2020年05月26日

脱ファーストフードととら亭

4月11日から続いた長いトンネルの出口が見えて来ました。

僕らとしては、
トンネルを抜けるとそこが雪国ではなかったことが嬉しい限りです。

『自粛』という言葉は耳あたりがいいかもしれませんけど、
多くの飲食店にとって、
それが一種の『営業停止処分』に他ならない現状を鑑みますと、
なんとか最大の難関は通り抜けたな・・・
という安堵の気持ちでいっぱいです。

ランチはともかく、売り上げの軸となるディナーの営業が、
開店から1時間後にオーダーストップ!
そのまた1時間後には閉店しなければならないんじゃ、
(つまり一番稼げる時間に店を閉める)
正直、やるのも微妙だな・・・と思っていました。

特にそれが店のコンセプトともバッティングした、
ととら亭としては尚更です。

日々いそがしい人たちに、
ととら亭に来た時くらい時計から解放されてほしい。

これは僕が会社員時代から思い描いていた、
ひとつの理想でもありました。

だから店内に時計がないでしょ?

ところが!

非常事態宣言下では、
18時の開店と同時にご入店頂いたお客さまですら、

「19時にオーダーストップ、20時には店を閉めますので、
 ご注文は最初に全部まとめてくださいね!」

そして19時半を過ぎると、
『時計から解放されてほしい』なんてコンセプトはどこかにすっ飛んで、

「はいはい食べて! どんどん飲んで!」

な、ファーストフードも顔負けの縦ノリに。

これじゃあねぇ・・・

しかし、とりあえず規制が緩和されたので、
明日からは、21時オーダーストップの22時閉店という、
ほぼ、いつものととら亭に戻れます。

脱ファーストフード。

お客さま以上に、
この日を僕らも待っていました。

えーじ
posted by ととら at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月25日

メンタル筋トレ

健全な体に健全な精神が宿る

しばらく前から、
この言葉が正しくないことに僕は気付いていました。

だって格闘家やスポーツ選手の不祥事は珍しくないし、
かくいう僕だって、スポーツ歴は半世紀近いんですよ。
なにの現実はねぇ・・・

じゃ、勉強ができれば健全な精神が宿るのかというと、
これまただいぶ怪しい。
もしそうなら名門校出身のインテリは、
すべからく聖人君子になってるはずなのに、
絵にかいたようなエリートが、その『優秀さ』ゆえに、
世界規模の大迷惑をしでかすのも珍しくないでしょう?

ここから帰納されるのは、
『健全な精神』とスポーツやお勉強は、あんまり関係ない、
という、教育業界では禁句の事実です。

いや、僕は別に教育システムを批判するつもりも、
個人的に偉人賢人のたぐいになろうという企てもありません。
ただ、もうちっとましな人間になりたいと思って、
長らくこの相関関係を考えていたのですよ。
なにせ20歳代の頃は、
横浜のデスラー総統かラオウみたいな若僧でしたからね。

ふふ、みんな燃やしてやる・・・

幸い、そういう自己チューの破滅的な性格が問題だと悟るのに、
それほど時間はかかりませんでした。
なぜならブッダの教えの通り、
良くも悪くもすべての行為はブーメランのように、
やった本人へと戻って来るからです。

で、戻って来ました。
それもどっさりと。

そうなりゃ、いかに僕のような凡人でも学習するものです、

そこで仏教にとどまらず、
哲学やら心理学、はてや怪しい自己啓発本まで読み漁り、
コテコテに理論武装したものの、
何年やってもぜんぜん芳しい結果が出ないどころか、
なんだか悪化してきたような気がしなくもない。

Why?

思えばこのビッグミステイクに気付くのに、
50年以上かかってしまいました。
(不器用ですから)
そう、強い人間のモデルが完全に間違っていたのですよ。

人間の強さとは、
スタローンやシュワルツェネッガー演ずるところの、
マッチョガイヒーローが象徴するものではありません。

むしろ身近にいる、
物ごとに動じず、思いやりを持ち、
他者に寛容な人こそ、あるべき強き人のモデルだったのです。

OK、それじゃトレーニングメニューを変えてみよう。
名付けて『メンタル筋トレ』!

スポーツのトレーニングは基本的に多かれ少なかれ苦痛が伴います。
さいわい、これに耐えるのは僕の得意とするところ。
(マゾヒストじゃありませんが・・・)
で、メンタル筋トレはこの特性を応用し、
ネガティブな感情、たとえば、怒りやイライラ、悲しみ、苦しみ、
嫌悪感などが沸き起こった時、それをエクササイズとして捉え直すのです。

初級編は、『焦りとイライラ』対策用に『走らない』を始めました。
そう、電車が来た! 信号が変わっちゃう!
エレベーターのドアが閉まっちゃう!
こんな時に走らない。
これは「待つ」という僕の最も苦手とするところを直すのが目的。
ですから走ったら負けですね。

中級編は、意見の不一致に出くわした時。
たとえ「そりゃあり得ないね!」と思っても反論しない。
ここではなぜ相手が自分とまったく違う意見を持っているのか、
興味を持って質問できたら僕の勝ち。
否定的な感情に支配されて、
口論してしまったら結果の如何を問わず負けです。
これはちょっと手強かった。

上級編はさらに難しいですよ。
それは非難や敵意を向けられた時ですから。
最初はすぐ反撃してしまいました。
そう、いきなりゲームオーバーです。
しかし負けを繰り返すうちに、
ぼんやりと勝てるチャンスが見えてきたのですよ。
それは怒りに気付くこと。
「あ、僕はいま怒り始めたな」と気付けば勝機があります。
気付かないとネガティブな感情に飲み込まれておしまい。

こうして僕は最近、ダークサイドの感情がこみ上げる度に、
心の中で「Let's exercise!」とつぶやけるようになりました。
すると不思議なことに、
以前は「ユー、サナバビ〜ッチ!」だった相手が、
トレーニングコーチのように見えてきたじゃありませんか。
こうなるとそうそう負けません。

「ふ、そんなんで僕を怒らせようったって無駄さ。
 さぁ、心の腕立てと腹筋100回いくぜ!」

というわけで、
56歳のおじさんが目指すのはマッスルマッチョではなく、
メンタルマッチョなのでございます。

えーじ
posted by ととら at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月22日

Don't ask me!

今回は、いきなり究極の真理から行きます。

自分が誰であるかを証明する時、
最も『役に立たない』ものとは何か?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それは自分自身。

え? そんなのおかしい?

では、たとえばお巡りさんに職務質問を受けたとしましょう。
まず言われるのは、

「身分証明書を出してください」

ですよね?

僕ら旅人もなにかといえば、

「Passport,please」

でしょ?

よくよく考えてみると、これは変だと思いません?

本人が目の前にいるのに、
本人が誰であるか証明するのは、
本人の体の外にある、免許証やパスポートだなんて。

さて、
この哲学的な問題を掘り下げるのは字数の関係で今後に譲るとして、
今回も話題はマイナンバーです。

前回お話しましたように、
僕は区が窓口の特別定額給付金のほか、
都の感染拡大防止協力金や、
国の持続化給付金をすべからくウェブ経由で申請しましたが、
(生き残りに必死なのですよ)
訊かれる内容は税務関係のことばかり。

だったらね、国税庁に訊く方が、
お互いの手間も時間もかからないんじゃないかしらん?

そう思いません?

であれば、僕が申請するのは、
マイナンバーと直近の帳簿のコピーだけでOK!
だって確定申告する時にマイナンバーも書いているのですから。

ところが現実は、皆さんもご存知のとおり。

先の究極の真理に照らせば、
国も都も区も僕が自分自身のことを言ったって信用しません。
だから第3者である国税庁の保証が求められる。

こんな時こそ、各省庁のデータベースを連結する、
スーパープライマリキーのマイナンバーの出番だ!

・・・?

じゃないの?

ん〜・・・結果からすると、マイナンバーシステムは、
莫大な予算と時間をかけ、導入から2年以上を経てもなお、
当初の最も重要な目的すら達成していない。

のね。

つまり使われていない、いや、使えない!
と言った方がいいのかしらん?

僕は申請作業中、ため息をつきながら、
IT稼業時代を思い出しました。

どんなに優れたシステムでも、
人間が使いこなせなければ、高価なジャンクでしかない。

だから僕は、
マイナンバーを記入して提出した情報について、
お役所から質問を受ける度に、こう言い続けようと思ったのですよ。

Don't ask me!

えーじ
posted by ととら at 01:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月19日

助けを待つ人たちのために

今どきパソコンは使えてあたり前。

そんな風に思っている方がIT業界に限らず、
今でもだいぶいるようですが、
ITリテラシーは業界によって大きな差があります。

たとえば飲食業界の場合。
日常おこなう酒や食材の発注ですら、
今でも電話かファックスがほとんどなんですよ。

スマホですら、仕事というより、
電話とカメラ、MP3プレーヤーの他は、
SNSで使っているくらいですからね。

たぶん、この傾向はかなり多くの業界でも、
同じようなものではないかと僕は思っています。
たとえひとり1台の端末が配られている会社でも、
分かるのは使い慣れた業務アプリだけ、
予測しない動きをした時はもうお手上げ!
なんてのは、よくある話でしょう?

そこで特別定額給付金です。

出すも受けるも大混乱ですよね?

僕は中野区で電子申請ができるようになってすぐ、
パソコンからやりましたが、
率直な感想を申し上げますと、

「あちゃ〜・・・やっちゃったね」

でした。

何がと言えば電子署名です。

マイナンバーが必要だというから、
僕はてっきりクレジットカードよろしく、
マイナンバーを打ち込むだけかと思っていたのですが、
電子署名となると・・・ねぇ・・・

一般的にはハードル高いと思いますよ。
しかも事前に専用アプリのインストールまであるし。

あれが今回の配布対象になった、
全国民(世帯主)レベルのITリテラシーで可能なら、
(その半分でも!)
それこそ3月中旬の税務署名物のe-TAX騒動だってなくなるでしょう。

ちなみに、僕が申請していた時は、
アクセスが集中していたのか、
最後の署名データ送信でサーバーへの書き込みエラーが頻発しました。
あれを署名エラーと勘違いしてパスワードをいろいろ試し、
ロックされた不幸な人もいたんじゃないのかな?
(解除するのに区役所の仕事がまた増えちゃう!)

更にいうとですね、
国の特別定額給付金や都の東京都感染拡大防止協力金も、
申請方法はバラバラ。
(こっちはマイナンバー不要なんですよ)
そんなわけで身近で訊いた同業者はみな、
「税理士さんにお願いしちゃった!」でした。

さもありなん。

行政関係の皆さま。
いろいろ大変な時期だとは思いますが、
お互いの状況をさらに大変にしないためにも、
救済プロセスは『必要最低限』かつ『迅速に』、
『現実的な方法』で、お願いできませんでしょうか?

ぷり〜ず。

えーじ
posted by ととら at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月16日

災い転じて名作を生む

休業期間中は料理の試作がさくさく進み、
めずらしく、ともこも続けてブログを書いていましたね。
ところがいざ営業が始まってしまうと、

「えーじ、書いといて!」

てなわけで、再び僕が料理ネタも担当することになりました。
今回はロシアやチェコなどスラブ圏で有名な、
はちみつケーキのメドヴニーク(Medvnik)です。

cz_medvnik.jpg
試作(スクェアのワンホール。これをカットしてサーブします)

cz_medvnik02.jpg
僕たちがプラハで食べたオリジナル

lt_medvnik.jpg
これはラトヴィアのリガで食べたもの

美味しそうでしょ?

このほっぺが落ちるレイヤードケーキ、
いまでこそヨーロッパではポピュラーな存在ですが、
生れはなんと、
19世紀初頭の第10代ロマノフ王朝アレクサンドル1世の宮廷だとか。

しかも、その誕生秘話がおもしろい。

ある日、新人の菓子職人が宮廷の厨房に雇われました。
彼にとってはハレの舞台です。

「よし、腕によりをかけて傑作を作るぞ!」

そう意気込んだ彼が、
皇后エリザヴェータ・アレクセーエヴナに献上したのは、
はちみつ入りの薄いスポンジにスメタナ(生クリーム)を塗り、
それを何層も重ねた豪華なケーキ。

その手の込みようにいたく感心した厨司長は、
これなら気難しい皇后も気に入るだろうと太鼓判を押しました。
そして運ばれて行くケーキを見送った後、

「君、あのように複雑なケーキは初めて見たぞ。
 いったいどんなレシピで作ったんだ?」
 
菓子職人は意気揚々と、
 
「はい、まずはちみつを入れた生地で薄いスポンジを焼き・・・」

そう説明を始めるやいなや、

「なんだと〜っ!」

料理長の顔色がみるみる真っ青に変わりました。

「いま、なんと言った?」
「は、はい・・・
 まず、はちみつを入れた生地で・・・」
「大変だ! ケーキのワゴンを追いかけろ!」

厨司長は菓子職人の説明を遮り、
キッチンから飛び出して行きました。
そのあとに菓子職人が続き、

「ど、どうしたんです?」
「ばか者! エリザヴェータ様は、はちみつが大嫌いなんだ!
 だから厨房では、
 どんな料理でもはちみつを使わないよう徹底していたんだぞ!」
「そんな・・知りませんでした」
「言い訳はどうでもいい、とにかくあのケーキを止めるんだ!
 さもないと・・・」

広い宮廷内を疾走して息も絶え絶えになった二人が皇后の居室に飛び込んだ時、
彼らの目に入ったのは、
まさしくエリザヴェータがケーキを口に運んだ瞬間でした。

(BGM: バッハ フーガ ト短調)
(照明:暗転 → スポット:厨司長)

お、終わった・・・
これでわれわれはハローワーク行きか、
最悪はシベリア送りだ。

エリザヴェータは突然の闖入者に一瞬驚きましたが、
すぐ威厳を取り戻し、

「厨司長、その若者が新しい菓子職人ですか?」

彼女の冷たい声が広い居室に響きました。

「は・・・はい。この度は、とんだご無礼を・・・」

言葉に詰まった厨司長を横目に、
彼女はもうひときれケーキを口に運び、
満足そうに飲み下してから、

「いい腕をしていますね。
 こんなに美味しいケーキは初めて食べました。
 明日もまた同じものを持ってくるように」

こうして厨房のうっかりから生まれたケーキは、
その材料を隠す必要もなくなり、
ロシア語のはちみつを意味するмед(メド)を冠し、
Медовик(メドヴィク)と呼ばれるようになったそうな。

めでたし、めでたし・・・

P.S.
ちなみに今回再現したのはプラハで食べたタイプ。
名前に”n”が入ってメドヴニーク(Medvnik)となり、
クリームもキャラメルクリームなので、
味わいは、はちみつというよりキャラメルケーキですね。

えーじ
posted by ととら at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月13日

気分を変えて、また一歩

5月7日から再開したランチ営業に続き、
今日からディナー営業を始めます。

内容は4月に始まったばかりのギリシャ料理特集パート2と、
アンコールは変わってハンガリー料理のセルテシュペルケルト!
バルカン半島南北の名物をお楽しみ下さい。

と行きたいところですが!

東京都からの自粛要請もまだ継続しており、
19時で酒類の提供を止め、20時に閉店しなければなりません。
(オーダーストップではなく!)

そこで時短期間中のディナータイムは18時のご来店をお勧めします。
2時間あれば、ある程度ゆっくりしていただけますからね。

新緑がまぶしい、さわやかな季節になりました。
解放したドアから入る風に吹かれながら、
小さな旅に出かけてみませんか?

気分を変えましょう!

えーじ
posted by ととら at 00:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月10日

さぁ、やろうか!

この週末はたくさんのお客さまに来ていただけました。
(密にならない程度にね)

取材旅行から帰った時とは違い、

「元気?」
「久しぶり〜!」
「よぉ〜、ひげが伸びてシブいじゃん!」

なんて言葉が行き交い、気持ちのいい五月晴れの風も相俟って、
皆さん、自粛ムードを忘れる明るい雰囲気に。

そんな中で聞こえてきたのが、

「やっぱりととら亭だね」

という声。

待っていてくれた人がいるというのは、
本当にうれしいものです。

まだまだこの長いトンネルを抜けるには道半場だと思いますが、
さぁ、やろうか!
という気持ちになりましたよ。

確かに薬やおカネも必要ですけど、
元気や勇気のもとになるのは、
人間同士のあたたかい気持ちと言葉なんですよね。

えーじ
posted by ととら at 15:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月08日

セコさの秘密

あ・・・

最初のタイトルは『強さの秘密』だったのですが、
書いているうちになんだか後ろめたくなってきたので、
改題しました。

ではやり直して、本音で行きましょう。
僕らが今のような逆境に強いそのわけは?

セコイからです。

ああ、すっきりした。
やっぱりウソや誇張はいけません。

で、本題のセコさの秘密です。
ととら亭がつぶれそうでつぶれない、
ミラクルの種明かしをしますと、
それは・・・

価値基準が並はずれて低いから、なんですよ。

そうすると、
生活コスト、つまり固定費を極限的なまでに小さくできますからね。

たとえば食費にしても、
かつてビンボー大爆発だったころ、
僕らは納豆と豆腐と目刺しをおかずに何日もしのいでいました。

気晴らしにしても、
図書館で読書してるかジョギングですから、
これまたオカネがかからない。

実はこのわが家における『非常事態宣言』、
ふたりで暮らし始めて23年余の間に2回(も!)あったのです。

それをくぐり抜けた経験があるから、
今回もそれほど悲観してないんでしょうね。

そしてたぶん、このカラ元気とも映る自信は、
かつて個人的デフォルト状態に陥る寸前の時でさえ、
その生活を楽しんでいられたことに裏付けられているのかもしれません。

そう、緊張感もあったけど、楽しかったんですよ。
ほんとに。

僕らが6畳一間とキッチンだけの一人用アパートで、
(大家さんにナイショで)
キャンプ生活を送っていた時でも、
(家財道具がキャンプ道具しかなかったのです)
そこがバンガローだと思えば、
風呂つきエアコンつきのハイパーリッチルームじゃないですか!

納豆と豆腐と目刺しの食事だって、
好物で今でも普通に食べているくらいですから、
何の苦痛もありません。

誕生日のケーキが、
コージーコーナーのジャンボシュー(当時1個105円)なっちゃっても、
おいしいんだからいいじゃないですか!

ここまで価値基準が低い、つまり志がショボイと、
普通の神経の持ち主だったら、
壁に向かって爪を噛んでしまうような状況でも、
それほどブルーになったりしません。

どこまで切り詰められるかを競う、
いや、楽しむビンボーゲーム。

僕らはかなり手強いプレーヤーなのですよ。

えーじ
posted by ととら at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月06日

出口に向かって

さて、明日から段階的に営業再開です。
僕たちもお店の再起動プロセスに入りました。

東日本大震災、ともこと僕、それぞれの入院や手術など、
この10年余の間にいろいろな試練がありましたけど、
25日間に及ぶ強制無給状態は初めてです。

いやはやほんと、先が見えませんよね?

しかしながら仕事だけではなく、
僕らの旅にトラブルはつきもの。
そして「なんでやねん?」続きの旅だって、
悪いことで埋め尽くされているわけではありません。

現にこの25日間にしても、
新型コロナウイルスは蔓延するは、
収入は止まるは、まともに歩けないはで、
気分は南米かサハラ以南のアフリカの旅か?
ってな状態でありつつも、
毎日7時間以上寝て、
風呂に入った後、時計を見ることなく食事をして、
ゆったり本を読んでいた上に、
10年間で溜まった仕事がだいぶ片付いたじゃないですか!

思えばこれ、
ある意味で、ずっと待ち望んでいたことでもあるんですよ。

そのせいか、ふたりともこの『努力しない努力』の軟禁生活を、
楽しんでいたきらいがあります。

そう、じたばたしたってはじまらない。
どうせやるなら楽しい方がいいに決まってる。

でしょ?

さいわい僕のリハビリも順調です。
一昨日からトレッキングポールなしで歩き始めました。
もちろん、すいこら走れるようになったわけではありません。
まずはバランスとフォームに注意しながら短距離をゆっくり歩き、
次が階段の昇降。
そう、病院で松葉杖と格闘していた時と同じです。

出口が見えなくても、その方向が分かれば歩き出せる。

そしてその一歩を踏み出せば、
確実に、一歩ぶん、出口が近付いてくる。

こういう時はね、焦らずに、地味に地道に行きましょう。

えーじ
posted by ととら at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月04日

旅の料理のはじまり

ともこです。

5年前の研修旅行で訪れたのはタイとミャンマー。
タイのバンコクは以前行ったことがありましたけど、
チェンマイとチェンライは初めてでした。

なかでもチェンマイは名物料理が楽しみでした。
ハーブたっぷりのスパイシーソーセージ、サイウア、
ココナッツカレー風味の麺料理、カオソイ、
そしてラオスから伝わったといわれる、
ひき肉とハーブのサラダ、ラープ。

どれもタイのビールとぴったり。
暑くても汗びっしょりになりながら、
これらの料理を食べてたら元気が出てきたのを思い出します。

今回はその中からラープを作ってみました。

ttr_larb.jpg
試作

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現地で食べたもの

お肉を使っていますけど、さっぱりしているので、
試作した分はふたりであっという間に食べてしまいました。
あんまり美味しかったから次の日もまた作ったんですよ。
これはこの夏の黒板メニューで出してみようかな。

ととら亭を始めてこの10年間は、
営業の合間の限られた時間の中で試作をしていましたから、
思うように進まなくていらいらしたり、ハラハラし通しでした。
今回、不本意ながらも、
まとまった時間をもらえて思い出したことがあります。

海外旅行に行き始めた頃は、
美味しかったあの料理をもう一度食べたいなーっていう、
純粋な気持ちだけで料理を作っていたんですよね。

本を調べてレシピを見つけて、
アパートの狭いキッチンで作って、
それからそれをえーじに食べてもらって。

あの頃の気持ちを忘れないで、また頑張ろうと思ったことが、
私のこの休業期間の、一番大きい収穫だったかもしれません。

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チェンマイの食堂で
posted by ととら at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年05月02日

戦略的共存の道へ

皆さんもご存知のとおり、
国レベルでの非常事態宣言は延長の方向で調整に入りました。
さらに自治体の中でも僕らの住む東京都は、
感染者数において最もクリティカルな存在です。

となると、僕らも生き残りをかけて、
次のフェーズに入らなくてはならなくなりました。

そこで僕らが考えた戦略は・・・

ウイルスとの共存です。

こういうシビアな時は、
事実と推測、希望的観測、理想をしっかり区別し、
純粋にファクト主義で行きましょう。

そのためにはまず、ハリウッド映画にあるような、
悪(ウイルス)が滅び、
善(人類)が完全勝利するようなシナリオは捨てることです。

アビガンやレムデシビルの有効性には希望が持てますが、
それらは専用の予防ワクチンや治療薬ではありませんし、
特効薬を作って量産するには、
少なくとも半年から、
1年以上の時間はかかると想定した方が現実的でしょう。

これは言い換えると、それまでの間、
「何かあったらどうする?」という不安の延長にある、
完璧な安全と安心を求める夢を捨てることを意味します。

それは今のところ、地球上のどこにもないんですよ。

これ、ファクトでしょ?

そこで次に個人的な罹患リスクを評価してみました。

2020年1月1日における東京都の人口は13,951,636人。
これを母数にして5月1日のCOVID-19関連の数字で計算すると、

東京都の感染者数 4317人
重症者       97人
死亡        126人

ですから、

東京都の感染率     約 0.031 パーセント
罹患した場合の重症化率 約 5.2  パーセント
死亡率         約 3.0  パーセント

さらに2020年4月における中野区の人口は336,424人なので、
同じように計算すると、

感染者数        151人
中野区の感染率     約 0.045パーセント

なるほど。

このリスクと、
行政による協力金等の援助で経済的な『延命率』を評価した結果、
僕らは5月7日(木)から、まずランチ営業を再開することにしました。

ディナーについては先の罹患リスクの推移と、
東京都による営業時間の規制、そして実際の集客状況を勘案し、
5月13日(水)から再開する方向で調整に入っています。
(詳しくはウェブサイトの営業スケジュールを更新しますね)

このきわどいオペレーションは、
例えるならディーゼル機関の潜水艦で、
多数の駆逐艦や雷撃機と長期間にわたって交戦する状況に似ています。

艦(ととら亭)内の酸素(資金)には限りがあるため、
窒息(破産)する前に浮上(営業)しなければなりませんが、
それは爆雷による被弾(感染)するリスクを伴いますし、
また酸素(資金)を十分に補給するための浮上(営業)時間も、
別の雷撃による被弾リスク(営業時間規制)で十分には取れないのです。

要はトレードオフの関係にある二つのリスクヘッジを、
刻々と変化するリスク評価の結果と照らし合わせつつ、
ヒット・アンド・アウェイで切り抜ける。

これをやろうってわけです。

スリルありますよ。ほんと。

えーじ
posted by ととら at 11:35| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月30日

ピンク色の思い出

ともこです。

商店街の中にあっても、
シャッターを閉めたととら亭の中はとても静かです。
旅の料理の試作はある程度のまとまった時間と集中力が必要なので、
この機会にどんどんやってみようと思っていました。
そこへちょうど、カフェリーゾのみなみちゃんのお母さんから、
北海道産のすごくいいビーツをいただいたんですよ。

それを下茹でしてからピューレにするとこんな風になります。

beetpule.jpg

すごい色ですけど自然のままなんですよ。
ここから私が作ろうと思ったのは、
ロシアとバルト三国を旅した時の思い出の料理です。
3年前にロシア料理特集をやりましたけど、
そこでご紹介したもの以外にも美味しい料理がたくさんあって、
いつかやってみたいとずっと思ってました。

最初は夏の冷たいスープ。
リトアニアの『シャルティバルシュアイ』です。

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試作

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現地で食べたもの

さっきのピューレをヨーグルトと牛乳で伸ばし、
刻んだキュウリとビーツを入れて最後にディルを散らします。
いちごのミルクシェークみたいですけど甘くありません。
コクがあるけどさっぱりしていてとても美味しいんですよ。

次はロシアの『セルド ポド シュボイ』といって、
ビーツとニシンのマリネ、ポテト、茹で卵を使ったサラダです。

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試作

beetsalad02.jpg
現地で食べたもの

これはセルクルという円筒形の型の中にポテト、ニシンのマリネ、
マリネしたビーツ、おろした茹で卵をケーキみたいに重ねたもの。
日本では生食用のニシンが手に入り難いので、今回はイワシを使いました。
白ワインがぴったりの前菜です。

ロシアやバルト三国ではどこも黒パンがおいしくて、
それと『シャルティバルシュアイ』と『セルド ポド シュボイ』があれば、
主菜がなくてもふたりとも大満足でした。

こうして作った試作の料理を賄いで食べてから、
ふたりで3年前の取材旅行の写真を見ました。
その時の景色だけではなく、
風の香りや太陽の光まで一緒に思い出せて、
また楽しい気分になれました。

次は何を作ろうかな?

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2020年04月28日

自分の旅のために その10

半月板の手術から34日が経ちました。
毎日、地道に自主リハ+筋トレを続けています。

まだ左ひざは皮膚の表面に違和感が残り、
曲げ方によってはギシギシしますけど
経過はたぶん順調なんじゃないかな?

今日から加重も2/3までかけられるんですよ。
ということは、まっすぐ立つのであれば、
松葉杖は必要なくなります。

これは大きい進歩だ。うん。

歩行も松葉杖は補助程度になりますので、
様子を見てトレッキングポールに変えるかもしれません。

え? 腰はどうなんだ?

ああ、あれは退院して間もなく安全装置がかかりました。
というか、手術が終わって10日もしたら、
左ひざと松葉杖を力まかせに使った両腕の故障の再発を除けば、
僕はここ10年間でもっとも調子が良くなっています。

実はこれ、予想通りの結果なのですよ。

この事実に初めて気付いたのは、
最初の腰部椎間板ヘルニアで病院送りになった2012年の1月。
入院して2日目にブロック注射で痛みから解放されるやいなや、
3日目にはもう元気いっぱい!

なぜか?

治療のお蔭だけではありません。

毎日7時間以上寝て、
あとはゴロゴロ寝転がりながら本を読んでいたからです。

休んだら元気になった・・・
つまり重度の慢性疲労だったのですよ。

疲労は常態化すると、
それを普通のように感じはじめてしまうんですね。
そしてそのクレイジーな状態は、
皮肉なことに、ドツボの穴からはい出さないと分からない。

ですから今回の長期休業で、
またあの時みたいに元気になるな、と確信していたのです。

ちなみにこれは僕だけではなく、
ともこにも完全に当てはまることですから、
(ん〜、もしかしたら僕以上に!)
2013年以降、『人間らしい生活をしよう』というのは、
ととら亭の業務課題の筆頭に挙がるようになりました。

ところがこれ、ある意味、構造的な問題なので、
「それじゃ明日から労働時間は1日8時間にして、
 水曜日はノー残業デーだ!」
とはいきません。

長期計画として取り組んでいるこの課題、
いずれはその結果をご報告できる日が来ると思いますが、
まだまだ先は長そうですね。

ともあれ、今はふたりとも、すこぶる元気です。

毎日7時間寝て、風呂に入ってからゆっくり食事を楽しみ、
1日3時間前後の余暇を持つ。

ああ、普通の生活というのは本当に素晴らしいですね!

そうか、こういう有り難さというのも、
マッドな人生から戻ってはじめて分かるのかもしれないな。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月26日

思い出と料理

ともこです。

今日はピカピカの青空で気持ちいいですね。
こんな空を見上げていると、
11年前に南米を旅した時を思い出します。

あれは私にとって言葉に出来ないくらい印象深い旅だったので、
今でも急に当時の何気ない光景が思い浮かんできたりします。
そうすると平凡な毎日でも、ただそれだけで楽しい気分になるんですよ

旅の思い出というのは私にとって、やる気の素なのかもしれません。

そんな気分に背中を押されて、
今日は4年前に訪れたウズベキスタンのサマルカンドで食べた、
思い出のナンを作ってみました。

samarkandnun.jpg

私は昔からパンが大好きで、
日本を旅していた頃も訪れた街でパン屋さんを見かけては、
食べ比べて楽しんでいました。

こうして外国に行くようになってからは、
世界のパンの種類の多さにびっくりすることがよくあります。
サマルカンドで食べたナンは、今まで食べたどのパンとも違う食感があり、
いつか作ってみたいなーって思っていたんですよ。
左側に写ってる独特な模様をつける押し型も、
サマルカンドの市場で買ったものです。

今回はたっぷり時間をもらえたので、
この機会を活かして、こうしたパンやデザートの試作に挑戦しています。

まだ1回目なので完成するにはもうちょっと時間がかかりそうですけど、
あの旅で出会った人々や景色を思い出しながら、
のんびりやろうと思ってます。

uzbeknun.jpg
posted by ととら at 16:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月24日

旅の前後も旅ありき

「しばらく旅に出れなくて残念ですね」

3月中からこんなお言葉をしばしば頂戴しました。
ん〜・・・確かに、
少なくともこのさき半年は難しいかもしれません。

でもね、
旅は飛行機に乗ったところから始まるとは限らないのですよ。

僕らの旅は、
「この次どこへ行こうか?」と地図や本を広げた時から、
すでに始まっています。

現に今も休業中で読書三昧の日々を送っていますが、
読み物の半分は取材候補地の下調べに関するものですからね。

以前、ギョーザ本の読者の方から、
「実際に旅行はしませんけど、
 えーじさんの本を読みながら地図でルートを辿っています」
とのコメントを頂いたことがありましたが、
(おかげで本文中の間違いが分かりました。さんきゅ!)
これはまさしく紙上の旅の楽しさを表す好例です。

そして旅とは実に経済的なエンターテイメントでして、
出発前から旅の最中だけではなく、
帰ってからも長らく楽しむことができます。
場合によっては、
終わってから新しい発見があることだって珍しくありません。

僕にとって、この休業期間にできた時間は、
旅から旅へ慌ただしく走り回っていた日常では不可能だった、
振り返りの機会を与えてくれました。

と、前置きが長くなりましたが、
そうして久し振りに更新しました、ウェブサイトの旅の記録ページ!
今回は2014年の1月に行った(うひゃ〜、6年も遅れてる!)、

第7回取材旅行キューバ・ジャマイカ編です。

ほんと、今更ながらに取材ノートや資料を読み返していると、
新しい発見がぞくぞくと出てきますね。
ん〜・・・なんであの時これらに気付かなかったんだろう?
取材中に分かってたら、もっと掘り下げることができたのに。

おっと、お分かりになりました?
こういう心残りも旅の魅力、いや魔力のひとつなんですよ。
これにまんまと魅せられた僕らですから、
また、のこのこ旅のやり残しを片付けに出かけて行くのです。

その結果、またお釣りをもらっちゃうんですけどね。

えーじ
posted by ととら at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月22日

料理以外も手作りで

ともこです。

緊急事態宣言が出て2週間以上になりました。
通勤が必要な方もいらっしゃるでしょうけど、
多くの方が自宅での生活が続いていると思います。

私たちもお店を休業して11日目になりました。
このままこの先だいじょうぶなのか?
テイクアウトくらい始めた方がいいのか?
いつから再開できるのか?
どちらかが感染してしまったら?
こんな風に心配ごとは今でもいっぱいあります。

でもふたりでいつもいろんなことを話し合い、
気持ちを落ち着かせて、前向きに進んでゆこうとしています。

この前、休業期間中の過ごし方をお話しましたけど、
今日はその中のひとつをお見せしますね。

私の場合、普段は仕込みに追われていて、
やりたくてもできなかったことが沢山あります。
その中の一つが、食器を乗せるコースター作りです。

coaster.jpg

ととら亭でデザートをお召し上がり頂いたお客さまなら、
見覚えがあるかもしれませんが、
このちょっと不細工な布製コースターも私の手作りなのです。
うちにはミシンがありませんから、ぜんぶ手縫い。

今回は10年以上前に、
京都で買っておいた端切れを使って作ってみました。
こういうのも既製品を買うとけっこう高いんですよ。

料理だけではなくて、備品だって作れるものなら自分で作る。
これがととら的な発想のひとつなんです。
お店を再開できたら、さっそく使ってみようっと!
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2020年04月20日

入院日記 パート3 その10 最終回

今日の東京地方は雨。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
在宅勤務の方は、
この微妙な軟禁状態に辟易し始めた頃じゃないかな?

僕らの休業も9日目に入りました。
と申しましても、アパートにじっとこもっているわけではなく、
日中は店に出て、それぞれ営業以外の仕事をしていますから、
生活のメリハリはあまり変わりません。

しかしながら僕は入院以来、
生活パターンとその内容が一変し、
さながら別の国を旅しているような感じになっています。

そう、いろいろありましたけど、
病院での不自由な日々も終わりが近付くにつれ、
いつもの旅と同じように、
何となく名残惜しい気分になってきたのですよ。

_____________________________

今日は3月29日。

お約束どおりのトラブルに見舞われましたが、
どうにか退院可能な状態までリカバーできたようです。
僕はデイルームの窓から新宿の高層ビル群を眺めつつ、
帰宅後の生活を考え始めていました。

ここまでほんの6日間しか経ってないのに、
あれこれあったせいか、もっと長くいたような気がする。
それに何かとやるも少なくなかったから、
入院中に予定していたことを全部はできなかった。
でも、まぁ、いいか。
いちばん大切なことは終わったんだ。

今日は明日の退院に向けて、
松葉杖の使い方のおさらいをしよう。
リハビリの先生は、
ひとりで階段の昇降練習はやらないようにと釘を刺していたけど、
大丈夫、うまくできるさ。

僕は退院後にすぐ必要となる動作を中心に、
午前と午後、それぞれ自主リハビリのための時間を決めました。

ん〜・・・手術した左ひざはともかく、
このリハビリで両腕の故障が再発したな。

両掌の体重がかかる部分にまめができて痛み、
右ひじもギシギシきしみ始めています。
腰の危険レベルが下がったことが唯一の朗報でしょうか。

そして翌日。

「やぁ、久保さん、どうですか?」

朝食が終わって間もなく主治医の先生が現れました。

「お蔭さまで。もう痛み止めも飲んでいません。
 それから松葉杖で階段の昇降もできるようになりましたよ」
「それは良かった。じゃ、ちょっと傷を見せてもらえます?」

僕は自分で装具を外すと、

「ふぅ〜ん、いいですね。
 今日、退院ですからカーゼを取り換えておきましょう」

そういえば傷口を見るのは初めてです。
広い面積の特殊なフィルムを剥がすと、
内視鏡を入れた二つの小さな傷と、
5センチほどの長さの縫合後の残る傷が現れました。

「うん、きれいになってるな。抜糸はありません。
 シャワーを浴びてもいいですけど、
 この傷の部分は濡らさないで下さい。
 化膿するかもしれませんからね」

僕は医療関係者と話をする時、
相手の言葉だけではなく、話し方や表情にも注意を払います。
こちらが一番知りたいことは、
実のところその辺から読み取れることが多いのですよ。

ノンバーバルもOK、どうやらうまく行ったみたいだな。

時計は9時45分。
僕は服を着替え、撤収の準備を始めました。
まもなくともこからメールが入り、

「病院に着いたよ。デイルームで待ってるからね」

新型コロナウイルス対策から、
この病院でも原則的に面会は禁止され、
特例的に認められている入退院の付き添いも、
病室に入るのは制限されています。

「やぁ、ありがとう」
「どう、具合は?」
「とてもいいよ。松葉杖の使い方も結構うまくなったんだぜ」
「じゃ、病室からバックパックを取って来るね」

こうして会計を済ませた僕らは、
ナースセンターで顔なじみになった看護士さんたちに別れを告げ、
タクシーでアパートに戻ったのです。

「大丈夫、気をつけてね」

帰ってすぐ自主リハの成果が試される時となりました。
アパートの階段は病院のそれと違い、
段の奥行きが浅く、
登る角度も急になっている上に段数が倍はあります。

さぁて、本番だ。

僕は練習の時と同じように目を閉じて深呼吸し、
感覚を集中させてから最初の一段に取り掛かりました。

杖に重心、右足を上げる、右足に加重、体を引き上げる、
杖に重心、右足を上げる、右足に加重、体を引き上げる、

これをゆっくり無心に繰り返し、やがて2階の通路に到着。

よし、次でいよいよ終点だ。部屋に入るぞ。

かって知った場所でも松葉杖では初めてですから緊張します。
ともこが先に回ってドアを開けてくれました。

たたきを上がって・・・靴を脱ぎ・・・そしてもう一段上がる・・・

僕は部屋の中をゆっくり進み、仕事部屋にある椅子に腰かけて、

「ふぅ〜・・・帰ってきたぜ」
「おつかれさま!」

ひとつの旅の終わり。
それはまた同時に、次の旅の始まり。

ま、それはいつものことなんだけどさ、
今日のところは、ちょっと一息つかせてもらおうかな?

僕はともこが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、
まるで初めてチェックインしたホテルの部屋であるかのように、
自分の部屋を見つめていました。

End

えーじ
posted by ととら at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月18日

入院日記 パート3 その9

早いですね。

手術から今日で24日、退院してからは19日が経ちました。

自主リハビリは順調で、
まだ左足に荷重はかけられませんけど、
普通に曲げるだけなら130度はいけるようになったんですよ。

松葉杖の使い方もかなり上達しました。
今は通勤の登り坂を含む430メートルの道のりを平均8分15秒で歩けます。
帰りは7分30秒! 両方とも途中休憩なし。
ほんと、何ごとも地道な努力から・・・ですね。

で、ここへ至る病院における最後のハードルは、
こんなのが待っていたのです。

____________________________

いてててて・・・

時計は6時。
病院の朝は早いですね。
起床時の僕のタスクは全身の動作チェックの後、
寝転がったままの軽いストレッチ。
大きな装具で固定されている左脚は、
足首を回すところから膝に力を入れて押し下げる動作、
そして開脚と閉脚をゆっくりやります。

ふぅ〜・・・
痛みはあるものの全体的に異常なし。
左脚は微妙に良くなって・・・いる気がする・・・
というか、そう思いたい。

トイレと洗顔を済ませたら、
8時の朝食までメディテーション。
ここでの仕上げは今日のミッションのイメージトレーニングです。

松葉杖での平行移動はおおむね飲み込めた。
今日は退院に向けた最後のハードル、
布団で寝ることを想定した床からの寝起きと階段の昇降だ。

本番は10時半。
リハビリの先生が来て特訓の再開です。

「おはようございます。踵と腰の調子はどうですか?」
「踵はバンドエイドでカバーしましたし、
 腰もコルセットを付けていますから大丈夫」
「それじゃ、今日は難易度を上げましょう。
 ご自宅では布団で寝ていらっしゃるのですよね?」
「はい」

BGM: Eye of the tiger by Survivor

彼は病室の床に薄いマットを敷きました。

「ちょっと狭いんですけど、ここで床からの寝起きをやってみましょう
 まず見本を見せますね」

彼は僕と同じように左脚を伸ばしたまま、右手でベッドの縁を掴み、
ゆっくり右足を折り曲げてマットに座りました。
そして起き上がる時はその逆。

「まんま片足スクワットですね?」
「ええ、だから年配の方には難しいのです。
 かなり力が必要ですからね。
 椅子やテーブルなどに掴まってバランスを維持して下さい」

選手交代。
僕は彼の動きをトレースしてみました。

「そうそう、いいですね」

でしょ?
実はこれを想定して手術の2カ月前から、
トレーニングのスクワットの量を倍にしていたんですよ。

「それじゃ、いよいよ階段に行きましょうか」

階段は大部屋を出て5メートルほど先の右側にあります。
段数は踊り場まで15段。

「まず手すりに掴まりながらやりましょう。
 僕のやり方を見ていて下さい」

手すりは僕の左側・・・か。
アパートの階段とは逆だけど基本は同じだろう。

「先に右側の松葉杖に重心をかけ、右足を次の段に置きます。
 次に重心を右足に移し、杖を同じ段に移動させます。
 左手は手すりを掴んで床からの寝起きと同じように、
 バランスを取って下さい」

了解。それじゃいってみますか。

僕は彼から松葉杖を1本受け取り、
位置について上を見上げました。

よし、1アクションずつ、ゆっくり、確実にやろう。

僕はイメージトレーニングした動作をトレースし始めました。
そして1段登ったところで、先生を見ると、
彼の表情はゴーサイン。

OK、慌てるな。
愚直にいまの動作を繰り返して踊り場を目指すんだ。

「いいですよ、その調子」

踊り場に着いた僕はうっすら汗をかいていました。
ここで一息。

「さて、下り方をやってみせますね」

僕は振り返って松葉杖を彼に渡しました。

「登りとは逆で、今度は右足に重心を置き、
 先に左手に持った松葉杖を下の段につきます。
 それから重心を杖に移して右足を下げて着地。
 下りの方が転倒リスクが高いので気をつけて下さい」

僕は登りより更にスピードを落として下り始めました。
視線を真下の階段に向けるとフォームが崩れます。
しかし少しでも先に見たら踏み外してしまいそうな気がしてきます。
そして集中力が散漫になればバランスも崩れる。
無事に戻ってはみたものの、
体全体のモーションイメージが掴めません。

「先生、改善点を指摘して下さい」
「登りはOKです。下りでは頭が下がっているので腰が引けています。
 それから杖をつく位置が縁に寄り過ぎているので、
 もう少し手前がいいでしょう」
「分かりました。じゃ、もう一回やってもいいですか?」

彼は僕が転倒しないように真後ろについて一緒に登ってくれています。
往復した時には汗が額を伝って落ちてきました。

「1回目よりだいぶいいですよ。
 それでは手すりを使わず、松葉杖だけでやってみましょう。
 バランスを崩しやすいので、さっきよりゆっくりと」

さぁ、いよいよ最後の難関だぞ。
やってみて分かったけど、これは床からの寝起きみたいな力技じゃない。
スキーと同じく、バランスの取り方がコツなんだ。

登山をやっている時と同じように、登りは案外すんなり出来ました。
問題はやはり下りです。
視線のぶれがそのままバランスに影響してしまいます。
バランスを失うとリズムが崩れ、それがフォームに影響し、
さらにふらついてしまう。

おっと、ヤバイ・・・
負のスパイラルにはまっちまうとこだった。

僕はここで最善策に気付きました。
それは止まること。

僕は階段の途中で背筋を伸ばして目を閉じ、
ゆっくり深呼吸を始めました。

いいんだよ、えーじ。
うまくできなくたっていい。初めてやってることなんだから。

この往復はなかなか緊張感のあるものでした。
しかし僕は落ち込むどころか、
場違いともいえる達成感というか、一種の高揚感を感じていたのですよ。

よ〜し、ナイスリカバーじゃないか。
一昨日はほとんど万事休すだったけど、今日ここまでこれたんだから、
予定通り明後日の月曜日には退院できるかもしれない。
トンネルの出口が見えて来たぜ!

「先生、もう一回やってもいいですか?」

僕は視線を再び15段上の踊り場に向けました。

to be continued...

えーじ

withcruches.jpg
入院中の写真でお見せした大型の装具は前回の検診時に返却し、
いまは自前の軽量アルミ2軸ヒンジが入ったサポーターを付けています。
松葉杖の腕前?
スキーでいったら、
ボーゲンからパラレルができるようになった、ってとこですかね。
もう少ししたらモーグルに挑戦できるかも?
posted by ととら at 12:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月16日

私らしい毎日

ともこです。

先が見えないのは本当に不安ですよね。
私たちもこの前の日曜日から収入が止まり、
それがいつまで続くか分からない悩みは他のお店と同じです。
でもこうして悩むこと以上に、
私はいま何ができるかを考えながら過ごしています。

私は自分の努力や能力で何とかできることなら、
悩んだり、落ち込んだり、怒ったりと激しい性格です。
(たとえば旅の料理の試作がうまくいかなかったり、
仕込みが間に合わなくなったりしたときなど・・・)

でも自分ではどうにもできないこと、
料理の評価や自分の病気、それからまさに今のような状況については、
不思議なくらい、すっと受け入れてしまうところもあります。

今回の休業は収入が止まることと引き換えに、
貴重な時間をもらえたんだと考えて、大切に使おうと思っています。

この10年間で忙しさを理由にできなかったことをしよう!

私はまず次の5つを始めています。

1.英会話の勉強
2.ジョギング
3.時間に追われない旅のメニューの試作
4.時間を気にしない、ゆったりとした食事
5.残りものではなく、食べたいものを作って食べる

これらは私にとって、
普段はどんなに頑張ってもできなかったことなので、
このチャンスを使ってぜひやってみたいのです。

今みたいに時間の充実した毎日を大切に過ごしたいと思います。
posted by ととら at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月14日

ととらな軟禁生活の過ごし方

新型コロナ怖い・・・

営業自粛で収入が止まった・・・

そんな中で満足に歩くことすら出来ない・・・

お先真っ暗だ! うわぁ〜ん!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とはなってません。
ぜんぜん。

世の中、純粋に100パーセント悪いことも、その逆もない。
ものごとの良し悪しは、判断する本人の個人的な視点が決めている。

なんてことをものの本で読んだ記憶がありますけど、
今回、自分に当てはめてみた限り、これは真実だと思います。

そう、世の中、悪いことばかりじゃない!

僕らが休業前に行った経営会議は、まさにそんな雰囲気でした。

確かに、新型コロナウイルスの罹患リスクは洒落にならないし、
もし僕かともこのどちらかが感染しただけでも、
両方揃ってクリティカルな状態になるのは明らかです。
(僕はまだこの通り行動制限がありますし・・・)

また、収入停止は宇宙船の中の酸素供給装置が壊れたようなもので、
ととら亭の命の砂時計は、僕たちの目の前でさらさら落ちて行く。

しかし、終日ふり続いた雨の後の晴天のように、
この状況だって悪いことばかりじゃない。
それは・・・

時間ができたじゃないですか!

思えば僕らふたりが、2日以上そろってのんびりしているなんて、
ここ10年で1回たりともありませんでしたからね。
ですから今朝もゆっくりアパートでコーヒーを飲みながら、

「こんなの会社員をやっていたとき以来だね」

なんて話していたのです。
(だからお勧めしないのです。独立なんて・・・)

話を戻しましょう。

先の経営会議で上がった議題の一つは、
休業期間中の過ごし方。

こういう時はまず、新しいリズムを作ることが肝要です。

最初に僕らはお互いの行動を合わせなくてはならない、
食事の時間を決めました。
それをもとに僕が決めたパーソナルなタイムテーブルは・・・

8:00 起床
8:15 メディテーション
9:15 軽く朝食(これは個別にいただきます)
9:30 情報収集&メールチェック
10:00 読書(2時間も! 嬉しい!)
12:00 リハビリ&トレーニング
12:45 出勤(松葉杖を使いながら約8分30秒)
13:00 ととら亭でランチ
14:00 お仕事(溜まりに溜まった仕事に取り掛かっています)
18:00 アパートへ戻ってまたリハビリ&トレーニング
19:00 シャワー(あ、今日から風呂に入れるんだった!)
20:00 ディナー
21:00 自由時間(ブログを書いたり、また読書したり)
24:00 就寝(おお、8時間も寝ちゃう!)

いかがでしょう?
皆さんからすれば退屈に見えるかもしれませんが、
僕にしてみれば、ある意味で理想的な『軟禁生活』なんですよ。

そうだ、来月、歩けるようになったら、
夕方は外で散歩もできるな。
(ジョギングはまだその1カ月半先・・・かな?)

こうしていると、自分にとって最も大切なリソースとは、
おカネよりも時間なんだな、としみじみ思えてきます。

発想を変えましょう。

皆さんはせっかく手に入ったこの時間、
何をして過ごします?

えーじ
posted by ととら at 09:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月12日

ととらなハイパースリープ戦略

今日からととら亭も期間未定で休業に入りました。

なかにはランチ営業のみとか、
カフェとテイクアウトで「しぶとく続けるのでは?」
と思われていた方もいらっしゃいましたが、
まぁ、この辺が潮時でしょう。

でも心配しないで下さいね。
実はこのシナリオ、
僕らが1日2回の検温を始めた2月中旬から考えていた戦略なのですから。

そう、休業して冬眠(春眠?)に入る。

しかし、そのタイミングは、
『政府から要請があったら』という単純なものではありませんでした。

僕らはこの現状をより複雑な、
一種のサバイバルレースと見なしているのですよ。

サバイバル(survival)とは『生き延びる』の意。
そして今のコンテクストでは、
生命と経済という、ときに矛盾するふたつの要素が複雑に絡み合っています。

もちろん究極的な選択をするなら、
誰もが生命を取るのに躊躇はしないでしょう。
しかし、選択結果の正誤は選択する状況が決定するんですよ。
素朴なヒーロー、ヒロインには、
ときに論理矛盾を含むこの複雑性が分かっていない。

だってほら、
『命を守るために!』と旗を振っている方たちの殆どは、
現時点で収入の心配がない方たちでしょう?

違います?

個人事業主である僕らは、
個人的に、自らの生命だけではなく、
経済(生活=ととら亭)も守らなければならない。
究極的な選択とその結果を口実に、
おカネを気にせず家にこもるわけにはいかないんですよ。

では、どうしたらいいのか?

この誰も教えてくれない答えを2月から考えていたわけです。

当時、僕は武漢市の状況は数カ月後の東京であると想定していました。
違いはアドバンテージとして、
新型コロナウイルスについてより多くの治験情報が集まっていること。
ディスアドバンテージは、
社会主義国家のように都市封鎖ができる強権を日本が持っていないこと。

そこで僕が追っていたのは、
感染者数、特に東京における罹患率と、
重症化する確率、死亡率、治癒率の推移、
それに並行する同じタイムライン上の、ととら亭の集客数と売上高、
これらの数字でした。

つまり何をしていたのかと申しますと、
リスクを横目で見ながら休業というフェーズ2に突入する、
タイミングを見計らっていたのです。

無収入期間を持ちこたえる経済的体力をどれだけ持って、
無期限休業状態に飛び込むか?
このジャンピングポイントが、経済(生活=ととら亭)の死活を分ける。
これは僕らに限らず、業種業態を超えて、
すべての個人事業主に共通しているはずです。

確かに政府の救済策は出されました。

でもね、個人事業主を10年以上、
さらにバックパッカーを30年以上もやっていると、
うまい話を額面通りに受け取って飛びつく無邪気さはなくなるものです。

またテイクアウトで減収の補填をというオファーを受け、
実行している店が野方でも何軒かありますけど、
これもほどなく皆さんやめてしまうでしょう。
その理由の説明は長くなるので、またいずれかの機会にお話しますね。

とまぁ、こんなわけで、
ととら亭の休業は、戦略的判断に基づいた作戦であり、
こと僕らに関していうなら、
こうした氷河期のサバイバルに関しちゃエキスパートですから、
大丈夫ですよ。

だってほら、あの時代、威勢のいい恐竜は淘汰されてしまいましたが、
小さなげっ歯類、つまりネズミなんかは生き残れたでしょう?

僕らはリーマンショックの余韻のさなかに独立したんですよ。
要はセコイから生き残れるのです。

えーじ
posted by ととら at 12:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月11日

春眠のお知らせ

いよいよ東京も緊張感が高まって来ましたね。

昨日、東京都から具体的な内容の営業自粛要請が出ましたので、
明日から当面の間、ととら亭も昼夜ともに休業することと致しました。

本日のランチは通常通り。
ディナーは昨日までにご予約いただいていたお客さまのみで行います。

現時点では来月はおろか、明日のことすら予測できませんけど、
4月2日にリリースしたばかりのギリシャ料理特集パート2は、
お楽しみ頂いた方も少ないため、
営業再開後に期間を延長しようと思っています。

先は長そうですけど、みんなで耐えましょう!

えーじ
posted by ととら at 10:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月09日

入院日記 パート3 その8

やりましたぁ〜っ!

って、このシリーズはこういう唐突な始まり方が多いな?
でもま、本当なんだからいいか。

いや、6日の月曜日、退院後初の検診に行ったのですけどね、
経過は順調で、あの邪魔な大型装具から解放されたのですよ!

左足にまだ体重はかけられないものの、
膝関節は60度まで曲げられるようになりました。
普通に椅子に座れるだけでもありがたい。
また、シャワーの許可が出たので、
傷をカバーすることなく、そのままお湯が浴びられるのです。

え? 今までどうしてたんだ?

それはですね、
スーパー袋の下を切り、さかさまにして膝まで上げ、
上下の部分にガムテープをリング状に貼って防水。
それでシャワーを浴びてたのですよ。

ま、これは手間なだけでしたが問題は出たあと。
ともこが、び〜っとガムテープを剥がすでしょ?
そう、おかげで僕の哀れな左足はリング状のしましま脱毛状態。

おっと、いいことがもうひとつありました。
検診の前日、松葉杖の使い方でブレイクスルーがありまして。
なんと最初は大変だった通勤も、
登りのある往路(約430m)ですら今日のタイムは8分40秒!
初挑戦が15分でしたから、半分近い短縮です。
しかも疲れはその半分以下。
まじめな訓練は報われるものです。

しかし、ここまでの道のりは遠かった!
そのはじまりが・・・

________________________________

「こんにちは、持って来ましたよ」

昼過ぎ、松葉杖を持ったリハビリの先生がやってきました。

「以前に使ったことはあります?」
「いえ、歩行器と車椅子はありますが」
「わかりました。じゃ、これを使って立つところから始めましょう」

僕は頭をデフォルトにフォーマットしました。

初めてのことをする子供に戻るんだ。
相手の言葉に集中し、100パーセント従う。
まずはフォームが大切だ。
ゆっくりやろう。

ベッドに横座りしていた僕は松葉杖を受け取り、
3回深呼吸したあと、ゆっくり腕に力を入れて立ち上がってみました。

「松葉杖は手だけで使うと思っている人が多いのですけど、
 大切なのは脇で固定することです」
「こうですか?」
「そう、体重を掌で支え、杖を脇でしっかり固定して下さい。
 脇からはずれると一挙にバランスが崩れて転倒してしまいます」

なるほど、そいつは気を付けなくちゃ。

「じゃ、僕に貸して下さい。前に移動するところをやってみせますね」

先生はゆっくり松葉杖を僕からよく見えるように持ち、
前に2歩ぶん進みました。
パッと見はとても簡単に思えます。
しかし・・・

「ではやってみましょう」

よ〜し・・・

掌で体重を支え、脇で固定し、体を軽く前に倒して・・・
振り子のように体を振って着地・・・

「いいですよ、もう少し進んでみましょうか」

僕は自分の動きをイメージしながら、
一歩ずつゆっくり病室の外へ向かって進みはじめました。

おっと、こうか? いや、左右のバランスが悪い。
あ、着地が遠すぎるな、もっとショートピッチで!

彼がやったスムーズな動きとはほど遠く、
僕はさながら壊れたR2−D2のようです。

「松葉杖を開く角度は?」
「肩幅よりやや広く」
「フォームはどうです?」
「前傾がちですね、少し胸を張るように、そうそう」
「視線の向け場所は?」
「最初は足元を、慣れてきたら少しずつ先を見るように」

こんな調子でフロアを1周した時には、
額にうっすら汗が浮かんでいました。

ふ〜、慣れていないから結構疲れるね。
でも、大まかな動きは飲み込めたぞ。

「もう1周していいですか?」

僕は目を閉じて呼吸を整え、ゆっくり最初の一歩を踏み出しました。

なんだか初めてスキーをやった時みたいだ。

フォームやピッチなど、さまざまな修正点を意識しながら、
トライアルアンドエラーで少しずつ進みます。

う・・・、着地する右足の踵が痛んできた。
病室用の上履きって買ったばかりで足に馴染んでないんだよな。

2周目が半分にさしかかるころ、
僕はその痛みがだんだん気になって来ました。
そしてもう少しでゴールというところで・・・

「危ない!」

左の松葉杖が脇からはずれ、バランスを崩した僕は一瞬、
手術した左足をフロアについてしまったのです。

いててててて・・・

転倒こそしませんでしたが、
さっきとは違う冷や汗が・・・

「大丈夫ですか?」
「ええ」
「これが一番危ないんですよ」

OK、身をもって理解しました。

「右足の着地はつま先ではなく、踵の方がいいですよ」
「それが踵に痛みがあって、かばってしまって」
「え? ありゃ、血が出てる」
「靴擦れが出来てるのかもしれないな」
「ではベッドに戻りましょう」

ソックスを下げてみれば、
なるほど1円玉くらいの大きさで皮が剥がれ、
血がにじみ出しています。
ナースセンターに行った先生はバンドエイドを持って来てくれました。

そしてしばらく休憩したあと、今度はひとりで練習を再開。

フォームを注意して1周、ピッチを修正しながらまた1周、
視線の位置を変えながらさらに1周・・・

いいぞ、だいぶ動きがスムーズになったじゃないか。
でも靴ずれの他に掌まで痛むのはなぜなんだ?

見れば両掌のグリップが当たる部分に水泡が出来ています。

うへぇ〜・・・血染めのソックスに豆だらけの手ときちゃ、
巨人の星みたいじゃん!

それでも特訓の成果があって、
昨日の遅れをミッション3まで取り戻したぞ。
明日は残るハードル、床からの寝起きと階段の昇降に挑戦だ。
このふたつをクリアすれば退院できる。

to be continued...

えーじ

rehabilieiji.jpg
松葉杖デビュー!
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2020年04月07日

僕の関白宣言

世の中いろんな『宣言』がありますけど、
わが家の場合、今回の退院のタイミングで僕がしたのは、
関白宣言です。

いや、僕は元来リベラリストですので、
男たるもの、女たるものかくあるべし!
なる封建的なイデオロギーは持っていません。

ですから20年以上にわたり、
わが家では『やれる人がやれることをやればいい』が、
暗黙のルールになっているのですよ。

たとえば収入。

ある時はともこの収入で家計の8割以上をまかない、
その逆の時期もあり、
また、ととら亭以降の僕らと出会った方には、
想像できないかもしれませんが、
僕が食事を担当していた時期ですらあるんですよ。

これは仕事のパートナーとなった今でも同じで、
調理とホールという大まかな役割分担こそありますけど、
『これをやるのはあんたの役目』のような職掌的線引きはなく、
相手が迷惑でなければ、
自分が空いた時に遅れた仕事を手伝う。
結果的にその方が早く全体が進みますからね。

ところが!

今回の手術が終わってからというもの、
松葉杖状態の僕は移動が制限されているだけではなく、
手に物を持てないというハンディキャップまであります。

となると、食事をするにも
「いただきま〜す」&「ごちそうさま〜」の『上げ善据え膳』状態ですし、
デスクワークをしている時は、
「ともこ〜、パソコンのACアダプター取ってくれる?」
「あ、それから引き出しの資料もお願いね。
 いやいや、それじゃなくて、その下の赤いバインダーの方」
「喉が渇いちゃったな。お茶淹れてくれる?」

挙句の果てに、

「ともこ〜、靴下履かせて〜」
(足を伸ばしたままなんで手が届かないんですよ)
とか、シャワールームから、
「お〜い、タオル取って〜」
(中から手が届く範囲に置き場がないんですよ)

こうしてとにかく座っているだけという、
明治男も顔負けの関白オヤジとなったのでありました。

しかし、
資本主義の国では基本的に『無料(タダ)』ということはありません。

にっこり笑っておカネをもらった後で、
『なんちゃら復興税』とかいう名目の『請求書』が来たりするのは、
まぁ、よくあることでございます。

で、わが家の場合は・・・

「うふふふふ・・・」

こうした不気味な笑い声が後ろから・・・

えーじ
posted by ととら at 11:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月05日

入院日記 パート3 その7

ヨガです。

え? 藪から棒になんだ?

いや、手術が終わってからの僕の生活を例えると、
一番フィットするのがヨガという表現なんですよ。

試しにですね、左足をまっすぐ伸ばし、
いっさい体重をかけずにトイレまで行って、
用を足してみて下さい。

いかがです?

体重のかかる右足は1分もしないうちにブルブル震え、
初心者バレリーナのように上げた左足はももがつりそうになり、
掴まれるものには何でも手を伸ばしてバランスを取っているうちに、
おかしなポーズになってきたでしょ?

これ、本人はしごく真面目なんですけど、
傍から見ると、かなり変です。

そのシリアスコメディは、病院でこんな風に始まったのでした。

__________________________________

ん〜・・・よく寝たな。
あの錠剤の睡眠薬は効き目のわりに翌日まで残らないね。
チューバッカのいびきや寝言に悩まされることもなく、
朝までぐっすり熟睡できた。

じゃ、セルフチェックを始めるか。

僕はベッドに寝たまま体を伸ばし、
左足からコンディションチェックを始めました。

足首は回せる・・・手術した膝の鈍い痛み・・・
これは無視できるな。
開脚は・・・開けるけど・・うっ・・閉じる時に痛いね・・・
でも、できないことはない。

問題は腰だ・・・お・・・大丈夫・・・そうだな?
うっ・・・捻るとピリッとくるか・・・まだ安全装置はかかってない。
でも、すぐ爆発するような状態じゃなさそうだ。

ここで電動ベッドの助けを借りながら上半身を起こし、
僕は両腕をベッドに押し付けて体を浮かしてみました。

お、いいじゃないか、なんとか動けそうだぞ!
試しにベッドに横座りできるかゆっくりやってみよう。

両足を伸ばし、右足を右へ、左足も右へ・・・
って、いててて・・・よ、し動いたぞ、こんなもんか?
次は腹筋に力を入れて体を浮かし、同じように右を向く・・・
OK、いいぞ、ここから体を前にずらせば・・・
ほ〜ら、横座りできた!

ここで大きく深呼吸して意識を集中し、
ふたたび腹筋に力を入れて右足一本で立つ・・・

いぇ〜っ! できたぜ〜っ!
すごいぞ、えーじ!

僕は思わずグリコのポーズ。

って調子に乗ってると危ない。
ふらふらしてるし。一回ベッドに座ろう。

そこへ昨日のスパルタ看護士さんが現れました。

「久保さん、どうですか、腰は?」
「お蔭さまで少し落ち着いたようです。
 そこで車椅子を持って来て欲しいのですが」
「え? 大丈夫なんですか?」
「たぶん。あとでゆっくり試してみますよ」

そうそう、こういうのは自分のペースでやった方がいい。
またにっこり笑って「えいっ!」ってのはゴメンだからな。

そして彼女がいなくなったのを見計らって、
さっきのリハーサルどおり、最初のハードルに挑戦してみました。
すると・・・

おおっ! やったぜ、車椅子に無地着地成功だ!
さっそくこのままトイレに直行しよう。
(トイレに行きたかった!)
まず両方のストッパーを解除して、バックでカーテンを抜け・・・
よし、ここで左に車輪を切って・・・OK、前進だ!

車椅子は腰部椎間板ヘルニアで入院した時に仮免まで行った腕前。
あれから6年経ってるとはいえ、体で覚えた技術は忘れないものです。

廊下で別の患者さんを診ているリハビリの先生が目に入りました。

「あれ、久保さん! 乗れたんですか?」
「ええ、ヘルニアが落ち着きまして。
 いま車椅子の練習中です」
「昨日とはまるで別人のようですね」
「みなさんのお蔭ですよ。それでは後で会いましょう!」

さぁ、トイレに急ぐぞ!
膀胱のキャパメーターがレッドゾーンだ!

そこへ早歩きで看護士さんが追い付き、

「ここまでひとりで来てたんですか!」
「ええ、車椅子は以前、乗っていたことがあるんですよ。
 短期間でしたけどね」
「トイレは分かります?」
「はい」
「中に丸椅子がありますから、そこに左足を乗せると楽ですよ」
「ありがとうございます」

トイレのカーテンを閉めた僕は、
深いため息をつきながら、
膀胱のキャパメーターがブルーゾーンに戻るのを感じつつ、
ふたつの高いハードルを午前中に越えられた達成感にひたっていました。

よ〜し、この調子なら昨日の遅れを取り戻せるかもしれない。
そのためには・・・
今日の午後のうちに松葉杖を使っての水平移動をマスターしなくちゃ。

やれるかな?

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月04日

入院日記 パート3 その6

ありがとうございます。

退院して6日、
いろいろな方から励ましのお言葉を頂きました。

ほんと、場合によって、
薬より傷を癒すのはひとの気持ちなんだな、
と、しみじみ思います。

また同じ病室で、
僕以上に厳しいコンディションと向き合っていた方々の姿は、
(なかには2カ月以上入院している方も!)
直面した困難に挑む大きな力になったものです。

そして今、業種業態を超えて、
明日の仕事や生活に不安を持つ皆さま。
多かれ少なかれ僕らはみんな同じですよ。

やるべきだったことが、
やるべきではないことに変わった価値観の大逆転。

でもね、どんなに追い詰められた状況でも、
チャンスはどこかにあるものなんですよ。

それを見つけるコツは、
プライドと期待を捨て、既成概念に囚われないこと。

難しそうですか?

いや、これらこそ他人を頼らず、
自分自身の問題として取り組めることなんですから、
(しかもおカネがかからないし)
考えようによっては簡単といえるかもしれません。

僕の人生は不本意ながらスリルとサスペンスに満ちているので、
ピンチは十八番になってしまいました。
(ほんと不本意なんですよ)
そこで、あのイヤなミッションインポッシブルのテーマが聞こえてきた時は、
いつもこの原点に戻ることからはじめるのです。

たとえば今回も・・・

__________________________________

今日は3月26日木曜日。
時刻は21時半。
まもなく消灯時刻です。

僕はベッドに横たわり、天井を見つめながら考えていました。

ふぅ〜・・・
薬のおかげで取りあえず爆発寸前の状態は脱したな。
でも退院に向けたハードルがだいぶ上がっちまった。
今の社会的な状況で、ともこがワンオペをやっているのはマジでヤバイ。
一日も早く帰らなくちゃいけないのに、
この体たらくじゃ泣けてくるね・・・

どうしたもんだろ?
よし、例によって、
超えなきゃいけないハードルを整理するところからはじめるか。

まずミッション1.
曲げることも体重をかけることも出来ない左足の状態で、
安全装置のはずれた腰をケアしながら車椅子に乗る。
いきなりスーパー高難易度だけど、
これをクリアしない限り明日にはおむつになっちまう。
そいつはぜひ避けたいね。

ミッション2は、
この体の条件でトイレに行くこと。
さいわい手術前にトイレは確認済みだから、
全体のイメージトレーニングはここでもできる。

で、ミッション3。
松葉杖を使って水平移動をマスターしなくちゃ。
歩行器と車椅子は経験あるけど松葉杖は触ったこともない。
どんな動きになるか想像もつかないな。

最後がミッション4。
退院してからの生活の前提として、
松葉杖を使って階段の昇降と布団からの寝起きができるようにする。

この4つをクリアしない限り、
退院してもアパートの部屋にすら入れないんだ。
(2階の部屋に住んでるんですよ)

僕は祈るような気持ちで消炎鎮痛剤を含む夜の薬を飲みました。
やがて睡眠薬が効いてきて、
(ふだんは寝つきがいいのですが、ルームメイトがチューバッカがなもんで)
僕は深い眠りに落ちたのです。

そして翌朝、目覚めて体を伸ばすと・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 10:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月03日

入院日記 パート3 その5

昨日のパフォーマンステストの結果、
ホールではまったく機能しなかったものの、
パントリー内であれば片足立ち状態で、
ほとんどの業務はできることが分かりました。
(もちろんスピードは落ちますが・・・)

よっしゃ、これで行こう!

と気合を入れた矢先に、ともこからモノ言いが・・・

「ランチならあたしひとりでもできるから、
 ディナーのちょっと前に出勤すれば?」
「それじゃ大変だろう?」
「あのね、そこでえーじが片足でぴょこぴょこやってると、
 気になってしょうがないのよ!」
「う・・・そう?」
「それにまだ決算終わってないんでしょ?」
「あ、そうだった」
「じゃ、夕方までアパートでそれをやってた方がいいんじゃない?」

ってわけで戦力外通知を受け、
僕は先発ならぬリリーフ選手となってしまいました。
ま、確かに決算も遅れていましたからね。
実はこういうデスクワークも入院中にやるはずだったんですよ。
ところが例によって想定外のことが起こりまして。

それというのも・・・

__________________________________

車椅子に乗るためにはまずベッドに横座りになり、
そこから立ち上がって座面にお尻を向ける・・・

この流れで腰の位置を変えようとした時、

はうっ!

って、・・・こ、これは・・・マジかよ?

腰の安全装置が外れたぞ!
それも爆発寸前だ!

しまった、左足に気を取られていて力技で腰を回すのに、
腹筋に力を入れるのを忘れてた!
こいつはまずいな・・・ビリっときたぜ。
もう一回、無理したらたぶん、そのまま動けなくなっちまう。

(BGM: Theme of Mission impossible)

なんてこった! この音楽はやめてくれ!
まったく、どうして毎回こうなっちまうんだ?

と嘆いていてもしょうがない。
なんとかしなくちゃ。
考えろ。落ち着いて考えるんだ。

そこへ別の看護士さんが現れました。

「久保さん、もうすぐリハビリの先生が来ますからね」
「あ、いやちょっと別の問題が起こりまして」
「・・・? どうしたんですか?」
「僕は腰部椎間板ヘルニアの持病があるんですよ。
 で、リハビリ前にウォームアップしていたら、
 発作寸前の状態になってしまったのです」
「え? 痛いんですか?」
「いや、まだ痛くはないんですが動けなくなる寸前なんですよ」
「まぁ!」
「そこで3つお願いがあります」

僕がそういうと彼女は素早くペンとメモを出しました。

「まず僕が預けた薬の中にトラムセット、ロキソニン、
 テルネリン、ムコスタの4点セットがあります。
 それを至急持って来て下さい。
 あとコルセットを貸して頂けると助かります。
 最後に尿瓶も!」
「分かりました。ちょっと待っていて下さい」

僕はゆっくり体を元の姿勢に戻すと、
そのまま彼女が戻って来るのを待ちました。
ほどなく病室に急ぎ足の足音が近付き、

「久保さん、はい、お薬!」

おお、ありがたい!

僕はその場で薬を飲みました。

「で、コルセットですけど、今これしかないんですよ」

彼女が手にしていたのは僕が緊急用に持ち歩いてるものとほぼ同じ。

「OK、それなら自前の物を持って来ています」
「あと尿瓶。これで大丈夫ですか?」
「ありがとう、これで十分です」

こんな話をしているところへ現れたのがリハビリの先生。

「久保さん、まず今日は車椅子に乗りましょうか」
「いや、先生、ちょっと状況が変わりまして・・・」

僕が経緯を話しているうちに彼の表情が次第に曇り、

「ん〜・・・たしか退院の希望日は・・・
 今度の日曜日でしたよね?」
「はい」
「今日は木曜日・・・この状態で3日後に退院は無理ですよ」

ん〜・・・反論の余地なし。

まずいな、シナリオが狂っちまった。
プランBは・・・

どうする?

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月02日

入院日記 パート3 その4

今や世界の一寸さきは闇。
それでも始めましょう、

ギリシャ料理特集パート2!

と威勢よく店を開けるのはいいんですけど、
ととら亭も未知の領域に入ろうとしています。

体の動作テストの結果、
僕はホールでまったく機能しないことが分かりました。
昨日もお話しました通り、
松葉杖は腕の全機能を使ってしまうので、
他のことはまったくできないのですよ。
つまり何も手に持てない。

しかしパントリー内であれば、だいぶ速度は落ちるものの、
たいていの仕事は出来そうな気がします。
(今日はその人体実験!)

思えば腰部椎間板ヘルニアの場合は、
店に来ることすらできませんでしたから、
あれに比べたらまだマシなのかもしれませんね。

というわけで、
僕はしばらくスポーティなスタイルで仕事に出ます。

それじゃ本編も始めしょうか。

______________________________

一夜明けると麻酔が切れたせいか傷がうずきだし、
睡眠薬の影響で頭はボーボー。

ほぇ〜、昨日のハイな気分はどこ行っちゃったんだ?
む〜・・・今朝から食事が出るんだったよな。
とりあえず腹ごしらえしたらリハビリの段取りを考えよう。
と、その前に・・・

僕は体のチェックを始めました。

手術をした左足は腿からふくらはぎまで、
膝を固定する装具ががっちりついています。
そこで寝た姿勢のまま足を外側へ開こうとすると・・・

う、足が鉛のようだ・・・あ、いてててて・・・
でもま、少しは動かせたな。
じゃ、もとに閉じれるか・・・
って、いててててて・・・・ぜんぜん動かせないぞ。
おいおい、手術後は痛みがないから、
すぐリハビリが始められるんじゃなかったっけ?

こうして僕が悪戦苦闘しているところにきれいな看護士さんが現れ、

「久保さん、車椅子を持って来ましたよ」

それに乗るの? いま?

彼女の可愛らしい笑顔と緊迫した状況のギャップで僕は凍りつきました。

この状態からあの車椅子に乗り移る?
動きのイメージがまったくできないよ!

たじろいた僕に気付いた彼女はにっこり笑って、

「じゃ、お手伝いしますね!
 まず右足をベッドに下に降ろすでしょ?
 それから手術した足を外側にずらして・・・」

そう言いながら彼女は僕の左足をむんずと掴み、
ベッドの外へ向け始め・・・

いやおぅっ!ちょぉぉぉっとまったぁぁぁぁぁ!
「え? 痛いですか?」
たたたたたんま!たんま!たんま!」

彼女はきょとんとこちらを見つめています。
僕はほぼ思考停止状態。

「ああ、最初は足の重みで下に下がると、
 いたぁ〜いってなることがあるんですよね」

Y...Yes I am...涙でてきた・・・

「じゃ、もう一回」
「あ、いやいやいや、ちょっと待って、心と体の準備がまだなんで。
 もうちょっと後でいいですか?」
「ええ、慌てなくてもいいですからね」

さ、さんきゅ〜べりまっち・・・

「それじゃ後でリハビリの先生に来てもらいましょう」

ふ〜・・・驚いた、冷や汗かいたぜ。
荒っぽく始まるじゃないか。
それならそれでこっちも動作イメージを考えればいい。
ベッドの右側に車椅子がある。
左側だったら楽なんだけどな。
どうしたもんだろ?
最初はベッドに腰をかけて・・・
そこから右足だけで立ち上がり、体を右に90度転回する。
そしてゆっくり座る・・・だな。
問題は痛む左足をどうやって座る姿勢まで持って行くか・・・だ。

じゃ、リハビリの先生が来る前に、立ち上がるところまでやってみるか。

まず右足を開いてひざ下をベッドから降ろし・・・
そうそう、次は左足を両手で補助しながらもう少し右側に寄せて・・・
いてててて・・・ま、こんなもんかな?
で、次は両手をベッドに突っ張って体を持ち上げ、
腰を右に回転・・・

はうっ!

って、・・・こ、これは・・・マジかよ?

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年04月01日

入院日記 パート3 その3

今日は僕も在宅勤務です。
朝からアパートにこもり、
せっせと明日から始まるギリシャ料理特集パート2のメニュー作り中。

え? ととら亭もついにコロナウイルス対策か?

もちろん!

と、言いたいところですが違います。

今日の関東地方は終日雨でしょう?
両腕で松葉杖を使っていると傘がさせないんですよ。
腕は3本ないんでね。
となれば、ポンチョを着て行くしかない。
そこまでしなくてもデスクワークならアパートでもできます。

そんなわけで、ともこはお店で仕込み、僕はアパートで分業中。
食事は彼女にケータリングサービスを頼みました。
(すまんのう・・・)
いかんせん、持てないのは傘だけではなく、
歩けてもコーヒーカップひとつ運べないのですよ。
(昨日試したらだいぶこぼしました)
ん〜・・・困ったもんだ。

とまれ工夫をすれば松葉杖を使っても何かできることはあります。
そこは明日お店で考えるとして、本編に戻りましょうか。
_____________________________

「えーじ! えーじ!」

・・・ん?

「えーじ! えーじ!」

・・・うりょ? ともこが呼んでる?

「えーじってば!」

お? あれ? ここは? 病室に帰ってる。
ああ、手術が終わったのか?

「えーじ! 大丈夫?」
「ああ、痛みはないよ。ぐっすり眠った朝みたいで、なんか気分がいいな」

そう、バイクの事故で手術された時は、
目が醒めると頭はガンガン、視界はムンクの絵みたいにグニョグニョ、
喉はカラカラで上半身は包帯グルグル巻きのミイラ状態。
おまけにナースコールのボタンには手が届かず・・・
僕はかすれた弱々しい声で、
「お〜い、誰か〜・・・すんませ〜ん、お〜い、誰か来て〜・・・」
と助けを呼び続けたのでした。

それが今回はどうでしょう。
痛みがないどころか体がぽかぽかして Feel so good!

「早く終わった?」
「ううん、2時間半くらいかかったよ」
「そんなにかかったんだ? 僕は主治医の先生が来る前に意識を失ってたよ」
「黒縁のメガネをかけた先生?」
「そう」
「わたし説明を受けたよ。なんの問題もなく終わったって」
「それだけ?」
「うん、半月板の傷の場所とか教えてくれたけど、
 話は5分もかからずさらっと終わり」
「じゃ、本当に成功だったんだよ」

時計は15時過ぎ。
ともこはととら亭に戻ってディナー営業の準備に入りました。
僕の左足は腿から足首まで大きな装具で固定され、
他にもチューブやら電極やらがペタペタ張り付いたまま。
痛みや不快感こそないものの、ベッドに寝転がった状態でほとんど動けません。

そうか、明日まで食事も水もなしだったな。
う〜ん・・・

そこで看護士さんを呼び、

「すんません、明日まで何もやれることがないんで、
 睡眠薬を点滴で打てます?」
「そうですよね、じゃ、ちょっと待ってて下さい」

まもなくリンゲルや抗生物質の点滴に、
睡眠薬の小さな別のパックが接続されました。

麻酔や睡眠薬って、眠くなるというより、
すこんと意識がなくなるんだよな。
これはどうだろ?
薬が流れ始めて5分くらい経ったかな。
まだ何も変わった感じはし・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こうして僕は1日で2度目の気絶となったのでございました。

to be continued...

えーじ
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2020年03月31日

入院日記 パート3 その2

昨日、「予定通り帰って参りました!」
と言ったものの、
これは残念ながら「元通りになりました!」
を意味するわけではありません。

そう、この長いストーリーの第1章が終わったに過ぎないのです。
それを今から1時間半ほど前に、僕は身をもって体験しました。

アパートからお店まで松葉杖を使いながら来たのですけどね、
普段なら5分もかからない道程に実測14分40秒もかかったのですよ。
加えて疲労は3倍ならぬ10倍以上!
さながら湿った雪の平地を、
スケーティングで同じ時間すべったのと同じくらいへたりました。
ですからこの寒さにもかかわらず、お店に着いた頃には額に流れ落ちる汗。
どおりで病院ですら松葉杖をつく年配の患者さんを見かけなかったわけです。
これで100メートル以上移動するのは現実的じゃありませんね。

さて、今朝のお話はこれくらいにして、
昨日の続きを始めましょうか。

________________________________

翌日は手術。

時間は前の手術が終わり次第ってことで、
はっきり決まっていません。
とはいえ2番目らしく、たぶん11時半頃ではないか、との説明。

僕は朝から絶食です。
8時を過ぎたら水も飲めないので、
早くやってくれないかしらん? と思っていましたが、
9時頃から始まった点滴のせいか、空腹も喉の渇きも感じません。
やがて時計が10時を回ったころ、看護士さんが現れ、

「11時10分開始になりました。10分前に迎えに来ますね」

OK。
それまでに僕がやるのは手術着に着替え、
加圧ソックスを手術しない方の足だけ履き、
トイレに行っておく・・・だけだな。

ともこが手術前に間に合いました。

「がんばってね」
「ああ、大丈夫だよ。
 今回は気楽なもんさ、僕は寝ているだけだからね」

ほどなくして看護士さんが戻り、

「では行きましょう!」

・・・? って歩いて行くの?

そう、見送るともこをエレベータホールに残し、
僕は点滴を片手に看護士さんと2階の手術室へ降りました。
ドアが開くそこは、SF映画に出て来る、
マッドサイエンティストのラボのような空間。
いろいろなライトがピカピカし、
機械の動作音が独特なリズムを刻んでいます。

お〜、なんかサイボーグに改造されそうだな。
盛り上がって来たぜ。

麻酔科医や看護士の紹介を受けるとすぐ僕は手術台へ。
横になったらすぐ、
体の上に薄いエアマットのようなものを被せられました。
これがほんのり暖かくて気持ちいい。

ほえ〜、なんか近未来エステみたいじゃん。
オイルマッサージが始まりそうだ。
ってなどうでもいい妄想はここまでにして、

「麻酔はどうやるのですか?」
「点滴からの麻酔で意識がなくなります。
 それ以降はマスクからの麻酔でその状態を維持するのです」

へぇ〜、なるほど。

なんて思っているとマスクが付けられ、

「これは酸素です。ゆっくり深く吸って下さい」

以前手術された時もこうだったっけ。
なんかアルコールっぽい臭いのするガスを吸っていたら、
2回目に吸った息を吐いた記憶がなかった。

今回はどうだろう?

1回・・・、2回・・・、3回・・・あれまだ効かないね。

4回・・・、5回・・・、6・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

to be continued...

えーじ
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