2020年10月12日

自分の旅のために その15

トゥルルルルル。
トゥルルルルル。

どきっ!

「は、はい、ととら亭でございます。
 あ、ご予約ですね!」

そしてまた、

トゥルルルルル。
トゥルルルルル。

どきどきっ!

「は、はい、ととら亭でございます。
 え? 水曜日のランチですか?」

そしてまたまた、

トゥルルルルル。
トゥルルルルル。

どきどきどきっ!

「はい、と、ととら亭でございます。
 すみませんが金曜日はランチがお休みです」

はぁ・・・疲れる・・・

と、申しますのも、
今日、手術前の最終検査が終わり、
ひとつを除いて予定通り進むことになりました。

そう・・・ひとつを除いて・・・
それは・・・

PCRテスト!

ここでまたまた時計を巻き戻して、
時刻は今日の11時。

「MRI撮影、レントゲン撮影は終わりましたね。
 それでは次に入院前のPCR検査を受けて下さい」

受付でそう言われて個室を流用した簡易検査室に行ってみると、
そこには椅子がひとつ、ぽつねんと置かれていました。

そして腰かけて待つこと3分。
防護服ではなく、
ゴーグル、フェイスシールド、マスク姿の看護士さんが現れ、
インフルエンザのテストと同じく、
鼻の奥をこちょこちょ!

ほんの数秒で検査は終わりましたが、
目が点になったのは・・・

「検査結果は何分くらいで出るんですか?」
「ああ、陽性だった場合のみ、後で先生と保健所から電話が行きます。
 なかった陰性ですよ」

そ、そなの?

というわけでお店に戻って待っているのはいいんですが、
電話が鳴るたびに、

どきっ!

となるじゃありませんか!

しかも普段は静かな月曜日なのに
今日に限って夕方からやたらと電話が鳴るし。

そして間もなく時計は23時。

ここまでくればもう大丈夫でしょう。

はぁ〜・・・これでやっと手術への道が開けました。

ところが!

今日、最後の打ち合わせで、
ドクターから手術方法について説明を受けたんですけどね、
その内容は、

Seriously?(マジですか?)

なものでした。

ま、その話は入院日記パート4で、
いずれお話できる日がくるでしょう。

手術は10月16日(金)8時30分に決定です。

Pray for me.

えーじ
posted by ととら at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月10日

むふっ!

とある日のディナータイムで。

オーダーが落ち着いた時、ふとキッチンの方を振り返ると、
ともこが妙な笑みを浮かべて僕を見ています。

「・・・? な、なに?」
むふっ! むふふふふふ・・・

これでは何だか分からないと思いますが、
実際、僕にも分かりませんでした。

「どしたの?」
むふっ・・・さっきの!」
「さっきの?」

ああ、あれか!

実は30分ほど前にお帰りになった50歳代の男性のお客さまと、
こんな会話があったのです。

「今日はどうもありがとうございました」
「それにしても奥さんは美人だねぇ」
「いやぁ、そうですか?
 そんな風に言っていただけると次回は料理が山盛りで出てきますよ」
「ほんと福の神だよ!」

で、それを伝えたところ、
さっきの妙な笑顔 + むふっという笑いになったのでございます。

「あたしさぁ、褒められるの大好き!
 そういうのはみ〜んな本気にしちゃう!」

とまぁ、ここで終ればいいのですが、
翌日、商店街の先々で忙しいスタッフさんたちが、

「ねぇねぇ聞いて! 昨日ね・・・」

と掴まってしまうのは・・・

むふっ! えーじ、聞いてる?

はいはい。

えーじ
posted by ととら at 22:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月08日

自分の旅のために その14

だいぶポンコツ具合の進んだ僕ではありますが、
修理プロセスは順調に進んでおります。
今日も手術前の各種検査に行って参りました。

さいわい腰の具合も落ち着き、
今は左ひざに集中しています。

手術は16日。

ここまでくると後は風邪を引かないようにするなど、
体調管理が大切です。
しかし最大のハードルは来週月曜日に控えているPCRテストでしょう。

そう、今のご時世、病棟内を安全に保つため、
事前に新型コロナの検査も受けるのです。

ちなみに3月下旬の手術の時は、まだ実施されておらず、
面会も事実上スルー状態だったため、
反対に「大丈夫かしらん?」と心配でした。

その分、今回は安心度が増しましたね。
ま、僕もいっさい外出ができず、ほぼ隔離状態なので、
ともこも面会には来れません。
洗濯物の交換などは看護士さんを経由して行うそうです。

そうした意味では増員のないまま、
仕事量の増えた現場はほんとうに大変ですね。

にもかかわらず、ベッドに座っているだけの僕が、
3食上げ善据え膳で看護して頂いているとマジで恐縮してしまいます。

ま、両手松葉杖だとマグカップひとつも満足に運べませんから、
仕方がないのですが。

今日も病院のスタッフさんたちは皆さん親切でした。
次回もよろしくお願い致します。

えーじ
posted by ととら at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月05日

Trial and error always!

昨日のランチタイムで。
ととら亭の『異変』に気付いた方が数名いらっしゃいました。

そう、混雑しているにもかかわらず、
料理を作っているともこがサーブもしていたのです。

そのココロは・・・

これまた時計を昨日の午前10時に巻き戻してお話を始めましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、掃除を始めるかな。

読書とメディテーションを終えた僕は、
CDをまったりしたアンビエント系から Van Halen に切り替え、
はたきをかけはじめました。
その時・・・

ん?・・・なんか腰がちょっと重いな・・・
ま、気のせいか。

そして掃除が進むにつれ・・・

ん〜・・・なんか妙だな。
腰の左側にあった重さが右に向かって広がって来たみたいだ。
でもま、気のせいか。

やがて時計は10時45分となり、

「朝食できたよ〜!」
「ほいほい、お、クネドリーキ(チェコの茹でパン)だ!
 美味しそうじゃないか」

ん〜・・・こりゃやっぱり何かおかしい。
腰の重さがだんだん疼痛に変わってきたぞ。

朝食を食べ終え、テーブルセットを始めた頃には、
疼痛にしびれるような感じが加わりはじめました。

痛みには2種類ある。
我慢していい痛みと、我慢しちゃいけない痛みだ。
で、これは・・・

僕はイヤな予感に包まれつつ頭の中の過去データを検索し始めました。
そこで瞬時にヒットしたのは・・・

こ、こりゃ2018年8月初旬に、
お店から救急車で運ばれたケースとそっくりじゃないか!
思い当たるきっかけはなく、とつぜん重い痛みが広がり、
様子を見ているうちに動けなくなっちまった。
遅延爆発の前兆だ!

僕は急いでファーストエイドのポーチを開け、
緊急事態用の痛み止め4点セットを飲み込みました。

時計は11時25分。

なんてこった、あとランチが始まるまで5分しかない。

「ともこ、サポーターを出してくれる?」
「え? 腰いたいの?」
「あ〜、遅延爆発10分前って感じ」
「え〜っ! 大丈夫?」
「分からない。いま薬を飲んだんだ。
 うまくいけば1時間後には痛みが引き始めるけど、
 間に合わないと・・・」
「間に合わないと?」
「1時間以内に動けなくなる」
「たいへん!」

ところが今日は日曜日。
立ち上がりから次々とお客さまがいらっしゃいます。
その最中、ホールで僕がサーブ中にハングアップしたら・・・
裸で救急搬送された事件に次ぐ、一大イベントとなってしまうでしょう。
そこで・・・

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

「あれ、今日はともこさんがホールに出てる」
「えーじさんは?」
「いるよ。あ、手を振ってる」

ってな『異変』となった次第でございます。

さて、そこで時計は12時15分。

「どう? 大丈夫?」
「ああ、まだビミョーだけど爆発しそうな感じはしなくなったよ。
 少し圧力が下がってきたみたい」

そして薬を飲んでから1時間15分もすると、
ほどよくラリってきたのか、
爆発の予兆となるちりちり感消えて行きました。

「よし、動き始めるよ!」

こうして13時ごろには事なきを得ましたが、
いったい何が原因だったのでしょう?
腰を急にひねったり、くしゃみをした時に引き起こされる瞬間爆発は、
何がいけなかったのか考える必要もありませんが、
今回のような遅延爆発の場合、直接的な原因がはっきりしません。

しかし、記憶をたどると、ちょっと思い当たる節がありました。

実は一昨日からトレーニングメニューを一部かえていたのですよ。
と申しますのも、3月の入院時に陥った爆発寸前事件は、
手術後はじめて車椅子に乗ろうとした際、
足の痛みに気を取られたあまり、
腕力だけで体を持ち上げて腰をひねったことが原因でした。

そこで今回も同じことを想定し、腹筋と背筋で背骨を固定することで、
爆発リスクを下げようと思ったのです。
そのためには腹筋と背筋をもう少し強化する必要がある。

で、加えたのがロシアンツイスト。

どうやらこれがまずかったようです。

「ちょっとぉっ! 
 入院前に変なトレーニングやらないでよね!」

はい。
もうちょっとで入院前入院になってしまうところでした。

気を付けます。

えーじ
posted by ととら at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年10月03日

Only on your journey.

ととら亭に来るお客さまの年齢層は幅が広く、
たとえば、お一人でご来店された方の年齢は、
僕の知っている限りで、
下が16歳から上は93歳までいらっしゃいます。

そうした人々に接していてときどき不思議に思うのは、
ふと年齢の差を感じなくなる瞬間があること。

興味深いのは、
僕よりふた回りいじょう年下であるにもかかわらず、
(僕に子供がいたら、それくらいの年齢ですよ)
部活の後輩くらいの感じしかしない方たち。

そうした人々にはともこも同じような印象を持っているので、
共通した何かがあるのかもしれません。

ん〜・・・なんだろうね?

と考えて思い当たったのが、
価値観を自分の内側に持っていること。
そしてちょっと不器用なところ・・・かな?

彼、彼女たちはおしなべて、
どこか『ご世間一般』というファジーな価値観のコアから距離をとっており、
そこからくる同化圧に敏感です。

それでいて今の日本社会で生きて行かなくちゃならないんだから、
大変だろうなぁ・・・

と他人事のように眺めつつ、
僕らが思い浮かべているのは、そうした年頃だったころの自分。

学校にせよ、会社にせよ、それがどんな組織であれ、
その中で感じる、「何か違う」っていう違和感。
そして、本音を話したときに包まれる孤立感。

彼、彼女たちにとって僕らは反面教師でしかありませんが、
それでもひとつ、自信を持って言えることがあります。
それは、

君たちは、君たちのままでいいんだよ。

たとえいま八方ふさがりに見えても、
この星で、必要とされていない人なんていない。

居場所がなければ、作ればいい。
やることがなければ、作ればいい。

そしてその方法が、
4畳半からアクセスできるバーチャルな世界では見つからないことを、
君たちはよく知っているよね?

Welcome to the true REALITY.

君だけの旅で、君だけの答えが見つかる。

これは、僕らが不確実な自分の旅で知った、
唯一の、確実なことなのさ。

えーじ
posted by ととら at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月30日

友と友の間で

ご存知の方も多いと思いますが、
今月27日からアゼルバイジャンとアルメニアが交戦状態に入りました。

表面上はナゴルノカラバフの領有権問題ですけど、
その根は実に深く、
イスラム教とキリスト教の宗教的な対立、
同様にアルメニアと敵対関係にありつつ、
民族的ルーツをアゼルバイジャンと同じくするトルコの思惑など、
コーカサス諸国が再独立した1991年以来、
常に不安定なバランスの上で平和が保たれていました。

そもそも国境線からして、
当事者不在の状態で旧ソビエトが引いてしまったものですから、
(しかも一度引いて急に書き換えたりもしたし・・・)
もめごとの絶えない中東諸国やアフリカ諸国と同じく、
出自からして時限爆弾が組み込まれていたのは周知のことなんですよ。

実際、僕らがコーカサス地方を旅した2014年当時でさえムードは微妙で、
アゼルバイジャンでは話しかけてきた若者に旅のルートを訊かれ、
アルメニアにも行くと答えた途端、

「あんなとこ、行ったって何にもないですよ」

と表情が変わったことを思い出します。

またアルメニアでは出国時のイミグレーションで、
インスペクターが僕のパスポートにあったアゼルバイジャンのビザに気付き、
それまでの友好的なムードが緊張感に満ちたものに変わったのも、
生々しい記憶のひとつです。

いずれも『敵の友は敵』という、
紛争当事国のルールを肌で感じた経験でした。

折しも今、ととら亭でやっているアンコールメニューは、
アゼルバイジャン料理のキュフタボズバシュ。
それをお目当てに、
先日、アゼルバイジャン人のお客さまがご来店されました。

僕らにしてみれば、
アゼルバイジャン人も、アルメニア人も、
同じく旅を支えてくれた人々ですし、
なかには個人的に知っている人さえいます。

そうした人々の顔を思い浮かべながら聞く紛争のニュースは、
なんともいたたまれないものがありました。

困難なことではありますが、
両国が停戦に応じ、和解の手段が見つけられることを、
僕たちは心から祈っています。

また、この紛争を他人事とせず、
客観的な視点に立って解決策を考えることは、
同じく国境問題を抱える多くの国々にとって無益なことではないでしょう。

もし何かの方法があれば、
それを自分たちにも当てはめることで有効性を検証することができます。
そして困難な課題を解決した結果は、紛争解決のモデルとして、
国際社会に大きく貢献することでしょう。

世界が敵か味方かに二分されない未来へ。
僕らが一歩でも近づけるように。

えーじ
posted by ととら at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月27日

自分の旅のために その13

すみません。
ご心配おかけしております。

来月の15日(木)入院、翌16日(金)手術の予定で進めていますが、
さいわい、通常の生活で痛みを感じることは殆どありません。

ただ、画鋲のあたま大の軟骨が欠けているせいか、
はたまたその剥離した破片が関節の間で動いているせいか、
膝を90度以上まげた状態から伸ばすと、
「パキっ」という音がします。

ほんと、ポンコツロボットそのものって感じ。

よくよく思い返してみると、
左膝の不調の発端は、これだったような気がしています。
と申しますのも、
記憶にある最初の違和感は、遡ること2年半。
転ぶ、捻るなどのきっかけはなかったにもかかわらず、
突然、「あいたたたた!」となり、
それがまた突然、「ん? 治った!」となる。

この時の痛みの場所が、
今回と同じ膝蓋骨(ひざのお皿)の裏側から下の縁にかけてなんですよ。

これがランダムに起こりはじめ、
2018年11月に研修旅行でバリ島のウブドに行った際、
山道を下るときに再発したことから、
「そろそろ治さんとまずいかも?」と思っていたのです。

ところが、2019年の春に検査して分かったのが、半月板のひび。
(この時の説明はめまいで行った病院の診察ベッドの上で聞きました)
先の痛みの場所からは位置的に内側へ5センチほどずれています。
そしてその部分が痛み出したのが、今年の1月初旬。
それで3月に手術となったわけなんですよ。

結果論ですが、どうやら複合要因の故障だったみたいで、
半月板と大腿骨下部の軟骨の両方に問題があったと考えれば説明がつきます。
いずれも転倒や強打のような事故がなかったので、
積年の酷使から疲労破損してしまったというのが、
当たらずとも遠からずでしょう。

ま、原因はともあれ、治すしかない。

3月から半年続いた奮闘を、
もう一回ふり出しからやらねばならんと知った時は、
さすがにくらっと来ましたが、選択肢はありません。

来年の長い旅を視野に、
ここでしっかり不安要素は取り除いておこうと思います。

えーじ
posted by ととら at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月24日

自分の旅のために その12

はぁ・・・

また入院&手術になってしまいました。

やれやれ・・・

おわり。

じゃ、分かりませんよね?

ふぅ・・・
それでは気を取り直して時計を9月15日の火曜日に巻き戻し・・・

その日の夕方、ストレッチと軽い筋トレが終わった僕は、
ローギアでジョギングを始めました。

うん、今日はなかなかいい調子じゃないか。
これなら沼袋の平和の森公園まで行けそうだな。

今年3月下旬に左ひざ半月板の縫合手術を受けて以来、
1カ月を超える松葉杖生活のあと、
僕はこうして地道にリハビリを続けていました。

6月の定期検査直後、突然ひさのこわばりがひどくなり、
1カ月半ほど状態が戻ってしまいましたが、
そこからまた根気よくリカバーし、
9月中旬に入ってからは、
走る距離を4キロまで伸ばせるようになっていたのです。

それでも無理はいけません。
スピードは速歩ていど、ジャンプなし、階段の昇降はゆっくり歩く。
その甲斐あってか、左ひざは160度以上曲げられるようになり、
普通の生活をする分には何の支障もない程度まで回復していたのです。

よし、それじゃ今日は試しに、
ちょっとだけギアをセカンドに入れてみるか。

僕は改装が終わった平和の森公園のトラックで、
少しピッチを上げてみました。

おお、いいじゃない、順調だね。
でもま、今日はこの程度にしておこう。

明後日は6カ月後の検査日。
これならいい結果が出そうです。

ところが・・・

翌朝おきてみると、左ひざの上部がむくみ、
ひざ裏まで筋肉が張っています。
そこで曲げようとすると120度以上は厳しい状態。
水平に歩く分には問題ありませんが、階段の下りでは、
膝のお皿のしたあたりで少し痛みを感じます。

ありゃ? どうなってんだこれは?
ほとんど3カ月前に戻っちゃってるじゃないか?

取り急ぎ、仕事の合間にマッサージしていたら、午後は少しむくみが引き、
だいぶ調子が良くなってきました。

ん〜・・・一過性の症状だったのかしらん?
ま、取りあえず明日の検査で診てもらおう。

そして翌日、MRIで左ひざを撮り、診察室に行くと・・・

「久保さん、術後半年ですね。具合はどうですか?」

僕は一昨日からのサマリーを話しました。

「うん・・・水が溜まってますね・・・ん? んん?
「どうしました?」
「ない」
「え?」
「ほら、ここ!」

膝の縦断面画像を拡大すると、
膝蓋骨(膝のお皿)の後ろ側に接している大たい骨の軟骨が、
一部なくなっているじゃないですか!
それは大きさにしておおむね画鋲のあたま大。

「あ、あった!」

さらに画像を拡大したら、ちょうどその大きさ、形と合致する破片が、
脛骨との間に落ちています。

ドクターは素早く3カ月前の画像を開きました。
そして同じ場所を見ると、

「ある。ほら、この前はなんともない。しかし今日撮ったものは・・・ない!」
「こ、これって別のストーリー・・・ですよね?」
「そう」

そこで彼が見せてくれた資料に書かれていた病名は、
半月板損傷ならぬ外傷性軟骨欠損症。

「で、どうしたらいいんですか?」
「手術です。剥がれた軟骨を除去して剥がれた場所を修復します」
「どうやって?」
「まぁ、基本的にこの前と同じ内視鏡手術ですよ」
「入院期間と退院後の流れは?」
「期間は倍の2週間になりますが、あとはほぼ同じです」

ま、マジですか?
ようやくここまで回復したと思ったのに、
また振出しに戻るとは!

人生、ほんと何が起こるか分かりません。
原因は別とはいえ、
まさか1年間で2回も同じような手術をすることになるとは、
想像もしていませんでした。

ともあれ選択肢はなさそうです。
自分の旅のためにはやるしかない。

というわけで、もう一丁やりますか!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月22日

旅をするなら 後編

今回、『思い込み』という心の動きを見つめていて、
僕は長らく考えていた古い疑問と再会しました。

それは『失われる寛容性』。

これ、どういうことかというとですね、
自分でいうのもなんですが、
僕は外国を旅しているときなら、けっこう寛容なんですよ。
ところが帰国すると、皆さまご存知のように、
そのレベルがだいぶ下がってしまう。

思えばおかしな話です。
外国では「ふ〜ん・・・」とか、
「へぇ〜、なるほどね」とクールにしていられた同じことが、
帰国するなり「おいおい、おふざけでないよ!」となっちゃうのですから。

このギャップはどこから来るんだろう?

で、ちょろっと見回してみると、
この疑問を持っている人は意外と少なくありませんでした。
とりわけ興味深かったのは、
異文化研究を本職にしている文化人類学者が、
自国の文化に関して批判的なスタンスに立つケースが多いこと。

もっというと他人に寛容なのに、
家族に対してはすごく厳しい。

こういうのって、よくありますよね?
(ま、身内に甘い政治家って例外もありますけど・・・)

そこでまた『思い込み』です。

どうやらこの反応のギャップは、
『思い込み』に『期待』が結びついて発生しているような気がしてきたのですよ。

詳しく言うと、
『お互いがモンゴロイドで(人種的外見が似ていて)日本語を話しているなら、
 同じ価値観を共有し、同じように感じ、同じように行動するはずだ』

と思い込めば、

『こっちがああしたら相手はこうするべきだ』という期待が生まれる。

ところがこれは勝手な思い込みがベースですから、
相手が期待通りに反応してくれるとは限らない。
そこで起こるべくして、

「むむむ・・・けしからん!」

となる。

いかがでしょう、この仮説? 

現実を客観的に概観すればわかるように、
日本、外国を問わず、
僕ら人間は例外なく、ひとつの物理世界を共有しつつ、
個別の、無数の心理世界に生きています。

だから僕とあなたが同じ場所で同じ夕焼けを見ていても、
同じように感じているとは限らないし、
奇跡的に同じであったとしても、それを確証する手段を人間は持っていない。

そこで唯一できるのは、信じるということ。

ある意味で、それこそが生物界で唯一、象徴の世界の住人となってしまった、
人間という動物の、最も人間らしい行為なのではないか?

僕にはそう思えるのです。

すみません、また話がマクロになりました。

僕らが最も長く滞在している日本で、
旅先と同じように寛容性を持つにはどうしたらいいか?

答えは往路にあった気がします。
だから復路でも同じようにすればいいんですよ。

タキシングしている機内で目を閉じ、
深呼吸を3回してからまた、

initialize, initialize my mind.

もしこれがうまく効けば、
僕は自分の生まれた国に帰っても、
外国で持っていた寛容性と客観性を失わずに済むでしょう。

ありふれた日常で効果が薄れてきたら、
電車を待っている時やランチを食べる前、
いや、あさ目覚めた時に試せば、
その日一にちが僕らの新しい旅になるかもしれません。

ハレの外国の旅も、ケの日常の旅も、
おカネと時間を使ってせっかく出かけるなら、
楽しさと喜びは最大限にしたい。

そのために必要なのは高価な持ち物よりも、
純粋な好奇心なのではないか?

であれば、気付いた範囲で思い込みという色眼鏡を外してみる。

ん〜・・・大人にはちと難しいと思いますが、
やってみる価値はあるんじゃないかな?

えーじ
posted by ととら at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月20日

旅に出るなら 中編

思い込みというのは、
単なる個人的な認知機能のバグではない。

というのも、どうやら僕らの社会の一部が、
思い込みの上で成り立っているのではないか?
そんな風に思えてきたのですよ。

これも実は先の会話で、
「それはあなたではなく他人の意見ですよね?」
という突っ込みに返ってきた言葉がヒントになっています。
それは、

「だって教育ってのはそういうものだから・・・」

ん〜・・・なるほど、それは一理あるかも?

たとえばですね、タイムトラベルもの映画よろしく、
僕が今の頭のまま、
見かけは中学生に戻って学校の授業を受けたとしましょう。

どうなると思います?

感性が様式に置き換えられた美術や音楽はいわずもがな、
こと日本の近代史に限っても先生に議論をふっかけ、
授業は中断、最悪、学級を崩壊させかねません。
(実際、そんなこともしでかしました・・・すみません、先生)

今の教育システムで前提となっているのは、
文科省公認の教科書の内容を素直にインプットされること。
だから教室で教科書は議論の対象ではないのです。

でもこれって、
どことなく思い込みプログラムの振舞いに似ていません?

さらにこのパターンは学生時代に終わる話ではなく、
社会人になっても多かれ少なかれずっと付きまとってきます。
民間企業も官庁も、個人商店だって、その秩序に加わる際、
既存の秩序はアプリオリに無謬化されているでしょう?

基本的に「イヤなら来るな」・・・
ですから。

もちろん、それらはみな人工的な似非神聖ですから、
現実との乖離の度合いによって遅かれ早かれ破綻を喫し、
思い込みの呪縛が解けると、

「なんであんなアホなことをやってたんだろう?」

となる。

日本のここ100年を振り返っただけでも、(いや、10年でも!)
こうした例はいくらでもありますよね?

おっと、話がマクロになりました。
僕の専門に戻りましょう。

旅人のスタイルは、ある観点で大きくふたつに分けられます。

それは使い慣れた日常品をたっぷり持ち、
自宅の環境となるべく同じレベルの宿に泊まるような、
『限りなく自分の日常を旅先でも再現しようとする』タイプと、
その真逆で、必要最低限の荷物を持ち、
不足分は現地で調達するような、
『限りなく自分の日常を離れようとする』タイプ。

これはモノのレベルの話ですが、それと同様に、
自分が吸収した知識の積み重ねを抱えて旅をし、
『自前の常識と呼ばれるフレームで世界を見る』か、
それとも飛行機を降りた瞬間、
頭を初期化して『子供の目線で世界を見る』か。

僕も、これを読んでくれているあなたも、
先入観を持たず、思い込みをしない人はいません。
僕らの社会だって、多かれ少なかれ、それを前提に成り立っている。

しかしその構造は、
『どこへ行っても自分と道連れ』であることを常に強いているわけじゃない。

いつぞやそれに気付いてから、
僕は旅に出る度に、こんな練習を始めました。

飛行機が着陸し、エプロンまでタキシングしている時、
目を閉じて3回深呼吸し、心の中で、この呪文を唱えるのです。

initialize, initialize my mind.

やがて飛行機のドアが開き、
ボーディングブリッジという未知の世界へ通じるトンネルを抜けた時、
先の呪文がうまく機能していれば、
57歳のおっさんは、小学生の子供に戻っています。

あ! あれはなんだろう?

という好奇心のかたまりになってね。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月18日

旅に出るなら 前編

「中国人はいじわるだから・・・」

先日、外国を初めてひとりで旅しようとしている方に、
行き先として香港かソウル、台北を提案した時、
こんな思わぬリアクションがありました。

しかし、僕の疑問がさらに深まったのは、続く以下の会話からです。

「中国に行ったことがあるのですか?」
「いや、ありません」
「日本で中国人にいじわるされたのですか?」
「そんなことはありません」
「ではなぜ中国人はいじわるだと思うんです?」
「それはある人がそう言ったから・・・」
「・・・?」

実はこういう話、僕にとって初めてではありませんでした。

これまで何度か嫌中、嫌韓の人と会ったことがありますけど、
不思議なことに、
皆さんおしなべて個人的経験をもとにそう考えているのではないのですよ。
にもかかわらず、共通しているのは、
それをあたかも自分の経験であるかのように、確信をもって話すこと。

これはいったい、どうしたことなのかしらん?

イデオロギー? 偏見? 先入観?
いや、これはもっと僕らの日常でありふれた、
『思い込み』と呼ばれる心の動きなのかも・・・

で、今更ながらではありますが、
僕は例によっておカネにもならないことをつらつら考え始めました。

相手が人間であれ、文章であれ、映像であれ、
僕らは普段なら客観的なスタンスでその情報を取り込みます。
もしそうでなければ世界は詐欺師の天国になってしまいますからね。

しかし、何かのきっかけで、
僕らの頭の中で走っている『思い込みプログラム』が、
そのインプットに介入すると、
僕らはあっさり客観的スタンスを失ってしまうようなのですよ。

すると、そうした情報はどうなるのか?

まず客観性が失われていますから、
頭の中で情報があたかも経験のように振舞いはじめます。
日常的によくある身近な例が天気予報。

「あれ? 雲行きが怪しいな・・・」

という人に、

「ああ、午後は雨だよ」

と自信満々に答えるケースは珍しくありませんよね?
でも、答えた人は気象予報士じゃないでしょ?

ではなぜ彼、彼女は午後の天気を知っているのか?
それはいわずもがな、天気予報を見たからです。
つまり情報をコピぺしただけ。
にもかかわらず自分で気象データを分析したかのように答えている。
ここにあるのが情報と経験の無意識的な入れ替え。
思い込みの特徴のひとつです。

こうした例はテレビやラジオ、新聞、週刊誌、
インターネットなどの情報を元ネタにして、
日常的に僕らの周りでお馴染みだと思いません?
個人がノンチェックで発信源となるネットねただと、
コピぺのコピぺのコピぺだったりするし・・・
(というかオリジナルがない!)

ふたつめの特徴が無謬性。
思い込みプログラムに捉えられて自己経験におき替えられた情報は、
客観的なスタンスであれば普通にできる自己検証の網をすり抜け、
『絶対に正しい』、『信じて疑いようのない』、
場合によっては、神のような心理的位置を獲得します。

そうなるとその人はかかる情報に関して、さらに客観的スタンスから離れ、
その思い込みを強化する情報の吸収に励みはじめるのです。

ですから「中国人はいじわるだ」という思い込みを持って中国に行けば、
彼はその思い込みに合致することにフォーカスし、
「ほら、やっぱりそうなんだ!」と納得するでしょう。

おカネと時間をかけて、そんな旅をするのはもったいない。
というより悲しい。

だから旅をするなら思い込みを捨てましょう!

と呑気に結ぶつもりでしたが、
よくよく考えてみると、この思い込みっていう心理機能は、
そんな単純なものではありませんでした。

デバッグするのが難しい、実に厄介なシロモノなんですよ。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月16日

Strike back begin!

東京都の営業時間短縮要請が昨日解除されました。
今日からととら亭も通常営業に戻ります。

オーダーストップ 21:30
クローズ     22:30

とはいえ、これもまた長い道のりのごく一部。

5月の営業自粛解除の時と同じく、
9月に解除、10月に増加、11月にまた規制、そして12月に減少・・・
こんなパターンを当分は繰り返すのかもしれません。

そこで小さな飲食店にできる生き残りをかけた戦略は、
Hit and away!

これだと思います。

守りに回った8月から9月前半でしたが、
ここから攻めに転じましょう。

まずはアンコールメニュー。
第70回目は2015年冬のアゼルバイジャン料理特集から、
ペルシャとの合作と思しきバクー風ボズバシュをお届けします!

そして晩夏でもまだまだ楽しめるヴィーニョヴェルデ
この珍しい赤とレバノン料理の組み合わせはちょっと例がないですよ。

さらにグラスワインもチュニジア、トルコ、ギリシャ、
モルドバなどを入れ替えつつ、
毎回、西ヨーロッパのワインとはまた違う味わいをお楽しみ頂けるかと思います。

食の旅に出かけましょう!

えーじ
posted by ととら at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月13日

Let's cooking!

この仕事をしていると、
旅行関連を中心にいろいろなご質問を頂きますが、
コロナ騒動が勃発した春以降、目立って増えたのが料理について。

確かに在宅勤務で得られた時間を使い、
料理をやってみよう! という方が増えましたからね。

驚いたのは、皆さんけっこう本格的にやっていること。
なかにはパエリアや手打ちパスタにチャレンジするなど、
その気合の入れようとパッションは慣れに甘んじたプロも顔負けでしょう。
とりわけ「ととら亭のレシピに挑戦!」となれば尚更です。

で、どんな料理が候補になっているのかと申しますと、
いちばん多いのはグランドメニューにある『にんじんのマリネ』。
一見、ハードルが最も低そうに見えるからかもしれませんね。
次いでポタージュやスペアリブ、
自家製ジンジャーエールもレシピを訊かれることがしばしばあります。

旅の料理だと古くはシンガポール料理特集でご紹介した『ンゴーヒャン』から、
高難易度のジャマイカ料理『ジャークチキン』
モザンビークの『カリル・デ・カマロン』にトライした方もいらっしゃいました。

そこで一般的に企業秘密と言われるレシピですが、
ととら亭では訊かれれば時間の許す範囲でお答えしています。
料理を作るということは、
それだけ僕たちの仕事を理解していただけることにもなりますからね。

ところがレシピを訊いた方の大半の反応は

「そ、そんなに手間がかかるんですか!」

というわけで、
「だったら食べに来ます」となるのは致し方なし・・・かな?

ともあれ飲食店で食べた料理に惚れ込み、
なんとしてもあれを自宅で再現したい!
というのは、なにを隠そうととら亭の原点のひとつでもあります。
皆さまぜひ頑張ってくださいね。

あ、しかしひとつお伝えするのを忘れていました。
キッチンの管理者である奥さまに変わって料理をされるご主人。

作るだけではなく、あと片付けも忘れずに!

えーじ
posted by ととら at 00:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月10日

旅人となるために その3

その1、その2と『お勧めできません』系のネタが続いたので、
今日は逆の経験もお話したいと思います。

一般的に旅費の大きな部分を占めるのが交通費と宿泊費。
とくに後者は移動しなくてもかかってくるので、
長期旅行の場合、なんとか安くしたい出費の筆頭です。

そこでツーリングや登山に共通した安い宿泊方法はないか?

そう頭をひねって辿り着いた手段がキャンプでした。

しかし、これまた振り返ってみると、
このメリットは費用の面だけではありません。

たとえば、整備されたキャンプ場ではなく、
どこかの山中で一泊する場合、まず場所さがしから始まります。

落石の危険性がある崖下や、
急な増水で流されるかもしれない川の中州を避け、
水場が近く、風をもろに受けない、平らな場所はないか?

そして手頃な場所が見つかったら地面をならし、
テントを張ります。
風下に入り口を向けてペグでテントを固定したあとは、
周囲に雨水を逃がす側溝を掘りましょう。

正面に立木があった場合は(なければバイクを使って)タープを張ると、
ちょっとした雨でも外で炊事が出来ますから便利です。
ランプもその木の枝に下げれば、
せっかく作った食事に虫が飛び込むのを避けられますからね。

いかがです? 
首尾よくテントが設営できたら、次は水場まで行って水を調達しますか。
その時にトイレの場所も見つけておくのを忘れずに。
先に穴を掘っておくと、急を要した時に慌てないで済みますよ。

最後はお茶かコーヒーでも淹れて一息つきましょう。
これで今夜の宿が完成です。

さて、もうお気付きかもしれませんが、
ざっとここまでだけでも、
その後の旅に役立つテクニックがみっちり詰まっています。

まず危険を回避する地形の読み方、風の読み方、水の流れの読み方。
ロープの結び方もバックパッキングの旅でたいへん役に立ちます。
『もやい結び』と『自在結び』だけでも覚えておくと、
安宿で洗濯物を干す時に重宝しますからね。

それからたった一杯のお茶を淹れるだけでも、
実は多くの工夫が求められます。

限られた量の水を携帯コンロで沸かし、
お茶を飲んだあと、シンクのない状況で食器を洗わなければなりませんから。

これに何らかの食事も加わると、全体がすんなりできるようになるまで、
それなりの練習が必要となるのはご想像いただけるのではないでしょうか?

しかし、いずれも安宿で自炊するときに応用できますし、
乏しい材料を無駄なく使いきるという観点で、
物資の補給が難しい地域を旅する場合にも役立つのですよ。

実際、こうした不便という学校で学べたことは、
これ以外にもたくさんありました。
でも、僕がこれをお勧めする一番の理由は、旅のスキルアップ以上に、
このキャンプ自体がとても楽しかったからです。

何の音もしない、月明かりの山中で過ごす夜。

あなたは鼻をつままれても分からない闇を、
自分の鼓動が聞こえるような静寂を経験したことがありますか?

え? 怖い?

なら、なおのことお勧めしますよ。

その一晩は、いかに僕らの日常がノイズで満ちているか、
そして、僕らの幸せに必要なものが、
実はそれほど多くないことを教えてくれるでしょう。
(Wi-Fiがなくても大丈夫!)

そう、これもまた、
僕の旅の原点のひとつなのかもしれません。

えーじ
posted by ととら at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月07日

古風な美学

去る8月31日。
としまえんが多くのファンに惜しまれつつ94年の歴史を閉じました。

僕は失礼ながら行ったことはなかったものの、
野方でととら亭を開業して以来、西武新宿線に掲示してある、
としまえんのポスターを見るのが楽しみだったのですよ。

と申しますのも、公告会社はどこか分かりませんが、
ときにポーズをキメた田原俊彦さんを顔が分からないくらい小さく映し、
『としぷー』とコピーを添えたところなどからして、
作者はあきらかに同世代?
とシンパシーを感じていたからです。

それを今回は最後にして確信しました。

先週の夏休みで出かけた際、西武新宿駅で目に留まったのは、
漫画『あしたのジョー』の最終話の最後のシーン。
そう、ホセ・メンドーサとの激闘の末、
判定負けした矢吹ジョーがコーナーの椅子に座っている『あれ』です。

そしてモノトーンのポスターの左上には『Thank you』のメッセージが。
この文脈で、このシーンを思いついたあなたは同世代!

いや、僕は単に同時代の記憶を共有していたことに、
ノスタルジーを感じているわけではないのですよ。

これはいうなれば、
矢吹ジョーという架空の存在の生き方を、
共有していたことへのシンパシーなのです。

だってねぇ、今どき流行らないでしょ?
ああいうの。

愚直に、ひとつの対象に全身で打ち込み、

「燃え尽きたぜ・・・真っ白にな」

と終わるなんてさ。

でもね、傷つくのを恐れるがあまり世界に対して斜に構え、
匿名の繭の中で情報を現実にすり替えて生きることを選べない、
不器用で汗臭い奴だって、まだまだいるんですよ。

無様にダウンしても、またダウンしても、
立ち上がる限り、この試合は終わらない。

そしてたとえ結果が判定負けであっても、
完全な満足を持ってその結果が受け入れられる。

これは最初から最後まで、
自分の足で走り切った者でなければ分からない、
ひとつの究極的な充足感であり、けして曇ることのない誇りなんですよ。

だからほら、ジョーはかすかに微笑んでいたでしょ?

いつか、ととら亭を終える日を僕もあんな風に迎えたい。

そう心から思っています。

えーじ
posted by ととら at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月04日

短くて濃い夏休み

昨日までの3日間、短いながらも夏休みを頂いていました。

で、何をしていたかと申しますと、
遠出が憚られるこのご時世ですから、
都内で何度か出かけたほかは野方でのんびりしておりました。

それでもけっこう充実していたのですよ。
初日は数年ぶりに道具街の合羽橋へ買い出し。
通常は休業日でもバックグラウンドワークがみっちりのため、
帰りの時間を気にしつつの買い物ですが、
この日ばかりは腕時計を見ずにゆっくり買い回りました。

いろいろ調達しましたけど一番重要だったのが、ともこの包丁。
10年近く使い続けた牛刀は砥ぎ減って使い難くなってしまったのです。

summer2020_02.jpg

ご覧のとおり、もう牛刀の形をしていません。
で、今度はもうちょっと長めのものにしました。

翌日は二人ともお店にこもって、ともこは次の旅の料理の試作。
僕は午前中メディテーションと読書三昧。
貸切状態のととら亭でゆっくりランチを楽しんだ後は、
アパートに戻って片付けものをしてからジョギングです。

summer2020_01.jpg

残り物ですが、ある意味、すんごくリッチな食事です。
あ、パンは昨日の帰りに新宿のポンパドゥールで買ってきたもの。
僕たちの大好物なんですよ。

最終日の昨日はともこが再起動前の仕込み。
ほんと仕事の鬼ですね。
しかし彼女に言わせると、
時間を気にせず料理をするのは心の底から楽しいそうで。
そういう意味ではハードな仕事ながら、
ととら亭で働くことは天職なのかもしれません。
(こうしてブログを書いている最中も、キッチンでのしのし何かを作っています)

で、僕はと申しますと、
中野から吉祥寺、新宿と回って仕入れに行っていました。

あ、食材ではありませんよ。
例によってBGMでかける音楽CDです。ふふ・・・
昨日はヴォーカル物を中心に掘り出し物がありました。
なかでも Andrea Wright の September in the rain と、
Champian Fulton の The styling of Champian は良かったな。
奇しくも双方の1曲目が Day by day でびっくり!
思わず聴き比べちゃいました。

インスト系では Bob Welber の A man & his music と、
Peter Rosendal trio の Crescent がいい出来でした。
さっそく今日のディナーで回してみよう。

とまぁ、こんな調子で地味な3日間ではありましたが、
僕らにとっては、とても充実した夏休みとなりました。

なにより時間に追われないだけでも、
ほんと「休んだ〜!」って気分になるんですよ。
やっぱり人生でもっとも大切なリソースはおカネじゃくて時間ですね。

さて、それでは仕事に戻って、掃除でいい汗をかくとしますか!

えーじ
posted by ととら at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月01日

旅人となるために その2

旅行費用の高い安いが目に見えて現れるのが衛生環境。
とりわけトイレの状態に影響が大きいという話を前回しましたが、
それはまた旅全体を通しての快適度とも比例関係にあります。

つまりコストを下げれば快適度もまた同じように下がる、
というわけですね。(逆もまた然り!)

具体的には、
 ・温度変化のレンジが広くなる。
  (個人記録では44度〜マイナス20度ですから64度)
 ・移動手段の占有スペースが狭い。
  (飛行機のエコノミーとファースト、鉄道の1等と3等の差など)
 ・歩く距離が長い。
  (物価の高い国ではリムジンピックアップどころかタクシーも使えません)
 ・荷物はすべて自分で持つ。
  (ポーターは雇えません。ですから身軽が身上となるのです)
 ・泊まるのはナイナイ宿。
  (トタン板の壁に囲まれた土間の部屋とか。
   そういう宿はとうぜん水シャワー、穴だけトイレがシェア)
  
要は狭苦しい公共の交通機関に揺られ、
酷暑、もしくは厳寒のなか重い荷物を背負って目的地まで歩き、
やっと着いたと思えば、待っていたのはホテルというよりシェルター・・・

得てしてバックパッカーには、こういう運命が待っているのでございます。

で、齢57歳にして、よくまぁこんなことを続けているな、
と自問してみると、
やはりそこには基礎条件を作った原因が見えてきました。

僕はどうやら、
バスケットボールやラグビーで身体能力と温度適応能力、
劣悪な衛生環境への耐性を培い、
ライダーとして辺境を単独で旅するうちに、
ありもので機械を修理するスキルを身に着けたようです。

そしてバックパッカーという現在形にもっとも役立ったのが登山。

最初はなめてかかってひどい目に遭いました。
いくらスポーツをやっていたといっても、
登山というのはそれまでの経験がほとんど通用しない、
特殊な世界だったのです。

たとえばですね、
3000メートル、つまり3キロ歩くなんて朝飯前のお散歩レベルでしょ?

ところが!
3000メートルを自分の足で登るというのは、
まったく別の次元の話なんですよ。
それを知らなかった愚かな僕は、
いきなり最初の挑戦に日本で2番目に標高の高い、
南アルプスの北岳(標高3193メートル)を選んでしまったのです。

歩き始めてすぐに悟ったのは、
バックパックを背負って山道を登るという運動の筋肉の使い方は、
バスケットボールやラグビーとぜんぜん関係ないということ。
500メートルほど高度を上げたところで、
さすがの僕も自分のやっていることのヤバさが分かってきました。

しかも標高が上がると共に気温も下がってくる。
汗を吸ったコットンの下着はみるみる冷たくなり、
ただでさえ失いつつある体力を輪をかけて奪います。

で、とどめが薄くなる空気。
標高2500メートル付近のアタックキャンプまで来たときには、
息も絶え絶えで体は震え、足はがくがくの白旗寸前。
(疲労凍死の危険性があるので、
こういうアホなマネは絶対にやめましょう。
え? やるわけない? ですよね!)

なんとかテントを張り、
熱い紅茶を淹れて飲んだら、ようやく少し復活しました。

とまぁ、こうした悲惨な山デビューだったのですが、
夜空を横断する天の川や、
下界ではけして見れない頂上からの景色に魅せられ、
懲りない僕はその後、ロッククライミングから冬山の単独登山など、
さらにその無謀さをエスカレートさせて行ったのでした。

え? それで登山中のトイレはどうしたんだ?

あるわけないじゃないですか。
水だって限られた水場にしかないんだし。

登山が出来るかどうかというのは畢竟、体力ではなく、
男性なら『雉撃ち』、
女性であれば『花摘み』といわれる行為をためらいなくできるか?

これに尽きると思います。

そしてそのハードルを超えた経験が、
バックパッカーのライセンスのひとつになるのかもしれません。

いやはや何かと臭い旅なのでございます。

えーじ
posted by ととら at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月29日

旅人となるために その1

バックパッカーと一般的な旅には、
そのメンタリティに違いがあると思いますけど、
目に見える差はやはり費用でしょう。

そしてその費用を左右するのが旅行中の衛生環境。
とりわけトイレが最も影響を受けると思います。
コストが下がるに比例して『すごい状態』になってきますからね。
そして究極的にはトイレそのものがなくなってしまう。

え? じゃ、自然が呼んでいる時はどうするんだ?

もちろんトイレがない場所で、
その、のっぴきならない要求に応えるんですよ。

と申しましても僕らとて、
生まれつきそうした状況に適応していたわけではありません。
何ごとにも段階というものがあります。

そこで過去を振り返ってみると、
僕の場合、どうやら高校時代の部活に、
その第一歩があったように思えてきました。

最初はバスケットボール部だったんですけどね、
ゴール下のラフプレーで、
ミスターファイブファウル(退場大王!)の異名を持っていたがために、
やがてメンバー不足に悩むラグビー部から移籍のオファーを頂きました。
それにまんまとのったのが運の尽き。
入部の意思を示す前に、部室を見ておくべきだったのです。

初めて入ったその『部屋』は、まことに恐ろしい場所でございました。
僕を待っていたのは、ロッカーの他に、
タックルマシーンやラグビーボールが整然と並べられた部屋ではなく、
嗅いだことのない異臭が漂う、
工事現場の資材置き場のようなところだったのです。

しかもその光景は、
その後に起こる悪夢のイントロに過ぎませんでした。

練習は基本的にラグジャーとラグパン姿で行います。
これは別に問題なかったんですけどね、
その状態がビッグプロブレムだったのですよ。

ラグビーというスポーツは全天候型で、
雨だろうが雪だろうが試合は中止になりません。
行く手を阻めるのは唯一、雷だけ。
となると練習もまた同じ。

そこで雨が降り、水たまりができたグラウンドでも練習となるわけです。
時にはスクラムが田んぼ状になった場所で組まれることもありました。
ウイングデビューにもかかわらず、例によってフォワードの人数不足から、
フロントローにコンバートされた哀れな僕には、
練習、試合ともに泥人形にされる運命が待っていたのです。

で、問題です。
こうした惨劇の後のラグジャーとラグパンはどうなったと思います?

なんと、脱ぎ捨てられたまま、
部室の片隅に積み上げられたままになってるじゃないですか!
そして翌日、僕たちはほどよく発酵したラグジャーを着て、
再びグラウンドに出たのでした。

ご想像頂けますでしょうか?
汗と泥と水でぐちょぐちょのラグジャーを素肌の上に着る時の感覚が!

さらに、中でも比較的にきれいなものから先輩が着てしまうため、
1年生の僕らに残されたのは、涙なくして着れないしろもの。

この時ばかりは移籍という自分の選択を心から呪いましたが、
今から思うと、こうした『訓練』が、
過酷なライダー、バックパッカーとしての旅を可能にする、
ベースになったような気がします。

何ごとも苦労は無駄にならないものなんですね。
(こういうのはお勧めしませんが・・・)

えーじ

P.S.
読み返して思い出しましたが、
悲惨な状態だったのはラグジャーとラグパンだけではなく、
ストッキング、スパイクからキャップ(ヘッドギア)まで、
身につけるものすべてがそうでした。
ま、最悪の状態は毎回ではありませんでしたが、
キャップは頭に被るものだけに泣けましたね。
あ、それでやばいヘルメットも被れるようになってたのか。
posted by ととら at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月26日

言えないニッポン

先日、ととら亭のある野方商店街で、
同じく事業を営む商店主の方と話していた時のこと。

「ととら亭さんはコロナの影響でてる?」
「そりゃ出てますよ。
 4月以降、まったく姿を見せなくなった常連さんだっているし」
「ほんと、こっちも厳しいよ。
 でもさ、なにより野方の第一号店にだけはなりたくないよね」

こんな会話、
皆さんもしたご経験があるのではないでしょうか?
実のところ、業種の異なるお客さままで交えて、
僕は何度したか覚えていません。

そしてそのすべてに共通しているのは、
この会話が僕の中で素朴な疑問に突き当たって止まること。

新型コロナウイルスは感染症、つまり病気です。
ならば、不安や心配の対象は健康のはず・・・

でしょう?

しかし、多くの人が抱いている不安、
もしくはそれが進行した形での恐怖とは、
新型コロナウイルスに感染した結果の健康被害に関するものではありません。

野方の第1号店にだけはなりたくない。
これは換言すると、
『学校の、会社の初感染者にだけはなりたくない』であり、
組織を運営する立場からは、
『第1号校、第1号企業にだけはなりたくない』ということ。

これはどういう意味か?

つまり僕たちが恐れているのは、
新型コロナウイルスに感染することによる健康被害ではなく、
社会的制裁なのです。

だいぶ前に『火事場のルール』のお話をしましたが、
たいへん残念なことに、僕たちはどうやら、
感染者は犯罪者であり、感染者を出すことは組織の不祥事である、
というネガティブな認識に染まってしまったようです。

故に奇妙な、
いや、滑稽ともいえる対象の置き換えが起こっているのですよ。

そう、いま僕たちが恐れているのは、
ウイルスではなく人間なのですから。

でしょ?

コロナウイルスは、
『東京都民おことわり』なんて言いませんし、
『この街から出て行け!』なんてネットに書き込みもしません。

これをやり合っているのは、僕たち人間同士なんですよ。

だから感染の可能性があっても怖くて言えないし、
相談することすら憚られる。

感染経路不明のケースが増えた時も、
僕はそれが本当に『不明』だとは思っていませんでした。

言えないんですよ。
言いたくてもね。

だってカミングアウトしたが最後、
あとに待っているのは、立ち回り先を巻き込んでの公開リンチでしょ?

それじゃあねぇ・・・

確かに、感染症としての新型コロナウイルスは、
これまでにない疾病ですし、亡くなった方も大勢いらっしゃいます。
しかし、直接はなした人たちの意見を聞いていると、
現状は病気による1次被害より人為的な2次被害の方が、
はるかに大きくなっているのではないか?

僕にはそう思えてなりません。

それでも視点を変えれば、
ここには一縷の望みがあります。

人為的な原因であるならば、
これまた人為的に解決できる可能性があるじゃないですか。
しかもそれは多大なコストと労力を要するものではない。

それは僕らがみな幼稚園の庭で教わったように、

困った人は助けよう。
自分がされて嫌なことはやめよう。

このふたつを実行するだけで、
コロナ騒動のみならず、社会不安の多くは解消されるのですよ。
そう思いません?

え? じゃ、君が感染したらどうするんだ?

もちろん公表してお店を休業しますよ。

それで風評被害やバッシングに遭ってもいいのか?

いや、そうはならないと思っています。
なぜなら、先のふたつに加えて、もうひとつ、
僕は子供のころの教えを守っていますから。
それは、

仲間(同胞)を信じよう。

そう、僕はこれを読んでくれている、
あなたを信じている。

だから、そうした不安はないのです。

えーじ
posted by ととら at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月23日

暑かった旅 海外編

一口に日本と言ってもオートバイで旅してみると、
想像をはるかに超えた広さがありました。
気候ひとつをにしても、
北海道と沖縄ではまったく違いますしね。

そしてその地域差による驚きは、
ライダーからバックパッカーに変わって、
さらに大きなものとなりました。

確かに日本の夏の旅は暑かった。
しかし!

国境を超えた、その先には、
現代の東京の酷暑ですらかわいく思える場所が、
いくらでもあったのです。

そう、それを体感するのも旅人の務め・・・

とは思っていません。

いや、できれば避けたいくらいだったのですが、
『知らない』とは怖いものです。
僕は前述の通り、暑い場所は暑い時期に行くものだ、
と、モンスーンが吹く前の、
東南アジアや南西アジアに行ってしまったのでした。

で、現地はどうだったかというとですね、
たとえばタイやベトナム、カンボジア、バングラデッシュでは、
暑さが厳しくなる11時から17時くらいまで、
戸外を長時間トコトコ歩くような酔狂はあんまりいません。

そこを僕らはビザを取るために大使館を探して歩き回ったり、
はてや炎天下の屋外イミグレーションで延々と待たされたりと、
暑さを十分以上に味わう破目となったのでございます。

なかでもウズベキスタンからカザフスタンへの国境越えはひどかった!

詳しくはこのブログの『第12回取材旅行 その9』に譲るとして、
端的に申し上げますと、僕らを待っていたのは、
たとえるなら酷暑日に乗った朝8時の山手線が線路上で止まり、
エアコンが切れ、窓も開かない車内で、
1時間以上、バックパックを背負ったっまま立ち続ける状態。

ほかにも6月のヨルダンや8月のパラグアイも堪えましたが、
僕が体験した最高気温は、
やはりモンスーン前に訪れたインドのブッダガヤ。
ここでお釈迦さまは悟りを開いたそうですが、
あまりの暑さに僕にもニルヴァーナが見えそうになりましたよ。

火星を思わせる乾いた大地は、日中の最高気温が日陰でも44度。
とうぜん、昼飯を食べに出た街は、
さながらゴーストタウンのようにひっそりしていました。

持っていたミネラルウォーターはいつしかお湯に。
深呼吸などしようものなら熱気で咳き込んでしまいます。
こうして日が高い間は何もできませんから、
僕は天井の高い仏教寺院に逃げ込み、夕方までぐだ〜っとしていました。

夜は夜で、ファンしかない安宿の部屋は深夜ですら36度。

これじゃ眠れん!

そこでぬるい水シャワーを浴び、
びしょびしょのままベッドではなく床に寝転がって眠るしかない。

いやはや万事こんな調子でさすがに食欲も失せ、
(毎日朝からカレーというのもきつかった!)
3週間の旅が終わって帰国した時には、
矢吹ジョーと戦う前の力石徹のようになっておりました。

この次は、どこで何が待っているのか?

コロナ後の旅に思いを馳せ、
僕は熱中症の厳重警戒が出た野方を走っています。

バックパッカーというのは、
なかなか楽をさせてもらえないのでございます。

えーじ
posted by ととら at 15:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月20日

暑かった旅 国内編

関東地方は晴れ。

朝8時。
アパートの部屋の気温はすでに31度を超えていました。
これがまだ数週間続くとは・・・

はぁ〜・・・どうしたもんだろ?

と思いません?

僕も思います。

そこで考えたのが、
避暑地に行く、プールに行く、冷房の効いた映画館に行く・・・
という納涼系ではなく、その真逆。

せっかく暑いんだから、暑さを楽しもうじゃないか!

というわけでやっているのが、
気温が最も上がる15時頃のジョギングと、
それから帰って室温37度前後のアパートで(サウナ)メディテーション。

これ、水を浴びたほどの汗だく状態になり、
(減量中の力石徹みたいに)
ときどきニルヴァーナがかすかに見えてまいります。
(あぶないから皆さんはやめましょう)

え? やっぱり君はマゾヒストだ?
いやいや、これには訳があるんですよ。

寒い季節は暖かい場所へ、暑い季節は涼しい場所へ。
これが一般的な旅行の基本ですけど、
僕が若かりし頃に学んだのは、
寒い場所は寒い時期に、暑い場所は暑い時期に行かなければ、
その土地の本質は理解できない、という原則。

そこで環境適応のトレーニングとして、
いちばん暑い時間にもっとも暑いことをやっているわけです。

思えばこれは、
オートバイで国内を旅していた頃から始まっていました。

暑かった思い出と言えば、
やはりこの時期に九州や沖縄を目指した旅。

初日のこと、当時、住んでいた横浜の実家を早朝に出て、
箱根を三島側へ下るのが昼少し前。
ご存知のように予算はしょぼしょぼでしたから、
東名高速ではなく国道1号線をひたすら西に向かって走ります。

まもなく沼津あたりで昼食を摂ると、気温はもう30度超え。

「お兄ちゃん、バイクで旅行か? 涼しそうでいいな!」

駐車場で出発しようとしていた際、よくこんな声を掛けられましたが、
これはほんと〜にビッグな誤解なのですよ。
ライダーの現実というのはですね・・・

真夏、日向に停めておいたバイクに乗る。
だいたいにして、まず素手ではバイクに触れません。
よくガソリンタンクが爆発しないな、と思うくらいに熱い。
それに気合を入れて「えいやっ!」と跨ると、
お尻からじわぁ〜っと焼かれてきます。
男性はほとんどゆで卵状態(失礼!)

そしてヘルメットがまた泣ける。

これは熱くありません。
反対にひんやり冷たい。

なぜか?

暑い道路をひたすら走ってかいた汗を吸い込んだインナーが、
お店のエアコンで冷えているからです。
このぐちょっとしたのを被る。
自分の体から出たものとはいえ、悲しいものがございます。

さらにこれを数日繰り返すと、
哀れなヘルメットは毒ガス発生装置と化し、
あまりの臭さに被れなくなってしまうんですよ。
しかし安いヘルメットのインナーは脱着式ではありません。
そこでキャンプ場や宿に着いたらヘルメットに水を注ぎ、
シャンプーも入れてじゃぶじゃぶごしごし洗うのです。

翌日には乾いていますから、その後の半日は快適。
しかし午後からはまた、ぐちゃっとひんやりするのでございます。

そして食後は西日を正面から受けながら名古屋を目指しますが、
この状態を端的に申しますと、
ストーブを抱いてフライパンの上を走っているようなもの。

更に出発当時は白かったTシャツがトラックの排気ガスを浴び続けた結果、
豊橋あたりまで来るとグレーの霜降りに染め上がり。

この頃、もう僕の頭にあるのは、
どこかの安宿に飛び込んで浴びる水シャワーだけ!

そこではっと息を飲むのは浴室で裸になって鏡を見たとき。

露出していた二の腕から手首までと、
アスファルトの照り返しを浴び続けた首下だけが焼けているのです。
おまけに首にはストラップの白い跡がくっきり。

ん〜・・・ライダーが絶滅危惧種となった理由も分かりますね。

こうして旅した真夏の西日本。
四国や九州から沖縄、八重山諸島まで、
なんともまぁ暑い旅でございました。

でも、そんな中で涼しかった思い出もあります。

あれはあまりの酷暑に辟易した天竜川沿い。
誰もいない山道でバイクを停め、
トランクス一丁になり、飛び込んだ清流の冷たさは今でも忘れられません。
そして河原の岩の上で大の字になっての甲羅干し。
自動車一台通り過ぎることもなく、聞こえてくるのは蝉しぐれだけ。

こうした水浴びを九州の南部でもやったことがあったなぁ・・・
あれは大隅半島の山中で道に迷った時のことだったけど、
なんという川だったんだろう?

そんな旅から25年以上が経ちましたが、
炎天下の野方の道を走っていると、
ふと、あの頃の旅が頭に浮かびます。

真夏の旅は、
僕の中でいつまでも終わらないのかもしれません。

えーじ
posted by ととら at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月17日

From two to four

「そのバインダー、見てもいいですか?」

archivebook.jpg

カウンターに立てかけてあるこの赤いバインダー、
ととら亭10年余の旅のメニューが集められています。
ある日のディナータイムで、
これを手に取ったのは二人の姉妹。

「あ、これ食べたよね?」
「うんうん、覚えてる」

これまでやった旅の料理の特集は42回。
僕たちにはそれぞれ、
取材の旅の思い出がぎゅっと詰まっていますが、
ととら亭という場で流れた時間は、
作り手側だけのものではありません。

姉妹が初めて来店したのは、
2010年の4月、お姉ちゃんの中学校入学式の帰りでした。
妹さんはまだあどけない小学生。
緊張して席についた姿を僕は今でも覚えています。

そして月日と共に成長していった彼女たちは、
いつしか『かわいらしい女の子』から、
『美しい女性』へと変わって行きました。

「これおいしかったなぁ」
「わたしはこっちが好きだったよ」

彼女たちはどんな思い出として、
かつて食べた料理を見ているのでしょうか。

10年前と同じ、和やかな家族のテーブル。

ワイングラスの数がふたつから4つに変わったことが、
この場にあって僕らとは違う、
もうひとつの時の流れだったのかもしれません。

それぞれの旅が、ここにもありました。

えーじ
posted by ととら at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月14日

免疫力を高めよう!

って、コロナウイルスに対する免疫力を上げるには、
今やっているレバノン料理とお酒がいい!
なんて言おうとしているんだろう?

違いますよ〜。
売り上げがイマイチでも、
そういう姑息なマーケティング戦略は使いません。
それに僕は医療に関して素人ですから。

にもかかわらず、このタイトルで始めたのは、
僕の専門でも免疫について語れることがあったからです。

それは『情報免疫』。

IT業界、
とりわけネットワークやセキュリティを担当していた経緯から、
インターネットを構成している各技術に信ぴょう性を期待しても、
それは四辻で悪魔に道を訊くようなものだと僕は悟りました。

ネットを流れる情報に真実や事実がないとまではいいませんけど、
それを特定することは極めて難しいんですよ。

だから僕はたとえ政府が発表したものでも、
額面通りに受け取ることはまずしません。

ふぅ〜ん・・・あっそぉ〜・・・って感じ。

ましてやSNSで飛び交う匿名の情報は、
トイレの落書きと同じレベルだと見なしています。
(つまり読まない)

実はこの疑り深い性格、仕事以前に身についたものなのです。

そのきっかけは旅。

特に海外を単独で旅していると、限られた情報をもとに、
重要な判断をその場でしなければならないことがよくあります。
そんなとき、怪しい話を真に受けて、いいことがあったためしがない。

たとえば初対面の相手がにっこり笑って、
「いいレートで両替しますぜ」とか「お得なホテルを紹介しますよ」
なんて言ってきたのに「わぁ〜、ホント!」ってついて行ったら・・・

どうなるか、お分かりになりますよね?

もちろんここでも本当のことを言っている人だっています。
しかし、先のネットの世界の話と同じく、
その場で真偽を見抜くのはとにかく難しい。

そんな『やられた!』ケースを積み重ねて身につけたのが、
今日、お話する『情報免疫』です。

まず、テレビやインターネットなどの媒体系の場合。

1.匿名の情報を判断材料に使わない。
  (どうせ役に立ちません、というより害になりますよ)

2.情報ソースを確認して発信者の利害とイデオロギーを嗅ぎ取る。
  (これでバイアスがある程度わかります。
   右派は左派が嫌いですし、その逆もまた然り。
   労使も基本的には対立しているものです。紛争を抱えた国家間もそう)

3.単一の情報だけで判断しない。
  (情報ソースのあきらかな、
   できれば利害の対立するソースの情報を突合して、
   浮かび上がる像に着目する)

4.情報確度を判断する。
  (ソースが経験を伝えている一次情報なのか、
   それとも伝聞を伝えている二次、三次情報なのか、
   それを判断することはとても大切です)

次に相手が目の前の人間だった場合。
基本的には媒体系とかぶりますけど、

1.相手の言っていることが、
  経験なのか、伝聞情報なのか、推測なのか、意見なのか、願望なのか、
  これを弁別しましょう。混同すると危険です。

2.ノンバ―バルなメッセージに着目します。
  嘘というのは基本的にコトバで出来ています。
  行動で嘘をつくことは詐欺師にも難しいですからね。
  そこで僕は相手の本質を行動から読み取るようにしています。
  
3.相手の本質を現在と未来ではなく過去から理解する。
  目の前の相手がよく分からない場合、明日の予定(願望、約束)ではなく、
  過去にやってきたこと(ファクト)から本質を求めます。
  暴君が一夜にして博愛主義者になることはまずありません。

そして情報免疫力を高める上で最も大切なのは、
繰り返し自己チェックプログラムを走らせること。
何より一番怪しいのは情報の受け手である自分自身なのですよ。
(特に僕の場合ね)
で、迷った時にやるべきチェックのポイントは、

1.情報と経験の区別はついているか?
  別の言い方をしますと、『思考』と『行動』を混同していないか?
  経験は行動の結果なんですよ。
  しかるに『思考』は『現実』とも違う。 でしょ?

2.判断基準にしている『価値観』は、本当に自分のものか?
  コピペした価値観を自分のオリジナルだと錯覚しているケースはとても多いです。
  マーケティングのテクニックは、これを逆手に取ったもの。
  星の数でホテルや飲食店を選ばせるのも同じ手口です。

3.自分自身のバイアスを認められているか?
  偏見と先入観から完全に開放されている人はまずいません。
  かくいう僕だって偏見のかたまりです。(イヤですけど・・・)
  でも、その傾向を理解していれば、落とし穴を回避できます。

いかがでしょう?
こうして情報免疫力を高めると、旅で役に立つだけではなく、
コロナ騒動も人災部分がだいぶなくなるんじゃないかな?
最近、恐ろしいのはウイルスより僕ら人間の方ですからね。

え? だから君の言っていることも疑ってる?

Good!!

えーじ

P.S.
ひとつ追記です。
ニュースはヘッドラインだけで『分かった』つもりにならないように。
報道機関も資本主義社会のお仕事のひとつなので、
買ってもらって、アクセスしてもらってなんぼで食べています。
そのベイト(餌)がヘッドライン。
刺激的でファッショナブルな表現であなたが食いつくのを待っています。
ですから本当に興味があるなら、
本文まで読んでみないと、とんでもない誤解をすることになりかねない。
これ、怪しい通信社だけではなく、ビッグネームも(公共放送ですら!)同じです。

posted by ととら at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月12日

アナクロ野郎を動かす力

「どうして旅に出ようと思うのですか?」

ある日のディナータイムで。
今どき珍しい20歳代男性の旅人の卵から、
そんな質問を頂きました。

む〜・・・ディープなことを訊くね。

ライダー、バックパッカーで旅を続けて35年余。
僕はなぜ旅を続けているのか?

そもそも僕にとって旅とは、手段でも目的でもない。
自分自身の『在り様』なのではないか?

そんな風に以前から感じていました。

そして今あらためて考えるに、
僕を旅へ突き動かす力とは、
たぶん、純粋な『好奇心』ではないかと思うんですよ。

だから国内を旅していた時も、日本100名山登破!
とか、全都道府県走破!
というスタンプラリー的な動機は、まったくありませんでした。

これはバックパッカーになってからも同じで、
マーケティング戦略として渡航国数をあげる時もありますけど、
世界一周! とか、世界遺産全制覇!
というのも実は興味ありません。

あの地平線の向こうに何があるのか?
誰がいるのか?

知ってどうこうなるというものではありませんが、
知ろうとせずにはいられない。

この延長線上に、ととら亭の仕事があるんですよ。

ギョーザやカツレツ、南蛮漬けなど、
料理の伝播ルートと起源探しで、
明確な答えに到達するのはおそらく不可能でしょう。
でも、旅を続けることで少しずつ見えてくるものがある。
(謎もまた増えてしまいますが・・・)

料理は食べてみなければ分からない。
それと同じように、
ここではない場所は行ってみなければ分からないし、
人もまた会ってみなければ分からない。

つまり僕は、情報化とは無縁の世界で、
自分を見つけてしまったのでしょうね。

えーじ
posted by ととら at 15:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月09日

ないないづくしの夏の旅

関東地方も長い梅雨が明け、
だいぶ遅れて夏本番となりました。
ここから1カ月半は厳しい暑さが続くと思うと、
げんなりしてきますね。

でも、僕らにとって、こんな時に思い出すのは夏の旅。

とりわけ沖縄から八重山諸島をオートバイで巡った旅は、
20年以上を隔てた今でも、
「米原キャンプ場を思い出すね」とか、
「公設市場で食べたソーキソバは絶品だったよ」なんて、
まるで先月行ったかのように話題に上ることがあります。

しかし、あの一か月半に渡る旅は、
皆さんの感覚からいうと考えられないものかもしれません。

お金を貯めて、仕事を辞めて、帰ってからのことはおろか、
明日のことすらまともに考えることなく出発してしまったのですから。

で、当然のことながら、懐具合はトホホにショボイ。
いくら持って行ったのか、もう忘れてしまいましたが、
移動手段はフェリーとオートバイ、
宿泊の3分の2がキャンプだったことからすると、
滞在中に使えた1日の平均予算は、
たぶん二人合わせて5,000円くらいだったかもしれません。
(いや・・・もうちょっと少なかったかも)

装備も1台のオートバイに積めるだけですから、
キャンプ道具のほかは着替えと文庫本、それにカメラくらい。
時代からして当然スマホもPCもなし。
あ、クレジットカードも持っていませんでした!

たまの贅沢が暑い日中に、
石垣島のモスバーガーでアイスコーヒーを飲むことだったな。

え? そのどこが贅沢なんだ?

いやいや、テント暮らしだとですね、
エアコンと冷たい飲み物は、ホント〜に貴重なんですよ。

ホットシャワーも贅沢品のひとつ。
普段はヒルの這うコンクリートの壁に囲まれた、
キャンプ場の水シャワーだけ。

とにかく、ないないづくしの夏の旅。

それでも、あんなに楽しかった旅はありませんでした。

美しい海。
雄大な夕陽。
夜空を覆う星の天幕。
そして、心やさしい旅人たち。

思えば、おカネこそありませんでしたけど、
僕らの旅に必要なものは、すべて揃っていたのです。

あれから20数年。
あの当時から比べれば、僕らはいろいろなモノを手に入れ、
銀行預金の残高だってずっと増えました。(当人比)

でもね、旅に必要なものは、あの頃と何も変わっていないんですよ。

言い換えると、
僕たちがハッピーでいるのに必要なものは、あんまりない。

ランチタイムが終わり、
照りつける太陽の下、アパートに向かって自転車をこぎながら、
僕は遥かなる南の島の道を思い出していました。

えーじ

P.S.
じゃあ〜ん! 本邦初公開写真です。

taketomi01.jpg
ともこ 28歳! ひっそりとした竹富島で。

ishigaki03.jpg
えーじ 35歳! よく見ると分かりますがロン毛です。
この通りの風体でしたので、
海外に行った時の機内や空港で日本人とは思われませんでした。
石垣島の平久保崎で。

yonehara01.jpg
1998年6月〜7月 石垣島の米原キャンプ場で。
右側のドームテントが『わが家』。
僕たちの旅の原点です。

ishigaki02.jpg
僕の愛車、フリート(BMW R100GS)と。
実家で眠っています。いつか復活させてやるぜ!
posted by ととら at 16:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月06日

Peace and safety for Lebanon!

いま特集しているのはレバノン料理。

営業中、「そもそもレバノンってどこですか?」
とよく訊かれるように、
日本では一般的に近しい国ではありません。

それでも昨今、
ゴーンさんの逃亡先として注目を集めましたが、
まもなく世界規模のコロナ騒動の影でかすんでしまい、
今年の3月にデフォルトを起こしたことですら、
ニュースの国際欄の片隅で報じられた程度。

深刻な不況と広がる経済格差。
構造化した政治腐敗。
南部でくすぶるイスラエルとの問題。
そしてパレスティナ難民の問題すら未解決のままなのに、
追い打ちをかけたシリア難民の流入・・・

たった岐阜県程度しかない小国家が背負うには、
重すぎる課題が山積するなかで、今度は大きな爆発がありました。

現場は僕らがトリポリ行きのバスに乗った、
シャールヘロウバスターミナルから北東500メートルくらいのところ。
何の変哲もない、ごちゃっとした港湾地区でしたが、
まさかあそこにあんな物騒なものがあったとは・・・

滞在中、治安状況を確認するたびに、異口同音で返ってきた、
「今日は問題ないけれど、明日はどうなるか分からない」
という言葉が頭をよぎります。

乏しいリソースで生活を守りつつも、
笑顔を忘れない、外国人の僕らにも親切だった人々。

一日も早く、この傷が癒えますように。

そして今の困難に取り組むプロセスが、
別の問題を乗り越える礎となることを願ってやみません。

Peace and safety for Lebanon!

えーじ
posted by ととら at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月04日

待ってくれた人

朝8時半。

僕が出勤する時に横切る本町通り商店街は、
よぉ〜く、注意しなければなりません。

と申しますのも、
開かずの踏切でストレスエナジーが120パーセントに充填された、
自転車、バイク、自動車が、
デススターに突入するXウイングよろしく、
幅4メートルの狭い道路でデッドヒートを繰り広げているからです。

その日の朝も、僕はいきなり渡り出すという自殺行為はせず、
そ〜っと路地から顔を出して、彼らが突撃してくる左側を見てみました。
(一方通行なんですよ)
すると・・・

お〜、来た来たぁ〜っ!

先陣を切って来たのは、いつものように原付バイクと自転車。

すごいね、あの立ちこぎチャリ、人力でもバイクと競ってる。
きっと彼はプロの競輪選手なんだ。

続くは自動車。
わずかに開けた車間距離に、微妙な間隔で自転車が入り込んでいますから、
さながらブルーインパルスの編隊飛行みたいです。

うん、見かけは学生さんやお母さんなんだけど、
もしかしたら航空自衛隊の精鋭パイロットなのかもしれない。

なぁんて、寝起きのぼ〜っとした頭で妄想していたら、
目の前の喧騒が突然、静寂に変わりました。

はっとわれに返ると、
白い軽自動車が停まってくれています。
そしてそれに同調した自転車やバイクも、
同じように停まってくれているじゃないですか。

軽自動車のフロントガラスが朝日を反射していて、
ドライバーは見えません。

僕が一礼して急いで道路を渡ると、
その途端、背後はまたデッドヒートが再開されました。

あのドライバーは、どんな人だったんだろう?

この通勤ルートを歩き始めてかれこれ8年半。
実は、ここで自動車が停まってくれたのは、これが初めてだったのです。

うん、今日はきっと何かいいことがあるぞ。

僕は爽やかな気持ちで、またお店に向かって歩き始めました。

えーじ
posted by ととら at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年08月01日

1300円からのスタート

今日は月初。

ランチタイムにレジを打った時、
さぁて、ここから今月の始まりだ、という気分になります。

前月の結果がどうであろうと、それはそれまでのこと。
今月もまたランチの価格の1300円が仕事上の第一歩なんですね。

飲食店のビジネスはある意味、小学生でも分かるシンプルなものでして、
ととら亭の場合、ランチの1300円からスタートし、
日々こつこつと売り上げを積み上げ、まず目指すのは損益分岐点。

これは家賃などの固定費と、
損益分岐点までを稼ぐための食材費や水光熱費などの、
変動費を合わせたもので、
単純に超えれば黒字、切れば赤字ということになります。

しかし実際のゴールはもうちょっと上でして、
先の数字に自分たちが生活するうえでの固定費、
たとえばアパートの家賃や健康保険税などと変動費の食費などが加わり、
その合計が正味の損益分岐点を決めます。

実はこの高さが、昨今のような厳しい経営環境下で、
生き残る最重要ポイントになっているのですよ。

つまり、正味の損益分岐点が低ければ低いほど生存率が上がり、
高ければ・・・ニュースをご覧の通り、というわけですね。

そう、皮肉にも、多くの人々に働く場を提供し、高い家賃を払い、
高額の税金を納めている、社会貢献度の高い店ほど、苦境に陥っている。

僕には、競争相手というより、同じ業界で生きるフェローとして、
他の経営者にいつもシンパシーを感じています。

損益分岐点を超えてすべての支払いが終わったとき、
ああ、今月も人さまに迷惑をかけずに済んだな、と胸をなでおろし、
正味の損益分岐点が見えたところで、
さぁ、あの向こうが自分の給料だ、と姿勢を正す。

同業者諸兄。

今月も厳しい戦いになりそうですが、
攻守を臨機応変に切り替えて、
達成感のある、ハッピーな月末を目指しましょう!

えーじ
posted by ととら at 15:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年07月31日

旅に出なくても旅

え? 
電気カラクリを使ったオンライントリップじゃありませんよ。
リアルでマジな旅です。

え? この状況で出かけるのか?

いや、もうとっくに出かけているんですよ。

え? いまどこにいるんだ?

もちろん野方です。

ずいぶん前にお話したかもしれませんが、
僕らにとって、ととら亭そのものがひとつの長い旅。
出発したのはたぶん、
独立に向けて具体的な行動を起こした2007年あたりじゃないかな?

あれからずっと、僕らの旅は続いています。
それもバックパッカーそのもの旅が。

ま、場所やルートにもよりますが、
この旅は何かとすんなり進みません。
とにかく次から次へとトラブルがやって来る。
ときには同時にじゃんじゃん起こることもある。

たとえば独立1周年を迎え、
やった〜っ!
と喜んでいた8日後にやって来たのが東日本大震災。
そしてその後に続く放射性物質騒動。

最近では独立10周年を迎え、
これまたやった〜っ!
と喜んでいた翌月に突入したコロナ騒動の営業自粛。
こりゃもう1年目とは比べものにならない10倍返しのインパクト!

それでも活路を見つけて前に進むのが、僕らの旅なのですよ。

来月3日(月)からまた、
21時オーダーストップで22時閉店の営業時間規制が始まります。

そしておそらく、いや、ほぼ確実に、
自粛と呼ばれる営業停止状態も近々やって来るでしょう。

それでも大丈夫。
慣れているんですよ、こういうの。

目的地に向かってルートと方法を検討する。
作戦を立案したら必要なタスクを漏れなくダブリなく洗い出す。
実行してプランAがスタックしたらプランBに切り替える。
プランBもスタックしたらプランCに切り替える。

地球の裏側にいても、野方にいても、
僕らの旅の基本は変わりません。

そして同じように変わらないのは、
その紆余曲折のプロセスを思いっきり楽しむこと。

旅ってのは、そういうもんじゃありません?

えーじ
posted by ととら at 14:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年07月29日

レバノン料理特集が始まります!

この2日間は旅のメニュー変えで僕も流行りの『在宅勤務』。

と言っても午前中は『出社』しているから半々かな?

こういう日の僕の生活リズムは、9時半頃お店に行って、
コーヒーを飲みながら読書とメディテーション。
11時頃からぼちぼち仕事を始めて13時がランチ。
そして肉労系を片付けたらアパートに戻ります。
ウェブ系やDTP系のお仕事はB5ノートPCじゃつらいですからね。
自宅のデスクトップPCに切り替えてやってるんですよ。

んが!

今回もお約束と申しますか、
早めにキャプションが書き終わってレイアウトもまとまり、
さぁ、前倒しで印刷だ!
と意気込んでA4プリンターの電源を入れたら、
見慣れぬタイミングで各種LEDが点滅し始めたじゃないですか!

・・・? こりゃなんだ?

そこで表示されたポップアップには、
『修理が必要なエラーが発生しました』とのメッセージが・・・

はぁ〜・・・せっかく早く終わると思ったのに。
仕方ない、プランBだ。

で、ポスター印刷用のA3プリンターに切り替えたんですが、
A4系印刷物は色味の調整が必要なので、
あれこれ試し刷りしているうちにどんどんロスタイムが伸びて、
結局こんな時間になってしまいました。

レバノン料理特集

今回は一挙にアンコールメニューも替える気合の入り振り。

で、食事以外は別行動のともこは、
どっぷりキッチンにこもって怒涛の仕込みです。

今日はその様子をお見せしましょうか。
あ、おっかないからこっそりちょびっとだけですよ。

makingkibbeh01.jpg

これ、製作途中のキッベです。
レシピは完成しているのですが、
これをイメージした生産ラインに乗せる詰めが難しい。
ゴルフのパターみたいなもんですな。
トレードオフの関係にある質と効率のバランスをどう取って解決するのか?
このへんはホント、職人技です。

で、気難しい職人ってのは、
往々にしてお天気屋さんでもあります。
ほら、仕事がうまく行った途端、

makingkibbeh02.jpg

ご覧の通り。
この笑顔からすると、
どうやら明日から問題なくスタートできそうですね。

乞うご期待!

えーじ
posted by ととら at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記