2019年11月17日

平等という青い鳥 後編

『努力が報われる社会』を望みつつ『格差社会』を否定する。

これを矛盾に終わらせない方法はあるのか?

ありました?

ん〜・・・難しいですよね?

教育に限っていうなら、
日本でもぼちぼち進められている、
『学費の完全無償化』という方法がありますけど、
これとて『公』の部分では平等性が確保されても、
格差の結果としての私財を投じるプラスアルファ、
つまり『民』による高価な教育商品の存在は、
少なからず差を生み出し続けるでしょう。

また、ここでは別の矛盾も伴ってきます。
それは、『税は悪なり』と『豊かな行政サービス』。

言うまでもありませんが、
資本主義社会に『無料』はありません。
学生(もしくはその親)が学費を払わないのであれば、
誰がそれを払うのか?

数万人のボランティア教育関係者と、
教材と場を無償提供する企業がないのであれば、
それは税金で賄うしかない。
(ですよね?)

しかし現状そんな予算がないとなれば、
これまた増税以外に選択肢はない。
(ですよね?)

ところがここで立ちはだかる『税は悪なり』という意識の壁。

先日執行された消費増税でも明らかなように、
与党の増税案は野党による格好の攻撃材料になりますし、
僕ら市井の感覚でも「え〜、税金上がるの? やだな・・・」

でしょ?

暮しが楽になるサービスはじゃんじゃん欲しい。
でも、その費用は負担したくない。

これが『努力が報われる社会』を望みつつ、
『格差社会』を否定する矛盾の前にある、
もうひとつの矛盾なんですよ。

困りました。

たぶん、ここでは社会生活において誰もが例外なく必要なこと、
すなわち子育て(※)、教育、医療、介護は個人が直接費用負担するより、
予め税として徴収し、公の予算から賄う方が、
結果的に個人的なコストも下がる、
という説明のつく社会システムの構築が必要なのかもしれません。

そして収入格差は累進課税率をより上げることで圧縮し、
そこから得られる税収で国民すべてを網掛する、
先の全方位的福祉システムの予算を補完する。

この仕組みには、他にふたつのメリットも考えられます。

子育て、教育、医療、介護の個人的直接負担の解消は、
社会不安の大きな部分の解消にも繋がり、
結果的に「とにかくおカネを貯めなくちゃ・・・」という、
青天井労働からの解放と、
タンス預金による不景気の種が芽を出す前に摘むことも、
けっこう期待できるでしょう。

え? そんな理屈を君が考えたのかって?

白状します。
これは北欧5カ国で実際に稼働している社会システムの、
概略をパクったものなんですよ。

なかなか大したもんだと思いません?

ただ、僕たちが彼らのような社会を実現するには、
もっとより根源的な矛盾と向き合う必要があると思います。

それは、
僕たちが常に他者の存在を前提とした『社会的な生き物である』という事実と、
『自分ファーストが幸福への最短距離である』という幻想の矛盾。

つまり、
アメリカンドリームをいまだ夢見ているうちは道遠し。

ということになるんじゃないのかな?

えーじ

※ 子育ては子供のいない人にも該当します。
  育てられた、のですからね。
posted by ととら at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月15日

トルコワインフェアが始まります!

イスラム教の国と言うと、
食の戒律であるハラールを守り、厳しい断食のラマダンを行う、
敬虔な信徒のイメージを思い浮かべるかもしれませんが、
実はコーランの教えにもそれぞれの解釈があり、
けして世界中で統一されているわけではありません。

なかでも分かり易いのは、
飲酒についての違いではないでしょうか?

さすがにお膝元のアラビア半島の国々では、
キリスト教徒の割合が人口の3割以上を占めるレバノンを除き、
かなり厳格に守られています。

しかし、これが同じアラブ系でも北アフリカの国々ではだいぶ緩み、
居酒屋でビールを飲むムスリムが結構いましたし、
民族が異なるトュルク系民族の国々
(トルコ、アゼルバイジャン、ウズベキスタンなど)
ともなると「飲酒はOKなのかしらん?」と思えるほど、
おおっぴらにお酒を飲む光景が見られます。

ま、確かにコーランを読む限り、飲酒そのものを禁止した記述はなく、
(豚は問答無用でNGでしたが・・・)
マホメットが口を酸っぱくして言っていたのは、
「酔っぱらって礼拝にくるんじゃねぇ!」でしたからね。
(ん〜・・・わかる気がします)

むしろ彼は信徒に天国を説明する際、
「いいかい、天国ってのはね、美しい乙女がわんさかいて、
 (文脈からして男性に話していますね)
 いくら飲んでも頭の痛くならない、いい酒が川のように流れているんだよ」
と言っていたのです。

つまり酒を絶対悪とはしていない。

こうした背景からか、
意外にもモロッコ、アルジェリア、チュニジア、エジプト、
そしてトルコなどムスリムの国々で、
質の高いワインが生産されているのですね。

とりわけワイン発祥の地、
ジョージア(グルジア)に近いアナトリア半島に位置するトルコでは、
トュルク系の民族がやって来る、
はるか前の紀元前4000年前後からワインが造られていたそうな。

と、壮大な前置きをしたところで現代の話です。

来春から始まるトルコ料理特集パート2に先立ち、
本日よりトルコワインフェアを始めます!

グラスで気軽にお楽しみ頂けますので、
ぜひこの機会に珍しいワインを味見してみてはいかがでしょう?

期間は11月24日(日)まで。

数に限りがございますので売り切れ御免です!

えーじ
posted by ととら at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月13日

平等という青い鳥 前編

同じ人がやっている議論でも、
議題が変わったら、
あれ? さっき言ってたことと矛盾してない?

そんな風に感じた経験はありませんか?

最近、僕が首を傾げているのが、
『格差社会』と『努力が報われる社会』の議論。

さまざまな場面で格差社会、
とりわけ収入格差は「悪いことである!」
というニュアンスで語られていますよね?

なるほど。

方や、どんなに努力しても報われない、
たとえば貧困が構造化している南西アジアや、
サハラ砂漠以南のアフリカ、中南米の社会の話になると、
「ああ、日本に生まれて良かった!」となる。

個人的にがんばったんだから、
その努力に応じて個人的なご褒美(結果)も欲しい。
それが実現している社会は素晴らしい。

なるほど。

なんですけどね、
これが横並びにされると、
僕にはよく分からなくなるんですよ。
(頭悪くてすみません)

だってね、
たとえば収入格差を例にすると、
スタートラインで平等性が確保されていたとしても、
個人的な努力の結果にはとうぜん差が出てくるでしょう?

そして、
その『結果』は基本的に譲渡や相続が可能なものが多い。
となると、努力 → 結果 → 譲渡(相続) → その上で努力・・・
このサイクルが世代を跨いで回れば回るほど、
必然的にスタートラインの平等性はなし崩しになってしまう。

つまり、努力が報われる自由競争社会において、
平等性はスタート時点ですら成立しようがない。

って、ことにならないかしらん?

その格差を『身の丈』として甘受し、
「しょうがないよね〜・・・」と諦める以外に、
何か選択肢はあるのか?

はてさて・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月10日

国際B級グルメ祭にて

今年の酉の市は11月8日(金)と20日(水)・・・か。

ん〜、どっちも営業日だな。
それじゃ前夜祭に行こう!

と調べてみれば、
歩いて行ける練馬の大鳥神社は、
24時近くにならないとやっていないそうな。

そこで木曜日の夜、ワープスピードで店を片付け、
夕方から盛り上がっているらしい、
花園神社に行ってきました。

ti19_shrine.jpg

さすがは新宿。
平日の夜でもすごい人出ですね。
僕らはさっそく古い熊手を奉納し、
今年の神社純正ニューモデル(800円也)をゲット。
これで2020年もセコく儲けようと思います。

ti19_kumade.jpg

そしてふたつめのミッションのはじまり始まり。

昨今、酉の市の屋台も国際色が豊かになりました。
そこで旅の食堂としては、
お好み焼きやおでんなど日本勢ではなく、
外国料理の屋台を調べてみることにしたのです。

ti19_hotdog.jpg

おお、懐かしい!
僕が生まれ育った横浜の本牧では、
日米合同盆踊りの定番だったホットドッグ。
しかし、なぜか他ではほとんど見かけません。
不思議だな、美味しいのに。

ここの屋台のニューヨークスタイルホットドッグは、
スタテン島へ行くフェリー乗り場で食べたものと、
似ても似つかぬものでしたが、これはこれでうまい!
ソーセージは熱々ではじけてるし、
パンもしっかり焼けてて香ばしい。
その上ご覧のとおりのボリュームで500円とは安いじゃないか!

日本はハンバーガーこそ根付いたものの、
ことホットドッグに関してはイマイチなんですよね。
専門店ってぜんぜんないでしょ?

ti19_cheesedog.jpg

次は韓国から来たチーズハットグ。
これ、去年の酉の市で初めて食べたのですけど、
チーズ版コーンドッグともいえるしろもの。
中にソーセージがちょろっと入ってるバージョンもありますが、
今回食べたのはチーズ100パーセントでした。
トマトケチャップの絡んだチープな味わいがマシッソヨ(おいしい)!

ti19_tantuniwagon.jpg

お、トルコか? ドネルケバブがある!
と思ったら早合点でした。
なになに・・・タントゥニ・・・とな?
初めて聞きました。そんな料理あったっけ?
で、調べてみれば、トルコ中南部の街、メルシンの名物料理だって?
おいおい、今年の1月に行ったアダナのすぐ近くじゃん。
食べておけば良かった。調査漏れだな・・・反省。

ti19_tantuni.jpg

タントゥニとは、ほんのりクミンが香るラムやビーフの細切り肉を炒め、
オニオンスライス、パセリ、トマトの角切りとともに、
ラヴァシュ(薄焼きパン)でくるんだストリートフード。
(写真が分かりにくくてすんません)
ここではさすがにラヴァシュが手に入らないので、
既製品のトルティージャで代用していましたが、
レシピはこの料理のお約束をきちんと守っていましたね。
意外とあっさりした味わいでとてもおいしい。

そして締めは中国のシャーピン。
粉モノの連続でもうお腹パンパンです。

酉の市で並ぶ屋台の変遷は時代を反映していて、
いつも勉強になります。
国際社会の縮図が身近なところで感じられますからね。
そういえば今年はタイ料理を見かけなかったな。
浅草では出ていたのかしらん?

酉の市でちょっとした海外旅行を楽しむ。
こんなのも、ととら的にはありだと思ってます。

えーじ
posted by ととら at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月07日

よろず屋ととら

先日の『定休日』。
僕たちは春秋恒例の床のワックスがけをやっていました。

内容が内容ですから、二人とも普段の仕事とは恰好が違います。
ジーンズにTシャツで純粋に肉体労働仕様。
(ま、普段も肉体労働ですが・・・)

ホールのテーブルや椅子を脇に寄せ、
水と洗剤を撒いた床をデッキブラシでゴシゴシゴシゴシ・・・

ようやく終わろうとした夕方、
ふと視線を感じて外を見ると、
年配の男性ふたりが店内をのぞき込んでいます。

「あれ、今日は休みなのかな?」
「お店の人じゃなくて掃除の人がいるよ」

ハズレ〜!
お店の人です。

あ、半分アタリか。
掃除の人でもありますので。

えーじ
posted by ととら at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月04日

不都合な事実

正直に言いましょう。

成功。
勝利。

大好きです。
これを目指してあくせくやって来ました。

さらに言いましょう。

失敗。
敗北。

大嫌いです。
これを避けてせこせこ回り道をしていました。

しかし、この歳になると、
認めたくないことも認めざるを得なくなる時があります。

それは忌み嫌っていた、失敗、敗北という相手こそが、
人生における、最も優れた教師だった・・・

ということ。

思い起こせば、
横浜のラオウかデスラー総統のようだった若造が、
ちっとはましになったきっかけは、
おしなべて、

やった〜っ!

ではなく、

な・・・なぜだ?

な時でした。

そう気付いてから、よくよく相手の顔を見てみると、
失敗や敗北ってやつは、意外とやさしい目をしているんですよね。

それにひきかえ親友だと信じ込んでいた成功と勝利ってのは、
一見、頼りになりそうな正義面をしてはいますが、
ときどき、ずる賢い笑い方をするじゃないですか。

いや、僕はここで、失敗と付き合って、
成功に背を向けろと言っているのではありません。

事実と向き合って、
ほんの少し、失敗と成功の評価を変えてみてもいいんじゃないか?

と思ったのですよ。

一昨日行われたラグビーワールドカップの決勝戦。
優勝した南アフリカは、
4年前、日本にまさかの敗北を喫してしまいました。
その苦い経験から彼らは何を学んだのか。
まさしく、それが現れたかのような試合でしたね。

失敗や敗北は、ただそのままであれば、
悲しく、つらい思い出にしかなりません。

でも、彼は何かを僕らに教えようとしているのではないか?

それに気付いた時、
試験の成績が上がることよりも、社会的地位が上がることよりも、
ひとりの人間として、
僕らは成長するチャンスを手にするのかもしれない・・・

これを認めるのに必要なのは、
プライドを脱ぎ捨てた謙虚さと、ほんのちょっぴりの勇気・・・
だけでいいんじゃないかな?

えーじ
posted by ととら at 14:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年11月01日

第7回研修旅行 その2

お約束です。

旅行のブッキングを始めるまでは、
シリア、イスラエルなど周囲の火事場をよそに、
危険情報がレベル1だったレバノンのベイルート。

たびレジに登録していても、
外務省さんからは1通のメールすら届いていませんでした。

ところが!

お約束です。

『10月17日夜、ベイルートのダウンタウン地区を含む全国各地において、
 政府による増税を含む予算案に対する抗議活動が行われました。』

と一報が入った途端、立て続けに道路封鎖や警察との小競り合い、
ヒズボラと反政府グループの衝突など、
不穏なムードのニュースが届きはじめ、
月末には「こりゃ、ほとんど香港じゃん?」な状態に。

空港から市内中心部までの道も、そこかしこで封鎖され、
「どうしたもんだろ?」と、
はらはらしながら情勢を見守っていたのですよ。

さいわい一昨日のニュースではハリーリ首相が辞任して、
事態は沈静化に向かいつつあると結ばれていました。
ま、次の指導者を選ぶのも、
その後の組閣もすんなり行くとは考えられませんが、
とりあえず、いい方向へ進んだ・・・と思いたいですね。

経由地であり1泊2日で下見もするUAEのアブダビは、
イエメンのフーシ派が脅しをかけて来てはいるものの、
実力行使に出る可能性は低い・・・
と考えています。

サウジのコンビナートをドローンで攻撃した件では、
イランの影もちらほら見えているようですが、
アメリカとの緊張が高まる中、
トランプ大統領に武力行使を正当化させるような理由を与える愚策は、
さすがに取らないでしょうね。
(・・・と思いたい)

それからトルコのクルド人に対する越境攻撃は・・・
アメリカのIS指導者の暗殺の余波は・・・
シリアのサダト大統領の動向は・・・
イスラエルとヒズボラの小競り合いは・・・

とまぁ、中近東の旅は毎回こんな調子で、
予断の許されない状態がずっと続いて行くのですよ。

なんとか束の間の平和の間に、
中東の食文化の中心ともいえる、
レバノンの料理を調べて来たいのですけどね。

出発まであと24日・・・か。

Be good guys!!

えーじ
posted by ととら at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月29日

8センチの衝撃

先日、ふたりの区民検診結果が出そろったときのこと。

「えーじ、どうだった? 結果表見せて」
「ああ、春に受けた人間ドックの結果とほとんど同じだったよ。
 コレステロール値がちょっと上がってたけどね」
「ほんと?」
「うん。たぶん検査に行く前に、
 試作のオストパイを食べまくっていたからじゃないかな?」
「そうか、あれだけチーズを食べ続けると、
 数字にも表れちゃうかもね」
「あれ以来、もう食べてないから今は平常値に戻ってると思うよ」

「ほかには何も言われなかった?」
「うん」
「ほんと〜? どれどれ、よく見ておかなくちゃ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あ”〜っ!
「うわぁ、びっくりした、なんか変なこと書いてある?」

「ありえないわ!」
「え? なんか病気?」
「なにこの腹囲!」
「腹囲? メタボって言われなかったよ」
「そうじゃなくて!」
「・・・・?」

「なんであたしと8センチしか差がないのよ?」
「・・・・? 8センチ僕の方が大きいんでしょ?」
「だからどうして8センチしか大きくないのよ?」
「・・・・? 身長が違うからそんなもんじゃない?」
「身長の差は?」
「16、7センチくらいじゃない?」
「じゃ、腹囲の差だって、それくらいなくっちゃおかしいじゃん!」
「そうなの?」
「そうよ!」
「って言われてもなぁ」

「もうショック! 今日からビールやめた!」

だ、そうでございます。

えーじ
posted by ととら at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月26日

チーズは好物なんですが・・・

スウェーデン料理特集が始まって2週間が過ぎました。
その前にやっていたエジプト料理に比べると、
さすがにインパクトは欠けるかも?
と思っていましたが、
予想以上のご好評を頂き、僕たちもほっとしています。

そこで今日はちょっとその舞台裏をお見せしましょう。

hallostpaj.jpg

これ、前菜で出しているオストパイの焼き立ての状態。
いかがです? 美味しそうでしょ?

そう、美味しいんですよ、僕らもそう思いました、
1ピースならね。

しかし、『旅の食堂』というブラックな仕事に、
「美味しい」だけで済む話は滅多にありません。

話は試作の段階に遡ります。

大まかなレシピからプロトタイプの1号を焼き上げて試食。
次は生地のオイル感とチーズの風味や食感の修正をして2号を焼き、
更に細部の微調整をして3号を・・・

ふむふむ、かなりいいせん行ってるじゃないか?

と頷いたものの、
この料理の特徴となる素材の、
ヴェステルポッテンチーズを完璧にシミュレートするには、
まだまだ調整が必要だ・・・

そして1枚、また1枚・・・

こんな調子で焼き上げ続けたのは、写真のサイズのパイが5台!
さらにチーズ部分のみの試作が5回分!

話を戻しましょう。

そう、美味しいんですよ、オストパイ。
1ピースならね。

でも5台、つまり30ピースともなると、どうなるか?

その辺はご想像にお任せ致します。

えーじ
posted by ととら at 15:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月22日

旅人のたまご

ととら亭は旅の食堂。

故にお客さまもまた旅に興味のある方がほとんどです。
そしてその年齢層もさまざま。

時にはまだ高校生という、
旅人のたまごの姿もちらほら見かけます。

先日、そんなひとりが観光学部に進路を決めたと言って来ました。

やがて旅を仕事にするつもりなのかな?
楽しみですね。
彼女はこれから、どんな旅を始めるのでしょう?

こんな時、僕が勧められるのはひとつだけ。

どこでもいいから、
日本のどこかをひとりで旅してごらん。

初めて行くひとり旅。

その旅は、きっと、
君がどんな旅人なのか教えてくれるはずだよ。

そして、いつか君が外国を旅する時、
なぜ最初に日本を旅するべきだったのか、
その理由も分かってもらえると思う。

いってらっしゃい。
いい旅を!

えーじ
posted by ととら at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月18日

難解なちゃぶ台返し

一昨日、ニュースに目を通していて素朴に驚きました。

天皇陛下の即位に際し、約55万人を『恩赦』する。

のだそうで。

で、今更ながらに調べてみれば、『恩赦』とは、

天皇陛下の即位など国家の慶弔時に、
すでに確定している刑事罰を政府が特別に許したり、
軽減させたりする制度のことで『恩赦法』なんていう法律まである。

のだそうで。

僕は法律の素人ですから中学校で習った通り、
日本は司法、行政、立法の三権が分立し、
相互の独自性を保つことで国民の権利と自由を保障している・・・

と素朴に思ってました。

でも、この恩赦法に従えば、
行政によって司法の判断が『合法的に』ちゃぶ台返しできるんですね!
しかも国会の審議を経ず、
閣議決定、つまり内閣の意思だけで内容を決定し、
天皇が国事行為として認証することで執行できる・・・とな。

む〜・・・これって危険なにおいがぷんぷんと・・・

と思っていたら、やっぱり『ご使用上の注意』があって、
やたらと使うのはまずいので、好ましいのは、

1.誤判の救済のため
2.社会の変化や事情変更があった場合
3.受刑者の事後の行状が良かった場合

とまぁ、現行の司法システムでは掬いきれない、
ニッチな事案の救済策に限りましょう、とある。

なるほど。

しかしながら、実際にドカンと執行されたタイミングを見ると、

1945年 第二次大戦終局
1946年 日本国憲法公布
1952年 平和条約発効および皇太子の立太子礼
1956年 国際連合加盟
1959年 皇太子成婚、
1968年 明治百年、
1972年 沖縄復帰
1989年 昭和天皇崩御
1993年 皇太子成婚

で、2019年は令和即位の礼で約55万人がその対象になっているのか・・・

む〜、素人目には、いずれのタイミングも、
『ご使用上の注意』と一致しているように見えないだけでなく、
司法システムのバグを補うという点でも、
55万件もの該当例があるなんてのは、
司法システムの精度を見直す『そもそも論』になり兼ねない。

つまり、タイミングも、
司法の判断を大量にちゃぶ台返しなければならない合理的な理由も、
僕にはよく分からない。(頭悪くてすみません)

もちろん、中央更生保護審査会の個別の申出による恩赦は、
救済処置としての恩赦法の存在意義とも、
しっかり合致しているのは分かるんですけどね。

でも、この場合も、
どういう訳か、天皇が『国事行為』として承認することで、
恩赦が執行されるのか。

んじゃ、司法システムのバグフィクスは『国事行為』なのかしらん?

いやはや、法律って哲学より難解ですね。

えーじ
posted by ととら at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月16日

飯はメシのネタならず

昨日は久し振りに神保町を徘徊していました。
やっていたのはこのところの気分転換で音楽CDの仕入れ・・・

だけではなく、次に行く研修旅行の資料探しです。

今回、訪れるのはUAEとレバノン。
毎度のことながら、僕たちが行くような場所は日本語の文献が少なく、
とりわけ食文化ともなると、
1冊にまとまったものは、ほとんどありません。

これはよくよく考えてみると結構ディープな問題でして、
日本という国は、情報が溢れ返っているようでいて、
その実、国際レベルに照らすと、
欧米バイアスのかかっているものばかり、
とも言えなくはありませんから。

たとえばですね、
料理書を主に取り扱う古書店に入っても、
フランス料理やイタリア料理の本は棚を埋め尽くしていますが、
アフリカや中東、コーカサスや中央アジア、南米となると、
まったくと言っていいほど見当たらない。

ここで僕の表現に違和感を感じたあなたはスルドイ。

そう、僕は先にフランス、イタリアという国名を挙げ、
次は同じ文脈であるにもかかわらず、地域名や大陸名を使ったでしょう?

こういうもの言いこそ欧米バイアスのもっともたるもののひとつなのですよ。
なぜなら、欧米は個別の国まで認識していながら、
気候も文化も大きく異なっているにもかかわらず、
たとえば、オマーンとレバノン、
アゼルバイジャンでアルメニアであれば一つの地域で、
南アフリカとエチオピア、
エクアドルとチリであれば、
なんと巨大な大陸として十羽一絡げにしてしまっているでしょう?

でもま、それも無理からぬことではあるのですけどね。

ちょっと前に、メディアの方から、
世界の食文化を俯瞰的に網羅した研究者はいませんか?
とのご質問を頂いたことがありました。

僕の頭にぱっと浮かんだお名前は、
文化人類学者であり民族学者でもある石毛直道氏でしたが、
『俯瞰的に網羅した』となると、
それはちょっとなぁ・・・

確かに僕も石毛氏の著作には毎回助けられており、
特に氏が監修した『世界の食文化』や『講座 食の文化』の両シリーズは、
これなくして取材の事前準備なし、と言い切れるものです。

しかし、残念ながら、
いずれも疑問が氷解するような内容ではありません。
各巻は基本的に、
取り上げられた地域に『別件』で在住していた方が複数名で執筆しており、
本の企画ありきで現地取材した結果ではなく、
個別の記憶に頼った内容のため、フォーマットに統一感がないのですよ。
厳しいことを言ってしまうと、
ほとんどの執筆者は料理の専門家ではないため、
時折「・・・・?」な部分があるのも否めません。

と苦言を呈しつつも、僕は同時に納得もしているのですよ。

そもそもね、『食文化』って、学問として認められてないでしょ?
ぱっと見回した限り、最も近いものでも家政学の一部としての栄養学とか、
医学の一部の人体生理学だろうし、
水産学や農学にしても扱っているのは原料部分という、
目の前の料理とはかけ離れた、ずっと上流の分野なんですよ。
文化人類学ですら『食事』や『料理』というのは傍流亜流もいいとこで、
単独で単位が取れるようなシロモノとは思われてない。

となると、
膨大なフィールドワークが求められる分野であるにもかかわらず、
つまりおカネのかかる研究であるにもかかわらず、
官民ともに予算が出せません。
だから本を書くにも、ありもののネタで書くしかない。

話がマクロになりました。

こうした事情の結果が、呆然と見回していた古書店の書架に、
そのまんま反映されているのような気がしてならないんですよね。

そう、飯は学のネタならず。
いや、飯はメシのネタならず、と言った方が的確かしらん?

というわけで、僕は音楽CD以外に収穫はなく、
神保町を後にしたのでした。

えーじ
posted by ととら at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月14日

よく効く呪文

皆さんも多かれ少なかれ同じだと思いますが、
普通に生きているだけでも、
次々いろんなことが起こってくるものです。

僕らの場合、ほんのこの2週間ですら、
消費増税対応、健康診断に行った矢先に風邪で沈没、
そして薬でハイのまま旅のメニュー変え、
で終ったと思ったら台風襲来・・・

いずれも幸いにして大きな問題にはなりませんでしたが、
ときには、
「よりによってこのタイミングで?」
とか、
「まだ終わりじゃないのか?」
と天を仰ぐことも正直あります。

そんな時、
自分を正気に戻す呪文があるんですよ。

これは鏡に映る自分に向かって、
第3者的な気分で言うと、とても効果があります。
それは・・・

Such is life.

えーじ
posted by ととら at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月13日

嵐の後のととら亭

今朝の野方は台風一過の秋晴れ。
各地では被害の出たところもあるようですが、
野方にいる限り昨夜の嵐が嘘のようです。

その余韻は壊れた家屋や倒木ではなく、
静けさ・・・かな?
僕の出勤時間ではまだ人通りも少なく、
さながら新年の午前中のよう。

で、吹けば飛ぶようなととら亭は・・・

大丈夫、昨日のままありました。
何ごともなし。

というわけで、
思わぬ半休でのんびりした僕らは元気いっぱい。
普段通りにお仕事再開です。

えーじ
posted by ととら at 09:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月12日

嵐のととら亭

いつも通りランチ営業を終え、
ちょっと前に僕らはアパートへ戻って来ました。

ひる前後、ときおり雨脚は強まりましたが、
風が強くなかったせいか、
思ったより人出がありましたね。
取りあえず僕らもやって良かったな、という感じです。

とはいえ、帰る頃になると、
さすがに街はひっそり閑としていました。
明かりがついていたのはコンビニくらいだったかな。

先ほど西武線が止まり、
僕らもディナーはお休みです。

台風が最も接近するのは21時頃か。

何ごともなく通り過ぎてくれますように。

えーじ
posted by ととら at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月11日

嵐の前の静けさに

「明日どうします?」

今日は商店街の面々が顔を合わせる度に、
これが挨拶代わりとなりました。

どうしましょうね?

偏西風に乗る前の台風の動きはなかなか読み難く、
プロの天気予報ですら、
更新される度に微妙に変わっていますし。

ここは交通機関に倣って全休にしようかしらん?

と思った僕らの頭に浮かんだのは、
数年前の同じ状況。

明日は台風か・・・じゃお休みにしよう!

と思って翌朝めざめたら、
なんと上陸した台風は予想以上に加速して、
とっとと通り過ぎてしまっていたじゃないですか。

あ、晴れた。

と思っても、何も準備していませんから、
今さらランチをやるわけにもいきません。
で、結果的にズル休み状態となってしまったケースがありました。

明日もなんだか微妙なんですよね。
このタイミングだと、東京地方は午前中、
それほど荒れないような気もします。

というわけで、鳩首会議の結果、
とりあえずランチはやろう! となりました。

ディナーは予約がすべてキャンセルになりましたので、
午後の空模様で決めたいと思います。

え? そもそもお客さんは来るのかって?

ん〜、それもまたビミョ〜なんですけどね。

えーじ
posted by ととら at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月10日

ガンバってはみたものの・・・

お待たせしました!
予定通り、今夜から旅のメニューを切り替えます!

スウェーデン料理特集

いやはや、体調は回復しましたが、
ここで無理をするとぶり返しそうなので、
昨夜は原稿を仕上げるところまでやって寝ました。

で、今日はやっぱりランチはお休みさせて頂いて、
朝から怒涛のプリントアウト。
憐れなわが家のプリンタ2台はフル稼働中です。

さて、これが終わったらお店に戻って写真の入れ替えだ。
今は・・・2時15分か・・・

ふ〜・・・
風邪のせいとはいえ、土壇場でほぼ1.5日のロスは大きかった!
でもま、何とかリカバーできたし、
これで連休にも新しいメニューに慣れた状態で突入できる。

・・・ん? 台風?
台風が来てるの?

おわっ!
それも土曜日のビジネスアワー中に超大型が関東最接近とな?

え? 電車も停まるって?
はぁ〜・・・それじゃ予約もキャンセルじゃん?

それならゆっくりやればよかった!

今回もトホホなゴールインでございます。

えーじ
posted by ととら at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月09日

ただいまリカバー奮闘中!

ほえ〜・・・

旅のメニュー変え、
それも、最も集中力が求められる、
キャプション書きをしなければならないタイミングで風邪を引き、
昨日は終日ダウンしてしまいました。

これ、変な風邪でして、
熱はまったく上がらないのですが、
花粉症のような症状 + 喉の炎症と咳 + 異様な虚脱感で、
僕はだいぶデラックスな状態になっております。

ここから薬漬けのラリった頭で遅れを取り戻さなくてはいけません。
もしかしたら、明日のランチはお休みさせていただくかも・・・

がんばらりれろっ!

えーじ
posted by ととら at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月07日

ととらな勲章

今日はエジプト料理特集の最終日。

あいにくの雨の月曜日とあって、
お客さまの数こそ多くはありませんでしたが、
その皆さまから、

「もう一度、エジプト料理を食べに来ました!」

と言って頂けました。

こういうの、ほんと、嬉しいです。

あれはけっこう骨の折れる取材旅行で、
再現プロセスも楽ではありませんでしたけど、
やってよかった・・・

そう心から思える瞬間が、ここにあります。

この特集を始めた7月12日から今日までご来店して頂きました皆さま、
お楽しみ頂けましたでしょうか?

僕たちが再現した一皿が、
皆さまそれぞれの旅の入り口になってくれれば、
ととら亭のミッションは完了です。

どうもありがとうございました!

ともこ & えーじ
posted by ととら at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月04日

第7回研修旅行の準備 その1

今年もこの季節がやって来ました。
2019年の締めくくりの旅は・・・

UAE(アラブ首長国連邦)のアブダビと、
レバノンのベイルートです。

期間は11月25日(月)から12月3日(火)までの9日間。

もうお気付きの方もいらっしゃると思いますが、
今年の取材地はシビアな理由で、
渡航の難しかった国がいくつか含まれています。

1月のトルコ、エジプト、そして今回のレバノン。

いずれも以前から、
重要な取材対象地としてリストアップされていた国ですけど、
ご存知のように、ととら亭を始めた2010年以降、
ジャスミン革命の影響やクーデター、ISの跋扈などさまざまな理由で、
外務省発表の危険レベルが1の『十分注意して下さい』まで下がったのは、
つい昨年年頭のこと。
くわえて、いつまたドンパチ始まるか分かりませんから、
入れる時にささっと調べに行こう!
と、チャンスを伺っていたのですよ。

レバノンは世界で最も洗練された中東料理を味わえる国として、
かなり前から注目していました。
アラビア半島に位置しながらも、
キリスト教徒が人口の30パーセント前後いるせいか、
ハラール(食の戒律)の縛りが緩く、
また、フェニキアと呼ばれていた古来より、
さまざまな民族や文化が混淆する場所でもあったので、
実に豊かな食文化が育まれてきたのです。
実際、ヨーロッパの国々を訪れていた時でも、
「お、いい感じの中東系レストランがあるな!」と近付けば、
それはおしなべてレバネーズでした。

以前、ヨルダン料理特集でご紹介したパセリのサラダのタブーレは、
レバノン発祥と言われていますし、
ブルグル(ひきわり小麦)でコーティングした揚げ物のキッベや、
パン入りサラダのファットゥーシュもかの地で生まれたそうです。

また、今やっているエジプト料理特集で人気のターメイヤ(ソラマメのコロッケ)と、
その伝播したものと言われるファラフェル(ヒヨコマメのコロッケ)の中間系、
すなわちソラマメとヒヨコマメが50/50バージョンのファラフェルや、
モロヘイヤのスープがあるというのも、
比較対象として興味をそそられるじゃないですか。
そうそう、カイロのレバネーズレストランでチェックした、
タヒーニ(ゴマペースト)とトマトのコクのあるソースを使ったシーフード料理も、
忘れちゃならない要チェック料理のひとつです。

今回、移動でお世話になるのは2012年以来のエティハド航空さん。
ハブになっているUAEのアブダビでストップオーバーし、
2017年のドバイに続いて、ここでも料理の下見をする予定です。

で、ほぼ移動手段と宿のブッキングは終わったのですが、
お約束と申しますか、
周辺諸国や国境付近でなにやら不穏なムードが・・・

そのお話はまた次回に。

えーじ
posted by ととら at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年10月01日

高税率は悪なり! ・・・かな?

10月10日(木)から始まるスウェーデン料理特集。
料理を再現し、オーダーラインを作るという、
ともこのパートはおおむね目途が立ちました。
ここからバトンは再度、僕の方へ。

そこでキャプション書きを始める前に、
もう一度、取材ノートや資料を読み返していたのですが、
スウェーデンのみならず、北欧5カ国は、
いろいろな面で、『先進国の中の先進国』なんだよな・・・
という思いをあらたにしました。

以前、このブログでもお話しましたように、
北欧の国々は、よく知られた福祉のみならず、
環境、経済、政治、教育、人権など社会の基本を成す部分で、
だいぶ僕らをリードしているように見えます。

その結果の一端が、
世界幸福度ランキングの上位を独占する形にも表れていますが、
こういうことを言うと、
「だって税金が高いんでしょ?」と眉をひそめる人もいますよね?

確かに高いです。
消費税(付加価値税)に限って言えば、

スウェーデン  25%
デンマーク    25%
ノルウェー   25%
アイスランド  24%
フィンランド  24%

ほぇ〜・・・

これは当然、物価にも反映されており、
卑近な例では、ととら亭の取材予算で比べると、
北欧旅行1回につき、東南アジアであれば3回以上行けます。

しかし、当のローカルには
日本比較で平均1.2倍はある(ノルウェーは1.7倍!)、
平均収入が後ろ盾になっており、
重税にあえいでいるという印象はありません。

むしろ誰もが支出を迫られる教育や医療、
可能性の高さで言えば子育てや介護などの費用が、
税の一部で先払い的に確保されているので、
個人的にやりくりする必要が基本的にない、
安心感のアドバンテージが高い。

ここではたと思うのですよ。
日本との税率の差は今日の時点で15パーセントでしょ?
その差から享受できるサービスって、
逆にすんごく割安だと思いません?

もちろん、この手厚いサービスは、
消費税だけで賄われれているわけではありません。
これに加えて強烈で抜け道のない累進課税制度も動いています。
だから財源を確保するだけではなく、
別の文脈で社会問題化することの多い収入格差もずっと少ない。

全国間税会総連合会の
『世界の消費税(付加価値税)152ヵ国』平成30年4月版を眺めていると、
消費税率が1桁台というのは、
152ヵ国中、日本を含むたった9カ国しかありませんでした。
ほとんどは20パーセント前後なのですよね。
そしてその顔ぶれを見ていると、この程度の税率(つまり財源)では、
貧困、犯罪、衛生、教育など、
未解決の社会問題を抱えた国がだいぶ混ざっている。

しかし、24パーセントを超えると、
クロアチア、ハンガリー、ギリシャを除けば、
自他ともに結果を出していると認められるメンバーが揃っているじゃないですか。

旅を通して自分の目で見たその国の様子と、
こうした一般情報を重ね合わせてみて、
僕が何を言いたいのかと申しますと、

高税率というのは必ずしも国民を苦しめるものではない。

ということ。

税は日本の庶民的イメージとして年貢に結び付き、
強欲領主と苦しめられる民という、
ステレオタイプの対立構造を想起させるのかもしれませんが、
いまさら封建主義ではないのだから、
そのへんはもうちょっと民主主義を評価してあげてもいいのではないかしらん?

現実的な財源と、フェアなその運用。

自滅的ポピュリズムに陥ることなく結果を出すキーは、
そのへんにあるのではないかという気がしてきました。

で、その観点に立つと、
消費税率10パーセントと今の累進課税率で得られる程度の財源で、
何をどこまで出来ると思います?

ん〜・・・

消費増税に伴う議論のベクトルが、
僕はにちょっとぶれているように思えるんだけどな。

えーじ
posted by ととら at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月28日

よくいうフレーズのディープな理由

ふたつ前のブログで、
ともこのよく言うフレーズをお話しましたが、
その背後にあったディープな理由がわかりました。

それは・・・

「今年の区民検診はいつ行くの?」
「ん〜・・・」
「僕は来週の定休日に行って来るよ。
 この後いろいろ忙しくなるかもしれないから、
 なるべく今月中に受診しといた方がいいよ」
「だって・・・」
「なにか予定でもあるの?」
「べつに・・・」
「じゃ、僕と同じ日に行っちゃえば?」
「それは困るよ」
「なんで?」
「だって・・・」
「だって?」

「減ってないから・・・」
「なにか?」
「体重」
「・・・? 別にいいじゃん」
「よくないよ!」
「なんて?」
「どうしよう?」
「なにを?」
「・・・・・・」
「黙ってちゃわからないよ」
「ど〜せ、えーじにはわからないよ!」
「おいおい、そりゃ藪から棒だね。
 なんにも言わないで決めつけられちゃかなわんよ」

「・・・・メタボって言われちゃったらどうしよう?」
「はぁ?」
「メタボって言われたら恥ずかしいじゃん!」
「ともこの体形でそれはないと思うよ」
「そうかな?」
「うん」
「じゃ、行っても平気かな?」
「平気じゃない?」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃ、行って来る!」

で、いそいそ出かけて行きました区民検診。
その結果は・・・

「やった〜っ! 平気だったよ! メタボって言われなかった!」

で、ぐるっと回って振り出しに戻り、その日の晩は・・・

「ビールちょうだい!」

・・・か。

乙女心とは、げに不可解なるものでございます。

えーじ
posted by ととら at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月25日

「おめでとう!」と言える日

「今日は記念日なのです」

そう仰られるお客さまが度々いらっしゃいます。

誕生日、結婚記念日、
ときには『出会いの日』や『付き合い始めた日』などなど・・・

ここ、ととら亭では、
それを一緒に祝う方々もまたさまざまです。

異性同士だけではなく、男性同士、女性同士、
もしかしたら、僕に分からないだけで、
男性でも女性でもない性をもつ方たちだっていたかもしれません。

先日も、付き合い始めて10年になる、
男性同士のカップルがお祝いでいらっしゃいました。

パントリーから眺めた彼らのテーブルは、とても幸せそう。

いろいろな所で、いろいろな人が、
いろんなことを言っていますが、
僕にしてみれば、いずれも人が人を愛している、
ただそれだけのことです。

人と人の幸せに、
おめでとうと言える人、
おめでとうと言える場所、
そして、おめでとうと言える社会。

僕たちは進むべき方向へ進んでいる。

ゆっくりとだけどね。

えーじ
posted by ととら at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月22日

よくいうフレーズ in ととら亭

誰にでも『よくいうフレーズ』というのがありますよね?
で、朝から体重計に乗ることが日課のともこさんの場合・・・


「今日からぜったいダイエットする!」

から始まり・・・


「あ〜、食べすぎちゃった! 今夜は軽くしとこ!」

と続き、
夜、営業が終わると・・・

「ビールちょうだい!」

で、幕を閉じます。

そして翌朝また、

「今日からぜったいダイエットする!」

・・・・・・・・・・・
はいはい。

えーじ
posted by ととら at 22:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月19日

選択のコスト

突然ですが、質問です。

もっともコスパの優れた飲食店とは、
どんな店でしょう?

そう、
「この値段でこんな料理が楽しめちゃうなんて!?」
という、ある意味、理想的な店とは?

え? お得なクーポン連発の店?

違います。
そういうところにパフォーマンス(質)は期待できないでしょう?

物価の安い国で高級レストランに行く?

それじゃ旅費が上乗せされちゃいますよ。
条件は『国内で』です。

思い浮かばない?

正解は・・・

完全予約制で『おまかせ』料理の店!

なぜか?

食材のロスがないだけではなく、
労働力の究極的な最適化がはかれるからなのですよ。

この双方、いずれもおカネに換算すると、
バカにならない数字になります。
つまり、仕入れと人件費ですからね。
このロスを織り込まないのであれば、
「そのぶん儲けちゃおう!」でない限り、
価格はだいぶ安くできます。

そこで次の質問です。

ではなぜ、この『理想の飲食店』が見当たらないのか?

これはお分かりになるでしょう?
皆さんマターのことですから。

え? 分からない?
こりゃちょっと意外ですね。

この仕事をしていて今更ながらに気付いたのですけど、
飲食店に求められているのは、味と値段以上に、
「好きな時に、選んだものが食べたい」という、
利便性と選択肢なのではないかしらん?

この前者の要望は食事のタイミングや、
行動の予定などから十分理解できるのですが、
よくよく考えてみると、
選択というのは奇妙な話のような気がしないでもありません。

なぜなら、お腹に入るのは1品であるにもかかわらず、
『食べないその他』が必要なのですからね。

一般的に、お客さまはメニューの数が多ければ多いほど、
「わぁ〜!」っとなります。
反対に、たとえば、ランチでご来店され、2種類しか料理がないと、
(ととら亭のことです)
「なぁ〜んだ・・・これしかない」ってなっちゃう。

だから飲食店は長い時間営業し、
専門店を除けば、多くのメニューを揃えているのですよ。

ところがこれには、目に見えないコストが含まれています。

さっきの例で続けると、
たとえば5種類用意して3種類しか売れなかった場合、
残った2種類はロスとして、よくて賄い、最悪は廃棄されてしまいます。
つまり店にとっては損失ですね。

え? それはその店が被っているんだから関係ない?
いやいや、そうとも限らないのですよ。

もし、その店の経営が続いているのであれば、
それは収支のバランスがとれているということですよね?
(業績の良し悪しは別として)

ではどうやって、その損失を埋めているのか?

ロスの発生は突発的なものではなく、構造的な問題ですから、
常に起こることが前提となります。
そこで、そもそもの価格にロスの補填分が転嫁されているのですよ。

とりわけ素材の共通性が低く、
メニュー数が多ければ多いほどロスの確率が上がります。

冷凍食品を多用すれば、ある程度のリスクはヘッジできますけど、
それとてゼロでない限り、
名目を変えて価格に含まれるのは避けられません。

そう、高価な食材以上に、実は高くついているかもしれないのが、
「好きな時に、選んだものが食べたい」という、
利便性と選択肢のコストなのですね。

同業者にはこの意見に異議を唱える方もあると思いますが、
飲食店の売り上げが基本的にお客さまの財布だけに依存し、
ロスがビジネスの構造上、避けられない現実であることを鑑みると、
意図の有無は別として、
結果的に損失は価格の中で調整されていることになる。

選択とは常に選択されない何かを伴い、
そのコストは按分率に差こそあれ、
直接的、間接的に、すべてのプレーヤーで負担するしかありません。
思った以上に贅沢なことなのですよ。

あ、だから先進国ほど、さまざまな分野で選択肢があるのか。

えーじ
posted by ととら at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月16日

商店街のババ抜き

今日は3連休の最終日。

「すみませんが、細かいの、ございませんでしょうか?」

ということは・・・

負けちゃいましたね、ババ抜き。

毎回、商店街で繰り広げられているこのゲーム、
通常のトランプでやるババ抜きとは、ちと違います。

ジョーカーに相当するのは1万円札。

それぞれのお店が連休、つまり書き入れ時に入る前、
商売の内容に応じた釣銭を用意していますが、
予想以上に1万円札で支払いがあると、
とうぜん最後は底をついてきます。

やば・・・あと1枚出されたらゲームオーバーだ!

普段ならここで銀行へ行けばいいのですが、
連休となるとその手は使えません。

そこで負けないためには、
どこかの店で『両替』するしかない。

「あれ〜? 細かいのなかったんだ。
 ゴメンね〜、大きいのでいい?」

なんて、くさい芝居を打たれても、イヤとは言えないのが商店街。
しかし、これでは1店で1枚しか両替できないので、
買い物を小分けにしてハシゴすることになりますが、
あからさまにやり続けていると、さすがに嫌な顔をされます。

そこで同じ店を避けるものの、
結局、いろんなお店が同じことをしていますから、
一万円札が商店街をグルグル回る、
まさしくババ抜き状態になるのですよ。

え? ととら亭の戦績はどうなんだ?

ふふ、うちは常勝です。

なぜなら、
ランチタイムに1万円札を出されることが少ないだけではなく、
なんと逆に、
『チェンジマネー』してくるお客さままでいるからなのですよ。
ほんと、助かってます。

この3連休もありがとうございました!

えーじ
posted by ととら at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月13日

時計を見ないで

今週は火曜日から僕らも遅ればせながらの夏休み。
ほんの3.5日ですが、のんびりしました。

といっても例によってやっていたのは、
溜まった仕事のリカバリーでしたけどね。

それでも普段のように時間に追われていませんから、
気分的にはだいぶ違います。
別の要件に割り込まれることもないので集中できますしね。

こういう仕事の仕方はお勧めできませんが、
営業のある日だと、
僕はいろいろなタスクを細切れにしてやっているのですよ。、
コンピュータ用語で申しますと、マルチタスク、
いや、ハイパースレッディングかな?

たとえばこのブログ。
椅子に座ってじっくり書いていることはまずありません。
「こういう話をしようか?」
なんてネタはよく掃除をしながら考えています。
そして実際に書くのは、
営業中が多いですね。ヒマな日でお客さまが途切れた時とか。
つまり3分の2は立って書いているというわけです。

まぁ、すべからくそんな調子なもので、
かりにやっているのが退屈なペーパーワークだとしても、
それひとつに集中してやれると、気分も疲れ方もぜんぜん違うのですよ。
ましてやそれが好きな読書だったりすれば、気分はもうバケーション!

思えば僕はオンの日に、何回、時計を見ているんだろう?
それはいつも時間を気にしている、ってことですよね。
いや、正確に言えば、時間に追われてるってことか。

ん〜、なんとしても、こいつから自由を取り戻したいですね。

あれ? もうこんな時間か!
今夜はディナー営業があるんだった。
掃除しなくちゃ!

えーじ
posted by ととら at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月10日

ありがたき屋根の下

一昨日の台風はすごかったですね。
あの日は僕らも早々に店じまいしてアパートに帰ったのですが、
夕食を食べる頃になると、だいぶ風雨が強くなってきました。
そこでちゃぶ台を囲んだ僕たちが顔を見合わせて言ったのが、

「あ〜、僕らは幸せだねぇ!」

え?
いや、この歳になってのろけているわけではありません。
心から喜んでいたのは以下の4点です。

1.嵐の夜に雨風をしのげる部屋にいる。
2.しかもその部屋はエアコンが効いている。
3.僕らはシャワーを浴びてさっぱり。
4.そして美味しい食事(冷たいビール付き!)が目の前にある。

え? それがどうした?
別に当たり前のことじゃないか?

ん〜・・・かもしれませんね。
でも、僕らの物差しでは、そうとも限らないのですよ。

その評価基準といえば、
起業家の中でも志の低さでは定評のあるととら亭、
バックパッカーのビンボー旅行がベースになって・・・

いません。

僕らの生活水準のベースになっているのは、
もしかしたらそれ以下の・・・

キャンプです。

そう、いつぞやお話したと思いますが、
僕もともこも、国内を旅していた時の宿泊はキャンプが基本。
特に僕は登山ライダーだったので、荷物はバイクに積めるだけ。
山に登る時はバックパックに入るだけでしたから、
装備はいつも必要最低限だったのです。

そこでもし、一昨日のような夜をテントで明かすとなると、
そりゃもう、涙なくしては語れない話になるのですよ。

たとえば、あれは稚内の近くにある、
クッチャロ湖のほとりでキャンプしていた時のこと。
夜半に寒冷前線が近付き、強風と共に大粒の雨が降り始めました。

その時、僕が使っていたのはクロスドーム型のテント。
ジュラルミン製のポール2本を交差させて、
概ね横1メートル×縦2メートルの空間を作り出す構造になっています。

これは入り口のある短辺方向からの力には強いのですが、
長辺から受けると、形がひしゃげてしまい、
1メートルの幅があった空間が半分くらいなっちゃうんですよね。
風向きが変わってからというもの、
中にいる僕はポールを折られないよう、
両手で支えていなければならなくなりました。
もう寝るどころではないのですよ。

しかし本当の悲劇はこれからです。

ひとり、風に耐えていた僕は、
ほどなくしてテントの下部を囲うグランドシートの異変に気付きました。
内側に向かって妙な湾曲のしかたをしています。
触ってみると、なんかタプタプしてる。

大変だ! 水没している!

そう、テントの周りにはあらかじめ排水用の溝を掘っておきましたが、
降雨量がそれを上回って、
テントは今や水たまりの中に浮かぶ島のような状態となっていたのです。

脱出しなくちゃ!

僕は狭いテントの中でレインウェアを着込み、
ブーツを履いてから外に出ました。
叩きつけてくる風、全身を打つ大粒の雨。
テントは直径6メートルほどの水たまりの中に浮かんでいます。

まずやらなければならないのは、重い荷物の移動です。
雨が当たらない公衆トイレの中までピストンで荷物を運び、
次はテントを地面に固定しているペグを抜いて、
飛ばされないようにしっかり掴んだまま、
公衆トイレの風下側に移動しました。

ようやく一息ついてトイレに入ってみると、
手洗い場には同じように避難したずぶ濡れのキャンパーが数人。
中には移動中、強風にあおられ、
テントが湖上を去っていった悲劇に見舞われた人も。

結局、嵐がやむまで、まんじりともせず、
僕らはそこで臭い仲となったのでありました。

南でも安心はしていられません。

あれは石垣島の米原キャンプ場でのこと。
サンゴの砂のビーチでキャンプなんてステキ!
と皆さんは思うかもしれませんが、その実情は・・・

この時はともこも一緒だったので、
テントはより大きい3〜4人用のものを持って行きました。
(といっても3人で使うのは厳しい)
ところが訪れたのが6月下旬の南の島となると、
締め切ったテントの中はもうサウナ状態。
とても寝るどころではありません。

かと言って、少しでも風を入れようと入り口を開けたが最後、
ジーンズの上からでも平気で刺してくるマッチョな蚊の集中攻撃を受け、
ふたりとも献身的なブラッドドナーになってしまいます。

そこで僕らはビーチまで出て、砂の上にマットをひいて寝ていたのです。
ここならずっと海風が吹いているので涼しいし、
蚊も近寄れませんでしたから。

しかし、砂浜で風が吹いているということは、
砂が飛んでくるということでもあります。
そう、朝になると髪も体もじゃりじゃり。
さいわい水シャワーが近くにありましたけどね。

とまぁ、これくらいのお話でも、
僕らの生活基準がどんなレベルか、ご理解頂けたかもしれません。

いま、僕らが住んでいるのは月家賃7万5千円の狭い2Kアパート。
それでも雨風がしのげるだけではなくエアコンがあり、
お湯の出るシャワーだってついてる。
そう、刺されると厄介な虫だって入ってこない。

だから、幸せだねぇ!

なのでございます。

えーじ
posted by ととら at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月08日

サラリーマンホテルで嵐の夜に

関東地方は台風15号が接近中。
ここ東京でも空模様がだいぶ怪しくなってきました。
これから明日未明にかけてだんだん荒れて来るそうですね。

こりゃ今夜のディナー営業はアーリークローズかな?

とまぁ、ととら亭の営業ではこういうのもよくあることですが、
不思議なことに、今まで外国を旅していて、
天候理由で予定を変更したことは一度もないのですよ。
成田を飛び立った直後に大雪で空港閉鎖、
なんて、おっと危ねぇ! なケースもありましたけどね。

ところが国内では足止めを食ったことがあります。

あれは10数年前、会社員をやっていた頃のこと。
6月の蒸し暑いとある日、僕はチームメンバーのJ君を連れて、
名古屋に出張していました。
その時、進路を変えた台風の影響で、
思ったよりも早く上りの新幹線が運休になってしまったのですよ。
名古屋駅は足止めされた乗客たちで大混乱。

「J君、東京に帰るのは無理だ。プランBで行こう」

そこで駅近辺のビジネスホテルを梯子するも、
みな既に満室状態。

出遅れたか・・・

と周囲を見回す僕の目に入ったのが、
開発された駅前で沈み込んだように佇む古ぼけたビル。
褪色した電光看板から読み取れる文字は、

『サラリーマンホテル』

なんだありゃ?
やってるのかな? ダメもとで行ってみよう。

入り口を入るとそこは椅子すらない小さな部屋で、
銭湯の番台のようなフロントに、
およそホテルマンらしからぬおじさんがひとり。
僕は自分の入ったところが何なのか、すぐに理解しました。

駅前にこんな簡易宿泊所があるとは・・・

お値段はシングルで1700円也。
にもかかわらず冷房完備と書いてあります。

「今夜はここに泊ろう」

そう言って振り返った僕の目に入ったのは、
引きつった表情で途方に暮れるJ君。

「こ、ここに泊るんですか?」
「そうだよ」
「ここだけはやめましょうよ!」

彼はすがるような調子で哀願してきました。

「でも駅近辺で空いているホテルはもうないと思うよ。
 近隣も同じ状況じゃないかな。
 ここがいやならプランCは連絡通路でのダンボーラーだけど、
 それでもいいかい?」

彼もようやく運命を悟ったようです。

料金を前払いして入った部屋は、ベッドがひとつ、ぽつんとあるだけ。
風呂とトイレはもちろん共用。

「風呂に行こうぜ」

隣の部屋に顔を出してみれば、
J君はさっきにもまして落ち込んだ様子です。

ま、ひとっ風呂浴びてさっぱりすれば元気になるさ。

ところが地下に降りて入ったのは、浴室というより薄暗いボイラー室。
脱いだ服の置き場にも困るような部屋の中央に、
ひとりしか入れない大きさの風呂桶が僕らを待っていました。

あいやぁ〜・・・

安宿に慣れている僕にはよくあることでしたが、
育ちのいい、きれい好きなJ君には大きなショックだったようです。

さらに追い打ちをかけるように、
22時になったらエアコンが止まってしまいました。
どうしたわけだと廊下に出て、
そのフロアに冷気を供給している大型エアコンの前まで行ってみれば、
操作ノブに触れられないようパネルが塞がれているだけではなく、
ご丁寧にも鎖を巻いて南京錠までかけているではないですか。

おいおい、こりゃどうしたこっちゃ?

とフロントに行けども誰もいません。
で、宿直室とかかれた部屋をノックしてみれば、
さっきのおじさんが・・・

「あの、エアコンを動かして欲しいのですけど」
「エアコンは22時で止めるんです」
「だってフロントに冷房完備って書いてあるじゃないですか」
「そう言われても決まってるんです」
「でも22時で止めるなんて書いてありませんよ」
「俺だって決められたことをやってるだけなんだよ!」

逆ギレか、こりゃダメだ。

さいわい僕らの部屋は南に面していなかったので、
窓を開けていても雨は吹き込んで来ません。
外から風の唸り声が聞こえてきます。

扇風機もない部屋のベッドに寝ころんで天井を見上げていると、
東南アジアの安宿を思い出すな。

いつしか僕は眠りに落ちていました。

翌朝、隣の部屋を見てみるとJ君の姿がありません。
携帯電話にかけてみたら近くのファミレスにいるとのこと。

なんと憐れな彼は一睡もできず、未明のうちにチェックアウトして、
ファミレスで時間を潰していたそうです。

そんなJ君がどうしたわけかバックパッカーとなり、
今ではソロで東南アジアの国々を旅しているというのも、
嵐の夜の数奇な運命を感じます。

もしかしたら彼は僕とは逆に、
タイやラオスの安宿で、
あのサラリーマンホテルを思い出しているのかもしれませんね。

えーじ
posted by ととら at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年09月05日

たかが食材、されど食材

八百屋さんでトマトを手に取り、

「ああ、これはアンデス山脈南部の高地で生まれ、
 エルナン・コルテスがメキシコからヨーロッパに持ち帰って、
 世界中に広がったんだなぁ・・・」

なんて思いを馳せる人は殆どいないでしょうが、
ととら亭では料理だけではなく、
素材のひとつである個々の食材もまた取材の対象にしているのですよ。

それというのもこの食材、
あらためて向き合うと想像以上にディープなものでして、
時には遠い昔の話ではなく、
現代の、国際紛争の原因にすらなっていたりします。

その火種と言えば、
僕たち日本人にとってオレンジや牛肉以上にくすぶっているのは、
クジラではないでしょうか?

これ、僕もずいぶん前から気になっていたのですよ。

今年6月末、日本がIWC(国際捕鯨委員会)を脱退したのは、
耳目に新しいところですが、
この件、なにをそんなにもめてるの? 
と今さらながらに調べてみれば、
主食でもない、ひとつの食材(兼素材)から始まった議論が、
もめごとのデパートみたいになっちゃってるじゃないですか。

そこで発端から流れをざっと追ってみますと・・・

クジラの無秩序な捕獲が世界的に問題視されはじめ、
1931年のジュネーブ捕鯨条約、
1937年の国際捕鯨取締協定などが結ばれた後をうけ、
1948年に国際捕鯨委員会が設置されます。
その主たる目的は、
『国際捕鯨取締条約に基づき鯨資源の保存及び捕鯨産業の秩序ある発展を図る』

ふむふむ、それはご尤もな話じゃないですか。

だったのですが、その後は捕獲枠を決める基準が二転三転し、
結局、現時点で科学的に根拠のある基準を策定するのは難しい。
よって、しばらく捕鯨はやめましょう!
という方向に進んじゃった。

くわえて面倒なことに、この議論、計算式上のドライな話ではなく、
1972年にアメリカが国連人間環境会議で
商業捕鯨の10年間一時停止を提案したあたりから、
なんとなく外交カードの臭いがしはじめ、
やがてテーマが『鯨資源の保存及び捕鯨産業の秩序ある発展を図る』から、
『捕鯨をやめるか続けるか』という二元論的議論ならぬ、
論争にシフトしてしまいます。

このころになると舞台に上がる役者も政府・水産関係者だけではなく、
グリーンピースなどの環境NGOや宗教団体まで加わって、
さながらバトルロイヤルの様相を呈して来てしまいました。

僕がこの泥仕合を見ていて溜息をついたのは、
『野蛮』とか『残酷』という、
本来の議論上は関係のない言葉が飛び交いはじめたからです。

そしてその根底で見え隠れしているのが、
『われわれこそが人類のスタンダード!』と信じて疑わない、
オールドファッションな自民族至上主義とあっては、
あんまりお付き合いするのもなんだかなぁ・・・
という気がしていました。

僕は政治家でも文化人類学者でもありませんが、
旅の食堂という仕事で世界をうろついているうちに学んだことがあります。

文化というのは個々の要素で比較こそできても、
その結果は単なる差異であって、
定量化して順位を決められるようなものではない。

つまり文化に『先進』も『野蛮』もない。

これは取り立てて目新しい考え方ではなく、
社会人類学者・民俗学者のクロード・レヴィ・ストロースが、
(僕のアイドルのひとりです)
1962年の著書『野生の思考』の中で文化を構造という言葉で言い換えながら、
上から目線の西洋中心主義をけちょんけちょんにしていました。

そう、個々の人間に、人種に、民族に優劣がないように、
人間の産物である文化にもまた優劣はない。

『残酷』という言葉も、こと相手が人間以外の生物に対して使われると、
僕には場当たり的な人間中心主義の臭いが感じられるのですよ。

だってクジラを殺すのは残酷だけど、
先進国のスーパーマーケットで並んでいる牛、豚、鶏はノープロブレムって、
どんな理屈で正当化できます?
食肉工場の屠殺現場で繰り広げられている光景は、
残酷という表現に値しないのでしょうか?

人間の食とは、基本的に他の生物の命を奪うことによって成り立っており、
その対象は文化によってさまざまです。

たとえば僕の知る限り、日本では犬を食べませんが、
韓国、中国、ベトナム、インドネシアでは食べます。
だからと言って、日本が進歩的な文明国であり、
他の4カ国はかわいい犬を残酷にも食べる野蛮な国だと、
僕は思わない。

そこにあるのは単なる食文化の差異であり、
優劣、善悪、先進と野蛮のような、二元論的対立が入り込む余地はない。

生物資源としてのクジラを論じる時、この文化の本質を離れると、
そこには国家的、または民族的視野狭窄というコワイ落とし穴が待っています。
その意味では、
仮にIWC加盟国による多数決で『民主的』に決めたことであっても、
それが文化優劣論の土台の上にあったのであれば、
その結果も、その決定プロセスを続けることも、
長期的に見て、人類全体の利益にはあまり貢献しないでしょう。

たかが食材、されど食材。

すべての関係国がもう一度おなじテーブルにつき、
外交カードのひとつとしてではなく、
文化の本質を直視した上で継続的資源の使用と保全、
そして配分の議論をすることを、
僕は願ってやみません。

えーじ
posted by ととら at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記