2019年06月30日

第18回取材旅行 その10

おはようございます。

いやぁ、昨夜のブログは失礼しました。
なんとか昨日の日付で書いておきたかったので、
写真がインサートされていないまま、
強引にアップロードしたのですよ。

昨夜から泊っているのは、
ウランバートルの中心にある中の上レベルのホテル。
僕らの旅で恒例になった、最後の一点豪華主義的チョイスです。
なんのご配慮からか分かりませんが、
チェックインして部屋に入ってみれば、
そこはダブルとシングルが廊下で連結されたゴージャスな部屋。
しかもシングルの方だけでも僕らのアパートより広く、
机に応接セットまであるじゃないですか!

僕はすぐフロントに戻って「何か間違えてない?」と訊けば、
英語を話すスタッフはにっこり笑って「It's yours.」。
マジですか?
だって予約しておいたのは、
一泊朝食付きで約4,250円の『バジェットツインルーム』ですよ。
む〜・・・いいのかしらん?
と思いつつも、せっかくなのでご厚意に甘えることとしました。

で、ここまでは良かったのですが、
このレベルのホテルになると欧米系のお客さんがほとんど。
となると、皆さんなんらかの通信機器を持っているので、
回線がプアーな場合、夕方以降、特に21時過ぎからは、
インターネットにほとんどアクセスできなくなってしまうのですよ。
案の定、昨夜の23時過ぎは、
今は懐かしきモデム級のスピードになってしまいました。

というわけで、今日は予定を変更して、
午前中にエクスプレスサービスでビジュアルレポートをアップします。

cn_uranchubstation.jpg

ウランチャブ駅に到着したのは5時15分ごろ。
今にも雨が降って来そうな曇天で肌寒く、
僕らはダウンウェアを出して防寒対策ばっちり。
さすがに内モンゴル自治区までくると駅舎も小さくなりましたね。
そこかしこに見えるモンゴル文字が、
別の国に入ったかのような印象を与えます。

cn_uranchubbs.jpg

日中は賑やかであろう駅前も、
さすがにこの時間となると閑散としています。
僕らはまだ眠りから覚め切らない大通りを横切り、
駅の斜前にあるシャッターの降りたウランチャブ長距離バスターミナルへ。
ここの情報は日本語はおろか、英語で検索してもまったく見つかりませんでした。
ターミナルの建物はこんな感じ。
6時になるとシャッターが開きます。
ちなみにバスターミナル左端にある公衆トイレが開くのは6時半。
ターミナルに入れば中にトイレがありますのでご安心を。

cn_ticketbooth.jpg

バスターミナルに入ってすぐ正面にあるチケット売り場は、
6時40分から開きます。

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チケット売り場から左へ進むとすぐセキュリティチェックがあり、
その先にある待合室はこんな感じ。
奥にトイレがありますからね。

cn_ticket.jpg

そして手に入れたエレンホト行きバスチケットがこれ。
フリーシートです。バスは8時に出発。
5時間半ほどの所要時間で2回トイレ休憩がありますが、
バスの中にはトイレがないので、ターミナルで済ませておきましょう。
それから大きな荷物を入れるラゲッジスペースは、
まったく掃除されていない上に水も入ってくるので、
ザックカバーは必須です。

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バスはかなり老朽化の進んだ年代物。

cn_bus02.jpg

それでも無事に乗り込めてほっと一息です。

cn_road01.jpg

バスは走り始めると間もなく市街地を抜け、
こうした草原を走り続けました。
時折、小さな町で停車しては乗客の乗り降りがあります。
そとは雨。僕らはほどなく眠りに落ちて・・・

cn_road02.jpg

途中で給油のためにガソリンスタンドで停車。
道路に出て見えるのはこんな風景です。
乗客は喫煙やトイレ。
そうそう、ここが『あのトイレ』です。
ここで用が足せたあなたは、ととらな旅でも大丈夫。
挑戦してみます?
詳しくはともこに直接訊いてみてください。

cn_erenhotbusstation.jpg

13時半ごろ、ようやく着きました国境の街、エレンホト。
長距離バスターミナルはこんな感じです。
右側にホテルが隣接されているので急遽泊まるようになったときは、
そこで値段を訊いてみるのもいいでしょう。
歩いて宿を探すのは現実的ではありません。
この周辺にはあまり旅人のニーズに応えるものはありませんから。

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エレンホトはザミンウードに比べれば大きな街です。
これはホテルの部屋から見た風景。

cn_erenhotstation.jpg

鉄道でアクセスした場合はここに着きます。
エレンホトの駅。
ウランチャブからだと1日に2便しか来ませんので、
列車が来ていないときは日中でも閑散としています。

cn_erenhotstreet02.jpg

駅前もこの通り。
社会主義仕様の殺風景な大通りでした。

cn_erenhothotel03.jpg

ここで泊まったのがこんなホテルです。
羽振りの良かった時代に建てたのでしょうね。
街と同じくとにかく何でも造りが大きい。
1階のロビーなんて舞踏会が開けるくらいの広さがありました。
でも、お客さんもスタッフもぽつぽつ。
当然、メンテナンスは手が回りませんから、
人目につかない部分はだいぶ傷んでいました。

cn_erenhothotel01.jpg

それでも部屋は広くてきれいで快適。
この内容で1泊朝食付きで約2,800円なり。
僕らでも泊まれるわけです。
ここはバスターミナルや駅、飲食店街にも徒歩でアクセスしやすく、
スタッフもラブリーでお勧めです。

cn_erenhothotel02.jpg

朝食はビュッフェスタイル。
ちなみにここまでくると内容はご覧のとおり完全に中華です。
しかし微妙にモンゴルの気配が感じられました。
写真の左側に映っている白い飲み物。
これはミルクではないのですよ。
モンゴルで飲まれているミルクティー。
その実体は、かすかに紅茶の味のするホットミルクでした。
これを皆さん、ごくごく飲みます。
ん〜、だから骨太なのかな?

cn_shogi.jpg

中国では路地裏をぶらついていると、
よくローカルが集まって将棋を打っている光景に出会います。
ここエレンホトでもそう。
プレイヤーはもちろん二人ですけど、
その周りギャラリーが囲み、熱い議論と声援が上がっています。
面白そうだな。

cn_erenhotapart.jpg

社会主義的にデフォルメされた街ですが、
近寄ってみれば建物の傷みはこの通り。
収入格差が世界レベルでも高い国なので、
この辺の所得は全国平均を下回っているのかもしれませんね。

cn_erenhotstreet01.jpg

ちょっと裏道に入るとこんなですから。

cn_roadjoke.jpg

社会主義と言えば官僚主義、官僚主義と言えば縦割り組織。
横並びの組織間の意思疎通は糸電話レベルになっているのが定石です。
その目で見える例がこれ。
なんか変だと思いません?
そう、横断歩道が描かれているのですが、
その先は植栽が植わっていて歩道に入れないのです。
おちゃめですね。
また、道路に端に向かって緩いアールがつけられておらず、
道幅に対して排水口がぜんぜん足りていないので、
雨が降ると道路は字義通り海のようになります。
効率と合理性を追求しているようでいて、
結果はこうなんですよ。

cn_erenhotstreet03.jpg

とまぁ全体的に観るべき場所もなく、殺風景な計画都市なのですが、
中央部にはこんな風に商店や飲食店の並ぶ界隈があります。
ここに来れば旅人の要は一通り揃っています。

cn_restaurant02.jpg

僕たちが入ったのはこんなモンゴル&チャイニーズレストラン。
画面左側に書いてあるのがモンゴル文字です。
スタッフもほとんどモンゴル系チャイニーズでした。

cn_ramtomatostew.jpg

なるほど当然のことながら、それは食文化にも表れています。
これはトマトの入ったビーフシチュー。
スパイス感はまったくありません。
濃厚な肉の旨味とトマトの酸味が楽しめます。

cn_ziaozu06.jpg

で、餃子ですよ。
完全に変わっていました。
皮と大きさこそ同じですが、
中身はラムの荒いひき肉と玉ねぎ、塩程度のシンプルなもの。
中国というよりカザフスタンのマンティに味はそっくりです。
でも食べ方は醤油、酢が出てくるハーフ中華スタイル。
なるほどね〜。この変化は予想通りでした。

cn_erenhotbusstation02.jpg

さて、昨日着いたバスターミナルに戻ってきました。
今度は入り口を入って右側にある国際線待合室。
建物は新しくてピカピカですけど、
ウランチャブのように売店や飲食店はありません。
事前に別の場所で腹ごしらえし、
水などの調達も済ませてから来た方がいいですね。

cn_erenhotbusstation03.jpg

ターミナルの裏側には国内線のバスがたくさん停まっていました。
ザミンウードまでしか行かない国境を越えるだけのバスは、
行き先が書いていない車両だったので、事前に乗る人を見つけ、
後に付いていった方が確実です。
もちろん乗り込む前にチケットを見せて確認するのも忘れずに。

僕らがバスに乗り込もうとした矢先、強烈な雷雨がやってきました。
これが不吉な前兆でなければいいのですが。
ま、うまくいけば1時間半後には国境を越えて、
モンゴルのザミンウードに着いています。
時刻は13時30分。
バスは定刻に出発しました。

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さて、この旅も現地最終日となりました。
今日はウランバートルで最大の市場、
ナラントールザハとその周辺で取材の仕上げを行います。

いやぁ、いつにもまして、今回の旅も密度の濃いものとなりました。
日本ギョーザのルーツ、モンゴル料理と中華料理の関係、
それだけではなく、社会主義とは、遊牧民と農耕民の違いとは、
民族のノンバーバルな行動様式とは、国境とは、
それから僕らの国、日本がかつて戦った戦争とは。
実にさまざまなことを考えさせられ、
目の前の現実から教えられる日々でもありました。
その個々のお話は、またあらためてしたいと思っています。

明日はアーリーチェックアウトして、
7時45分発ミアットモンゴルOM501便で帰途につきます。
予定通り行けば日本時間13時40分には成田空港に到着しているでしょう。

それでは次は梅雨の東京から!

to be continued...

えーじ

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「ちょ、ちょっと待って!
 あたしもブログ書いたから打ってよ!」
「え? 今しがた丁度まとめたばかりなのに」
「いいじゃない、せっかく書いたんだから。
 読者さんたちだってあたしのブログの方が読みたいはずよ」
「・・・? まったく・・・もう少し早く原稿出してよね」
「えーじ速いから、ちゃちゃっと打てるでしょ?」
「はいはい・・・」

というわけで、
遅ればせながらともこさんが現地からお伝えします。

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ともこです!

今回の旅は移動が多かったこともあって、
いつも以上にあっという間に感じました。
料理の、特にギョーザについての取材はもちろんですが、
私にとっての収穫は、旅人としてひとつ成長できたかな? ということ。

世界は広くて、
違う価値観があるのが当たり前と思える自分であり続けたいと、
あらためて思いました。

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・・・? もういい? 終わり?
じゃ、アップロードしちゃうよ。

まったくもう・・・

それでは次は本当に東京から!

えーじ
posted by ととら at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月29日

第18回取材旅行 その9

昨夜は、
テレルジのツーリストキャンプで遊牧民が使うゲルに泊りました。
ザミンウードからモンゴルに入国して以来、
たびたび目にしていたのですが、
入ってみたのはこれが初めてです。

中が思ったより広くて驚きました。
テントそのものは登山ライダー時代にさんざん使っていましたから、
その感覚の延長で考えていたのですが、
可動式とはいえ、あれはもう『家』ですね。
中央よりであれば中で大人が立ち上がっても上に余裕がありますし。
居心地はとても良かったです。

さて、今日はお約束のビジュアルレポート。
今回も盛りだくさんでしたから、まず中国編は、
ハルビンから北京までと、
内モンゴル自治区のウランチャブからエレンホトまでを、
分割してお見せします。

それでは行ってみましょうか!

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成田空港の第3ターミナルは空港というより、
フェリー乗り場やバスターミナルのような雰囲気でした。
すべからくLow Cost なのですね。

cn_air01.jpg

ハルビンまでのフライトタイムはたったの2時間50分ですから、
ひと眠りする間もなく、気が付けば飛行機は高度を下げ、
眼下に広大な農地が広がっていました。

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ハルビンは中国最北の都市とはいえ、
州都でもありますから規模が大きいですね。
駅ひとつとってもご覧の通りの大きさです。

cn_chuoutaigai02.jpg

ハルビンにおける取材の中心はその名も中央大街(キタイスカヤ)。
もともとロシア人が作った街なので、古い建物が残っているこのエリアは、
どことなくヨーロッパの香りがします。

cn_chuoutaigai01.jpg

平日にもかかわらず、たくさんの人出で賑わっていました。
観光客の内訳はほとんどが中国人。
雰囲気が他の都市と比べてまったく違いますから、
国内旅行の名所なのでしょうね。
日本で例えるなら函館、横浜、神戸、長崎あたりかしらん?
一見して外国人とわかる観光客はまったくと言っていいほど、
見かけませんでした。
バックパッカーに至っては、北京に至るまで、
ハルビン、長春、瀋陽間でゼロ!

cn_streetpainters.jpg

中央大街にはさまざまな露天商が並んでします。
それぞれを冷かして歩くのはとても楽しいのですが、
ちょっと目を引いたのが『肖像画』屋さん。
たくさんの画家がずらっと並んでお客を取っています。
お〜、なかなかいい腕じゃないですか。
「ともこも描いてもらったら?」
「あたしはいい!」だって。
値段は格安なんですけどね。

cn_car.jpg

この辺りは日中戦争以降、関東軍が暴れまわったところなので、
70数年経ったとはいえ、対日感情はどうなのかしらん?
との心配は、少なくとも僕たちの旅に関してなら無用でした。
たとえばその一例がこれ。偶然目にしたものなのですけどね。
日本のような結婚式が一種のトレンドになっているのかもしれません。
それにしても横文字を漢字に変換する中国人のセンスって最高ですよね!
ドアに書かかれている文字にご注目を。
『熱線』ってなんのことだか分かります?
Hot Lineの当て字なのですよ。そしてその前に『幸福』ってあるでしょ?
だから Happy Hot Line! いいねぇ〜、こういうの!

cn_market01.jpg

翌朝はさっそく市場に出かけてみました。
食材の多様性にはほんと驚かされます。
単純に種類が豊富なだけではなく、発酵、乾燥、燻製、塩漬けなど、
さまざまな保存調理技術が駆使されています。

cn_market02.jpg

こういうところは本来半日くらい時間をかけて、
じっくり調べたいのですけど、
いかんせん言葉が通じませんし、なにより相手は仕事中ですからね。
そうそう、市場周辺には必ず『美食城』ってのがあります。
さて、幸福熱線の要領で何の意味か考えてみて下さい。
答えは・・・『フードコート』!

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ハルビンでもう一カ所、取材したのは老舗の飲食店が残る、
『老道外中華バロック地区』と呼ばれる街。
なるほど、半世紀以上の時間をタイムスリップしたような路地が、
まだ残っていました。
そしてそこには100年以上の歴史を持つ飲食店もあります。
ここで食べた餃子は今回の取材における大きなヒントになりました。

cn_harbinnight03.jpg

ほら、ちょっと門をくぐった横丁には、こんな場所もあります。
なんかノスタルジックですね。

cn_nikten.jpg

ハルビンでは外国人が多いせいか、こんな料理もありました。
ブタの薄切り肉での天ぷらに甘酢をかけた『肉鍋包』なる一品。
なんでも中国人のコックさんが外国人にウケるだろうと考えた物とか。
しかしながら結果はローカルのお気に入りなったとさ。

cn_harbinnight01.jpg

僕らが泊まったホテルの近くには、
これまた1907年に建立された聖ソフィア大聖堂が残っています。
『お国柄』もう使われていませんけど保存状態は良かったです。

cn_chongchunstation.jpg

場所は変わって長春駅。ハルビン駅をさらに大きくした威容です。
社会主義の建物ってなんかこう威圧的なんですよね。

cn_hotel01.jpg

今回、中国における僕らの平均宿泊費は日本円にして2,500円前後。
そんなシケた話を前にしましたけど、
シケてるのは僕らの懐事情の方で、
この予算でも中国では十分しっかりしたホテルに泊まれます。
これは長春でお世話になったホテル。
レトロないい雰囲気でしょう?

cn_hotel02.jpg

これは瀋陽で泊まったタワービル内の23階にある部屋。
いかがです? ちゃんとしているでしょう?
どこも部屋はとても良かったです。
しかしフロントのスタッフは共通して、
『挨拶なし、スマイルなし、お礼なし』のなし3連発.
でも怒っているんわけじゃないんですよ。
ま、この辺もいずれ回をあたらめてお話しましょう。

cn_travelersstreet.jpg

長春以降の街は、造りががらっと中国らしく変わりました。
このごちゃごちゃ感が僕らは大好きです。
たとえば駅の近くにある安宿街。
よく見ると『招待所』って書いてあるでしょう?
これが日本円で1000円以下で泊まれる木賃宿です。

cn_adultshop.jpg

こうしたうさん臭い場所にはご覧のようなのもあるんですよ。
さぁ、ここでも当て字の練習です。
『保健品』ってなんだか分かります?
え? 薬局? ハズレ〜!
じゃ、ヒントね。中央に『夜色成人』って書いてあるでしょ?
そう、これは『大人のおもちゃ屋』なのです!
しかし驚いたのはその造り。
店が明るく、しかもガラス張りなので、
中で商品を物色している姿が外から丸見えなんですよ。
しかも、店員さんは年若い女性!
日本的感性なら、ここで買い物するのは罰ゲームになるかも?

cn_restaurantreserch.jpg

おっと、わき道にそれてばかりじゃいけません。
そろそろお仕事の話もしなくちゃ。
僕らの取材する店の探し方は、
ガイドブックやネットよりも旅人の野生の勘が頼り。
こんな風に横丁をぶらぶらしていると・・・

cn_restaurant01.jpg

お、なんか良さそうじゃないですか?
餃子を前面に謳ってもいるし。
中は小ぎれいでローカルがたくさんいます。

cn_tomokobeer.jpg

って、おいおい!
「おつかれさま〜」はまだ後でしょ!

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ほら、油断しているからこうなるのさ。
今回の取材で意表を突かれたのが中国の料理の量。
たとえばこれ、スペアリブとポテトの煮込みなんですけどね。
ともこの掌と比べて頂ければお分かりのように、
どう見てもパーティーサイズ!
でも、餃子ばかりを食べ続けるのはつらい。
せめて一皿くらい違う味のものが食べたい。

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さて、中国におけるミッションの本題に入りましょう。
ハルビンから南下しつつ、長春、瀋陽、
北京の餃子を胃袋の限界まで食べ続けて比較したところ、
驚きはなんと一発目で来ました。
これ、ハルビンで食べた餃子(ジャオズ)のひとつなのですけどね、
皮が『もちもち』じゃなくて、『つるん』としているのです。
餃子というよりワンタンに近いと言ってもいいくらい。
これを焼いたら日本のギョーザに近いんじゃないかな?

cn_ziaozu03.jpg

なんて言っていたらありました。
これまで『中国では基本的に餃子は焼かない』が定説化していましたけど、
『煎餃(センジャオ)』と称し、
かなりの頻度でメニューにあるじゃないですか!
しかしここで早合点は禁物です。
ご覧の通り、日本のギョーザとあまりにも似ているということは、
逆輸入文化の可能性も考えられます。
この辺はもう少し慎重に掘り下げてみなければなんとも言えません。

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これは長春で食べたもの。
大きさ、形はハルビン型ですが皮に明らかな変化が見られます。
そう、『つるん』ではなく『もちもち』になっているのですね。
それにしても困るのがこの量。
これもともこの掌と比べてみてください。

cn_ziaozu01.jpg

そして瀋陽タイプ。
形がやや小型化し、僕たちがかつて北京で食べたものと、
ほとんど同じになりました。
ん〜・・・ということは、日本のギョーザに最も近いのは、
ハルビン型ということになります。
しかしここでも即断は早計です。
なんといっても伝播したと考えられる時期から、
半世紀以上も経過しているのですから。
あ〜、タイムマシンが欲しい!
マジでデロリアンを買おうかしらん?

cn_ziaozuseosoning.jpg

ここまでの写真では皮の違いを述べてきましたけど、
共通点もあります。
何度も餃子を食べて分かった公約数は、
中身のベースが『豚ひき肉、ネギ、しょうが、ごま油、塩』であることです。
もちろん餃子にはさまざま具のバリエーションがありますが、
どこの店でもあるベーシックな中身は、上の5品なのですよ。
で、日本のギョーザに欠かせないニンニクはどこへ行ったのか?
その答えが上の写真です。
中身には基本的に入れません。好みの外付けなのです。
つまり食べ方の公約数は、
『酢、醤油、ラー油、ニンニクのみじん切り』だったのです。

cn_wantan.jpg

この文脈では長春で興味深い発見がありました。
ギョーザのバリエーションとして分化したといわれる、
ワンタンのミッシングリンクと思しきバージョンがあったのですよ。
どうです、このボリューム。
長春ではワンタンというと、
まるでハルビン型餃子をそのままスープで茹でたようなバージョンが、
一般的になっていました。
日本式のカテゴリーであれば、これは水ギョーザになるのかもしれませんが、
中国では茹でた餃子を『水餃(シュイジャオ)』と呼んでいます。
一説によるとスープ入り餃子は『湯餃(タンジャオ)』ということもあるそうですが、
今回の取材でそうした表記は一度も見かけませんでした。

cn_njghttrain.jpg

さて、北京から夜行列車で内モンゴル自治区のウランチャブへ移動です。
で、先日お話しましたようにロマンチックな夜行寝台列車の現実がこれ。
このグチャグチャ感、朝の光景ではないのです。
乗りたてでこの状態。寝具の交換も掃除もなしで Let's Go!!

それでもいいのです。
寝転がっていれば、明朝5時半前にウランチャブ着いているはずですから。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月27日

第18回取材旅行 その8

「ホテル見当たらないね。住所が間違ってるのかな?」
「いや、ここで間違いないと思うけど」
「あれ? ユニークモンゴリアじゃなくて、
 ウインドウホテルって書いた看板があるよ」
「OK、じゃあ、そのホテルのフロントで訊いてみるよ」

建物に入るとすぐ左側にオフィスがありました。

ん? ここがレセプションなのかな?

小さな部屋の中はチェックインカウンターがあるわけではなく、
どう見てもただのオフィスにしか見えません。

ん〜・・・英語は通じ・・・ないだろうな。
ま、ダメもとで訊くだけ訊いてみよう。

「サイバイノー(こんにちは)」

挨拶だけモンゴル語でして僕は部屋に入ってみました。
中には若い女性が二人。

「すみません、
 Unique Mongolia というホテルを探しているのですが、ご存知でしょうか?」

二人は顔を見合わせています。

やっぱりダメかな?

しかし僕が印刷しておいたホテルの予約確認書を見せてみると、

「ここにはありません」

たどたどしいけれど、英語で回答がきたじゃないですか!

やった、話ができる!

「ではこのビルの住所は、
 railway district, Bayangol building 6, #69 Bayangolですか?」
「はい」
「おかしいですね、このホテルの住所もここになっています」
「電話番号は分かりますか?」
「ここにあります」
「では電話してあげましょう」

親切だね!

「・・・・電話は通じません」
「ということは、このホテルは存在していない?」
「少なくともここにはありません」
「ご親切にいろいろとありがとうございました」

「なんだって?」
「このホテルはもうないと思う」
「え〜っ! だって予約が取れているんでしょう?」
「ああ、でも予約サイトシステムの自動回答だよ。
 人間とやり取りしたわけじゃない」
「どうするの?」
「プランBだ。とりあえずここの3階にある Window Hotelへに行ってみよう」

僕たちが薄暗い階段を上がると、
Reception と印刷されたボロボロの紙が壁に貼ってありました。
見上げた先の廊下は照明も点いておらずゴミが散らかり放題。
奥に埃にまみれたカウンターが寂しく待っていました。
しかも誰もいない・・・というか人の気配すらありません。

「こんにちは! 誰かいますか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「こんにちは! ここに誰かいますか?」

僕が大きな声で2度言ったあと、
フロントの横にあったドアがゆっくり開き、
出てきたのは明らかに寝起きの若い男性。
彼は視線をそらし、無言のまま僕の前に立っています。

「2人用の部屋は空いていますか?」

彼は眠そうにあくびをすると振り返って奥の方へ歩き始めました。

「ともこはここで待ってて」

薄暗い廊下は2カ所で分岐しており、
ドアが開けっぱなしの部屋の中に数名の男性の姿が見えました。
外国人ではありません。宿泊客風にも見えない。
その少し先で立ち止まった彼は、何も言わず別の部屋のドアを開け、
中を指さしました。
それはさながら廃業して、
数年放置されたままのホテルの部屋といえば近いでしょうか。
トイレは駅並みの汚れようで床には髪の毛がべったりとついたままです。

こりゃ、ジャンキー宿か?

僕はにっこり笑って「バイラルラ(ありがとう)」

「どうだった?」
「プランCだ。今すぐこの建物を出よう!」

僕らは足早に外へ出て、日陰で地図を広げました。

この辺は同じような安宿ばかりだ。
駅前に戻ってもう少しまともなところを探すしかないか。

そこへ突然、

「どうしましたか?」

と後ろから日本語が・・・
驚いて振り返ると若いモンゴル人の男性が立っています。

「やぁ、こんにちは。日本語が話せるのですか?」
「ええ、少しですけど。ウランバートルの日本語学校で勉強しています」

怪しそうな気配がなかったので、僕は事情を話してみました。

「え? それは変ですね。僕が訊いてきてあげましょう」

もうプランAはないものと考えていましたが、
移転した可能性もあるのでお願いしてみるのも手です。
しかしほんの数分で階段を下りてきた彼はしかめた顔の前で片手を振り、

「ここはダメです! 他に行った方がいい!」

そのとおり。

そこでもう一度駅まで戻り、まともそうなホテルで料金と部屋を確認し、
ようやく昼前に僕らはバックパックを下ろせたのでした。

毎度ながら、いろいろ起こります僕らの旅。

でもこれくらいはよくあることなのですよ。
中には今回、より深刻なトラブルに遭った旅人たちもいました。

たとえば僕らが中国モンゴル国境を越えようとしていた時、
同じバスに乗っていた若いモンゴル人と思しきカップルが、
よりによって中国側で止められてしまったのです。
彼女のパスポートに何らかの問題があったようで、
しばらく別カウンターで質問を受けていたと思ったら、
そのまま別室に連れて行かれてしまいました。
困ったのは先にイミグレーションを通過してしまった彼氏の方です。
出国しているので逆戻りはできませんから、
モンゴル側から連行される彼女の後姿を見つめるばかり。
僕らも心配してバスで待っていたのですけど、
結局、彼らを残したままバスは出発してしまいました。

その後、二人がどうなったのか、知るすべもありませんが、
無事、モンゴルに入れたことを願ってやみません。

今日のウランバートルは曇り。
気温は12度前後で薄手のジャケットがないと寒いくらいです。
僕たちがアドリブで選んだ駅前のホテルは、
少々部屋が傷んでいるものの、周囲にローカル食堂もいくつかあり、
2日間の滞在なら十分でしょう。

明日は昼からテレルジという郊外の村に移動します。
いま写真をまとめていますので、
ビジュアルなレポートはもうちょっと待っていて下さいね!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 19:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月26日

第18回取材旅行 その7

この旅も折り返し。

僕たちは昨日、予定通り中国とモンゴルの国境を越えて、
ザミンウードに着きました。

どこの国を問わず、
陸路での国境越えは何かとトラブルがあるものですけど、
ここで悪名高いのが中国、モンゴル人以外を狙った『おいてけぼりタクシー』。
これはザミンウードまで20元前後の安値で行くと言いつつ、
4キロメートルほど先の中国イミグレーションで引き返してしまうという手口。

徒歩での越境は許されていないため、おいてけぼりにされた旅人は、
そこからモンゴル国境、そしてその先のザミンウードまで、
またあらたに交通手段を確保しなくてはなりません。
これは日本人だけではなく、
各国のバックパッカーが被害にあっているようでした。

そこで僕らが選んだのがエレンホトからザミンウードまで行く国際バス。
正確な情報があまり見当たらなかったので、一連の流れをメモしておきますね。
______________________________________

2019年6月24日現在、エレンホト→ザミンウード間の国際バスのタイムテーブルは、
11:30 13:30 15:30 の1日3便。

チケットはエレンホトバスターミナルに入って正面にあるチケットカウンターで、
当日以外のチケットも購入できます。(僕らは前日にゲット)
料金はひとり40元(約630円)。購入時にはパスポートが必要です。

次は13:30に出発した場合の全体の流れです。

13時までにはエレンホトバスターミナル入って右側の国際線待合室に行きましょう。
そこで他の乗客に声をかけ、ザミンウードへ行く人を特定しておきます。

13:25ごろドライバーが呼びに来ますが、
聞き取りにくい早口で地名を言うだけですから、
さっき声をかけた人が動いたら一緒に行きましょう。

バスには『扎门乌コ(ザミンウードの中文)』等の行き先表示はありません。
ここでバスナンバーをメモしておいて下さい。
大きなバックパックなどはバス側面のトランクスペースに入れます。
中はかなり汚れているので必ずザックカバーをかけておきましょう。

バスはフリーシートです。
発車直前にドライバーが乗ってきてチケットを確認し、
乗客の数を数えます。そしてほぼ定刻に出発。

15分ほど北北西に向かって走り、中国側の国境に到着します。
ここからの写真撮影は控えて下さい。
虹のアーチを過ぎたところで停車し、警察が乗ってきて人数確認を行います。

そこから3分ほど走ると真新しいイミグレーションの建物の前に着きます。
バスを降りて荷物を持ちイミグレーションの建物に入ってください。

イミグレーションブース前で出国カードを記入します。
搭乗便名に先ほどメモしたバスナンバーを記入してください。
出国審査はパスポートと出国カードを提出するのみで質問はありません。
ブース正面のパネルで出国審査についての5段階評価を訊かれますが、
まぁ、これは感じたままに評価すればいいでしょう。

建物を出ると正面の道路で乗ってきたバスが待っています。
ドライバーが全員揃ったか確認するとバスはすぐ発車します。
1分ほど走ったところで停車し、
中国の警察官が出国スタンプを確認するために乗車してきます。

これで中国の出国が終わりました。
次はモンゴルの入国です。

5分ほどバスで移動しトールゲートのようなものを通過すると、
すぐモンゴルイミグレーションに到着します。
バスを降りて荷物をすべて持ち、
モンゴルイミグレーションの古い建物に入りましょう。
入り口で入国カードを記入し、そのままイミグレーションカウンターへ並びます。
中国側と同じくパスポートと入国カードを提出するだけで質問はありません。

カウンターを抜けるとすぐ右側に両替所があるので、
混んでいなければ残った人民元をトゥグルグに両替することができます。
(バスはゆっくり待ってくれないので混んでいたらパスしましょう)
この時、パスポート、バンクレシート等の提示は求められません。
そのかわりレシートの発行もなし。

イミグレーションの裏手で待っていたバスに乗ります。
すぐにモンゴル警察が出国スタンプを確認するために乗り込んできます。
1分ほど走ったところで、
再びモンゴル警察が出国スタンプを確認するため乗り込んできます。
ダブルチェック体制ですね。

さぁ、これで Welcome to Mongolia! です。

5分ほどまた北北西に走り、ザミンウード駅の脇で降ろされて終了。
トータルで約1時間30分。

これはあくまで僕たちの1回だけの経験なので、参考までにして下さい。
偶然、バスもイミグレも空いていたため全体的にさらっと進めましたが、
ナーダム等で国境が閉鎖される前後は大変混みあうと思います。
事前に最新の情報を可能な範囲で収取し、
時間的な余裕をもって国境を越えて下さい。
______________________________________

国境を越えると街の雰囲気が、がらっと変わりました。
その一番大きな要素は街の作りや建物、文字表記ではなく・・・

人です。

この辺はちょっと長くなりそうなので、またあらためてお話しますね。

ザミンウードはエレンホトに比べても小さな街。
僕たちは駅前の食堂で初モンゴル料理に舌鼓を打ち、
18:03発の夜行列車でウランバートルへ。

やれやれ、なんとか無事に国境を越えたな・・・

ひと汗かいた疲れも、
広大な草原に沈む夕日を見ていたら忘れてしまいました。

ああ、これを読んでいるあなたともシェアしたかったな!

この旅は、この一瞬のためだけでも来た意味があった。
そう思えるほど、美しい光景だったのですよ。

さて、今朝8時45分。
ほぼ定刻にウランバートルに到着した僕らは、
駅舎内の軽食堂でインスタントコーヒーとパイの朝食を摂りながら作戦会議。

そこでまず予約しておいたホテルへチェックインしてシャワーを浴びた後、
近くの市場を取材することに決めました。

今夜のホテルは、
ウランバートル駅から東へ400メートルほど行ったところにあります。
分かりやすい場所なのでGPSもいらないでしょう。

「あと100メートルくらい先の右側だよ」
「昨日の夜も最初は蒸し暑かったね。汗かいちゃった。
 早くシャワーを浴びたいな」

「・・・ん〜・・・この辺なんだけどな」
「なんていうホテルだっけ?」
Unique Mongolia

ともこがきょろきょろしています。

「ねぇ、ホテルらしい看板もないよ」
「ああ、なんか変だ・・・」

イヤな予感がしてきました。

to be conntinued...

えーじ
posted by ととら at 20:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月25日

第18回取材旅行 その6

「ねぇ、なんか変な臭いがしない?」

ウランチャブから乗った長距離バスは明らかに中古の、
いや、多分、中古のそのまた中古の年季もの。
喫煙率の高さからか、車内禁煙にもかかわらず、
ハイティーンのころにバイトで乗った、
運送屋のトラックとそっくりな臭いがします。

「そうじゃなくて、もっとなんか汗臭いというか、
 なま乾きの下着というか・・・」
「ともこ、それは車じゃないよ」

車内はエアコンがなく窓も開かない上にほぼ満席ですから、
かなり蒸し暑い状態が続いていました。

「臭いのは僕たちさ」
「え? えーじが臭いの? くんくん、あ、ホントだ!」
「じゃなくて、僕たち!」

そう、僕らが最後にシャワーを浴びたのは一昨日の夜のこと。
昨日は早朝から酷暑の中を移動した上に、
夜はまた蒸し暑い夜行列車で一晩中揺られ、
そして降りたと思ったら、また缶詰バスの中に5時間半。
着替えもしていないのですから、『この状態』もしょうがないのですよ。
(おまけに僕は無精ひげが伸びて少々ワイルドな顔つきに)

そんなわけである意味、非常にバックパッカーらしい風体で、
僕たちは雨上がりのエレンホトバスターミナルに降ろされたのでした。

こんな時の僕らは、とても単純な行動をします。
まず腹ごしらえ。
もちろん取材も兼ねなければなりませんが、
ほとんどの場合、最初に目に入った店に飛び込みます。
なにせ長距離移動中はいつトイレに行けるか分からないので、
腹6分目程度までしか食べていませんし、
場合によっては水もあまり口にしていませんから、
もうお腹ぺこぺこ&脱水症状寸前。

お腹が落ち着いたら宿にチェックイン後の熱いシャワー。
これがたとえようもなく気持ちいい!
汗を流して、髪を洗い、きれいな服に着替えると、
ようやく人間に戻ったような気がします。

ふ〜・・・

さて、僕たちが今いるのは中国側の国境の街エレンホト。
ガイドブック上の情報も薄く、
到着してすぐ国境を越えるために素通りしてしまう旅人が多いからか、
事前の情報収集には限界がありました。
そこでざっと、どんなところかお話するとですね・・・

ここはもともと古い町があったわけではなく、
中国とモンゴルの国境が定められたがゆえに作られたのか、
ハルビンと同じく典型的な社会主義仕様の作りです。
とにかく道路も建物も交通量や人口と比較して不必要に大きい。
たとえば1ブロックの1辺が場所によっては500メートル以上ありますし、
ちょろちょろの交通量にも関わらず『細い』路地でさえ片側2車線は当たり前です。
ふつうは片側3車線ですからね。
まぁ作るだけならいいのですが、こんな巨大な造りにしてしまうと、
維持管理が大変ですよ。
で、やっぱり予算も人手も足りなくなったのか、
そこかしこが痛んだまま放置されている。

そうした光景と言えば、エレンホトも長春、瀋陽で見たのと同じく、
廃業して長らく放置されたテナントや、
無残な姿をさらした廃ビルが目につきます。
営業中のホテルですらメンテナンスは全然手が回っていません。
日本で言うと寂れた温泉街のホテルみたい。

でも団結路と錫林街の交差点付近には飲食店が集まり、
それなりの活気が感じられました。
駅前やバスターミナル周辺に旅人の用に応えるものは殆どありません。

宿泊する場合、バックパッカー流に『歩いて探す』は、先にお話しました通り、
エレンホトは街の作りが大きいので現実的ではないでしょう。
なるべく事前に予約した方がいいと思いますが、
Expedia や booking.com にエントリーされてるホテルは1軒もないので、
中華系サイトの trip.com がいいかもしれません。
飛び込みだと料金がだいぶ高く設定されています。
(僕らが今いるパシフィックインターナショナルホテルは、
 ネット予約だときれいなダブルルームが朝食付きで約2,800円ですが、
 飛び込みだと6,500円以上になってました。
 ここはバスターミナルや飲食店街にも近くてとても便利です)
また急に泊まることになった場合は、
バスターミナルに隣接しているホテルがコストと使い勝手の面でいいでしょう。

人種はあきらかにモンゴル人が多いです。
よく聞いていると中国語よりモンゴル語の方が聞こえてきますし。
そもそも体格と顔つきが変わるのですぐに分かります。
あ、僕らは中国人と間違われますね。

治安は良好です。
これは今回、訪れた他の街にも当てはまりますが、
危険な臭いを感じたことは1度もありませんでした。
それより気を付けていたのは制服組の存在です。
いや、彼らが悪行を働いているという意味ではなく、
僕たちとは社会思想が根底から違うので、
日本でならまったく問題のない行為が犯罪とみなされるケースがあるからです。
たとえば駅、空港などで写真を撮るのはやめた方がいいですし、
GPSのような計測機器を持ってうろちょろするのもリスキーです。
いずれも『スパイ容疑』で逮捕される可能性があるといわれています。
いたるところに監視カメラがあるので、警察官の姿が見えないからといって、
冒険的な行動をするのも慎んだ方がいいでしょう。
そんな訳で僕も今回、あまり1眼レフカメラを出して使っていません。
こうした地域で行動する場合の基準は、
『周りの人がやっていないことはしない』が一番確実です。

さて、今日はいよいよモンゴルへ入ります。
国境を越え、反対側の街、ザミンウードへ行くバスの出発時刻は13時30分。
前情報によると、なかなかワイルドな行程になりそうです。

そして18時。
ザミンウードから再び夜行寝台列車でウランバートルへ。

え? また臭くなるのかって?

ん〜・・・
それは国境を越えるときにかく汗と冷や汗の量次第でしょう。
予定通り行けば、24時間後にはウランバートル駅に着いているはずです。

天気は晴れ。

さて、そろそろ準備を始めますか。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月24日

第18回取材旅行 その5

はぁ〜・・・疲れたぁ!
やっぱり夜行寝台と長距離バスの乗り継ぎはしんどいの〜。

え?

あ、・・・すみません。
ほっとしたので、つい本音がポロリと出てしまいました。
これじゃ話が分かりませんよね?

では時間を昨日に巻き戻して・・・
_______________________________

今は6月23日17時20分。
僕たちは北京西駅の構内待合室にいます。

瀋陽からの移動は予定通り行きましたが、
北京のあまりの暑さに王府井まで歩いての取材はあっさりパス。
気温は33度となっているものの、
体感的には35度をゆうに超えているような気がします。
加えて日影がありませんからバックパックを背負って歩いているだけで、
10分もすると頭がくらくら・・・
湿度の低さが救いですけどね。
そんなわけで取材は駅の近くの餃子屋でお茶を濁し、
早々にここまで来ました。

場所にもよりますけど駅の中は別世界。
ここはハルビン西駅や長春西駅以上に巨大なだけではなく、
さすが10億人を超える人口の国の首都だけあって、
ものすごい人出です。

ウランチャブへ向かう夜行寝台列車の出発まで、
まだ4時間くらいあります。
僕らはあまりひと気のない隅のベンチに陣取り、
ブログを書いたり取材ノートをまとめていたりしています。
ともこは広大な構内の探検に出かけて行きました。
僕らの旅ではよくある、こうした空白のような待ち時間。
けっこう好きなんですよ。
日本ではまずあり得ませんからね。
時間があるというのは本当に贅沢なものです。
_______________________________

日付が変わって、今は6月24日(月)7時02分。
僕たちは内モンゴル自治区にあるウランチャブのバスターミナルにいます。
北京西駅をほぼ定刻に出発した夜行列車は、
これまたほぼ定刻の5時20分にウランチャブ南駅へ到着しました。

夜行寝台列車の旅。

こういうとなんか素敵でしょう?
でもね〜、ととらの旅ですから。

中国における2等寝台の現実とは・・・

上半身を起こす高さもない3段ベッドでした。
日本の押入れを想像していただければ当たらずとも遠からず。
ま、これくらいなら今までもありましたけどね。
驚いたのは、その寝台の状態。
多分、使いまわしのまま、数日は掃除も何もしていないでしょう。
寝具はぐしゃぐしゃ、そこいらじゅうがゴミだらけ。

ま、それでもいいのです。寝転がって行けますから。

気になっていたのは居心地より『眠れるか?』でした。
こと音に関して中国の人は驚くほどの耐久力をもっていますから。
たとえば、駅中のベンチで演説が始まったのか?
と思いきや携帯電話で話しているだけ。
今度はオペラ歌手たちのチャリティーコンサート?
いえいえ、ただ2、3人で立ち話しているだけ。

それなら今夜の車内はどんな出し物が始まるのかな?
と横になったら、消灯した途端、みんないい子に寝始めました。
そこで僕らも断続的に温度差や外からの光、人声で起こされつつも、
意外としっかり眠れたのです。

到着して車外に出ると、まず驚いたのが肌寒さ。
北京の酷暑がウソのようで18度くらいしかありません。
それもそのはず、ここは北京より北にあるだけではなく、
約1370メートルも標高があるのですね。
街の様子も微妙に変わり、
各種の文字表記が漢字とモンゴル文字の併記になりました。
ん〜、梵字にも似た独特な字形です。

さて、ウランチャブでのミッションは、
エレンホトまで行くバスチケットをゲットすること。

5時40分。
駅の斜前にある長距離バスターミナルまで行くと、
まだシャッターが閉まっていました。

6時になってターミナルは開きましたが、
今度はチケットブースが無人のまま。
さらに40分待ったところで、ようやく職員さんたちの登場です。

さぁ、僕がなぜ出発前に中国語の特訓をしていたか、
実はすべてこの時のためだったのです。
北京ですら通じなかった英語が、
この内モンゴル自治区で使えるわけがありません。
しかもちょっとした挨拶や「ギョーザ下さい」みたいな簡単な話でもない。

順番が来た時、僕はひと呼吸おいて話し始めました。

「ゾウシャンハオ! ウォ シャン チィ アーレンフォト。
 ウォ メン シィ リャングゥリェン」
(おはようございます。僕はエレンホトに行きたいです。
僕たちは2人です)

どうだ? お、通じたみたいじゃん!

しかし調子に乗ってはいけません。
日付や時間の正確なやり取りまではまだ自信がない。
そこで事前に用意した紙を見せて中国では貴重なスマイルを追加。

すると彼女は頷いて僕が持っているパスポートを指さしたではないですか!

やった〜、成功だ!

出発時刻は8時。
鉄道より3時間半以上早いとはラッキー。
しかも料金は300キロ以上の長距離でひとり約1,341円也。

こうして雨が降るなか走り始めたバスは間もなく街を抜け、
あとはひたすら草原を貫く道をひたすら走り続けました。
モンゴルとの国境はもうすぐです。

しかし、給油で寄ったガソリンスタンドで、
思わぬオチが僕らを待っていました。

それはトイレ。

ギョーザ本の第2章でも書きましたが、
僕の旅の経歴で唯一退散したのがここ中国のトイレ。
それが今回、どこの街でも拍子抜けするくらい、
フツー&キレイになっていたのです。

さすがに20年近く経てば変わるなぁ・・・

と甘く見るべからず。
やっぱりこの国は僕の期待(?)を裏切りませんでした。

(注;お食事中の方は食べ終わってからこの先をお読み下さい)

広大なガソリンスタンドの端にあった小屋ぐらいの大きさのトイレ。
外見は殺風景な灰色の箱です。
しかし中は・・・

何もありません。

壁も、扉も、便器すらも・・・
グレーの陰鬱な空間がぽっかり口を開けていただけ。

いや、よく見るとありました。

10畳ほどの広さの部屋のやや奥よりに、均等になって長方形の『穴』が3つ。

そう、ここは3人用の『トイレ』なのです。

入り口で固まっていた僕を後ろから他の乗客が押して入ってきました。
彼らはそれぞれ、その『穴』の手前に立ち、
男性ならではの方法で小用を足しています。

彼らが立ち去ったあと、僕も恐る恐るその『穴』に近づいてみました。
その穴の下の光景は・・・
(極度にスーパースカトロな光景につき、僕の感性では描写不能です)

小ならまだしも、大を3人でする光景を思い浮かべた時、
僕は別の意味で人口以上に中国の恐るべき底力を感じました。

身震いしながら出てくると、
そこには『女性用』から出てきたともこの姿が。

そうか、女性の場合、小でも話が別だった!

「だ、だいじょうぶ?」

「うん・・・でも、ものすごい経験をしてきた!」

彼女もまた、この件については多くを語りたくないそうで・・・
_______________________________

こうして遠路ようやくたどり着いた国境の街エレンホト。
そのお話はまた明日・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月22日

第18回取材旅行 その4

昨日の16時半ごろ、僕たちは予定通り瀋陽に着きました。
今日は旅の5日目。
明日からのハードな移動に備えて休日を楽しんでいます。
といってもあれこれ出歩いているのではなく、
反対に食事以外はホテルでのんびり。
取材のノートをまとめたり読書したりですね。

その宿ですが、今回、僕たちの中国における平均宿泊費は、
ダブルで概ね1泊2,500円前後。
そういうとまたとんでもない所に泊っているな?
と思われそうですが、物価が安いので、
これでも日本でいう中級レベルの内容なのですよ。
居心地はとてもいいです。

ちょっと残念なのは、どこもスタッフとのふれあいがまったくないこと。
これは国民性の違いというか商い習慣の相違というか、
挨拶もしないのですよ。
それどころかチェックインの時の「いらっしゃいませ」や、
支払いの時の「ありがとうございます」すらなし。
加えて無表情なので日本的な感覚でいうと、
なにか怒っているような印象を持たれるかもしれません。
しかし、これで普通なのです。
ローカル同士のやり取りを見ていてもみな同じ。
ほとんど目を合わせないし。
当然、宿泊客同士はお互いをほぼ完全に無視しています。

で、例によって僕はここでちょっと実験をしてみました。

「早上好(ザオシャンハオ(おはようございます))!」

朝、エレベーターエントランスで一緒になった、
母、娘とおぼしき二人に挨拶してみたのですよ。

お母さんは何も言いませんでしたが、
娘さんは、一瞬はっとたじろいだ後、口ごもるように挨拶を返してきました。

次は朝食で入った近くのスタバ風のローカルカフェ。
起きたばかりで頭の回らない僕は、英語で注文し始めました。
見かけは中国人と変わらないオジサンが突然英語で話し始めたので、
カウンターの女の子は、え?っとなりましたが、
オーダーは通じたようです。
次は彼女が中国語で何か言い始めましたが、
まったく分からない僕は、たぶん持ち帰りか否かを訊いているとあたりを付け、
また英語で「ここで飲みます」と返すと彼女は納得。

で、面白かったのは店を出るとき。
僕が下げ台に食器を持って行き、ひと声「謝謝」とここだけ中国語で言うと、
今度は消え入るような声で「Thank you」と返事が。

僕の国籍がどこか分かっているようには思えませんでしたが、
こういうのもまた草の根外交のひとつだと思ってます。

対日感情が悪い印象はここまでのところまったくありません。
いや、実際、地域が地域だけに、
この点は出発前から大きな懸念材料のひとつだったのですけどね。
だってあたらめて日中間の近代史を読み直していると、
ありゃ〜、やっちゃったね・・・って感じですから。
(この辺の詳しい話はまたいずれ)

しかし隠し立てしても始まらないので、
僕はローカルと接した時には「我是日本人」とあっさり話しています。
で、先方の反応はというと、皆さんおしなべて好意的でした。
もちろん正確には何といっているのか分かりませんが、
笑顔を浮かべ、言葉の中には「リーベン(日本)」とか、
「ハオ(良い)」という単語が聞き取れたので、
少なくとも悪口や批判ではないでしょう。

取材は順調に進んでいます。
分かりやすく申しますと、
二人とも「もう当分ギョーザは食べたくない!」と心底思えるくらい、
餃子を食べ続けているのですよ。

今回は新しい料理を見つけることより、
ギョーザのルーツ探しがミッションですから取材メソッドも違います。
なるべく古そうな店に入り、そこで食べた餃子を、
『呼称、加熱方法、大きさ、形、食感、中身の具、味、食べ方』で、
比較して行くのです。
実際この方法で実に興味深い事実が浮かび上がって来ました。
この辺もあとで詳しくお話ししますね。

さて、冒頭でも触れましたように、
明日から3日間がこの旅の山場です。

まず明日は早朝6時前にチェックアウトし、7時の列車で北京へ移動。
北京では懐かしの王府井を中心に取材を進め、
21時過ぎの夜行寝台列車で内モンゴル自治区のウランチャブへ、
そこからバスか鉄道で国境の町エレンホトまでアクセスします。

何かとトラブルの多そうなこの国境を越え、
モンゴル側のザミンウードに抜けたら、
再び夜行寝台列車でウランバートルまで。

多分、エレンホトの宿でネットワークに入れると思いますが、
それがNGだとウランバートルに着く26日の水曜日まで、
僕たちはオフラインになるかもしれません。

ウランチャブから先は極端に情報が少なく、
ほぼ僕たちも出たとこ勝負になりますから、あとは着いてのお楽しみかな?
さいわい二人とも体調はいいので、まぁ、どうにかなる・・・でしょう。

まもなく時計は17時。
さぁ、今晩もまた餃子を食べに行かなくちゃ。
うへぇ〜・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月20日

第18回取材旅行 その3

旅の3日目。
僕らは午前中に高速鉄道で長春まで移動しました。
これ、最高時速約230キロ前後で走行する中国版の新幹線ともいえるもので、
220キロメートル離れた長春までたったの1時間20分。
それでいて指定席(+発券手数料)でひとり1550円也のハイコスパでした。
2等車でもきれいな車両で乗りご心地よし。

それにしても中国の鉄道は規模が大きいですね。
出発したハルビン西駅の巨大さには圧倒されましたよ。
さながら幕張の国際展示場のようです。

ちなみに移動コストと言えば、
ハルビンタクシーも明朗会計&リーズナブル。
初乗り8元(約125円)で、3キロメートルから先は、
500メートルごとに1元(約16円)が加算されます。
さっきホテルからハルビン西駅まで10キロほど乗っても約400円くらい。
(ひとり約200円・・・都バスより安い!)

ただし収入比較すると、
中国人の平均所得は日本人の32パーセントくらいなので、
まぁ、それなりの金額になるのでしょう。
(人口は10倍強ですからGDPは3倍前後になります)

さて、これまた巨大な長春駅に着き、
どんな街かと広大な地下道から地上に出てみれば、

おお、中国だ!

な街並みが広がっていました。
ハルビンに比べて街がコンパクトになり、
ごちゃっとした感じが香港の裏通りを髣髴させます。
駅の南東には『招待所』と称する簡易宿泊所が密集した安宿街もあり、
色と音のカオスといい、うさん臭さといい、
僕らもようやくエンジンがかかってきた感じ。
こうした場所には美味しいローカル安食堂があるんですよ。

そこでさっそくお仕事開始。
野生の勘で入った店で水餃と雲吞を注文してみました。
で、成果は・・・

お〜、なるほど!
ハルビンのギョーザとはっきり違いがあります。
この辺はメインテーマでもあるので、
あらためて詳しくお話ししなくちゃいけませんね。
この3日間だけでも、
かなり日本ギョーザのルーツの手がかりが見つかった気がします。

さらに雲吞を注文したのもお仕事のうち。
これ、皆さまもお気づきのように、
ギョーザのバリエーションとして分岐した料理と考えられるんですよ。
で、ここで食べた雲吞は、
まさしくジャオズと日本で食べる雲吞のミッシングリンクじゃないですか!

そう、ぺろぺろの皮にちょんもり肉が包まれているようなものではなく、
ほとんどスープに入った水餃だったのですね。
(湯餃(タンジャオ スープ餃子の意)という言い方もありますが、
この地域では見かけません)
そりゃもう食べ応え満点。
お味の方も、
二人そろって「今まで食べた雲吞の中では最高!」で一致しました。
なるほどね〜。

話は変わって中国経済です。

やや陰りはあるもののハルビン中心部の活況を目の当たりにすると、
中国も豊かになったんだなぁ・・・という印象を受けました。
しかし長春の中心で建設がとん挫したタワービルや、
その下に横たわる『さよならセール』寸前のモールを見て、
ふと思い出したのは、バブルの象徴のひとつだった横浜のマイカル本牧。

あそこは僕の実家のすぐ近くなので栄枯盛衰をつぶさに見ていましたけど、
古今東西を問わず、市場経済には波があり、頂点に合わせて箱モノを作ると、
遅かれ早かれ廃墟化が待っているというストーリーの典型だったのですね。
それが長春の場合は建設途中で放棄されたがゆえに、
ことさら荒涼とした雰囲気が漂っていました。

中国の収入不平等指数(ジニ係数)は、
2013年のワールドファクトブック(CIA)によれば、
データのある141ヶ国中27位。(日本は73位)

こうした投資のなれの果てをリアルにみていると、
富の集中が社会全体にとってどういう意味を持つのか?
あらためて考えさせられるような気がします。

あれ? ここは一応、社会主義の国なんだけどね。

さて、長春では明日の昼まで取材を進め、
午後にまた鉄道で南下し、遼寧省の省都、瀋陽に移動します。

ん〜、なかなか忙しいな!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月19日

第18回取材旅行 その2

ハルビンは中国最北に位置する黒竜江省の省都。
日本でいうなら札幌に相当すると思いますが、とにかく大きい。
とても地方とは思えない規模です。

その印象を増幅しているのが街の作り。
そもそもただの漁村だったところを都市化したのがロシアだったので、
ベーシックな造りはアジアというよりまさにヨーロッパ、
それも何かと建物や道路、区画を大きく作る社会主義仕様なのですよ。

普通の道路ですら片側3車線は当たり前。
建物は四角く巨大で仰々しい。
なんか人間が小さく感じます。

こんな風景どこかで見たな、と記憶をたどれば、
それはカザフスタンのアルマトィやアルメニアのエレバン、
そしてご本家のサンクトペテルブルグでしょうか。

そんな訳で、ちょっと2ブロック先まで行くにも、やたらと距離があり、
道路を渡るのもちょっとした気合が要ります。

英語はやっぱり通じませんね。
いま泊っているホテルですら、
フロントでも英語で話しかけるとスマホをかざしてきます。
なんだろう? と思って見たら翻訳アプリが起動していました。
「これに向かって話して」っというわけですね。

でもさぁ、
予約サイトでは使える言語が中国語と英語ってなってたんですよ。
人間のナマのスキルではなく、からくりものまでカウントするのなら、
それこそ『全言語対応』くらい謳っちゃえばいいんじゃないかい?

む〜、そこで頑張る僕のなんちゃって中国語ですが、
今のところコミュニケーション成立率35パーセントくらい。
練習しなくちゃ!

さて、午前中は重要なミッションがありまして、
ウェブ経由で購入しておいた鉄道チケットの受け取りに、
ハルビン駅北口まで行ってきました。
ここで興味深かったのは、ローカル同士のやり取りです。

日本でも中国人観光客の『マナーの悪さ』が指摘されて久しくなりましたけど、
ここで気を付けなければならないのは、
マナーとは純粋に文化的なものであるということです。
つまり世界にはさまざまな文化があるように、
ワールドスタンダードなんてものはありそうでない。
事実、ほんの数時間前に僕らがハルビン駅で見た光景は、
ある意味、日本はもとより、ほかの国でもあまり見かけないものでした。

僕がインフォメーションカウンターの前で並び、
自分の番になってさぁ話そうとした瞬間、
50歳代と思しき女性に横からどすんと押しこまれ、
力技で横入りされたのです。
そしてそれを目の前で見ていたインフォメーションの女性は、
何事もなかったかのように、その女性の質問に答え始めました。

なるほどね〜、この辺はまだ変わってなかったか。
でも、一応列があり、横入りは『たまに』ですから、
列すらなく、カオスにしか見えなかったインドの鉄道チケット売り場より、
だいぶ旅がしやすいと思います。
(ま、それも15年くらい前の話ですけど・・・)

次はチケット売り場で並んでいた時。
隣の列の様子を見てたら、
日本でなら大クレームになりそうなことが普通に繰り広げられていたのです。

乗客が列に割り込むならスタッフも負けちゃいません。
窓口のスタッフが相手も見ずに、
チケットやお金をポイっと投げてるじゃないですか!
ところがここでは「おい、ちょっと待てよ! なんだその態度は?」
なんてことにはなりません。
投げられたお客さんは何事もなく、
お金とチケットを受け取って去って行くのです。
あ、もちろん、この間どちらもスマイルなんてなし。

この観察は興味深かった!

で、僕の番になったので、
試しにローカルとは違うアプローチを試してみたのです。

「ニイハオ!」(これは100パーセント通じます)

僕は『笑顔』で『明るく』窓口の女性スタッフに挨拶してみました。
これまでまったくと言っていいほど、
お客さんに顔を向けなかった彼女がはっと僕の方を見ました。

よ〜し。

次はともこ語の要領で、
「トリップドットコム! トリップドットコム!」
(この中華系旅行サイトで鉄道チケットをブッキングしたのです)
次にメモ帳に書いた5路線分の予約ナンバーとパスポートを見せました。
すると彼女は頷いて、それらを受け取ろうと手を伸ばしてきたのです。

すべてのチケットを受け取った後、
僕はまた最初と同じように「謝謝!」
ここで彼女はようやく、はにかむような笑顔を浮かべたのでした。

そう、それが見たかったんだよ。

彼らには彼らのやり方があり、僕には僕のやり方がある。

自分が今いる文化圏でNGにならないなら、
僕は基本的に自分のスタイルで振舞っています。
そう、それはもちろん、日本の文化をベースにしたもの。

明日は午前中にローカル鉄道で吉林省の省都、長春に移動します。
この移動中もまた、とてもいい観察の機会に恵まれることでしょう。
それではおやすみなさい。

to be continued...

えーじ
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2019年06月18日

第18回取材旅行 その1

日本の皆さま、こんばんは!
僕たちは予定通り中国東北部の街、ハルビンに着きました。
そちらとの時差は1時間だけ。

それもそのはず、成田からのフライトタイムはたったの2時間55分。
台北に飛ぶより短いくらいです。

昨夜は思った通り、
ととら亭のシャットダウンや旅行の最終準備に手間取って、
結局、2時間ちょっとの仮眠をしただけで出発。
もう眠いのなんのって・・・

で、今回は成田エクスプレスの終点、第1ターミナルではなく、
ひとつ前の第2、3ターミナルだったでしょう?、
寝坊して降り遅れないか心配でしたよ。

そういえば日本からの出発でLCCを使うのは今回が初めて。
第3ターミナルはどんなところかしらん?
と、駅からワクワク630メートルも歩いて行ってみれば、
なるほど航空会社だけではなく、
建屋もチェックインカウンターもみ〜んなLow Cost。
地方のアウトレットみたいじゃないですか。

チェックインカウンターが混んでいて時間がかかった僕らは、
フードコートで食事をする暇もなく、そのまま出国手続きへ。
まぁ、セキュリティエリアでも何かあるだろうと思いきや、
あったのはカフェが1軒だけ。
でもホットドックとチキンのホットサンドウィッチは美味しかったですよ。

さて、のんびりする間もなくボーディングタイムとなり、
次はどんなLow Costかな?
と1階のボーディングゲートまで行ってみれば、
なるほどブリッジで飛行機と連結されているはずもなく、
バスで駐機場を巡る、かなり長いドライブツアーが待っていました。

この辺から乗客はほとんど中国人の方たちなので、
すでにハルビンに着いたかのような雰囲気。

いいですね。

今回お世話になったのはSpring Japan(春秋航空)さん。
LCCとはいえサービスは簡略化されていても、
日本語と中国語のバイリンガルキャビンクルーさんたちはおしなべてラブリー。
3時間を切るフライトタイムであればLCCも十分ありですね。
僕らにとってはもう十分です。

ハルビンの太平国際空港は、
今年の1月に行ったトルコのカイセリ空港と同じく、
いかにも地方都市によくある鄙びた感じ。
イミグレでは指紋を全部スキャンされるのですが、
これがよくできたシステムで、
インスペクターがパスポートを読み取ると、
その時点で国籍が判別され、
「右手の指を4本画面に乗せて下さい」
ってな具合にスキャナーがその国の言葉で説明を始めるのです。
とうぜん僕らには日本語で分かりやすく話してきました。
ディスプレイに具体的な指の置き方まで表示されますから、
あれならまごまごする人もあまりいないでしょう。

さて、次のバゲッジクレームは、ぽつねんとターンテーブルが1台だけ。
かなり待たされるとの前評判でしたけど、
僕らのバックパックはさらっと出てきました。
そういえば、かつてはこういう時の中国人の方たちは、
みなさん殺気立って怖かったのですが、
ここでは皆さん、お行儀よく、
他の人に迷惑をかけないよう荷物を取っていました。
こういうところは、ここ30年でほんと変わりましたよね。

そして税関をするっと抜ければそこはアライバルロビー。
Welcome to China!!

なんだけど、なんにもない。ほんとにない。
キオスクやカフェはおろか、
ツーリストインフォメーションもATMもないのですよ。
あるのは両替窓口ひとつだけ。
(カイセリはこれすらなかったな)

しょうがないので当座の人民元をゲットして表に出たら、
今度はタクシーはうじゃうじゃいても市内へ行くバスがいない。
で、営業をかけてきたタクシードライバーに、

「市の中心へ行くバスはどこから出ますか?」
と訊けば、
「そんなのはない」

ホントかい?

で、両替所のお姉さんに訊けば、
国内線ターミナルへ行くシャトルバスを指さしています。

ん〜、そうじゃないんだよ。やっぱり英語はダメね。
いや、待てよ・・・
国内線のターミナルに行けば、
ATMやバスターミナルがあるのかもしれないぞ。
タクシーならどちらでもうじゃうじゃいるのだから、
ダメもとで行ってみよう。

ああ、彼女が正解でした。

なんと無料シャトルバスで行った国内線ターミナルは、
国際線のそれの数倍はあるかと思う立派なもの。
当然、カフェもキオスクもみんなありました。
僕らはバスチケットブースで中心部までのチケットを買い、
ちょうど発車寸前だったバスに滑り込みセーフ。

そんなこんなでハルビン駅前のバスターミナルに着いたのは、
現地時間の16時頃だったかな?

ハルビンの天気は晴れ。気温は23度。
風が乾いていて、とても気持ちがいいです。

ここでホテルまで行く前に、遅いランチにすることとしました。
もうお腹ペコペコ。
もちろんさっそく取材の始まりでもあります。
今回のミッションのひとつは日本のギョーザのルーツ探し。
というわけで入ったお店が『東方餃子王』!

いいね〜、このネーミングセンス。
餃子王なんだからまず間違いない。

さらに注文したのが『餃子大会』。

これだけでもうお分かりと思いますが、
『餃子大』の『餃子大会』が美味しくないわけないんですよ。

そして結果はまさしく僕らの期待を裏切りませんでした。
具の異なる4種類の餃子の盛り合わせ。
どうやって食べるのかな? 酢とか醤油をつけるの?
なんて発想そのものが邪道であることが一口食べて分かりました。

そのままでいいのです。
完成されているんだから。
(写真はあとでお見せしますね)

いやぁ〜、到着して2時間足らずでこの収穫はうれしい。

さぁ、天気もいいし、もう少しお腹がこなれたら、
目抜き通りである中央大街の偵察です。
ここにもギョーザの老舗の店がたくさんあるとか。
楽しみだ〜!

えーじ

P.S.
そうそうインターネットの接続テストの結果ですけどね、
やっぱり Google や Youtube などはアクセスできませんでした。
さいわい、ととら亭関連のサーバはウェブサイト、ブログ、メールともにOK。
ま、大物以外はあんまり気にかけていないのでしょうね。
posted by ととら at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記