2018年11月24日

旅するCD

今日の午前中、
amasonでイギリスの販売者から買った中古CDが届きました。

この作品は1996年に発売されたドイツ製。

ランチが終わったさっそく聴いてみよう!

そこでどれどれ、ふむふむとジャケットを読んでいたら、
ケースの裏側に小さなシールが貼ってあるのに気付きました。
そこには、

Witchy Bitchy Beauty Spot & Original Import
Nikolaikirkealm Bergen

の文字が・・・

ん? この住所のBergenってベルゲン?

そこで地図で検索してみれば、やっぱり!
このお店はノルウェーのベルゲンにあるじゃないですが!
しかも今年の6月20日に僕らがレストランを探してぶらついていた、
大通りのすぐ裏側とは!

20年以上の年月をかけてこのCDは、
ドイツからノルウェーに行き、そこからイギリスへ、
そして今、日本に辿り着いたのですね。

実はベルゲンで何件かCDショップに入ったのですが、
値段が高くてなにも買わなかったのですよ。
あの時、もしかしたらこのCDはベルゲンにあったのかもしれませんね。

これからちょっとアパートに帰って聴いてみようと思います。

音楽の後ろから、
ベルゲンの波の音が聞こえてくるかもしれないな。

えーじ
posted by ととら at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月21日

社会主義者じゃないけれど

「僕らにとって、どんな社会がいいんだろうね?」

カウンターに座った僕より一回り以上若いお客さまと、
そんな話をすることがあります。

ます「自由な社会」。

がちがちに監視されて、
言論や移動が制限されるような社会には住みたくない。

それから「差別のない社会」。

性や容姿、出身、
身体能力の違いで差別されるような社会はフェアじゃない。

その辺までは簡単に「そうだよね〜」と頷き合います。

しかし、話が経済に及ぶと途端に歯切れが悪くなる。

「努力が報われない社会はイヤだ」

と言いつつ、
その結果である『格差』という言葉はネガティブな響きで聞こえちゃう。
この奇妙な矛盾は、子どもの頃から『共存と競争』という、
ダブルバインドの中で生きている僕たちにとって、
珍しいものではないでしょう。

産業革命以降、
近代国家に住む僕たちはふたつの両極端の思想の間で揺れ動いてきました。
個人の欲望をフルドライブさせる資本主義と、
社会の利益を優先させる共産主義。

後者は本家のソビエトが自壊し、
残りもキューバを除いて形骸化した今では、
新たな追随者を生み出すことはまずないでしょう。

では不戦勝となった前者がベストなのかというと・・・

正直、どう思います?

キリスト教でいうところの七つの大罪。
そこで挙げられた貪欲(greed)。

仏教の十善戒では、
行き過ぎた欲を戒める不慳貪(ふけんどん)なんてのもありますが、
リミッターを外した資本主義は、
まさしく古来の教えの対極にあるような気がしません?

20歳代前半の社員とトップである会長の所得差が、
300倍以上あっても『問題がない』僕たちの日本。

でもね、世界銀行が集計した、
2013年の人口1人あたりの国民総所得(名目GNI)によれば、
首位カタール(123,860ドル)でさえ、
171位の中央アフリカ共和国(600ドル)との差は約200倍しかありません。

ま、こうしたマクロな話じゃピンと来なくても、
自分が所属する組織内での収入格差を考えてみることは、
あながち無駄なことではないような気がします。

もちろんそれは隣の人の収入にやきもきするためではなく、
経済とは富の循環であり、
営利組織とは富の生産分配装置である、
との観点に立ってのことですけどね。

そうした意味で、『おいらが一番』のトランプさんのとこはともかく、
この小さな島国の経済がまっとうなのかどうか、
霞ヶ関や永田町で働く人だけではなく、
市井の僕たちひとりひとりが自分の意見を持つことは、
大きな変化の礎になり得る。
と僕は思っているのです。

そう、権力の集中だけではなく、
富の集中もまた社会という一種の集団生活の場では、
利より害の方が多い。

んじゃないのかな?

えーじ
posted by ととら at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月17日

ギョーザのメニューを入れ替えました!

ご好評を頂いております『世界のギョーザ』シリーズ。
年末のフィナーレに向けて内容を一部入れ替えました。

世界のギョーザ特集 パート5

この再現レベルでリトアニア、ドイツ、
トルコのギョーザを同時に召し上がれるチャンスはそうそうないでしょう。

さらに!
ボジョレーヌーボーは置いてませんが、
普段みなさんがあまり飲む機会のない珍しいワインも、
気軽にグラスやデカンタでお楽しみ頂けます。
ちなみに今日は、赤白共にチュニジアとモルドバ。
ギョーザによく合うワインを厳選してご紹介中です。

Don't miss it!!

えーじ
posted by ととら at 15:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月15日

今年も冬の入り口で

一昨日の定休日、恒例の酉の市に行って来ました。
場所は浅草、新宿ではなく、なんと練馬。

torinoichi2018_01.jpg

野方に引っ越してから間もなく9年。
へぇ〜、練馬でもやってるんだ・・・でもしょぼそうだな。
と、これまで高をくくっていたのですが、
昨年、忙しくて日中に熊手だけ買いに行った際、
準備を始める屋台群を見て考えをあらためていました。

確かに浅草に比べれば小さな規模ですが、
屋台の数とその盛り上がり方は、
花園神社と同じかそれ以上かもしれません。

さて、
昨年の熊手を奉納してニューモデルをゲットした僕らは、
まず一周回って屋台の下見です。
ここで見られるジャンクフードの変遷はとっても面白い。
毎年、微妙なブームがあるんですよね。

で、今年の目玉はこれ!
韓国のアリランホットドッグをその祖に持つと言われるチーズドッグ。

torinoichi2018_02.jpg

どんなシロモノかと申しますとアメリカンドッグに使うような串に、
まず直径と同じくらいの長さに切ったフランクフルトソーセージを差し、
次に長方形に切ったモッツアレラチーズと続けます。
これに溶いた小麦粉ベースの生地をどろっと付け、パン粉をまぶし、
さらに先の生地を絡ませて揚げたもの。
仕上げはケチャップとマスタードをぴゅ〜とかけて頂きます。

ご覧の通り、かなりボリューミー。
女性だとこれひとつでお腹いっぱいになってしまうかもしれません。

表面はサクサクで中はもっちり、
そして中心から溶けたチーズがびよぉ〜ん。
お〜、これがジャンキーでうまい!

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もうひとつの嬉しい驚きは群馬名物の焼きまんじゅう。
円形のふかふかした発酵生地を4つ串にさし、
独特な甘い味噌だれをつけて炭火でこんがり焼いたもの。

torinoichi2018_03.jpg

ともこはご当地出身なので、
焼きまんじゅうのチェックがとても厳しいんですよ。
「焼きが甘い! もっと焦げるくらいに焼かなくちゃ」
とか「タレにコクがない! これじゃただ甘いだけ!」など、
これまで食べた時はことごとく厳しいダメ出しがありました。
ところがここは、
「地元を除けばこれまで食べた中で一番美味しいね!」
なるほど僕もそう思いました。

そんなこんなで、中国のシャーピン、韓国のチーズドック、
日本からは王道を行くソース焼きそば、そしてシメの焼きまんじゅう。
粉物4連発で満腹した僕らは腹ごなしに歩いて自宅まで帰ったのでした。

えーじ
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2018年11月10日

僕の小宇宙 その3 神保町4

間隔がだいぶ開いて書いております神保町シリーズ。
楽器、山、音楽と続いて最後はやっぱり古本です。

20歳代の頃はみすず書房の硬い本を入れても、
月に4〜5冊くらいのペースで読んでいましたから、
懐具合が追いつかない。

さらに『学校で教えてくれない』系の趣味な本は、
図書館も『教育上の配慮』から置いてくれません。
そこで足が向かうのは必然的に古本屋になった訳です。

当時、横浜に住んでいた僕の楽しみは、
春秋年2回の神保町めぐり。
とりわけ古本まつりでの買い出しは気合が入っていましたよ。
神保町にある古書店の品揃えは質量ともに日本随一ですからね。
しかしながら相場の高さもこれまたトップクラス。
そこでなるべく価格の下がるこの時期に行っていたのです。

古書店の書架はまさしく僕の小宇宙でした。
背表紙に惹かれて手に取り、
目次に目を通して「へぇ〜!」となり、
売値を見て「はぁ〜・・・」となる。
予算は限られていましたからね。

忘れられないのは、
神田古書センター(の確か3階?)で見つけた澁澤龍彦責任編集の雑誌、
『血と薔薇』全4冊(渋澤が編集したのは3冊目まで※)です。
彼のファンなら必読とされていたとはいえ、
いかんせん1968年に創刊され1969年に終刊してしまったレアな雑誌。
しかも版元の天声出版はとうに倒産しているので復刻の可能性もない。
(2003年に白順社から1〜3号が復刻されましたが・・・スゴイ!)
僕がそれまで現物を見たのは回顧展の展示物としてだけでした。

こりゃ読むなら国会図書館に行くしかないかぁ・・・

と、ほとんど諦めていた若かりし僕は、
この4冊が売り物として書架に並んでいるのを見て、
思わず「おぉっ!?」と叫んでしまいました。
今でも手に取った時の感動を覚えています。

しかし恐る恐る値段を見ればやっぱり「はぁ〜・・・」。
4冊セットで4万円かぁ・・・
(定価は1冊1,000円だったのですけどね)

ま、プレミアがついてるのはしょうがない。
そこで僕は帰りの電車賃を除いた手持ちの全財産、
約4,000円と血と薔薇を持ってレジに行き、
店主さんに「来週また来ますのでこれをとっといて下さい!」
とかけあったのです。
僕の気迫に押されたのか店主さんは苦笑しながら快諾してくれました。

翌週、抱きしめたお宝のページを『さぼうる』の隅で開いた時、
謎の古文書を読み始めたかのような高揚感に打ち震えましたよ。
雑誌とは思えない錚々たる執筆陣とその内容でしたからね。
あれはやはり時代の奇跡のひとつだったのかもしれません。

その他にもこれまたレアなハンス・ベルメールの作品集や、
ウニカ・チュルンの『ジャスミンおとこ』など、
足を棒にして探し出した喜びは今でも忘れません。

あの「おぉっ!?」って驚きと感動は、
amasonさんの検索でヒットしたものが届けられた時には、
けして味わえないものです

残念ながら最近は時間がなくてあまり行けなくなってしまいましたが、
秋や春の季節のいい時期に、
一日中じっくりお宝探しをやってみたいですね。

えーじ

※ 販売されたのは全4冊ですが、幻の創刊準備号があると言われています。
これは関係者だけに配布されたものらしいので国会図書館にもないでしょう。
いつか探し出してやるぜ!
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2018年11月08日

ウサギとカメ 2018

ある秋の晩。
夕方から店内に侵入した蠅がしつこく飛び回っておりました。

そして営業が終わり、
草臥れた僕が洗い物をしている後ろから・・・

いやったああああぁぁぁぁっ!

な、なんだ?

振り返ると泡だらけのスポンジを突き出して、
不敵な笑みを浮かべたともこが仁王立ちになっています。

「ど、どしたの?」
「ふふふふふ、これ!

よく見るとスポンジの上にはさっきから飛び回っていた蠅が。

やっつけた!
「ほぅ、よく捕まえ・・・ん? まだ生きてるよ」
「え?」

彼女が視線を落とすやいなや、スポンジの上で息を吹き返した蠅は、
ころっとコールドテーブルの上に落ちました。

「あ、動いてる!」

だけではなく、ここぞとばかりに離陸態勢に入ったではないですか。
そこへ凄まじいともこ爆裂拳が、

ちぇいっ! ちぇいっ! ちえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!

と3発。
気合と共に飛び散る洗剤の泡!

ところが慌てた彼女はことごとく的を外し、
その隙間を潜り抜けた蠅はゆっくり、ぷぉ〜いとエスケープ。

あ〜っ! 逃げちゃった! 腹立つ!

「・・・あのさ」

「はぁはぁはぁはぁ」

「ともこ」

「はぁはぁはぁはぁ」

「もしもし!」
「え?」

「・・・疲れない?」

「・・・・・・・・・うん」

こうして秋の夜は更けて行ったのでありました。

えーじ
posted by ととら at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月05日

旅の落とし穴

どんなことにも100パーセント良いことや、
100パーセント悪いことはありません。

旅もまた例外ではなく、
せっかく行った旅が結果的に本人だけではなく、
それ以外の人にも好ましくない影響を及ぼすことがあります。

その典型的なケースが『知ってるんだ症候群』。

これ、パックツアー、個人旅行を問わず、
概ね20カ国前後の渡航経験を積んだ頃に罹ることがありまして、
(僕も例外ではありませんでした)
特にインドがその中に含まれていた場合、
罹患率がぐんと上がるようです。

どんな症状かと申しますと、
自分の限られた経験を恣意的に拡大解釈し、
ひとつ知っただけで全てが分かったと錯覚してしまう。

ま、これだけなら若気の至りの範囲内ですが、
大半を空想で補った世界観に立脚し、
『知っているわたくしが無知な皆さまに教えてさしあげます』
的な活動をおっぱじめると、
ひとりよがりなトラブルメーカーの一丁上がり!
になってしまうんですよ。

このビョーキの最も不幸な面は、
その当事者がそうした旅をやめないことにあります。

というのも、ひとたび『オレは知っている』状態になると、
何処へ行って何を見ようが、
無意識的に自分の先入観やイデオロギーに合致したことしか
認識できなくなってしまうからなのですよ。

そして彼、彼女は旅をしながら自分の幻想を肥大化させ続けて行く。
これは実に悲しい。

しかし幸いにして効果的な治療方法があります。

それは『挫折』。

個人的な幻想は、
とどのつまりその閉ざされた領域を出ることが出来ません。
たいてい共同化を目論んで高い壁にぶち当り、
なんでやねん? となる。

これは難しい話ではなく、
上から目線の人に『教えてあげる』的なアプローチをされて、
「知らなかった! どうもありがとう!」
となる人はあまりいないでしょう?

この挫折の先に待っているのは、
旅のリアルな可能性と限界の地平なんですよ。
たとえば、

世界1周の旅に出ました。

それは確かに一般的にはレアな経験です。
しかし、どんな旅でも畢竟、点と点を線で結ぶ行動でしかない。
それに対して旅の舞台となるこの星は球体であり、
すべての面が時とともに絶え間なく変化し続けている。

そうして遅かれ早かれ落とし穴から頭を出した旅人は悟ります。

僕たちが知っていること、いや、知ることができるのは、
無限の中の一雫でしかない。

では、たった一雫を知るための旅に何の意味があるのか?

残念ながら僕はここでその問いに答えることができません。
でも、ただひとつ言えるとしたら、

だから、あなたにも旅をしてほしい。

これかな?

えーじ
posted by ととら at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月02日

旅の自由と責任と

何年もいろいろな土地を、職場を彷徨って、
40歳前後に気付いのは、
僕にとって大切なのはおカネや社会的な地位よりも、
人間としての自由だということ。
だから独立して旅を続ける今の自分は一大決心の結果ではなく、
こうした生き方を続けた成り行きなんですよ。

自由。
それはなにものにも代えがたい。

しかし僕の言う自由とは、
手放しで好き勝手に振る舞うことを意味していません。
ととら亭の仕事では経営責任が重くのしかかって来ますし、
取材や研修も個人旅行ですから、すべての結果は自分に返って来ます。

そう、自由とはただそれだけで成り立つ『権利』ではなく、
その結果の質量に比例した『責任』を伴っているのです。

で、責任です。

責任とれますか?

というのは日常的にもよく飛び交うフレーズですけど、
どういう意味で使っています?

辞書を紐解けば、
『立場上当然負わなければならない任務や義務』
とか
『自分のした事の結果について責めを負うこと』
なんて書いてありますけど、
目の前の具体的な事案に当てはめると実は漠然としているんですよね。

だから何かしでかして、
「どうすんのよ!」って詰問されると黙っちゃう。

自由主義者を標榜する僕としては、
『好ましからざる何か』が起こった時、
切るべきカードを持っていることが責任だと考えています。
(残念ながら関係者全員を納得させられるものではありませんけど)

そんなわけで今も来年の取材旅行のブッキングを始めていますが、
渡航先の選択もこのポリシーに照らして決めているのです。

旅の中で『カードを持つ』というのは、
置かれた状況をコントロールすることを意味します。

換言すると『何か』が起こった場合、
お手上げになる場所には行かないし、そうしたこともしない。

先に言いましたように、個人で取れる責任が限定的であるならば、
『自己責任』は勝手な旅の免罪符とはなり得ません。
ことそれが外国の場合、
状況によっては想像を超えた範囲の人や組織を巻き込み、
次元の異なる問題にエスカレートすることが考えられるからです。

そして最後に付け加えるなら、その旅の目的は、遊びも仕事も関係ない。
なぜなら『好ましからざる何か』を引き起こす相手は、
人間にしろ自然にしろ、
そもそも旅人の目的など関知していませんから。

『話せばわかる』は理想であって、
現実に適用できるケースは極めて少ない。

これは僕が旅で学んだことのひとつです。

えーじ
posted by ととら at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月31日

お母さんの旅立ち

とある静かな月曜の晩。
最初にのれんをくぐって来たのは、僕より少し年下と思われる女性。
彼女がオーダーしたのは、
リトアニアのギョーザのコルディナイとビールでした。

粋だねぇ。

こんな夜のBGMはちょっとシックなヨーロピアンジャズ。
Dorota Miskiewiczのヴォーカルがよく似合います。
回している作品はAle。

「あの、どこか近くの国でおすすめのところはありますか?」

彼女が不意に話しかけてきました。

「ひとりで行くのですけど、海外旅行は初心者なんですよ」
「何日くらいのご予定ですか?」
「2泊3日くらい・・・かな?」
「それじゃ台北やソウル、香港あたりはいかがですか?
 どこも治安がいいし、親日なので安心して旅行できますよ」

彼女はちょっと考えています。

「飛行機やホテルはどうやって予約したらいいでしょう?」
「旅行会社でツアーを申し込むのが一番簡単です。
 もしお買い物に興味がないのであれば、
 スケルトンタイプのツアーを選べば免税店めぐりに行かなくても済みますし」
「スケルトン?」
「ああ、航空券とホテルの予約しかない必要最低限のツアーのことです。
 空港からの移動も自分でやらなければなりませんが、
 さっき挙げた都市は交通の便がいいので心配はないでしょう」

彼女の表情がだんだん生き生きしてきました。

「実は子供が大学に入って手が離れたので、
 ちょっと旅行をして来ようと思ったのです」

なるほどね。

専業主婦も社会の役割の一つ。
区切りがついたところで新しいことにチャレンジするなんて、
素晴らしいじゃないですか。

なにより「素敵だな」と思ったのは、
彼女の過去についての姿勢でした。

区切り目の後ろ側はもう終わったこと。
それは主婦も学生も会社員も同じ。
その潔い割り切り方は、
初心者というよりむしろ手練れの旅人のものです。

となれば台北、ソウル、香港。
何処へ行こうと心配はないでしょう。

なぜなら彼女の旅は、すでに始まっているのですから。

えーじ
posted by ととら at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年10月28日

君の旅 僕の旅

「ちょっと! 早く持って行ってよ!」

おおっと、いけねぇ・・・怒られちゃった。

旅行の計画を立てはじめているお客さまから声がかかると、
つい足を止めてしまうんですよね。
秋の連休が終わり、年末年始に向けて、
いろいろな行き先の話を聞いています。
なかには早くも来年の10連休を視野に入れている方がいたりして。

「フランス国内の移動はやっぱりレンタカーですかね?」
とか、
「スペインならどこがいいでしょうか?」
ふんふん。
「べダペストに行こうと思っているんですよ」
なんて聞くと、
「へぇ〜、いいですねぇ!」

旅人ってのは聞くも語るも同じなんですよ
一緒になってそのルートをイメージし始めちゃう。。

そんな僕に、
「年末は南米に行くんですよ」
なんて女性のバックパッカーから聞かされちゃ、
「ああ、いってらっしゃい」の一言で終るわけがありません。

「ルートは?」
「アルゼンチンから入ってボリビア、ペルーを周ります」
「ってことはブエノスアイレスからスタートだね。
 それでボリビアに行くならウユニも考えているんでしょ?
 どういうルートでアクセスするの? チリを経由する?」
「いいえ、日にちがあまりないので直接ボリビアに入ります。
 え〜と、なんて言ったかな? 確かサルタっていう街を抜けて」
「サルタ? あ〜、それじゃ僕たちが行ったルートの逆じゃないか!」

聞けば聞くほど僕も盛り上がってきました。
というのも、彼女がやろうとしてるルートは、
概ねアルゼンチンの西部からボリビアに入り塩の平原で知られるウユニへ、
そこからラパス、さらにペルーに入ってチチカカ湖の街プーノ、
そして北上しながらクスコを目指し、最後のメインイベントはマチュピチュ!
これ、僕たちが2009年の夏にやったルートのほぼ真逆。
しかも季節も正反対なのです。

夏の南米で、僕らとは逆のルートを辿り、
彼女は何を見て、何を感じるのでしょう?

10年近く経って、あの辺も大分変ったんじゃないかしらん。
若い旅人から帰国後の話を聞くのが楽しみです。
ちょいとハードルの高いエリアですけど、
アジアで場数を踏んだ彼女なら大丈夫でしょう。

!Ten un buen viaje!

えーじ
posted by ととら at 15:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記