2020年12月24日

Happiness is the road.

「おはようございます!」

ととら亭を始めて間もなく11年。
野方に住んでからでも9年近くが経ちました。

するとたった420メートルしかない徒歩通勤の間でも、
「おはようございます!」と挨拶をすることが何度かあります。

アパートの階段を下りて、
1階に住むネパール人の若夫婦への「ナマステー!」からはじまり、
100メートルも歩かないうちに、
かかりつけの病院の看護師さんとすれ違い、
90歳を超えた一人暮らしのおばあちゃんに声をかけ、
学校に行くバレリーナの女の子を見送ることも。

次は建設中の介護ホームで顔見知りになった警備員さんに挨拶し、
細い路地に入れば、
バドミントンをしているカフェリーゾさんのお母さんと、
次女のお嬢さんに「行ってきま〜す!」。
みつわ通りに出る手前ではクロネコヤマトの健脚Yさんが「ういっす!」。

そこからまた細い路地に入るとギョーザ屋のみつばのお母さんが、
大きな声で「いってらっしゃ〜い!」で、
ととら亭のあるときわ通りまでくると、さらにジュピターさんの元気なスタッフや、
出勤途中のお客さまと会い、
最後はお洒落な花屋のオリーブさんに「おはよ〜、今日も寒いね〜!」。

で、ととら亭に入ると待ち構えていたともこが、

「あ〜、やっと来た! 寝坊したでしょ!」

こんな風に僕の一日が始まるんですけどね。

とても幸せだと思っています。

えーじ
posted by ととら at 18:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年12月21日

いいこと&悪いこと

『捨てる神あれば拾う神あり』なんて言葉がありますが、
確かに世の中、がっでぇ〜む!な時でも、
悪いことばかりとは限りません。

たとえば、
例年でなら繁忙期のこの時期に、またもや営業時間短縮要請!

よりによってこのタイミングかぁ・・・
と嘆きつつも、いいことだってあります。

それはお風呂。

22時閉店ですからフライングかつハイスピードで片づけると、
22時半にはアパートに帰れます。
そこでお風呂なんですよ。

普段なら帰宅は24時前後ですから、
風呂が沸くのを待つより少しでも早く寝たい。
で、寒さが厳しいこの時期にシャワーなんですね。
(さすがに南米の安宿よろしく水シャワーではありませんが・・・)

さらに!
お風呂に入った後で、ゆっくり夕食が食べられる!

会社員時代には毎日あたり前だったことが、
ブラックな飲食業界ではなかなかままなりません。

夏なんて一日中、汗だくで働いて、
そのべとべと状態で夕食を食べ、
さっぱりできるのはわずか寝る30分前。

昨夜も湯船で温まってから、くつろいで夕飯を食べていると、
「あ〜、いいねぇ〜・・・」な気分に浸れました。

それから『いいこと&悪いこと』という意味では年末年始もそう。

これまたコロナの影響で帰省できないのは本当に残念ですが、
大晦日と元旦を自宅でのんびり過ごすって、
以前は普通だったことが、なんと11年ぶりにできます。

僕らのお休みは12月31日から1月5日までの6日間。
遠出の予定はまったくありません。
はてさて何をしようかな?

今夜もゆっくり夕飯を食べてから、
家族会議でそれを決めようと思ってます。

えーじ
posted by ととら at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年12月18日

今年もフツーにやります(2020)

このフレーズを使うのも今年でなんと11回目!

横文字系飲食店にあるまじきクリスマス無視、
いや、正月すら考慮せず、
ととら亭はいつもと同じように暖簾を出します。

その愚直な理由はふたつ。

旅の食堂としてのミッションを守り続けていることを、
多くのファンの方が支持してくださっているから。

たった二人しかないマンパワーで、
あれこれ慣れないことに手を出し、
この基本部分のレベルを落としてしまっては、
意味がありませんからね。

もうひとつは僕の個人的なポリシー。

僕はクリスチャニティをリスペクトしていますけど、
クリスチャンではありません。
神道もまた同じ。
しかしながらブッディストとしてお寺に出入りしているかというと、
サンガを否定しているわけではありませんが、それもない。

僕は信仰的にスタンドアローンなのです。
いかなる宗派にも属さず、特定の師もいない。
いわゆるハグレっていうのかな?
ま、いささか協調性が欠けた性格なのですよ。

そうした意味では昨今のコロナ騒動に対するスタンスもそう。
巷に渦巻く情報や風潮に関して僕はかなり斜に構えています。

ふぅ〜ん、あっそ〜・・・って感じ。

これは無頓着に、
ノーガード戦法でやればいいじゃんって意味ではありません。

たとえるなら、
セキュリティのハードルが上がる地域を旅する時と同じ。

可能な範囲で情報を取集したら、
ソースと内容の確度を評価しながら自分の頭で戦略を考えます。

誰かに指示を出してもらおうとは思わないし、
出されたところで従う気もない。
他人に自分の運命を預けるのは、
飛行機か手術台に乗っている時だけにしたい。

こんな舵取りで、
この不確実性のかたまりの年末年始を乗り越えたいと思ってます。

それもみんなでハッピーにね!

えーじ
posted by ととら at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年12月15日

Let's ROCK!

ん〜・・・
やっぱり営業時間短縮期間が延長されましたね。

ま、感染者数の推移を見ていれば、さもありなんですけど、
未来を見据えつつ、僕らは気を引き締めています。

この気持ちをたとえるなら、
勝率の低い海戦に挑む非力な海軍ってとこでしょうか。

これは3月以来ずっと続いているんですけどね、
僕は小型の魚雷艇を駆って、
ロングリーチの強力な兵器を持つ敵艦隊に向かい、
こっちの射程距離に入ろうと悪戦苦闘している気分なんですよ。

突撃しようにも、
弾幕に押されて前進というより荒波の中で右往左往するばかり。

そうこうしているうちに、
味方の艦船が被弾して僕らの目の前で沈んで行く。

投げ出された仲間を救いに行きたくても、
弾を避けるだけで精一杯。

飲食業者の廃業だけではなく、
旅行関連企業の倒産や大規模のリストラ、
旅行関連書籍出版社の事業譲渡・・・

こうした知らせを僕らがどんな気持ちで聞いているか、
皆さんにもご想像いただけるのではないかと思います。
みんな仲間たちですから・・・

12月も折り返し。
年末年始に向けた発注をしている時、
僕はそれぞれの艇長に、
「あとで会おう。必ずな!」と、
メッセージを送っているような気分になります。

戦況は厳しいけど勝機は必ずある。
なんとか射程距離まで近付いて、一発ぶち込んでやろうぜ。

OK、全艇フルスロットル!

Let's RoooooooocK!

えーじ
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2020年12月12日

Sing higher till the end.

スポーツ選手やモデル、役者など、
若さを売り物にした人々を待ち受ける加齢の運命。
そのスキルや美のピークと晩年が織りなすコントラストは、
僕たち凡人の人生をデフォルメしたように見えることがあります。

なかでもヴォーカリストのそれは、
僕にとって言葉にならない切なさがありました。

バンド小僧だった青春時代のヒーローたちは、
いまやそのほとんどが60歳代から70歳代。
当時、ハイトーンヴォーカルで多くのファンを魅了したスーパースターも、
加齢による影響から無縁の存在ではなかったのです。

元ジャーニーのスティーブ・ペリー。
ラッシュのゲディ・リー。
元TOTOのボビー・キンボール。
元シカゴのピーター・セテラ。
エア・サプライのラッセル・ヒッチコック。
そしてスティングやクリストファー・クロス。

いずれも普通の男性では出せない高音域で歌うシンガーでしたから、
アマチュアがプレイするときは、たいてい楽曲のキーを下げるか、
女性ヴォーカリストを起用するのが定石でした。

しかしその彼らですら50歳も過ぎると音域が狭まり、
悲しいかな、若かりし頃の自分が歌った曲を歌えなくなってしまったのです。

さらに残酷なのは、彼らと共に年老いたファンが喜ぶのは、
かつてのヒット曲だということ。

そこで彼らは老体に鞭打つ近年のステージで、
ハイノートの出てくるメロディーラインをフェイクし、
ときにはややフラット気味に歌うのが当たり前になりました。
そう、ヒット曲の最も印象に残る部分で、痛々しいくらいに・・・

ま、しょうがないんだよね。
彼らだって人間なんだから。

そんな風に思っていた僕が最近手にしたのは、
超ハイトーンボーカルで知られた、
ファーギー・フレデリクセンのソロ作品、Any given moment。

彼は 2014年1月18日に他界しており、
これはその前年に発表された当時61歳の遺作です。

これを深夜、ヘッドフォンで聴き始めた僕は、
その1曲目の Last battle of my war でぶっ飛びました。

こ、これが還暦を過ぎ、かつ死期の迫った男の歌声なのか?

僕がファーギーのボーカルを初めて聴いたのは、
1984年にリリースされたTOTOのIsolation。
今から36年も前のことです。
にもかかわらず、57歳になった僕の頭に突き刺さってきたのは、
あの青春時代の印象と変わらない、鋭く、のびやかな彼の声だったのです。

いや、そうじゃない。
彼は往時を一段超えたボーカルを聴かせてくれたのですよ。

それが実感できるのはCDの最後を飾る Angel don't cry。
この曲はTOTOの Isolation にも収録されているセルフカバー。
ですから新旧の比較がはっきりできます。

ただでさえきつい高音パートの多かったこの曲を、
彼はオリジナル以上のハイノートを織り込んで歌い上げているじゃないですか。
これにはホント、驚きました。

そして何より僕の胸を打ったのは、
ファーギーがこれを自分の遺作として意識して作っていたこと。

2010年にかねてから患っていたC型肝炎ががん化し、
おそらく、余命を宣告されたであろう彼は、
寡作を一転、残された時間に自分のすべてをかけ、
2011年にHappiness is the Roadを発表し、
たて続けに2年後、この Any Given Moment をリリースしたのです。

そのせいか、Last battle of my war に始まり、
最後から2曲目にあたる When the battle is over ヘ至る10曲の流れは、
ある意味、彼の人生をテーマとしたコンセプトアルバムのような内容でした。

特にアルバムタイトルにもなった Any given moment や、
Not alone を歌詞を読みながら聴いていたら、
不覚にも目頭が熱くなりましたよ。

かっこいいですね、こういうの。

えーじ

Thanks Fergie.
You are still my HERO.
I'll keep on following my youth and dream as well.
R.I.P.
posted by ととら at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年12月09日

ととら流チームワーク(?)

腰の安全装置がもうちょいでかかりそうになりましたから、
通常通りの仕事メニューに戻しました。
これで一応、業務パフォーマンスは100パーセントに戻ったかな?

こうなると喜んでいるのは僕以上にともこの方。

何といってもととら亭は二人しかいませんから、
ひとり欠けただけで戦力は50パーセントダウン。
それに今回のように、いても半分くらいしか機能してないと、
結局のこる方が、
通常の150パーセント働かなくてはならなくなってしまいます。

これを10月下旬から2カ月弱に渡ってやらせてしまったのですから、
いやはや申し訳ない!
(入院時のサポートもあったし)

しかしながら、わが家の場合、
ビジネスパートナーになる以前から、
夫婦兼旅の相棒として10年以上の年月が流れていましたので、
ま、これもまた長い旅の中で『持ちつ持たれつ』ってことで。

実際、入院日数の合計と入院最長記録はともこの方が上です。
旅先でのダウン回数もそう。
(救急車乗車回数はタイ)

こういうのは前回のお話ではありませんが、
ツーリング&キャンプという旅のスタイルで培われたのかもしれません。
現地ではテントを張るのも水を汲みに行くのも、
基本的に『やれる方がやる』が原則。
『それをやるのはあんたの役目』じゃ何事も前に進まないのです。
中には二人で協力しないとできないこともありますし。

って、今回のことを正当化しているな?

いえいえ、今日から少しは彼女に楽をしてもらおうと、
健気に働き始めた僕でございます。

えーじ
posted by ととら at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年12月06日

山野で楽しむ絶品料理

ととら亭といえば世界の料理。

というわけで、
自ずと僕らの旅も海外旅行と思われておりますが、
実際に行った回数からすれば、
まだまだ国内が圧倒的に多いと思います。

そしてそのスタイルは以前もお話しましたように、
僕の場合はライダー。
いや、正確に申しますと登山ライダーでした。

バイクにテントなどのキャンプ道具のほか、
登山用のウェアやシューズも積んで、旅先の山を登っていたのです。
北は利尻島の利尻岳から南は屋久島の宮之浦岳まで、
時には厳冬期の冬山も含めて、
いったい何座のぼったのかあまり覚えていません。

あ、当時はソロでした。
ともこと出会ったのはその後です。

あれはあれで楽しかったなぁ。

そんなスパルタンな旅でも、
今と変わらないのは食事を楽しんでいたこと。
訪れた土地の名物だけではなく、
キャンプの自炊でもいろいろ工夫して食べていました。

とりわけ「あ〜、美味しいなぁ・・・」と思ったのは、
やっぱり登山中の食事です。

え? どんな凝った料理を作っていたんだ?

いや、身軽な装備の日帰りなら、
いちばん美味しくて手っ取り早いのが、
コンビニで調達したカップヌードルとおにぎり!

意外ですか?

でも、本当にそうなんですよ。

ともこも登山が趣味なので今では一緒に登っていますけど、
僕らの定番的な食事パターンは、

朝、登り始めて1時間半ぐらいのところで休憩し、
コーヒーを淹れて甘いデニッシュの朝食。

で、昼前後にまたお湯を沸かして今度はソーセージを茹で、
そのお湯でカップヌードルを作り、おにぎりを頬張ります。

これがマジで美味しい!
絶品ですよ。

先日、山の会に入って高尾山に行くというお客さまとお話したのですけどね、
そうしたら、そんな山野の食事を思い出してしまいました。

高尾山といえば、なんのハイライトもない地味な低山ですが、
どうしたわけか妙に楽しくて、結果的に僕らがいちばん数を登った山です。

この次行けるのはいつかな?

カップヌードルを楽しむ山の旅。

こういうのもいいものですよ。

えーじ
posted by ととら at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年12月03日

2021年に向かって


なんと、今日で丁度まる一年間、
僕らは国外に行っていないことになりました。
最後の取材旅行はUAEとレバノン。

ずっと昔のことのように思えますが、
それでいて「あれから1年しか経っていないのか!?」
という奇妙な時間のねじれを感じています。

もしかしたら、
こんな風に感じている方は、少なくないかもしれませんね。
だって、旅が非日常だとしたら、
まさしくこの1年弱のあいだ、僕らにとって、
いや、世界にとって日常が非日常でしたから。

それでも時は流れて行きます。
これを止めることは誰にもできません。

しかし、その流れの方向を変えることはできる。

僕らはなされるがままの完全な受け身じゃない。
100パーセントではなくても、
自分の未来を選択する力を持っているんですよ。

それを思い出しながら、僕は来期の計画を考えています。

ととら亭は旅の食堂。

ですから旅を続けて行きます。

それも来年は・・・

倍返しだ、さなばびっち!

えーじ
posted by ととら at 18:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月30日

自分の旅のために その19

先月、仕切り直しで再放送が始まった膝の治療。
フェーズ1は16日間の入院と手術で、
フェーズ2が1カ月間の荷重制限リハビリ。
それが今日、無事、予定通り終了し、松葉杖から解放されましたぁ〜!

(S.E. 拍手と歓声)

ま、『無事』ってとこはビミョーな部分がありますけど、
とにかく術後6週間の結果は良好で、
今日は1か月半ぶりに普通に歩いて帰りました。

さすがに左足は筋力が衰え、
片足立ちになっただけでふくらはぎがプルプルしてきます。
でもジャンプとラン以外はほぼトレーニングOKなので、
明日からボチボチ鍛えなおして行こうと思っています。
フェーズ3の始まりですね。

次回の定期検診は1月上旬。
またMRIで膝の具合を確認してもらいます。

え? 腰はどうなんだ?

ん〜・・・そっちの方がまだなんですよ。
とりあえず危機は脱したものの、まだ安全装置はかかっておらず、
薬を飲み続けています。

でもロキソニンはもう外していいかな?
かれこれ1週間になるし。

明日から12月。
気持ちを切り替えて2020年最後の1カ月を乗りきりたいと思います。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 22:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月28日

ため息は一回だけ

2020年は旅に出れなかった1年ですが、
それでもじゅうぶん旅をしていた気がしています・・・

と、お話したのはつい先日のことですけど、
僕らの旅が次々と起こるトラブルを乗り越えて進むものだとすると、
例えではなく、この1年もまた、まさに旅そのものでした。

いや、過去形で書くのは正しくありません。
これがもうリアルタイムの現在進行形。

ここ直近のケースだけでも、
離断性骨軟骨炎(?)の手術で16日間入院し、
退院と同時に仕事で使っているメインPCが壊れ、
修理を依頼しようとするもSONYのVAIOは事業が身売りされ、
旧製造モデルは事実上修理不能。
それじゃってんでLENOVOのBTOモデルを発注したら、
納期は2〜3週間のはずが7週間待ち。
そんなやり取りをしている傍らでバックアップのUSBメモリが壊れ、
ようやく松葉杖から解放されると思いきや、
椎間板ヘルニアの発作で3日間、僕自身が起動不能に、
そして復帰した昨夜はレジが壊れて買い替えとなりました。

さらに!

今日からまたトホホな時短営業ときたか。

はぁ〜・・・

こんな時は、こうしてため息のひとつもつきたくなりますが、
2回ついてはいけません。

なぜなら嘆いていても状況は変わらないどころか、
悪化するだけだから。

僕らの旅はある意味、究極的なD.I.Y.
主体的にどうにかしない限り1ミリも前に進まないのです。

それに降りかかってきたトラブルをよくよく見てみれば、
いずれも因果律的に説明できるものばかり。
つまり厳しい言い方をすれば、
起こるべくして起こったものなんですね。

と、いうわけで、ため息1回で運命を受け入れたら、
クールにトラブルシューティングを始めます。
時短営業については以前のとおり、

【ディナー営業】
 18:00 オープン
 21:00 オーダーストップ
 22:00 クローズ

ランチ営業は影響を受けません。

ゆっくりされたい方は、なるべく早い時間のご来店をお願いします。

Let's dive into the unknown future!

えーじ
posted by ととら at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月27日

最近のパターン

お店に戻りました。

と言ってもまだ腰の安全装置はかかっていないので、
機能的には40パーセント程度のパフォーマンスですが。

いやはやこの2日間はアパートに缶詰でした。
水曜日の夜にはだいぶ回復し、
木曜日のディナーには復帰できると思って寝たら、
なんと明け方、眠っている間に小爆発を起こしたのですよ。

分かります?

すぴ〜・・・っと寝ていてたところをビリっ!

たたき起こされるとは、まさにこのことでございました。

お蔭で腰の状態は振出しに戻り、
(ん? 最近こういう再放送のケースが続くな・・・)
トイレに行くにも松葉杖。
今度は膝ではなく腰をフォローするために使うとは。

ともあれ、今日は何とか動けるようになりました。
リハビリのつもりで軽くやろうと思います。

えーじ
posted by ととら at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月25日

遠い420メートル

スピードを体感するオートバイに始まり、
ロッククライミングやダイビングなど、
ずいぶんイタイ目に遭ってきた僕ですが、
35歳前後までは自分を不死身だと思っていました。

しかし、無謀のツケは必ず回って来るものです。
そう、今や僕もポンコツになりました。

あと6日で松葉杖から解放されるぜ!

と喜んでいた昨日。
さて、そろそろアパートに帰ろうかしらん。
と、その前にトイレに入って体を屈めたら・・・

はぅっ!

って、おいおい、マジですか?

何の前触れもなく、腰の安全装置が外れるのをスキップして、
ほぼ起爆装置がオンになっちまうとは!

爆発まであと何秒だ?

ここで松葉杖があったのは勿怪の幸い。
しかし、初めて遭遇した事態で、
どんな姿勢が危険なのか分かりません。
あれこれ少しずつ試しながら薄氷を踏む思いでカウンターまで移動し、

「ともこ〜、水を持ってきてもらえる?」

こうして緊急停止用のファーストエイド4剤を飲んで待つこと2時間。
とりあえずカウントダウンは止まったものの、
とてもアパートまで無事に帰れる状態ではありません。

いやはや参りました。
こうなった時の僕はとてもシンプルな考え方をします。

選択肢は・・・ふたつ・・・か。

プランA。
このまま店に泊って回復を待つ。
デメリットは寝るには寒いのと明日のランチには予約が入っているため、
朝までに回復しない場合はプランC。
つまり救急車で病院までLet's go!

で、プランB。
歩けそうなレベルまで回復したところでアパートへ帰る。
そうすれば時間に縛られず回復を待てるし、
布団で横になれるメリットも大きい。
しかし、途中で爆弾が爆発した場合は・・・
どこかの路上でプランC。

アパートまでの距離は約420メートル。
水平移動のリハーサルは店内でできるけど、
階段はやってみなくちゃ分からない・・・か。

僕はさまざまな可能性を秤にかけてリスク評価を始めました。

よし。

「ともこ、とりあえず20時まで様子を見て、
 動けそうもなかったら夕食にしよう。
 そのあと薬をもう一回飲んで、21時半にプランAかBを判断するよ」

僕の体調だけではなく、
ここ1か月半の疲労が溜まっている彼女のことを考えると、
なんとかアパートまで帰りたい。
そこで僕は手持ちの最後の切り札であるボルタレンの座薬も試してみました。

そして時計は間もなく21時半。

「それじゃ移動の練習を始めるからカウンターの椅子をどけてくれる?」
「大丈夫? 無理しなくていいからね」
「ああ、この状態じゃ無理したくてもできないさ」

さて、まず立ち上がってコンディションチェックだ。
座っているとなんともないんだけどな。
呼吸を合わせて・・・腹筋に力を入れて・・・

僕はゆっくり立ち上がりました。

OK。異常な・・・し?
いや、立ち上がると腰の右側で鈍痛が始まるな。
背筋は座っている時と変わらず伸ばしたままなのに・・・
こりゃどうしたわけだ?

僕は体の向きを90度まわし、
4メートル弱さきにあるカウンターの奥に向かって歩き出そうとしました。

うっ・・・こうか? ・・・いや、こう?

どうもまだ避けるべき誘爆させる姿勢が分かりません。

立ち上がると状態が悪化する。
ということは、左右どちらかの足に荷重することが影響しているんだ?
左? ・・・いや・・・違うな。
じゃ、右? ・・・おぉ、ビンゴ〜!
右足の筋肉が背筋まで連動しているのかもしれない。
と、いうことは、左足を軸にして前進すればいいのか?
いや、こっちは膝がまだ不完全で2/3荷重しかできない。
まいったね。とんだポンコツじゃないか。

「どう? 歩けそう?」
「ちょっと待って。いま考えてるんだ」

そう、考えろ。使えるリソースをすべて使って進むんだ。
そうか、不完全な左足を松葉杖でカバーし、
前進した後、腰をかばいながら右足を同じ位置まで進める。
うん、これなら行けそうだぞ!

「ともこ、OKだよ、うちへ帰ろう!」

僕は彼女にバックパックを預け、身軽な状態で歩き始めました。
そう、それはゆっくり、ゆっくりと。

よし、ショートピッチで行こう。
まずは本町通りとのT字路まで50メートルくらいかな。

僕は店内で試したリハーサルの動きをトレースし始めました。

左の杖を40センチ前に出し・・・左足でそれを追いかけ・・・
左の杖に荷重して右の杖を前に出し・・・右足でそれを追いかけ・・・
いいぞ、このパターンを繰り返して行けば、そのうち帰れる。

と頭で分かっていても爆発させたらプランCだと思うと、
なかなかスピードが出せません。
個人的には必死ですが、傍から見たら牛歩もいいところでしょう。

本町通りを抜け、続いてみつわ通りを抜け、
ようやく半分ってとこか。

普段は歩いて10分もかからない420メートルの道のりが、
果てしなく長く感じられます。

「疲れた? 休んでいいんだよ」
「いや、大丈夫。疲れちゃいないんだ。
 ただ安全な動きと危険な動きがまだ分からないのさ」

ときどきイヤな感じでビリっときます。
それでも最後の下り坂の直線まで来た時にはホっとしました。

僕らがアパートの下に着いたのは、
ととら亭を出て20分ほど経ったころでしょうか。
ここが最後の難関です。僕は目の前の暗い階段を見上げ、

さて、どうやって登ったらいい?
これまでは右足荷重で登っていたけど今はそれができない。
しかし左足を使うのもご法度だ。

僕はまた暫く考え込んでしまいました。

ん〜・・・仕方ない。
これしかないか。

僕は普段と同じ方法で階段を上り始めました。
ただし右足に荷重するときは思い切り腹筋に力を入れて。

体を持ち上げるたびに右腰すこし上のあたりがビリっときます。

うっ・・ここで爆発したら・・・
最悪は後ろにひっくり返って転落だ。
ってことは、前に突っ込むのがベストとはね。
どっちも勘弁してほしいよ。

こうして果てしない420メートルの後には、
さらに果てしない手に汗握る20段の階段が待っていたのです。

1,2,3,4・・・9、10,11,12・・・

18、19。あと1段。

ふう〜・・・着いた・・・
普段あたり前にやっていることで、こんな達成感に浸れるとはね。
これも怪我の功名かな?

薬の副作用もあって、待ち望んだ布団で横になった僕は、
そのまま朝まで爆睡してしまいました。

一夜明けて腰の具合は・・・まだダメか。
でも自力でトイレに行けるのは幸いです。
じゃないとこれまたプランCになっちゃいますからね。

今日一日、安静にしていれば、明日は動けるようになるかな?
またいつもの420メートルが遠い道のりになりませんように。

えーじ
posted by ととら at 14:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月22日

Tomoko-Eiji

ビートルズの全作品213曲中、
144曲のクレジットはLennon-McCartneyとなっているのは周知のとおり。
最後は仲たがいしてしまった二人ですが、
あの名曲の数々は、
ジョンとポールが何かしら協力し合って生まれたものなのですね。

こうしたパートナーシップは、
エアロスミスのスティーヴン・タイラーとジョー・ペリーにも見られますが、
音楽に限らず、
さまざまな分野で共作から優れた作品が生まれたケースがあります。

そこでビッグネームの後に牽強付会な気もしますけど、
僕らととら亭も、そんな風に仕事をしているのですよ。

レシピを書いたり、旅の料理のメニュー替えをやったりしていると、
僕はときどきバンドをやっていた頃を思い出します。

当時は僕が曲を書き、他のメンバーがプレイすることが多かったのですが、
とにかくみんな苦労していましたね。
と申しますのも、いわゆるプログレ系のバンドでしたから、
曲は長いは、変拍子は多いは、
はてやポリリズムのカオスの後で16分音符のユニゾンのキメを入れるはで、
自分がどこを演奏しているのか見失うこともしばしば・・・
それでも僕は自分のスタイルを変えませんでした。

その重荷をいま背負っているのが、ともこなんですね。

大体にして、旅の食堂というコンセプトそのものが、
プログレも裸足で逃げ出すアヴァンギャルドなんですよ。

だってフレンチで修業したら、普通はフレンチレストランを開くしょ?

ところが3カ月間ごとにモザンビークからスウェーデン、
インドネシアからレバノンやメキシコなど、
クッキングメソッドがまったく異なる料理を、
レストランで出せるレベルで再現しなければならない。

さらに試作で行き詰っても、
フレンチ時代の師匠に電話したところで「おまえ何してんの?」。

そう分かっちゃいても、僕はバンド時代と同じく、
無理なスコアならぬレシピを彼女に渡して、
「じゃ、これを叩きに試作(リハ)を始めよう!」というのです。

しかしさすがに何度もバンドを空中分解させた僕は、
そこから少しは学びました。

それはメンバーへのリスペクト。

実際、『言うは易く行うは難し』のように、
音楽にしろ料理にしろ、
イメージを形にするのはハンパなスキルではできません。
身内贔屓に聞こえるかもしれませんけど、
だから僕はともこの技術と無理難題に取り組む姿勢に、
敬意をもっているのです。

今日は最後に、直近の一例をお見せしましょう。

medvnik04.jpg

これはチェコの名物スィーツのメドヴニーク。
以前、試作中のお話をしましたが、
ほぼ完璧にプラハで食べたものを再現しています。
こうした芸当のできる料理人はそうそういないでしょう。
僕が渡したラフなレシピから、自力でここまで持ってゆくのですからね。

ほんと、大したものだと思っています。

えーじ

P.S.
メドヴニークは、
今やっているチェコ・スロバキア料理特集パート2に合わせてのリリースですが、
非常に手のかかるケーキですので、いつもあるとは限りません。
売り切れ御免ですみません!
posted by ととら at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月19日

Smiling Legend

皆さんもご存知のとおり、
去る10月6日、ヴァン・ヘイレンのギタリスト、
エドワード・ヴァン・ヘイレンが逝去しました。

デビューアルバムの『炎の導火線(Van Halen)』が発売されたのは1978年。
当時ギター小僧だった僕がこれを聴いたのは翌年の高校1年生のときでしたが、
当時の衝撃は40年以上が経った今でも生々しく覚えています。

特にA面2曲目のEruption(暗闇の爆撃)は、
演奏時間わずか1分42秒のインストゥルメンタルながら、
ヤボな日本語タイトル以上に、
後ろからガツンとやられたインパクトがありましたからね

そう、プレイ57秒あたりからはじまるパラポレピラポレと続く速弾きは、
オーバーダビングしない限り絶対に弾けないと確信していたのです。
(音程が跳躍していて普通に弾こうとしたら指が届かない!)

ところが、後でMTVを見てのけぞったのは、
僕ひとりではなかったでしょう。
なんとエディはひとりであれを弾いていたのですから。
ライトハンド奏法をあそこまで昇華させたのは、
あの時点で(いや、今でも!)彼だけだったと思います。

しかし、ここにはもうひとつ、僕を驚かせたことがありました。
それは彼のスマイル。

リッチー・ブラックモアをはじめ、
エリック・クラプトンやジェフ・ベック、ジミー・ペイジなど、
当時のギターヒーローたちは、
ソロを弾くとき、シブいしかめっ面をするのがお約束だったのです。
(だから僕もそれを真似していました)
ところがエディは、恐ろしく難易度の高いプレイをしながら、
まるでバースデープレゼントをもらった、
子供のような笑顔を浮かべていたのですよ。

それも一度ではありません。
どのライブ映像を見ても、ステージ狭しと走り回りながら、
パラポレピラポレとギターを弾き倒しつつ、
いつもニコニコしているじゃないですか。
個人的にいうと、彼の超絶プレイ以上に、
僕の印象に残ったのはあの無垢なスマイルだったのです。

だから多くのミュージシャンたちが哀悼の意を捧げるなかで、
ギターレジェンドとしての賞賛以上に、
エディの笑顔が忘れられないとの言葉が目立ったのは、
なるほどと言わずにはいられません。
彼はオフステージでも、万事あの調子だったのですね。

そこで僕は、最近、こんなことを考え始めていました。

ひとが幸せを得る重要なファクターとは、
おカネや社会的地位よりむしろ、
表情と、話し方と、話題の選び方なのではないか?

その意味では、エディーが天才的ギタリストではなく、
市井の凡人としての人生を送った人だったとしても、
彼は変わらずハッピーで、
かつ、周りの人々もハッピーにしていたんじゃないかな?

そう、彼はギターレジェンドであると同時に、
スマイルレジェンドでもあったのですから。

Thanks Eddie.
You gave us not only your great music but wonderful smile.

R.I.P.

えーじ
posted by ととら at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月16日

自分の旅のために その18

今日から手術した左足に荷重開始です。
とはいっても、まだ1/3ですけどね。

それでもこの違いは大きい。
完全に免荷だと振り子運動でしか移動できないため、
さすがに電車やバスでの移動は難しい。
特にラッシュアワーはね。

しかし1/3でも体重をかけられると、
ほぼ普通に歩くような感じで補助的に松葉杖を使って移動できます。
そんなわけで今日は電車を使って病院まで行ってきました。
リハビリは順調です。

手術してから1か月余りが過ぎ、
退院時に膝を固定していたニーブレイスを外してからは、
左足の柔軟性を取り戻すことを念頭に自主リハを続けていました。
ここからは少しずつ、筋力の回復も加えて行こうと思います。

幸い、気になるような痛みはありません。
膝の可動範囲を広げるリハでは膝の表面がミシミシしますけど、
これはまぁお約束。
少し我慢したところで足を延ばし、マッサージをすればすぐ消えます。

この調子で行くと来週には2/3荷重、
そして30日には全荷重で松葉杖から解放されるかな?
それを目指して地道に頑張って行こうと思います。

それにしても今回の治療プロセスは勉強になっています。
特に今日のように、社会的弱者として街に出ると、
住み慣れた世界をまったく別の視点から見ることが出来るんですよ。

そして僕に接する人々の対応からも、
考えさせられることが多々あります。

人間は基本的に親切ですね。
これは旅をしている時にも常々感じていましたけど。

力は弱き者のために。

元気になったら少しでも人の役に立ちたいと思ってます。

え? その前にととら亭の仕事をがんばれ?

そうだなぁ・・・
今日も、ともこひとりでランチ営業をやってもらっちゃいましたからね。
まぁ、その辺の借りは、12月からボチボチ返すとしますか。

ん〜・・・今回はちと高くついたかも!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月12日

鬼と笑おう!

鬼というのはなかなか賢いもので、
賢いと自認している僕ら人間が、
本当は知る由もない未来を語るのを聞くと笑うそうな。

確かになんの根拠もなく、
みんな揃ってまじめに思いこんでいるんだから笑えますよね?

しかし、そう分かっちゃいても、
明日のことをさも確実であるかのように、
話さなきゃいけないのが大人の世界。

僕もさっき年末年始の営業スケジュールをアップしました。

笑うな鬼。
知っててやってるんだから。

そう、来年の1月はおろか12月、
いや、今月末のことですら、どうなるか分からない。

でもね、思えばこういうのは、僕らの旅の常なんですよ。
今でこそお仕事ですから事細かに予定を立てて出かけますが、
本来のスタイルといえば、
決まっているのは往路の航空券と初日の宿だけ。
あとは出たとこ勝負が身上ですからね。

不安じゃないのか?

とはよく言われます。

しかしそもそも自由と不安は、
コインの表裏じゃありませんでしたっけ?
だって自由とは畢竟、道なき荒野の旅の謂いですから。

ならばこの不確実性の世界に潔く飛び込んで、
楽しんでしまうのも一興です。

鬼よ、一緒に笑おうじゃないか!

Such is life.

だもんね。

えーじ
posted by ととら at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月09日

ととら流サバイバル術

お約束のトラブルに見舞われ、
一時はどうなるかと思った今回のメニュー替え。
なんとか滑り込んでセーフでしたが、
スリルとサスペンスの人生というのもこの歳になると考えものですね。

そろそろ余裕のある生活を目指すべきだとは思うものの、
松葉杖から解放されるのは今月末だし、
その後、順調にリハビリが進んでも、
走れるようになるのは春以降だろうなぁ・・・

いや、その前に今年の年末年始ですが、
営業スケジュールを検討しつつ、
カレンダーとニュースを見れば、
不穏なムードがむんむんじゃないですか。

新型コロナの感染者数グラフを見ていると、
10月10日の谷間を境に第2波のピークから下る角度より、
第3波のピークへ向かう角度の方が急なんですよね。

単純にその延長線と日付を結ぶと、
11月下旬には第2波のピークと並んでしまう。
と、いうことは・・・

そのあたりでまた、
東京都から何らかの営業規制要請が出る可能性は、
極めて高いんじゃないかな?

とりあえず12月1日から31日までって形で始まって、
当然年末に延長され、結果的に1月15日まで続くってシナリオ。
もしそうなったらハレ使いの飲食店にとって、
むちゃくちゃ厳しい状況になるでしょう。

なぜなら多くの飲食店のキャッシュフローが、
年末年始に蓄えた体力で、
集客の厳しい2月を乗り切る仕組みになっているから。

と、ややユーウツな気分になりつつ、
僕らは意外と落ち着いています。

いや、じゃぶじゃぶ貯金があるからじゃありませんよ。
ととら流サバイバル術があるからです。
それは・・・

ベストを目指すのではなく、ワーストを避ける。

ふふ、これです。
セコさならドナルド君にも負けません。

え? そんなことを言っているから、
いつまでたってもスリルとサスペンスの人生から足を洗えないんだ?

そ、そうだったのか!

えーじ
posted by ととら at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月05日

チェコ・スロバキア料理特集パート2

人生、何が起こるか分かりません。

とは、僕がよくいうセリフですが、
(そういう状況になるのはイヤなんですけど・・・)
やっぱり、現実は想像を超えるものなんですね。

前々回のブログで、
メインのノートPCがデスったとお話しましたよね?
その予兆を感じていた僕は、
クラッシュを見越してデータはローカルに置かず、
USBメモリに保存していたのですよ。

ところが!

バックアップを取ろうとした矢先に、
なんとこいつまでデスってしまったのです!

(BGM:バッハ トッカータとフーガ ニ短調)

一瞬、目が点になりましたよ。

ん? なんでこのファイルが保存できないの?
とエクスプローラーを開きなおすと、
さっきまで表示されていたUSBメモリがありません。

そこで抜き差ししてみれば、
USBメモリに異常が発見されましたと警告が!
で、スキャンディスクで修復を試みたら、
修復失敗!
じゃ、もう一丁ぬき差しすると、
今度はWindowsが認識できませんだと?
ということは論理障害ではなく物理クラッシュ?

これが何を意味していたのかというとですね、
16日間の入院中にやった仕事が全部すっとんだ・・・
ということなのでございます。

しかし!
逆説的ではありますが、ミスに救われることもあるんですね。

死んだPCを窓から投げ捨てたい衝動と戦っていた僕は、
ふと、とある考えが浮かんで拳を下ろしました。

待てよ・・・
そう言えば昨日、メニューのデータフォルダを、
間違ってセカンダリのバックアップHDDに保存したよな?

昨日、僕はメニュー作りの作業を再開しようとUSBメモリにアクセスし、
そこにデータがなくて驚いたのですよ。
そこで同時に接続していたセカンダリのバックアップHDDを確認すると、
間違ってバックアップ側に保存してしまっていたのです。

と、いうことは・・・

あった〜!
メニュー替え作業の中心となるフォルダだけ、
ダブルクラッシュに巻き込まれず、残っていたんだ。
それも僕のミスで!

こんな手に汗握るドラマの末に、
ようやくリリースできることになりました。

チェコ・スロバキア料理特集パート2

さらに今回はアンコールメニューも同時に変わり、

ブルガリア ソフィア風スネジャンカ

さらに、さらに、ワインの特集も切り替わり、

星降る夜の赤ワイン特集2020

ふ〜・・・長い道のりでございました。

えーじ
posted by ととら at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月03日

改革主義者は嫌われる?

大阪都構想が否決されましたね。
僕は個人的にその是非を深く考えませんでしたが、
このプロセスで印象的だったのは、
元大阪府知事の橋下徹氏が言った、

「人間、現在の問題点にはけっこう寛容なんですよ。(略)
 変化に対する不安を避けるために、
 現状の問題点は甘受してしまうというのは人間の本質のところなので、
 責めても仕方がない」

という言葉。

これ、同じことを、
河野太郎行革担当相が押印廃止を提起したときにも思ったんですけど、
身に覚えのある方って、少なくないんじゃないかしらん?

かくいう僕もそのひとり。

いや、政治に限った話じゃないんですよ。
小は家族から大は学校や企業まで、
昨日まで続いていたことを変えようとした経験のある方は、
多かれ少なかれ、同じ壁に当たったんじゃないのかな?

僕は根っからのリベラル派なので、
(よく言うと革新的、悪く言えば飽きっぽい)
現状の問題を把握し、その解決方法を見つけたのなら、
それを実行しようとします。

だって同じコケ方を何度も繰り返すのはバカらしいでしょ?
(少なくとも僕はそう思うんですよ)

しかし、ここで壁にぶち当たらなかったことは、
あんまりありません。
その壁とはまさしく、橋下氏の言っていること。

それをはっきり悟ったのは会社員をやっていたときでした。

システム系で横断的なプロジェクトに参加していたときのこと、
各部署からの協力と支援を仰ぐために、
いろいろ説明して回ったのですが、どうも反応がよろしくない。

理詰めで考えていた僕は、最初その理由が分かりませんでした。
なぜなら悪い話をしているわけではなかったからです。
その説明論法もシンプルなもの。

1.ここに皆さんがお困りの問題があります。
2.それを解消するためにプロセスAをプロセスBに変更しましょう。
3.すると先の問題は解消されます。

もちろんプロセスの変更に伴うコストと工数増は、
可能な限り避けるように配慮していました。
変更時にテンポラリで業務工数が上がるケースでも、
最終的には現状より下がることを時系列に沿って説明したのです。

ところが!
皆さん、あんまりいい顔をしないんですよ。

なぜだ?

あれこれ説明方法を変えたり、内容を再検討しているうちに、
僕はなんとなく現場のムードが分かってきたのです。
それは・・・

みんなが嫌っているのはループした現状の問題ではなく、
変化そのものなのかもしれない・・・
そう、良くなるも悪くなるも関係ない。
慣れ親しんだ現状を変えることが何よりもイヤなんだ。

実はこれ、僕がいかなる組織からも距離を置くようになった、
大きな理由のひとつなんですよ。
目の前の問題を解決するために何かを変える必要があるとき、
最大の壁になるのは技術や予算の問題ではなく、
変化そのものを嫌うサイレントマジョリティの存在だったとは。

さらにこれは現場だけに限りません。

どんどん新しいことをやってくれ!
と言われてのこのこ行っても、
出した提案はことごとく「無理だ」「できない」と拒否され、
「じゃ、対案をどうぞ」と返せば沈黙する会議室。

そのうち僕は、この一見、アウトプットがない会議が、
一種の儀式であることに気付きました。
そう「われわれは意見を言う場を与え、そしてそれを聞きました」
という大人のエクスキューズ。
そもそも何かしらの変化を受け入れるつもりは、
お偉いさんたちにも最初からなかったんですよ。
行動から読み取れる本音は「今まで通りやってくれ」でしたから。

ま、僕が急ぎ過ぎた。
と言ってしまえば、それまでなんですけどね。

さて、大阪都構想はともかく、押印の習慣ってなくなるのかな?
河野さんに言われるまでもなく、
僕はずっと前から認め印ってなんの意味があるんだろ?
と素朴に思っていましたから。

えーじ
posted by ととら at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月01日

自分の旅のために その17

ととら亭復帰3日目。

ようやく頭の切り替えが終わり、
体調もご覧の通り、左足を除いて仕事ができるようになりました。

return112020.jpg

同じ軟骨系の問題とはいえ、手術方法が違ったせいか、
術後のダメージは前回の1/3くらいでしょうか。
まだ荷重はかけられませんが、
可動制限はないので、もう90度くらいまで膝を曲げています。

痛みはそれ以上まげなければ殆どありません。
手術痕もきれいで、シャワーならお湯を直にかけてもOK。

ここから今回の治療のフェーズ2に入ります。
3月のときと同じく地道なリハビリをしつつ、
お仕事は旅のメニュー替え。
(写真は赤ワイン特集の商品撮影のもの)

入院中にキャプションは書き終わっており、
メニュー写真も事前に撮っておきましたから、
今回はかなりゆったり気分です。

ところが!

いろいろ起こるのは僕らの旅のお約束。
メインで使っているノートPCが退院するなりデスりました。

イヤな予感はしていたんですよ。
入院中に何度も電源ユニットがハングし、
バッテリーをリセットしないと起動しないことが頻発していたのです。
それでともこにスペアの2番機を持ってきてもらっていたのですけどね。

退院してすぐ、アパートで電源を入れ、
ブログをアップしようとテキストを打ち始めたら、
そのままバツンとOSが落ちたじゃないですか。

あいや〜、昇天したかとダメもとで再起動すると、
ログインはできたのですが、
デスクトップが表示されたと思いきや、
画面全体がサイケなノイズで渦巻きはじめ、気分はまさにウルトラQ。
(ちと古いか・・・)

こりゃ電源系だけじゃなく、ディスプレイもダメか。
ってことはマザーボードの交換だな。
高くつきそうだのぅ・・・

というわけで、
明日の朝一タスクは、リペアセンターへのコンタクト。

人間も機械もポンコツ化が進むととら亭でございます。

to be continued…

えーじ
posted by ととら at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月30日

入院日記パート4 その9 最終回

日本のみなさまこんにちは!

ではないのですけど、気分的にはそんな感じです。
なんか、不思議な旅をして帰ってきたような・・・
日本であって日本ではなく、現代であって現代ではない、
夢と記憶の境界を通り抜けてきたような気がするのですよ。

時間の感覚までスリップしてしまったのは、
退院の時に、たくさんの患者さんや職員さんが、
温かく見送ってくれたからかな。

20代のころ、オートバイで日本を周っていて、
礼文島などの離島では、
残る旅人や宿の人たちが港で見送ってくれたことがありました。

2度と会うことはないかもしれない、
ひとりの旅人に、いつまでも、いつまでも、
船が見えなくなるまで手を振ってくれた人たち。

そんな人たちの姿が、
今回であった人たちの姿と重なり合っていました。

いい旅でしたよ、ほんと。

病棟の1階で迎えに来てくれたともこと合流し、
アパートに戻ったのは11時前。
タクシーの車窓を流れる新宿の風景が新鮮でした。
だんだん現代の日本に帰ってくる感じ。

昼過ぎに時差調整の仮眠をとって、
16時ごろ、ともこがデリバリしてくれたドライカレーとスープの昼食。
思えは半月ぶりの熱々の食事でした。
とても美味しかったです。
病院ではやっぱり少し冷めてしまっていますからね。

さて、今夜の仕事はディナーの片付けとレジ締めだけの参加です。
軽く外界に体と頭を慣らして、明日から完全復帰。
とはいえパフォーマンスは個人比15パーセントってとこかな?

東京は秋。
次の旅のはじまりです。

inhospital102020.jpg

I'd like to thanks to all staff of hospital and patients who share the warm experience.
And send my special thanks to fellows of Nogata,friends,my family, and Tomoko.
You guys had always keep my motivation go straight.
So now,I'm here.

End

えーじ
posted by ととら at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月29日

入院日記パート4 その8

いよいよ明日は退院です。

旅と同じく、先を見ると長い道のりも、
振り返ればあっという間ですね。

そしてこれまた旅と同じく、
半月あまりの間には、実にさまざまなことがあり、
普段の生活では見落としていたことを、
じっくり考えるきっかけも貰えました。
その辺はまたいずれ、お話できる日がくるかと思います。

先の火曜日にともこが来てくれて、
(コロナ対策で会えませんでしたが)
日用品の交換をしつつ不要になったものを返しました。
残った荷物はもう僅か。
撤収の準備を着々と進めています。

そこにまたランダムなタイミングでリハビリや、
抜糸などが入ってきましたから、
事実上の最終日に当たる今日は何かと忙しないですね。

あ、なかでも嬉しかったのは、今日もシャワーが浴びられること!
一昨日浴びたのが最後と思っていたのですよ。
これで明日はさっぱりした体で帰ることができます。

ちょっと気がかりなのは、
明日の夜にはととら亭に復帰するということ。

いや、体のコンディションのことではありません。
時差の修正だけではなく、頭の切り替えが必要じゃないかと・・・

なんか気分的に、アフリカの南部から帰国した時より、
ギャップを感じそうです。

え? 同じ東京にいるのに?

ん〜、それくらい違うんですよ。
日本にいても、同じ日本語を使っていても、
僕にとって病院という世界は、
はじめて行った外国と同じくらい異質な空間でした。

だからなおのこと、
旅をしているような感覚になっているのでしょうね。

そうした意味で言うなら、
明日のフライトは09:30発。

次は秋の野方からお話しましょう。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 12:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月27日

入院日記パート4 その7

入院13日目。

そろそろトンネルの出口が見えて参りました。
取材旅行にたとえるなら、帰国に備えた動きを始める頃です。

帰った当日から仕事に戻りますから、
まず考えなければならないのは、病院と野方の時差。
同じ日本といっても生活時間帯が4時間ずれているんですよ。
たとえば今朝、僕が起きたのは4時。
普段であれば8時ですからね。

食事もそう。
ここは皆さんとほぼ同じく、
8時に朝食、12時に昼食、そして夕食は一般よりちょっと早い18時。
飲食店は基本的にその時間帯が勤務帯になるので、
ととら亭の場合は10時45分に朝食、16時半に昼食。
夕食はディナー営業の終了時刻に影響されますが、
おおむね23時半前後でしょうか。

取材旅行であれば、復路の機内で爆睡すると、
時差ボケしない体質の僕らは大抵すぐ日本時間に馴染めます。
ですから今回は金曜日の昼前にアパートへ帰り、
3時間ほど仮眠をとれば通常モードに戻れるでしょう。

帰ったら仕事のラッシュが待っています。
あ、予約でいっぱいという意味ではなく、
ちょうど月末でしょ?
16日分のレジ処理+月末処理をやらにゃならんのですよ。
地味な話でございます。

それが終わると旅のメニュー変え。
レバノン料理特集は来週の火曜日(祭日なので営業します)まで。
で、水曜日と木曜日の2日間お休みをいただいて、
11月6日(金)からチェコ・スロバキア料理特集パート2を始めます。

え? 11月の営業スケジュールはどうなってるんだ?

すみません。
通常であれば前月中旬にアップするのですが、
なにぶん手術の結果と予後がどうなるか分からなかったので、
発表できなかったのですよ。
それに病院からではFTPが使えなませんからウェブサイトもいじれません。

詳しくは金曜日の日中にアップしますが、
基本的に通常通り火曜日が全休、金曜日がランチ休で、
イレギュラーは11月3日(火)の営業と、
4日(水)、5日(木)がお休みってところかな?

しかしながら、まだ不確定要素が幾つかありますので、
できればしばらくは事前にご予約を頂けますと助かります。
急にお休みしたらごめんなさい。
ともこも単独16日間営業でだいぶ疲れておりますので。

と、帰ってからのことばかりじゃフライングだな。
残る3.5日間、病院でのミッションに集中しなくては。

なんか、毎日、意外と忙しく過ごしています。
あ、今日はシャワーを浴びられるんだった。

うれしい!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 10:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月25日

入院日記パート4 その6

入院11日目。

昨日はシャワーの許可が出ました。
お〜、9日ぶりで気持ち良かったこと!
やっぱり体を拭くだけとは違いますね。

これだけの期間いると同室だけではなく、
たくさんの知り合いができました。

ととら亭と同じように年齢や職業に幅があり、
病院で働くさまざまな業種のスタッフさんたちも含めると、
話をしているだけで取材旅行に出ているような気分になってきます。

また僕より重い症状でも前向きにがんばっている人を見ると、
ただそれだけで元気と勇気をもらえますね。

ほんと、最良の教科書とは、生きた人間だと思います。

特に病棟という場所がら、ときおり厳しいこともあり、
困難に直面した人々それぞれの対応からは、
教えられることが少なくありません。

病床で寝たきりの彼は、
どんな気持ちで天井を見つめているのか?

先の見えない病と向き合う彼女は、
どんな気持ちで輸血を受けているのか?

自立歩行が困難な患者さんを支えるヘルパーさんは、
どんな気持ちで腕をとっているのか?

患者さんを手術室に連れて行く看護師さんは、
何を思いながらストレッチャーを押しているのか?

患者さんの意向とは異なる説明をしなければならないドクターは、
なにを思いながら、いま話をしているのか?

それぞれの人が、それぞれの立場で、それぞれの心理世界に生き、
そしてこの、目に見えて、手で触れられる世界をシェアしている。

僕もまたこの一幕のプレーヤーなのですが、
どこか傍観者のように、移り行く情景を眺めていることがあります。

暗転した舞台と同じように、
痛みも、不安も、苦しみも、目には見えません。

僕らはみな、
セリフのきっかけを待ちながら闇の中で立ち尽くし、
お互いの気配を感じることしかできないのです。

しかし、ふと感じる他者の温もりが、
舞台の中央にスポットライトを当てることもあるんですよ。

その僅かな空間に浮かび上がるもの。

それを僕は、希望と呼びたい。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月23日

入院日記パート4 その5

今日で入院9日目。
ようやく後半に入りました。

前に入院期間は2週間とお話しましたが、
入退院日を入れると16日間。
こうなると20歳代にバイクの事故で2週間入った記録を2日間更新です。

お蔭さまで体調はとてもいいですね。
左脚に体重を掛けられない不便を除けば痛みがあるわけではなし、
普段の生活とまったく変わりません。
ですからドクターの回診はスルーだし検査も治療もなし。
僕の相手をしてくれるのはリハビリの先生だけ。

じゃ、退屈だろう?

ってこともないんですよ。
確かにコロナ対応で僕は自分のいる病棟の7階から出られず、
ともこですら面会に来れませんから、ほぼ軟禁状態。
しかしながら、こういう状況はこれまで何度か経験してたのですよ。

たとえば船旅。

当然、僕らが乗る船はアスカやQE2ではなく、
客船とは名ばかりの貨物船だったりしましたから、
カプセルホテルのような狭い船室で、
48時間、缶詰になったこともあります。

それでも僕は、本とノートとペンがあれば、
相当ながい時間でも退屈しないのです。

そこで今日は、
すっかり生活リズムのできた僕の病院ライフをお話しましょうか。

起床は5時前後。
そんなに早く? と思われるかもしれませんが、
消灯時刻の22時くらいに寝てしまいますから、
睡眠時間は毎日平均7時間くらいになります。
これは普段の6時間前後より1時間も多い。

そこで外が薄明るくなる5時半頃に、
誰もいないデイルーム(談話室)に行き、
新宿の街を見ながらメディテーション。
なんかとてもリッチな気分になりますね。

そして唯一の『売店』である自販機で買ったコーヒーを飲みながら、
8時の朝食まで読書。
こんなまったりした時間の過ごし方は、
入院中か故障で自宅待機のとき以外にはありえません。

病院食というと不味い印象があると思いますが、
僕はここの食事が気に入っています。
もともと薄味好みなので味付けに不満はありませんし、
量も意外とあるんですよ。

比較対象が良くないかもしれませんが、
経営状態の悪い航空会社のエコノミーの機内食に比べたら、
それこそファーストクラス!
ただちょっとアクセントが欲しいので、
こっそり持ち込んだ七味唐辛子をよく使ってます。
これくらいなら怒られないでしょ。

午前中はデイルームでほとんど読書して過ごしています。
持ってきたのはジャレド・ダイアモンドの『昨日までの世界』と、
ウンベルト・エーコの『バウドリーノ』。
どちらも随分まえに古本で買ったのですが、
大著なので横目で見ながら放置していました。
この機会ならゆっくり集中して読めます。

そして11時にベッドに戻って12時に昼食。
コロナ対応で11時から14時までは、
デイルームが看護士さんたちの休憩室になるんですよ。
現場はいろいろ大変です。

午後はお仕事タイム。
日計表を軽減税率対応に改修したり、
旅のメニューのキャプションを書いたり・・・
ほとんどここをオフィス化してしまったので、
「あの人は患者か、それとも・・・」と、
なんかビミョ〜な『有名人』になってしまったような・・・

リハビリは先生と一緒に午前1回、自主リハが午前2回の午後3回。
3月は松葉杖の使い方にポイントを置いていましたが、
今回は筋トレが中心なので毎日いい汗をかいています。

で、17時に自分で体を拭いて下着を着替え、さっぱりしたら18時の夕食。
それ以降は消灯までまた読書。僕は習慣的にテレビは見ません。

薬も今は朝夕に痛み止めを形式的に飲んでいるだけ。
それもまもなく終わるでしょう。
例外は寝る前に飲んでいる睡眠導入剤。
僕はもともと寝つきのいい方ですが、
7人部屋だと夜は重低音のハーモニーがなかなか賑やかなんですよ。

こんな調子の日々が18日の日曜日から続いています。
室温が一定で毎日Tシャツとジョギパン姿なもんで、
なんか浮世離れしてきた気がしますね。
ともことのメールのやり取りが唯一の日常との接点かな?

さて、今日もこれからデイルームでお仕事です。
では!

to be continued...

えーじ
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2020年10月21日

入院日記パート4 その4

人生いろいろあるものです。

半世紀以上いきていても、外国を旅していなくても、
初体験というのはあるもの。

それも事前の告知や本人の了解なく、
突然、隕石のように降ってくることがあります。

そう、あれは前回入院した今年3月のこと。
手術の翌日、36時間ぶりの食事が終わって間もなく、
20歳代の可愛らしい看護士さんが現れ

「久保さん、おはようございます!」
「あ、おはようございます」
「お食事は食べられましたか?」
「ええ、完食ですよ。お腹が空いてました」
「ですよね〜。
 それじゃ次はさっそく、車椅子に乗ってみましょうか?」
「お願いします」
「っと、その前にチューブやコードを全部はずしちゃいますね」

そういうなり、彼女はてきぱきと慣れた手つきで、
心電図のセンサーや酸素チューブを外し始めました。

そして手術着がパチパチパチッと脱がされたところで、
彼女の手元を見ていた僕は完全にフリーズしたのです。

・・・・?

・・・・?

・・・・?

OSリブート。

・・・・?

こ、これは?

手術前、僕はトランクスの上にジョギングパンツを履き、
その上は手術着だけだった。

しかし僕の目に飛び込んできたのは・・・

オムツ!

なんじゃこりゃあ?(松田優作風に)
誰が? いつ? どうやって?

と思考ルーチンが状況分析を始めるやいなや、
にっこり笑った彼女が、

「これももう取っちゃいましょうね!」

と愛らしくかつ朗らかに言うなり、
べリべりべりっとおむつが取り去られ、
初対面のうら若き女性を前にして僕は完全に変質者状態。

HOLY SHIT!!

と叫ぶチャンスも与えられず、運命はさらに過酷でした。
限界まで目を見開いて絶句している僕に彼女は微笑みかけると、

「じゃあ行きますよぉ〜」

で、これまた「何を?」と訊く間もなく、
むんずと哀れなムスコが握られ、

「それっ!」

と同時に尿道カテーテルを引き抜かれたのでございます。

「はぁ〜い、終わりました!」

と言われた時には再度OSが落ちておりました。

燃え尽きたぜ、真っ白にな・・・

12ラウンドならぬ、1ラウンド開始のゴングが鳴るなりの秒殺。
まことに、おとろしか経験でございました。

しかし、何ごとも経験は最良の教師。
今回はここから学んだことを教訓に、
OSを落とすことなく、冷静に対処したのです。
尿道カテーテルは3,2,1!
のカウントダウンで引き抜かれました。

ちなみに今回の看護士さんは男性。
僕の全記憶を検索しても同性にチンチン握られたのは、
泌尿器科の先生に前立腺検査をやって頂いた時と、
椎間板ヘルニアで入院した際、
尿瓶に的を合わせるために介助してくれた看護士さん、
そして今回を入れて計3回。

こういう時は心を無にして臨む。

これ、旅でも使えるテクニックなんですよ。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月19日

入院日記パート4 その3

手術の翌日の午前中。
これが僕にとって、今回のミッション最大の難関です。
それは・・・

術後最初の車椅子への乗り移り!

なぜならばですね、
手術が終わって24時間はチューブや電線に繋がれ、
ベッドの上でお人形さん状態でしょ?
となると体中の筋肉がダレきっているんですよ。

くわえて、
乗り移りのタイミングは患部の痛みがもっともひどい時。

そこで前回は膝に気を取られたあまり、
腹筋に力を入れないまま腕力で体をリフトして腰を回した結果、
時限爆弾の安全装置がはずれてしまったのです。

あればヤバかった・・・マジで。

そこで考えた作戦が、『その1』でお話したもの。
凡人でもイタイ経験からは学ぶものです。

さいわい、親切な看護士さんはそこをよく理解してくれて、
アシストはバッチリでした。

さてさて。

09:00
まず体のセルフチェックです。
手術した左膝だけではなく、つま先から頭のてっぺんまで、
身体機能をひとつずつチェックして行きます。
こういう時は日ごろのメディテーションがとても役に立つんですよ。

『再放送』とはいえ、膝の状態は前回とあきらかに違っていました。
半月板の縫合手術後は切った皮膚だけではなく、
骨の芯の部分まで深い範囲が痛みましたが、
今回はお皿の比較的あさい部分に限定されています。
あのとき面食らった、膝裏の筋や腱のこわばりと痛みもありません。

試しに左右へ足を開閉してみると、
あらあら、ゆっくりとなら、あっけなく動かせるじゃないですか。
その際の痛みも無視できるレベル。

いいねぇ。

09:30
次のタスクは全身のストレッチです。
ダレた筋肉に突然負荷をかけると別の問題が起こる可能性があります。
足首を回すところから始め、右ひざを抱えて腰を伸ばし、
上半身もゆっくり捻ってウォームアップ!
少し汗ばんできました。

09:45
ここで看護士さんの登場。痛み止めを点滴で入れます。
聞くところによるとこの薬、ロキソニンと同じ成分だそうな。
始めて5分もしたら膝の痛みが引いてきました。
よしよし。

10:00
点滴完了。ほどよくラリって気分はハイ。
準備OKです。
看護士さんが見守るなか、
僕は呼吸を整えながら車椅子に乗るまでの流れをイメージしました、
これはとても大切なんですよ。

今回は前回と逆、ベッドの左側に車椅子がある。
よし・・・

僕はコルセットをきつめに装着しました。

「じゃ、始めます」

まず腹筋に力を入れて背骨を守り、
両腕で上半身をリフトしてベッドの右側に体を・・・ずらす。
OK。
そしたらそのまま腰を軸に両足を左側に90度回す。
30度ずつ3ピッチで行こう・・・30度、60度・・・90度。
OK。
さぁ、痛みが来るぞ。

僕は再度、呼吸を整えて腰を前にせり出しました。
そしてすぐ右手で左足を包むニーブレイスを持ち上げます。

急にがくんと落とすと悲鳴もんだからな。
う・・・きたきた・・・でも・・・これなら無視できる。

僕はさらに体をベッドからせり出し、
先に右足を着地させてから左足を徐々に下げて行きました。

よ・・・よし、接地した。
これで右足だけに加重して・・・立ぁ〜〜〜〜つっ!

「大丈夫ですか?」
「OK、続けます!」

血が足に下がり、痛みがマックスになりました。
膝の表面が焼けるような感じがします。

お〜、来たねぇ〜・・・でも、この程度ならまだ無視できる。
続行だ、いくぜ!

右足かかとを軸にして体を左に90度回転させ・・・
左脚を伸ばしたまま腰を落とし・・・
車椅子に・・・乗る!

いやったぁ〜、作戦大成功!

「うまく乗り移れましたね」
「ありがとうございます。さっそくトイレまで行っていいですか?」
「もちろんです」

僕は勝手知ったトイレまで、すいこら進んで行きました。

「車椅子、上手ですね」
「ええ、免許持ってますんで。路上もOKですよ」

そう、転回も、バックも、縦列駐車もできるのさ。
なんでも過去の経験ってのは無駄にならないもんだ。

こうして手術翌日の午後には、
ベッド上のお人形さん状態から無事に解放されたのでした。

めでたし、めでたし・・・

なんですけど、
実はこの午前中には、前回ですらお話しなかった、
ショッキングなエピソードがひとつあったんですよ。

それはですね・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月17日

入院日記パート4 その2

取材旅行ならぬ、
入院中のライブブログは初めてですね。

と申しますのも、
今回の治療プロセスは内容的にほぼ『再放送』なのですが、
入院期間だけ倍返しの2週間なんですよ。

そこであんまり時間的なギャップが開いてもなんですので、
ライブでお話することにしたのです。

しかし、旅先のようにWi-Fiはありません。
加えて僕はスマホ時代以前の元SE。
そこで考えたハイブリッド策は、
いつものようにPCでパチパチブログを書き、
i-phoneとコンパチ型のUSBメモリを介してテキストをコピーし、
そこからパケット通信でアップロード!

ん〜・・・それにしてもスマホは使いづらい。
キライだ。

え? だからオジサンなんだ?

っていうか、あと4年もすりゃ還暦なんですよ!
厳しいことはなしにしましょう。

さて、そんな舞台裏はともかく、
この2日間の僕の身の上をお話しましょうか。
それは・・・

同じでした。

はい。

3月にやった半月板の縫合手術のプロセスと同じ。

え? それじゃつまんない?
あ、そうだ、事前に僕がビビっていたドクターの話がまだでしたね。
今日はそこからいきましょう。
あれは手術前の最後の打ち合わせの時・・・

「で、今回の手術方法はどうやるんですか?」
「ざっくりいうと、剥がれた軟骨の破片を取り除き、
 剥がれた部分をきれいに掃除して、液状で固化するバンドエイドを貼る。
 こんなとこかな」
「へぇ〜、そうなんですか」
「あ、だけど液状の物質を使うから内視鏡ではなく、切開してやります」
「オールドファッションな?」
「そう。傷が増えるけど、ま、男性だからいいよね?」
「ええ、そりゃかまいませんが」
「内視鏡手術は流水で患部周辺を膨らませながらやるんだけど、
 それじゃバンドエイドとなる液状物質が流れちゃうでしょ?」
「なるほど。もうちょい具体的にはどんな感じでやるんです?」
「前回と反対側、膝蓋骨の外側を5センチくらい切開したあと、
 膝蓋骨をずらして、奥の大腿骨を処置するんですよ」
「ずらすっ!ひざのお皿を?」
「そう。じゃないと患部が見えないでしょ?」
「いやいやいやいや、そういう意味じゃなくて!
 お皿って取り外しできるんですか?」
「ああ、そうですよ」
「で、元に戻る?」
「もちろん」
「・・・そ、その大手術っていったい何時間かかるんです?」
「30分くらいじゃない?」
「へ?」
「この前は2時間くらいかかったけど、すぐ終わるよ。
 こっちの方が内視鏡手術より単純なんだ」

そ・・・そなの?

という話があったんですね。
ま、脳手術の時は頭かい骨だって取り外すんだし、
それを考えればひざのお皿くらい取って付けても問題・・・

ないよね?

と、ドクターの言葉を信じ、
今年2度目の手術台にのぼった僕でありました。

で、結果から申し上げますと、
麻酔から覚めた時の爽快感は前回と同じ。
気になる左ひざの状態は、痛み止めが切れてきても、
前回のような骨の芯がうずくような感じではなく、
あくまで表面が痛む感じ。

また、前回、手術直後は左足が鉛のように重く感じられて、
ほんの少しずらすだけでも難儀したのが、
よっこらせっと動かせます。

なるほど、ドクターの言っていたことは本当だったんだ。

そう安堵しつつ、
昨日の昼から今朝までチューブと電線だらけの僕でありました。

さぁ、次は今シリーズ最大の地雷原へ突入です。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 17:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月15日

入院日記パート4 その1

日本の皆さまこんにちは!

・・・あ、じゃなかった。

今回は取材旅行じゃないんだよね。

今は14時10分。
僕は某病院の7階にあるデイルームからお話しています。
窓の外には雨に煙る新宿の高層ビル群が・・・

ん〜・・・ちょっとデジャブな感じ。

と申しますのも、
僕は7カ月前に同じことを経験していたから。

そう、同じ病院に入院し、同じ病室に入り、
違いといえばベッドが以前の場所のちょうど反対側になったというだけ。

「あれ? 最近入院していましたよね?」

と看護士さんから言われるのも無理はありません。

皮肉にも体調はバ〜ッチリ。

そういうと奇異に聞こえるかもしれませんけど、
実際そうなんですよ。

3月下旬に手術してから地道にリハビリを続け、
今日なんて病院までの道中、
約16キログラムの重さがあるバックパックを背負ったまま、
50段の階段を昇降したってノープロブレム!

で、分かっているのは、
明日の朝、8時30分に再び手術台に登った後は、
まさしく体が時計を7カ月巻き戻した状態になること。

そう、また両手松葉杖からの再スタートです。

といっても世のなか悪いことばかりじゃありません。
一度やったプロセスなだけに、地雷の場所もよく分かっています。
ちょうど看護士さんから入院中のリクエストを訊かれた時に、
そこんとこをよく相談しておきました。

それは手術後に初めて車椅子に乗り込むミッションについて。

前回のように、
膝の痛みに気を取られて腕力だけで体を動かそうとすると、
また腰部椎間板ヘルニアの起爆装置がオンになってしまいます。
そこでお願いしておいたのが、

1.ミッション開始30分前にたっぷり鎮痛剤を打って下さい。
2.ミッションはコルセットを装着した状態で行います。
3.自分のペースでやりますので少々お時間を下さい。

これで大丈夫・・・な、はず・・・うん。

今日は11時に入院手続きをして、残った検査は肺活量チェックだけ。
昨夜までのドタバタが嘘のように、のんびりした時間が始まりました。
あとは明日8時半から始まる手術を待つだけです。

で、ともこは・・・

今日のランチはけっこう混んだみたいですね。
大変そうだな。
あんまり無理をしないように。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 16:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月14日

自分の旅のために その16

いよいよ明日は入院です。
前回と同じく計画入院ですので事前準備はバッチリ。

いや、ほんと、こういうのは取材旅行前とそっくりですね。
入院前、入院中、退院後のto do listを作り、
それを端からやっつけて行くのですから。

ちょうど今回の入院期間が2週間ということで、
取材とほぼ同じなんですよ。
違いは僕がソロということかな?

外国に行くという意味では、
コロナの影響で僕が軟禁状態となり、
病棟には家族も入れないという点で状況的に近いものがあります。

ま、日用品の交換が看護士さん経由でできますから、
出発したが最後、
残してきたことは祈るだけの取材旅行よりちょっと楽かも。

そういえば、
出発前に何かとイレギュラーなことが起こるのもお約束ですね。
そしてそれをアクロバティックにつぶして行くのも同じ。
少々くたびれてきましたが、
そんなこんなでも入院してしまえば一挙に解放されます。

そうか、こういうとこも旅と同じだな。

申し訳ないのは、元来ふたりでやることを前提としたととら亭を、
ひとりですべてやらなくてはならないともこです。

あの仕事を量的、質的にひとりでこなすのは、
超人的なパフォーマンスなんですよ。
それを前回のような一週間ならともかく、今回は倍ですからね。

ま、適宜、臨時休業やアーリークローズを取り混ぜで、
なんとかやる方向で調整しました。
ですので、急なお休みがあるかもしれませんから、
できればランチ、ディナーともにご予約をお願いします。

また同時対応人数の分散を考えてご予約を承りますので、
ご予約後の人数やご来店日時の変更には対応できないかもしれません。

皆さまのご理解とご協力を切にお願い致します。

それでは行って来ます!

えーじ
posted by ととら at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記