2025年11月09日

第27回取材旅行 その17

გამარჯობა! (ガマルジョバ(こんにちは!)
僕たちは一昨日の14時ごろ、
この旅10番目の渡航国ジョージアに入りました。
9月25日にポーランドのワルシャワを出発して以来、
東へ1400キロメートルほど進み、日本との時差は5時間に縮まっています。

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ジョージア側 アナログな両替屋が建ち並ぶサルピの国境

と、その前にトルコのゴールデンコースのお話をするべきなのですが、
あまりにもいろいろあり過ぎて時間が足りません。
そこでご存じの方も多いパムッカレとギョレメはスキップさせていただき、
因縁のアヴァノスのリベンジをお話しましょう。

これ、実は前回のリンクのはるか前、2007年に遡ります。
そう、拙著ギョーザ本の第1章、トルコ編エピソードのひとつなのですよ。
キノコ岩で知られるパシャバーから見えるアヴァノスまでの距離を見誤り、
荒野を歩きだしたのはいいものの、行けども行けども近付かない。
結局、1時間程度で着くつもりが、かかった時間は倍以上。
夕方に出発するローズバレーのツアーを申し込んでいた僕らは、
結局マントゥを食べただけで、アヴァノスからとんぼ返りとなったのでした。

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アヴァノスの街 このロータリーが2007年のゴールでした

しかし、今回は体調も良く、天候にも恵まれ、
しっかりこの街を味わうことができました。
また何より、丘の上から18年前に、
とことこ歩いた荒野を俯瞰したのは感慨深かったです。

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黄色の線が歩いたルート 若気の至りでございます

望遠レンズ越しにあの頃の僕らが見えるような気がしてね。
また、ギョレメの極端な変わりように比べて、
当時の面影を色濃く残すアヴァノスの素朴な表情が嬉しかったです。
まるで時間を遡って、あの時やり残したことができたような経験でした。

さて、そんな感傷にふける間もなく、
ギョレメに戻った僕らはホテルに預けたバックパックを受け取り、
バスで約1時間のカイセリオトガル(バスターミナル)へ。

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地方空港並みの巨大なバスターミナル

2019年の冬にはここから南東部の街、アダナへ向かいましたが、
今回の目的地はジョージアとの国境にほど近いホパ。
これが概ね920キロメートル先のかなたの上、
乗車時間は僕らの旅歴で最長となる16時間超!

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最短ではなく北回りで黒海沿いを走るルート

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夜行バスはホテル代が節約できますし、空いてきたので2シート独占・・・

しかしながら座っているだけとはいえ、
寝るのもご覧の状態ですから、ほとほと草臥れました。
ともあれ、ここでも弱音を吐いている暇はありません。
この日のゴールは国境を越えてその先にあるジョージアのバトゥミ。
それも必要な情報はネット上でもかなり薄い。
ホパのオトガルから先は、旅人の勘頼みの、ほぼ出たとこ勝負です。

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ホパのオトガル ほとんど満席で出発したバスも、
ここで下りた乗客は僕たちを含めてたった4人 お出迎えは大きな野良犬たち

まずはトルコ側の国境の街、サルプまでどうやって行くか?
未確認情報ではドルムシュ(ミニバス)が、どこかから出ているそうな。
しかし、その「どこか」がどこかわかりません。
で、そんなときはどうするか?
Googleで検索? AIに聞く? 違います。
現場で人に聞くのです。それもたどり着くまで何人でも。

とは言ったもののトルコもここまでくると、ほとんど英語が通じない。
なるべく若い人に聞いても反応はかなりビミョー。
そうなったら相手のわかる単語を並べてシンプルに行きましょう。
ニカっと笑顔(これが大切)を浮かべ「メルハバ! ドルムシュ、サルプ?」
こうして陸橋下のドルムシュだまりにたどり着き、
ようやくサルプ行きの車を見つけました。

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ホパのドルムシュ乗り場
呼び込みの声 ケバブの臭い うろつく野良犬 クラクションの音

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ホパから約20分先にある、雑然としたサルプのトルコ側イミグレ前
陸路の国境って独特なムードなのですよ

ラッキーだったのはトルコ出国、ジョージア入国ともにスムーズだったこと。
税関もイージーなX線スキャンだけで「ようこそ!」。
またジョージアの通貨ラリが税関にあったATMで、
さらっとゲットできたのも助かりました。
それも手数料はたった6ラリ(約340円)で。
ヨーロッパでは法外な手数料(4万円分引き出して8000円とか!)
を要求されましたからね。

で、最後はジョージアイミグレの間に待機していたマルシュルートカの料金交渉。
(旧ソビエト圏の国々で使われているミニバスの呼称。旅人の通称はマルシュ
 内容、システムともにドルムシュと同じ)
バトゥミの中心までは約8キロほど。それがたったひとり2ラリでした。
立ち乗りぎゅうぎゅうで庶民感満点。

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ジョージアらしからぬ街のバトゥミ 外資が流れ込み、経済特区状態だそうな

明けて今日も再びマルシュ乗り場探しで、すったもんだがありましたが、
(特別な建物があるわけではなく、ただの路上なんですよ)
軽くリカバーしつつ、僕らは次の取材地のクタイシへ。

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ドルムシュ、マルシュはこんな感じ みんなでこの狭い空間をシェアします

この5日間、夜行2本を含むハードな移動と、
たくさんのタスクをこなしましたので、今日の午前中はオフです。
そして明日は再びマルシュに乗り、いよいよ11年ぶりのトビリシへ。
ずいぶん変わったらしいですよ。でも、その変化が楽しみです。

to be continued...

えーじ

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バトゥミの港から眺めた黒海の朝焼け 水がすごくきれいでした
posted by ととら at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2025年11月06日

「自由な旅のレシピ」第10回(上)がアップ!

日本を出発して1か月半が経ちました。
ここまでは割合スムーズに進んでいます。

とはいえ、それは「トラブルの定義」にもよりますけどね。
たぶんトラブル慣れしてしまって、
釣銭をちょろまかされた、
国境警察にカメラをしまっているのを、
逆に撮影していると勘違いされて警告された、
青空カフェでのんびりしていたら小鳥に「爆撃」された、
程度は、「よくあること」と考えてカウントしませんから。

ともあれ、慣れるといっても、
必ず僕らのように「うげ〜っ!」って経験を積み上げなければならない、
というわけではありません。
そこで今回はなるべく「楽に慣れる」方法をお話したいと思います。

かもめの本棚online「自由な旅のレシピ」
第10回(上) 旅のトラブルシューティング 〜選ぶ〜

最高のトラブルシューティングテクニックとは何か?
個人旅行をしてみたいけど「何かあったらどうしよう・・・」
と心配されている方はぜひご一読を!

えーじ
posted by ととら at 05:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2025年11月04日

第27回取材旅行 その16

東西に長いアナトリア半島。
そこで僕らは西から東へ向かっているわけですが、
せっかくですから、1度くらい、
トルコ旅行のゴールデンコースをやってみよう!

というわけで、スタートのチェシュメと次のイズミルはともかく、
セルチェクではエフェソス遺跡を訪れ、
そして今日はパムッカレの足掛かりとなるデニズリに到着しました。

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しかしコースこそ同じとはいえ、移動手段はちと違うかもしれません。
一般的にはチャーターしたツアーバスかな?
その点、僕らはコスト最優先ですので、
まずイズミールからはトルコで初めて乗る鉄道です。

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イズミールのバスマネ駅

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普通列車の車内 なんと全部指定席

これが席も広くけっこう快適でした。
加えて1時間半も乗ったのに、料金は二人合わせて185リラ(約700円)!

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セルチュクでは到着早々ラブリーなローカルガールたちと出会い

セルチュク駅は場所も使い勝手も良く、すぐ目の前が目抜き通りの繁華街。
僕らが到着した土曜日は市が立ち、地方都市とは思えない盛り上がりでした。

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いやはや主客転倒かもしれませんが、
小さいながらもセルチュクの街は実に中身が濃く、
エフェソス遺跡を別にしても十分楽しめるところではないですか。

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雰囲気のいい飲食店が並ぶ駅前の繁華街

もちろん広大な遺跡も素晴らしい。

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アルテミス神殿跡からセルチュク城塞を臨む 夕暮れのひととき

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遺跡の中心となるケルスス図書館

しかし、アトラクションで見た、
往時のエフェソスの再現CGにはちょっと考えさせられました。
途中、英華を誇っていたころのシーンで、
こんなナレーションが流れたのですよ。

「エフェソスの人口の半分は奴隷。
 エフェソス人が働くわけありませんからね」

エフェソスが栄えたのは紀元前400年ごろ。
しかし、歴史は繰り返すと申しますか、
イヤな仕事を他人に押し付けるだけではなく、
労働そのものから逃れようとする傾向は、
2400年以上が経った今でも変わらないのですね。

そういえば、いつぞや20歳代の方とこんな話をしたことがあります。

「おカネはゼロだと困ってしまうけど、
 あればいいってもんじゃないと思わないかい?」
「何でですか?」
「おカネは手段であって目的ではないだろう?
 だから目的があって、初めて意味のあるものになるんだよ」
「はぁ・・・」
「たとえば突然10億円が転がり込んでもしょうがない」
「え! 僕は欲しいですよ!」
「じゃ、君はそれを使って何をするんだい?」
「そうっすね・・・えっと・・・」
「・・・?」
「えっと・・・おもしろおかしく生きていきます!」

民衆が求めるのは「パンとサーカス」・・・か。

エフェソス遺跡には、アレキサンドリアに並ぶ、
かつての世界三大図書館の一つ、ケルスス図書館がありますけど、
その正面には娼館があったのですよ。
人ごみを離れて小さく仕切られた部屋を通り抜けていたら、
往時の人々の声が聞こえたような気がしました。
「科学や技術は進歩する。しかし、人間の本質は変わらない」

っと、固い話はこれくらいにして、ここでも取材はやってますよ。
掘り出し物はこれ。

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ベイヤン

もともとはルコ南東部、ギュザンティップ発祥といわれる、
ピリ辛で濃厚なヒツジのスープ。
ガーリックも効いていてガツンと来る一品です。
トルコ料理は一般的にマイルドなので、
アダナケバブと並び、ベイヤンはちょっと異色の存在ですね。
今回のルートには入っていませんが、
いつかギュザンティップにも行ってみたいと思いました。

さて、明日はお約束のパムッカレを訪れ、
19時頃にデニズリオトガルに戻って夕食。
その後、夜行バスでカッパドキアの入り口、
カイセリオトガルへ向かいます。
このルート、実は2019年のリベンジなのですよ。
今度は二人そろって万全の体調で行かねば。
詳しくはこちらを → 第17回取材旅行番外編 その2

to be continued...

えーじ

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取材の合間に路肩のチャイハネで やっぱりトルコはチャイですね
posted by ととら at 05:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2025年11月01日

第27回取材旅行 その15

Merhaba!(メルハバ(こんにちは!)
僕らは一昨日の午前中、ギリシャのキオス島から、
対岸に位置するトルコのチェシュメに小型フェリーで到着しました。

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こんな船で約45分の航路 雲ひとつない快晴の朝に出港しました

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今回の旅で9番目の国、トルコに上陸

奇しくも当日はトルコの建国記念日にあたる「共和国記念日」。
短い乗船時間でしたが、
海上の国境線を越えたあたりでトルコ語のアナウンスがあり、
「何だろ?」と思っていたら、乗客乗員そろって拍手!
目が点の僕らをしり目に次は勇ましい軍歌調の曲が流れるや、
みんなで手拍子しながらの大合唱が始まったではないですか。
そこで僕らも合わせて手拍子参加。
すると前の席に座っていたお兄さんが振り返り、

「日本の方ですよね?」
「え? なんでわかりました?」
「僕はターキッシュエアラインズのキャビンクルーなんですよ。
 イスタンブール、東京便に乗務していたことがあるので、
 日本の方は見ただけでわかります」

いいですね、国境を越えた途端にこの盛り上がり。
そして、この温かい雰囲気にトルコ人気質を感じました。

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小さなチェシュメ港 左端の平屋がイミグレーションの建物
この国境越えはギリシャ出国、トルコ入国ともにあっさりスルー

チェシュメは小さな港町。夏は海水浴客で賑わうそうですが、
シーズンオフの10月下旬はこうした祭日を除くと静かなようです。

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祝日でそこかしこにトルコ国旗と
ハンサムな建国の父、ムスタファ・ケマル・アタテュルクの肖像が

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チェシュメの繁華街には大勢の人が繰り出していました

EU圏でギリシャは物価が安い方ですが、
トルコに入ったとたん、さらにがくんと落ちました。
たとえばここで泊まったホテル、
ダブルできれいな部屋が1泊二人で約4,700円です。
昨秋の西欧での大散財が噓のよう。
いちばん泣けたのがダブリンのホステル(ホテルより格下)に、
一泊35,000円で泊まらざるを得なかったこと。

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中東でよくあるシンプルなホテル

トルコは日本以上にインフレで苦しんでいるとはいえ、
それでも大衆食堂のロカンタに行けばお腹いっぱい食べても、

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写っている料理と飲み物全部を合わせて約2,000円くらいです。
しかもすんごくおいしいし。パンだって食べ放題。

さて、僕らがいま滞在しているのは、
チェシュメから東へ80キロメートルほど離れたイズミル。
移動はバスで1時間半ほどでした。

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チェシュメの街はずれにあるオトガル(バスターミナル)

ところが到着直前にちょっとサプライズ。
終点はイズミルオトガルと思っていたのですが、
マップ上はそこまでまだ10キロ近くあるところでバスが停まり、
乗客がぞろぞろ降りだしたじゃないですか。
そしてドライバーさんは僕らに「終点だよ」とな?

で、放り出されたのはいいのですけど、
当然、「ここどこ?」ってなりますよね?
周囲を見渡すと運よく地下鉄のサインがあり、駅名はFahrettin Altay。
とりあえず改札まで行ってみれば、これはM1線で、
僕らの目的地İzmir Basmaneまで行くのがわかりました。
問題は乗り方で、1回券は売っておらず、イスタンブール同様、
損した感むんむんのメトロカードを買わねばなりません。
しかし、この不評にようやく行政が重い腰を上げたのか、
クレカのタッチで乗れるようになっていました。
(そういえば日本はまだね?)
おかげでプランBはプランAのショートカットになり、
僕らは予定より早く次のホテルにチェックインできたのです。

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イズミルはチェシュメ以上に大きな港町

次なるミッションが軍資金のゲット。
通常の海外旅行であれば、ほとんどクレカで決済しますよね?
しかし数か月に及ぶ旅でこれをやると、
ブラックカードユーザーでもない限り、
カードの上限に引っかかってしまいます。
また、まだまだキャッシュしか使えないケースも珍しくないので、
僕らは支払方法を分散し、クレカにデビットカードと、
ATMで自分の口座から現地通貨の引き出し、
そして米ドルと日本円からの両替の4本立てで支払いをしているのです。

ここで難しいのがATMからの現地通貨引き出し。
EU圏では最近べらぼうな手数料を取る銀行が増えておりまして。
10パーセントを超えることも当たり前。
さらに設定されている為替レートは相場を無視した涙もの。
極悪な例だと20パーセント以上持って行かれます。
コンバージョンを拒否することで、
ある程度まっとうな引き出しに持ち込めるケースもありますが、
しばしばトランザクションエラーと偽って、
この対抗策を拒否してくるケースがありまして。
今回も比較的評判のいいHalkbankやZiraat BankasıのATMを試すも、
「ブルータス、お前もか!」の状態。
そこで両替屋に行ったら日本円に対応していたので、
米ドルは温存し、日本円をトルコリラに替えました。
最近また円安が進んでいますけど、そんな為替の微々たる影響より、
ATMの手数料の方がはるかに深刻なのですよ。

こうして準備が整った僕らが突撃したのがイズミールの旧市街。
ここはイスタンブールのエジプシャンバザール脇のごちゃごちゃした部分と、
グランバザールを合体させて、さらに巨大化させたようなところ。
モロッコのマラケシュのメディナ同様、
一足踏み入れたが最後、すぐどこにいるか分からなくなります。
しかし、それがおもしろい。

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さまざまな業種が集まっており、ここで生活用品のすべてが揃います

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威勢のいい声が飛び交う生鮮売り場

足の向くまま、気の向くまま探検し、
疲れたらお洒落なカフェでチャイかトルココーヒーで休憩。

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ケバブのいい匂いが漂い、おいしそうな飲食店もたくさんあります。
おっと、取材も忘れちゃいませんよ。市場で食材を調べた後は、これです。

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イスミルといえば、ととら亭でも紹介したことのあるイズミルキョフテ。
なんですが、ここでサプライズの第2弾。
探しても探してもないんですよ、これをやっている店が。
トルコではかつてアダナでアダナケバブ、ブルサでイスケンデルケバブ、
カイセリで極小サイズのマントゥと、
それぞれ発祥地で食べ比べながら現物確認をやっていましたが、
なぜか料理名に地域名を冠したイズミルキョフテが、
イズミルのどの飲食店でもメニューにない。

そこでお店の人に聞いてみると、なぜか皆さん、ばつの悪い表情になり、
「あ、ああ、それは今日ありません」とか、
「キョフテ・ギュヴェチ(鍋焼きキョフテ)にジャガイモを入れたら同じだよ」
などと気のない答え。

なぜだ?

と調べて驚きました。
この料理、イズミルがかつてギリシャ人の都市スミュルナだった時代に、
ギリシャ人やアルメニア人などトルコ人以外によって考案され、
それがトルコ各地に地方料理として拡散。
しかし、希土戦争の結果、大規模な住民交換でトルコ人以外がこの地を去り、
外国人への反感から現地では料理まで消えてしまった、との説が。

この経緯、実は僕も以前から知っており、どちらが元祖かは別として、
ギリシャで昨年、イズミル(地名)・キョフテ(ミートボール)の別名である、
スミュルナ(地名)・スズカキヤ(ミートボール)を調べていたのです。
ところがイスタンブールやアダナなど、
他の街のロカンタでは定番となっているにもかかわらず、
まさか発祥地でほぼ消滅しているとは思いませんでした。

そこで足を棒にしてようやく見つけたのが先の写真の一品。
雰囲気のいい老舗のロカンタで、味も素晴らしかったのですが、
この経緯を考えながら食べていたら、微妙な気分になりました。
そう、料理って、文化であり、歴史そのものなんですよ。
たとえそれが悲しいものであってもね。

さて、明日はトルコで初めて鉄道に乗り、
エフェソス遺跡に近いセルチュクに移動します。
ああ、11月に入ったんだなぁ・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 04:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2025年10月29日

第27回取材旅行 その14

Καλημέρα!(カリメーラ(おはようございます)
僕らは昨日の20時にギリシャのピレウス港を夜行フェリーで出発し、

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狭い港内でフェリーが行き交うピレウス港

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一番安い切符は・・・ご覧のとおり
でもBlue Star Ferryは快適でした 売店も充実

「定刻どおり」朝の4時半、キオス島の港に放り出されました。

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方やご覧のとおりのキオス港
未明に開いていたのは写真左の2軒のカフェだけ

定刻どおり・・・といってもねぇ。
こんな時間じゃホテルにチェックインできないし、
フル装備のバックパックを背負って観光ってわけにもいきません。
そこで取りあえずカフェに入って朝食を。

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ここのコーヒーとチーズパイは実においしかった!
バリスタは70歳超えの女性
てきぱきした動きが圧巻 見習いたい

ほんと、困るんですよ。こういうわけのわからない時間に到着すると。
空港なら雨風をしのげますし、安全に仮眠をとることだってできます。
しかし、まだ暗い早朝の港でポイっとされちゃ、どうしようもない。
それでもいいことだってあります。

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たとえば、こんな朝焼けが見れたりね。
ギリシャは都合4回目ですけど、実は皆さんと違って島を訪れるのは初めて。
なるほどいいものですね。
それもサントリーニ島のようなビッグネームではなく、
シーズンオフにキオス島ってどこの国? みたいなマイナーな島に来るのも。

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岩山を背景に古い街並みと青い海

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遺跡を改造した風車

今日はギリシャの祝日(オヒ・デー(参戦記念日)。
それにあやかったわけではありませんが、
実は僕らにとってもお祝いなんですよ。それは・・・

ヨーロッパ横断完了記念日!

そう、昨年から始めたユーラシア大陸横断の旅。
パート1がヨーロッパの横断で次が中東からアジア・・・
のはずが、何かとつまずいてパート2のスタートはポーランドに。
そんなわけで今回、ギリシャの東の外れ、
キオス島がヨーロッパのゴールなんですよ。

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海の向こうに見えるのはトルコ 小型フェリーでたった40分の距離

今日はヨーロッパの最終日。
うまく言葉にできませんが、やっぱり感じ入るものがありますね。
仕事の成果だけではなく、ただの旅人として、
すばらしい経験になりましたから。

もちろん楽しいことばかりではありません。
手間と努力の甲斐なく、
「なんじゃこりゃ〜っ!」な目に遭うのもよくあることですし。
しかし、困難でも未経験なテーマにチャレンジしたからこそ、
今の達成感と感動があるようにも思えます。

去年の夏、スペインのアルヘシラスから始まった、
ヨーロッパ横断を振り返り、
素朴に思えるのは、「やってよかった」ということ。

ああ、単純過ぎるかもしれません。
でも、そのとおりなんですよ。
旅人ってのは、そういう生き物ですから。

さて、明日は8時のフェリーで対岸のトルコ領、チェシュメに渡ります。
新しい旅の始まり。
見たこともない世界に踏み込んでみましょう。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 05:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2025年10月26日

第27回取材旅行 その13

Merhaba!(メルハバ(こんにちは!)

え、挨拶が間違ってる? いや、これでいいのです。
キプロスを南北に分断するグリーンラインの南側はギリシャ系ですが、
北側はトルコ系のテリトリー。
そう、キプロスは紛争当事国なのでした。
しかもこの深刻な問題は、未だ解決の目途が立っていません。
かいつまんで説明しますと、

1.4〜12世紀のビザンツ帝国時代、
  キプロスにギリシャ正教が広まり、住民の大半がギリシャ系に。

2.16世紀後半、オスマン帝国がキプロスを征服。
  トルコ人の入植がはじまる。

3.19世紀後半、オスマン帝国が衰退。

4,1925年 キプロスがイギリスの植民地となる。

5.1930〜50年、ギリシャ系がギリシャとの統一を要求し、トルコ系と衝突。

6.1974年 ギリシャ系がクーデターにより統一を試みるが、
  トルコ軍が北部へ侵攻し、国土の約4割を掌握する。

7.1983年 北部が「北キプロス・トルコ共和国」として独立を宣言。
  しかし、承認したのはトルコのみ。

こうした経緯からグリーンライン(緩衝地帯)で南北が分断され、
以後、国連による統一交渉が繰り返されるも、進展はいまだ見られず。

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南キプロスにあるホテルの屋上から見た北キプロスの旧市街
公式ルートなら入ることはできますが宿泊はできません
バレるとEUに戻れなくなるかも

それでもグリーンラインの一部に相互通行ができるチェックポイントが作られ、
条件付きで人の行き来ができるようになりました。

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ラドロ通り北端にある南キプロス側のチェックポイント

南側から行きますと、最初に南キプロス側でパスポートチェックが行われ、
20メートルほどの緩衝地帯(国連軍がひっそりと監視している)を歩くと、
北キプロス側のパスポートチェックがあります。
公式には国境ではありませんから、パスポートもスキャンされるだけ。

たった、50メートルほどを歩くだけでも、
双方の立場とメンタリティの違いが肌で感じられます。
そう、比較的柔和な南とピリピリした北。
(チェックポイントの撮影も北は厳禁です)
しかし、この異様な空間を抜けると、突然ムードはトルコ一色に。

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チェックポイントを抜けて30メートルも歩けばご覧のとおり

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街並みの雰囲気が南とはがらっと変わります。

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アート感覚は北にもあり、こんなゴッホの警鐘的ウォールアートも
ん〜、トルコ人にもゴッホの人生に興味を持つ人がいるのですね
この絵の意味、わかります? ヒントはゴッホが持つ酒瓶のラベルに

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小隊宿跡を使ったお洒落なミニアーケード、ビュユック・ハンも美しい

通貨も当然、ユーロではなくトルコリラになります。
(ユーロも実質上流通していますけどね)
街行く住民の表情にも緊張感は読み取れません。
このコントラストが印象的でした。

ユニークなのがランドマークにもなっているセリミエ・ジャーミー。

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これがご覧のとおり、もともとキリスト教の聖ソフィア大聖堂だった建物に、
ミナレットを増設し、内部の祭壇を取り壊してがらんどうにした、
ハイブリッドなモスク。
そういう意味ではイスタンブールのアヤソフィアやブルーモスクも同じ。
もともとはビザンツ時代に建てられたギリシャ正教の教会ですからね。
ただ、レフコシアの教会はゴシック様式だったので、
より教会っぽさが際立っています。
場所によっては偶像として削り取られるはずのレリーフも残っていたりして。

そうそう、ここでの僕らのミッションはこれ。

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Pirohu

そう、ここにもギョーザがあったのですよ、それもマントゥではなく、
その名もピロフ! ここで「えっ?!」となったあなたはギョーザ通。
この名はスロバキアのピロヒーとそっくりではないですか。
そこで置いてある店を北キプロスで探し出し、食べてさらにびっくり。
名前こそ似ていますが、モノはほとんど共通点がありませんでした。
要約しますと、カッテージチーズを包んだ小型のラビオリを茹で、
ヨーグルトとモッツレラチーズに似た、
ハルオーミをシュレッドして振りかけたもの。
いったいどこでどう伝わり、ここまでレシピが変化したのか、
今のところ皆目見当がつきません。
いやはや、また宿題をもらっちゃいましたね。

そんな取材をしつつ、日常的には旅に出て1か月。
そろそろ散髪しなければ。
というわけで行ってまいりました、ホテルの裏通りにあったバーバー。

barber_cy.jpg

気のいいギリシャ系のおじさん二人が切り盛りしていて、
ローカル色もご覧のとおり。
主にバリカンを使って25分で仕上げる早業です。
お代は12ユーロ(約2,100円)。さっぱりしました。

さて、今日の昼前、
レフコシアから空港にほど近いラルナカに移動しました。
ここで、またしても災い転じて福となす。
投宿したのはリゾートホテルの安い部屋で、
14時のチェックインに合わせて行ってみると、

「たいへん申し訳ございません。
 本日大変混みあっておりまして、
 まだお部屋の準備ができておりません」
「おやおや。で、僕らはどうすればいいですか?」
「ロビーで今しばらくお待ちいただけますでしょうか?」
「ああ、構いませんよ」

と僕らの旅ではトラブルに入らないレベルのことだったのですが、

「お待ちいただく間、お飲み物はいかがでしょうか?」
「え? あ、そうですか、では・・・」

安い客なのにかたじけないねぇ、
ウェルカムドリンクまで頂いちゃって・・・

そしてさらに20分ほど待っていると、

「あと15分お待ちいただけますでしょうか?
 お詫びにより良いお部屋をご用意いたしますので」

そうして部屋まで行ってみると、

「見て見て、すご〜いっ!」
「うひゃ〜、オーシャンビューの部屋じゃん」

beach_cy.jpg
窓の外にはこんな光景が 青いエーゲ海がまぶしい

40分程度のチェックイン待ちにしては、たいへんなご褒美でした。
昨日まで泊まっていた部屋の3倍くらいの広さがあるし。
さらにラルナカでは天気に恵まれ、ソルトレイクまで足を延ばしたら、
なんと広大な大塩湖が僕らだけの貸し切り!

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波のように見える大地は乾いた塩です

なんでこんな素晴らしいところに誰も来ないんだろう?
ここで僕らは大塩湖に沈む夕日をぼ〜っと見るという、
おカネでは買えない贅沢な時間を楽しんだのでありました。

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さぁ、ここで英気を養ったら、明日はギリシャに戻り、
ピレウスから夜行フェリーでキオス島に向かいます。
そこて対岸のチェシュメに渡ればもうトルコ。
昨年から始めたヨーロッパの横断が終わり、
いよいよ難易度の上がる中東に入ります。
だんだん盛り上がってきました。
気合を入れて行かねば!

to be continued...

えーじ

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ラルナカのビーチで (水着を持ってくればよかった!)
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2025年10月24日

第27回取材旅行 その12

Γειά σας! (ヤーサス(こんにちは!)

日本を出て1か月。僕らは一昨日の昼過ぎ、
予定どおりキプロスの首都レフコシアに到着しました。

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お世話になったのはAegean Airlines(エーゲ航空)

気温はぐっと上がって最高が30度、最低は19度。
日中は汗ばむ陽気ですが、
湿度が低いので日陰にいると気持ちがいいです。

ここまでの移動は、まぁ、スムーズ・・・だったかな?
ちょっとしたハプニングは、
イミグレが混んでいて1時間くらいかかったことと、
(プラス、バゲッジクレームのターンテーブルがもう止まっていて、
 到着便の表示も消え、
 僕らの哀れなバックパックが床に転がされてたこと)
ラルナカ空港から出たシャトルバスの終点が、
街の中心から4キロくらい離れており、
CABCYなる配車アプリでタクシーを呼ぶも、
例によって「割に合わないからイヤ」と無視されたくらい。
これまたよくあることなので、
ターミナルのおじさんにバス停の場所と、
中央ターミナル行きバスの系統番号を聞き出してリカバー。
ホテルは運よくバスターミナルの目の前でした。

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日本に例えるなら八重洲に相当するソロムウバスターミナル
平日にもかかわらず人はまばら

キプロスはEU諸国の中でも特異な存在で、
詳しくはまたあらためてお話しますが、
四国の半分ほどの国土に東京都民の約1/10が住む小さな島国です。
通貨は基本的にユーロ。
シェンゲン協定には参加していないので、
ギリシャとキプロスの間にはパスポートコントロールがありました。

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ホテルの屋上から見た新市街 東京に例えると新宿? にしては・・・

初めて訪れる国は新鮮ですね。
ラルナカ国際空港は日本の地方空港くらいの規模。
そこからシャトルバスで1時間ほど内陸部を北上したところに、
首都のレフコシア(ニコシア)があります。
ここでバスを降りた最初の印象は、

移民が多い!

とにかく意外だったのは、
人口の約7割がギリシャ系といわれているにもかかわらず、
街の雰囲気はその直前までいたテッサロニキとはまるで違っていたこと。

移民の多さは今回、ここまで回った8か国のなかでも断トツです。
ソロムウバスターミナル周辺で目にする人々の9割は、
アフリカ、中東、南西アジア、東南アジアから来た人々。
とりわけ目立つのがインド系で、
たぶん一時キプロスはイギリス領だった経緯から、
入国しやすいのかもしれません。

となると、中東の産油国と同じく、
移民による移民のための店が街を形作り始めるのがお約束。
バスターミナル周辺のミニマートやバーバーは、
ほとんどが南西アジア、東南アジア系の人の経営のよう。

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ホテルの近くのミニマートでミネラルウォーターを調達中

そうした特異な雰囲気も、
繁華街のレドラス通りに入ると突然変わります。

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観光の中心となるレドラス通りの歩行者天国

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裏通りにはギリシャ正教の教会 雲一つない青空がまぶしい!
広場の周りには老舗のカフェやレストランも

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閉店後のシャッターにもアートな感覚が
日本って東洋の美の象徴なのかしらん?

外資企業のショップやお洒落なレストラン、カフェなどが立ち並び、
観光客がオフシーズンでもたくさん歩いているではないですか。
ところが裏通りとの共通点がひとつ。
それは空きテナントの多さ。はっきりいってすごい数です。

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こうした場所が至るところに

旧市街の裏通りも合わせると、6割以上が空いているとの数字も、
あながち眉唾ではなさそうですね。
しかも、ここ数か月の間にこうなったわけではなく、
テナント内の荒廃した様子からすると、
少なくとも2〜3年は経っているように見えます。

また、住宅地に入ると空き家を通り越した廃屋も多く、
これが首都の中心だと思うと、微妙な気分になりました。
しかし、なぜかゼネラルインフォの経済指標は悪くありません。
実際、道路状態はモルドバやボスニア・ヘルツェゴビナのように、
荒れ放題ではなく、むしろ旧市街城壁沿いに作られた公園などを見ると、
景気がいいのかな? という印象すら持てなくもないのですよ。
このギャップ、実は根の深い話のようなので、
これまたあらためてお話しますね。

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ホテルのベランダから見下ろした城壁跡の公園

さて、レフコシアでも到着早々取材開始。
基本的に料理はギリシャと共通しているのですが、
微妙なローカライズが見受けられます。

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まずはセフタリエス。
ブタの網脂でブタやヒツジのざっくり刻んだ肉を包み、
炭火でこんがり焼き上げたソーセージ。
香ばしい肉のうまみがじわっと味わえます。
レフコシアではこうした焼き物のレストランがそこかしこにあり、
繁忙時は煙がぼうぼうのところも。ん〜、いい匂い!

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もうひとつがラムを大鍋でじっくり煮込んだクレフティコ。
とろけるように柔らかいラムと凝縮されたワインの煮汁が完璧に調和し、
この店の場合はポテトとブルグルの絶妙なわき役が相まって、
まさに「来て、食べて良かった!」な味に。
特にこの気負いのない盛り付けは家庭料理風だそうで、
ローカルの支持が多いのも頷けます。

そしてお約束のホテル紹介。
今回はバスターミナルに面したオールドファッションなここ。

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左の4階建てのビル 僕らの部屋は4階の右端
エレベーター? そんな素敵なものはありません

かなり年季の入った建物ですけど、掃除が行き届いており、
スタッフもラブリーで居心地最高!
屋上に上がれば景色がいいし、静かで夜はゆっくり休めました。
やっぱり流行りの無人型より、こういうところの方が好きだなぁ。

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全体を入れるため超広角レンズで撮ってます
かなり広そうですが実際は13平米くらい

なんとも盛りだくさんのキプロス。
次回は紛争当事国としてのダークサイドをお話しましょう。
小さな島国でも事情はとても複雑なのですよ。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2025年10月21日

第27回取材旅行 その11

Γειά σας! (ヤーサス(こんにちは!)
僕らは一昨日の14時ごろギリシャのテッサロニキに着きました。
ランチがだいぶ遅くなってしまったので、
ホテルにチェックインしたときにはもう腹ペコ。

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1年ぶりにテッサロニキ駅横のバスターミナルに到着

と申しますのも、ギリシャ国境でちょいともめごとがあり、
予定より1時間ほど遅れてしまったのですよ。
あ、トラブルは幸い僕らではなく、
同じ国際バスに乗っていた30歳くらいの女性。
本来の入国手続きは簡単で、ドライバーが全員のパスポートを集め、
イミグレまで持って行って一括処理だったのですが、
途中で彼女に呼び出しがかかりまして。

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北マケドニア、ギリシャ国境のギリシャ側イミグレ

ありゃ〜、引っかかったか。と、悟った時点で僕らは諦め顔。
なぜならバスの同乗者はこうした場合、一蓮托生ですからね。
こうして待つこと10分、20分、30分・・・それでも彼女は戻って来ません。
しびれを切らせたドライバーがイミグレまで行くも、
うかない表情でひとり戻ってきただけ。
結局、50分を経過したあたりで「あ、戻ってきた!」と思ったら、
彼女はラゲッジスペースからトランクを取り出しています。
あ〜・・かわいそうに・・・
そう、彼女を残してバスは出発することになったのです。
何らかの事情でEUへの入国を拒否されたのでしょう。
ま、国境や検問では、こういうことがしばしばあるのですよ。

さて、国境を越えたらテッサロニキまで約1時間の道のり。
9月25日のポーランドから始まり、
ずっと内陸部を南下し続けていた僕らにとって、
この旅最初の海の風景は新鮮でした。

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トリゴニオンタワーから望むギリシャ第2の都市テッサロニキ市街

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街の南に広がるエーゲ海

ここまで24日間、
バルカン半島東ルートの縦断が終わり、まもなく中東エリアに入ります。
僕らにとってギリシャはヨーロッパの東の出口なのですよ。
そして3度目となるテッサロニキもまた今回は感無量。
2017年の1回目は日程が厳しく、1泊2日しかできませんでした。
そのリベンジを! と意気込んで訪れた昨年の10月下旬も、
何と、おり悪くテッサロニキ映画祭とバッティングし、
市内のホテルは僕らが泊まれない超高級を除いて満室。
加えてスコピエまでのバスチケットをゲットするのに手間取り、
居たのは結局テッサロニキ駅と空港に近い郊外のホテルだけ。
食事も駅の泣けるハンバーガーとホテルの部屋で食べた冷たいボレキのみ。
はぁ〜、何をしに来たのかさっぱりわからん。
それで今回は3度目の正直だったのです。
となれば、投宿するのは8年ぶりのこのホテルで決まり。

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1階はテナント、左端に2階へ上がる小さな入り口がひっそりあり
階段を登ったところがレセプション

オールドファッションなヨーロッパの典型的安ホテルで、
お若い方にはウケないでしょうけど、
僕らにはこのノスタルジックな雰囲気がたまらんのです。

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部屋は12平米程度の広さでも天井が高く、
殺風景ながら必要最低限の機能は備えています。
フロントに24時間、人がいるのもいいですね。

ここでも取材は順調です。
とにかくギリシャは食べて良し飲んで良し。
大賑わいのタベルナ(ギリシャのレストラン)や、
素敵なカフェがそこかしこにあります。

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ここで通ったレストランのひとつ 週末は予約なしでは入れません。

当然、料理もおいしいのですが、困るのは「南欧のノリ」。
たとえば12時開店となっていたのでそれに合わせて行っても、
「まだ準備できていません。12時30分からになります」
取材対象料理を吟味し、オーダーするも、

「ラムのブドウの葉包みをお願いします」
「それは本日ありません」
「え? ではですね・・・イワシのペッパー詰めは?」
「それもありません。シンプルなイワシならあります」
「はぁ・・・プランBもダメね。
 じゃぁ、お腹もすいてるし・・・サガナキならあるだろう。
 ムール貝のサガナキを」
「かしこまりました」

こういうのが多いのですよ。とにかく何かと「ゆるい」。
サガナキは何度も食べているし、ととら亭で紹介したこともあるので、
今更なんですが、まぁ、ないない尽くしじゃしょうがない。
しかし、災い転じて福となす。
僕らのような旅では何が不運で何が幸運かわかりません。

「お待たせしました」
「・・・? なんだこりゃ?」

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黄色いソースのサガナキ

サガナキといえばトマトソースを使った鍋焼き料理。
なのに、この黄色いソースは?
と思ってもう一度メニューを読んでみると、
マスタード風味のソースとな!
これが一口食べてみると、香りといい味わいといい、
今まで試したサガナキとはまったくの別物じゃないですか。

む〜・・・こりゃこの店独自の解釈かな?

と思いつつもホテルに戻って調べてみれば、
テッサロニキでは同様なタイプを出している店が幾つかあるそうな。
そこで追って別の店で調べると、なるほどマスタード風味バージョンがある。
しかも、これがまたマスタードの風味にフェタチーズのコクが調和し、
未経験的なうまさじゃないですか。これはぜひ、ととら亭で紹介せねば!

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豆腐ならぬ、日本じゃありえない気前の良さで、
フェタチーズがど〜んと乗ったグリークサラダ、

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2種類のチーズと野菜を詰めて、からっと揚げ、
ディル風味のヨーグルトソースを添えたイカ、

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サガナキと対極をなす鍋焼き料理のティガナキ。
これはフライドポークを濃厚なマッシュルームソースで煮込んだもの。
とにかく、おいしい料理が目白押し! ほんとギリシャは美食の国ですね。

さて、明日は午前中の便でこの旅8番目の渡航国、キプロスへ向かいます。
小さな島国ながら南のギリシャ系住民と北のトルコ系住民の紛争で、
国が南北に分断され、今でも複雑な事情がありますが、
料理取材の観点からは世界三大料理のトルコと、
ギリシャの美食文化が織り混ざった魅惑の地。
当然、グリーンラインを越えて両地域を取材する予定です。
楽しみだ〜っ!

to be continued...

えーじ

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ギリシャはワインも素晴らしい
それが何と500mlで約1,000円ですよ!
ここでもかなり出来上がっているともこさんでありました
posted by ととら at 04:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2025年10月18日

第27回取材旅行 その10

Здраво! (ズドラヴォ(こんにちは!)
僕たちは昨日のお昼前、北マケドニアのスコピエに到着しました。

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3回目のスコピエ中央バスターミナル
バスを降りるなり年老いた男性の白タクドライバーたちから
何度も声をかけられました
日本と同じように、年金で暮らすには厳しいようです

途中、ブルガリアとの国境を抜けましたが、入国はあっさりしたもの。
去年と同じようにスタンプはなし。
個人情報ページとICチップのスキャンで「ようこそ!」。

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北マケドニアの国境

ところが面食らったのはその前にあったブルガリアの出国です。
国境検問所のゲートに着き、
バスドライバーの「パスポート!」の声で降りようとしたら、
半分手ぶりで「荷物も持って行け」とのこと。
どういうことかと聞く閑もなく、
外ではインスペクターが中身の確認を始めたじゃないですか。
それもかなり適当に。
で、サブザックはいいのだけれど、
メインバックまで見せろと言わないよな・・・
との期待はすぐ裏切られ、がっちりパッキングしたカバーを外し、
ハーネスを緩めて中を見せる羽目に。
どうやらこれは取り締まりというよりジェスチャーのようなので、
僕の「見せたふり」で相手も納得。

で、次のブースがイミグレーション。
出国なのでスタンプぽんの「はい、さよなら」かと思いきや、
「シェンゲン圏のエントリーポイントは?
 これからどこへ?」などいろいろ聞かれるではないですか。
さらに今回の入国スタンプを探し始めたので、
更新したてのともこのパスポートはともかく、
スタンプだらけの僕の方はペラペラ行きつ戻りつ探し続けることに。
EUのスタンプってどこもそっくりですからわかりづらいんですよね。
国境って毎回新鮮です。

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バスはこんな風景の道を走り抜けて

そうそう、ここで驚いたのは別のこと。
バスの乗客全員にこれをやりますからちょいと待たされたのですが、
そのときに話した僕と同い年くらいの白人男性。
日本に住んでいたことがあるというのでどこかと聞けば、

「ヨコハマとヨコスカに住んでいました」
「え? 横浜? 僕の生まれたところですよ。どこです?」
「ネギシです」
「なんと!僕はその隣の本牧ですよ。今はどちらに?」
「ケニアです。あなたはかつての隣人ですが、
 今の隣人はライオンとキリンですよ」

旅の縁とはおもしろいものですよね。
こんなところで若かりし頃のネイバーと会うとは。
住んでいた街と米語のアクセントから、彼はたぶんアメリカの海軍でしょう。
それも根岸ハイツに住んでいたということは将校級ですな。

さて、スコピエは前回の長旅で訪れた街と唯一かぶるところ。
と申しますの、バルカン半島での移動はなかなか乗り継ぎが難しく、
バスの本数が少ない上に、運行時間も微妙なのですよ。
加えて8時間を超える長距離は疲れますし。
そこでソフィアからテッサロニキに向かうルートのちょうど中間にある、
スコピエで小休止というわけです。
その2」でお話しましたように、
今回はきちんと「旅のオフ日」を入れています。
今日は午前中ずっと冷たい雨が降っていたので、
ホテルの部屋でのんびりしていました。

この街を選んだのは、好きだから、というのもあるのですけどね。
初めて訪れた2017年以来、これで3回目。
とりわけいま投宿しているホテルのある旧市街は、
オスマン帝国統治時代の面影を色濃く残し、ちょっとトルコの街のよう。
オフリドやサラエボにもこんな街並みが残っています。

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丘の上にある要塞跡から見たスコピエ市内

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レトロなイルミネーションが美しい旧市街の細い路地

となれば、料理は当然トルコ系。
特にここのケバブチェはバルカン諸国の中でもベストでしょう。
前回みつけて今回も通っているのがこの店。

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専門店ですからメニューの数は少ないのですけど、
個人的にはスコピエのケバブチェとルーマニアのミティティが、
最もおいしいと思っています。

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ここのケバブチェは厳選された素材と巧みな調理方法で直球勝負。
シンプルでいてまねのできない味なんですよ。
炭火による焼き加減一つとっても達人の技。
とにかくスコピエに来たらこれを食べなくちゃいけません。
唯一の欠点はお酒がないことかな?
この前はビールを出していたのですが、
今年はメニューでその部分がマスクされていました。

景気は去年以上によく見えませんけど、
市場を見る限り、ローカル経済はそれなりに回っているようですね。

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ただ、空きテナントは増えたと思います。
その中には前回立ち寄った僕らのお気に入りだった店も含まれていてがっかり。
しかし、この前のホテルは健在でした。

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細い路地を入った奥にこんな入り口が

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部屋はまた手狭ですが、居心地はぼちぼち
こういう安ホテルで忘れちゃいけないのは耳栓です
壁が薄いだけではなく、目の前がモスクなので、
これがないと朝5時にアザーンでたたき起こされることに

さて、明日はまた朝のバスで、ギリシャのテッサロニキに向かいます。
このルートは去年の真逆。所要時間は4時間半くらいかな?
シーフードを中心とした取材が楽しみです。

to be continued...

えーじ

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ケバブチェ大好き!
posted by ととら at 07:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2025年10月15日

第27回取材旅行 その9

今日のプロブディフの天気は晴れ。
朝の気温はやや肌寒い8度でしたが、日中は18度まで上がりました。
風も乾いていて、秋の一番いい時期といった感じ。
街路樹も色付いてきれいですよ。

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丘の上からプロブディフ市街を見渡し

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賑やかなアレクサンダル・バテンベルグ通り

地方都市はいいですね。僕らはこうした素顔の街が大好き。
華やかな観光スポットこそありませんが、
ぶらぶら街を歩いているだけで、いろいろな発見があります。

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旧市街にはこんな通りも

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夕方は人通りも絶え、過去にタイムスリップしたかのよう

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そこかしこに素晴らしいウォールアートがいっぱい

取材する飲食店もそう。
一般的にはせっかく海外旅行に来たのだからと、
ミシュランの星付きレストランや、
ネット上の評価が高いところを探して行くのが十八番ですが、
僕らが取材するのはローカル御用達の店。
たとえばプロブディフではこんなところへ。

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日中に下見したときは廃業した店かと思いましたが
夜にはローカルたちで混んでいました

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この温かい雰囲気がいいですね
料理だけでなく、インテリアデザインも勉強になります

この街もローカル食堂が多く、料理取材は順調です。
で、興味深い発見はこんな料理。

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Chicken Giuliene(チキン・ジュリエンヌ)というロシア生まれの「洋食」です。
帝政時代、ヨーロッパの辺境に位置するロシアにとって、
西欧は先進地域であり、かの地の文化は憧れの的でした。
そこで建築はイタリアから、料理はフランスから専門家が招聘され、
日本の明治時代に似た折衷文化が華開いたのです。

このjulienneは、もともとフランス語で「細切りにする」の意。
料理は細切りにしたチキンの胸肉を軽くソテーし、
キノコやピクルスと共にサワークリームで煮込んだのちにチーズを加えたもの。
素材はロシアでも手に入りますが、レシピはあきらかに西欧の手法です。
ではフランス人コックの発案かと思いきや、答えはさにあらず。
ロシア人コックが西欧料理をシミュレートし、
フランス風の名前を付けた純国産なのだそうな。
これがソビエト時代のつながりから東側の国々に伝わり、
僕らが昨日入ったレストランのメニューでは、
こんな表記になっていたのです。

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中央のメニューがそれ

お気づきのとおり、スペルが間違っていますよね?
しかし、これこそが文化のダイナミクスの表出なのですよ。
ロシアとブルガリアで使われているのはキリル文字。
julienneをそのまま音写するとЖюльенとなり、
これをさらにブルガリア人がラテン文字に音写し直した結果、
julienne が giuliene になってしまった。

旅の食堂という仕事をしていてわかりましたが、
料理名の伝播原則は「思い込みがデファクトスタンダード」となる、です。
そう、たとえ間違っていても、広がったが最後、誰にも修正できない。
日本でもエスカロップやナポリタン、ハヤシライスなど、
言語的には誤用や聞き間違えであったり、
名を借用しても現地に存在しない料理があるでしょ?
料理と言うのは、実にまじめでいい加減な文化なのですよ。
だからこそ、人間くさくておもしろい。

それから、この街で投宿しているのはこんなホテル。

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ブルガリア相場だと中級の下クラスかな?

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10平米ほどの広さで手狭ですが、
全体が東横インのように機能的に作られており、
Wi-Fiや電源回りもしっかりしているので、
快適かつ仕事もはかどっています。
そうそう、狭い部屋は洗濯物が乾きにくいのですけど、
季節がいいせいか、ぱりっと乾いてくれるのもありがたいですね。

さて、明日は昼過ぎのバスでソフィアに戻り、
一泊した後、北マケドニアのスコピエに移動します。
今回の旅で、初めてEUを出ることになりますね。
この国境は初めてだな。すんなり行きますように!

to be continued...

えーじ

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バスで一緒だったオーストリア人のフェビアンと
30歳ながら南米やアフリカ、アジアと旅歴のある旅人
日本でのお気に入りはカプセルホテルとな!
posted by ととら at 04:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記