2021年05月22日

ワクチン打ちたいんですけどね・・・

ワクチンを打つにも、
まず越えなければならないハードルが予約取り。

僕らはこういうのに慣れているので何てことはありませんが、
離れて暮らす義母の予約を代行しようとしていた矢先に流れたのが、
ワクチン予約システムのバグについての報道。

その後は官業双方に分かれた非難合戦が繰り広げられていますけど、
元SEの立場から言うとですね、

これはメディアさんがNGですよ。

なぜか?

僕は法律の専門家ではないので違法性うんぬんは分かりませんし、
報道の自由や国民の知る権利について風呂敷を広げる気もありません。

ただ単純に、システム運用をやっていた経験から言うとですね、
ペネトレーションテストを運用側に無断でやるというのは、
システム運用上ありえない話です。

しかもそのテストはサービス提供中に抜き打ちでやっており、
かつ、そのサービスはコンサートやレストランの予約システムではなく、
国家レベルで緊急性の高いものでしょ?

ペネトレーションテストは場合によって、
システムの状態に深刻な影響を及ぼすことがあります。
ですからやる場合は、
運用側、テスト実行側で事前に綿密な打ち合わせを行い、
サービスを提供していない時間帯を選んで、
最悪、システムがダウンした場合の対策(体制も)を準備して、
慎重にやらなければならないものなんですよ。

今回の無断ペネトレーションテストは、
ランダムな番号を入力する程度のものでしたが、
(もしかしたら他にもやったかもしれませんが・・・)
こうした無謀な行為が正当化され、
より危険な攻撃、
たとえばSQLインジェクションや、
バッファオーバーフローなどをしかけるようになると、
場合によっては本当にサーバーがダウンしてしまう可能性があります。

また、これみよがしな情報公開のタイミングも、
公益に反したものだと言わざるをえないでしょう。
なぜならシステム側がパッチを当てる前に攻撃方法を公開してしまうと、
愉快犯が便乗してあれこれ攻撃を仕掛けはじめ、
予測不能の2次的な問題を引き起こす可能性が高まるからです。

ですから抜き打ちペネトレーションテストは論外としても、
バグを見つけた場合はまず運用側にそれを伝え、
パッチを当てた後に、どうしてもやりたいなら情報を公開する。
これがある意味、ネット上のITシステムを扱うルールなのです。

というわけで、今度はいちユーザーの立場で申し上げますと、
今、このワクチン予約システムで大切な作業をしようとしていますので、
メディアの皆さま、そこのところをご承知おきくださいませ。

えーじ
posted by ととら at 10:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年05月20日

ワクチン打ちますか?

先日、中野区の区報に、
新型コロナウイルスワクチンの接種案内が載っていました。
それによると僕らの申請は6月28日からだそうで。

思っていたよりだいぶ早いですね。
僕はてっきり年末までに打てたらラッキーかな?
くらいに考えていました。

で、皆さんはワクチンを打ちますか?

僕らは打ちますよ〜。
迷いなく、躊躇なく。

と申しますのも旅の食堂という仕事上、
感染リスクを抑えずして物事は先に進みません。
渡航先によっては、
これからワクチンパスポートの提示を求められるかもしれませんしね。

それにそもそも僕らはワクチン漬けなんですよ。
だってインフルエンザワクチンは毎年打っているし、
南米やアフリカへ行くとなれば、
B型肝炎、C型肝炎から黄熱病まで、
これまでがんがん打っていましたから。

今さらそのひとつに新型コロナが加わったところでノープロブレム!

ワクチンのブランドは選べないそうですが、
個人的にはファイザー製がモデルナ製がいいですね。
抗体獲得率の高さもさることながら、
mRNAワクチンの仕組みにはちょっと感動しました。

すごい技術ですね。

mRNAといえば、
リボソームでたんぱく質を合成する生体分子コマンドじゃないですか。
非常にもろい物質ゆえにドラッグデリバリシステムの問題から、
基礎研究の段階で頓挫していたという話もありましたが、
なんと実現していたとは!

原理的には新型コロナウイルスに限らず、
他のウイルスのワクチンにも応用できるので、
これからは製造の手間と時間のかかる生ワクチンに代わって、
mRNAワクチンが主流になってくるのかな?
(ほかの病気の治療にも使えるんじゃないかしらん?)

接種場所のリストを見たら、
ちょうどインフルエンザの予防接種でお世話になっている、
すぐ近くの病院も載っていました。
こういうのはちゃっちゃと終わらせて、
いい加減、この足踏み状態から先に進みたいものです。

えーじ
posted by ととら at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年05月18日

謎の名店・・・?

旅の食堂などという得体のしれない仕事をしていると、
たまにメディアの方からお声がけを頂くことがあります。

それはたいてい、
「××テレビのものなのですが・・・」
という一本の電話から始まるんですよ。

そしてオファーの概略を聞いたあと、
企画書を送って頂き、打ち合わせをしてから撮影。
(いきなり撮影の場合もあります)

ここでたぶん、
皆さんが意外と思われるのは僕らの立ち位置でしょう。

簡潔に言ってしまうと、僕らは素材なんですよ。

ですから最初の電話のとき、僕が必ずするのが、
『ととら亭という素材で何を描こうとしているのですか?』
という質問。
次に『で、僕らは何をすればいいのですか?』

ある意味、放送を見るまで、
僕らに分かっていることはそれだけ。

確かに撮影される立場ですから、
何を喋って、何を撮影されたかは知っています。
しかし、それが最終的にどう表現されるのかは、
まったく分からないんですよ。

実は今日の24時から、
テレビ東京の『チマタの噺』にちょろっと出ます。
その予告文がなんと、
『約70か国を旅して世界中の料理を出す謎の名店』

つ、ついにととら亭も謎の名店になったのか!

こうした異業種リミックスのおもしろさは、
僕らのイマジネーションから生まれたものが、
他者によって別物に変わること。

『旅の食堂』改め、
『謎の名店』となったととら亭とはどんなものなのか?
僕らも楽しみに見たいと思います。

えーじ
posted by ととら at 12:31| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2021年05月16日

チャンスを待ちながら

20日ぶりに昨日からディナー営業を再開しました。
といっても『20時閉店、お酒は出せず』のままですけどね。

しかしながら、
待っていてくれたお客さまの顔を見ると、
これもひとつの正解なんだな、そんな気もしてきます。

これまでも何らかの制約の下でととら亭を運営したのは、
公私ともに初めてではありませんからね。

与えられた条件下でベストを尽くす。

思えばこれは旅と同じでした。
受け身で悪天候やトラブルをしのぎつつ、
チャンスを見計らって能動的に突破する。

ともあれ、今回はどこにそのチャンスがあるのか?

そうか、待つというのも大切な戦略のひとつでした。

これは僕の苦手とするところなので、
訓練も兼ねて辛抱強くやって行きたいと思います。

えーじ
posted by ととら at 16:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年05月13日

時代の流れを感じて

ジェンダーは文化的なものなので、
同じ国の中でも変化して行きます。

僕の身近な経験に照らしても、
たとえば、男女どちらがデートをリードするかとか、
恋愛の告白はどちらがするかなど、
世代間の違いに気付いたことが少なくありません。

なかでもととら亭を始めて気付いたのは、
それが食生活にまで及んでいるということ。

最も大きな変化は食事の量ではないでしょうか?
僕が30歳になるまでの頃に比べると、
男性の食事量はかなり減ったと思います。

ととら亭ではお客さまの年齢、性別、体格に応じて、
料理の量を変えることがあるのですが、
あるとき、20歳代の男性ふたりがランチにいらっしゃったので、
ライスを大盛にして出したら、
ふたりとも残していってしまいました。
しかもこれはレアなケースではなく、
40歳代以下の世代では、顕著な傾向になっているのですよ。

そして逆もまた然り。

先日のランチタイムで。
20歳前後の女性がひとりでカウンターに座りました。

ん? 最近ときどき見かけるひとだな。

彼女は料理が出ると、スマホは脇に置き、
食べることに集中します。ながら食べはしません。

へぇ、最近の若い子にしちゃ珍しいじゃないか。

いつも物静かな様子なので、僕はあまり声をかけませんでした。
そんな彼女が箸をおき、不意に・・・

「あ、あの・・・」

・・・・?

どうしたのかと顔を向けると、
はにかみつつ、意を決したように、

「ご飯のおかわりって、できるのですか?」

体の大きい男の子がご飯を残し、
スレンダーな女の子がおかわりする。
こんなところにもジェンダーの変化がみられるんですね。

「さっきと同じくらいでいいですか?」
「はい!」

おいしそうにご飯を食べる彼女を横目で見つつ、
僕は身近な時代の流れを感じていました。

えーじ
posted by ととら at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年05月10日

自由と不自由の間で

バックパッカーと言えば、
フリースタイルの自由な旅で知られていますが、
意外とあれこれ制約があるのですよ。

こと、お役所系や制服組との関りにもなると、
100パーセント相手の言いなりにならざるをえません。
特にビザの取得や入出国については、
「こりゃ何の意味があるの?」なことでもやらねばなりませんし、
スケジュールにしても、完全に相手に合わせて、
指定された時間に、指定された場所へ、
指定されたものを持って行くしかない。

交渉の余地なし!

そうした意味では、
コロナ騒動下の飲食店経営も同じようなものがあります。

皆さんもご存じのとおり、非常事態宣言が延長されましたよね。
ま、これは予想していたので驚くにはあたりませんけど、
僕の懸念材料は、
今回の対策の効果が芳しくなかったことと、
オリンピック開催までもう2か月ほどしか日にちがないこと。

『開催』と大書きされた壁へ突き進むチキンレースは、
一見フェアでも実は壁の材質が違うという、
生々しい政治と経済の裏事情が隠されています。

ブレーキをかけずに突っ込んでも、バッハ会長が激突するのは紙の壁。
菅首相のはモルタル製。
丸山五輪相と山下JOC会長、
東京五輪・パラリンピック組織委員会の橋本会長のはベニヤ板。
みなさん、それほど大けがはしません。(特にバッハさんは)

ところが小池都知事を待っているのは本物のコンクリート。
(WHOのテドロス事務局長は棄権ですな)

この材質(結末)の違いを各ドライバーは、よぉ〜く知っているでしょう。
そこで話がマクロからミクロに戻ります。

あの小池さん(ある意味、僕らの親分)がこのまま黙って、
ひとりでコンクリート壁に突っ込むと思います?
僕ら都内で規制下にあるすべての事業者を巻き込んで、
菅首相の車に体当たりをかますくらい平気でやるんじゃないかな?

と深読みした僕が描いているワーストシナリオは、
今回の延長の先に待っているのが6月1日からの通常営業ではなく、
さらに厳しい規制、たとえば店内営業禁止なんですよ。
そしてその先はオリンピックが終わるまで営業停止。

そんなわけで、
最初は今月末までディナー休業を継続しようかしらん?
と思っていましたが、ワーストシナリオが的中した場合、
せっかく始めた南米料理特集も、たった3日で終了になってしまいます。

そこで5月15日(土)から、ディナー営業を再開することにしました。

しかしながら現在の酒類販売禁止、20時閉店という、
厳しい規制下にあることは変わりません。
このハードルを越えるために、メニューは特集を中心に絞り込み、
ご入店可能人数の制限もかけての営業となりますことをご了承ください。

はぁ〜・・・先は長く、険しいですな。

P.S.
詳しくは5月の営業スケジュールをご覧ください。

えーじ
posted by ととら at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年05月07日

寝た子を起こされて その3

ご存じの通り、ととら亭は狭いお店ですから、
お客さまがご来店されたときには、自ずと荷物に気を配ります。
とりわけサイズが大きかった場合は、
安全に置けるようアシストが欠かせません。

そこで毎回、はっと思うのが楽器のケース。

その大きさと形から、
何が入っているのか大抵わかるんですよ。
バンドを渡り歩くこと20年余、音楽歴は40年以上ですからね。

でも最初は見て見ぬふりをしています。
それも意識的に。
なぜならこれがまた寝た子を起こすのが分かっていましたので。

しかし自分の本質に抗うことは難しいものです。
結局「トロンボーンですか?」とか、
「ビオラですね?」なんて話しかけてしまって、
自ら墓穴を掘ってしまう。

むぁ〜、僕もプレイしたいっ!

この強い誘惑はお店だけではなく、
CDの仕入れでお茶の水に行ったときも感じています。
あの街には古本屋や中古CD屋だけではなく、
楽器屋がたくさんあるでしょ?
分かっちゃいるけど、
ついショーウィンドウの前で足を止めちゃうんですよ。

お、スペクターのベースか・・・スルーネックのEuro4。
ナチュラルフィニッシュで格好いいなぁ・・・
ちょっと試奏させてもらおうかな?
いや、いかん!
あ、ゴダンのGrand Concertだ!
ソリッドボディにナイロン弦のクラシックタイプ。
シングルカットアウェイでハイポジションも弾きやすそう。
あれ、欲しかったんだよな〜。
いや、いかん!いかん!

ってな具合に・・・
後ろ髪引かれるとはまさにこのことで。

またベースやギターをプレイしたいと思いつつも、
スタジオに入る時間はないし、
なによりアパート暮らしじゃ練習もままならない。

と、諦め続けて11年。
先日の夕方、
アパートの仕事部屋で音楽を聴きながら読書していたとき、
ふと机の上で埃をかぶっているミキサーに目がとまりました。

はぁ・・・こいつもずいぶん使ってないな。
電源入れたらちゃんと動作するかしらん?
壊れちゃってるかもなぁ。

ん? ちょっと待てよ・・・
今ならスタジオはともかく、
アパートで楽器を弾くくらいの時間はあるじゃないか。
もちろんアンプを鳴らすんじゃなく、
(そんなことしたら追い出されちゃう)
ベースをラインでミキサーに入れて、
ヘッドフォンでモニターするなら問題ないはずだ。

ってわけでヘッドフォンは・・・どこにしまったっけ?
あ、あった! ・・・
うげ、なんじゃこりゃ? イヤーパッドがボロボロじゃん。
そりゃそうだよな、もう10年以上つかってなかったんだから。
ええい、しょうがない。

で、amasonで発注した、
ヤマハのスタジオモニターヘッドフォンが今日とどきました。
さっそくベースをチューニングしてミキサーに繋ぎ、
ヘッドフォンへのアウトプットを上げてみると・・・

おぉ〜っ! 久々だぜ、このビッグなサウンド!
涙が出てきた、うう。

さすがに生楽器は鳴らせられませんけど、
エレキ系なら生音はペンペンいってるだけだから、
お隣さんには聞こえません。

そんじゃドラムはスマホもミキサーに繋いで、
ダウンロードしたリズムマシンアプリで・・・
ふんふん、いいじゃない?
練習程度ならこれで十分だ。
こうして時短営業で早く帰れた日のお楽しみができました。
今度はエレキギターとキーボードも復活させようと思ってます。
ふふ・・・

bass202105.jpg
愛用のベースは Fender の Jazz Bass で5弦のフレットレス仕様。
弦はローBを足しています。
サーキットはアクティブでプリアンプ内蔵。
ぱぉぱぉいい音します。うん。
posted by ととら at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年05月04日

寝た子を起こされて その2

ととら亭を始めて・・・
いや、東京に引っ越して以来、
できなくなったことのもうひとつがツーリング。

オートバイに乗る時間がないだけではなく、
東京の住宅環境、とりわけ僕のような懐事情では、
駐車場からして確保するのが難しい。

そんなわけで長年つれ添った愛車のBMW−R100GSは、
ブルーシートに包まれて実家で眠ること20年。

なのに!

「この前、Kawasaki Ninja H2 を買っちゃったんですよ」

なんてことを言う人がいるんですよね〜・・・
う・・・うらやましい!

そこで最新型のバイク談議で盛り上がってしまったのですが、
聞いた内容はまさに驚愕の連続でした。
端的に申しますと、
もはや現代のオートバイは電気仕掛けの精密機器!
バイクにUSB端子が付いているなんて、
最初は冗談かと思いましたよ。

計器パネルは総デジタル。
ABSや自動制御のフューエルインジェクターは当たり前。
もちろんライトはすべてLED。
ガソリンタンクのリザーブ機能もなし。
さらにギア車にもかかわらず、
クラッチを握らずシフトチェンジできるとは・・・

こうなるともう、
いきなりキーを渡されて「さぁ、乗ってみろ!」と言われても、
僕にはエンジンをかけることすら出来ないかもしれません。

え?
あそうか、最近では自動車にキーなんてないんでしたっけ?

ハーレーだってキックでエンジンをかけられるぜ!
なんて鼻息あらく言えたのは、もう数十年前のことなんですね。

しかし、あんまり複雑化と高機能化が進むと、
いざ「動かん!」となったとき、
ライダーはなんにもできなくなるんじゃないかしらん?

僕が国内を走り回っていたころは、
修理工場どころか、
ガソリンスタンドすらない区間が30キロ以上ある地域を、
単独で走ることもあったので、
キャブレターやチェーンの調整から、
プラグやヒューズ、バルブ、エンジンオイル、
各種ワイヤーの交換なんてのはDIYが当たり前でした。

そうそう、大型バイクでも起こすだけではなく、
押しがけする身体能力も必要だったんですよ。
(押しがけって分かります?)

まぁ、こういうスパルタンな乗り物だったから、
売れなくなっちゃったのかな?
今では販売台数が全盛期の1/4まで落ち込み、
わずかな売り上げを支えているのは、
僕と同世代のおじさんばっかりだそうで。

そういえば Kawasaki Ninja H2 を買った方も、
僕とほぼ変わらない年齢でした。
(MADMAX、インターセプター、
グースのZ1なんて単語に反応しましたからね)

あ〜、今日みたいな五月晴れの日に、
潮風を受けながら西湘バイパスを走り、
箱根のターンパイクから伊豆スカイラインと繋いで弓ヶ浜を目指す。

気持ちいいだろうなぁ・・・

わが青春のワンシーンでございます。

えーじ
posted by ととら at 14:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年05月02日

寝た子を起こされて その1

うぁ〜、キャンプに行きたいっ!

って、唐突にすみません。

ととら亭ではお客さまとの話で、
寝た子を起こされるようなことが時折ありまして。

連休初日の昨日は天気が良かったでしょ?
そこで「これからキャンパーデビューです!」
なんて方とお話していたら、
国内をオートバイで旅していた頃を思い出してしまいました。

ルートにもよりますけど、
たとえば当時住んでいた横浜を出発して、
東北、北海道を巡るツーリングだと、
約2〜3週間の旅行期間のうち概ね2/3はキャンプになります。

直接的な理由は旅費の節約でしたが、
キャンプ自体も楽しいんですよ。
と言っても、
たぶん、皆さんが想像されるような内容ではないと思いますが。

まず、シーズンオフを狙っていましたから、
キャンプ場はがらがら。
僕以外、誰もいないなんてのも珍しくありませんでした。
この場合、ホラー系に弱い人はダメでしょうね。
ときには嵐の夜に、山の中のキャンプ場でひとりぼっち・・・
ん〜、肝試しにはもってこいです。

それからキャンプ場以外でキャンプすることもしばしばありました。
もちろん私有地や公園で勝手にテントを張るのは違法ですから、
誰にも迷惑をかけないよう、展望台の下とか、
林道などの空き地で危険がないことを確認して一泊したのです。
(痕跡を残さないレベルの後片付けも必須です)

一人ぼっちで過ごす、静かなテント泊の一夜は大好きでした。
お供は文庫本とノートだけ。
当時のことですから、スマホはおろか携帯電話すら持っていません。
それでも退屈したことなんてなかったですよ。
たとえ荒天で数日足止めされたときでもね。
楽しかったなぁ。

ちなみに装備は移動手段で選んでいました。
オートバイで移動しているときは2〜3人用の3ポールクロスドームテント。
これはもう一本ポールを入れて、
ブーツ置き場や炊事スペースにもなる前室が作れましたから居住性抜群。
山を登るときは居住性より軽量化が求められるので、
シンプルな1〜2人用の2ポールクロスドームテント。
いずれもメーカーはICI石井スポーツでゴアテックス製です。

火器はオートバイの場合、燃料のガソリンをそのまま流用しますので、
米軍御用達のM1950という赤ガスでも使えるタフなしろもの。
プレヒートはポンピングした後、
生ガスをちょっと噴き出させて火をつけるという過激な仕様でした。
これ、今ではプレミアがついているんじゃないかな?
トレッキングではプリムスのチタン製ガスカートリッジタイプ。
これは軽くて小さいし、カセットコンロ感覚で便利です。

ツーリングでもトレッキングでも、
キャンプサイトに着いてテントを張る場所を決め、
設営が終わると、何ともいえない、ゆったりした気分になります。

それからシンプルでもキャンプで作る食事はおいしいですよ。
夏はスパイシーな炒め物、
それ以外のシーズンはスープなど煮物が中心でした。
基本的に一汁一菜。それで十分。
コンロの火を止めると、辺りはし〜んとしてね、
その静寂の中で食べるのです。
見上げれば満天の星空。

今は基本的に宿泊りのバックパッカーですけど、
原点のスタイルはこれなんですよ。
(実はともこもそう)

またこうした旅がしたいなぁ・・・。

えーじ
posted by ととら at 10:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月30日

僕のファーストルール

『コロナ慣れ』といえば、
悪い意味の文脈で使われる言葉ですけど、
僕はちょっと違う角度で考えています。

それはそれで『進歩』なのではないか?

と申しますのも、去年の今頃を思い出すと、
出所の怪しい情報に振り回されっぱなしだったじゃないですか?

それが1年も経つと情報の確度が上がった以上に、
リスク評価の材料が情報から経験に置き換わりつつあることが、
とても大きな前進だと思うのですよ。

今や多くの人々が、
平凡な日常、つまり出勤して、他人と仕事をし、ランチを食べ、
また仕事をした後で(夕食を買って)帰宅する、
この小さな経験の積み重ねの中から、
何が危険で、何が危険ではないかを学習し始めています。

こうした素人判断が危険なのだという意見もありますけど、
アノニマスの情報を裏どりすることなく鵜吞みにして、
それをあたかも自分の考えであるかのように信じ込むより、
まず経験に軸足を置き、それを補う形で情報を利用する方が、
個人に限らず公益にも寄与するのではないか?
と僕は考えているのですよ。

というわけで、この1年間無事だったんだから、
その経験に則って、これまでやってきたことはみなOK!

とは残念ながら思ってません。

僕が個人的に、また経営者として、
ハザードレベルを変える基準にしているのが医療リソースの状態。
分かりやすい数字が東京都の『入院・療養等調整中』の人数です。

なぜか?

ここで僕のルールをお話しましょう。
それは、

Hope for the best. Plan for the worst.

以前、在籍していた会社の社長が、
『悲観的に対策し、楽観的に実行する』
と言っていたのとほぼ近い意味ですが、
僕も生活や仕事、そして旅に至るまで、
これをファーストルールにしています。

そこでコロナ禍における Plan for the worst. はといえば、
それはいわずもがな、
自分が感染し、重症化するというシナリオです。
この観点で『入院・療養等調整中』の人数を読めば、
自ずとやるべきことと、やるべきではないことが分かってくるのですよ。

実はこれも情報ではなく、自分の経験から考えています。

あれは2012年1月27日の23時40分ごろ。
僕は最初の腰部椎間板ヘルニアの激痛に襲われ、
凍り付くような真冬の夜に真っ裸で救急車に乗せられました。
(詳しくはこのブログで2012年の『入院日記 その1』をご参照ください)

今回と共通するのは、その乗せられた直後の状況です。
救急車に乗ったら病院へ即急行!

じゃないんですよ。

車内で救急隊員の方が携帯電話で搬送先を探すのです。
ところがその日は前日に関東地方で大雪が降り、
転倒した人々で整形外科のベッドはほぼ満床状態。
僕の横で救急隊員が何件も病院に電話をかけ続けています。
そして20分以上かかって、ようやく空きを見つけ、
救急車が出発したのでした。
(実際はその病院の救急処置室に「先客」がおり、
その人が入院にならなければ入れる、との条件で行ったのです。
もしNGだった場合は、病院でまた病院さがし・・・)

あの時は、搬送先こそ見つからない状態でも、
僕は救急車の中でほっと一息ついていました。
なぜならアパートでは風呂上がりの裸で床に倒れていましたし、
(寒さで震えていました)
ストレッチャーに乗せてもらうだけでも、
悲鳴を上げなければなりませんでしたから。

ところがこれをコロナ禍のワーストシナリオに置き換えると、
高熱と呼吸困難に陥った状態では、
救急車の中もけして心地よい場所ではないでしょう。
ましてや現在の関西地方のように、
搬送先さがしに数時間以上もかかったらと思うと、
絶対に避けたいシナリオと言わざるを得ません。

そしてここにはもうひとつの経験に基づいた判断材料があります。
それは僕があの時に専有した救急車と救急隊員の時間。

僕が裸で倒れていたのはキッチンと隣の部屋のちょうど引き戸のところ。
ストレッチャーを体と平行に置いて乗せるにはスペースが足りません。
またちょっとでも体を動かすと、
激痛のため、10秒くらい息もできない状態になってしまいます。
それでも何とか僕を運び出さなくてはならない。
あれこれ方法を模索しているうちに、10分、20分と時間は過ぎて行きました。

結果的に、僕のために重要な医療リソースを占有してしまったのは、
合計で2時間くらいだったのではないでしょうか。

ご承知のように、彼らはけして閑職についているわけではありませんし、
救急車も潤沢にあるわけでもありません。
(1400万人都市の東京都に救急車がたった236台しかない!)
ましてや救急隊員の会話から、彼らが一番近い野方署からではなく、
阿佐ヶ谷署から来ていることが分かっていたのです。
つまり手が回っていない。

この時の僕の頭には、いま、ここにある危機とは別に、
30年以上前の経験が思い浮かんでいました。

あの時はオートバイの事故で、
アパートの床ならぬ夜の道路の路肩で、
左鎖骨と左掌の骨が折れたまま倒れていたのです。
(さんざんな人生でございます)

僕はこれまで救急車に3回のせられたことがありますけど、
そのいずれもコールから8分以内に駆けつけてくれています。
しかし、もし僕のように誰かが長時間にわたって救急車を占有してしまったら、
救急件数が急増して全ての救急車が出払ってしまったら、
僕はあのまま路肩で倒れたままになっていたでしょう。

そしてもし、その時のダメージが単純骨折ではなく、
脳内出血など緊急処置が必要なものだったら、
僕が今こうして皆さんとお話することはできなかったでしょう。

累積数から計算した東京都民の新型コロナウイルス罹患率は、
今日の時点で0.0099123パーセント。おおむね100人に一人です。
これを生徒数1000人の学校に置き換えると、
約1年の間で1000人に10人の選抜選手に選ばれる確率と同じ。

また現在の陽性者数と重症者数から計算した、
ざっくりとした重症化率は0.00887393パーセント。
おおむね陽性者1000人に9人の確率です。

これを個人的にリスク評価すれば、
「いますぐ食料を買い込んで
 ワクチンを接種するまで自宅にこもらなければ!」

という結論には至りません。

しかし、Hope for the best. Plan for the worst.と、
過去の救急搬送された経験に照らし合わせると、
救急車や病床などの医療リソースを無視するわけにもいかない。

これが『入院・療養等調整中』の人数を注視して、
ハザードレベルを変えている理由なのです。

本日現在の東京都の『入院・療養等調整中』の人数は1453人。
これはもし僕が次の自宅療養以外の陽性者となった場合、
待合室の番号札は1454番ということを意味しています。

この数字を念頭に置いたとき、
あなたはご自身の経験と集めた情報をもとに、
どうリスク評価されますか?

まぁ、僕なら、
闇営業の店に行くようなことはしませんけどね。

えーじ
posted by ととら at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月27日

リズムを変えて

いくつになっても初めてのことというのは新鮮なものです。

ここ野方で11年余の間、ととら亭の仕事をしていても、
『お酒の提供なし』で『ランチのみの営業』というのは、
未経験のことでした。

ランチタイムが終わってシャッターを降ろすと、
さながらナイトフライトで取材旅行に出るかのような気がしてきます。
今までこのパターンはこれしかありませんでしたからね。

また、明るいうちに物販店より早く閉めて帰宅するのも、
今までありそうでなかったことです。
昨日も斜前の花屋のオリーブさんに、
「お疲れさま〜、お先に〜」と声をかけて帰ったときは、
なにか不思議な感じがしました。

しかしながら根本的な生活はあまり変わっていません。
現に定休日の今日もいつもどおり、
僕らはシャッターの下りた店内で個別にお仕事中。
ともこは仕込みと掃除に取り掛かり、
僕は例によって溜まったデスクワーク。

まぁ確かに締め切りに追われることからは解放されたので、
時間的な余裕ができたのは嬉しいですね。
(確定申告と旅のメニュー変えが終わったし!)

そういえばコロナ禍が始まって以来、
読書量が会社員時代にほぼ戻りました。
しかもこれまで取材旅行の資料系がほとんどだったところに、
小説まで読めるようになったのですから。
いまベッドタイムのお供は、
トルコの作家オルハン・パムクの『私の名は紅』。
オスマン帝国時代を背景とした一種の推理小説なのですけど、
プロットの構造がユニークでおもしろいですよ。

時間ができた分、リハビリを兼ねたトレーニングも順調です。
先日まではランチとディナーの合間に、
急いでダイジェストバージョンをこなしていたのですが、
今はストレッチもフルセットでやれるようになりました。
おかげでひざの柔軟性が回復し、
風呂の中でなら正坐もできるようになったんですよ。

こうしてみると、いろいろ状況が変わっても、
僕らはリズムを変えて、同じ曲をプレイしているような気がします。

こういうのをスタイルというのかもしれませんね。

えーじ
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2021年04月24日

ととら亭という場の本質

南米料理特集が始まります!

と発表した3日後に、
またしても非常事態宣言が発出されました。

予想はしていたので驚きはありませんが、
今回の条件では僕らにきれるカードも限られています。
そこで、明日から営業条件が緩和されるまで、
当面のあいだ、
酒類提供なしのランチ営業のみに絞ろうと思います。

ディナーも時短で継続しようとシミュレートしたのですが、
これはどうやっても難しいとの結論に至りました。
その第1の理由は・・・

スピードの壁。

このお話を始める前に、まず同じ飲食店といっても、
軸足をスピードに置くかサービスに置くかで、
舞台裏と仕組みがまったく異なることを説明しなければなりません。

分かりやすく言えば、
ととら亭にマクドナルドやモスバーガーの真似はできませんし、
その逆もまた然りでしょ?
そしてそこにはメニュー構成も大きく影響しているのです。
なかでも最も大きい存在がお酒。

たとえばととら亭のディナータイムの場合、
通常ですと概ね7割前後のお客さまがお酒も召し上がります。
(アルコールマストという意味ではありませんよ)
そうした方はお酒を楽しみつつの食事となるため、
比較的に食べる速度がゆっくりしていて滞在時間も長め。
片やお食事のお客さまの場合、自ずと食べることが中心なので、
そのスピードが速く、滞在時間は短めとなります。

さて、ここで問題のキッチンです。

二組の別のお客さまが同じ料理を同じ数オーダーされた場合でも、
すべてを1時間以内に提供すればいいケースと、
30分以内に提供しなければならないケースとでは、
調理業務への影響がまったく違うことをお分かり頂けると思います。

実際、ととら亭の場合、飲酒あり7対なし3のバランスで、
人間も含めた現在の調理システムがチューニングされているので、
これが0対10になると、今でいう医療崩壊ならぬ、
調理崩壊が起こってしまうのです。

さらに組数と内容にかかわらず、
1時間以内に最初のオーダーをすべて提供しないければならないという、
時短のハードルまで加わると、責任をもって仕事をするには、
一日のディナータイムでご入店いただける組数を、
2組か3組に絞らなければなりません。

そうなると、ここで負の連鎖が起こるのですよ。

1日に人数にして4人から6人のお客さましか入店していただけない。
にもかかわらず、メニューブックには、
主菜だけで10種類以上の手作りの料理が並んでいる。
(これらが冷凍食品やレトルトでないことはご存知の通りです)

これが何を意味するのか?

ロス、つまり用意したけど売れなかった料理を廃棄するという、
経営的にもメンタル的にも厳しい結果が待ち受けているのです。
これを回避するにはメニュー数を絞り込むしかありませんが、
そこで質問です。

ゆっくりできず、お酒も飲めず、選択肢も限られた状態で、
皆さんはととら亭に来ますか?

「それでも行きます!」

と言っていただける方が少なくないのは僕らも知っています。
(Thank you guys!)
でも、そう思っていただけるだけに、
僕らとしてはディナーをやめようと判断したのですよ。

なぜなら、
それはもう本来のととら亭ではなくなってしまうから。

せっかく来ていただいたのに、
それがととら亭のイミテーションではお互い意味がありません。

ほどなく規制が解除される日を待ちましょう。
みんなが力を合わせれば、
来月中旬には南米料理特集もリブートできると、
ともこも僕も信じています。

えーじ
posted by ととら at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月21日

南米料理特集が始まります!

最後の取材旅行から、はや1年5カ月が経ちました。

「新しい料理を調べに行けないから大変ですね」

とのお言葉をしばしば頂戴しています。

しかし、ご心配には及びません。
実のところ、料理の引き出しは、あと1年分以上あるのですよ。
特集ごとにご紹介しているのは平均的に3品ですが、
現地ではそれ以上の数の料理を取材しています。

最終的においしかった順ではなく、
料理同士のバランスを考えて絞り込んでいるので、
惜しくも先発から漏れたスーパーサブが結構あるのですよ。

そして『隠し玉』的な企画もあります。
そのひとつが今回ご紹介する、

『南米料理特集』!

これは僕らにとって最も思い入れ深い旅のひとつでした。
なぜなら、初めての料理取材を目的とした旅であり、
かつ最遠、最長期間の旅でもあったからです。
(加えて最も困難な旅でもありました)

今回、メニュー作成に当たって当時の写真を選別していたら、
思わず手が止まってしまいましたよ。
一枚一枚に思い出がありましたからね。

ルートはメキシコに始まり、
エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチン、パラグアイ、
ウルグアイ、ブラジルの9カ国ですが、
今回は大陸南部に焦点を当て、
ペルー、チリ、アルゼンチンからそれぞれ一品を再現しました。

いすれも近代国家の枠を超え、
先住民族の食文化まで遡る歴史を持った料理です。
これを機に、なじみの薄い地球の裏側の国々に、
興味を持っていただけたら幸いです。

あ、それから恒例のヴィーニョヴェルデフェアも始めますからね。
野方で小さな旅に行きませんか?

えーじ
posted by ととら at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月18日

熱く語れる何か

趣味が服を着ているような僕らがやっているせいか、
ととら亭にはいわゆる同好の士の方々がよく集います。

話題は旅にとどまらず、
音楽や演劇、映画、アニメ、陶芸、アート、写真などの文系から
オートバイ、ダイビング、登山などの体育会系まで、
その幅は実に広いですね。

しかし多種多様な話題にもかかわらず、
すべてに共通していることがあります。

それは『キラキラ感』。

そう、年齢性別を問わず、
自分が好きなことを語っている(やっている)人々は、
えてしてまぶしく輝いているものです。

たとえば60歳を過ぎてなお青年のように、
「これがいいんだ!」「あれが素晴らしいんだ!」
と熱く語る人を見ていると、
本当に幸せそうだな、と思います。

もしかしたら、こうした瞬間が、
その人を最も魅力的に見せているのかもしれませんね。

そしてその対象を持つことが、
幸福の条件という意味で大切なのかもしれない。

では、どうやってそれを手に入れるのか?
これが場合によっては少々難しい。

なぜなら『熱く語れる何か』は、
学校で先生が与えてくれるものではありませんし、
amasonで売っているものでもない。

自分で、自分だけのものを、
自分なりに探して手に入れるしかないのです。

かくいう僕はどこで見つけたのかしらん?

あんまり昔のことなのではっきり覚えていませんが、
グラウンドか、ライブステージか、はたまた図書館か?
それともやっぱり旅の途上?

ん〜・・・たぶん、あれこれ手を出しているうちに、
(浮気者なもので)
知らず知らず、心の中心に残っていたような・・・

そんな気がします。

えーじ
posted by ととら at 19:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月15日

会費制の社会だから

今年も確定申告が終わりました。
これは経営者として年に最大のイベントのひとつですから、
納税を済ませると肩の荷が下りた気がします。

さて、通常はe-taxを使っているため自宅から申告していますが、
今回、別件があって中野税務署を訪れた時のこと。

確定申告は会場が別なので窓口に来ていたのは15人ほどの納税者。
それほど混雑してはいません。
受付札を引いたら僕は5人待ちでした。
そこで本を読み始めて数分。
僕の隣に座っていた40歳前後と思しき男性の順番が来て窓口へ向かうと、

「ふざけんな、いつまで待たせるんだ!」

と、いきなり怒り大爆発。
そこから段取りの悪さをすごい剣幕でまくしたて始めたのです。
窓口で対応していた20歳代の小柄な男性職員は、
ひたすら謝り続けています。

ん〜・・・そんなに待たされてたのかしらん?
それにしても謝ってるんだから、
そこまで言うことはないと思うけどな。

納税証明書を手渡す時もさんざん罵倒された彼に、
僕は同情を禁じえませんでした。
ところが男性職員の不運はそれで終わりません。

「次の方どうぞ」

進み出たのは70歳代の女性。

「おカネは今日はらわなくちゃいけないの?」
「所得税は4月15日までに納付していただければ結構です」
「だから今日はらわなくちゃいけないの?」
「4月15日までに納付していただければ大丈夫です」
「なにわかんないこと言ってんのよ!
 だ・か・ら・今日はらわなくちゃいけないの?!」

ここから女性はだんだんエキサイトしはじめ、
ほどなく怒り心頭に達したご様子。

ありゃ〜、これはキツイね。
日本語レベルでコミュニケーションが成立してない。

「なにをお知りになりたいのでしょう?」

彼はどう対応したらいいものやら、途方に暮れて聞き直しました。
しかしこれがまた火に油。

「あんた何いってんの!? いいかげんにしてよ、もう!」

結局、またさんざん怒られた挙句、
ようやく解放された後に呼ばれたのが僕です。
そこでにっこり笑い、

「こんにちは」

と声をかけてみました。
うつむいていた彼は、はっとして僕と視線を合わせ、

「こ、こんにちは」
「納税証明書をお願いします」
「はい、少々お待ち下さい」

先の二人は税金でもめたことがあったのかもしれないな。
まぁ、なにかと嫌われ者の税務署だからね。
こんな風に怒りの矛先を向けられることもあるんだろう。
とはいえ、さっきの連続攻撃はかわいそうだった。

確かに僕もどっさり納税した時(会社員のころ)には、
「けっこう持っていかれるな〜」とため息が出ましたし、
使われ方についても「民間じゃありえないね」と思うことがままあります。
しかし、『税イコール必要悪』説に立っているわけではありません。

高税率でも幸福度の高い社会を成立させている北欧の国々がありますし、
徴税の仕組み作りに失敗して郵便局が『倒産』してしまった、
ジョージアのような国もあります。

ここで求められているのは、
『一緒に生きている』という共同意識なのではないかしらん?

そうした視点に立つと、
税務署というのはいわばパーティの幹事さんみたいなもので、
みんなから会費を集めて支払いをする人たち。
そんな風に思えてきません?
彼、彼女たちはわかりやすい勧善懲悪ドラマに出てくる、
悪の手先ではないんですよ。

そして僕らも時には申告した数字が変なこともありますが、
そのほとんどの理由は単純に計算や認識が間違っていただけであって、
納税者がすべからく潜在的脱税容疑者ではない。

敵対する理由はないと思うんですよ。

仲良くやりましょう。
会話は紳士的に。
お互いの立場を理解して。

えーじ
posted by ととら at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月12日

It's Okay.

ケンカが弱くてもIt's Okay.
相手を許す大きな心があればIt's Okay.

スポーツが苦手でもIt's Okay.
困っている人の手助けができればIt's Okay.

ひとりでランチをするのもIt's Okay.
おいしく食べられればIt's Okay.

偏差値が低くたってIt's Okay.
「こんにちは」と「ありがとう」と、
「ごめんなさい」が言えればIt's Okay.

試験に落ちてもIt's Okay.
広い視野があればIt's Okay.

スタイルが良くなくてもIt's Okay.
スマイルが素敵ならIt's Okay.

恋人がいなくたってIt's Okay.
誰かを好きといえる勇気があればIt's Okay.

お洒落な靴が買えなくてもIt's Okay.
歩き方が美しければIt's Okay.

流行おくれの服でもIt's Okay.
着こなせているならIt's Okay.

仲間はずれにされてもIt's Okay.
間違いは間違いだといえるならIt's Okay.

スマホを握りしめていなくてもIt's Okay.
待っていてくれる人がいればIt's Okay.

1万人のフォロワーがいなくてもIt's Okay.
ひとりの親友がいるならIt's Okay.

口下手でもIt's Okay.
目で語れるならIt's Okay.

声が魅力的じゃなくてもIt's Okay.
言葉が素敵ならIt's Okay.

面接に落ちてもIt's Okay.
自分のできることに自信があればIt's Okay.

年収が低くてもIt's Okay.
おカネに使われなければIt's Okay.

おんぼろアパート住まいでもIt's Okay.
小さな自由を楽しめるのならIt's Okay.

海外旅行に行けなくたってIt's Okay.
近所で羽を伸ばせるならIt's Okay.

出世しなくてもIt's Okay.
分かってくれてる人がいるならIt's Okay.

リストラされてもIt's Okay.
自分の可能性を信じられればIt's Okay.

異性愛じゃなくてもIt's Okay.
人が人を愛するのならIt's Okay.

シングルライフだってIt's Okay.
幸せのかたちにこだわらなければIt's Okay.

限界にぶつかってもIt's Okay.
限界を自分で作らなければIt's Okay.

競争に疲れたってIt's Okay.
人生をゲームにしなければIt's Okay.

100人にこきおろされてもIt's Okay.
ひとりが理解してくれればIt's Okay.

失敗したってIt's Okay.
そこから学べばIt's Okay.

全部がOkayじゃなくてもIt's Okay.
ひとつを丁寧にできればIt's Okay.

Not Okay でも It's Okay.
鏡をまっすぐ見れればIt's Okay.

えーじ
posted by ととら at 00:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月10日

Let's get win TOGETHER!

はぁ〜・・・今度はマンボーですか?
(泣けるネーミングだ)

振り返ると昨年11月下旬からなんらかの営業時間短縮規制を受け続け、
かれこれ4カ月以上、普通に仕事をしたことがありません。
(その前もご存じの通りですが・・・)

特に20時閉店だと、できることが本当に限られるのですよ。
やれやれ・・・

と、ため息をつきつつも、
緊急事態宣言明けから急に解放されるとは思っていませんでした。

ワクチン接種のスピードを考えると、
今年いっぱいはこうしてあれこれ規制を受けつつ、
しのいで行く他ないのでしょうね。

僕ら飲食業のほか、観光業、輸送業、舞台のエンタメ系など、
長いトンネルを走っている皆々さま。
なんとかこのサバイバルレースを生き残り、
来年あたり、
「あの時は大変でしたね」と笑いながら話しましょう。

できればひとりの脱落者も出さずに。

えーじ
posted by ととら at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月07日

古いやつとお思いでしょうが・・・

「いらっしゃいませ」

とある日のランチタイムで。
25歳前後の男性のお客さまがご来店されました。

「おひとりさまですか?」
「・・・・ハ、はイ」

そしてカウンターにご案内すると、
しばしディナーメニューのご案内を手に思案中。
そこで、

「ランチメニューは黒板の2種類からお選びいただけます」
「・・・・は、ハい」

ん・・・この間と発音は?

と思って英語でメニューを説明すると、
彼はすらっとよどみなく応えてきました。

なるほどね。

このパターン、ここ数年では珍しくないんですよ。
旅行者ならともかく、滞在歴の長いモンゴロイド系外国人の方は、
ファッションセンスも近いので、
一見しただけでは国籍が分からないことが珍しくありません。

そう、僕らの違いはソフトウェアだけで、
ハードの部分はほぼ一緒ですからね。
そこで食事が終わったときに、

「どちらからいらっしゃったのですか?」
「香港です」
「そうですか、僕も何度か行ったことがありますよ。
 今回はお仕事ですか?」
「そうです。IT系の会社で働いています」

この受け答えは示唆的でした。
こうしたやり取りをした場合、
大陸側から来た方は、たいてい「中国から来た」と答えてきますが、
香港の方がそういうことはまずありません。
2016年に香港でクッキングクラスに参加したとき、
講師のジョイスは自分は香港人であり、
食材も Made in Hong Kong だと言っていたのを思い出します。

そこかしこで感じたのは、
「われわれは中国人ではない」という、
香港人としてのアイデンティティの主張。

「香港ですか、いまは厳しい状況ですね」
「・・・・・・・ええ・・・」

僕の言葉を受けた彼は英語の会話であるにもかかわらず、
来店したときと同じか、それ以上の間をおいて応えてきました。

「僕はあなたたちの主張にシンパシーを感じていますよ。
 香港に自由を」

彼らと僕ら。
人間としては同じですが、
ソフトウェア、つまり文化の部分は大きく異なります。
そして僕はその違いを基本的に認めている。
自分と同じではないからという理由だけで否定はしません。

しかし、認めつつも近寄らないものがあります。

それは『無謬の存在』。

高名なところでは君主、教祖、政治家から身近な社長や家長まで、
批判から完全に免責された存在とそのお取り巻きには、
可能な限り距離を取るようにしています。

理由はいわずもがな、
自由を標榜する僕にとって、
近寄っていいことはひとつもないから。

いや、僕のミクロな理由に限らず、
人類史に刻まれた大惨事の中心には、
たいていこの『無謬の存在』とその盲信者がいるでしょ?

これは右派か左派かのようなイデオロギー上の問題じゃないんですよ。
(だってヒトラーとスターリンは思想的に対極でも、
 しでかした結果はほとんど同じじゃないですか?)

立場が逆だったら、僕はどうするだろう?

彼を見送りながら、
僕は旅してまわった香港や中国の街々を思い出していました。

僕らの違いは文化的な面だけ・・・なのか?
それとも・・・

批判されない人、批判が許されない組織。
それは外国の個別の事情ではなく、
僕らの身近な存在でもあるんじゃないのか?

いや、もしかしたら、
僕らはすでに、その当事者の一人なのかも?

思えば75年前のこの国は、
現代の中国や北朝鮮とあんまり変わりませんでしたからね。

社会は自由であるべきだ。
ではその自由とはなにか?

このメタレベルの議論は、今でも政治の場に限らず、
学校や家庭でやっても無駄ではないような気がします。

え? 哲学なんてのはもう流行らない?

なんですけどね。

えーじ
posted by ととら at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月04日

もう一度、一年生から

学ぶことの第一歩は、
『自分はできない』『自分は知らない』という自覚から。

入学式や入社式で時おり耳にするこの言葉、
確かに、『自分はできる』『自分は知っている』という認識では、
学ぶ以前に学ぶ動機が生まれません。

ルーキーたちはこの訓示を胸に新しい日々を歩み始めますが、
実のところ、これが当てはまるのは、
僕ら中年・実年世代なのではないかしらん?

と、申しますのも、
僕が今さら言うまでもなく、
『できる、知ってる、分かってる』の自意識3拍子が揃っているのは、
若手よりむしろ僕らの世代ですよね、ご同輩?

これはあらためて聞く立場で耳を傾けると、
ドキンとするような気がします。

そんなことを考えていたある日のディナーで。

ご来店されたのは60歳代の男性のお客さま。
以前、趣味でトロンボーンを吹いていると聞いたことがあったので、
「最近はどんな曲をプレイをしているのですか?」と声をかけたところ、
「いやぁ〜、イチから出直しですよ」とな?

訊けば、なんでもプロの先生について、
呼吸法や音の出し方など、初心者レベルからやり直しているとのこと。
社会人バンドだけではなく、
ライブハウスでプレイするスキルがありながら、
なぜまた初心者コースから?

「ちょっと縁があって教えていただくことになったのですが、
 自分がこれほど吹けていなかったとは思いませんでした。
 まずは姿勢や呼吸法からやり直しです」

そんな彼の話を、僕は「これだ!」という思いで聞いていました。

歳を取って自明となった『できる、知ってる、分かってる』を見直すこと。
このリセットした出発点が、
おっさんになった自分の視野と可能性を広げてくれる。

そう『できない、知らない、分からない』というのは、
けして恥ずかしいことじゃない。

現にトロンボーンを学び直している彼の口調は、
新しい世界に触れた驚きと喜びに似た響きに満ちていたじゃないですか。

もう一度、一年生から始めることに、時間切れはありません。

そのために必要なのはただひとつ。
『自分はできない』『自分は知らない』という自覚。
それを上から目線で誰かに向かって言うのではなく、
自分の耳で聞くこと。

ん〜・・・
僕もあれこれ手を出して、荒っぽくやってきましたからね。
謙虚に見直してみると、どうも怪しいことがいろいろありそうです。

それじゃ、何から始めようかな?
まずは英語の勉強から始めようかしらん?

えーじ
posted by ととら at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年04月01日

それぞれの最初の日

入学、就職、転職、異動・・・

今日はその最初の日の方がたくさんいらっしゃいます。

今でこそ、そうした変化と無縁になってしまった僕らですが、
こと『転職』に関しては、やたらと経験して参りました。

そんな記憶が積み重なっているせいか、
新しいスーツや制服で街行く人を見かけると、

「いってらっしゃい。いい一日を」

という気持ちになるのですよ。
なんか、シンパシーを感じますね。

それはたぶん、未知の世界に飛び込むという意味で、
それぞれの人が、ガイドブックのない、
ひとり旅に踏み出したように見えているからかもしれません。

あなたの最初の日は、どんな一日でしたか?

あなたが選んだ旅。
あなたが選んだ日。

その本当の意味を教えてくれるのが、
今日から始まるあなたの旅なんですよ。

僕がそれを知ったのは、
出発してから30年以上が経った後でした。

凡人なのでだいぶ時間がかかりましたけど、
それなりの価値はあったと思っています。

なぜなら、
おっさんになった僕を今でも支えてくれているのは、
社会的な地位や銀行預金の残高ではなく、
その旅が教えてくれたものでしたから。

えーじ
posted by ととら at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月31日

長く遠い旅のはじまり

今日は月末かつ年度末。
一年のうち、大晦日と並んで慌ただしい日のひとつです。

そこで僕らはどうしているかと申しますと、
異動や転勤と無縁になって(昇給と有休も!)早12年。
普段と変わらない1日を送っています。

しかし何の変化もないわけではありません。
やはり春といえば始まりの季節。
PDCAに例えるならDですよ。
冬の間じっくり検討した計画を実行するときじゃないですか。

そこで僕らが取り掛かっているのは旅。
もちろんあした出発するわけではありません。
最後の取材旅行からかれこれ1年4カ月が経ち、
次を視野に入れた資料の読み込みを続けているのです。

この机上の旅がまた実におもしろい。

ルートの選定や取材の軸の決定に始まり、
それに沿った本やウェブサイトの記事を渉猟するのは、
実際の旅のオリエンテーションと驚くほどよく似ています。

2週間前後にわたる通常の取材旅行でも、
その準備におおむね3カ月かけていますけど、
次は2年分、まとめて100日くらい行こうと思っているので、
集めた資料は範囲、量ともにかつてない規模となっています。

この段階でさえ、小さな発見の連続ですから、
出発の日が本当に楽しみですよ。

え? ルートですか?

プランAはユーラシア大陸の横断です。
しかしそれには時間が足りないので、
まず西のポルトガルからスタートして中間地点のイスタンブールまで。
できればモロッコスタートでジブラルタル海峡を渡り、
イギリス領ジブラルタルからユーラシア大陸に入って、
イギリスとアイルランドを絡めるデラックスバージョンで行きたいですね。

こうなるとおおむね30か国前後を巡る旅となるので、
先にお話したように、
事前に調べなければならない範囲と量は、通常の取材旅行のざっと10倍!
となると準備時間も単純計算で10倍の30カ月になりますから、
たとえば来年出発するとしても、
僕らが今、いかに本気で始めているかをご想像いただけるかと思います。

仕事としては1年ごとに事業計画を作っていますけど、
実は、僕のスコープの一番さきにあるのが、
このかつてない、長く遠い旅なんですよ。

えーじ
posted by ととら at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月29日

自分の旅のために その21

朝、目が覚めてから布団の中で最初にやること。
それはボディーチェック。

両手を握って開いて、手首を回して・・・OK。
両肘を回して、伸ばして・・・OK。
足首を回して、ひざをゆっくり抱えて・・・OK。
そして最後は腰のチェック。
いきなり起きると危険なので、まず横向けになり、
側位の状態でゆっくり上半身を起こし、ロータスポジションで座る。
ここまで異常なしなら深呼吸。

実はこれ、健康・故障にかかわらず、毎朝やっているんですよ。
だいぶポンコツになってきましたからね。
さて、今朝は昨日の続きなので、
とうぜん最後のところでイエローランプが点灯。

む〜・・・
爆発寸前じゃないけど、ビミョーなビリビリ感があるな。

ともこは今日も休んでいいと言ってくれていますが、
大切な外部との打ち合わせが午後イチでありまして。

どうしたもんだろ?

そこで軽い朝食を摂ってから薬をフルセットで飲み、
1時間後に外へ出てテストしてみました。

ん〜、座っていればなんともないけど、
歩き始めると着地の衝撃でビリビリ感が増幅されてくる。
この調子だと駅に着く前に動けなくなるかもしれない。

打ち合わせはリスケしてもらおうかな?
いや、この事案の年度またぎは避けたいね。
とはいえ、この状態じゃあなぁ・・・

猶予はあと1時間しかありません。

仕方ない、ロキソニンをもう一錠飲んだら、
座薬も使ってフルブーストといくか。

で、さらに様子を見つつ、判断リミットを迎えました。
室内を歩いてみるとビリビリ感はなくなっています。

お〜、ほどよくラリってきたぜ。
これならどうにかなるかもしれない。
最終テストでお店まで行ってみるか。
ダメならそこから引き返せばいい。

「どう? 大丈夫?」
「たぶん」
「打ち合わせは行けそう?」
「ここまでの調子なら、いきなり動けなくなることはないと思うよ」
「無理しないでね」

高田馬場で乗り換えるまではひやひやしていましたが、
それ以降は腰の違和感が消え、
歩くスピードもいつも通りに戻せました。
というわけで僕は無事にタスクを終了し、16時に戻ってきたのです。

春の日差しがうららかな、
スリルとサスペンスの2日間でございました。

えーじ

P.S.
ディナータイムから仕事に戻りました。
のに、ん?
お客さん、来ないな?
posted by ととら at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月28日

自分の旅のために その20

左ひざ半月板の手術から1年が過ぎました。

早いですね。
あの時はコロナ騒動が盛り上がる寸前で、
まだ病院の体制も整えられておらず、
こりゃ予定通り入院できるのかしらん?
の状態でした。

そしてその経過観察中の同年10月、今度は大腿骨軟骨が剥離!
なんと同じ病院の同じ手術台に再び上り、
さらに同じ病室に入院するとは想像もしていませんでしたね。
(ベッドは前回の斜前)

そんなこんなの1年間でしたが、
先週の木曜日、定期検診に行ったところ、
ドクターはMRI画像を見ながら、

「ん〜・・・」
「どうですか?」
「これが今日の画像なんだけどね、
 なんとなくこの辺の線が変わってきてるんじゃないかな?」
「・・・・・?」
「ほら、手術前の画像と比べると・・・
 ここ、4ミリくらいの四角いへこみがあるでしょ?」
「はい」
「それが今日の画像には映ってない」
「ということは?」
「軟骨が再生してきてる・・・ように見える」
「おお〜!」
「で、本人はどうなの?」
「長い時間たっていると膝の上の部分が少し腫れたり、
 朝、アパートの階段を降りるときに軽い痛みがありますけど、
 いずれもすぐ回復します」
「痛みはどのへん?」
「膝蓋骨の下のヘリのやや内側で、深さは浅いです」
「ん〜・・・ということは軟骨じゃないな。
 切開した傷が復元する過程なんだと思う」
「そうですね、腫れはマッサージすると引きますし、
 階段を降りるときの痛みも、
 そのあと100メートルも歩いているうちに消えますから」
「それじゃ、次の検診まで様子をみますか」

ということになりました。
実際、日常生活レベルなら(仕事も含めて)ほとんど支障はありません。
ま、いろいろありましたが経過は順調のようで、
めでたしめでたし・・・

と安心していたら、
昨日の夕方、前触れなく腰の安全装置が外れました。
む〜・・・お約束ですね。

ディナー営業は薬をフルセットで飲んで乗り切りましたが、
今朝、起きて支度を始めると、だんだんビミョーなムードに・・・

そんなわけで、
今日のランチタイムはともこのソロとなったのでございます。

まもなく時計は15時。
腰の状態はまだ少々みしみししていますけど、
もう一度くすりをフルセットで飲めば、
多少は動ける・・・かな?

というわけで、
雨が降ってくる前にお店に行きたいと思います。

えーじ

P.S.
アパートを出て100メートルほど坂を上ったところで降参しました。
すみませんが僕は今日、終日お休みさせていただきます。
やれやれ・・・
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2021年03月25日

The best Teacher

最高の教師とは誰か?

有名校の先生か?
はたまたお寺や教会の聖職者?

実はそうした縁遠い有名人ではなく、
すぐ身近なところにいらっしゃるんですよ。
僕はそれに気づきました。

あれはとある日のディナータイム。
若夫婦と60歳代のご両親の4人がご来店されまして。

皆さん、ゆっくり料理とお酒と会話を楽しみ、
そろそろデザートというときに僕が呼ばれ、

「今日はなにがあるんですか?」
「白ゴマのブランマンジェとエスプレッソプリン、
 それから赤ワインのケーキもございます」

皆さん、顔を見合わせて、

「何にしようか?」
「ん〜・・・悩ましいな」

ほどなく第一声はお母さんから。

「私は白ゴマのブランマンジェがいいわ」

続いてご主人が、

「僕もそれにしよう」

しかし、僕はここでお詫びをしなければなりませんでした。

「すみません、
 白ゴマのブランマンジェは最後のひとつなのですよ」

するとご主人がすぐ反応し、

「ああ、では僕はエスプレッソプリンにするよ」

ご主人は物静かな方ですが、
なにかにつけ、いつもこうして奥さまを気遣っていらっしゃいます。
僕は思わず、

「ご主人はやさしい方ですね」

と視線を奥さまに向けると、
彼女は「そうなんですよ」と言葉にはしないまでも、
その笑顔がすべてを物語っていました。
傍らのご主人も照れ笑い。

それを見ていた僕は一瞬で理解したのです。

これは人生の教室じゃないか。

親としてというより、人生の先輩として、
言葉ではなく、行動を通して、
この一瞬に、老夫婦は若夫婦の目の前で、多くのことを教えていた。

もちろん若夫婦がそれをどこまで理解していたかは分かりません。
しかし、たとえその晩は分からなかったとしても、
やがて二人は、その意味と重みに気付くことでしょう。

人が幸せになるために必要な知恵とは、教室や聖堂ではなく、
こうしたところから学べるのかもしれない。

僕はそんなことを考えながら、
春の日の夜に、4人の背中を見送ったのでした。

えーじ
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2021年03月22日

3歩進んで2歩・・・?

非常事態宣言が解除されました。

で、僕ら東京の飲食店は?

時短要請が1時間緩和され、これをととら亭に当てはめると、

18時 オープン
20時 オーダーストップ(お酒も)
21時 クローズ


と相成りました。
業務的観点から当店に限って評価すれば、
これは『前進』といえます。

しかし、
東京都の新型コロナウイルス感染者数をグラフで見ていると・・・

ビミョーですね。
すでにベクトルが反転しているし。

コロナ騒動も始まってはや1年。
まだまだ先は長いことを考えると、
各種対策について効果検証をした上で、
いちど棚卸しをした方がいいのではないかしらん?

これはあくまで個人的な意見ですけどね、
何でも教科書的な愚直さでゴリ押しするより、
手間とコストとその効果を秤にかけて、
あんまりペイしないものはやめるのもありなんじゃないか?
と思うんですよ。

皆さんも「これってなんの意味があるんだろ?」
と感じていることは、少なくないんじゃありません?
たとえばスーパーで、
鮮魚がみんなご丁寧にパック詰めされてるところとか。
(野菜はバラ売りされているのに)
あれは新型コロナウイルスの蔓延防止に効果があるのかしらん?

よしんば可能性はゼロではないにしても、
その感染ルートのリスクと、対策の手間とコストは、
バランスが取れているように見えないんだけどな。
(やらされている方はえらい手間だしコストもかかるし・・・)

そこで思い出したのは、
僕がIT稼業でセキュリティを担当していたとき。
とても手を焼いたのが、

「何かあったらどうするんだ?」

という突っ込みでした。

こういう手合いを説得するのは難しいんですよ。
なぜなら、不確実性のかたまりの中で、
すべての起こりうる可能性に対して完璧な対策を用意するというのは、
人間技ではないでしょう?
(できる人を知っていたらぜひご紹介ください)

かといって僕はノーガード戦法を推奨しているのでもない。

コスパを考慮したドライなリスク評価で、
持続可能な対策を柔軟に切り替えながら実行する。

危険といわれる飲食店で危険なのはお客さんだけではありません。
僕らこそ毎日1日中そこにいるわけですから、
まさしく他人事ではないのですよ。
だからほんとにマジなのです。

そこで僕らがここまでやっていた対策は、
専門家のお墨付きこそありませんけど、
ある程度の有効性を証明していると考えています。
この1年間、僕らが内科医のお世話にならなかったのは事実ですからね。

え? 去年2回も入院したのはどこのどいつだ?

ああ、あれは両方とも整形外科ですよ。
この11年間で4回の入院はぜんぶそう。
僕はあれらに限らず整形外科のロイヤルカスタマーですから。

ということは、コロナ対策以前にそっちを考えたらどうだ?

ん〜・・・確かに。
その通りでございます。

えーじ
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2021年03月20日

昨日とは違う世界へ

春といえば進学と就職の季節。
しかし中には転職という方もいらっしゃいます。

コロナ禍で経営環境が厳しさを増す昨今、
5カ月間に及ぶ就職活動を続けられたケースもありました。

「明日4件目の面接なんですよ」

「この前のはダメでした。
 でも今度は1次が通って来週2次面接です」

転職を繰り返した僕らには、
どうも他人ごととは思えない時がありまして、
「がんばってね!」という声にも力が入ってしまうことがしばしば。

しかしその分、
「決まりました!4月1日から勤務です!」
そんな言葉を聞くと、こちらの嬉しさもひとしおですね。

転職というのは就職と明らかに違います。
なぜなら転職には前職があり、前職を辞める理由がある。
その内容は人それぞれですが、
経緯に重みのない人はまずいないでしょう。

そして面接で値踏みされる経験を繰り返すうちに、
組織というものの本質が、労働という行為の本質が見えてくる。
それはちょっと、
再婚した人にも共通した何かがあるような気がします。

僕はそうした『前』を持つ彼、彼女に、
なにかシンパシーを感じてしまうんですよ。

『前』は過去になったとしても、それはけして『失敗』ではない。

言い換えれば、
『知った』ことが『分かった』段階に昇華されたとき、
僕らはまたひとつ、本当の意味で、前に進むことができる。

これは若造だった頃の僕にとって、
理解のできないことのひとつでした。

いってらっしゃい!

えーじ
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2021年03月17日

12個目のダルマ

独立11周年記念週間が終わりました。

結局、非常事態宣言がずっと続いていたので、
この記念の2週間もずっと19時ラストオーダー、20時閉店。
こういうのは独立した2010年に想像もつかなかったことです。
ホント、世の中なにが起こるか分かりませんね。

しかしながら限られた期間でも、
僕たちの思い出の料理、
チレス・エン・ノガーダの経験をシェアできたことには、
とても感謝しています。

昨今の過酷な経営環境に加え、僕らふたりの健康状態を考えると、
ある意味、これはミラクルイレブンなんですよ。
われながら、
よくここまでこの旅を続けて来られたと思っています。

ダルマは今日で交代。

12個目も両目が入るかどうか分かりませんが、
一日一日を積み重ねて2022年の3月3日を目指して行きます。
この感覚は、まさに僕らの旅そのもの。

明日が予測できれば楽ですが、
分からないからこそ意外な出会いの喜びもある。

ま、安定より変化を選んだ道というのは、
こういうものなんでしょうね。

えーじ

daruma2021.jpg
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2021年03月14日

ポキポキしないで

今を去ること35年。
僕はラグビーとバイクとバンドに明け暮れつつ、
(あと女の子も!)
萩原朔太郎や中原中也を耽読するロマンティックな少年でもありました。

そこでたびたびユリイカや現代詩手帖などの文芸誌に詩を投稿したり、
出版社が主催する詩の研究会に出入りしていたのです。
その研究会は、持ち寄った作品を朗読し、
それを先輩詩人の先生方が批評をするというものでした。

そんなある日のこと。
僕が朗読を終えると、リーダー格の年配の詩人が開口一番、

「観念的すぎる。どこがおもしろいのかさっぱりわからんね」

室内はし〜ん・・・
駆け出し詩人(のたまご)の僕は神妙な面持ちのまま。
するとすぐ別の先生が、

「そうかな? 私はおもしろいと思うけど」

僕はここでも黙っていました。
しかし心の中で、

僕の詩は「おもしろい」のか? それとも「おもしろくない」のか?
どっちなんだろうね?

この問いは、ここで始まり、ここで終わったものではなく、
詩や音楽、ひいては本やととら亭など、
ゼロからなにかを創り、それを世に問うことを続けている僕にとって、
常に向き合うものとなったのです。

これを読んでいる皆さんには意外かもしれませんけど、
ととら亭の料理をおいしいと言ってくれる人もいれば、
のどを通らん、という人もいる。
(本当ですよ)

僕のブログや本をおもしろいと言ってくれる人もいれば、
つまらんという人もいる。
(これも本当ですよ)

試しにGoogleで『ととら亭』や『久保えーじ』を検索してみて下さい。

いかがです? まさにこれまな板の上のコイ!
いろんなことを言われているでしょう?

そこでネガティブな批評を読んだ僕はどう反応すべきか?
(って、あんまり自分の評価って読んでいないんですけど)

けしからん!
なんにも分かっていないやつだ!

とは思いません。

それでいいんですよ。

何をどう感じるかはその人の自由です。
いずれも自分の感想を素直に言っているだけ。
かくいう僕だっておもしろいもつまらないも自由に感じている。
だから相手も当然その権利を持っているし、
誉め言葉だけしか認めないというのはフェアじゃない。

そもそも人はそれぞれ違っているじゃないですか?
僕の評価とともこの評価だって完全に一致することはまずありません。
つまり100人ひとがいて満場一致の評価なんてない。
(あったら教えてください)
それが人間の世界のナマのリアリティなんですよ。

3月も中旬。
学校や会社での評価で一喜一憂する、
試験と人事の季節がやってまいりました。
最近ではこれにSNSのコメントや『いいね』の数も加わり、
なにかと「心が折れました」という話を聞きます。

でもね、僕の個人的な例を持ち出すまでもなく、
そんなに真面目にポキポキ折れなくてもいいんですよ。

100人を相手にして100人から認められることはまずありません。
しかし同じように、
100人を相手にして100人から否定されることもない。

換言するなら、分かってくれる人は分かってくれる。
たとえその場にいなくても、分かってくれる人は必ずどこかにいる。
(本当ですよ)

だったら、それでいいじゃないですか?

少なくとも僕は、自分の仕事の結果にたいへん満足しています。
いずれも自分なりのベストを尽くした結果だし、
なによりほら、
今日もあなたはこうして最後まで僕の話を聞いてくれたでしょ?

だから僕は創り続けていられるのです。

季節は春。
ポキポキしないで前に進みましょう!

えーじ
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2021年03月11日

それぞれの311

10年前の今日、皆さんはどこで何をしていましたか?

ととら亭は独立1周年を迎え、
記念週間の8日目が過ぎようとしていたとき。
僕はランチの片づけを終えて、
カウンターでデスクワークをしていました。

そして14時46分。

さいわい、ととら亭の被害はワイングラスが数個われた程度でしたが、
当時すんでいたマンションの部屋は、
プロレスラーがバトルロイヤルを繰り広げたかのような状態に。

余震が続き、失火した場合に消防の出動が期待できないことから、
当日はディナーを休み、自宅の片づけに専念したことを覚えています。

鳴り続ける開かずの遮断機。
余震のたびに見合わせる不安な顔。

そして翌日から始まった放射性物質騒動。
節電で街は暗く、仕入れは不安定になり、
それはまるで10年後に始まるコロナ禍の前兆のような日々に。

それでも僕らは乗り越えて来られた。
だから、10年後の今日がある。

その、あなたの、僕たちの、
それぞれの記憶と思いをみんなでシェアし続けて行きたい。

311が、本当に終わったといえる日まで。

えーじ
posted by ととら at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月10日

消えてゆくもの

消費形態の変化が街の構造まで変えつつある。
そういわれて久しくなりました。

これはマクロな話に限らず、
ととら亭があるような住宅地型商店街の店舗構成にも表れており、
かつてどこの街にもあった業種で消えつつあるものがあります。

たとえばレンタルビデオショップ、CDショップ、
書店、写真屋などなど。

今あげた業種への淘汰圧は言わずもがなインターネットによるものですが、
影響範囲はそこに紐づく裾野産業まで広がっているのですね。

先日、野方駅でともこと電車を待っていたとき、
ちょっとショッキングなことに気付きました。

「ねぇ、環七沿いに三脚の会社があったよね?」
「ああ、Velbonさんね、ほらあそこに看板のあるビルがそうだよ」
「え? どこ?」
「ほら、11時の方角に・・・あれ?」

ふと見てみれば、ビルの上にあったはずの看板がありません。

どうしたんだろう?

と思って帰ってから調べてみると、
なんと昨年の8月に三脚事業をハクバに譲渡していたじゃないですか。

僕は驚いたというより、
そうか〜・・・そうだよなぁ・・・
という寂しい気持ちで納得したのでした。

話を戻して考えてみるに、商店街から写真屋がなぜ消えたのか?

それはカメラが売れないから。

実際、コンパクトカメラ市場は急速にしぼみ、
カシオやオリンパスなどが事業を売却してしまいました。
一眼レフカメラの市場ですら、
王者のニコンが苦戦を強いられているくらいです。

となれば、当然それに紐づく3脚や交換レンズ、
フィルターなどの業種も厳しくなる。

なかでも3脚業界は悲惨でした。
カメラの衰退以前に手振れ補正技術の進歩が、
3脚を無用のものとし始めていたのですから。

カメラはスマホがはじめて。
という方には想像もつかないことかもしれませんが、
肘を伸ばして写真を撮るなどというフォームは、
15年ほど前までありえないことでした。

なぜか?

そんなことをしようものなら画像はブレブレで、
何が写っているのやら分かったものではありませんでしたから。

ところがスマホに限らず、
最近のレンズは殆ど光学的な手振れ補正機能を実装しています。
そしてその性能は驚くほど優れている。

実際、僕が使っている8年前に買ったコンパクトデジタルカメラでさえ、
暗い室内のみならず、夜景も手持ちできれいに撮れます。

そうなると三脚はどこで使われるのか?

思えば僕も仕事上で使うともことのツーショットか、
メニュー撮影くらいしか三脚を使わなくなってしまいました。

実はその三脚もVelbon製。
旅人の先輩であり、写真の師匠でもあったN氏から、
20年以上前に譲り受けたものです。

カメラがスマホにとって代わり、手振れ補正技術が進歩した結果、
かつてあって当たり前だったものがなくなる。

社会の変化の本質とはまさにそういうことなのですけど、
Velbonが最後は自撮り棒を作っていたという話を聞くに及ぶと、
なんともいえない静寂感がこみ上げてきました。

そう、SNSのアカウントもYoutubeのチャンネルも持たない、
僕のようなスタイルも、
今となっては旧態依然としたものなのかもしれませんね。

えーじ
posted by ととら at 17:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記