」
「ありがとうございます」

僕はさっそく教えて戴いたとおりにやってみました。
すると、

お、コールした!
ってことは問題はこっちにある・・・ということだな。
じゃ、次の役者はNTTさんか。

僕はすぐに116番をコールしました。

to be contineued...

えーじ
posted by ととら at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月17日

高くついてる不感症

完全休業5日目になりました。

取材旅行はおろか国内移動もままなりませんので、
野方でのんびりしております。

となると、とつぜん爆発的に増えるのが時間。

あれこれ『考えごと』をするなんていう、
贅沢まで出来るようになりました。

そこで今さらながらに気付いたのが、
僕の行動の根底にあるのが『不感症』だった、ってこと。

まずをもってバーチャルじゃ楽しむことができない。

旅行もグーグルアースで満足できれば、
おカネはかからないし危険な目に遭うこともないでしょ?

だから昨今はやりの『リモートなんちゃら』ってのもダメ。
とにかく体感しないと楽しめない。

エンタメ系も同じなんですよ。

音楽や映画鑑賞に読書も好きですけど、
客席に座っているよりステージに上がりたくなっちゃう。

スポーツもそう。
スタンドで応援するより、
ユニフォームを着てグラウンドに降りたくなっちゃう。

いや、目立ちたいからじゃないんですよ。
その方がずっと楽しいんです。
というか、客観じゃ満足できない。
あくまで主観的じゃないと「ん〜・・・いいねぇ!」
ってならない。

思えばこれは高くつきました。
とてもね。

ビンボー旅行とはいえ、
これまでにいくら旅で使ったか想像もできません。

加えて僕の救急搬送および入院歴も、
すべからくこれに起因している。
だってほら、飛び込む先はいつだって整形外科でしょ?

とどのつまり、僕の「なんでこうなるの?」の原因は、
この不感症だったんですね。

今でこそ多少なりとも分別が付くようになりましたが、
(当人比。そう思ってるだけかも?)
若造の頃は『やってみなけりゃ分からない』をモットーに、
とにかくあれこれ手を出して、
当然のことながらだいぶイタイ目にも遭いました。

そしてそれが僕の根底を形成する経験主義になっている。
人の言うことを聞かないというのも、
弁解するわけじゃありませんが、
それが僕にとって情報だからなんですよ。
もっとも相手が経験を話している場合は別ですけどね。
受け売りを再生しているだけなら聞き流しちゃう。

ともあれ、こうした性格とライフスタイルは、
コストが高くつくし、
経験主義ということは転んでみなければ学習しないため、
身も心も傷だらけになってしまいます。

お勧めしません。

えーじ
posted by ととら at 15:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月14日

新しい世代の飛翔

仕事を世襲する職業では先代が高名だった場合、
何かと比較される後継ぎの苦労がよくしられています。

また親の七光りとばかりに、
個人的な努力の成果をやっかまれることもあるでしょう。

しかし、この俗例は、
昨年亡くなったエドワード・ヴァン・ヘイレンの息子、
ウルフギャング・ヴァン・ヘイレンには当てはまらないようです。

父が存命だったころからバンドのベーシストとして、
マイケル・アンソニーの穴を埋めるという大役を果たし、
単なる親ばか採用との評価を一蹴する実力を披露していました。

その彼が先日リリースしたアルバム『Mammoth WVH』を聴いた僕は、
エディーが彼を息子としてではなく、
プロのミュージシャンとして採用したことを確信したのです。

なんとウルフギャングは、
すべての楽器演奏のみならずヴォーカルも取り、
この衝撃のデビュー作をたった一人で作り上げたのでした。
そしてそれは、父のバンドの音楽とは、
まったくと言っていいほど方向性の異なるものだったのです。

音楽業界でマルチプレーヤーはそれほど稀な存在ではありません。
さまざまな楽器を器用にこなす人はたくさんいます。
(ポール・マッカートニーやボストンのトム・ショルツなど)
しかし、その多くが専門のプレーヤーには少々及ばないのも事実です。

ところがウルフギャングのプレイは、
そのいずれもが高度なレベルに達していたのでした。
いや、確かにギターの腕前は父に遠く及んでいません。
ドラムスも叔父のアレックスにはかなわないでしょう。
しかし僕が驚いたのは、彼のヴォーカルです。

マイケル・アンソニーのハイトーンコーラスパートをこなしていた時から、
きれいな声をしているな、と思っていたのですが、
『Mammoth WVH』を聴いた後では、
彼の実力を過小評価したものと認めざるを得ません。
驚くべきことに、
彼はヴォーカリストとしても十分通用するレベルだったのです。
それはまさしく、父をはるかに超えた才能でした。

今後の活躍を期待しつつ心配なのは、
マルチプレーヤー故の才能の枯渇です。
こうした一種の天才は、
作品に対する自分のイメージを明確に持っているのことが時に禍し、
他者の意見に耳を傾けない傾向があります。

これはバンドからソロに転向したミュージシャンが、
なかなかバンド時代を超えられない例としてよく知られているでしょう。
スティング(元ポリス)やエリック・クラプトン(元クリーム)、
ピーター・ガブリエル(元ジェネシス)などは例外的な存在なのです。

ともあれ、彼がここからどんな旅を続けて行くのか。
エディーも天国で楽しみにしているでしょう。

僕もまたウルフィーがもたらすであろう新鮮な驚きを、
静かに待ちたいと思います。

えーじ
posted by ととら at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月11日

7月12日からの営業について

ん〜・・・

ともこといろいろ考えたのですけどね、
再び非常事態宣言下におかれる明日からは、
当分の間、お店を閉めることにいたしました。

時短営業、入店人数制限、酒類の提供禁止。
これに加えてランチへのマイナス影響が大きい酷暑と、
皆さんがおうちに引きこもる、
スポーツイベント番組の放送が重なった場合、
ととら亭のような飲食店は収支トントンどころか、
食材のロスでマイナスになってしまう可能性が高いのですよ。

そしてなにより、
せっかく作ったものを捨てるという、
悲しい思いもしたくありませんし。

そこで暫く様子を見つつ、
復活のタイミングを待ちたいと思います。

ご来店を計画されていた皆さまには申し訳ないのですが、
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

えーじ

P.S.
ブログで近況と再開のめどはお伝えしますね。
posted by ととら at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月09日

それを言っちゃお終いだよ

予想どおりと申しますか、
やっぱり非常事態宣言が再発令されることになりましたね。

というわけで、
期間的にも内容的にも驚くべきものは何もありませんが、
今回はちょっと腕組しながら申し上げたいことがあります。

西村さん、それを言っちゃお終いだよ。
(寅さん風に)

命令に従わない事業者を取り締まる法律が不十分なのは分かります。
でもね、酒販業者や金融機関などの民間企業に汚れ役を押し付けるのは、
やっちゃいけないことだと僕は思うなぁ。

どうしてもというなら、
東京都でやった『なんちゃって見回り隊』みたいに、
民間企業への完全丸投げではなく、自分の手を汚さなくちゃ。

それにね、厳しいことをいうと、
『飲食店にお客さんを注意させる』、
『取引業者に得意先の注文を断らせる』といった発想の裏にあるのは、
『おカネのもらい方』の根本的な違いなんですよ。

簡単に言うとですね、
こうした発想を持っている方は、
給料なり何なりの生計を立てる収入を得る際、
「ありがとうございます」という言葉をいうことがないでしょ?

これはね、想像以上に『考え方』を超えて、
人格にすら影響するということを僕は学びました。
(特にととら亭の仕事で)

行政が要請することであるなら、取り締まりもまた行政でやるべきです。
特にそれが汚れ役の場合はなおさらね。
今どき小学校ですら、
『あの子は問題児だからみんなで無視しろ』みたいな、
村八分指導はやらないでしょ?

とまぁ、あんまりな話なもので鼻息荒くなってしまいましたが、
ととら亭は相変わらず愚直にやっていますので、
行政の要請にはこれまでのところ従っています。

そこで問題は、12日からどうしましょうねぇ・・・

前にもお話しましたけど、
時短要請、酒類販売禁止という、質量ともの影響を被ると、
正直、ディナーは仕事になりません。
というかロスが発生してマイナスになりかねない。

唯一のまともな仕事だったランチも、
スポーツイベントが台風並みの集客マイナス効果となる現状、
オリンピック期間中は、これまたやっても意味があるかどうか・・・

む〜・・・

この辺は今日の経営会議でじっくり検討し、
ぎりぎり日曜日には発表したいと思います。

えーじ
posted by ととら at 14:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2021年07月06日

ワクチン1回目打ちました!

昨日のお昼少し前、同じ商店街にある耳鼻咽喉科医院で、
新型コロナワクチンの1回目を接種しました。

で、皆さん気になるところの副反応ですが、
僕は接種6時間後くらいから軽い筋肉痛を感じ始め、
顔がほてった感じがしたので検温すると、
平熱より少し高めの36.6度。
変わって今朝は微妙な体温上昇がなくなり、
後は同じで「ん? なんかぶつけたかな?」程度の筋肉痛。

ともこはほてりを感じませんでしたけど、
筋肉痛の度合いは僕よりやや強いかな?

いずれも腫れはなく、仕事に支障を感じることもなし。
端的に申しますと、
毎年受けているインフルエンザワクチンの接種と変わりませんでした。

2回目は7月26日の月曜日。
これで100パーセントではなくても、大きな安心材料を手に入れられます。

なんて話をしておりますけど、
僕はけして「だから皆さんも、どんどん接種しましょう!」
と喧伝しているわけではありません。

リスク評価の検討条件はひとそれぞれ違います。
僕らはただ自分たちの体と生活の条件をベースに、
新型コロナウイルスに罹患した場合とワクチン接種によるリスクを比較し、
よりリスクの低い方を選択したに過ぎません。

ですから条件も、リスクの重み付けも異なるみなさんには、
「どうぞ」とも「やめましょう」とも言えない。

ただ、意思決定をするにあたって参考にしていただけるかな?
というレベルのお話をふたつできると思います。
それは、

1.重要な意思決定の判断材料に確度の低い情報は使わない。

今回に限らず、僕らは旅に関する判断をするときも、
個人のブログ(僕の話も!)やユーチューブ、SNS等の情報は、
参考程度にすることはあっても、真に受けることはありません。
とりわけ現場を取材することはなく、
ネットサーフィンで集めた情報をもとに述べられた意見は、
オリジナルなきコピーのそのまたコピーに過ぎないので、
まったく信用しない。というか読むこともない。

2.100パーセントはない。

放射性物質の漏洩や感染症などの、不安を喚起する状況が発生した場合、
僕たちが求めるのは『絶対の安全』です。
しかし、これは不可能なんですよ。
というか、緊急事態に限らず、世の中『絶対』はまずない。
だからもし、あなたが『100パーセント』安全なワクチンを待っているとしたら、
それが手に入る日は永久に来ないでしょう。

そこで僕たちがやっているのはリスク比較という手法です。
たとえば、僕らが接種した、
ファイザー製mRNAワクチンで重篤な副反応が起こる確率は、
CDCの発表した数字によると9万人に1人(約0.00001111パーセント)。

これはインフルエンザウイルスワクチンで、
同様なケースが発生する場合の確率の約8.5倍だそうですが、
僕らが取材旅行で晒される航空機事故の確率0.0009パーセントに比べると、
(アメリカの国家運輸安全委員会発表)
81分の1でしかない。

それにそもそも東京都民の新型コロナウイルス罹患確率は、
今日の時点で約1.27パーセント。
そしてその死亡率は、ん? これまた同じ約1.27パーセントか。
偶然の一致かな?

となると罹患率の高い飲食業従事者というリスクや、
今後の取材で渡航時にワクチンパスポートを求められる可能性を鑑みると、
既往症等の健康上の理由がない限り、打たないという選択肢はない。

こんな風に考えて決断したのです。

あ、そうそう、mRNAなんて遺伝の勉強で習った単語が出てくると、
反射的に「危ない!」って思っちゃう人が多いと思いますけど、
そんな時は、『DNAとRNAの違い』と、
遺伝情報が伝わる流れ(方向)の『セントラルドグマ』、
それからセントラルドグマの例外ともいえる『逆転写酵素』の三つを調べれば、
ある程度の安心材料になるのではないかしらん?

ま、いずれにしても重要な判断は、
自分で調べて、自分で考えて、自分で下すべきだと僕は考えています。

えーじ
posted by ととら at 10:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記