2017年06月10日

第14回取材旅行の準備 その6

シリーズ化された人気映画では、
しばしば主人公の言う決め台詞があります。

たとえばダーティー・ハリーでは、
 Go ahead, make my day.

とか、

ターミネーターなら、
 I'll be back.

などなど。

先日、DVDで、
スターウォーズのスピンアウト作品ローグ・ワンを観たのですけどね、
このシリーズなら言わずもがな、
May the Force be with you.
となりますが、実はもう一つあるんですよ。
それは、

I got a bad feeling about this.
 (嫌な予感がするぜ・・・)

これは劇中で主人公がピンチに陥る前に言われる科白。

僕はジェダイの戦士ではありませんから前者を使ったことはありませんが、
残念なことに後者はよく使います。
いや、使わざるを得なくなるんですよ、 特に取材旅行中は・・・

で、今回も出発前から早々に使いました。

この前、成田からロシアのサンクトペテルブルグまで移動する、
初日の流れを確認していたのですけどね、
モスクワでのトランジットが微妙なことに気付きました。

お世話になる航空会社はアエロフロートさん。
成田からモスクワまで国際線で飛び、
モスクワで国内線に乗り換えてサンクトペテルブルグまで。
トランジットタイムは2時間10分。

余裕綽々とはいえないまでも、一般的には無理のない乗継です。
しかし調べているうちに分かったのは、

1.入国審査はモスクワのシェレメチェボ国際空港で行われる。

ま、これはいいとして。

2.かつてに比べて入国審査はスピーディーになった(らしい)が、
  それでも諸般の都合で2時間ほどかかったケースもある。

3.入国審査の後、成田で機内預けにしたバックパックを受け取り(!)、
  国内線の出発フロアまで移動し、再度チェックインしなければならない。

とな!

(BGM:Theme of Mission Impossible)

このミッション、そもそも入国審査の時点でアウトの可能性があるのに、
加えて一度荷物を受け取らねばならんとは!

有利な条件としてすべてがターミナルDで完結しているとはいえ、
入国審査のペースやバゲッジが出て来るタイミングは、
僕たちでコントロールしようがないし、
現時点では誰にも分からない。

航空券を手配した旅行代理店経由で確認したところ、
税関で申告するものがなければ、
成田からサンクトペテルブルグまで荷物は直送してくれる・・・らしい。

そうであることを祈りたい。

ま、ここは当日チェックインカウンターで直接訊いてみるのが、
一番確実・・・かな。
ふぅ・・・

Oh...I got a bad feeling about this.

えーじ
posted by ととら at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月07日

抜き打ちテスト

ととら亭は旅の食堂。
色々な国の料理をアレンジしないで再現し、
僕たちの旅の経験をシェアするのがミッションです。

であるからには、
いらっしゃるお客さまの殆どが日本人・・・

という訳ではありません。

しばしば思いもよらない国から来日したお客さまが、
僕らにとって微妙なタイミングでご来店されることがあります。

先日の夜、少々混雑したディナータイムで、
カウンター奥の席(僕の目の前)に、
日本人と白人の女性のお客さまがいらっしゃいました。
彼女たちがオーダーした料理のひとつは、
世界のギョーザ特集でやっているスロバキアのピロヒー。

もしや・・・? と思い、訊いてみれば、やっぱり・・・
白人の女性はスロバキアの東部出身で、
いま野方の近くに住んでいるとのこと。

スロバキアの面積は北海道の3/4くらい。
人口は東京都民の半分以下、542万人ほどの国です。
そのレアな国民の一人がいま僕の目の前にいます。

ちょっとアンニュイな雰囲気の彼女。
実はピロヒーを作ったことはないそうで。
お婆ちゃんが作ってくれたものをよく食べていたそうです。

さて、僕がピロヒーをサーブして数分。
ほぼ食べ終っていた彼女に感想を訊いてみました。
すると意味深長な眼差しで・・・

「正直に答えた方がいいですか?」

だって。

イマイチだったのかしらん?
再現度は高い筈なんだけどな・・・
む〜・・・それでも本家の人のご意見はぜひ聞いておきたい。

「ええ、率直にお願いします」

「私のお婆ちゃんが作ったものより美味しいわ!」

はぁ〜、合格か!
いやはや僕たちなりに納得して出してはいるものの、
こうした抜き打ちテストはやっぱり緊張しますね。

ホント、いろんな意味で気が抜けない仕事なんですよ。

えーじ
posted by ととら at 16:36| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月04日

逆取材 その4

5月28日(日)にオンエアされた文化放送『浜美枝 いつかあなたと』。
この収録は放送日から遡ること約3週間前の、
5月9日(火)に行われました。

浜松町にある文化放送さんでの集合時間は午前11時45分。
受付で名前を告げた僕が案内されたのは9階です。
エレベータホールに出ると、
この仕事のオファーをくれた放送作家のG氏が出迎えてくれました。

「どうもはじめまして!」

とお互い言いつつも電話やメールでやり取りをしていましたし、
G氏の気さくな人柄の所為か、初対面と言う感じがしません。

エレベータホールを右に曲がり数メートル進んだところで、
左手に小ぶりなスタジオがずらっと並んでいるのが目に入りました。
同じラジオ局でも3日前に行ったTBSさんとは全く違います。
どことなく、バンド小僧だった頃に通った練習スタジオのよう。

さっそく僕たちはスタジオの前にある打ち合わせブースで名刺交換です。
そして台本を受け取り、簡単に説明を受けました。
と言っても、細かな話ではなく、ほとんど雑談。
今回も業界人ではないゲストを緊張させないようにする、
ご配慮をひしひしと感じます。

「久保さん、一昨日、久米さんの番組に出てたでしょ?」
「え? ああ、聴かれました?」
「浜さんは聞き手に回る方ですから気楽に話して下さいね」

そんな話をしているうちに番組の担当スタッフさんも現れてまた名刺交換。
で、スタジオに参りましょう!

学校の放送室を思わせる8畳ほどの広さのスタジオには、
すでに浜さんと寺島アナウンサーがいらっしゃいました。
テーブルの上には僕の本もあります。

浜さんは舞台を引退されているとはいえ、
所作といい、話し方といい、
さすがは元ボンドガールまで演じた女優さんという感じ。
なんかキラキラしています。

寺島アナウンサーはラジオで聴く通りのフレンドリーなキャラクターで、
G氏と同じく初めて会った気がしません。
そして挨拶のあとに、

「ととら亭は中野区の野方にあるんですよね?
 僕、出身が下井草なんですよ!」
「やぁ、ほとんどお隣さんですね!」

続いて不思議な縁を感じたのが浜さんとの話。

「奥さまは箱根のオーベルジュで働いていたのですか?」
「はい、浜さんはお住まいが箱根でしたよね?
 もう15年ちかく前になりますけど、
 ワイフが修業中だった時に浜さんがいらっしゃられたのを、
 彼女は覚えていましたよ」
「あらまぁ!」

ホント、人生どこでどう繋がるのか分かりませんね。

こうして場が和んだところで収録です。
僕の斜前に座った浜さんが、
コンソールルームのエンジニアとアイコンタクトするなり、
冒頭のクレジットを読みはじめました。

いやぁ〜、この静かなスイッチの入り方がスゴイ!
発声と間の取り方が雑談していた時とはまったく違うのです!
凛とした緊張感があるものの、それでいて肩の力は抜けている。
僕はポカンと聞き入ってしまいました。

彼女が話し終わると、どうぞとばかりに寺島さんへ手で合図。
僕の左隣りに座った彼がそれを受けて、
朗々と紹介文を読み上げ始めました。
まさにこれ、阿吽の呼吸というものでしょう。

奇妙な例えかもしれませんが、
まるで僕はバンドをやっていた時のように、
初めてのメンバーとセッションしている気分になりました。
そう、浜さんと寺島さんがドラムとベース。
僕は今回ギターで参加です。
お二人のテンポとリズムに気持ちを合わせて、
そろそろとコードを刻み始め、
質問を受けたところでソロを弾きます。

久米さん、堀井さんとのセッションがちょっと跳ねたジャズだとすると、
今回は軽やかなバーデン・ハウエルばりのボサノヴァでしょうか。
心地よいレイドバックしたムードの中に流れる時間は、
あっという間に過ぎてしまいました。

そしてスムーズに収録が終わったところで記念撮影です。

この時は気付かなかったのですが、
浜さんがコマーシャルさながらに僕の本を持っていてくれました。
その『持ち方』にご注目を!

onradio.jpg

こういうのは、さっと出来るものではありませんよね。
永年の女優業の他、
コマーシャルで商品を手に撮られ続けていたご経験からか、
何ともきれいな持ち方をされているじゃありませんか。

ん〜・・・徹頭徹尾、
皆さまのプロフェッショナリズムを感じたひと時でした。

えーじ
posted by ととら at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月29日

第14回取材旅行の準備 その5

「シャウレイか・・・聞いたことがないな」

今回の取材旅行の行き先を発表した後、
バルト3国を訪れたことのある方々から色々アドバイスを頂いたのですが、
その中に、リトアニアでは、
シャウレイという街が印象に残ったとのご意見がありました。

なるほど調べてみると、
無数の十字架が立ち並ぶ丘で有名とのこと。
なんでもそこは19世紀初頭に、
この地の圧政者だったロシア帝国に対する蜂起で亡くなった、
同胞のために作られた場所で、
その後も幾度となくソビエト連邦時代に焼き払われたものの、
リトアニア人の不屈の努力で都度じわじわ復活し、
独立を果たした今では、かなりの規模になっているそうです。

シャウレイの位置はリトアニアの北部。
丁度ラトビアのリガからリトアニアのビリニュスへ向かう途中にあるので、
ここで一泊してみようということになりました。

実は僕たちが予定を変えた理由は他にもあります。

シャウレイはリトアニアで第4の都市といわれているものの、
実のところ、いわゆる『観光地』ではありません。
はっきり言って、ただの地味な地方都市です。

でも、それが僕たちの旅心をそそったのですよ。

コロッセオやエッフェル塔のようなランドマークはないし、
クリスタルガラスやワインなどの特産品を扱う土産物屋もない。
しかし世界遺産の旧市街がある首都のビリニュスがよそ行きの顔だとすると、
『何も見るべきものがない』シャウレイは、いわば素顔のリトアニア。
僕たちが魅力を感じるのは、そんな場所なのです。

『何もないところ』とは、言い換えれば、
『自分で発見する何かがあるところ』でもあります。
たとえば2月に訪れたバルカン半島では、
ギリシャのテッサロニキやハンガリーのセゲドがそれにあたりました。
僕のPCのスライドショーで映されている写真の数々は、
そうした僕だけの名所ばかり。

『なにもない』シャウレイの街。
そこで何が僕たちを待っているのか。
それが今からとても楽しみです。

えーじ
posted by ととら at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月27日

ラジオリベンジ

『逆取材 その3』でお伝えしました、
5月6日放送のTBSラジオ『久米宏 ラジオなんですけど』。
生放送が終わってすぐ、
スタッフさんから放送を録音したCDを頂きました。

で、ととら亭に帰るなり、待ち構えていたともこと一緒に聴いてみると、

がぁ〜ん!

・・・と言うか、やっぱり・・・

久米さんと堀井さんという喋るプロ中のプロに挟まれた僕のトークは、
なんともまぁ拙いもの!
大人と子供、いや、大人と新生児くらいの差があるじゃありませんか!

そりゃまぁ当たり前なんですけどね。

野方駅からの帰り道で、
「聴いたよ〜!」
「すごい! ぜんぜん緊張していなかったね!」
などと温かい(慰めの)お言葉を頂戴したものの、
あらためて聴きなおしてみると、
僕のトークだけ重複表現がてんこもり!
加えて考えながら話している時に特有の、
話始めに「あ〜」とか「え〜と」など、
無意味な音がじゃんじゃん入ってる!

いや、ホントのところ、リアルタイムで気付いていたのですが、
変に意識すると、
久米さんの鋭い矢次早の質問に追いつけなくなりそうでしたから、
無視していたのですよ。

そういえば以前、ウェブ記事のインタビューで、
僕の話がそのまま文字になってアップされたことがありましたが、
あの時も、なんてひどい喋りだ・・・と倒れそうになりました。

もう一度スタジオに戻って、
「久米さん! さっきのやり直させて!」とお願いしたかったのですが、
ライブ放送はノーリターン。

ん〜・・・

しかし!
その3日後の火曜日、僕にはリベンジのチャンスがあったのです!

実はラジオのオファーがもう一件ありました。
次は文化放送さんから『浜美枝のいつかあなたと』。
僕が出演する放送日は明日、5月28日(日)午前10:30〜11:00です。

今度はもうちょいまともに話すぞ!
と挑んだ収録。

はてさて、その結果は如何に?

えーじ
posted by ととら at 15:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月25日

ととらな本 その8

白状しましょう。

昨年の6月、出版のオファーを頂き、
テーマを聞いた時に、僕はちょっと尻込みしていました。

いや、初めての仕事でビビったからではなく、
文章が書けるかどうか自信がなかったからでもありません。

問題は本の核心となる『ギョーザ』にありました。

ととら亭の仕事で食のルーツを追い始め、
中でもギョーザがひときわ興味深い対象であることは事実です。
実際にその流れをユーラシア大陸の西側から辿り出し、
折しもその広がりと深さがぼんやり見え始めてきたところでした。

ギョーザ発祥の地と時期についても、
単一起源説か散発説かの判断は棚上げされているとはいえ、
少なくとも、この料理の大きな中心の一つが中国にあることは間違いない。
そこで傍流から遡行して原点に迫ろうというのが僕たちの戦略だったのです。

しかし、オファーがあった時点で、
肝心の中心地である中国がまだ手付かずだったではないですか。
いや、本にも書きました通り、
確かに2000年に北京へ行ってジャオズを食べてはいるものの、
ただの休暇で行っただけですから、
今のような細かい取材はやっていなかったのです。
(だから現物の写真が本に載っていないしょう?)

加えて、かなりの種類のギョーザを現地で食べてはいるとはいえ、
調べ上げたギョーザリストを網羅している訳でもありません。

ん〜・・・ギョーザの本・・・か・・・
ブログのように散文的な内容でいいのならネタはいくらでもある。
でも、1冊の本にまとめるとなると・・・どうしたもんだろ?

こうして企画を練り上げる打ち合わせのなかで、
僕が踏ん切りをつけたのは、
普段とはちょっと違うトーンで切り出した村尾編集長の言葉でした。

「えーじさん、確かにギョーザの旅は道半場でしょうけど、
 これまでの経験だけでも十分かたちになると思いますよ」

そうかな?

この本を手に取った人は、
ギョーザがいつ、どこで生まれて、どう広がって行ったのか、
その答えを期待しているだろう。
しかし僕らはまだその答えを見つけていない。
いや、見つけていないどころか、更に迷い込んでしまったのが現実だ。
期待された答えは書けない。

でも、村尾編集長が求めているのは答えじゃないんだな。

そうか、この仕事も、僕たちの普段の旅と同じように、
等身大の内容で行けばいいのさ。
僕らは分かっていない。その通りだよ。
しかし分かっていないことが分かった。
だからその謎を読者とシェアすればいいじゃないか!

僕がこうして納得するまで続いた打ち合わせは、
3、4回にもなったでしょうか。
書き直し続けた企画書もメジャーチェンジ3回、
プラス、マイナーチェンジ1回のバージョン3.1まで行っていました。

時は7月中旬のこと。
梅雨明けはもうすぐそこでした。

to be continued.

えーじ
posted by ととら at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月22日

母と娘の食卓

あゆみちゃんと、ととら亭は同い年。
2010年3月に生まれました。

それから間もなく、あゆみちゃんのお母さんは、
お父さんが留守番をしていてくれる週末に、
時々ととら亭を訪れては、一人の時間を楽しんでいたのです。

ある日、僕は彼女に尋ねました。

「たまにはご家族で如何ですか?」
「え〜! まだまだ無理ですよ! じっとしていられないので」

そうして5年、6年と月日は流れ、
あゆみちゃんは、小学生になりました。

今年も春が来て、桜が咲いた後のディナータイムのこと。
僕が暖簾を出して間もなく。

「いらっしゃいませ。あれ?」

その晩の最初のお客さまは、あゆみちゃんのお母さん。
しかし、彼女の後ろから小さな女の子がのぞき込むように顔を出しました。

「ほら、おじさんにご挨拶は?」
「・・・・こ、こんばんは」

ずっと前から、
お母さんと一緒にととら亭へ行きたいとねだっていたあゆみちゃん。
大人と一緒にいい子にしていられるか、
約束できたら連れて行ってあげる、とお母さんに言われていたそうです。
今夜はいよいよ彼女のデビューのよう。

テーブルに案内してメニューを渡すと、
あゆみちゃんは緊張しているのか、背筋をぴんと伸ばして思案中。
ほどなくして僕は注文を取りに戻りました。

「何が欲しいの? おじさんに言って」

お母さんは自分で注文させようとします。

「ふらん・・ぼ・・わーず・・ソーダください」

あゆみちゃんは上目遣いで言いました。

「かしこまりました」

僕は相手がきちんと話せるのであれば、
幼児言葉を使いません。
小さくてもレディには敬意を払います。

飲み物を出し、料理が並ぶと、少し慣れて来たのか、
それまで押し黙っていたあゆみちゃんが話を始めました。

「どう? あの子食べれてる?」
「ああ、問題ないよ」

キッチンのともこも気になっているようです。
僕らは遠く目に、母と娘のテーブルを見守っていました。

静かな月曜日の夜。
二人の笑顔と楽しそうな会話。

母と、娘と、心を込めた料理。
ポータブルゲームマシンやスマートフォンなどなくても、
その空間には、二人の幸せに必要なすべてが揃っていました。

「ごちそうさまでした!」

会計の時、
入って来た時とは別人のような笑顔を浮かべたあゆみちゃんが、
お母さんに促されることなく自分から言った言葉。

「ありがとうございました」

ととら亭はあゆみちゃんのように話すことは出来ませんが、
やっと来てくれた友だちの背中を見送り、
とても喜んでいたと思います。

とある春の夜のことでありました。

えーじ
posted by ととら at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月20日

旅のささやき

関東地方の日差しは初夏のもの。

今日のランチでやっていた旅のメニューは、
ベトナム風ゴーヤとポークのスープ仕立てです。

美味しそうでしょ?

こんな季節にこの料理を出していると、
ベトナムを始め、東南アジアを周った旅を思い出します。
酷暑の中、
更に熱気むんむんの市場の中で食べる汁物の料理は、
一瞬たじろぎそうになるものの、
バテ気味の体にじわっと効いてくるのですね。

気怠い午後の風。
空から押し付けてくるような日差し。
スパイスとフルーツの香り。
なげやりな売り子の声。

最も気温が上がる午後になると、
僕たちも一度、宿へ引き上げて、
シャワーを浴びたら一休みです。

読書するもよし、日記を書くもよし、
そのまま昼寝もいいものです。

こうした時間の過ごし方は、
ガイドブックで勧められていないと思いますけど、
僕たちの本来の旅では欠かせないものでした。

世界遺産のある有名観光地でなくても、
星付きの高級ホテルに泊まっていなくてもいいのです。
ふと気の向いた街でバスを降り、
ぶらっと歩いて宿を探しましょう。
ほら、あそこに良さそうな安宿がありますよ。

「こんにちは、ダブルかツインは空いてます?」
「いくらですか?」
「そう、じゃ部屋を見てもいい?」

僕たちが会社を辞めて、
こんな風に、ベトナムからカンボジアへ旅したのは、
2002年5月のこと。

ランチが終わって外を片付けていた時、
ととら亭のある野方の細い路地が、
あの頃の、
ホーチミンやプノンペンまで続いているような気がしました。

そう、もうすぐ僕たちはまた旅に出ます。
今度は北の方ですけどね。

えーじ
posted by ととら at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月17日

遥かなるゴール

と、大仰なタイトルを付けましたが、
何のことはない、僕の宿題の進捗状況のことです。

そう、僕のすちゃらかブログは、
昨今の流行りに反して写真が少ない。
文字ばっかりでつまらない。

で、これじゃいかんと始めたのが、
写真を満載した『いろいろ』ページの旅の報告。
ところがこれが間に合わない。
アップするより先に次の取材や研修に行ってしまうので、
宿題は溜まる一方です。

しかし!
いや、言い訳ですが、一応やる気はあるのですよ。
今回も次に出かける前に、ひとつくらいは仕上げねば!
と頑張りました。

第5回取材旅行 チュニジア

いつのことかと申しますと、2013年2月。
ありゃ〜・・・僕の髪がまだ長いじゃありませんか。

すみません。

えーじ
posted by ととら at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月15日

とある正しい怖がり方

会社員の頃、新しいメンバーがやって来るこの時期には、
しばしば若者の出鼻をくじく、
意地の悪いセミナーをやっていました。

ルーキーたちはITに夢を持ち、
コンピュータとネットワークがあれば、
そこには無限の可能性がある・・・
そう無邪気に信じて僕のチームに配属されて来たのです。

そこで僕のセミナーの第1回目は、
彼らの夢を打ち砕くことから始めました。

「君のPCは一度に幾つの処理ができる?」
「えっと、いま実装しているRAMの容量だと、
 オフィス系のアプリなら3つは同時に使えます。
 もちろんOSのプロセスは入れていませんけど」
「違うな」
「え?」
「コンピュータは同時に複数の処理なんて出来ないよ。
 一度にひとつだけだ」
「え? だってエクセルとワードを同時に使えるじゃないですか」
「ああ、確かに」
「この場合はOSを除いて二つですよね?」
「ひとつだよ」
「・・・?」

「この部屋の照明は蛍光灯だろう?」
「はい」
「蛍光灯が点灯している」
「は・・・はい」
「でも点灯してないんだ」
「・・・?」
「点滅しているんだよ。
 東日本の交流の周波数は?」
「確か、50Hzですよね」
「そう。って訳で、この部屋の蛍光灯は1秒間に100回点滅しているのさ。
 しかし人間の目には点灯しているようにしか見えない」
「そうですね・・・」

「動画もそうだよ。動画は動いていない。
 静止画を高速再生することで人間の目に動いているように見せているだけ。
 パラパラ漫画と同じ理屈だよ。
 コンピュータも同じことなんだ。
 いや、CPUと言った方がいいかな?
 CPUの動作は単純化すると、
 『読み込み → 解読 → 演算 → 書出し』これしかやってない。
 エクセルとワードが同時に起動しているように『見える』のは、
 このCPUが人間の感覚を超えたスピードで動作しているからなのさ。
 けしてエクセルとワードのデータを『同時に』処理している訳じゃない」

この調子でセミナーは続き、
『自分で自分を起動できるコンピュータやプログラムは存在しない』
なんて話もしていました。

僕がIT系の現場を離れて早8年。
革命的な技術革新が起こっていない限り、
この原則は今でも通用すると思います。

え? 会社のパソコンは始業時間になると自動起動する?

それはですね、
パソコンを起動する別の『起こし役システム』がやっているのですよ。
平日の僕が目覚まし時計なしには起きられないのと同じです。

プログラムもそう。
WindowsOSでいうなら、スタートアップやレジストリに登録することで、
やっぱり別のプログラムがアプリケーションを起動しています。
原理的に言って、
完全に停止した状態から自分で自分を起動できるシステムは存在しません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

週末から巷で大騒ぎになっている、
身代金要求型コンピュータウイルスのWannaCry。
新しい脅威が現れた! とばかりに言われていますが、
これとて先の話の例外ではありません。
自分で起動(感染)はできないのです。
だから、ウイルスの作者が一番工夫を凝らすところは、
結果(発症)としての暗号化や身代金の要求よりも、
いかにして相手に自分が作ったプログラムを起動させるか?
というトリックなんですよ。

ですから怪しいメールの添付ファイルは開かない
これだけでもリスクは大分減らせます。

ウェブサイトを閲覧することから、
ブラウザのセキュリティホールを突かれて感染する場合もありますが、
あれとて、いきなりローカルのファイルが暗号化されるのではなく、
意図せずにウイルスプログラムがドロップされ、
意図せずにそれがローカルで実行されることによって感染が完了します。
ここはOSやブラウザなどのセキュリティパッチをこまめに当てることで、
そのリスクを減らせられるでしょう。

しゃらくせえWannaCryはネットワークワームの振る舞いもするようですが、
これとてインターネットルータでファイル共有で使われるポートを解放している、
お茶目な管理者はそうそういない筈ですから、
まず心配しなくていいんじゃないかな?
家庭用のルータなら一般的にデフォルトでこのポートは閉じていますし。

そんな訳で、
1.怪しいメールの添付ファイルは開かない
2.ウイルス対策ソフトを導入し、最新の状態で使用する
3.OSとアプリケーションのセキュリティパッチは速やかに当てる


この3つを実行すれば、WannaCryだけではなく、
殆どのコンピュータウイルスから、
パソコンやデータを守ることが出来ると僕は今でも考えています。

しかし、締めくくりにがっかりするお話をしなければなりません。

実は完璧なセキュリティなんてないんですよ。
ですから、このケースのもっとも現実的な対策とは、
さきの3点に加えてもうひとつ。

4.データのバックアップを取る

そう、いつかは予測していなかった敵にやられちゃいます。
でも、バックアップを取り、復旧の手順を講じておけば、
ダメージは最小限に抑えられますからね。

ちゃんちゃん。

えーじ
posted by ととら at 18:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月13日

安さのうしろにあるものは?

ゴールデンウィークが明けて最初の週末。
関東地方では天気が良くないので、
家でのんびりしている方が多いのではないでしょうか?
こんな雨の日は、
旅行を振り返って写真を整理したりするのも楽しいですよね。

その連休前、働いていた僕たちでも気になっていたのは、
北朝鮮を始めとする国際情勢。
近所でドンパチ始まってしまうと、
航空機の運航は大きく影響を受けますからね。

更に今回、出発以前の大問題となったのは、
旅行会社の倒産がありました。
時期が時期だけに規模も大きく、
影響を受けざるを得なくなってしまった不運な方は、
少なくなかったと思います。

この手の事案、
実は僕らも「おっと、危ねぇ!」なことが以前あったのですよ。
(詳しくはブログで『第8回取材旅行』を検索してみて下さいね)
あの一件があるまで、
ハイパー低予算の都合から何でも底値狙いでやっていたのですが、
そのポリシーを変える大きなきっかけになりました。

モノであれサービスであれ、
内容が同じであれば、コストは安い方がいいに決まっている。
そう、安ければ安い方がいい!

僕は疑いもせず、そう考えていました。
いや、信じていました。
しかし現実はそれほど単純ではなかったのですね。

よくよく考えてみると、
モノにはそれなりに根拠を持った価値があります。
この価値は相場とも言い換えられますが、
これを大きく下回るモノやサービスは、
それ相応の理由(リスク)があると考えた方が賢明でしょう。

ちょうど同時期のタイでも、とある健康食品を買うと、
5泊6日の日本ツアーに日本円にして3万円から5万円で参加できる!
と謳った詐欺事件が発生していたようですが、
冷静に考えてみれば、このツアーがスケルトンタイプだったとしても、
3万円で往復航空券と、
日本における5泊分の宿泊費用をまかなうのは無理な話です。
まぁ、その健康食品の販売で上がる利益が破格のもので、
そこから補填できるなら別ですけどね。

北朝鮮が超えてはならないレッドラインは核実験だとすると、
ビジネスでのそれは、
原価と一般管理費を足した線ではないかと僕は考えています。。
その線を割れば、売れば売るほど損になるという、
ビジネスそのものの自己矛盾に陥ってしまいますから。

そこで僕たちが知っておいて損はないのが、
相場なのでしょう。
これを下回るモノやサービスに手を出すならば、
それ相応のリスクを覚悟しなくちゃね。

そんな訳で、第8回目の取材旅行以降、
僕はコストだけではなく、信頼を評価基準に加え、
顔の見える相手をビジネスパートナーに選ぶことにしました。
今は安心して航空券をブッキングしています。

人間、幾つになっても勉強なんだなぁ・・・

えーじ
posted by ととら at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月10日

逆取材 その3

お聴きになった方もいらっしゃるかと思いますが、
5月の営業予定でこっそりお知らせしました通り、
先週の土曜日はランチ営業を休んで、
TBSラジオ『久米宏 ラジオなんですけど』に出演してまいりました。

2012年にととら亭でラジオの生放送があったものの、
スタジオへ行くのはこれが初めて。
そこで今日は放送の舞台裏がどんなだったかお話しましょう。

TBSさんは地下鉄千代田線赤坂駅のすぐ前。
番組は13時から始まっていますが、僕の出番は14時から30分間です。
そこで集合時間は13時半ということに。

3bの出口を出るなり、
「へぇ〜、赤坂BLITZってここなのか・・・」
とお上りさん状態になりました。
TBSさんはおろか、赤坂に来たのはこれが初めてだったのです。
これはもう日本に居ながらにして、
まるで外国で空港を出た時のような感覚になりましたね。

一階のホールでスタッフさんに出迎えられ、一緒にエレベーターへ。
ここからはセキュリティエリアですから、
IDカードがないと入れません。

エレベーターが停まり、案内された広いフロアには、
ぴかぴかライトが点滅する放送機器がひしめき合い、
その間をテレビや映画でしか見たことのなかった、
芸能人の方々が行き交う世界が広がって・・・

いませんでした。

幾つかの机が集まった島があり、
パソコンを前に黙々と仕事をするスタッフさんたち。
僕が入った『控室』は会社員の頃、よく使った小会議室そのもの。
初めて足を踏み入れたラジオ局とは、
まさしくフツーのオフィスフロアだったのです!

しかし異彩を放つ場所がその一角にありました。
そこが放送スタジオ。
今は久米さんと堀井美香アナウンサーがオンエア中です。
その内容がオフィス内のスピーカーから流れています。

スタジオとトイレの場所を教えて頂いた僕は再び控室へ。
間もなく現れたライターの方や、製作会社の方と名刺交換していると、
場所のムードからしてラジオ出演と言うより、
取引先企業で打ち合わせをしているかのような心持ちになりました。

しばしの雑談に講じていると、まもなく番組がコマーシャルに切り替わり、
ひょいと控室に入って来たのは久米さんご本人。
驚きました! ・・・というより、
何度もテレビで見ているからだけではなく、気さくなお人柄からか、
初対面であるにも拘らず、「どうもご無沙汰しております」という感じ。
スタッフの方々も皆さんおしなべてフレンドリーなので、
緊張感とは無縁の妙にくつろいだ気分になってくるではないですか。
(出演者が緊張しないよう、気を遣っていらっしゃったのでしょう)

それでもちょっと慌てそうになったことがありました。
僕の出番が迫ると何故か皆さん退出してしまい、
控室は僕だけに。

2時まであと3分・・・2分・・・
となっても誰も来ません。

あと1分! となった時は、さすがに僕も腰を浮かしました。

まさか時間が来たら自主的にスタジオに行くのかな?
それでさっきスタジオの場所を教えてくれたのかしらん?
やば・・・あと30秒しかない!

スピーカーから流れるコマーシャルが終わりそうです。

なむさん! 行こう!
と思ったところでスタッフさんが現れ、

「それでは参りましょう!」

はぁ〜、良かった〜!

仕事をしているスタッフさんの間を抜けて僕たちはスタジオへ。
コンソールルームを隔てる大きなガラス窓とマイクがある以外は、
お洒落なラウンジという感じ。
窓も広く、景色がきれいです。
机の横のデジタルカウンターが数字を刻んでいます。

ほどなくしてコンソールからキュー(合図)が出されると、
僕のすぐ隣に座っていた堀井アナウンサーが落ち着いた美しい声で、

「今週のスポットライトは・・・」

と僕の紹介文を読み上げ始めました。

こう言ってしまうとプロの方には失礼かもしれませんが、
絶妙な間を取りながら淀みなく流れる声に、
「す、すごいな・・・」と素直に感心しましたよ。

いや、確かにラジオやテレビでアナウンサーの声を聞くのは、
日常的なことかもしれませんが、
真横で、しかもライブで聞くと、本当にインパクトがあります。
あれは普通に喋っているというより、発声からして違いました。
なんかもう、言葉ではなく、音楽のよう。

そして挨拶の後、おもむろに久米さんが話し始めました。
ここでも皆さんご存じの通り、お二人がアットホームな語り口なので、
僕は全国に放送中と言うより、
さながら見晴らしのいいプライベートラウンジで、
歓談しているかのような気分に。

そうそう、本番中の久米さんの話し方にも感服しましたけど、
それ以上に驚いたのは久米さんの仕事の姿勢と記憶力です。

一応、台本らしきものはあったのですが、
スタジオでそれはあってなきに等しいもの。
久米さんは事前に僕の本に目を通され、質問事項を頭に入れており、
視線を落とさず、あの調子でどんどん質問してきます。
更にととら亭の独立年月日や僕たちが出会った年まで、
暗記していらっしゃったではないですか!

いやぁ〜、そんなこんなで、もう驚きの連続でした。

意外だったのは、ご質問の内容が本やギョーザよりも、
僕ら夫婦の出会いや独立に至るまでのプロセスに軸足が置かれていたことです。
概ね持ち時間の2/3くらいはこの辺の話をしていたのでしょうか。
しかしカウントダウン式の時計を横目で見た久米さんが、
いかんとばかりに駆け足で話題を変えたのは面白かったです。

30分間の出演時間というと最初はずいぶん長いな、
何を話したらいいのかしらん? と心配になったものの、
終わってみると、あっという間でした。
短いながらも貴重な旅をさせて頂いたと思っています。
その様子が写真入りでTBSさんのウェブサイトで公開されていました。

50ヵ国旅した夫婦の店「旅の食堂 ととら亭」

今週の金曜日までであれば、
インターネットでも今回の放送が聴けるそうです。

僕は録音したCDを頂けたので後で聴いたのですが、
あちゃ〜・・・
そのショックな話はまたいつか。

えーじ
posted by ととら at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月07日

ととらな本 その7

今は午前2時47分。
僕がいるのは東京駅ステーションホテルの209号室です。
市井の喧騒を離れて執筆に専念するため、
4日前からこもっておりました。

野方の自宅やととら亭にいては、
来客があったり電話が鳴ったりと、
なかなか集中して仕事をすることが出来ません。
そこで原稿の締め切りが迫った昨年の9月下旬は、
こうしてひとり、
都心の空白のような部屋でひっそりと仕事をしていたのです。

ああ、静かだなぁ・・・
窓からホームが見えるけど、ここが東京とはとても思えない。
こんなところでPCに向かっていると、
いろいろアイデアが浮かんでくるし、筆も進むじゃないか。

なるほど、
著名な文人たちがこぞってここを訪れていたのも分かる気がします。

さて、それじゃ、
第5章『知られざる美食の国ジョージア』の結びに取り掛かるとしよう。
トビリシからアルメニアのエレバンに向かい、
アララト山が見えてきたところで終わりにするか?
うん、それがいい。

『トビリシを出発して5時間が過ぎたころ、
 もやでかずんでいた前方の空に大きな雲が・・・』

ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

ん?

ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

なんだ?
・・・? 夜行列車が出発するのか?
ああ、何と言っても東京駅だからな。

『もやでかずんでいた前方の空に大きな雲が見えてきました』

ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

ん〜? ずいぶん長い発車ベルだな。
いつまで鳴ってるんだ?

ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

・・・・・

ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

おいおい、いい加減に出発しないかね?

ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ

はっ!
なんだ? ここはどこだ?
発車ベルじゃない? 目覚まし時計?

あれ? ここは僕のアパートじゃん?
ああっ! 原稿を書いていたら寝ちゃったんだ!
外が明るい・・何時だ? え? ろ、6時?
原稿は? 第5章は・・・まだ書き始めたばっかり!
うひゃ〜っ! 今日の午前中が締め切りなのに〜!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう、村上春樹さんみたいな大先生ではない上に、
専業作家でもない僕が静かなホテルの一室で、
じっくり原稿を書いていられるわけがないのです。

締め切りが重なっていた昨年9月下旬は、
営業中もカウンターの陰でノートPCを立ち上げ、
しゃがみ込んで原稿を書いていました。

パチパチパチパチ・・・
『カザフスタンのかつての首都アルマティから乗った・・・』

「すみませ〜ん、ビールお願いします!」
「え? は、は〜い、かしこまりました!」

えっと、どこまで書いてたっけ?
そうだ。

パチパチパチパチ・・・
『アルマティから乗ったマルシュルートカ(乗合バス)は、トラブルも・・・』

「3番テーブルのドロワット出来たよ! 持ってって!」
「え? 4番?」
「違うわよ! 3番! 間違えないで!」
「はい、はい、お待たせしました〜」

あれ? 何を書いてたっけ?
ウズベキスタンの・・・?
じゃなくてカザフからキルギスへ移動するシーンだった!
うぁ〜、間に合わなひ〜っ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とまぁ、涙なくして語れないのが僕の執筆活動。

実は企画の段階でこうなることは、薄々分かっていたのですけどね。
IT稼業でなら、
全体の作業量をSEやプログラマーの1日当たりの作業量で割り、
それを更にメンバーの人数で割ることによって工期の長さを計算しますが、
僕の場合、普段の営業が不安定で一日当たりの作業量が想定できませんから、
執筆にどれくらいの時間があてられるかも分からないのです。

しかし、締め切りは無情にやって来る!

そんな訳で、僕が担当する部分のデッドラインだった昨年9月末は、
先ほどのように営業時間中でもしゃがんでぱちぱちキーボードを打ち、
最後は徹夜で滑り込み・・・

何とか期日は守れましたが、危ないところでした。

ああ、いつかはステーションホテルで静かに原稿を書いてみたい。

to be continued.

えーじ
posted by ととら at 15:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月04日

第14回取材旅行の準備 その4

あ〜、いい天気ですね!
東京地方はこれぞ五月晴れという青空が広がっています。
こんな季節、ライダーだった頃は、
よく信州地方や紀伊半島へ出かけたものです。

乾いた風の中、
新緑に縁取られた連続カーブを駆け抜ける爽快感は、
ちょっと他に類のないものでした。

しかし、ただ走っていただけではありません。
あの当時から今に繋がる徴候があったのか、
ツーリングには訪れた街の名物料理が欠かせなかったのです

信州であれば、この時期は蕎麦と山菜の天ぷらに馬刺し。
テイクアウトしたお焼きを、
キャンプ場で温め直して食べたのも美味しかったなぁ・・・

紀伊半島も名物が多く、
鳥羽へ渡る前、伊良湖のフェリーターミナルで、
大アサリに舌鼓を打つところから始まり、
伊勢うどんに手こね寿司、目はり寿司も忘れちゃいけません。
そしてデザートは赤福で決まりでしょう。

そんなことを思い出しながら、
次の取材対象の洗い出しを進めています。

ロシアは以前からずっと頭にあった取材地。
ユーラシア大陸を東西に覆い被さる国土から、
様々な民族の文化を吸収し、豊かな食文化が育まれて来ました。
中でも北端のギョーザと考えられるペリメニは外せません。
思い起こせばライダー時代、
小樽のロシア物産展で食べたのが最も古い記憶です。。
それは日本で言うところの水餃子にバターをかけたものだったのですが、
コーカサス地方や中央アジアで見つけたのはオリジナルに近い、
スメタナ(サワークリーム)を添えたバージョンでした。

しかし、それで「分かった!」
と言ってはいけないのが料理版実証主義を標榜する『ととらルール』。
現地でオリジナルを食べてみなければ、語るに語れないのです。

ペリメニはルーツを辿ると、
フィン・ウゴル語派の言語を話すレアな諸民族
(ハンガリー人(マジャール人)やエストニア人など)の料理であるとの説があり、
もしかしたら、中国のジャオズとは別の起源を持つ可能性があるかもしれません。
ギョーザ散発発生説を裏付ける手掛かりが見つかるかも?

更にペリメニはエストニアを始め、バルト3国それぞれにも伝わっており、
(いや、言葉からするとエストニアから伝わった可能性も?)
特にリトアニアには、
コルドゥネもしくはヴィルティニと呼ばれる別種の「ギョーザ」もあるそうな。

む〜・・・行く前から言うのも何ですが、
またしても食文化の迷路に入り込んでしまいそうな気がします。

ディープな旅になりそうだなぁ・・・

えーじ
posted by ととら at 17:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月01日

第14回取材旅行の準備 その3

今日は5月1日。
あれよあれよという間に出発まで1カ月と11日になりました。

なぁんだ、まだだいぶ先じゃないか、と言うなかれ、
取材の準備は資料の読み込みだけではなく、
料理の洗い出しからリスト作りにはじまり、
現地で使うフレーズの暗記まで、
通常の営業と並行してやるとなると結構時間がかかるのですよ。

今回の渡航国はロシア、エストニア、ラトビア、そしてリトアニア。
言葉は4カ国すべて違います。
しかしバルト3国を旅した友人のバックパッカー羽賀さんの話では、
比較的、英語がよく通じるとのこと。
となれば問題はロシアです。

最も観光客が多いと言われるサンクトペテルブルグでさえ、
外国人が宿泊するホテルを除くと、
英会話はあまり期待できそうもありません。
ましてやそこから国際バスで国境を越え、
エストニアのタリンを目指すとなれば、
最低限の会話はロシア語で行う必要がありそうです。

はらしょ〜!

そこで旧ソビエト連邦圏だった、コーカサス地方や、
中央アジアを旅した際に使ったフレーズシートを引っ張り出し、
もう一度暗記し直すことにしました。

僕が作ったフレーズシートはこれまでも、
フランス語、ドイツ語、アラビア語、スペイン語、
ポルトガル語など。
それぞれ『挨拶編』『移動編』『食事編』『宿泊編』があり、
全部合わせると一か国語で概ね100フレーズくらいでしょうか。

これを覚えておけば、面倒なことにならない限り、
旅をするにはこと足ります。

もちろん付け焼刃ですから、
発音が不正確で通じないこともままありますけど、
そんな時はにっこり笑って、

「やぁ、僕はね、これが欲しいんですよ、これ。
 分かるでしょ? そうそう」
ってな具合に日本語でゆっくり話しかけます。

国籍が違っても同じ地球人なのですから、
伝えようとする努力と理解しようという思いがあれば、
何とか分かり合えるものです。

それから、
バルト3国のように短期間で複数の言葉が違う国を回る時は、
英語が通じる場合でも、挨拶は現地語を覚えておきます。
たとえば、

<< エストニア語 >>
Good morning     テレ ホンミクスト
Hello         テレ パエバスト
Good evening     テレ ウフトゥスト
Good night      ヘイアド ウード
Good!         ヴァガヘアー
Delicious!      マイツェブ
Thank you       スールアイタ
Good bye        ヘイアド アエガ

<< ラトビア語 >>
Good morning     ラブリート
Hello          ラブディエン
Good evening     ラブバッカール
Good night       アルラブナクティ
Good!          ルアティ ルアビ
Delicious!       ガルシーギ
Thank you       リアルス パルディエス
Good bye        ウズ レゼーシャヌァス

<< リトアニア語 >>
Good morning     ラバス リータス
Hello          ラバス ディアナ
Good evening     ラバス ヴァーカラス
Good night       ラバーナクトゥ
Good!          ラバイ ギャライ
Delicious!       スカノー
Thank you       アチュウ ラバイ
Good bye        ヴィソ ギャーロ

ご覧の通り、挨拶だけならそれぞれたった8フレーズ。

英語が通じるのになぜ慣れない現地語を覚えるのかと言うと、
一言でいいから相手の言葉で話を始めるだけで、
驚くほど雰囲気が変わるんですよ。

皆さんも覚えがあるのではないでしょうか?
駅などで突然出会った外国人から、
「ス、スミまセン! わタシは、アキバへユきタイでしょウ?」

たとえ発音や文法が間違っていても、
一生懸命、相手の言葉で何かを伝えようとする姿勢は、
好感がもたれるものです。
反対に自分の分からない言葉でまくしたてられたら、
あまりいい感じはしませんよね?

え? ともこですか?
彼女は地球の何処へ行っても『ともこ語(※)』で喋りますから、
フレーズシートは必要ありません。

「こんちは! これはうまっち?
 え〜っ! 高いね!
 ぷり〜ず、ち〜ぷ。OK? でぃすかうんと!
 あ〜、つ〜買うから。つ〜! そうそう、お〜さんきゅ〜!」

ほら、ちゃんと値切って買い物をしましたよ。
すごいですね〜。

えーじ

※ともこ語
 うちのワイフが外国人と話す時に使う言語。
 他の地域では確認されていない独立語である。
 SOVの語順で日本語の所々に英単語を入れ、
 全体を英語風に発音する。
 日本人の僕には殆ど分からないが、外国人には通じる・・・
 ようだ。
posted by ととら at 14:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月29日

ととらな本 その6

「ん〜・・・弱ったな・・・」

書きかけの第2章が表示されたPCのスクリーンを見つめながら、
僕は珍しく独り言を呟いてしまいました。

「・・・? どうしたの? 行き詰まっちゃった?」
「あ、いや、そうじゃないんだ。
 この前、トルコ編を入稿しただろう?
 あれをウェブでプレリリースするから写真が欲しいと、
 村尾編集長から連絡があったのさ」
「写真ならいっぱいあるじゃない」
「トルコ編ならね。でもここがないんだよ」

いま書いているのは『本場の美味しさとの出会い 〜中国のジャオズ〜』。
あの旅に出たのは17年も前の2000年9月のこと。
この本で紹介する旅の中では最も古いものです。

当時、僕はまだネクタイを締めてIT稼業に携わり、
ともこは箱根のオーベルジュでフランス料理の修業中。
渡航経験は今でこそ55ヵ国を数える彼女も、まだ海外旅行は3回目でした。
当然、旅行の目的は純粋に休暇だったのです。
(それもたった3日間の!)

また、僕はまだ高価だったデジタルカメラを持っておらず、
使っていたのは一眼レフのフィルムカメラ(ミノルタα7i)。
まさかこれで料理の写真をバシバシ撮る訳には行きません。

そんなこんなで、風景写真はあるものの、肝心なギョーザの写真がない。

もう一回北京まで行き、ジャオズの写真だけでも撮って来ようかな?
と真剣に考えましたが、予算も時間もなく、このアイデアはボツ。
仕方なく村尾編集長に連絡を取り、
第2章のみ、現物の写真なしで行く了解を取り付けました。
その代り、ビジュアルなしではインパクトに欠けるので、
ウェブリリースは共に現物写真のある、
第1章トルコ編と第3章ドイツ編に差し替えて落着。

やれやれ。

思えば僕たちの旅も当時に比べて変わったものです。
同じ外国に行くにしても、
目的が違えば装備やスタイルは別ものになりますからね。

こうした純粋に休暇で食を楽しむ長閑な旅は、
ととら亭の開業に向け、会社を辞める直前、
2008年のスペインで幕を閉じ、
次に僕たちを待っていたのは、3カ月間で中南米9カ国を巡る、
ある意味で最も僕たちらしい、トホホで感動に満ちた旅でした。

to be continued.

えーじ
posted by ととら at 14:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月27日

ほつれたユニフォーム

知らぬ存ぜぬは許されない。
これが旅人の掟。

とは身に染みて分かっているつもりですが、
飛行機でオーバーブッキングの際、
乗客はボーディングパスを持っていても、
航空会社の指示に従って飛行機を降りなければならない。
こんなルールがあるとは知りませんでした。

そう、先日世界を駆け巡ったユナイテッド航空さんの一件。
あれには僕もわが目を疑いましたよ。
最初は機内で暴れた乗客をセキュリティが担ぎ出したのか?
と思いましたが、状況を知ると「な・・・何で!?」

マッチョな制服組にしばかれるアジア系の乗客。
血だらけにされたその光景は、
彼がやったことと、どうにも結び付かなかったのですよ

あれがもし僕だったら。
どうしてもその便で帰国しなければならない理由があるにもかかわらず、
「降りて下さい」
と後ろにおっかないセキュリティを連れたCAさんに言われても、
ルールを知らなければ、まさかす巻きにされるとは思いませんから、
「お断りします!」
で、
「ふ〜ん・・・聞き分けのない坊やね。
 ジョニー、スティーブ、やっておしまいっ!」
「へい、姉御!」
そうして憐れな僕は、ストレッチャーに乗せられ空港の医務室へ直行。

これが合法なのか?
いや、犯罪と呼ばれないのか?

む〜・・・理解に苦しむことが世の中ままあります。

その後のユナイテッド航空さんの発表では、
オーバーブッキングは運用効率を上げるためには不可避であるとのこと。
確かに乗客のドタキャンで多くの空席を抱えて運航するのは、
経営上、看過できない死活問題でしょう。

しかし素人ながらに首を捻ったのは、
チェックインカウンターでボーディングパスを発行している段階で、
なぜオーバーブッキングが分からないのか? ということ。

そのおっかないルールが周知されておらず、
しかも荷物を既に預けて席に座った状態で「降りて下さい」と言われたら、
ある程度の保証と引き換えにしたって、
「ああ、いいですよ」と大人しく応じる乗客は少ないでしょう。

しかしながら、航空業界の収益構造に暗い僕には見えていない、
彼らの、のっぴきならない事情もあるに違いありません。

あの事件の後、アメリカン航空さんも別件でやり玉に挙がっていましたが、
僕が北米系の航空会社のお世話になった時に気付いたのは、
キャビンクルーが着ているユニフォームの草臥れ加減。
あれは可哀想だった。

裾はほつれ、そこかしこにシミがあり、
その状態が彼、彼女たちの疲れた表情にも表れているではないですか。
最初「このフライトのクルーたちは一体どうしたんだろう?」
と心配になりましたけど、
別会社のフライトでも殆ど同じような状態だったので、
キャビンクルーの雇用条件は経営状態を反映し、
かなり厳しいものと想像できます。

自由競争も行き過ぎると、
参加者全体の収益構造を揺るがす無理な経営が常態化し、
当然ながらそのつけが、声の小さい部署(もしくは取引先)から順番に回って来る。
これは航空業界に限らず、殆どの企業に当てはまることだと僕は考えています。

確かに、安い航空券は嬉しい。
でも、その後ろで泣いている人がいるなら、
僕はそのチケットで乗りたいとは思わないなぁ。

身銭を切るのは厳しいけれど、まっとうにやりましょうよ。
それが経営学用語で言う、
WIN−WINってやつなんじゃないでしょうか?

えーじ
posted by ととら at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月25日

ギョーザのメニューが入れ替わりました

本の出版に合わせたため、
少々変則的になった今回の旅のメニュー。
本の中では15種類のギョーザを紹介しているので、
特集の方でもなるべく、それに沿ったものにしたいと思いまして、
オールメンバーチェンジしてみました。

世界のギョーザ特集パート2

今回は、
第4章 悩み多き個人旅行 アゼルバイジャン編『ギューザ』
第6章 生まれ変わるギョーザ 韓国編『マンドゥック』
第8章 取材はつらいよ スロバキア編『ピロヒー』

期間は次の取材旅行に行く6月11日(日)までを予定しています。
アゼルバイジャンやスロバキアの料理は日本で食べられる所がほぼないので、
この機会をお見逃しなく!

さぁて、今日はこれからランチを食べたら、
春秋恒例になっている床のワックスがけをやります。
これが結構ハードなんですよ。
お店のすぐ近くにフィットネスクラブが出来ましたけど、
この年齢にしてそこへ通わなくても済んでいるのは、
こうした日々の肉体労働のお蔭かな?

え? 腰に気を付けろ?

はい。

えーじ
posted by ととら at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月23日

ロックという伝統芸能


ポールのライブに行きたしカネはなし・・・

で、その代わりと言ってはなんですが、
僕がゲットしたチケットは、アンダーソン・ラビン・ウェイクマン!

え? 誰それ?

ってなるかもしれませんね。特に若い世代には。
それではおじさんがちょいと説明しましょう。

1960年代後半、
プログレッシブロックなる音楽のスタイルがイギリスに現れました。
Progressiveとは『進歩的な』『斬新的な』の意。
当時ポピュラーな存在になりつつあったロックに、
演劇やクラシック、ジャズなどの要素を加え、
それまでにないサウンドと様式を確立したのです。

音楽的な特徴は、演奏時間の長い曲が多く、
転調や複雑な変拍子を多用し、詩は抽象的かつ哲学的で、
自宅に彼女を呼んで聴くにはムード台無し間違いなしなもの。
(だから今回は僕一人でお楽しみ)

有名どころではキングクリムゾン、ピンクフロイド、ジェネシス、
EL&Pの他、演奏能力ではずば抜けていたイエスがいました。

そのイエスの中心的メンバーだったのが、
ジョン・アンダーソン(Vo)、リック・ウェイクマン(Key)、
そして新風を吹き込んだトレヴァー・ラビン(Vo,G)。
彼らがリズムセクションのサポートと共に来日していたのです。

プレイリストは
1971年リリースのThe Yes Albumに収録されたI've Seen All Good Peopleから、
1991年のUNIONに含まれるLift me upまで。
残念ながら新曲はありませんでした。

個人的にはいい出来のステージだったと思います。
イエスのライブを観るのはこれで4回目ですが、
驚異的なハイトーンボーカルのジョンは往年の伸びこそないものの、
齢72歳とは思えぬ歌唱力。
還暦を迎えたトレヴァーもヴォーカル、ギター共に衰えを感じさせません。
リックの装飾音たっぷりなピロピロキーボードプレイだって健在です。

会場を埋めていたのは予想通り、オヤジが9割。
いやはやミュージシャンと共にファンも歳を取りました。
女性が1割ほどいたのは驚きでしたが、
(ロバート・フリップファンの女性なんて聞いたこともないし)
ポップな Owner of a lonely heart や、
Love will find a way のヒットがありましたからね。

さて、往年のプログレサウンドにどっぷり浸りながら、
僕はちょっと複雑な心境になっていたのですよ。

実はこのライブに先立つこと4カ月。
昨年の12月に『本家』のイエスが、
同じオーチャードホールでプレイしていたのです。

メンバーは、
スティーブ・ハウ(G)、アラン・ホワイト(Dr)、ジェフリー・ダウンズ(K)、
そしてビリー・シャーウッド(B)とジョン・デビィソン(Vo)。

中心メンバーとは別に本家が活動しているというと、
奇妙な印象を持たれるかもしれませんが、
何と言ってもメンバーチェンジを繰り返しつつ、
47年間も続いているバンドですから、
全関係者をひっかき集めれば、2〜3バンドは作れるくらいなのです。

僕が残念に思ったのは、
最近の老舗バンドの風潮と申しますか、
加齢による歌唱力の衰えからヴォーカリストが脱退し、(もしくはクビにし)
その穴をYouTubeで探したコピーバンドの若手そっくりさんで埋めること。

中にはオリジナルヴォーカリストの歌い方を真似るだけではなく、
ファッションやアクションまでコピーするとあっては、
正直、ちょっと不気味な感じがします。

これをかつてプログレッシブロックにカテゴライズされたバンドにやられると、
何が Progressive なのか全然分からなくなりはしませんか?
これではそのうち前メンバーを襲名するようになってしまうのでは・・・
二代目クリス・スクワイア、三代目ジョン・アンダーソンってな具合にね。

と溜息を洩らしつつも白状すると、僕も納得しているのですよ。
ロックに限らず、どんなに斬新な始まり方をした音楽でも、
様式化されれば、継続する限り、やがては伝統になって行きます。
ジャズだってそうでしょう?
もうマイルスが生きていた時のような衝撃はない。
ジャンルは全然違いますが、
能の世界だって世阿弥が世に出た当時、
彼がやっていたのはアバンギャルドだった。
でも今はそれだって伝統芸能です。

なんか、サプライズがなくなってしまったなぁ・・・

で、渋谷からの帰り道に僕が考えていたのは、
かくいう僕がやっていることは、
いや、僕の生き方は、
プログレッシブなのか?、それとも様式化した懐メロなのか?

ん〜・・・
オヤジにはちと厳しい質問です。

えーじ
posted by ととら at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月20日

ポールのライブに行きたいが・・・

旅の食堂をやっています。

などと言うと、
いろいろな所へ出かけて行き、
さぞ変化に富んだ日々を送っているのだろう・・・

と考える方もいらっしゃるかと思いますが、
実は旅 → 仕事 → 旅 → 仕事 → 旅・・・
この繰り返しも7年以上続くと少々単調になって来ます。
特に自宅と店舗が中野区の野方5丁目にあるものですから、
普段は半径400メートルの生活圏内から出ることがない。

いかん。
たまには東京にいても気分転換が必要だ!

そこで久し振りにコンサートに行こう、と思ったのですが、
我が家の場合、チケットを買う前に、
越えなければならないハードルが二つあります。

ひとつは僕らの定休日。
一般的にみても火曜日は集客が良くないので、
当然、同じお客さま商売のライブはあまりやっていません。

もうひとつのビッグな問題は、ワイフのともこさん。
僕は音楽の守備範囲が広く、
機会があれば何でものこのこ出かけて行く方ですが、
彼女はポップでノリのいい音楽でないと寝てしまうのですよ。

以前、ソニー・ロリンズのライブに連れて行ったのですけどね、
前から10列目ぐらいの正面と言う、実にいい席だったにも拘らず、
3曲目くらいでともこはオチてしまいまして。
起きたのはアンコールのセント・トーマス。
ステージから彼女の安らかな寝顔がよく見えたことでしょう。
(ゴメンよソニー)

そのかわり、エリック・クラプトンやビリー・ジョエルはOKでした。
そこで、ぴあから届くメールを毎回チェックしていると・・・

あった! これだ!
ポール・マッカートニーならともこも楽しめる!

で、公演日は・・・おお、4月25日の火曜日じゃん!
よぉ〜し、ブッキングするか。
折角だからS席にしよう。
料金は・・・S席の・・・料金・・・ん?

ふぅわぁちぃむわぁんえぇ〜んっ!
って、ひとり8万円てこと?

じ、じゃ他の席わ?

一番安いB席で4万円、A席が6万円、んでSS席は10万円となっ!
なんじゃこりゃっ!

そ、そうか、
会場がオータニか帝国ホテルで、
ドンペリ飲み放題のディナーショーなんだな。

いや・・・違う・・・武道館じゃん。
立食パーティー?
でもないのね。フツーのライブ?

ぴあのシステムがバグってる?
僕のPC?
いや、OSを再起動しても変わらない。

マジですか?

む・・・無理だぜ、ポール。
いかにお客の年齢層が高いからと言っても、
日本のオヤジにこの料金は荷が重すぎる。
中でも我が家の予算では、
B席ですらアジアの海外取材旅行費用とほぼ同額。
(しょぼいね・・・)

結構長いポールのファンとしては、
何とか行きたかったんですけどね。

あれは1980年。
高校生の頃、Wings Over Americaを擦り切れるまで聴き、
(バンド小僧だった僕がギターからベースに転向したきっかけはこれでした。
 リッケンバッカー4001は買えなかったけど・・・)
学校に内緒でバイトしてウイングスの東京公演のチケットを買ったものの、
ポールが成田空港でパクられて涙したのを思い出します。
あの幻の日本公演のパンフレットは、
今でも家宝として実家にしまっているくらい。

ともあれ、これでは仕方がない。
で、代わりにゲットしたチケットは・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記