2017年10月05日

ロシア料理特集が始まります!

今は25時5分。
ほぇ〜、やっと終わりました。

今夜はアパートに戻っております。
メニューなどの印刷物がたっぷりありますので。
今回は旅のメニューに加えてアンコールメニューも同時に変えましたから、
作業量はちょいと多かったかな?

そうそう、
ワインの特集をヴィーニョヴェルデから赤ワインに変えたのも、
重なっていたのですよ。
こうなるとさすがに1日でやるのは難しいですね。
2日お店にこもってギリギリでした。

そんなわけで力が入っています!
2017年最後の旅の特集は、

ロシア料理特集

アンコールはソビエト料理と言えば同じ輪に入るジョージア(グルジア)から、
スパイシーなアジカが香るジョージアンスペアリブです。
ワインもジョージアとアゼルバイジャンでプッシュ!
皆さまのご来店をお待ちしております。

それではおやすみなさい。

えーじ
posted by ととら at 01:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年10月03日

Such is my life.

今は22時半。

先ほど銭湯・・・ならぬ自宅に行ってシャワーを浴び、
Hotel TOTORAにチェックインしました。
そう、旅のメニュー変えを明後日に控え、
昨夜からずっとお店に泊り込んでいます。
明日も準備で営業はお休みですから今回は連泊。

ともこはもう『ベッド』でくつろいでいますが、
僕は26時くらいまでかかるかな?
キャプションが書き終わり、これから写真の仕込みです。

なんかこうして仕事をしていると、
会社員時代にひとりオフィスに残って日付が変わるまで、
コンピュータを相手にしパチパチやっていた日々を思い出しました。

ああいう働き方はビョーキですけど、
一生に一度くらいはとことんやるのもいいでしょう。

え? 君は今でもやってるじゃないか?

そうだなぁ・・・
でも、自由だとまた気分が違いますからね。

さて、明日中にウェブサイトもアップしなくては!

えーじ
posted by ととら at 22:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年10月01日

僕の小宇宙 その3 神保町3

10月。

金木犀の香りがそこかしこで漂っていますね。
この時期になると思い出すのがハイティーンの頃の学園祭。
そう、年末のクリスマスというビッグイベントに向けた、
ガールフレンドをゲットする天王山です。
このチャンスを典型的なリビドーボーイの僕が見逃すはずはありません。

そこでライブ! なわけです。

当時ラグビー部に在籍しつつ、フォークソング部も掛け持ちしていた僕は、
ここぞとばかりにステージに向けた練習に勤しんでおりました。
というのも、音の大きさの問題から普段は電気楽器が禁止されていましてね。
しかし学祭の時だけは、
特例としてエレキギターなどの使用が許可されていたのです。

このとき以上に自分をアピールする方法はまずないでしょう。
そりゃもう気合が入っていましたよ。

ところが、問題は機材。
憧れのアーティストのようにカッコよくキメたいものの、
持っている楽器も音響機材も涙なくしては語れないポンコツばかり。
特にライブの要たるPAやモニターは劣悪を極めていました。

たとえば体育館でプレイすれば、
演奏音がモニター音より大きく対向する壁で反射し、
ドラムスが実際にプレイしている、
4分音符のドン、パン、ドン、パンが、
ドッド、パッパ、ドッド、パッパのように聞こえるじゃありませんか。
これではそれぞれのプレイがずれるのも当たり前。
ユニゾンでカットアウトするエンディングなんて、
僕がまだ演奏しているのにドラムスはスティックを高らかに上げて終わってる、
なんてアバンギャルドな演出がしばしば起こっておりました。

若手のミュージシャンには想像もつかないと思いますが、
シンセサイザーも高嶺の花。
学校にナイショで夏休みいっぱいバイトして、
ようやく買ったのがローランドのモノフォニックシンセサイザーSH−1、
という友人もおりました。

モノフォニックシンセサイザーってのはですね、
字義通り、単音しか出ないんですよ。
つまりコードが弾けない。
その上、音色メモリーもできません。

僕がいたバンドのキーボディストが、
果敢にもイントロと間奏で音色を使い分けようとした時、
暗いステージ上で小さなつまみが犇めくコントロールパネルから、
音色を変えるVCFを操作しようとしたら、
間違ってチューニングダイヤルを回してしまい、
ポップな曲が途中から前衛に変わってしまった!
なんてハプニングもありました。

当時ギター担当だった僕もそう。
今でこそ1万円も出せば買えるデジタルリバーブが、
Lexicon 224Xのように100万円前後はしていた時代。
同じようなサウンドが欲しくて、
ギターアンプに内蔵されているスプリングリバーブをがんがんに使えば、
ステージアクションの勢いで蹴たぐりをかまし、
どわわわわぁ〜ん! とホールに響き渡る雷のSE。
当時人気の高かったオフコースやチューリップの曲が、
ギターソロの時にジミ・ヘンドリックス風になっちまうは、
その上シールドが抜けて時代を先取りするエアギタープレイになるはで、
度胸を磨くには最適の経験を多々いたしました。

そんな昔話はさておき、神保町です。

こうしたかつてのバンド小僧にとって楽器店が軒を並べる御茶ノ水界隈は、
ちょっとしたタイムトンネルなのですよ。
今でこそステージを離れておりますが、
僕の部屋にはまだベースもギターもキーボードもあります。

永らく愛用しているベースは Fender の Jazz Bass を改造にした、
フレットレスの5弦ベース。
久し振りにフレッテドベースも弾いてみたいなぁ・・・
と思い、ふらっと楽器屋さんに入れば、Warwick の手頃な Rockbass を手に、
ふむふむ・・・いいバランスだねぇ・・・手にしっくりくる。
ベベン、ベンベン♪
こりゃチョッパーもやり易いじゃん。
ん? おお、中古の Rickenbacker4001か!
プログレやるならこいつでゴリゴリ弾くのもいいんだよな。

新しいエフェクターも面白い。
僕が使っていたのは BOSS や MAXON、ちょっと気張ってMXRでしたけど、
今では聞いたことのないメーカーが沢山あるじゃありませんか。
しかも安い! TOTO の Steve Lukather に憧れて、
初めて買ったステレオコーラスは Roland の名器CE-1。
あれは当時で2万5千円もしましたが、
今ではみんな1万円以下で手に入ります。

お〜、ポータブルで廉価なギターシンセまであるじゃん!
20歳代後半のライブではYAMAHAのG10を使ったことがありましたけど、
レスポンスがイマイチで速い16分音符のフレーズを弾くにはちと苦しかった!
最新型はずいぶん改善されているんでしょうね。
ちょっと音出ししてみたいなぁ。

こんな調子で、楽器店をブラブラしていると、
つい時間が経つのを忘れてしまいます。
ただ余暇の殆どない最近は、楽器を触っていても寝た子を起こすだけですから、
ショーウィンドウを横目に、ささっと立ち去るようにしています。

実は、いつかもう少し余裕ができたらやってみたい、
と思っていることがひとつあります。
友人が持て余して置きっぱなしにした Chapman Stick が実家で眠っているのですよ。
あれをぜひ復活させたいと思っています。
このベースとギターを合体させたようなタッピングで弾く楽器。
弾きこなすのは至難の業ですが、他に似たもののない独特なサウンドでしてね。
上達したらスキンヘッド+口ひげでライブをやろうかしらん?
曲はもちろん、Elephant Talk!!

えーじ


P.S.
ととら亭のウェブサイトに、
こっそり昔の音源をアップしておきました、
おおむね20年前の僕の声です。

若いなぁ。
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2017年09月28日

ととらな本 その10

あなたにとって、
この世で一番『信用できない』人とは誰ですか?

己を知らぬ愚と申しますか、
いや、幸せと申しますか、
20歳代の頃の僕は、

「他人はどいつもこいつも信用できねぇ」

と公言して憚らない、ハラショーな若僧でございました。

ですから何かトラブっても問題解決方法はいたってシンプル。
他人さまを指差して、

「あんたが悪い!」

で一件落着。

しかし、そうした歪んだ世界観は、
遅かれ早かれ、厳しい現実を突きつけられるものです。

たとえばグラフィックデザインの仕事をしていた時、
特注名刺やハガキを取りに来たクライアントさんが、
納品前確認をしていると、

「あ、あれ? 住所が違ってますよ!」
「え!?」

あ、あり得ん!
たかが住所と名前、電話番号程度の情報量しかない上に、
こっちはクロスチェックもしてるんだ。
クライアントが注文書を書き間違えたに決まって・・・

と思って注文書を出すと・・・

間違ってないじゃん!

「す、すみませ〜ん!」

今度はIT稼業でサーバー管理者をやっていた時、

LinuxOSのテストサーバにセキュリティパッチの適用テストを行い、
ホスト名を確認してリブートコマンドを打つと、
1分も経たずにオフィスの電話がじゃんじゃん鳴り始め、

「はい、システム管理部です」
「あの、ホームページが閲覧できないと連絡が相次いでいます」
「え?」

「はい、システム管理部です」
「シス管? ウェブの受注システムが使えないんだけど」
「え?」

ま、まさか・・・

と思い、自分が打ったコマンドの履歴を辿ってみると、
なんと再起動をかけたのはテストサーバではなく、
本番のウェブサーバじゃん!
ディスプレイを指差しながら確認して打ったはずなのに・・・

「す、すみませ〜ん!」

こうした自爆的ミスは、
ゴーマンかました若かりし頃でもしょっちゅうやっていましたが、
(バンドのライブでよく間違えたのは自分で書いた曲の歌詞だったし・・・)
頑固で思慮が足りなかったが故に自己正当化できたのですね。

とまぁ、こうしてすッ転びながら歩いた半世紀余り、
本当に信用できないのは誰なのか、僕にもようやく分かりかけてきました。

そんなところへ舞い込んで来たのが出版のオファーです。
世界まるごとギョーザの旅』の執筆にあたり、
僕がどんな気持ちで推敲や校正をしていたか、ご想像頂けるかと思います。

そう、人間という奇妙な生き物は、
物理的に存在している対象をありのままに見ているのではありません。
無意識に『見たいものだけ』を見ているのです。
しかも、それに自分で気付いていませんから、
フィルタリングされた現実が全てだと信じて疑っていない。

この認識は次々とやって来る締め切り以上に僕を悩ませました。

よし、1章書き終わったぞ。
けっこう推敲して練り上げたし、校正も3回やった。
だけど僕には、
自分が書いた文章の『ありのまま』が見えてない・・・のか。

そこで頼りになったのが、
事情は知りつつも執筆においては第3者のともこです。
彼女の客観的なクロスチェックで、
主観の塊りである僕が見落としたバグをかなり見つけることが出来ました。

それでも全ての誤字脱字、
意味的、時間的不整合があぶり出せたわけではありません。
僕の文章を読み込み続けた村尾編集長の厳しい指摘と、
最後の砦たるバグフィクスの専門家、プロの校閲さんのチェックが入って、
ようやく印刷所に回せる最終原稿が整ったのです。

さて、そうして世に送り出された『世界まるごとギョーザの旅』。
はたして全てのバグがフィクスされたのか?
出版されて7カ月が経ち、もう一度ページを繰ってみると・・・

ん?

えーじ
posted by ととら at 15:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月25日

第5回研修旅行の準備 その1

2013年からはじめた研修旅行も今回で5回目。
「取材じゃないんだから遊んでいるだけだろう?」とのご指摘も、
証拠の研修写真をウェブサイトの『いろいろページ』にアップしましたから、
いよいよ大手を振って出かけれる・・・

と喜んだのも束の間。

朝鮮半島のムードは大分きな臭くなって来ましたね。
今までは各種ブッキング前に、
ギリギリまで渡航先の治安状況をチェックしていましたが、
ついにお隣さんから自分の膝元まで、
その範囲を広げなければならないとは!

バックパッカーへの直接影響範囲というと、
既にルフトハンザ航空、スイス国際航空、
スカンジナビア航空の3社が日本海を横切るルートから、
日本列島に沿って北上するルートに変更するなど、
見えない所で具体的な変化が起こりつつあります。
実際に朝鮮半島一帯が交戦地域となった場合、
空路のみならず、海路も少なからず影響を被らざるを得ないでしょう。
旅をするのも大変な時代になりました。

さて、その行き先ですが、
これまで参加したクッキングクラスはタイ、韓国、中国など、
アジアの国々だけでしたから、今回は少し西に移動して中東、
オマーンの首都マスカットでアラブ料理の手ほどきを受けることにしました。

調理技術は国ごとというより地域によってカテゴライズできます。
それもそのはず、
隣接する集団は多かれ少なかれ相互に影響を及ぼし合っていますからね。
(だから『純粋なオリジナル』というものは、まずないんですよ)
たとえばタイで学んだ調理技術は、
その後の特集で取り上げたインドネシア料理や、
シンガポール料理を再現するにあたり大変役に立ちました。

中東の文化はオアシスの定住民だけではなく、
遊牧民の生活習慣を多く取り入れたものです。
また自然環境も温暖湿潤な東アジアとは大きく異なり、
得られる作物や家畜も異なっていました。
それらの諸要素が時代を超えて混淆し、
イスラム教の戒律も加わってユニークな食文化を育んできたのです。

人は同質性に安心し、異質性から多くを学ぶといいます。
これが正しいのであれば、
この研修は僕たちにとって実り多きものになるでしょう

期間は11月27日(月)から12月4日(月)まで。
最初は成田からUAE(アラブ首長国連邦)のドバイに飛び、
そこで料理とスーク(市場)の下見をします、
それからオマーンの首都マスカットに移動して調理研修。
スクールの選定はこれから。
ちょっと調べたら、けっこう相場が高いんですよね。
手頃な料金で僕らの参考になるスクールがあるといいのだけどな。

ともあれ、
All we need is PEACE.

これがなくっちゃ何処へも行けません。

えーじ
posted by ととら at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月22日

Hotel TOTORA

休日の朝。
皆さんも「ちょっと寝坊しようかな?」
という気分になりますよね?

僕たちも同じ。
飲食業界は一般的に『終業時刻』が不規則で、
ととら亭でも『退社時刻』は大体24時から24時半。
遅くなると25時半頃になってしまいます。
それでいて『始業時刻』はいつも変わらず7時半から8時半ですから
普段はやんわりと慢性的な寝不足状態。
(ブラックレストランたる所以でございます)

そこで定休日の火曜日や、ランチをお休みする金曜日は、
9時頃まで寝ていたいと思うのが人の心。

ところが!
いま僕たちが住んでいるアパートの隣は新築2棟の工事中。
朝8時になるとレッド・ツェッペリンの『移民の歌』よろしく、
ロバート・プラントの雄叫びのように威勢のいい大工さんたちの声が飛び交い、
続いてジョン・ボーナムのパワフルなドラムソロを彷彿させる、
作業音が延々と続きます。

どこででも眠れることがバックパッカーに求められる資質とはいえ、
さすがにこれではたまりません。

で、僕らが取った戦略は『全面的退却』。
敵は音だけではなく、揺さぶるような振動でも攻撃してきますから、
雨戸を閉めて耳栓をしたところで勝ち目はない。
だったらアパートを捨てて、ととら亭に退却だ!
総員退避〜っ!

という訳で僕たちはお店に泊っています。

え? 何処で寝てるんだ?

それがですね、ととら亭の設計はよく出来ているのですよ。
ホールのベンチシートの座面の高さは、
椅子のそれとぴったり合わせてあるのです。
ですからテーブルをずらし、ベンチシートと椅子をくっつけると、
ほら、簡易ベッドの出来上がり!
いや、簡易と言っては罰が当たります。
これがすこぶる寝心地が良い!

実はこの戦略、
開業準備で忙殺されていた2010年の2月から3月や、
練馬区の中村南に住んでいて自転車通勤していたころ、
豪雨や雪が降ると、しばしばやっていたのですよ。
当然ベンチシートの中にはシュラフ(寝袋)が2組しまってありました。

そして商店街とはいえ、シャッターを閉めていると、
店内は思いのほか静かなのです。
これならアパートと同じか、それ以上にぐっすり安眠できます。

昨夜も仕事が終わると銭湯に行く気分でアパートに戻り、
シャワーを浴びてから『ホテルととら』にチェックインしました。
こういうのも楽しいですよ。

災い転じて福となす。
これ、バックパッカーの極意でございます。

えーじ
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2017年09月20日

ととらな本 その9

9月も中旬を過ぎました。
秋風を感じて思い出すのは、去年の今ごろのこと。
僕は著書『世界まるごとキョーザの旅』の原稿締め切りに追われ、
ランチとディナーの合間だけではなく、
時にはととら亭の営業時間中もカウンターの裏側にしゃがみ込んで、
パソコンのキーボードを叩いていたのです。

執筆が難航したのはアイデアが浮かばなかったから・・・

ではありません。

僕たちの旅を主体とした第1章から第11章までは、
自分の経験を書いていたので結構すらすら進んでいました。
ところが問題はその後。
締めくくりに向けてギョーザの時代考証が必要となり、
知識が曖昧な部分を確認するためにいろいろ文献を当っていたのですが、
そこで思わぬ壁にぶつかってしまったのです。

ん?
この情報は断定形で書かれているけど、
著者が直接経験できない過去のことなのに、
そこまで胸を張ってモノが言える根拠は何なんだ?

ふと気になってよく読んでみれば、
僕が手にした文献の幾つかは出典が併記されていません。
特に誰もが気軽に発言できるインターネット上の情報は、
体裁が百科事典風でも事実かフィクションかすら微妙な記事が多い上に、
別の記事をそのままコピペしているだけの『なんちゃってオリジナル』も、
大手を振って跋扈しているではないですか。

それでも何とか裏を取ろうと出典のある情報を辿ってみたら、
出典そのものの出典がなかった!
なんてオチもありました。

時間がないのに困ったなぁ・・・

実証主義が僕らのポリシー。
テレビや雑誌、インターネットで料理は分かりませんから、
お客さまに紹介するためには必ず現地まで行き、
自分自身で食べてみます。

しかしこの手法が使えるのは、いま存在している対象だけ。
この料理はかつてどうだったのだ?
というような疑問のように相手が遠い過去になってしまうと、
誰もが例外なく、遺物という変質した物証を除き、
こうして本や画像などの情報だけが唯一の手掛かりにならざるをえません。
そして情報とは解読されて唯一の答えに行き着くものではなく、
個々人によって恣意的に解釈される玉虫色のものなのです。

ギョーザが何処で、いつ、誰の手によって生み出され、
それから、どのように広がっていったのか?

その答えはまだ僕の経験のはるか彼方ですが、
本という形にするからには、方向性くらい示しておきたい。

そう思いつつも、この『過去の壁』で行き詰った僕は、
可能な限り経験した『事実』と間接的に得た『情報』を混同しないよう、
はっきり書き分けることで、この壁を迂回するしかありませんでした。

え?
要するに最後はモノ言いの歯切れが悪くなっただけだろう?

う・・・アタリです。
正直、タイムマシンが欲しくなりました。

えーじ
posted by ととら at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月17日

小さないかめしと大きな思い出

何かの拍子に思わぬ記憶が蘇る。
こんな経験は誰にでもあると思います。

僕らの場合、そのトリガーになるのは音楽と香り、
そして味でしょうか。

先日のランチが終わって間もなく・・・

「こんちは」

キッチンの裏戸に現れたのは近所のおじいさん。
ともことはずっと前から仲良しです。

「あ、こんにちは!」
「これ、さっき京王デパートに行ってきたんだ」
「え? 何かくれるんですか?」

ともこはおじいさんが差し出した袋を受け取り、
中を見ると、

「あ〜! いかめしだ!」
「北海道の物産展をやってたんだよ。そこでみつけてね」
「いただいていいんですか?」
「一個ずつ入ってるからケンカするんじゃないよ」
「いつもすみません!」

見てみればそれは北海道は森町の名物、
阿部商店のいかめしじゃないですか。
早速、その日の賄いで食べてみると・・・

「おいし〜!」
「うん、それだけじゃなくて北海道を旅していた頃を思い出したよ」
「そうね!」

北海道。
この北の大地は、ともこが青春時代を過ごした場所なのです。
そして僕にとっても、
日本をオートバイで周った旅のバックボーンともいえる特別なところ。

「あ〜、懐かしい味がする」
「最後に食べたのは何年前だっけ?」
「僕はね・・・ん〜・・・たぶん25年くらい前だと思う」
「じゃ、私たちが出会う前じゃない」

あの頃の僕は20歳代後半。
真っ黒に日焼けしたロン毛のライダーで、
お金が溜まると仕事を辞めては国内をぶらぶらしていたのです。
中でも北海道は幾度となく訪れた場所。
そして森町といえば、朝、函館を出発して国道5号線を長万部へ向かい、
大沼を越えてほどなく右折したところにある小さな町。
海沿いにあるJR函館本線の森駅の売店で、
阿部商店のいかめしをよく買ったものです。
(阿部商店は駅からもうちょっと西に行ったところにあります)

タンクバックにいかめしを入れ、再び5号線に戻って小樽を目指し、
昼頃、道路脇の売店で揚げいもと牛乳のランチ。
なんとも脈略のないメニューでしたけど、美味しかったなぁ・・・

おじいさんにもらったいかめしを噛みしめていたら、
北の大地を走った思い出が次々と蘇って来ました。
青い空、緑の地平線、群青色の海、そして心やさしい人々。
あの出会いの旅を一言でいうなら、
僕は迷わず『青春』という言葉を選ぶでしょう。

他の人にはなんの意味も価値もありませんが、
僕にとってはかけがえのない宝物の日々。
あの日々があるからこそ、今の僕がある。
そう躊躇なく言える、そんな旅だったのです。

「ねぇ! ちょっとぉ! あたしの話聞いてる?」
「え? あ、ああ、聞いてるよ」
「うそ! ぜんぜん上の空なんだもん」
「いや、なんかね、懐かしいことを思い出しちゃってさ」
「北海道?」
「うん」
「お互い別々だったけど、いい時代だったわね」

おじいさんがくれた、小さないかめし。
その中にはご飯の他に、
大きな、大きな思い出がいっぱい詰まっていたような気がしました。

えーじ
posted by ととら at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月15日

遅れた宿題 もう一丁!

先週、初めて行った研修旅行のお話をアップしましたが、
続いて2回目、2014年12月のソウル研修も仕上がりました!

前回と同じく、ととら亭ウェブサイトの『いろいろ』ページを、
ずずっと下へスクロールすると、
『研修旅行  〜 調理を学ぶ旅の記録 〜』が出てきます。
そこの『第2回 (2014年12月) 韓国』をアップしました。

旅の食堂ととら亭ウェブサイト

前回の反省から、今度は講習中もなるべく写真を撮り、
全体の雰囲気が分かり易くなったと思います。

お楽しみを!

えーじ
posted by ととら at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月13日

ゲージュツの秋

昨日の定休日はまたまたお出かけ。
今回は bunkamura musium で開催中の、
『ベルギー 奇想の系譜』に行って来ました。
僕は自他ともに認めるアートマニアですが、
とりわけ絵画には目がありません。
しかしながら好みは美術の教科書で習った、
文科省お墨付きの巨匠の作品ではなく、
明らかに傍流というか、
逆に学校では『道徳的に』避けられている類のもの。

そりゃまぁ当然の話で、
何と言っても、そうした画家や潮流のことを知ったのも、
若かりし頃に読んだ渋澤龍彦氏や種村季弘氏の著書からですしね。

とういうわけでシュールレアリスム一派のアーティストを起点に、
ダダに戻り、ウィーンの分離派やベルギー象徴派に飛び、
はてやフランドルのみょうちくりんな幻想画に遡る、
偏愛的な趣味が出来上がったわけです。

ならば当然今回の目玉は、かのアンドレ・ブルトン法皇にして、
「完璧な幻視者」と言わしめた、
幻想画の大家、ヒエロニムス・ボスでしょう。
この展示は真筆こそないものの、
工房も含めて追随者の系譜が俯瞰できる面白さがあります。

さて、そのボスの作品のコンセプトそのものは、
信仰にもとづいた真面目なものですが、
その絵を構成するディティールが変なのですよ。
特に得体のしれないクリーチャーや怪物たちが取る仕草は、
描かれた時代背景を鑑みると尋常ではありません。
19世紀の詩人、ロートレアモン伯爵が謳った、
『解剖台の上のミシンと傘の偶発的な出会い』が凡庸に思えるほど、
器物と生物が融合したり、
解剖学的なコンテクストが組み替えられた怪物たちは、
昨今のSF映画に登場してもおかしくない新奇さを持っているのです。
その影響範囲はことのほか広く、
メキシコで活躍した女流シュールレアリストのレメディオス・バロや、
夭折の人形作家、天野可淡の作品からも、ボスの影響は垣間見られます。

展示を見いて驚いたのは、こうした当時の思わぬヒット作を、
オヤジの方のピーテル・ブリューゲルが版画でパクっていること。
これまたパトロンのリクエストだったのかもしれませんが、
彼もボスのクリーチャーたちをほぼ完全コピーして、
7つの大罪の連作を描いている。

こういうのを見ていると、
今でこそ彼らの作品はゲージュツ品として美術館に隔離されていますが、
元来は食うため売るための商品なんですよね。
だからヒット作が出ると、
類似したものが雨後の筍のようにニョキニョキ現れて来る。
ビジネスは今も昔も変わらないってことです。

134点の展示はまずまずのボリューム感でした。
構成もよく練られており、
ベルギー象徴派からは、お約束のフェリシアン・ロップスや、
フェルナン・クノップフのダークなエログロ系だけではなく、
とことん暗いレオン・スピリアールトもあったし、
シュールレアリスムからは、
ポール・デルヴォーとルネ・マグリッドが彩を添えていました。

マグリットの『大家族』は、
宇都宮美術館が所蔵しているので度々見る機会がありますけど、
ポーラ美術館から貸し出された『前兆』はこれが初めてでした。
へぇ〜、こんな作品があったんですね。
この絵は『アルンハイムの領地』を洞窟の中から見た構図になっているのです。
マグリッドはリンゴや雲、葉っぱなど気に入ったモチーフを、
組み合わせを変えて何度も使いまわしながら仕事をする人でしたが、
『アルンハイムの領地』の山並みまで転用していたとは知らなかったな。
実はこの絵のレプリカが実家の僕の部屋に掛けてあるんですよ。

美術館を出て次に入ったのは向かいにある美術書の専門店、
ナディッフ モダンさん。
リブロポートが閉鎖されてリブロが『健全な』書店になってしまった今では、
こういうマニアックな店は本当に貴重です。
痒い所に手が届くと申しますか、
今度読もうかな、と思っていたジョージアの国民的飲んだくれ画家、
ニコ・ピロスマニの本が幾つか並んでいました。
実はギオルギ・シェンゲラヤ監督が撮った、
ピロスマニの自伝映画のDVDを少し前に手に入れたんですよ。
今度ゆっくり観ようと思っています。

さて、せっかく渋谷まで来たんだからと思い、
小雨が降る中、レコファンさんとディスクユニオンさんで仕入れもしよう!
と勇んでみたものの神保町や新宿、吉祥寺とは異なり、
売り物は若年層のお客さんをターゲットにしているようなものが多く、
残念ながらオジサン好みの収穫はありませんでした。

店を出てJR渋谷駅に向かって歩いていると、なるほどさもありなん。
僕の年齢だとこの街では少々浮きますね。
やっぱり下町の方が落ち着くな。
と妙に納得しつつ家路についた僕でした。

えーじ
posted by ととら at 09:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記