2024年01月09日

僕のニュービジネス・・・?

先日、とあるお客さまからこんなお話が・・・

「あなたたち、この前、旅行に行ってたでしょ?
 それで予約したくても電話に出ないから、
 店の前に貼ってある営業予定を見に来たのよ。
 そしたらね、シャッターのすぐ前に人が立ってたの。
 で、近付いてみたら、何してたと思う?」

「合掌しながら、お辞儀してるじゃない!」

「あたし、びっくりしちゃってさぁ。
 で、何してるんですか? って聞いたら」
 
「駅前で宝くじを買ったんで、
 当たるようにお願いしてるんですって!
 ここを神社だと思ったのよ!

「だからあたし、言ってあげたの。
 ここはレストランですよって」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

驚きました。

jinjya.jpg
シャッターが降りた状態ってこうですよ。

holidayannounce_231127.jpg
で、そこに取材中はこれが貼ってあったわけです。

だけど、その方には神社に見えたのですね。

なんて話を別のお客さまとしていたら、
その人も神社に見えなくもない、となっ!

そこでビジネスマンの僕はひらめきました。

賽銭箱を作ろう!

で、取材中、それを置いておけば、
帰国すると飛行機代くらいのお賽銭がたっぷり・・・

ないかな?

ところで、ととら亭で願をかけて何のご利益があるんだろう?
少なくとも金運は・・・ねぇ。

えーじ
posted by ととら at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2024年01月06日

The other side of European taste

旅行とは短時間で散財する高価な娯楽。

うん、確かにそうですね。
でも、考えようによっては、かなりお得と言えるかもしれません。
なぜなら旅は計画の段階から始まりますし、
(地図やガイドブックを見ているだけでワクワクしてくるでしょ?)
帰ってからもその思い出をずっと楽しむことが出来る。

メニュー替えの度に僕はそれを実感しています。
キャプションを書くために取材ノートを読み返したり、
メニューやポスターに使う写真を探していると、
まるで今もその旅の途上にいるような気がしてきますからね。

そして、それには「いつ行ったか?」も関係ありません。
今回、引っ張り出した資料は2017年のハンガリー旅行のもの。
短いながらもセゲドやブダペストで過ごした日々が、
鮮やかに蘇ってきました。
とりわけ12年ぶりに訪れたブダペストは、
たくさんの思い出がありましたからね。

華やかなウィーンと違って、どこか影のある街。
それでいて地味な魅力に満ちているのは、
オスマン帝国に占領されていた時代の影響や、
古くは元々モンゴロイドだったと言われる、
マジャール人の出自が関係しているのかもしれません。
言語もレアなフィン・ウゴル語のグループですし。

ともあれ、この国の食文化を堪能するのに、
歴史の蘊蓄は必ずしも必要ないでしょう。
ただ一口、グヤーシュを啜れば、
ハンガリーがヨーロッパの中でも異色の存在であることが、
お分かりいただけるかと思います。
特にヨーロッパといえばフランスやイタリアの料理を思い浮かべる方には、
ちょっとしたサプライズになるかもしれません。

ハンガリー料理特集

文化の多様性と複雑な関係が一皿の上で表現されています。
この冬はヨーロッパの意外な側面が見える、
東欧の味を楽しんでみませんか?

えーじ
posted by ととら at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2024年01月04日

ゴールからのスタート

一般的に、今年は今日が仕事始めのようですね。

ととら亭は帝釈天に合わせて元旦が初日。
このスタートは柴又でも早2回目になりますが、
今回は今までにない特別なものとなりました。

と申しますのも、去年こそが10年以上前から水面下で進めていた、
遠大なプロジェクトのゴールだったのです。

そう、2010年に中野区の野方で独立し、
3年ほどかけて今に通じる「旅の食堂」のスタイルを確立したものの
それは同時に、
出来ることと出来ないことが分かった節目でもありました。

そこで僕らが突き当たった壁はふたつ。

1.経営条件上、1回半月を越える旅に出るのは難しい。
2.通常の労働時間を一人400時間/月以下にするのも難しい。

その理由は?

固定費です。

そう、東京23区内で賃貸住宅にお住まいの方には説明不要ですが、
家賃の高さがハンパじゃないのですよ。
ことそれが商業物件(テナント)だったりすると、
場所によっては「いったい誰が払えるんだろう?」なお値段。

そして僕らのように住む場所も賃貸だったりすると、
ダブル家賃は恐るべき重さで経営(と生活)にのしかかってきます。

そこで行き着いた答えはただひとつ。
自分たちの物件、すなわち、
店舗付き住宅を手に入れるしかない!

ところが皆さまご存知のとおり、
僕らは資金が乏しい上に、個人事業主は銀行に信用がないため、
いろいろ回り道をしなければならず、
それでこのプロジェクトの期間が、
足かけ10年以上になってしまったのです。

ともあれ、とてつもない紆余曲折を経たこの企みも、
自己ベストの形に収まり、
僕らは家賃のための労働からついに解放されました。
そこで発表したのが今月の営業スケジュールです。

今年から月曜日のディナーを休みにすることで、
都合、皆さんと同じ「週休二日」が実現します。
また、ディナー営業の開始時間を18時に統一することで、
週末の準備にも余裕が生まれました。

はぁ〜、やっとここまで来れたか。

ようやく人間らしい生活に戻れたことを、
心から喜んでいる僕らでございます。

えーじ
posted by ととら at 09:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2024年01月01日

Happy new year 2024

あけましておめでとうございます。

20代の頃、
一生旅をして行くにはどうしたらいいのだろう?
と真剣に考えていました。

いま、その方法を考えて、
実行してくれたえーじに感謝しています。

今年は、
これまで以上に私たちらしい生き方をして行けそうで、
ワクワクしています。

夢を持てたこと、
夢を実現するためのパートナーを見つけることができたことを、
幸せに思います。

広い世界を見てみたい!

ともこ
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2023年12月31日

この1年を振り返り2023

今朝、起きたら10時を周っていました。
昨夜は目覚ましをセットしなかったのですよ。
こういう朝は年に3回もないので、
コーヒーが一段とおいしく感じられましたね。

気分がすっきりしているのは、
爆睡効果のほかに、
1年を完走した達成感があったからかもしれません。

波乱万丈がフツーの人生を自ら選んだ僕ではありますが、
この1年間は、さすがにその選択を「ちとやり過ぎたか?」
と、ため息が出たことも。

ま、よくある話ですが、
TReP(ととら亭移転計画)の詰めと並行して、
個人的なビッグプロブレムの対応をやっていたのですよ。
ですから営業と同時にそれらが大きな節目を迎えた昨日は、
さながらフルマラソンを、
いや、トライアスロンを完走したかのような気持ちになりました。

もちろん、これらの結果は皆さまのお叱りを待つまでもなく、
いわゆる「完全無欠の100点満点」ではありません。
大小合わせて無数のドジを踏みながら転がり込んだゴールです。

でもね、やったことのない目標に、
マニュアルなしでチャレンジしたのですから、
凡人の僕らにしては上出来じゃないか?
と、自己評価しています。

そう、これ以上やったら死ぬな・・・くらいコミットしたので、
ほんと、後悔はまったくないのですよ。

とはいえ、すべての結果を自力で出したとは、
いかにゴーマンな僕でも考えていません。
重要な局面だけではなく、常日ごろから、
僕は多くの人々に助けられてきました。
そのひとつでも欠けていたら、
今の達成感を噛みしめることはできなかったでしょう。

本当にありがとうございました。

そして何より、これらの結果は、僕一人ではなく、
ワイフであり、仕事のパートナーであり、
旅の相棒でもあるともこと一緒に出したことも忘れてはいません。

今年も苦労をかけたね。
どうもありがとう。

えーじ
posted by ととら at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2023年12月30日

仕事納め2023

柴又で初めて1年を通した仕事が終わろうとしています。
初年は7月20日オープンだったので、
営業したのは5カ月余りでしたからね。

この1年間は、もうひとつ大きな前進がありました。
それはコロナ禍を越え、旅に戻れたこと。

1月のバリ島で勘を取り戻した後、
6月のインドネシア、マレーシア、タイ。
そして12月のオーストラリア。

移転も含めてかなりの紆余曲折がありましたけど、
ようやく僕たちのあるべき姿に戻れたと思います。

新しいことでは、元旦営業や、
花火大会での店頭屋台販売なんてのもありましたね。

普段は目の前のタスクにかまけて、
全体を思い浮かべる余裕なんてありませんが、
今日、この1年間の道程を振り返って見えた光景は、
どこか、ウビアの岩山から臨んだ、
アーネムランドの景色に似ているような気がします。

そう、あれは僕らにとって未踏の世界でありました。
まさに人生は旅。
それも冒険の旅なんですよね。

さて、今年もこの後のディナーが最終イニング。
僕たちらしいプレイで締めたいと思います。

えーじ
posted by ととら at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2023年12月28日

第21回取材旅行 番外編その2

帰国して10日が経ちました。

頭の切り替えが苦手な僕もすっかり柴又の日常に戻りましたが、
旅のフラッシュバックは続いています。

そこに現れるのは人。

不思議なもので、
おいしい料理や美しい風景以上に思い出されるのは、
たいてい人の印象なのですよ。

旅の途中、クーインダで出会ったマコさんとイバさんについては、
その7」をご覧頂くとして
今日は思いつくまま、
そのほかの記憶に残った人々についてお話しましょう。

まず、出発の羽田空港で。
時間が早すぎてまだ飲食店が開いていないと考えた僕らは、
行きがてらコンビニで買ったパンを持ち込み、
ボーディングゲート近くのベンチでそれを食べていました。
横にあったのはコンビニが運営している自動販売機。
すると20歳代の白人の男性が現れ、何かを買おうとしています。
僕はパンを頬張りながら、
「サンドウイッチとコーヒーかな?」とぼんやり想像していましたが、
なんと彼が手にしたのはおにぎりと緑茶。
そしてやおら床に座り込むなり、
おいしそうにもぐもぐ食べ始めたのです。
日本と和食が気に行ってくれたのかな?

ダーウィン空港では、
市内行きシャトルバスが長らく運航していないことを知り、
タクシーに乗り込んだ僕ら。
そこで初老のドライバー氏に、
「オーストラリアをレンタカーで縦断するんですけど、
 何かアドバイスを頂けますか?」と聞いたところ、
彼は親切に「田舎道では飛び出す動物に気を付けろ」から、
「アリススプリングにはいい博物館がある」など、
観光のアドバイスまでしてくれたのです。

そして話がダーウィンの戦争博物館に及んだとき、
「ああ、あれはすみませんでしたね」
と僕が日本軍の爆撃を詫びると、
「もう終わったことだよ。今では友だちじゃないか!」
こう言いながら、サンタクロースのような笑顔を浮かべていました。

テナントクリークのレストランで、
夕食を食べた僕らが通りを渡ろうとすると、
反対側にはアボリジナルのハイティーンの女の子たちがたむろっていました。
近付く僕らにそのなかの一人が、
「おじさん、あたしお腹空いてるの。それくれない?」
僕が手にしていたのは食べきれなくて持ち帰りにしたフライドライス。
「いいよ。フライドライスだけど、食べるかい?」
「うん!ありがと!」
雷雨が降り始めたので僕らはそのままホテルに入ってしまいましたが、
彼女たちともう少し話をしておきたかったな。

アリススプリングの安宿で。
チェックインの時に挨拶を交わした30歳代後半と思しき白人女性。
その後も買い出しのスーパーでばったり。そしてキッチンでも。

「よく会いますね」
「どちらから?」
「セルビアからです」
「え? それなら行ったことありますよ。
 ベオグラードとスポティザだけだけど」
「あら、それは違う国ですよ」
「え?」
「シベリアです」
「シベリア? ・・・って、じゃあ、ロシア?」

すると彼女は少しばつの悪い表情を浮かべ、

「ええ」

そうか、やっぱり気にしてるんだな。

「ああ、ならサンクトペテルブルグに行きましたよ。
 僕は東京でレストランをやっていてね。
 ロシアの料理を紹介したこともあります。
 お国の料理はおいしいね!
 次はウラジオストックからシベリア鉄道でモスクワまで行きたいな」

ここで再び彼女に笑顔が戻りました。

メルボルンで空港に向かうUBERタクシーのなかで。
ドライバーは30歳後半と思しき、パキスタン人の男性。

「移住したのですか?」
「11年前です」
「これはあなたの車?」
「そう」
「すごいですね。オーストラリアでの生活はどうですか?」
「いいですよ。コロナのときもシャットダウンされたけど、
 ちゃんと保証してくれたし。
 祖国ではこうはいきません。貧しい国ですからね」
 
「メルボルンではアボリジナルの人々をまったく見かけませんが、
 なぜだか分かりますか?」
「ああ、彼らは働かないから都会に住むおカネがないのです」
「僕はノーザンテリトリーのスーパーやショッピングモールで、
 彼らの姿をたくさん見ましたけど、収入はどうしてるのでしょう?」
「政府から生活費が出ているんですよ。2週間で800ドルだったかな?
 でも、学校に行かないから英語も話せないし、
 自分でおカネを稼ぐことはできません」

彼の口調はやや批判的なトーンを帯び、続けて、

「政府は彼らの文化と人権を認めて土地も返しているんですよ」

僕は話題を変え、

「この国でパキスタンからの移民は少数派だと思いますが、
 独自のコミュニティーはあるのですか?」
「いや、ありません。みんないろんな場所に散っています」
「それは寂しいですね」
「はい」
「ご家族は?」
「妻と子供が3人。みんなこの国で生まれました」
「いつか祖国に帰りたいと思っていますか?」

彼は少し考えて、

「いいえ。たまに里帰りするかもしれませんが、
 移り住むことはないでしょう。
 僕も家族もオーストラリアの市民権を持っていますから」

旅は出会い。
そしてその出会いには、それぞれのドラマがあります。
僕の記憶に残るのは、そうした小さな宝石なのかもしれません。

End

えーじ
posted by ととら at 15:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2023年12月25日

第21回取材旅行 番外編その1

今回はおまけで取材旅行の舞台裏をご覧に入れましょう。

料理の取材というからには、
対象料理を中心に、とことん食べ歩いているのですが、
「取材対象がない!」街も、ときにはあります。

困りました。

でも白状しますと、これはこれで楽しくもあるのですよ。
フリーで食べたいものが食べられますからね。
で、今回、入っておいしかったのは・・・

darwin_au.jpg
ベトナム料理 ダーウィンにて
1960年代から続いた戦争の難民が多いので、
オーストラリアで生まれた2世、3世も沢山います。
ダーウィンでは気候も近いせいかハーブがたっぷり。
ジャスミンライスもいい香り。

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アフガニスタン料理 アデレードにて
中東からの難民、移民も少なくありません。
こういうところは日本と違いますね。
これはギョーザのマント。
本国は入れないので勉強になりました。

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アルジェリア料理 アデレードにて
難民と一言でいっても戦争のみならず、
政治や経済が原因であることもあります。
まぁ、いずれも情勢が不安定な国が多いですね。

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インド料理 ポートオーガスタにて
インド系移民もたくさんいらっしゃいました。
このお店のスタッフさんは英語のアクセントからして、
幼少期に移住してきたか、
オーストラリア生まれだったんじゃないかな?
立ち居振る舞いがぜんぜんインド人っぽくない。
料理も洗練されていてお店は大繁盛。

katharine_au.jpg
中華料理 キャサリンにて
本格的な祖国の料理を出す飲食店が多いなか、
ときには怪しげなところも・・・
汁ソバが食べたかったのでメニューを指さし、
「これはスープヌードルですか?」
と白人系のスタッフに聞けば、
「はい、そうです」とのことでしたが、
出てきたのはご覧のとおりのあんかけ風五目麺。
キッチンはたぶん華人や華僑じゃ・・・なさそうですね。

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タイ料理 マウントガンビアにて
ここは白人のシェフが切り盛りするレストラン。
僕らが食べた限り、
オーストリアのエスニック系レストランで共通していたのは、
ナンプラーやベラチャンなどの発酵調味料がほとんど使われていないこと。
やっぱり欧米系のお客さんには臭いが苦手なのでしょうね。
僕はちょっと物足りなかったけど。

alicesprings_au.jpg
朝食 アリススプリングにて
ここではコテージに泊まっていたので朝食は中庭で。
他のバックパッカーとの交流が楽しかったです。
彼らがキッチンで何を作っているのかも興味深かったですし。
いずれもお国柄が現れていました。

alicesprings02_au.jpg
中東料理 アリススプリングにて
物価の高いオーストラリアですが、
テイクアウト(オーストラリアではテイクアウェイ)すれば、
けっこう安く済みます。
おまけに量もこのとおり、普通でスーパーサイズですからね。
僕らはこれひとつでお腹いっぱい。

そしてさらに費用を抑えるとなれば、
自炊です。
これに尽きる。

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限られた器具で調理中。ユラーラにて

こんな風にスーパーで買い物をして自炊すれば、
かなりコストを下げられます。
(たとえば2リットルのミネラルウォーターが80円くらい)
たいていホテルに冷蔵庫と電気ポットがありましたし、
場合によっては電子レンジまであったところも。

そこで最も物価が高く、
飲食店の選択肢が少ないリゾートタウンのユラーラでは、
IGAというスーパーのチェーン店で買い出しをし、
ご覧のとおりの食事を楽しんでいたのです。

yulara01_au.jpg

おいしかったのはフムス。
これはトウガラシ入りやオリーブ入りなどさまざまなバリエーションがあり、
朝食のパンに塗って食べるとグッド!
また冷凍のミックスベジタブルを温め、フムスをデップにしてもイケますよ。
(中東系が多いのか、ムタバルまであった!)

ディナーのメインはインド系、中東系の電子レンジフード。
これも800円程度で安くてうまい!
お酒だって酒屋で買えばそれほど高くありませんから、
コテージで結構ゴージャスなフルコースを満喫していました。

長い旅では、こうしてたまに外食を「お休み」にして、
市場やデリカテッセンで買ってきたものを宿で食べる。
これはこれでその土地の食文化に触れられますからね。
お試しあれ!

えーじ
posted by ととら at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2023年12月23日

ここでもフツーにやってます

野方ではよく知られていましたが、
ここ柴又でも、ととら亭にクリスマスコース料理はありません。

洋食系レストランであるにもかかわらず、
お店にリースやツリーはありませんし、
僕もサンタクロースのコスプレをしていません。

なぜか?

僕らがクリスチャンではないからです。

が、いちばん尤もらしい説明なんですけど、
まぁ、そう固いことは抜きにしても、
感覚的に、もう卒業しちゃっているんですよ。

そりゃ僕だって30歳くらいまでは、
背伸びして彼女を高級フレンチに連れて行ったり、
ときにはお洒落なペンションを予約して、
(当時流行っていたんですよ)
ムフフなクリスマスを過ごしておりましたが、
さすがに40歳以降は・・・ねぇ。

それに、ととら亭が12月24日と25日は、
カップル限定みたいなムードになるのもどうかな?
と思いまして。

それで開業以来、ずっとフツーにやっているのですよ。
まぁ、こんなレストランが、
街に一軒くらいあったっていいじゃないですか。

えーじ
posted by ととら at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2023年12月20日

ととら亭再起動202312

早いですね。
柴又でも3度目の取材旅行。
帰ってきて近所のフェローたちやお客さまから、
「おかえりなさい!」と声をかけられると、
僕らもこの街の一員になれたのかな、そうしみじみ感じます。
帰る場所があり、
待っていてくれる人がいるというのは嬉しいものですね。

さて、旅行中はトイレとシャワーを除けば、殆ど一緒にいる僕ら。
しかしながら帰宅した翌朝からは違います。

ともこはそそくさと買い物に行き、
人間業とは思えないスピードで黙々と仕込みを開始。
僕はといえば、そうした彼女をわき目に、
ポストから溢れた郵便物を捌き、
その後は仕事部屋で支払いなどのペーパーワーク。

ランチのときに集まって、今後の予定を決める会議です。
2024年の予定から中短期にミッションをブレイクダウンし、
年末年始の営業予定を決めました。
おっと、これは数日以内にアップしますね。

それにしても毎回感心するのは、ともこの頭の切り替えの早さ。
一夜明けてというより、空港から電車に乗るやいなや、
既に翌日の仕事の段取りを考え始めています。
ま、そうでもしないと準備が間に合わないのでしょうね。

片や僕の担当は取材ノートのまとめや写真データの整理など、
振り返り部分が多いせいか、
なかなか通常モードに切り替わりません。
だから朝、目覚めたときに、
自分がどこにいるのか分からないのもお約束。

これ、「もし自分が××××だったら」、
と考えながら旅をする手法も影響している気がします。
たとえばオーストラリアでいうと、僕がもしアボリジニだったら、
初期の移民だったら、亡命を受け入れてもらえた難民だったら、
から、カンガルーやコアラだったら・・・
なんて想像しながら旅しているのです。
これは見る視線から見られる視線へのシフトであり、
限定的な自分のフレームから抜けて、
未知の世界へ身を投じるテクニックのひとつなんですよ。
どこへ行こうとも必ず付いて回る、
影のような「自分」という厄介なやつから如何にして遠ざかるか。
それに成功しないと、
それこそ地球の裏側にいても柴又にいるのと同じですからね。

さて、そんな戯言は脇において、今日からランチ営業再開です。
コロナ禍が日常化して初めての年末年始はどうなるのか?
この夏もそうでしたが、煩わしい規制から解放されて、
街行く人々の楽しそうな笑顔を見ていると、
なんだかこちらまで嬉しくなってきます。

2年目の柴又の年末。
どんな展開になるかな?

Let's dive into the unknown future!

えーじ
posted by ととら at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記