2019年05月26日

Just you and I.

この週末も家族連れのお客さまが何組かいらっしゃいました。
3人、4人、5人組・・・
その人数と続柄の組み合わせはまちまちですが、
みなさん、とても楽しそう。

いいですね。
こうした『家族の風景』というのは。

そんな場としてととら亭を使って頂けることを、
僕たちはとても嬉しく思っています。

と、パントリーから見ていて、
僕はふと、そうしたご家族に共通している、
あることに気付きました。

それは交わす目線と楽しそうな会話。

家族の中でひとりうつむいてる人がいるわけではなく、
誰かが一方的に喋っているのでもない。
それぞれのメンバーが食事と会話に参加し、
いわば食卓という空間を均等にシェアしているのです。

家族の定義とはさまざまですけど、
『みんなで日常を共有する集団』という側面は、
血縁という生物学的な事実以上に、
大きい意味を持っているような気もします。

それから、気付いたもうひとつの共通点は、
食卓に余計なものがない、ということ。

たとえ小学生のお子さんがいるご家族でも、
楽しそうな食卓には、ゲームマシン、スマートフォン、マンガ本など、
本来パーソナルなシロモノが転がっていない。

考えてみれば、それは当たり前の話で、
みんなで何かをする場に個人で楽しむ物があるのは、
不自然だと思いません?

どうしても個人的なことをしたいのであれば、
家族であれ、友人同士であれ、いや、恋人同士であっても、
その場で一緒にいる必要はない。
一緒にいる意味もない。

Just you and I.

幸せというのは、
多くの条件を満たさなければ得られないものではなく、
実は、反対に、とてもシンプルなことなんですよ。

そうじゃありません?

えーじ
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2019年05月24日

ととら流写真術

「それじゃ来月は、その料理が食べられるんですね!」

今年1〜2月に行ったトルコ・エジプト取材旅行から帰って間もなく、
こうしたお言葉を何度か頂きました。

いや、これ、今回に限ったことではなく、
旅の食堂という仕事を始めて9年余、
しばしば頂戴している定番的なご質問なのですけどね。

で、その答えもまた定番でして・・・

「いいえ、5ヵ月くらい先になります」

なんですよ。

なぜか?

料理の完全再現を目指すだけではなく、
安定供給することがいかに難しいか。
その舞台裏は今までも何度かお話してきましたけど、
それはどちらかと言うと、ともこが担当している部分。

これとは別に僕がやっていることもあります。
たとえばそのひとつが・・・

eg_shooting.jpg

え? 洗濯物を干してるのか?

違いますよ!
いや、それも別でやってますけどね。

これはメニューで使う料理の撮影。
ほら、中央下にカメラがあるでしょ?

じゃ、右手で持ってる手ぬぐいはなんだ?

ふぅ、ようやく今回の本題に来ました。
これはレフ板(のつもり)です。

メニュー撮影の良し悪しを決める最大のファクターは、光の当て方。
よく見るとお分かり頂けますように、
バウンス可能な外付けストロボを料理とは違う方向に向けているでしょう?
これはストロボを右に向け、
レフ版で反射させて料理の右側から光を当てようとしているのです。
手ぬぐいの位置で光の角度を、
光の強さは料理と手ぬぐいの距離で調節します。
ととら亭のメニューはすべてこうして撮影しているんですよ。

eg_prototype.jpg

これは先の方法で撮影した、
7月から始まるエジプト料理特集の一品。
おいしそうでしょ?

で、なんで『手ぬぐい』なんだ?

その理由はふたつ。

1.レフ板を買う予算がない。。
2.買ったところで使っていない時の置き場所もない。

とまぁ、相変わらずの、ないない尽くしでございます。
しかし、そんなことでへこたれてちゃいられません。
臨機応変はバックパッカーの身上。
柔軟な発想で、その場で使えるものを流用する。
こうして生み出したのがこの『ととら流写真術』なのです。

もともと持ち歩ける荷物が限定されているバックパッカー。
となると、『それにしか使えない』という、
融通の利かないものはあまり所有しなくなります。
これは僕らの場合、旅先だけではなく日常にも当てはまり、
こうして手ぬぐいがレフ板になったりもするのですね。

ほんと、荷物も持ち物も、できるだけ少ない方がいい。
Simple is best.

eg_tasting.jpg

で、料理撮影の最後はこれ。
撮影が終わった料理は、試食兼まかないになります。
これもまた無駄のない、一石二鳥、いや、三鳥のととら流。

と自慢げに舞台裏をご紹介しましたけど、
タネを明かせば、
乏しい懐具合を知恵と努力でカバーしているだけなんですけどね。

徹頭徹尾、
バックパッカースタイルのととら亭でございました。

えーじ
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2019年05月20日

華麗なチームプレイ

おひとりさま、カップル、友人同士、職場の仲間、そして家族。

お客さまは、さまざまな組み合わせでととら亭にご来店されます。

これは曜日によって偏りが変わり、
特に週末は3名様以上のご家族連れで、
ご来店されるお客さまの割合が増えますね。

そこでいつも思うのは、それぞれのテーブルが、
それぞれのご家庭の食卓を再現しているのではないか?

ということ。

とりわけリピーターさんはよりリラックスされているせいか、
外食用のよそ行きではなく、
素顔の家族の在りようそのものなのではないかしらん?
とさえ思えることも少なくありません。

僕はそうしたテーブルをサーブするのが大好きなんですよ。

先日はこんなことがありました。

来店されたご家族連れは6名さま。
50際代のご両親に最近では珍しい4人の息子さんとお嬢さんたち。

4人の子供たちをこうして成人するまで育て上げるのは、
さぞ大変だっただろうな。

僕は飲み物をサーブしながらそんなことを考えていました。
たとえば食事ひとつを作るにしても、
お母さんは毎回6人分を作らなければなりません。
しかも日によっては1日に3回も!

しかし、それが杞憂に過ぎなかったと悟るのに、
あまり時間はかかりませんでした。
そう、最も単純な解決方法をそのご家族は見つけていたのです。

僕が次の料理をサーブする前に先の料理の皿を片付けに行くと、
食べ終った食器がすべからく一か所に集められていました。

ん〜? いつのまに?

そしてその疑問が驚きに変わったのは、
次の料理をサーブしに行った時です。
新しい取り皿を手前の方に渡した途端、
さながら強豪のハンドボールチームがパスを回すように、
瞬く間にそれぞれの前へ配りだしたではないですか!

き・・・、君たちはいったい何者だ?

僕は料理を置いてパントリーに戻ってから、
彼らの動きをじっと見ていました。

すると彼らは再び連携して、
あっと云う前に料理を配り終わってしまったのですよ。
しかもその動きには迷いがない。

こ・・・このファミリーは・・・ただものじゃない。

その後も誰かが指示するまでもなく、
殆ど兄弟姉妹間のアイコンタクトですべてが流れて行きます。

僕はこの華麗なフォーメーションを確認するため、
食器がまだ片付け終わっていないうちに近付いてみました。
すると何が起こったと思います?

僕に気付いた兄弟のひとりが皿を集め始めたかと思うと、
F1のタイヤ交換さながらに各メンバーがシンクロして素早く動き、
それこそ数秒でさっきのように、
食べ終った食器が一か所に集められてしまったのですよ。

驚きました。ほんとに。そしてまた納得したのです。

このご家族の両親は、
がんがん指示を出すような専制君主タイプではありません。
とりわけお母さんは物静かでおっとりした方です。
お二人の様子からは、
とても4人の子供たちを育てたという荒業は想像し難い。

しかし、それを可能にしたのが家族全体の協力だったんですね。

たぶん、彼らの阿吽の呼吸からして、
物ごころ付く前から、少しずつ学び合ってきた結果なのでしょう。

お帰りになる際、会計を済ませたお父さんを見送った僕は、
彼の職業が分かったような気がしました。

中学校か高校の先生じゃないかな?
それもなかなか強い運動部の顧問をしている。

なぜなら彼のチームは、
素晴らしいプレイをしていましたから。

えーじ
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2019年05月17日

自分の旅のために その3

火曜日

16時頃、セルフナビのタクシーで帰りついた僕は、
アパートの階段で身も心もゲームオーバー。
そこで待っていてくれたともこに処方箋を渡してダウン。

そういえば22時間以上、なにも食べていませんでした。

しかし、こんな時にも僕は意外と冷静で、
ちょっとした発見があったんですよ。

ストレッチャーの上で点滴を受けていた時、
すっかり気分が良くなると蘇ってきたのが空腹感。
帰り道にラーメンでも食べて行こうかしらん?
とマジで思ってました。

ところが起き上がってめまいと吐き気が戻ってくると、
一瞬でさっきの食欲はどこかへ行ってしまったんですね。

そう、吐き気と食欲は共存しないのです!

え? そんなどうでもいいことを病院で考えていたのか?

はい。

じゃ、話を戻して火曜日の夜。

薬を飲むには、その前に何か食べなくてはいけない。
しかし船酔い状態ではなかなかものも喉を通りません。
それでもせっかくともこが食事を用意してくれたので、
寿司を少々つまみ、薬を飲んだら朝まで気絶。

カイセリの一件を髣髴させる、なんとも長い一日でありました。

水曜日

ぐっすり眠って気分よく起床。
ところが起き上がると同時に戻ってくるのがあのしつこい船酔い。
薬のおかげで昨日ほど酷くはないものの、
仕事に戻るには程遠い状態です。

良性発作性頭位めまい症・・・か・
やれやれ、この症状のどこが『良性』なんだか、
まったくネーミングセンスを疑うよ。
マゾな人だね、きっと。
と、ボヤいたところで始まらない。
まず三半規管に入った耳石をどうやって外に出すかだな。
その方法をから考えよう。

僕は頭を揺らさないようにゆっくり起き上がり、
自分の部屋のPCを立ち上げました。

確かエプリー法っていう体操みたいなのがあったはずだ。

ユーチューブで検索すると、
分かりやすい説明が幾つもヒットしました。
僕は繰り返し見てやり方を覚え、

そうか左の三半規管に耳石が入っている場合は、
顔を左45度方向に向け、そのまま仰向けになり、
頭を水平より下に下げて30秒キープ。
次はそのまま右45度方向に向けて、同じよう30秒キープ。
最後は体ごと左側に傾けて30秒キープ。
そして上半身を起こして終了・・・か。

右の三半規管に耳石が入っている場合は、
この逆をやればいいんだな。
なんだ、簡単じゃないか。

僕は早速スマホにインターバルアプリをインストールし、
インストラクションに従ってエプリー法を試してみることにしました。

左右どっちの三半規管に問題が起こっているのかは分からない。
ってことは、取りあえず両方やっとけば間違いないってことだな。

ではインターバルアプリに時間をセットして開始。
続けて調べたセモン法やローリングマヌーバーもやってみましたが、
昨日、親切な看護師さんが教えてくれたでんぐり返しは、
アパートの襖に穴を開けそうなのでパス。

ん〜・・・どうなんだろう? 効果はあったのかな?
なんかめまいが余計にひどくなったような気もするけど。

暫く仰向けになったまま、船酔いが落ち着くのを待ち、

よし、第2ラウンド、行くぜ!

こうして再びすべての方法を試し、また休んでは試す。
こんな涙ぐましい努力で午前中が過ぎて行きました。

自分で言うのもなんですが、
この一連の行動を客観的に見ていたら、
けっこう笑えたかもしれません。
変ですから。
本人は至ってマジですけど。

あ、傑作だったのはこの病気の予防方法。
ざっと読んでみたらですね、

・運動不足にならないよう心掛ける。
 → おいおい、これ以上トレーニングやったら別の問題が起こるよ。

・長時間の側臥位を避ける(テレビを横になって見ない)
 → いいね、こういう生活を送りたいもんだ。

・骨粗鬆症の予防をする
 → 毎日牛乳を飲んでますし、ヨーグルトも食べてるよ。

・頭部打撲を避ける
 → ああ、これはともこに言っておこう!
 
とまぁ、いまさら言われても困るものばかり。

午後は少し食欲が出てきたので、ともこの差し入れの弁当を食べ、
読書と昼寝で静養していました。

え? 彼女はどうしているんだ?
そうそう、今日はともこのソロステージなんですよ。

木曜日

は〜、よく寝た。頭はすっきり。元気いっぱい。
でも起き上がったらどうだろう?
お、いいね、あんまりぐらぐらしないじゃん。
昨日の努力が実ったみたいだ。
手当たり次第に何でもやったからな。

揺れ具合は大型船でクルージングしている程度になっています。
こうなると吐き気も収まり、食欲が戻って来ました。

僕はコーヒーを温めて軽い朝食を摂り、
普段通りに読書を始めました。

窓から入って来る春の風。
お気に入りの音楽。

あ〜、こうして時間を気にせず本を読むのは本当に久し振りだ。
前は確か・・・
1月に腰部椎間板ヘルニアの痛みでダウンした時だった。
結局こんな風にならないとまともな休みにならないとは。
堅気の皆さま、個人経営の飲食店で独立することだけはやめましょう。

こうして午前中はのんびり過ごし、
午後はまた耳石の取り出し大作戦の再開です。

これ、終わった途端にぱっと効果の出るものではありませんが、
じわじわ良くなってくるところからして、
それなりの効果は期待できるのかもしれません。
事実、夕方には殆ど症状がなくなりました。

どれ、それじゃちょっと試してみるか。

僕はゆっくり、軽く筋トレを始めてみました。
2日半、部屋にこもりっぱなしだったので体がすっかり鈍っています。

お、いいね、まだ少し揺れている気がするけど、
この程度なら無視できる。

時計はそろそろととら亭の閉店時間。
今日もともこがソロでやっています。
彼女の方もだいぶ疲れてきているでしょう。

OK、じゃ、お店に行って、
リハビリがてら片付けを手伝ってみよう。

本日

今は13時40分。
お店のカウンターでキーを叩いています。
朝から体調はよく、ほぼ95パーセントくらい回復したかな?
まだ時々ふわっとした感じが残っていますが仕事に支障はないでしょう。
今日のディナーから現場に復帰します。

いや〜、今回も大変勉強になりました。
この病気は原因の具体的な特定が難しく、
いつまた再発するか分かりませんから、
最悪、医療施設のない地域を旅している時を想定して、
善後策を作って行こうと思います。

結構しんどい症状なのでネット上には悲観的な意見もありますけど、
僕はこうしたことも付き合い方だと考えているんですよ。

そう、自分自身の旅のために。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月16日

自分の旅のために その2

聴覚障害を伴わない急なめまい。
そしてそれは横になると数分以内に消失する。

僕は数年前に、
知人がほぼ同じ症状で苦しんでいたことを思い出しました。

「検索してほしいキーワードはね、『良性発作性頭位めまい症』だよ」

めまいというと、
安静にしていても症状が治まり難いメニエール病が知られていますが、
これには聴覚障害も伴うため、僕の症状とは一致しません。
となると、残りはあれしかない・・・?

「えーじ! 大変だよ! 脳卒中の場合もあるって書いてあるよ!」

こ、怖いことを言うね。

「じゃ、とにかく病院に行かなくちゃ」
「でも歩ける?」
「ん〜・・・今日、別件で行くY病院は内科もあったな。
 でもいつもみたいに自転車に乗るわけにはいかないし、
 バスで行くには歩く距離が長すぎる。
 かと言って救急車を呼ぶほどじゃないしなぁ・・・」
「じゃ、タクシーを呼ぼうか?」
「そうしよう」

しかし電話をかけた数社の配車センターからは、
いずれも出払っていますとのつれない回答。
ようやく5件目くらいで、
15分後に1台回してもらえることとなりました。

そして10分ほどで電話が鳴り、

「えーじ、来たって!」

ところがふらふらしながら外に出るとタクシーがいません。

「どこいっちゃったんだろう? あたし探してくる!」
「待った! 僕が見つからなければまた電話してくるはずだよ。
 ともこはそのまま部屋にいて」
 
5分ほどすると、案の定、電話が鳴り、
迷っていたタクシーがやってきました。

「それじゃ行ってくる。容態が分かったらメールするよ」
「気を付けて!」

「こんにちは。新井1丁目のY病院までお願いします」
「そ、そ、そこまでの道を教えてもらえますか?」

ドライバーは40歳代の男性。
どうしたわけか非常におどおどした様子です。

「では住所を言いますからカーナビに入力して下さい」

「こ、これでいいでしょうか?」

む〜・・・なんでそんな遠回りするの?
仕方ない。自分でナビやるしかないか。

「それでは僕の言うとおりに走ってください。
 まず道なりに右折してT字路に当たったら左折します」

うげぇ〜、よけいに気持ち悪くなってきた!
やっぱり救急車を呼べばよかったかな?

いつも自転車で行く道ですから大した距離ではないのですが、
つっかえつっかえのハンドルさばきのおかげで、
僕は素人が羽生君の、
5回転ジャンプをまねたような状態になってしまいました。

ようやく料金を払ってタクシーを降りると、
病院の入り口がムンクの絵のように見えます。

お、おっとっとっと・・・

何とかまっすぐ歩こうとするものの、
傍から見たらバッテリーが切れかけたC3−POみたいだったでしょう。

「こんにちは。
 今日は整形外科でMRIの結果を聞きに来たのですけど、
 その前に内科で診てもらいたいのですよ。
 めまいがひどくて吐き気もあって」
「吐き気ですか? それではまず検温をして下さい」

む〜・・・あんまり関係ないと思うんだけど、
ま、そういう手続きなんだろうね。

「35.8度です」
「ではそちらでお待ちください」

と言われて待つこと30分。

やれやれ、今日は天気が良くないのにけっこう混んでるなぁ。
うげぇ〜、頭を動かすと吐き気が倍増する。
じっとしていなくちゃ。
と言っても、この姿勢じゃ難しいんだよな。

そこで通りかかった看護師さんに、

「すみません。
 めまいがひどいんで横になって待っていてもいいですか?」
「え? ちょっと待ってて下さい!」

するとすぐ僕の名前が呼ばれました。
別にそういう意味じゃなかったんだけど、
横入りになっちゃったかな?
すみません、待っているみなさん。

担当は50歳前後の男性のドクター。
僕がこれまでの状況を話すとすぐ看護師さんに、
てきぱき血圧と心電図を撮る指示を出しました。

はぁ〜、これでバトンタッチだ。
あとはお客さん気分で言われるがままにしていれば、
前に進むだろう。

血圧と心電図には異常なし。
次は頭部のCTスキャンです。
で、おっかないその結果は?

「脳に異常はありませんね」

OK、最近の物忘れのひどさも器質的な問題じゃなかったのね。

「血管も詰まっていません」
「ではどうなのでしょう?」
「耳も聞こえているので・・・」
「良性発作性頭位めまい症?」
「ん〜、その可能性が考えられますがまだ断定はできません。
 まず、めまいを軽減する薬を入れた点滴を打ちましょう」
「ありがとうございます。
 それから今日は別件で整形外科に行かなければならないんですが」
「それじゃ整形の先生に伝えておきますよ」

不思議なもので横になっていると、
この短時間の間でも症状が消失しています。

僕はストレッチャーに乗せられて、
空いている緊急処置室へ運び込まれました。

ああ、ここには見覚えがあるぞ。
去年の8月に腰部椎間板ヘルニアで救急搬送された部屋じゃないか。
まさかこんな形でまたここに来るとはね。

点滴が始まって間もなく整形外科の先生が現れ、

「あらあら、今日はめまい?」
「ええ、何かと忙しいんですよ」
「で、こっちは左ひざの件ね。
 やっぱり右の半月板が損傷しているわ。
 ここはあらためて削るかどうかの判断をしましょう」
 
OK、こっちは的が絞れたぜ。
めまいをどうにかしたら次を考えよう。

ドクターが退出すると部屋の照明を消してくれたので、
僕はいつしか眠ってしまいました。
そして点滴が終わるころ40歳前後の看護師さん現れ、

「どうですか? 起きれそう?」
「どうだろう? 寝ていれば何ともないんですけどね」
「それではゆっくり起きてみて下さい。無理しないで」

来たときは嵐のタイタニック号に乗っているような状態でしたが、
薬が効いたのか、今はやや穏やかな海を航行中です。

「つらかったでしょう? このまま帰れますか?」
「ん〜・・・なんとかゆっくり歩けば帰れると思います」
「めまいがひどいなら動かない方がいいですよ」

彼女が同情に満ちた眼差しで僕を見ています。

「もしかして経験者?」

彼女はその質問に苦笑いをもって応えてきました。

「では教えてください。
 この病気でやるべきことと、
 やるべきではないこととは何でしょう?」
「そうですね、個人差があると思いますが、
 ストレスを溜めないことが大切だと思います。
 といっても今の社会では難しいでしょうけどね」
「いろいろな体操がありましたよね?」
「エプリー法とか?
 ああ、わたしもでんぐり返しだってやりましたよ」
「それで?」
「ん〜、さっと治ったわけではありませんでしたね」
「分かりました。僕もいろいろ試してみますよ。
 いろいろアドバイスありがとうございました」

何度もいろいろなところの医療機関でお世話になっていて、
僕が都度感じていることがあります。
それは医療関係者に必要なのは、医学的な知識だけではなく、
彼女のように、自ら苦しんだ患者としての経験なのではないか?
その有無が医療行為だけではなく、
会話の一つにも如実に表れているような気がするんですよ。

そしてもうひとつは、医療関係者の仕事に関する患者側の理解。
今回、僕が点滴を受けていた緊急処置室は整形外科の隣でした。
おのずとあちらの声は聴き耳を立てるまでもなく、
はっきりと聞こえてきます。
僕の心を打ったのは、
午前中だけで30名を超える患者を診続けたドクターが、
患者の入れ替わりの合間に漏らした2回の大きなため息。
それは僕に接する時のクールで気丈な彼女からは、
想像しにくい響きを持っていたのです。

日本ではドクターに限らず、
医療介護従事者の数が圧倒的に不足しています。
そうした高度で忍耐力を求められるサービスを必要とする
高齢化が進む現在、これは未来の話ではなく、
本当に、今ここにある深刻な問題なんですよね。

なんて感慨にふけっている場合じゃなかった!
うちに帰らなくちゃ!

会計を済ませた僕を見るスタッフさんたちは、
おしなべて心配そうな面持ちです。

「無理していま帰らなくてもいいんですよ。
 もう少し休んでいかれてはどうですか?」

この病院は事務方さんも親切なんですよね。
しかしそんなお言葉に甘えてばかりはいられません。
外に出ればタクシーの1台くらい通りかかるでしょう。
そこで出てみるとちょうど走ってくる空車が。

お、ラッキー!

で乗り込み「野方5丁目の大和幼稚園の近くまで」と言ったら、

「そ、そこまでどうやって行ったらいいでしょう?」

がちょ〜ん・・・ま、またですか・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月15日

自分の旅のために その1

出かける前に都度お話している『取材旅行の準備』。
これとは別に、日常的な準備があります。

それは健康管理。

というと地味な話題に聞こえますが、
旅の食堂という仕事柄、
旅先だけではなく、日常的にも求められるのが、
身体能力と持久力。
1日10時間前後の立ち仕事にデスクワークを足すと、
月の平均労働時間は400時間前後になりますからね。

加えてこれまでも『入院日記』などでお話しましたように、
腰部椎間板ヘルニアなんでハラショーな持病まであるので、
こいつのケアも忘れちゃいけません。

というわけで、ここ7年間続けているメニューが、
週2〜3回の6キロメートル前後のジョギングと、
これまた週4〜5回の40分間程度の筋トレ。

これ、55歳のおっさんには、なかなか楽な内容じゃないんですよ。

加えて自然の摂理と申しましょうか、
生き物はすべからく歳と共に故障個所が増えるもの。

最近は腰部椎間板ヘルニアに加え、
左手親指付け根の痛み → 関節炎という診断で治療中。
左ひざの痛み → 変形性膝関節症との診断でしたが、
ヒアルロン酸の注射では改善しないので先週MRIを撮ってもらいました。

とまぁ、
なかなかデラックスなコンディションになってまいりまして。

しかし厄介ごとというのは、
ひとつが終わって次がやって来るとは限りません。

それでは時計を一昨日に巻き戻して、
僕が直面した、いや、直面中の新しい『課題』をお話しましょうか。

時刻は16時。
ジョギングから戻り、
近くの公園でストレッチして立ち上がると・・・

お? おっとっと!
危ねぇ・・・立ちくらみか。

僕はバランスを取り戻して直立したまま、
ゆっくり深呼吸を繰り返しました。

OK、大丈夫だ。
さぁ、帰ってシャワーを浴びたらお店に戻らなくちゃ。

立ちくらみはよくあることなので、
僕は何も気にせず再び走り始めました。

そこからは何ごともなく、
普段通りにすべてが進んでいたのですが、
ディナー営業が終わる1時間ほど前から僕は今まで経験したことのない、
奇妙な感覚に襲われ始めていたのです。

ん? 地震か?

揺れたような感じがしたのですが、
グラスハンガーを見てもワイングラスは揺れていません。

・・・? 気のせいか?

そしてまた暫くすると、
まるで大きな船に乗っている時のようなゆるやかな揺れを感じました。

・・・? なんだこりゃ?

これが断続的に続いているうちに、
軽い船酔いのような症状になってきたのです。

「どうしたの?」

ともこが僕の様子に気付きました。

「ん〜・・・なんか調子悪い。
 時々めまいがして気持ち悪くなっちゃった」
「え〜っ! 風邪ひいたんじゃないの?」
「風邪っぽくはないな。熱が出ている感じはないし」
「賄いは食べられる?」
「いや、そんな気分じゃないよ」
「大変! じゃ先に帰って休んでて。あとは私が片付けるから」

アパートまで帰る途中も、まるで酔っぱらった時のように、
ときどき体がふわふわします。
僕は寝室で横になるなり、そのまま寝入ってしまいました。

そして朝。

「どう? 調子は?」

布団の上で目を開けると吐き気も目眩もなく、
頭はしゃっきりしています。

「ああ、いいよ。どうやら治ったみたいだ」
「よかった!」

そうして起き上がり、顔を洗って戻ろうとすると、
突然、昨夜と同じ症状がまた・・・

な、なんだこりゃ?

僕はゆっくり布団に横たわり、
自分の症状を過去の記憶に照らし合わせました。

「え? どうしたの?」
「どうやら治ってないみたいだ」
「大丈夫?」
「じゃないな。昨夜より悪化してる」
「どうしよう?」

僕は目を閉じたまま暫く考え込み、

そうか。もしかしたら・・・

「ともこ、タブレットは持ってる?」
「うん」
「起動してグーグルを立ち上げて」

「上がったよ」
「検索して欲しいキーワードがあるんだ。
 それは・・・」

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月12日

第18回取材旅行の準備 その2

旅とあらば、俄然モチベーションの上がる僕ではありますが、
今回は、ちとブルーな要素がございまして。

そう・・・前回お話しましたルートからすると、
例によって英語が通じる可能性は・・・

ない。

いや、ないどころか、ギョーザ本の第2章、
『本場のおいしさとの出会い 〜中国のジャオズ〜』
でもお話しましたように、
道を訊いただけで、とんでもないことになったトラウマもあるんですよ!
さらに、今回はただでさえ厄介な陸路での国境越えもあるし。

さらに、さらに、次に入るモンゴルの言葉もチンプンカンプン。

直近でほぼ同じルートを旅したバックパッカーからは、
ご丁寧にも「モンゴルでは水を買うのも大変でしたよ」
なんて脅しまで頂戴し、ただいま受験生よろしく、
北京語とモンゴル語の1カ月漬けに勤しんでいる次第でございます。

いやぁ〜、昔から僕はどうも中国語の抑揚が苦手でして。
モンゴル語は聞いたこともないような音の並びだし。
ロシアやブルガリアなどのスラブ語圏や中央アジアを旅したおかげで、
キリル文字がある程度読めるのが救いですけどね。

む〜・・・調べてみれば、モンゴル語の比較言語学における分類は、
アルタイ諸語になるそうなんですけど、
この学説はまだ定説化されておらず、
なるほど下位言語にチュルク語族や朝鮮語族、
はてや我ら日本語族まで十羽一絡げにされているところからして、
カテゴライズできない『その他』みたいなものなのかもしれませんね。
西欧発のあのメソッドは、
やっぱり印欧語系にしかフィットしないのかしらん?

ちなみに『こんにちは』は『サイノー』で、
『ありがとう』は『バイアルラ』。
『僕はウランバートルに行きたい』は、
『ビ ウランバーター ルー ヤヴマー バイナ』ってな具合。

もちろんこれは強引にカタカナ書きしたものなので、
ベタ読みしてもまず通じないでしょう。
翻訳ソフトなどを使って、
事前に抑揚やアクセントを掴んでおくことが大切です。

ま、今回に限らず、
こうして日本語と英語が通じない地域を旅する時は、
こんな風に現地語を挨拶、移動、食事、買い物、
宿泊の各状況カテゴリーに分けて、サバイバルレベルで覚えて行くのです。

え? 指差し会話帳やスマホのアプリを使ったらどうかって?

ま、それもいいんですけどね。
なるべくモノに頼らないのがオールドファッションな、
僕の旅のスタイルなんですよ。

オジサンというのは不器用な生き物なのでございます。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月09日

第18回取材旅行の準備 その1

超連休の余韻が消え、
皆さんもすっかり日常生活に戻られたことと思います。

休暇の過ごし方について僕が予想していたのは、
『前半アウェイ、後半ホームが主流!』でしたが、
お店の混み方から振り返って見ると、
一番多かったのは、『ず〜っとホーム!』だったような気もします。
なるほど日頃の疲れと観光地の混雑、そして青天井のコストを考えれば、
それもまた当然の選択だったのかもしれませんね。

さて、それじゃ次は、僕らの番。
まもなく6月と言えば取材旅行の時期です。

今回のテーマは、
ギョーザを巡る中国・モンゴル、ローカル鉄道の旅!

まず成田からLCCで中国東北部のハルビンに飛び、
そこからローカル鉄道を乗り継いで南下しつつ長春、瀋陽と取材を進め、
北京で北北西に進路を変えて、
内モンゴル自治区のウランチャブを経由し、
モンゴルとの国境の街アーレンホトに向かいます。
そして国境を越えて反対側のザミンウードから、
再び鉄道でウランバートルを目指す。
なんとも、ととらなルートでございます。

そこでミッション1

『日本のギョーザは、
 大東亜戦争時の関東軍の復員兵が持ち帰った、
 満州のジャオズがルーツである』
 
とする説が最も支持を得ているようですが、
本当にそうなのか?

と申しますのも、
満州から引き揚げて来た方たち数名からヒアリングした、
現地のジャオズというのは、レシピといい食べ方といい、
僕らが慣れ親しんだ日本のギョーザとあまりにも違いが多すぎる。

となれば、実証主義を標榜するととら亭ですから、
情報レベルで云々するのではなく、
まずは実際に行って食べてみようじゃないか!
ということになりました。
特にハルビンや瀋陽では、
昔ながらのジャオズ(ギョーザ)を売り物にしている店が数多あるそうです。

ミッション2

ユーラシア大陸に存在する最北のギョーザは、
今のところロシアのペリメニだと考えられます。
しかしながらこの料理名、
ロシア語(インド・ヨーロッパ語族 スラヴ語派東スラヴ語群)ではなく、
語族からして違うコミ語
(ウラル語族 フィン・ウゴル語派フィン・ペルム諸語ペルム諸語)だそうな。

となると今でいうコミ共和国がその起源なのではないか?

そして中国のマントゥ起源でユーラシア大陸に広がったギョーザの多くは、
マンタ、マンティ、マンドゥ、マンティーヤなど、
明らかにオリジナルの音を借用した料理名が多いにもかかわらず、
ヒンカリやヴァレニキ、コルディナイなど、
独自の現地語に置き換えられたものもあります。
もしかしたら、
そこにはマントゥを根にした一本の系統樹には収まり切れない、
独立したものもあるのではないか?

そこでコミ語の『耳パン』を意味するペリメニ。
これもまた中国のマントゥをその祖にした食べ物なのか?
それとも独立したものなのか?
その答えのヒントがありそうなのは、
ウラル山脈の西部に位置するコミ共和国とマントゥが生まれた可能性の高い、
華北平野を結んだ直線上の国、そう、モンゴルなのですよ!

というわけで、いつかシベリア鉄道に乗ってコミ共和国に行く前に、
モンゴルのギョーザであるボーズとバンシュを調べてみよう!
と相成ったのでございます。

期間は6月18日(火)〜7月2日(火)。

しかぁ〜し、その前に・・・

to be continued...

えーじ
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2019年05月06日

ととらな旅のおすすめ その5 最終回

スーパーゴールデンウィークもいよいよ佳境。
皆さんはどんな休暇を楽しんでいましたか?

ととら亭でもいろいろな旅の話を聞いています。
人によって行き先や目的、そしてスタイルはさまざま。

旅のグレードに訪れる場所やそこまでの距離は関係ありません。
地球の裏側まで行くとなれば、
誰もがそれを旅と呼ぶかもしれませんが、
日帰りで近くを歩いてみることだって、
場合によっては同じことだと僕は考えています。

では、ととら流の旅の定義とは何か?

それは自分にとって未知の領域へ、
主体的にアクセスすることなのですよ。

そこで『その1』から4回に分けて、
そうした旅のコツをお話していたのですが、
実はその裏側にディープな理由がありまして。

この仕事を9年余りやっていて何度となく残念に思ったのは、
『旅人が思い出をなくしてしまう』という、
一種不思議な現象でした。

たとえば、多くの旅行経験を持っている人が、
自分で行った旅のディティールを思い出せない。

もちろん僕だって、
すべてのことを克明に記憶している訳ではありませんが、
訪れた街の名前や何を食べたかすら覚えていないというのは、
旅の最高のお土産がその思い出だとすると、
結構シビアな問題だと思いませんか?

解決のヒントをくれたのは、ひとりのご婦人でした。
彼女もまた旅行経験が豊富な方ですが、
「やぁ、ローマはいかがでしたか? ニューヨークは?」
と訊いても、それほど前のことではないにもかかわらず、
どうも答えが曖昧になりがちだったのです。

しかし例外的に、
彼女がはっきり反応する話題がふたつありました。

それはトイレとイミグレーション。
このふたつは対称的にディティールまでよく話してくれます。

なぜだろう?

僕はしばし考えていました。
そして思いついた説明がこれ。

至れり尽くせり型ツアーでも、
トイレとイミグレーションだけは自分ひとりでやらなければならない!

添乗員付きのツアーでは、
出発地の空港に着いて集合場所まで行った後は、
すべからく甲斐甲斐しいツアコンさんが面倒を見てくれますが、
先のふたつはだけは彼女も主体的にやらざるを得ません。
結果的に、それが記憶に残ることとなったのです。

さて今回、僕がお勧めしたのは、
場所、移動、食事、会話についてのティップスでした。
でも実のところ本当に言いたかったのは、
それらすべてに共通する、
『コミットメント(主体的な関与)』だったのです。

旅行産業がとことん発達した現今、
極端に言えば、渡航先の知識がまったくなくても、
ツアーを申し込み、
あとはパスポートとクレジットカードさえ持って空港に行けば、
秘境ツアーにだって参加できますし、
旅先で困ることもほとんどないでしょう。

しかし、旅そのものにコミットしないのであれば、
逆の意味で地球の裏側に行くことも近所の公園に行くことも、
記憶に残らないという点では同じなのです。

僕がお勧めした例は、ほんの一部に過ぎません。
旅の空間ではコミットできるチャンスが無数にあります。
そのすべてにとっかかるのは現実的ではなくても、
1日にひとつかふたつでもコミットすれば、
その旅はツアコンさんの背中を追い続けたものより、
少なからず豊かなものになるのではないか?

これは個人旅行でも2人以上で行くのなら、
相手まかせにしてしまうとまったく同じことが言えます。

ときに人生が旅に例えられるように、
僕たちの日常もまた、コミットしないのであれば、
誰のものともつかないものになってしまうでしょう。

受け身の指定席から立ち上がり、自分自身の記憶に残る体験の世界へ。
そう、広大なこの星へのコミットメント。

それを僕は旅と呼びたい。

Let's dive into the unknown future by wings of free will.

えーじ

End
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2019年05月03日

ととらな旅のおすすめ その4

ひとり旅。
ふたり旅。
そしてグループ旅行。

みなさんもご存知のとおり、
旅の経験の質には人数がとても大きく影響します。

では、ひとり旅とふたり以上の旅における最大の違いとは何か?

僕の個人的な経験から申しますと、
それは『他人との会話量』です。

たとえばひとり旅とグループツアーの差を考えてみて下さい。
いつも隣に話し相手がおり、道に迷うこともまずない旅で、
他人に話しかける機会がどれくらいあります?

逆もまたしかり。

ローカル側から話しかけてくる場合でも、
ひとり旅 > ふたり旅 > グループ の順に少なくなるのは、
話しかけやすさを考えれば当然ですよね?

次にもうひとつ質問です。

旅で最も記憶に残ることとは何か?

これまた僕の経験から申しますと、
人との出会い。
これに尽きます。

もちろん美しい風景に惹かれて僕も旅をしました。
広大なサハラ砂漠、突然目の前に広がったマチュピチュ、
森厳なアンコールトム、青空とのコントラストが美しいパルテノン・・・

しかし美しい青の街、ウズベキスタンのサマルカンドですら、
不思議なことに後になって思い出すのは、
荘厳なモスクやマドラサ(神学校)ではなく、
愛らしい子供たちや親切な市場の売り手たちとの出会いなのです。

そんなわけで今回のおすすめは、会話。

あ、また眉間にしわを寄せていますね?

英語は話せないって言ったじゃないか?

では僕ももう一度、断言しましょう。

心配はいりません。

大体にしてですね、
『英語は世界語』なんてのは風説もいいところなんですよ。
もし本当に世界中で標準化されているなら、
僕もここまで苦労はしませんでしたからね。

たとえば、そう、あれは2002年5月のこと。
僕たちはベトナムからカンボジアにかけて、
陸路で国境を越えながら旅をしていました。

あの時も、ともこがプノンペンに滞在中、熱を出してダウンし、
僕はひとりでモニボン通りへ夕食を食べに出かけたのです。
そこで入ったのは、よくある華僑系の中華料理店。
扉を開けて入れば、これまたフツーのお店。
しかし夜の7時過ぎにもかかわらず、お客さんは誰もいません。
僕はホールの少女に挨拶して端のテーブルにつきました。

あれ? メニューは?

店の奥には4人の少女がいます。
僕がキョロキョロしているのを察したのか、
そのうちの一人が中国語で書かれたメニューを持って来てくれました。

なるほどね。
でもみんな中華系ではなくカンボジア人だな。
さて、何を食べようか?
お腹が空いたから麺ものとご飯もの1品ずつがいい。

僕は手を挙げてホールを呼びました。
すると今度は別の少女が来たので、
ダメもとの英語で話しながら指差しオーダー。

ここまでは良かったのです。

料理が来るまで本でも読んでようかな?
と思った僕がふと顔を上げると、
4人の少女たちが揃ってこっちにやって来るじゃないですか。

ん? なんだ? どうしたんだ?

彼女たちは愛らしい笑顔を浮かべています。
推定年齢はみな18歳前後でしょうか。
そして本当のサプライズはその次です。
僕がハト豆な顔をしているのを尻目に、
彼女たちは僕を囲むようにして座り出したのですよ!

え、ええ? なにこれ?

至近距離に腰かけた少女4人が、
僕をじっと見つめながら微笑んでいます。
しかも何も喋らずに。

「あ、あ〜、君たち。英語は話せるかい?」

し〜ん・・・

今度は日本語で、

「OK、僕はクメール(カンボジア)語が話せないんだ。
 僕の言っていること分かる?」

し〜ん・・・

彼女たちは時折お互い顔を見合わせてくすくす笑いはしますが、
言葉は何語にせよ、いっさい話しません。
僕との距離はみんな約1.5メートルほど。
店内には僕ら以外、誰もいません。

おいおい、こりゃなんだ?
風俗店? じゃないよな?
うん、どこから見てもここは中華料理屋だ。
彼女たちもフツーの格好だし化粧もケバくない。
しかし、このシュールなシチュエーションはどう説明がつく?

そうこうするうちに、ふと一人が立ち上がって店の奥に行くと、
僕が注文した料理を持って来ました。

お、料理が来たか、
あれを置いたらみんな離れて行・・・かないじゃん!

そう、料理が来たのはいいのですが、
みんなさっきのまま、座って僕をじっと見ているのです!
しかもいまだ一言も喋らずに。

分かります?
この思考停止の緊張感。

「あ〜、君たち。お腹空いてるの?
 一緒になにか食べるかい?」

し〜ん・・・

「そ、そう? いらない?
 じゃ、失礼して、食べ始めてもいいかな?」

し〜ん・・・

彼女たちは変わらず、にこにこしながら僕を見つめています。
たった1.5メートルの至近距離で。

僕はこの無言のニコニコ攻撃についにキレました。
といっても怒ったのではありません。

「いただきま〜す!」

と大きな声で言ったあと、おもむろに食事を始め、
イッセー尾形氏のひとり芝居よろしく、食べながら自己紹介を始めたのです。

もぐもぐもぐ・・・

「やぁ、僕の名前はえーじ。日本人だよ。
 東京に住んでてね。仕事はシステム関係(当時)のことをしてるんだ」

もぐもぐもぐ・・・

「あ、このチャーハンは美味しいなぁ!
 汁ソバもいけるじゃないか。
 でね、今回、ワイフと一緒にベトナムから旅して来てさ」

もぐもぐもぐ・・・

こうなったら僕も長年の旅で神経戦には長けているつもりです。
相手が黙っているならこちらはしゃべり続けてやろうじゃないですか。
こうして15分から20分間ほどが経ち・・・
(僕には1時間以上に感じましたけど・・・)

「ふぅ〜、おいしかった! お腹いっぱいだ。
 それじゃお会計してくれる?」

そういうと、ひとりが金額だけ書いた紙片を持って来ました。
こうした反応を見るかぎり、
あながちまったく意思疎通が取れていない訳でもなさそうです。
加えて安心したのは、ガールズバーよろしく、
ぼったくりな追加料金が上乗せされていなかったこと。
細かい値段は忘れてしまいましたが普通のカンボジア価格でした。

「ありがとね! ごちそうさま! バイバ〜イ!」

彼女たちがドアまで出てきて手を振っています。
そう、あの愛らしい笑顔を浮かべて例の無言のまま・・・

あの夜の出来事がいったい何だったのか、未だに僕は分かりません。
しかし、共通言語がなくても、
こうして『コミュニケーション』はとれるんですよ。
そしてなにより17年の年月が流れても、
こうした経験は色褪せないものです。

というわけで日本語しか話せなくても大丈夫、
グループツアーでも買い物や食事の時に思い切って『お話』してみましょう。
きっと世界遺産の風景以上に、
あなたの旅のハイライトになりますよ!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月01日

ととらな旅のおすすめ その3

あなたにとって旅の楽しみとは何ですか?

こう訊かれて「おいしい食べ物やお酒!」
と答える人は少なくないでしょう。
それを目的にした『美食ツアー』だってあるくらいですからね。
そもそもととら亭だって、
そうした楽しみ方から始まったようなものですし。

しかし残念なのは、
これまた多くの人に「では何がおいしかったですか?」と訊いた時、
答えが「ん〜・・・あれ? なんだったっけ?」となってしまうこと。

そう、おいしかった記憶はあるのですが、
それが何処で食べた何だったかは覚えていない。

なぜか?

たぶん、ご自分で注文しなかったからでしょう。
上げ善据え膳式の食事の内容が長く記憶に残ることはまずありません。
でも旅の最高のお土産が『思い出』だとしたら、
はるばる外国まで行ってこんなにもったいないことはないと思いません?

そこで今回のおすすめは、
『料理やお酒は自分で注文する』です。

あれ、急に顔色が曇りましたね?
外国の言葉は何も話せないし、メニューも読めない?

それでは断言しましょう。

心配には及びません。

コツはただひとつだけ。

それは『柔軟な発想』です。

20数年前、僕はとある縁から、
ハイティーンの男の子二人を連れてタイに行ったことがありました。
彼らはいずれも初の海外旅行。
とうぜんタイ語はおろか英語も「あい・あむ・あ・ぼーい」状態。

しかしまがりなりにも一種のスタディツアーですから、
ひな鳥よろしく、
最後まで僕がなんでも口に入れてやるわけにはいきません。
そこである朝、ロビーで・・・

「おはよう。今朝は君たちに任務を与える。
 ミッションはシンプルだ。
 これから外に出かけて朝食を食べてきたまえ。
 ルールはひとつだけ。
 ふたりとも別々の店に入ること」

ほらほら、彼らの表情に漂う緊張感・・・
それでも腹を決めたのか、じゃんけんをすると、
勝った方が先にホテルを出て右に曲がり、
負けた方はその逆の左に曲がって行きました。

そして30分ほどが過ぎ、
ホテルのラウンジでコーヒーを飲んでいる僕のところへ、
顔を輝かせた彼らが戻り、

「どうだった?」
「うん! 食べて来たよ!」
「OK、どうやって注文したの?」
「オレは他のお客さんが食べてるのを指差した」
「僕はメニューを適当に指差した」
「何を食べたの?」
「サンドイッチ」
「君は?」
「焼きそばみたいなやつ」
「ああ、パッタイね。で、美味しかったかい?」
「うん!」

彼らが覚えていたタイ語は、
サワディーカップ(こんにちは)とコップンカップ(ありがとう)だけ。
それでもこうして食事を楽しんで帰って来ました。

あれから20数年が過ぎましたが、
僕は確信していることがひとつだけあります。

それは彼らがあの旅で、
僕が注文したものは殆ど覚えていないだろうけど、
あの日の朝食だけは、けして忘れないだろうということ。

ちなみに中南米を3カ月旅した時、
ともこが覚えた最初のスペイン語のフレーズは、

Cerveza,por favor!
(ビール下さい!)

でした。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月29日

ととらな旅のおすすめ その2

旅の移動方法の基本は徒歩。
飛行機で移動するにしても鉄道を使うにしても、
歩くことなくして旅は成り立ちません。
そこで最初にお勧めしたのが地図を使って、
地理的なイメージを持つことでした。

自分がどんな場所に居て、
どう移動しているのかを主体的に把握することは、
ある意味で旅の基本でもありますからね。

そこで次にお勧めしたいのがローカルな交通手段の利用です。

すべて手配された自動車で移動するのはもちろん楽ですが、
それだけではなかなかその土地の素顔の人々と出会うことができません。
でも、そんなチャンスを簡単に得られるのが、
バスやローカル鉄道なのですよ。

僕はみんなが余所行きの顔をしている空港より、
市井の駅やバスターミナルの方が好き。
その待合室でマンウオッチングしていると、
いろいろなドラマが楽しめるからです。

娘や息子を見送る親、
別れを惜しむ恋人たち、
お土産をたくさん持って出かける家族・・・

今年の1月に行ったエジプトでは、こんなことがありました。

ナイル川のローカル渡し船に乗っていた時のこと。
オートバイを乗せた男性が下船しようとしてバランスを崩し、
あわや川へ転落! という瞬間、
近くにいたハイティーンの少年たちがさっと駆けつけ、
男性を助けはじめたではないですか!

僕らがはらはらしながら見ているうちに、
後と左右から支えられてオートバイの男性は危険な一本橋を渡り、
なんとか無事に岸へ上がれました。
それにしても驚いたのは、彼に礼を言う間も与えず、
少年たちが風のように去ってしまったことです。

また、駅のホームではこんなことがありました。

僕らが列車を待っていると、
ベンチに行儀悪い姿勢でふんぞり返っている二人の若者に気付きました。
こうしたハイティーンはどこにでもいるものです。
ところが彼らの近くに年配のご夫婦が通りかかるやいなや、
二人の若者はさっと立ち上がって席を空けたではないですか。
そしてまた礼を言う間も与えず歩き去ってしまったのです。

困った人がいれば助ける。
その見返りは求めずに。

そうムスリムたちが教えられているという話は本当でした。

こうした光景はけしてガイドブックに載っていませんけど、
いつまでも記憶に残る旅のハイライトになると思います。

そう、素顔の街へのアクセスは、
ローカル鉄道やバスが一番なのですよ。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月27日

ととらな旅のおすすめ その1

さぁ、始まりました10連休!
今頃、このブログを旅先で読んでいる方もいらっしゃるでしょうね。
そこで今日から数回に分けて、
『ソロの個人旅行以外』で旅をしている方に、
ととらっぽいリコマンドをしたいと思います。

え? なんで『ソロの個人旅行以外』なのかって?

というのも、これからお勧めすることは、
ソロの個人旅行なら当たり前というか、
避けて通れないことだからなのですよ。

それでいて『ソロの個人旅行以外』だと、
たとえそれが『個人旅行』であっても必須ではなくなります。

しかし必須でないからと言って、けして無駄や無意味ではありません。
いや、むしろ旅の密度を上げるにはとても効果的なことだからこそ、
ぜひこの機会にお勧めしたいな、と思いまして。

じゃ、まずこれから行きましょう。

地図です。

訪れる国や街の地図を広げて、
これから旅するルートをトレースしてみてください。

地図を使い慣れていない方にはとっつき難いかもしれませんが、
コツは基準点を設けることです。

たとえば国であれば首都、街であれば広場や駅などがいいでしょう。
そこを中心に移動するルートをトレースすると、
頭の中に旅の空間がだんだんイメージできてきます。

もう一つのコツは現地で方角とイメージを一致させること。
地図の上下左右は一般的に東西南北と対応しています。
(上が北。ずれている場合は地図の中にコンパスの絵が描かれており、
 矢印が指し示してあるかNと書かれている方が北です)

最近はスマホのアプリにもコンパスがありますから、
旅先でコンパスが指し示す北へ地図の上辺を向けて、
実際の風景とイメージを重ねてみて下さい。

どうです?
GPSを使わなくても自分がどこにいるのか分かりましたか?

これを移動中に何度かやるとですね、
初めて訪れた街でも迷うことが減ってくるだけでなく、
効率的な移動ができるようになるんですよ。

あ、忘れちゃいけない注意がふたつありました。

旅先で移動中に地図を見る時は、
脇に寄るなどして建物を背にして下さいね。
道の真ん中でやると往来の妨げになりますし、
何より後ろから引ったくりに遭う可能性があります。

それから地図を使ってのオリエンテーリングは、
スマホのナビゲーションとはまったく別物です。
スマホの画面を見つめながら歩いても、
目的地には『効率的』に着くかもしれませんが、
それ以外には、はっきり言って何の意味もありません。
いや、むしろ百害あって一利しかないでしょう。

試しに二つのやり方を試してみて下さい。

後日、歩いた道を思い出そうとすれば結果は歴然ですよ。
なぜならオリエンテーリングで歩いた道以上に、
ナビゲーションに頼った道を思い出せることはまずありませんから。
それじゃ旅がもったいない。

さぁ、前置きはこれくらいにして、
歩き始めましょう!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月25日

連休狂騒曲

ゴールデンウィークまで2日。

大型連休中の交通機関や観光地の恐るべき混雑は、
誰もが知るところですけど、
それが『始まる前から始まっている』のを体感しているのは、
特定の業界に限られているような気がします。

それは1カ月のあたりの業務量が決まっている仕事。
休みが多ければ多いほど、
営業日の仕事量にそのしわ寄せが行ってしまうんですよね。

一昨日、病院の帰りにいつもお世話になっている調剤薬局に寄ると、
普段にこやかな薬剤師さんたちは額に汗して大わらわ。
(あ、椎間板ヘルニアではありませんよ。
あれ以外に左手の関節炎やら左ひざの靭帯の痛みなどで、
故障だらけなのでございます)

それもそのはず、薬局が1週間以上休むとあって、
患者さんたちが事前に集中してしまったのです。

当然、その上流にある病院も同じ。
病気や怪我は人間の休みに合わせてはくれません。
待合室ではベンチに座れない患者さんが立って待っていました。

この騒ぎは僕たち飲食業界も例外ではなく、
繁忙期を前に大量の仕込みをするのはいわずもがな、
業者さんたちが休んでいる間に必要な食材を、
事前に調達しなければならないのです。

え? それなら発注すればいいだけだろう?

いやいや、そう簡単な話ではないのですよ。
とりわけ世界有数の坪家賃で汲々と営業している狭小店舗では、
そもそも在庫の置き場がないのです。

というわけで、
ととら亭ではまず置き場所づくりの断捨離から始めました。
ベンチシートの中を重点的に片付けて、
ワインや乾物系のストックスペースを作るのです。

中でも今回スペースを取っているのが、
ととら亭で春から夏の風物詩ともなったヴィーニョヴェルデ。
この時期の一番人気とあって連休中の欠品は許されませんからね。
特に今年は僕らがリスボンで飲んだ思い出のヴィーニョヴェルデが入荷したり、
レアな赤まで手に入ったので、置き場も考えずどっさり確保しました。

ヴィーニョヴェルデフェア2019

こうして連休が始まる前からととら亭も盛り上がっています。

え? そんなに飛ばして13日間連続営業は大丈夫なのか?

あ、そうでした。

だいぶポンコツ化してきているので、
体力温存で行きたいと思います。

えーじ
posted by ととら at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月23日

超ゴールデンウィークのの営業

超大型連休に向けて秒読みの段階に入りました。
皆さんはもう準備万端整っておりますでしょうか?

ととら亭でもいろいろな休暇の過ごし方を聞いています。

「10連休をフルに使って海外へ。
 どうせなら1週間では行き難い南米やアフリカ南部!」
「いやいや、アジアやヨーロッパの国をじっくり掘り下げに!」

そんな強気の声を聞きながらも、

「値段を聞いて諦めました。
 近場でのんびりしています」

という方が少なくありませんね。

確かに僕らの旅費相場から言っても、
「ちょっと高いけど、それって二人分だよね?」
「いいえ1人分です!」
な価格が飛び交っています。
まぁ、カレンダー通りでしか休みが取れない方は、
耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ぶしかないのも無理からぬ話。

そのせいか折衷案も結構ありました。
休みの前半に3〜4泊程度でアウェイに出かけ、
後はホームでのんびり。
意外とこのプランCが一番多いみたいですね。

さて、かくいう僕らはどうかと申しますと・・・

blackweek2019.jpg

じゃ〜ん、ご覧の通り!
一般的には『ゴールデン』ウィークですが、
冥府魔道の飲食業界に属するととら亭は、
字義通り、13日間連続営業の『ブラック』ウィークなのでございます。

ちなみにここまでの連続旗日は、
僕らもこの仕事で経験したことがありません。
となると、どうなるかも予測できないのですよ

たぶん、
極端に混む日とヒマな日が入り乱れるのではないかな?

そんなわけで、
混雑した日にせっかく来て頂いたお客さまを、
入り口でお断りするのは僕らも悲しいので、
できましたら事前にご予約を頂けますと助かります。

よろしくお願い致します。

えーじ
posted by ととら at 13:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月19日

第17回取材旅行番外編 その6 最終回

「ともこは先に部屋へ帰って休んでて。
 僕は薬局で薬を手に入れてくるよ」

ホテルのロビーまで戻った僕らは、
ほぼ最後の気力を使い果たした状態でした。
しかしまだこのミッションが終わったわけではありません。
いや、むしろ治療という点では何も手が付いていないのです。

さぁ、ラストタスクだ。
まず薬局を探さなくちゃいけないんだけど、
英語が話せる彼女は・・・いないんだよね。

僕はフロントカウンターの中から心配そうな面持ちでこちらを見つめる、
朝番のおじさんと目が合いました。

「さっきはありがとうございました。
 病院へ行って来ましたよ。
 で、次は薬局に行かなければなりません」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ダメか。

「僕は 薬局(pharmacy)に 行きたいです」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

え〜っと、何て言えばいいんだ?

トゥヴァレット ネレデ?

ちがう! それじゃ「トイレはどこですか?」だ!
む〜、ファーマシーはトルコ語で何て言うんだろ?
頭がぼ〜っとして意識を集中できない。

Think,Think,Think,Think....

あ、そうか!

僕は処方箋を取り出し、彼にそれを見せながら、

「ネレデ?(どこ?)」

すると彼は即座に窓の外を指差したではないですか。

え? このホテルの前?

またここからタクシーに乗って、
どこぞまで探しに行かなければならないと覚悟を決めていた僕は、
嬉しさのあまり彼をハグしたくなりました。

しかし喜び勇んで表に出た僕の目に飛び込んできたのは、
バケツや洗剤を並べた雑貨店とメガネ屋の2軒だけ。

はぁ・・・マジですか。
今度は誰に訊けばいいんだ?
ん〜・・・もしかしたら左の雑貨屋が薬も置いているかも。
んなわけないか。
と決めてかかってもしょうがない。
ダメもとで訊いてみよう。

「メルハバ(こんにちは)」

店に入った僕は初老のご主人に処方箋を見せながら、

「この薬はありますか?」

って英語は通じないよね。

しかしご主人は処方箋を手に取って内容を読むと、
トルコ語で何かを言いながら隣の店の方を指差しています。

え? そっちはメガネ屋じゃん。
はぁ・・・マジですか。
OK。分かったよ。
こうなったら行けと言われれば何処へだって行くぜ。

僕はメガネ屋に入って雑貨屋と同じアプローチを試みてみました。
すると右側のカウンターにいた若い男性は雑貨屋の方を指差しています。

あっちへ戻れ? おいおい、ここでループかい?

と天を仰ぎそうになりながら左側を見ると・・・

え? あれはまさか!

なんとこのメガネ屋の左側には、小さな薬局が併設されていたのです!

意味が通じていなかったわけじゃなかったのか。
ふぅ〜、やっとここまで来たぜ!

僕は薬局側のカウンターにいたお兄さんに処方箋を渡しました。
予想通りこの店の人たちは誰も英語を話しませんでしたけど、
トルコ語で書かれた処方箋があれば問題はありません。
お兄さんは薬の並ぶ棚から三つの小箱を取り出して僕の前に並べました。

彼も当然、僕がトルコ語を話さない外国人だと分かっています。
そこで彼はレジ横にあったパソコンのディスプレイを僕から見える角度に調整し、
ブラウザを立ち上げて、

ん? なるほど翻訳サイトか。

彼がトルコ語をタイプして変換すると英語になります。
ひとつの箱を僕の前に置き、

morning, after, breakfast, one
evening, after, dinner, one

表現はただの単語ですが、意味を汲むだけなら十分です。
僕が箱に書きとめるのを待って彼は次の箱を前に置きました。
同じように飲み方を説明し最後の箱が終わるとここだけ英語で、

「OK?」

料金は日本円にして全部で850円ほど。
思ったより大分安くて助かりました。
支払いが済んだ僕はやっと手に入れた薬の箱を手に出口へ。
というところで後ろから薬局のお兄さんの声が。
戻ってみればディスプレイに1行の英文が表示されています。
それは、

Get better soon.(すぐ良くなりますよ)

薬局のお兄さんと、
このやり取りをずっと見ていたメガネ屋のスタッフの笑顔に見送られて、
僕は店を出ました。

よし、ゴールは目の前だ!

「ただいま」
「あ、えーじ? 大丈夫?」

ともこはベッドの中で丸くなっていました。

「薬を手に入れたよ。
 おっと、その前にさっき病院で買ったシミットを食べよう。
 食堂でチャイをもらって来るよ」

時刻はもう14時半。
朝からほとんど飲まず食わずだったお腹に熱いチャイが沁みます。
この時食べたシミットの美味しいことといったら・・・

「さぁ、薬を飲もう。時間は中途半端だけど問題ない。
 いまなら解熱剤と咳止め、胃薬をそれぞれ1錠ずつだ」

はぁ〜・・・なんともまぁ長い一日だったな。

暖かいベッドに入って体を伸ばした僕は、
横になることの有り難さを全身で感じました。
と同時に記憶がなくなり、気が付けば部屋は真っ暗です。

ん? 何時だ? 腕時計は?

「えーじ、起きたの? いま何時?」
「もうすぐ19時だよ。ぐっすり眠っちゃったな。具合は?」
「ん〜・・・なんかすっきりした感じ」

僕も日中の症状が嘘のように体が軽くなっています。
そこで熱を測ってみると、ともこは36.4度。
僕も平熱に戻っているじゃないですか!

「治った〜!」
「食欲は?」
「お腹空いた! もうなんでも食べられるよ。
 それにしてもよくすぐ薬局が見つかったね。
 病院で待ってた時はどうなるかと思っちゃった」

ともこが喋り続けています。
ということは元気になったということでしょう。
こうして何とか元のレールに戻った僕らは、
トルコでの取材を再開したのでした。

End

えーじ

P.S.
それにしてもあの薬。
1回飲んだだけであんなに効くとは・・・
きっと日本ではまず認可されない、過激なシロモノだったんでしょうね。
posted by ととら at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月14日

第17回取材旅行番外編 その5

あいやぁ〜・・・これから何が始まるんだ?

突然現れた外国人を前に、顔を見合わせる病院職員。
ささっと鳩首会議を切り上げたかと思うと、
ひとりの女性がカウンターから出てきました。

彼女に導かれるまま入ったのは受付の反対側にあるオフィスです。
中には事務職の女性がひとり。
僕が同じ説明を繰り返すと今度は・・・

「分かりました。彼女と一緒に受付で手続きをして下さい」

やった!
ようやく話が通じたみたいだ。

僕はだいぶ熱が上がってきているのを感じていました。
ともこはもう目がうつろです。

む〜・・・
頭の回転がこれ以上落ちる前にドクターと話をしなくちゃ。
でも受付からやり直しなんだよな。

戻ったところでアテンドしてくれた女性が、

「トルコの・・・ホ、ホケン、ハイってマスか?」
「保険? いいえ。日本で旅行保険には入りましたけど」
「はい。では、ココで、さき、払います」

・・・?
診察料を前払いするってこと?
それから?

「なまえ、バースデート、お母さん名前、お父さん名前」
「え? 両親の名前?」
「はい」
「母はもう亡くなってますよ」
「はい。OK、OK、お母さん名前」

こりゃカルテの記入欄の必須事項なのかな?
まぁ、この際こまかいことはいいや。

僕らは訊かれるがままに答えつつ、
日本円にして約6千円相当のトルコリラを支払い、
領収証を持って再びアテンドの女性の後に続きました。
院内の表示は全てトルコ語です。
僕たちだけでは診察室に行けと言われても迷いに迷ったでしょう。

階段を昇って廊下を進んだ先に幾つかドアが並んでおり、
その前のベンチはどこも患者さんたちでいっぱい。
僕らに気付いたおばあちゃんたちが詰めて席を開けてくれました。
言葉は分かりませんが、
ともこを指差して「ここにおかけなさい」と言っているようです。
やさしいね。
まもなくアテンドの女性が僕らを呼びに来ました。

「こんにちは。どうしました?」

大きな机の向こうには40歳代中頃と思しき男性のドクターがひとり。
若干たどたどしい英語でしたが、意思疎通を図るには十分です。
僕は細かく状況の説明をしはじめました。

「なるほど、二人ともほぼ同じ症状なのですね。
 それではベッドに横になって下さい」
「ともこから診てもらおう。靴を脱いでベッドに横になって」

ドクターは聴診器を使いながら背中や腹部を触診して行きます。
見慣れた手法に僕は少し安心しました。

「OK、じゃ次は僕の番だ」

同じ手順で診察した後、

「それでは血液検査とレントゲン撮影をしましょう」

看護士さんがてきぱきと採血し、次はレントゲン室へ・・・
と思いきや、僕らは再び受付へ。
ここで検査費用の前払いとなりました。
保険に入っていないので、
何をするにも都度キャッシュ&デリバリー式なのですよ。
懐具合が心配でしたが、
今回も支払ったのは日本円にして約6千円程度。

次は地下に降りてレントゲン撮影です。
ここでも混んでいたわりにすぐ僕たちの番となりました。

どうも変だ。
これじゃ僕らを優先してやってくれているとしか思えない。
みんな待ってるのに、なんだか申し訳ないな。

僕は「彼らと同じように順番を待ちますよ」と言ったものの、
通じてないのか、アテンドの女性は微笑むばかり。
レントゲン技師はまったく英語を話さないので、
「ここ、立って」「息、止めて」という彼女の指示だけが頼りです。
彼女が甲斐甲斐しく世話をしてくれたお蔭で、
海外初のレントゲン撮影も無事終わり、
僕たちは1階のロビーに戻って来ました。

「検査結果はどれくらいで出ますか?」
「・・・?」
「あ〜、次はどうすればいいですか?」
「2時間マチます」
「2時間したらここへ来ればいいですか?」
「・・・?」
「あ〜、あなたは2時間後、ここにいますか?」
「ハイ」
「それでは2時間後にここで会いましょう。
 テシェッキュレデリム(どうもありがとう)」

「なんて言ってたの?」
「検査結果が出るまで2時間くらいかかるらしい。
 それまでどこかで休んでいよう。大丈夫かい?」
「うん。ちょっと寒いけど。えーじは?」
「頭痛と悪寒と咳と関節痛と軽い吐き気がある以外は元気さ。
 さぁ、ここはドアが開くたびに冷たい風が入って来る。
 もう少し暖かい2階へ行こう。
 さっきキオスクがあるのを見たんだ」

その店はちょっとした軽食も出しており、
小さなテーブル席が4つありました。
僕らは食欲がなかったので水だけ買い、一番端のテーブルへ。

さすがにミネラルウオーター1本で座ってちゃ悪いよな。
かと言ってこの体調じゃ何も食べられないし・・・
とりあえず一言ことわっておこう。

「すみませんが、あのテーブルでしばらく休んでいてもいいですか?
 昼休み後まで検査結果が出るのを待たなければならないのです」
「ああ、もちろん。好きなだけいていいですよ。
 具合が悪いのは奥さんですか?」

彼は流暢な英語で応えてきました。

「驚いた!
 ここで会った人の中で、あなたが一番上手に英語を話しますね!
 実は僕たち二人とも具合が悪くてここに来たのです」
「それはお気の毒に。なにか必要でしたら力になりますから、
 いつでも言って下さいね!」

親切な人だなぁ・・・

と好意に甘えつつも、さすがに2時間はねばれませんから、
1時間ほどで僕たちは診察室前のベンチへ移動。
時刻は12時。

やれやれ・・・
発症してからのタイムリミットを過ぎたか・・・

二人ともまだ動けはしますが、
朝に比べると明らかに症状は重くなってきています。
ともこときたら、もうほとんど口をききません。
10分、20分・・・
ベンチでたたじっとうずくまって待つ時間がとても長く感じられました。

それから何分経ったのでしょう。
熱で半分まどろんでいた僕がふと気付くと、
隣にいたともこの姿が見えません。
驚いて立ち上がった矢先に彼女が戻り、

「えーじ、昼休みが終わったみたいだよ。
 受付にもスタッフが戻って来たし」
「よし、行ってみよう!」

ロビーに降りるとアテンドの女性が待っていてくれました、
そのまま僕らは重い足取りで診察室へ行き、

「たぶん風邪ですね」
「本当に?」
「ええ、心配いりませんよ。これが血液検査の結果です。
 インフルエンザであれば白血球の数がもっと上がりますが、
 ほら、平常値ですからね」

ドクターは検査結果を広げて詳しく説明してくれました。

ふ〜、とりあえず一安心だな。

「解熱剤と咳止め、胃薬を処方しておきます。
 処方箋を持って薬局に行って下さい」
「薬局はこの病院内にあるのですか?」
「いいえ。ここにはないので街の薬局に行って下さい。
 処方した薬はどこでも売っているはずです」
「ありがとうございました」

さっきのキオスクに寄って、
お礼がてら昼食のシミット(トルコのプレッツェル)を買い、
僕らは振り出しのロビーに戻って来ました。
それに気付いた受付カウンターのスタッフたちが皆こちらを見ています。

「みなさんのお蔭でとても助かりました。
 どうもありがとう!」

言葉は分からなかったかもしれませんが、
僕たちの気持ちは伝わったような気がします。
ずっとアテンドしてくれた女性が奥で手を振っていました。

「みんなすごく親切だったね」
「ああ、病院のスタッフだけじゃなく患者さんたちもね」

凍える外に出た時、僕らの体調はもう最悪でしたけど、
心は反対にとても温かくハッピーでした。
突然現れた言葉もほとんど通じない外国人に、
ここまで親身になって接してくれるとは。

と、喜ぶのはまだ早い・・・んですよね。
僕は肝心の治療がまだ手付かずであることを思い出しました。

「よし、次は薬局を探さなくちゃ。
 取りあえずタクシーでホテルに帰ろう」

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月10日

第17回取材旅行番外編 その4

うとうとしているうちに夜が明けていました。
予想通り、二人の体調はさらに悪化しています。

時刻は・・・7時半か。
食堂に行って何か食べ物とチャイをもらってこよう。

「どうだい?」

部屋に戻るとともこが起きていました。
彼女は測っていた体温計を取り出し、うかない顔で、

「38度6分・・・」
「下がらないな。食欲は?」
「少しなら食べられるかなぁ・・・」
「薬を飲むには先に何か食べておかないとね。
 それから温かいチャイを飲むと喉が楽になるよ」

僕はジャムを付けたエキメッキ(トルコのパン)を齧りながら、
プランAを考え始めました。

ともこは長距離の移動どころか取材もできない。
僕も『予定通り』体調が悪化してきている。
ってことは『順調に』行くと、
あと4時間前後で二人とも行動不能ってわけだ。
よし・・・

「手持ちの薬じゃ効かないみたいだから病院に行こう。
 実は僕も具合が悪くなってきていてさ」
「ほんとに!?
 ・・・ゴメンね、伝染しちゃって・・・」
「この狭い部屋に居れば無理はないよ。
 それより悪化のスピードからすると、
 あんまりのんびりはしていられないと思うんだ。
 これから保険会社に連絡して病院を紹介してもらおう」

そこで出発前に加入していた海外旅行保険の連絡先に電話をかけ、
担当者に状況を伝えると・・・

「たいへん申し訳ございませんが、
 ご滞在地域で紹介できる病院が当方のリストにありません。
 ご自分で探していただけますでしょうか?」

さんきゅ〜べりまっち。

「どうしたの?」
「プランBに変更だ。フロントに行って相談してみるよ」

と言って部屋を出てから、
このホテルには英語の話せるスタッフが一人しかいないことを思い出しました。
案の定、フロントにいた朝番のおじさんは、片言の英語しか分かりません。

なんとかチェックインの時に話をした女性とコンタクトしなくちゃ。
時間があんまりない。

「おはようございます。
 昨日僕が話しをした女性はいませんか?」
「・・・・?」
「あ、女性ですよ、女性。昨日会った人」

僕はジェスチャーを交えて意思疎通を試みました。

「レディ? もうすぐ来るデス」
「僕とワイフは頭が痛いのです。病院に行かなくてはなりません。
 それで彼女と話がしたいのです」

ん〜、分かってちょうだい!

しばらく考え込んでいた彼はどこかに電話をかけ、
僕の顔を見ながらトルコ語で何かを話すと、
おもむろに受話器を僕に差し出しました。

「どうしましたか?」

やった!

電話の声は昨日話した女性です。
僕が事情を話すと、

「まぁ、それは大変! 私はちょうどホテルに行くところです。
 あと10分で着きますから待ってて下さい」

まもなく到着した彼女と僕は具体的な話をし始めました。

「病院を紹介して欲しいのですが、
 英語が通じて料金の高くないところに行きたいのです」
「そうですね、この辺でお勧めできるのはクズライホスピタルです。
 私たちは通常、具合が悪い時はそこへ行くのですよ。
 たぶんドクターは英語が話せるでしょう。
 でもトルコの健康保険に入っていない外国人の場合、
 どのくらいの金額になるかは分かりません」
「ありがとうございます。
 その病院はここから遠いですか?」
「いいえ、タクシーなら10分もかかりませんよ」
「ではトルコ語でその病院の名前を書いていただけますか?」

僕は部屋に戻ってPCを立ち上げ、病院名から場所を特定しました。
なるほどここから直線距離で3キロメートル程度しかありません。
しかしこの寒さの中、徒歩で行くの現実的ではないでしょう。

「ともこ、病院が分かった。今から行くから暖かい服に着替えて。
 あと貴重品を忘れずに」

フロントに戻るとオジサンが心配顔で待っていました。

「さっきはありがとうございました。
 これからクズライホスピタルに行きますので、
 タクシーを呼んで頂けますか?」

今度は意図を察してくれただけではなく、
オジサンはドライバーに行き先の説明までしてくれました。
病院は新しい近代的な建物で、入院病棟までありそうです。

よし、ここまでくれば安心だ。

1階の待合室には、
20人ほどの患者と思しきトルコ人の人たちがいました。
入って左側が会計、右側はオフィス、そして正面に受付があります。

「ここで待ってて」

そうともこに言い残した僕は受付に歩み寄り、
突然現れた外国人に驚く女性に、

「メルハバ(こんにちは)。
 僕たちは熱があり、咳も出ています。
 ここで診察を受けたいのです」

「・・・・・・・・・・・・・・」

彼女は僕をじっと見つめたままフリーズしています。

「英語を話せますか?」

たのむよ。

「・・・・・・・・・・・・・・」

彼女は僕を手招きして会計の窓口に行きました。
そこで僕はもう一度、窓口の女性に状況を説明すると、

「ア、あ〜、ちょっト、待ってクダサイ」

病院職員だけではなく、
居合わせた患者さんたちすべての視線が僕たちに向いています。

僕は以前、メキシコのブラジル大使館に、
ビザを取りに行った時のことを思い出しました。

まがりなりにも大使館なんだから英語は通じるし、
申請書も英文併記に違いない・・・と思い込んでいたのですが、
行ってみたら誰も英語を話す人がおらず、
しかもすべての書式はスペイン語だったのです!

ま・・・まさかね・・・

僕は祈るような気持ちで周りの人々を見回しました。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月07日

第17回取材旅行番外編 その3

「いま何時?」

ともこが起きたようです。

「18時ちょっと過ぎだよ。
 よく眠っていたみたいだけど、具合はどう?」
「うん、だいぶ楽になったみたい」
「じゃ、熱を測ってみよう」

37.8度・・・か。
解熱剤が効いてきたみたいだな。

「外は寒そうね」
「ああ、もう氷点下だ。お腹空いたかい?」
「ちょっとなら食べられると思う」
「それじゃピデ(トルコのピッツア)でも買って来るよ。
 今夜は部屋で食べよう」
「ダメよ、取材の日数が限られてるし、
 カイセリでは調べなきゃならない料理が沢山あるんだから」
「そりゃ分かってるけどさ。
 せっかく熱が下がって来たのに寒い外を歩いたりしたら、
 悪化しちゃうかもしれないじゃないか」
「大丈夫よ、薬が効いたみたいだし。
 一番近くの食堂でさっと食べて帰るだけなら平気。行けるわ」

ふ〜・・・やれやれ。
これまた長年連れ添ったから分かってるんですけどね。
言い出したら聞かないんですよ、彼女は。

「OK。それじゃ、とにかく一番近いところに入ろう。
 店の選り好みはなしだ。いいかい?」

こうして完全防寒仕様に身支度を整えた僕らは、
しんしんと冷える夜の街に踏み出しました。
さいわい直近で入った店は、
お目当てのマントゥやキョフテがあっただけではなく、
サービスで温かいヤイラチョルパ(濃厚なヨーグルトのスープ)
まで出してくれたので、頑固なともこも納得したようです。
ところが・・・

「あ〜、美味しいね! 体が温まるよ」

「・・・・・・・・」

「ヤイラチョルパはアゼルバイジャンのドゥブガに似ているな。
 でも香りは違う。ハーブはミントしか使ってない」

「・・・・・・・・」

ともこが静かです。
ということは・・・

「ゴメンね、えーじ、後は食べてくれる?」

やっぱり。

そして、そそくさと取材を切り上げた僕たちは、
急いでホテルに戻り、寝かせた彼女の熱を測ってみれば・・・

む〜・・・38度か。また上がってきちゃったな。
カロナールを追加で飲ませよう。
この分だと明日のアヴァノス取材はキャンセルするしかないか・・・
ま、旅は始まったばかりだ。
先は長いから健康回復を優先した方がいい。

ともこはすぐに寝息を立て始めました。
長距離移動の疲れもあって、
僕も22時前には眠ってしまったようです。

彼女の咳で目を覚ました時、まだ窓の外は真っ暗でした。

ん・・・何時だろう? 5時か・・・
ともこは?

彼女は毛布にくるまって眠っていましたが、
僕が起きた気配で目を覚ましたようです。

「起きたの? 何時?」
「まだ早いよ。もう少し寝ていた方がいい」

僕は黙って体温計を渡しました。
やがて小さなピープ音のあと、表示を確認してみれば・・・

まずい。38.6度に上がってる。
たっぷり寝ていたのに解熱剤が効いていないじゃないか。
どうもただの風邪じゃなさそうだぞ。

僕らが投宿した安宿の部屋は床暖房で温かいのですが、
その狭さたるもの東横インのシングルルーム級。
そこに缶詰ですから、予防接種を受けていたとはいえ、
彼女が罹患したのがインフルエンザだとしたら、
僕もただじゃ済まないと思います。
実のところ、先ほど目を覚ました時から、
僕は自分の体調の変化に気付いていました。

喉がいがらっぽい。
それになんだか寒気がする。

そこで体温を測ってみれば・・・

37度6分か。
やっぱり感染したみたいだ。
ま、無理もない。
悪寒の状態からすると熱が上がりつつあるんだな。
成田を発った頃のともこの症状とそっくりだ。
もし同じ型のウイルスに感染したのだとしたら、
抵抗力と体力の差を引いても、
今の彼女のように動けなくなるまでざっと・・・
6時間ってところか。

僕は腕時計に目をやりました。
時刻は5時40分。

ってことは、遅くとも12時までに病院を探し出し、
なんらかの治療を受けないと、
このほとんど英語も通じない街で、
二人揃って行動不能になっちまうってわけだ。

BGM: Theme of Mission Impossible

なんとかしなくちゃ。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月05日

第17回取材旅行番外編 その2

取材旅行中は基本的に2日に1回ブログをアップしていますが、
時々間隔が開く時があります。

その理由はふたつ。

まず、インターネットに接続できなかったから。

先進国ではあって当たり前となったWi-Fiも、
けして世界標準という訳ではありません。

というか、南米高地の荒野とか北アフリカの砂漠など、
僕たちの守備範囲では携帯電話、いや電気すら、
『圏外』がフツーの場所も珍しくないのですよ。
(ちなみに今ブッキング中の次の取材地もそう・・・)

もうひとつは、ブログが書ける状況ではなかったから。

まぁ、陸路の国境越えでてんやわんや!
ではキーを叩く暇もありませんが、
別の意味で『書ける状態ではない』場合もあります。

この番外編では当時書くに書けなかった、
とあるインシデントをお話しましょう。

あれはトルコ・エジプト取材旅行でのこと。
日本を発った翌日、
イスタンブールで国内線に乗り換えようとしていた僕らは、
セキュリティエリアのベンチに座って、
カイセリへ行く飛行機の出発を待っていました。

そこで僕は最初の異変に気付いたのです。

ともこがおとなしい。

これはフツーではありません。

普段の彼女をご存知の方なら説明不要なように、
彼女は何をするにもエネルギッシュな人です。
日本語で申し上げますと、激しい人なのです。

加えて私事で恐縮ですが、夫婦の会話の方向性は、

ともこ → 僕 90パーセント
僕 → ともこ 10パーセント

なのですよ。

ご来店されたことのある方は、
お店のスポークスマンである僕を見ているので意外かもしれませんが、
僕は元来、いまは亡き健さんのように寡黙な男なのでございます。
不器用ですから・・・

話を戻しましょう。

そのともこがおとなしい。
しかも旅の始まりという、彼女がもっともハイになる局面で、
ほとんど喋らないじゃないですか。

これはおかしい・・・

そこで僕は、
22年余り連れ添った経験から学んだ彼女のプロファイルをもとに、
この状況の分析を始めました。
その結果、彼女がおとなしくなる理由は3つしかない、
という結論に達したのです。
それは・・・

理由1 お腹が空いている
これは該当しません。
機内食を食べてまだ3時間しか経っていない上に、
空腹であれば「おなか空いた!」と、
彼女は必ず自己主張することを忘れない人です。

理由2 怒っている
これも違います。彼女がご機嫌だった日本出発時から、
僕はともこの逆鱗に触れるようなことはしていません。
自己評価では実に良き夫だと思います。
(まぁ、僕が気付かないうちに怒っていることもありますけど・・・)

理由3 体調が悪い
ん? これは・・・心当たりがあります。
記憶を辿ると新宿を出発した成田エクスプレスに乗っていた時から、
彼女は時々咳をしていました。
そこで・・・

「どうしたの? 調子悪い?」
「ん〜・・・寒いの」

僕はここで確信しました。
僕にとって丁度いい気温を彼女は寒いと感じている。
極端な暑がりのともこからは考えられない回答です。

「熱があるんじゃないのかい?」
「うん・・・
 さっきのフライトは毛布を掛けても寒くて寝られなかったの。
 歯ががくがくしちゃうくらい。
 気持ちも悪いし・・・」

あ〜、やっぱりそうか。
原因は分からないけど症状からすると体温は38度を超えているな。
出発まであと40分。
このフライトに乗るなら空港の救護室に行っている時間はない・・・か。

「カイセリまでのフライトは1時間ちょっとだ。
 がんばれそうかい?」
「うん」

さいわい移動中の機内で出たサンドイッチと熱い紅茶で、
彼女の容態は少し良くなって来ました。
しかし、ホテルにチェックインして体温を測ってみると、

「まずいな、38.6度もある」
「え? そうなの? 体はさっきよりずっと楽になったけど・・・
 とにかく成田からのフライトの方がつらかったな」

僕はファーストエイドパックから解熱剤を探し出しました。
手持ちの薬だと、ここまでの高熱に使えるのはカロナールしかありません。

時刻は14時。

薬を飲んでベッドに入った彼女は、すぐ軽い寝息を立て始めました。

出発前はなにかと忙しかったし、
機内でも眠れなかったから疲れもあるだろうな。
とりあえず、これで19時くらいまで様子を見よう。

僕は曇った窓から雪化粧したカイセリの街を見ながら、
この旅のプランBを考え始めました。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月02日

アゼルバイジャン料理特集パート2

「やぁ! あんた日本人かい?」

2001年の4月。
カトマンドゥのタメル地区をぶらついていた僕に、
道端で新聞や雑誌を売っていた男が声をかけてきました。

「そうだよ」
「日本のプライムミニスターは誰だっけ?」
「え? 首相? 森総理大臣さ」
「Mori? いや、違うよ、そんな名前じゃない」
「Moriでいいんだよ」
「ノー、ノー! 確か・・・コジュ・・コジュミだ」
「コジュミ? 誰だいそりゃ?」
「ほら、この男だ!」

そう言って彼は入荷したばかりのTIME誌を僕に見せました。

え? なんで小泉純一郎が表紙になってるんだ?

「分かったよ。彼はKoizumiだ。でも首相じゃないよ。
 確か大臣でもない」
「ノー、ノー!プライムミニスターだ!」

しつこいな・・と思いつつ、彼が差し出したTIME誌を受け取り、
ページをパラパラめくってみると・・・

え? 森内閣が解散して小泉純一郎が総理大臣になったの!?

4月初旬から3週間に渡る南西アジアの旅に出ていた僕は、
すっかり日本の情報から取り残されていたのです。
(当時Wi-Fiなんてなかったし、パソコンも持って出かけませんでした。
繋げる場所もありませんでしたからね)

やれやれ・・・
自分の国の総理大臣を別の国の人に教えられるとは。

そして19年の時が流れ・・・

ふ〜・・・やっとメインキャプションが書き終わったぞ。
ともこに校正してもらわなくちゃ。

4月1日。
僕は朝からシャッターを下ろした静かなととら亭にこもり、
旅のメニュー変えに没頭していました。

そして一段落した夕方、気分転換にふとニュースを見ると。

ん? 新元号が発表された?
あれ、今日だったっけ?
いやいや、エイプリルフールじゃないか。
どうせ誰かのジョークに決まって・・・ありゃ? ホントだ!

令和になったんですね。
知りませんでした。

2001年の時は身も心もネパールにいましたし、
今度は頭の中がアゼルバイジャン1色になっていたので。

というわけで準備が出来ました!

アゼルバイジャン料理特集パート2!

明日から心身ともに日本に帰って、
皆さまのご来店をお待ちしております。

おやすみなさい。

えーじ
posted by ととら at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年04月01日

ウソとホンネ

joke2019.jpg

若者の皆さま。
堅気の道を歩みましょう。

えーじ
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2019年03月31日

第17回取材旅行番外編 その1

映画ではお馴染みのディレクターズカット。

これ、劇場公開版にはない未公開シーンを含む、
ファン必見の別バージョンの作品ですが、
ととら亭のブログも取材旅行中には、
割愛したシーンがたくさんあるんですよ。

そこで今回は、
今年の1月から2月にかけて行ったトルコ・エジプト取材旅行から、
お待ちかねのNG・・・
もとい、未公開シーンをお話しましょう。

まずは機内食。
前回のブログでもちょろっと触れましたように、
世界的に経営が厳しい航空業界では、
昨今、経費削減の嵐が吹き荒れ、
僕らの目につくところでも明らかにアメニティのグレードが下がったり、
会社によってはキャビンクルーたちのユニフォームですら、
シミやほつれがそのままだったりしています。

そうなると当然、機内食も例外ではありません。
とりわけ宣伝材料にはならないエコノミーシートだった場合、
料理のふたを開けてみれば、

「なんじゃこりゃ?
 これなら空港でパンでも買って持ち込めばよかった!」

という泣ける中身もしばしば・・・

ところが航空業界全体がそうとは限りません。
例外の一社は、
この旅でお世話になったターキッシュエアラインズさん、

しかし正直申しまして、2007年に乗った時は、

「む〜・・・
 これならフツーにドネルケバブでも出してくれないかしらん?」

な内容でした。(特に成田→イスタンブール便は悲しかった・・・)

ところがその記憶があってあまり期待せず乗った2017年には、

「ん? こりゃ美味しくなったね!」

となり、それが今回は前菜とメイン、パンからデザートまで、
すべておいしくなっていたのですよ!
しかもこれが1回だけのまぐれではなく、
カイロからイスタンブールを経由して成田まで帰るフライトで食べた、
3食全部で続くハットトリック!
通常、僕らがほとんど手をつけない朝食ですら、
完食してしまう感動ものでした。

eg_airmeal03.jpg

まずはこれ、カイロ、イスタンブール間でサーブされたディナー。
いきなりサラダが美味しかった!
何と言ってもエジプト滞在中は非加熱食品がご法度でしたからね。
二人とも無言で馬のように食べ始めましたよ。
メインはラムキョフテのライス添え。
ガロニの野菜ソテーもほどよくスパイシーで、
ライスと和えたらおかわりが欲しくなりました。
パンも温かくて香ばしいし。
デザートは甘みの丁度いいコーヒームースです。

eg_airmeal02.jpg

イスタンブール、成田間のフライトはさらに食事がグレードアップ。
前菜はサラダにフェタチーズとオリーブが入っていました。
ん〜、これだけでもどんぶり一杯食べたい!
それとジャジュク
(ヨーグルトでキュウリを和えミントで香りを付けたペースト)。
そしてメインはチキンのカフェ・ド・パリ風。
これ、一見チキンカレー風ですけど、
フランス生まれのスパイシーなソースでチキンを煮込んだ料理なんですよ。
野菜もゴロゴロ入っていてボリューム満点。
とても美味しかったです。
デザートはラズベリー風味のチーズムース。
完璧だ!

eg_airmeal01.jpg

通常、機内の朝食と言えば、
かまぼこみたいブリブリしたオムレツが定番なので、
僕らはいつもパスしてしまうのですが、
メニューを見たら、

「ん? フムス(ヒヨコマメのゴマ風味ペースト)?
 じゃ、パンに付けてこれだけ食べようかな?」

と見くびっていたらこの通り。
なんとメインはナスのドルマのライス添えじゃないですか!
危うく食べ逃して後悔するところでした。
ん〜・・・トルコ国内で食べたロカンタ級に美味しかったです。
デザートは3回続けて料理業界でいうところの簡単な『流しもの』ですが、
カスタードムースはほど良い甘味とコクもあり、
サーブの仕方を変えてデコレーションすれば、
ととら亭でも十分出せるくらいのグレードでした。

かつて羽振りの良かった中東系のエミレーツさんでさえ、
以前に比べてエコノミークラスのサービスグレードが下がりがちな昨今、
この地道な力の入れようは嬉しいですね。

きっかけは2016年のクーデター未遂事件で戒厳令がひかれ、
テロが散発して観光客が激減したことだと思いますが、
その努力が評価されたのか、
2017年、19年ともに搭乗率は、どの便もかなり高かったです。

もしかしたら、
イスタンブールのアタテュルク国際空港にあるフードコートも、
安くておいしいので有名になってきたのかもしれませんね。
(僕らのお気に入りは一番奥の右側になるトルコ料理の店)

そうか、トルコ料理は世界の3大料理のひとつでした!

えーじ
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2019年03月28日

スーツを脱いでも

農業、漁業、乳業に畜産・・・

旅の食堂という仕事上、関連する業界のニュースには、
常日頃アンテナを張っています。

航空業界もそう。

外国に行くとなれば、
僕らの場合、ほぼ確実にお世話になりますからね。
とりわけセキュリティ(セーフティ)関連の話題は、
自分の命もかかわってくる問題なだけに敏感です。

そこでいやでも目につくのが事故のニュース。
先日のエチオピア航空の件だけではなく、
昨年発生したライオンエアーのインシデントは、
新鋭機の事故だったこともあって、
原因からその後の経過も含めてずっと追っていました。

いずれも全体像はまだはっきりしていませんが、
なんとなく目新しい話じゃないな・・・
という気がしています。

と申しますのも、
断片的に報道された情報を並べてみますと、

1.ボーイング737のメジャーアップグレードが行われた。
  中でも大きい変更点は大型で燃料効率に優れたエンジンの導入。
  そのためエンジンの取り付け位置が従来より機体の前方になった。

2.それに伴い機首が上がり易くなり、
  旧型より失速のリスクが増えてしまった。

3.そこで操縦支援を目的として失速の危険が発生した場合、
  自動的に機首を下げる操縦支援装置(MCAS)が『標準』で実装された。

ここまではなるほどね、という感じです。

が!

MCASの前段にある、
気流に対する翼の角度(迎角)を検知するセンサーが誤作動した場合、
機体はパイロットの意に反して機首を下げてしまい、
最悪は墜落してしまう・・・

今回はこの可能性が最も高いと考えられているようですね。

ボーイング社もこの危険性は織り込み済みだったようで、
機首の2カ所に取り付けられた迎角センサーの値に矛盾が生じた場合、
異常を知らせる装置を『オプション』で用意していたそうですが、
残念ながらエチオピア航空機はこれを実装していなかったとのこと。

しかし、異常を知らせるセンサーがなかったとしても、
機首が意に反して下がるという異常事態が発生した場合、
最も疑わしいMCASを、パイロットはなぜオフにしなかったのか?

いや、どうやら先に事故を起こしたライオンエアーのパイロットは、
一時解除の仕方を知っており、
実際に墜落するまで解除操作を24回もやっていた記録があるそうです。

ところがこれはたった40秒間しか解除状態を保持できず、
すぐにまた元に戻ってしまうため、完全にオフにするには、

1.MCASが一時解除されている40秒の間に、
  自動制御用のモーターへの通電を遮断する。
2.車輪を下ろす。

という方法があるそうで。

ここで二つ目の疑問が出てきます。

なぜパイロットはこの完全解除操作を行わず、
結果的に飛行機が墜落してしまったのか?

答えは『この操作方法を知らなかったから』という、
悲しいくらい単純なことでした。

と、ここまでの話で、
大なり小なりシステム開発に携わったことのある方なら、
ピンときたのではないかと思います。

これ、実によくある話じゃないですか?

カネのかかるシステム開発で、
最初に削られる予算はセキュリティ(セーフティ)関連です。

でしょ?

なぜか?

セキュリティ(セーフティ)関連の機能がなくても、
システムの基本部分は動作するからです。
たとえばウェブサーバーシステムの場合、
極端な話、DMZにファイアウォールを設置しなくても、
ユーザーはウェブサイトを閲覧できますからね。

だから資金力の乏しい国営のエチオピア航空が、
『オプション』を実装(購入)していなかったのは、
なんの不思議もありません。

続けてセキュリティの次に削られる予算は、
たいていユーザー(今回の場合パイロット)の教育費です。

これもIT稼業の現役時代、実によくぶつかった問題でした。

システムというのはどんなものでも、
電源を入れると勝手に仕事をしてくれる完全自律型ではありません。
いずれも人間が使って初めて結果が出るのです。

とはいえ、
どのプロジェクトでも奇妙なまでに共通して軽視されたのが、
ユーザーの教育でした。
『使いながら慣れる』は、
資本主義社会におけるシステム開発の合言葉ですからね。

しかしトライアル・アンド・エラー型の導入が許されない現場もあります。
それはエラーの代償が計り知れない原子力関連、医療、そして航空業界。

それでも自由競争が幅を利かせている現状では、
建前はともかくとして、内部を支配する優先順位が、
何よりも企業の利益となるのは当然の帰結ではないでしょうか?

ここで観客席から企業の経営陣を叩くのは簡単です。
でも、僕たちが彼らの立場だったら・・・どうでしょう?

むき出しの競争原理が国境を越えて働く航空業界で生き残りをかけ、
彼らとは違う判断が出来たでしょうか?

不可欠とはいえ、
短期的に直接利益を生まないセキュリティ(セーフティ)と教育。
おカネありきの世界でこの矛盾にどう取り組むべきなのか、
業界と就労上の立場を超えて、
僕たちは例外なく何らかの当事者なのかもしれない。

スーツを脱いで10年近くが経っても、
僕は今さらながらに、そんなことを考えていたのでした。

えーじ
posted by ととら at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年03月24日

僕の教科書

東京では桜が咲き始めました。
春も本番ですね。
この時期になると若手のお客さまから、
入学や入社など新しい旅立ちの話をよく聞きます。

そんな時、
期待と希望に輝く彼、彼女たちに贈るのは、

「おめでとう! いってらっしゃい!」

しかし中には、
進路が第1志望にならなかった、
試験や面接が不本意な結果に終わった、
と浮かない表情の人たちの姿も・・・

そうした場合、これもまたひとつの出発とはいえ、
「おめでとう!」・・・
とは声をかけられないんですよね。

実際、長い努力の結果が期待どおりにならなかった現実は、
年端もいかない若者にとって、
かなり大きなショックだったことでしょう。

でも、
もし僕たちが世代を超えて求めているのが、
身の丈に応じた幸せであるなら、
ひとりの大人として、こうは言えると思うのです。

長い目で見れば、
試験の点数や給料明細の数字は、
僕たち個々人の幸せの一要素にこそなれ、
決定的なものではないんだよ・・・と。

ま、これは僕もオジサンになってから、
分かって来たことなんですけどね。

たとえば、ととら亭や旅先で出会った沢山の人々。

その中で僕らが幸せそうだなぁ・・・
と思えた人たちに共通していたのは、
学歴や収入、社会的な地位よりむしろ、

自己イメージと現実の自分とのギャップが少なく、
勝ち負けでものごとを判断せず、
価値の基準を自分の中に持ち、
子供のような好奇心があり、
異質性に寛容で、
足るを知る。

そしてユーモアと思いやりの気持ちを忘れない。

こんな特徴でした。

いいですね。
素敵なだなぁ・・・と素直に思いましたよ。

もちろん、こうした人たちだって、
落ち込んだり悲しんだりすることは避けられません。
同じ人間ですからね。

でも、その困難な状況へ向けた姿勢が、
いわゆる『王道主義』の人々とはまったく違うんですよ。

僕にとって間近で接した彼、彼女たちの存在は、
宗教の経典や哲学書以上に実用的な、
生ける教科書でした。

言葉ではなく、行動・・・いや、生き方にこそ、
他者を変える力がある。

その通りだと思います。

えーじ
posted by ととら at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年03月22日

ととらな買い物 トルコ・エジプト編

締めくくりは、
取材先の国で必ず買うものをご紹介しましょう。

treg_flags.jpg

そう、国旗です。

2012年夏のヨルダン料理特集以来、
紹介している国の国旗を、
店内でディスプレイすることにしたのです。

場所はともこの立ち位置前にあるネタケースの右上。
旗はだいたい横20センチ×縦14センチくらいの大きさですから、
あまり目立ちませんが、
カウンターに座ったお客さまから時々ご質問を頂くことがあります。
国旗というのは意外と知られていませんからね。

これは料理を入り口にその国の文化を伝える僕たちにとって、
話のネタ以上に便利なアイテム。

国旗で使われる色や図案は、
建国の経緯や理念などを象徴している場合が多く、
その意味を知ることが、
国や民族を理解する早道になったりもするのですよ。

たとえば写真左のエジプトの国旗。
解釈は諸説ありますが、
赤は1952年のエジプト革命以前の革命で流された血を、
白は無血で専制を打倒した未来の到来を、
黒は植民地支配と専制君主の圧政の終わりをそれぞれ表しているそうです。
そして中央に配置されている国章は、
聖地エルサレムで十字軍と戦ったイスラム世界の英雄サラディンの鷲。
これは汎アラブ主義のシンボルだそうな。

片や右のトルコ国旗は時代をさらに遡るもので、
オスマン帝国の旗がほぼ同じデザインで踏襲されています。
しかしながらその意味は少々謎に包まれており、
イスラム教のコンテクストで三日月は発展を、
星は知識を意味すると言われていますが、
戦いで流された血の海に映った月と星だという説や、
オスマン1世やメフメト2世の幻視説、
はてや古代ギリシャまで遡る女神の象徴説など諸説紛々の状態。

シンボルの解釈というのは、
学者の間でも統一的な見解を得るのが難しいそうですね。
でもそこがまた誰もが参加できる余地があって面白い。

さて、うんちくはこの辺までにして、
国旗はどこで買うのかと申しますと基本的には土産物屋です。
しかし、困ったことに、
どこを探しても売っていない国がしばしばあるのですよ。

たとえば今回行ったトルコ、エジプトもそう。
イスタンブールのグランバザールならあるだろうと思いきや、
これがまったく見当たらない。
アタテュルク国際空港のセキュリティエリアにある売店もダメ。
やっとのことで見つけたのが、
空港と地下鉄の駅を連結する通路にあったキオスクです。

エジプトではルクソールのスークや、
カイロのハン・ハリーリでもぜんぜん見当たりません。
これも結局、最後のチャンスの空港で見つけました。

他の例ではインドネシア、チュニジア、
モザンビークなどでも大分探しましたね。
こうした国々では国旗が売れることも殆どないようで、
僕らが尋ねると売り手はきょとんとした顔をしていたっけ。
しかしビジネスチャンスを逃してはいかんとばかりに、
在庫になければ他の店にも当りはじめ、
ようやく探して来たと思ったら・・・

「ひゃ〜、なんだいこりゃ、ボロボロじゃないか!」
「だんな、そんなことありませんぜ! アンティークですよ!」

っておいおい。

そんなこんなで汚れ一つにも何らかの思い出がある国旗でした。

えーじ

P.S.
ちなみに国旗の購入担当はともこです。
彼女が決めた購入予算は日本円で100〜200円。
時には交渉以前に売値が高く、ノルウェーやスウェーデンなど、
物価の高い北欧では諦めたケースもありました。
(1本800円くらいしたのですよ!)
ま、北欧特集をやる時はネットで売っているものを買うか、
簡単な図案なら自作だな。
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2019年03月19日

ととらな買い物 エジプト編その2

いつまでも思い出に残るのは、
ぱっと目に入って衝動買いしたものより、
てま暇かけて手に入れた自分だけの何か・・・

ですよね?

その点では今回、
僕らはとあるミッションを持ってカイロに行きました。
それは・・・

パピルスに
ヒエログリフ(象形文字)で『ととら亭』と書いてもらうこと!

エジプトのヒエログリフは漢字と同じく表意文字なので、
『ととら』などという古代エジプトには存在しなかった概念は、
表現できないと思っていたのですが、
ちょろっと調べてみると、
ひらがなやカタカナのように、
音だけを表す機能も持っているそうじゃないですか。
それなら同じく表音文字であるラテン文字表記の『TOTORATEI』を、
ヒエログリフでも表現できるはず・・・と考えたわけです。

しかし、土産物屋が密集するハン・ハリーリに行っても、
『ヒエログリフ書き承ります』なんて看板はどこにも見当たりません。

さて、どうしたもんだろ?

こういう場合は道に迷った時と同じように Ask and Go が一番。

そこでまずエジプトポンドの残りが乏しくなった僕らは、
土産物屋さんに入って両替屋の場所を訊くことにしました。

「アッサラーム アライクム(こんにちは)」

アラビア語圏ではこの挨拶から始めると、
(特に右手を左胸に当てて言うと)
扱われ方ががらっと変わります。

「ワ アライクム サラーム(先の挨拶の返し言葉)」

おや? という顔をして初老の男性が応えてくれました。

「この辺に両替屋はありませんか?」
「両替屋ねぇ・・・あいにくこの辺にはないな。
 ATMならその角にあるよ」
「あそこの機械では僕のキャッシュカードが使えないのですよ」
「なるほど。いくら両替したいんだい?」
「100米ドルです」
「なんだ、そのくらいならわしが両替してあげるよ。
 レートは・・・1700でいいかな?」

ん〜・・・まぁ、端数を切ってそんなものかな。

「OK。お願い出来ますか?」

彼は自分の財布を取り出し、中身を数えると、

「おっと・・・少し足りないな。ここでちょっと待っておいで」

そう言って隣の店に入っていきました。
そして間もなく、

「100、200・・・1700、よし」
「シュクラン!(ありがとう)」
「アフワン(どういたしまして)」

親切な人だな。それじゃ序に・・・

「もうひとつお聞きしてよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「実はパピルスにヒエログリフを書いてくれる店を探しているのですよ」
「ヒエログリフを?
 ふむ・・・そうだな、それなら心あたりがある。
 案内しよう」

そういうとご主人は素早く腰を上げ、
店の奥にいた青年に店番を任せて表通りに出ました。
彼が連れて行ってくれたのは、
僕らではたちまち迷ってしまいそうな路地裏にある画商です。

「ここならヒエログリフを書いてくれるだろう」
「わざわざ案内までして頂いてすみません」

そう言って幾許かのお礼を渡そうとすると、
彼はその隙を与えず、
優し気な微笑みを残して踵を返してしまいました。

日本ではムスリム(イスラム教徒)というと、
すべからくテロリストのようなイメージを
持たれてしまった感がありますけど、
実際は彼のように、異教徒でも困っている人がいれば、
見返りを求めずに助けようとする人が沢山います。
これ、実はコーランに書かれた教えでもあるのですよ。

さて、今回は値段交渉だけではなく、
細かいやり取りもあるので僕の出番。
なるほど先のご主人が言っていた通り、
こちらの要望を話すと心得たとばかりに、
その言葉をラテン文字で書いてくれと言われました。

そして次はサイズです。
手近にあった既存の絵を元に40センチ四方のパピルスを選び、
値段交渉のはじまりはじまり〜。

先攻は画商のお兄さん。
初球は・・・直球で50ドル?

ほぉ〜、さすがカイロの観光地とあって、
すました顔でいい値段を言って来るじゃないか。
とまれ紹介してくれたご主人の顔もあるので、
中央値からやや先方寄りを狙ってみますか。

そこで僕もしれっと10ドルから始め、
お互いポーカーフェイスでじわじわと歩み寄り、
30ドルでディール。

さぁ、それじゃ書いてもらおうかな・・・と思ったら、
店員のお兄さんは、
切り取ったパピルスと『TOTORATEI』と書いた紙を持って、
外へ行ってしまいました。

店の中は僕たちしかいません。

こういうの、日本ではあり得ませんが、
神さまという最高の警備員がいるイスラム教の世界では、
よくあることなのです。
(コーランで禁じられた盗みを働くと、
 背後にいる不可視の守護天使に記録され、
 最後の審判の日に御裁きにあいます)

そうして店番(?)をしながら待つこと30分。
おいおい、どこへい行っちまったんだ?
と思って外を見ると、
店員のお兄さんが小走りに帰って来ました。
そして店内に入るなり広げたパピルスを見てみれば・・・

ほぉ!

遠路はるばる来て、
さらに待ったかいのある『作品』に僕は大満足。
代金を払って握手をしたらミッション終了です。

ところが・・・

「ん? どうしたの?」
「がっかりしちゃった・・・」
「何が?」
「ヒエログリフ・・・なんだかちんまいんだもん」
「ちんまいって、TOTORATEIをヒエログリフで書いたらああなるんだよ」
「なんかもっとさ、デコレーションとかしてくれると思ったの」
「ああ、サマルカンドで書いてもらったアラビア語版みたいに?」
「そう!」

eg_hieroglyph02.jpg
(ともこが思い浮かべていたもの。
これはアラビア語でTOTORATEIと書いてあります。
ちなみに右から左に向かって読むのですよ)

「あれは話が別だよ。
 だってさ、文字列をカルトゥーシュで囲んだりしたら、
 意味がととら『王』になっちまう」

と言っても納得していない顔してるということは、
完成形がイメージ出来てないんだな。

そこで帰国後に新宿の世界堂さんで額装して頂き・・・

「ともこ〜、ヒエログリフが完成したよ!」
「え〜っ! 見せて、見せて!」
「じゃあ〜ん!」

eg_hieroglyph01.jpg

「わぁ〜すごい! ステキ! 見違えるようになったね」
「装飾されたアラビア語もいいけど、
 シンプルなヒエログリフだってお洒落だろう?」

と、いうわけで、
一時もの言いのついたミッションではありましたが、
終わり良ければすべて良し。

店内で見上げる度にこのストーリーを思い出す、
ととら亭らしいお買い物となったのでございます。

えーじ
posted by ととら at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年03月16日

ととらな買い物 エジプト編その1

ミュージアムショップにCD屋、そして金物屋・・・

ここまでの買い物話からすると、
へそ曲がりの僕らはせっかく外国へ行っても免税品店はおろか、
土産物屋にも足を踏み入れることがないような印象を、
与えてしまったかもしれません。

しかし事実はさにあらず。

好きです。お土産物屋さん。
必ず行きます。

でも買うものは、ちょっと違うかもしれません。

たとえばエジプトと言えば、
ガラス瓶の中のサンドアート、ピラミッドの置物、
アヌビス人形、パピルスに描かれた風景画などが定番でしょう?

ところが僕らの買い物リストに入っていたのはこれ・・・

eg_ankh03.jpg

なんだか分かります?

eg_ankh02.jpg

これはヒエログリフ(象形文字)でもあり、

eg_ankh01.jpg

祭器でもある生命の象徴、アンクです。

旅の食堂としての店内ディスプレイに何かいいものはないかな?
と考えて思い当たったのがこれ。

実は20年くらい前に、
ハワード・カーターの『ツタンカーメン発掘記』を読み、
この謎に満ちた王の名を厳密に書くと、
トゥト・アンク・アメン (Tut-ankh-amen)となることを知りました。
で、この名を直訳すると『アムン神の生ける似姿』となり、
『生ける』部分に使われる文字がアンク(ankh)なのですよ。

生命を象徴するヒエログリフ・・・
ととらっぽくていいじゃない?

さて、それじゃどこで買おうかな?

一般的に土産物は首都より地方の方が安いですから、
ルクソールのスーク(市場)がいいだろう、ということで、
またしても、ともこさんの出番となったのでございます。

今回の被害者・・・いや、取引相手は、
数回通ったエジプシャンレストラン『Jamboree』の下にある、
土産物屋のお兄さん。

レストランに出入りするたびに言葉を交わしていたので、
彼のところで買おうということになりました。
アンクは大きさの大小もさることながら材質も木製から陶製、
金属製などさまざまなバリエーションがあったので、
こちらのイメージを伝えつつ交渉開始!

こういう場合、一般的に僕は交渉のアシスト役だと思われますが、
実は困って「助けてくれ!」という視線を送って来るのはお店の人の方。
ですから僕は彼女をひとり残して近くの店をブラブラしています。

ほどなくして戻ると大抵、やれやれと天を仰ぐ店員さんの横で、
勝ち誇る彼女の姿が・・・

ま、もちろん相手の利益を無視したハードネゴはしてませんけどね。
(と思います)

こうして手に入れたものは、
見るたびにその時の光景が思い浮かぶものです。
彼女の場合、その思い(勝利の余韻)はひとしおでしょう。

えーじ
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2019年03月13日

10周年への旅

一昨日、怒涛の決算&確定申告が終わり、
ほっと一息つく間もなく、
ととらの小舟は10回目の記念日を目指して、
新しい旅へ出港しました。

飲食店の平均寿命が3〜4年と言われる日本で、
9年続けばもう安泰・・・

としばしば言っては頂けますが、
風を読みつつ舵を取る僕らにしてみれば、
老朽化した船体でこの荒波を乗り越えねばならない旅は、
日々これ冷や汗ものなのですよ。

ほんと、記念日が来るたびに、
「次はあるんだろうか?」と二人で真剣に考えているくらい。

厳しい経営環境。
ポンコツ寸前の店。
そして店同様にガタが来ているふたりの体。

それでもこうして続けていられるのは、
飲食店を経営しているというより、
すべてを旅の延長で捉えているからかもしれません。
(ま、実際そうなのですが・・・)

地球は広い。
そのすべてを旅することは一度の人生では不可能です。
だから僕は未知の世界を前にいつも思うのですよ。

今の自分でどこまで行けるかな?
ってね。

10周年までここから355日。
さぁ、帆を上げて、進路は・・・西北西へ!

えーじ

daruma2019.jpg
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2019年03月11日

ととらな買い物 トルコ編その2

僕たちの仕入れの場合、
いわゆる衝動買いはまったくありません。
(予算も限られているので・・・)
目的のものを足を使って探して買う。
これに尽きます。

しかしながら、ものがものだけに探せばある、
という訳にもいかないことが珍しくないのですよ。

たとえばこれ。

tr_shishi.jpg

あ、ともこさんじゃありません。
彼女が手にしている串の方です。
(この写真には理由がございまして・・・)

ことの起こりは今を去ること7年前、
中東のヨルダンへの取材旅行を計画していた時、
仕入れの対象として串焼き用の串がリストアップされていたのですよ。
もちろん日本でも焼き串は幾らでも手に入りますが、
ご覧のような飾り串で長さが7寸の平皿にも乗る230mm前後のものは、
当時まったく見当たりませんでした。

そこでアンマンのスーク(市場)に赴き、
金物屋をしらみつぶしに物色したものの、
売っていたのは「フェンシング用ですか?」みたいなものばかり。

それ以来、旅行に出る度に探してはいたのですが、
いずれも帯に短し、たすきに長しで今日に至っていたのでした。

ところが今回、イスタンブールのエジプシャンバザールを訪れた際、
脇道のローカルマーケットをぶらついていたら・・・

おや? あれは!

と手に取ってみれば、
これが何と探していた条件にフルマッチの焼き串じゃないですか!

さぁ、ここでともこさんの登場です。

やったぜ! と喜ぶのも束の間、
見つけた手柄を自慢する隙も与えず、
ぐいっと僕の手から焼き串をもぎ取った彼女は、
一目散に店員さんのところへ!
そして始まる『ともこ語』による商談交渉。

メルハバ〜(こんにちは〜)! ディス、ハウマッチ?
え? 10本買うのに600円?
ノー、ノー、ノー!
プリ〜ズ、ディスカウント!
え? ダメ?
なんでよ〜! ディスカウント! ディスカウント!
ほんとにダメ?
じゃ、もう一本おまけして、おまけ!
それならOKでしょ? ワンモアプリ〜ズ!

ほどなく両手を上げた憐れな店員さんを後ろに、
喜々としてお店を後にした彼女でした。

で、個人的戦果をここでも強調したいとのことで、
先の写真でご登場となった次第でございます。
(見つけたのは僕だったのに・・・)

さて余談ですが、皆さまご存知のシシケバブ。
これ、実はトルコ語だそうで。

シシ(串) + ケバブ(焼肉) = 串焼肉

ですから今回取材した、
アダナケバブのような挽肉(キョフテ)バージョンは、
シシキョフテ(つくね?)の一種ということになるのですね。

えーじ

P.S.
ディナータイムで串焼き系の料理をご注文された場合は、
ともこが自らサーブし、
そこでもこの値切り戦果を自慢するかもしれません。
(というか「したい」そうでございます)
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