2017年06月12日

第14回取材旅行の準備 その7

今は日付が変わって0時23分。
ほぇ〜、やっと自宅へ帰ってまいりました。

取材旅行の準備は、
僕たちなりに最適化しているつもりですが、
今回は通常の業務が予想以上に忙しかったこともあって、
段取りが悪かった初回を思わせるパツパツぶり。
端的にいうと、まだパッキングが終わっていません!

ま、野方を出るのが朝7時15分ですから、
シャワーを浴びたらしこしこやりますか。

こういう状況に陥った時の切り抜け方は、
ミッションのフェーズを可能な限り短く区切り、
一点集中型でコマを進めることです。

今日の場合に例えれば、
成田空港第1ターミナルまでアクセスし、
アエロフロートさんにチェックインするまでが第1フェーズ。
そもそもここで寝坊したら完全にアウト。

次が懸案のモスクワトランジットをクリアし、
サンクトペテルブルグのプルコヴォ空港へ着くこと。

そして最後は、ネフスキー通りのホテルにチェックインし、
ベッドで横になることです。

そう、したがいましてオペレーション名は、
Operation G.t.B(Go to Bed!)

これが実に、遠ぉ〜〜〜〜〜い道のりなんですよ。

それでは次はロシアから!

えーじ
posted by ととら at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月10日

第14回取材旅行の準備 その6

シリーズ化された人気映画では、
しばしば主人公の言う決め台詞があります。

たとえばダーティー・ハリーでは、
 Go ahead, make my day.

とか、

ターミネーターなら、
 I'll be back.

などなど。

先日、DVDで、
スターウォーズのスピンアウト作品ローグ・ワンを観たのですけどね、
このシリーズなら言わずもがな、
May the Force be with you.
となりますが、実はもう一つあるんですよ。
それは、

I got a bad feeling about this.
 (嫌な予感がするぜ・・・)

これは劇中で主人公がピンチに陥る前に言われる科白。

僕はジェダイの戦士ではありませんから前者を使ったことはありませんが、
残念なことに後者はよく使います。
いや、使わざるを得なくなるんですよ、 特に取材旅行中は・・・

で、今回も出発前から早々に使いました。

この前、成田からロシアのサンクトペテルブルグまで移動する、
初日の流れを確認していたのですけどね、
モスクワでのトランジットが微妙なことに気付きました。

お世話になる航空会社はアエロフロートさん。
成田からモスクワまで国際線で飛び、
モスクワで国内線に乗り換えてサンクトペテルブルグまで。
トランジットタイムは2時間10分。

余裕綽々とはいえないまでも、一般的には無理のない乗継です。
しかし調べているうちに分かったのは、

1.入国審査はモスクワのシェレメチェボ国際空港で行われる。

ま、これはいいとして。

2.かつてに比べて入国審査はスピーディーになった(らしい)が、
  それでも諸般の都合で2時間ほどかかったケースもある。

3.入国審査の後、成田で機内預けにしたバックパックを受け取り(!)、
  国内線の出発フロアまで移動し、再度チェックインしなければならない。

とな!

(BGM:Theme of Mission Impossible)

このミッション、そもそも入国審査の時点でアウトの可能性があるのに、
加えて一度荷物を受け取らねばならんとは!

有利な条件としてすべてがターミナルDで完結しているとはいえ、
入国審査のペースやバゲッジが出て来るタイミングは、
僕たちでコントロールしようがないし、
現時点では誰にも分からない。

航空券を手配した旅行代理店経由で確認したところ、
税関で申告するものがなければ、
成田からサンクトペテルブルグまで荷物は直送してくれる・・・らしい。

そうであることを祈りたい。

ま、ここは当日チェックインカウンターで直接訊いてみるのが、
一番確実・・・かな。
ふぅ・・・

Oh...I got a bad feeling about this.

えーじ
posted by ととら at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月07日

抜き打ちテスト

ととら亭は旅の食堂。
色々な国の料理をアレンジしないで再現し、
僕たちの旅の経験をシェアするのがミッションです。

であるからには、
いらっしゃるお客さまの殆どが日本人・・・

という訳ではありません。

しばしば思いもよらない国から来日したお客さまが、
僕らにとって微妙なタイミングでご来店されることがあります。

先日の夜、少々混雑したディナータイムで、
カウンター奥の席(僕の目の前)に、
日本人と白人の女性のお客さまがいらっしゃいました。
彼女たちがオーダーした料理のひとつは、
世界のギョーザ特集でやっているスロバキアのピロヒー。

もしや・・・? と思い、訊いてみれば、やっぱり・・・
白人の女性はスロバキアの東部出身で、
いま野方の近くに住んでいるとのこと。

スロバキアの面積は北海道の3/4くらい。
人口は東京都民の半分以下、542万人ほどの国です。
そのレアな国民の一人がいま僕の目の前にいます。

ちょっとアンニュイな雰囲気の彼女。
実はピロヒーを作ったことはないそうで。
お婆ちゃんが作ってくれたものをよく食べていたそうです。

さて、僕がピロヒーをサーブして数分。
ほぼ食べ終っていた彼女に感想を訊いてみました。
すると意味深長な眼差しで・・・

「正直に答えた方がいいですか?」

だって。

イマイチだったのかしらん?
再現度は高い筈なんだけどな・・・
む〜・・・それでも本家の人のご意見はぜひ聞いておきたい。

「ええ、率直にお願いします」

「私のお婆ちゃんが作ったものより美味しいわ!」

はぁ〜、合格か!
いやはや僕たちなりに納得して出してはいるものの、
こうした抜き打ちテストはやっぱり緊張しますね。

ホント、いろんな意味で気が抜けない仕事なんですよ。

えーじ
posted by ととら at 16:36| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月04日

逆取材 その4

5月28日(日)にオンエアされた文化放送『浜美枝 いつかあなたと』。
この収録は放送日から遡ること約3週間前の、
5月9日(火)に行われました。

浜松町にある文化放送さんでの集合時間は午前11時45分。
受付で名前を告げた僕が案内されたのは9階です。
エレベータホールに出ると、
この仕事のオファーをくれた放送作家のG氏が出迎えてくれました。

「どうもはじめまして!」

とお互い言いつつも電話やメールでやり取りをしていましたし、
G氏の気さくな人柄の所為か、初対面と言う感じがしません。

エレベータホールを右に曲がり数メートル進んだところで、
左手に小ぶりなスタジオがずらっと並んでいるのが目に入りました。
同じラジオ局でも3日前に行ったTBSさんとは全く違います。
どことなく、バンド小僧だった頃に通った練習スタジオのよう。

さっそく僕たちはスタジオの前にある打ち合わせブースで名刺交換です。
そして台本を受け取り、簡単に説明を受けました。
と言っても、細かな話ではなく、ほとんど雑談。
今回も業界人ではないゲストを緊張させないようにする、
ご配慮をひしひしと感じます。

「久保さん、一昨日、久米さんの番組に出てたでしょ?」
「え? ああ、聴かれました?」
「浜さんは聞き手に回る方ですから気楽に話して下さいね」

そんな話をしているうちに番組の担当スタッフさんも現れてまた名刺交換。
で、スタジオに参りましょう!

学校の放送室を思わせる8畳ほどの広さのスタジオには、
すでに浜さんと寺島アナウンサーがいらっしゃいました。
テーブルの上には僕の本もあります。

浜さんは舞台を引退されているとはいえ、
所作といい、話し方といい、
さすがは元ボンドガールまで演じた女優さんという感じ。
なんかキラキラしています。

寺島アナウンサーはラジオで聴く通りのフレンドリーなキャラクターで、
G氏と同じく初めて会った気がしません。
そして挨拶のあとに、

「ととら亭は中野区の野方にあるんですよね?
 僕、出身が下井草なんですよ!」
「やぁ、ほとんどお隣さんですね!」

続いて不思議な縁を感じたのが浜さんとの話。

「奥さまは箱根のオーベルジュで働いていたのですか?」
「はい、浜さんはお住まいが箱根でしたよね?
 もう15年ちかく前になりますけど、
 ワイフが修業中だった時に浜さんがいらっしゃられたのを、
 彼女は覚えていましたよ」
「あらまぁ!」

ホント、人生どこでどう繋がるのか分かりませんね。

こうして場が和んだところで収録です。
僕の斜前に座った浜さんが、
コンソールルームのエンジニアとアイコンタクトするなり、
冒頭のクレジットを読みはじめました。

いやぁ〜、この静かなスイッチの入り方がスゴイ!
発声と間の取り方が雑談していた時とはまったく違うのです!
凛とした緊張感があるものの、それでいて肩の力は抜けている。
僕はポカンと聞き入ってしまいました。

彼女が話し終わると、どうぞとばかりに寺島さんへ手で合図。
僕の左隣りに座った彼がそれを受けて、
朗々と紹介文を読み上げ始めました。
まさにこれ、阿吽の呼吸というものでしょう。

奇妙な例えかもしれませんが、
まるで僕はバンドをやっていた時のように、
初めてのメンバーとセッションしている気分になりました。
そう、浜さんと寺島さんがドラムとベース。
僕は今回ギターで参加です。
お二人のテンポとリズムに気持ちを合わせて、
そろそろとコードを刻み始め、
質問を受けたところでソロを弾きます。

久米さん、堀井さんとのセッションがちょっと跳ねたジャズだとすると、
今回は軽やかなバーデン・ハウエルばりのボサノヴァでしょうか。
心地よいレイドバックしたムードの中に流れる時間は、
あっという間に過ぎてしまいました。

そしてスムーズに収録が終わったところで記念撮影です。

この時は気付かなかったのですが、
浜さんがコマーシャルさながらに僕の本を持っていてくれました。
その『持ち方』にご注目を!

onradio.jpg

こういうのは、さっと出来るものではありませんよね。
永年の女優業の他、
コマーシャルで商品を手に撮られ続けていたご経験からか、
何ともきれいな持ち方をされているじゃありませんか。

ん〜・・・徹頭徹尾、
皆さまのプロフェッショナリズムを感じたひと時でした。

えーじ
posted by ととら at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月29日

第14回取材旅行の準備 その5

「シャウレイか・・・聞いたことがないな」

今回の取材旅行の行き先を発表した後、
バルト3国を訪れたことのある方々から色々アドバイスを頂いたのですが、
その中に、リトアニアでは、
シャウレイという街が印象に残ったとのご意見がありました。

なるほど調べてみると、
無数の十字架が立ち並ぶ丘で有名とのこと。
なんでもそこは19世紀初頭に、
この地の圧政者だったロシア帝国に対する蜂起で亡くなった、
同胞のために作られた場所で、
その後も幾度となくソビエト連邦時代に焼き払われたものの、
リトアニア人の不屈の努力で都度じわじわ復活し、
独立を果たした今では、かなりの規模になっているそうです。

シャウレイの位置はリトアニアの北部。
丁度ラトビアのリガからリトアニアのビリニュスへ向かう途中にあるので、
ここで一泊してみようということになりました。

実は僕たちが予定を変えた理由は他にもあります。

シャウレイはリトアニアで第4の都市といわれているものの、
実のところ、いわゆる『観光地』ではありません。
はっきり言って、ただの地味な地方都市です。

でも、それが僕たちの旅心をそそったのですよ。

コロッセオやエッフェル塔のようなランドマークはないし、
クリスタルガラスやワインなどの特産品を扱う土産物屋もない。
しかし世界遺産の旧市街がある首都のビリニュスがよそ行きの顔だとすると、
『何も見るべきものがない』シャウレイは、いわば素顔のリトアニア。
僕たちが魅力を感じるのは、そんな場所なのです。

『何もないところ』とは、言い換えれば、
『自分で発見する何かがあるところ』でもあります。
たとえば2月に訪れたバルカン半島では、
ギリシャのテッサロニキやハンガリーのセゲドがそれにあたりました。
僕のPCのスライドショーで映されている写真の数々は、
そうした僕だけの名所ばかり。

『なにもない』シャウレイの街。
そこで何が僕たちを待っているのか。
それが今からとても楽しみです。

えーじ
posted by ととら at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月27日

ラジオリベンジ

『逆取材 その3』でお伝えしました、
5月6日放送のTBSラジオ『久米宏 ラジオなんですけど』。
生放送が終わってすぐ、
スタッフさんから放送を録音したCDを頂きました。

で、ととら亭に帰るなり、待ち構えていたともこと一緒に聴いてみると、

がぁ〜ん!

・・・と言うか、やっぱり・・・

久米さんと堀井さんという喋るプロ中のプロに挟まれた僕のトークは、
なんともまぁ拙いもの!
大人と子供、いや、大人と新生児くらいの差があるじゃありませんか!

そりゃまぁ当たり前なんですけどね。

野方駅からの帰り道で、
「聴いたよ〜!」
「すごい! ぜんぜん緊張していなかったね!」
などと温かい(慰めの)お言葉を頂戴したものの、
あらためて聴きなおしてみると、
僕のトークだけ重複表現がてんこもり!
加えて考えながら話している時に特有の、
話始めに「あ〜」とか「え〜と」など、
無意味な音がじゃんじゃん入ってる!

いや、ホントのところ、リアルタイムで気付いていたのですが、
変に意識すると、
久米さんの鋭い矢次早の質問に追いつけなくなりそうでしたから、
無視していたのですよ。

そういえば以前、ウェブ記事のインタビューで、
僕の話がそのまま文字になってアップされたことがありましたが、
あの時も、なんてひどい喋りだ・・・と倒れそうになりました。

もう一度スタジオに戻って、
「久米さん! さっきのやり直させて!」とお願いしたかったのですが、
ライブ放送はノーリターン。

ん〜・・・

しかし!
その3日後の火曜日、僕にはリベンジのチャンスがあったのです!

実はラジオのオファーがもう一件ありました。
次は文化放送さんから『浜美枝のいつかあなたと』。
僕が出演する放送日は明日、5月28日(日)午前10:30〜11:00です。

今度はもうちょいまともに話すぞ!
と挑んだ収録。

はてさて、その結果は如何に?

えーじ
posted by ととら at 15:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月25日

ととらな本 その8

白状しましょう。

昨年の6月、出版のオファーを頂き、
テーマを聞いた時に、僕はちょっと尻込みしていました。

いや、初めての仕事でビビったからではなく、
文章が書けるかどうか自信がなかったからでもありません。

問題は本の核心となる『ギョーザ』にありました。

ととら亭の仕事で食のルーツを追い始め、
中でもギョーザがひときわ興味深い対象であることは事実です。
実際にその流れをユーラシア大陸の西側から辿り出し、
折しもその広がりと深さがぼんやり見え始めてきたところでした。

ギョーザ発祥の地と時期についても、
単一起源説か散発説かの判断は棚上げされているとはいえ、
少なくとも、この料理の大きな中心の一つが中国にあることは間違いない。
そこで傍流から遡行して原点に迫ろうというのが僕たちの戦略だったのです。

しかし、オファーがあった時点で、
肝心の中心地である中国がまだ手付かずだったではないですか。
いや、本にも書きました通り、
確かに2000年に北京へ行ってジャオズを食べてはいるものの、
ただの休暇で行っただけですから、
今のような細かい取材はやっていなかったのです。
(だから現物の写真が本に載っていないしょう?)

加えて、かなりの種類のギョーザを現地で食べてはいるとはいえ、
調べ上げたギョーザリストを網羅している訳でもありません。

ん〜・・・ギョーザの本・・・か・・・
ブログのように散文的な内容でいいのならネタはいくらでもある。
でも、1冊の本にまとめるとなると・・・どうしたもんだろ?

こうして企画を練り上げる打ち合わせのなかで、
僕が踏ん切りをつけたのは、
普段とはちょっと違うトーンで切り出した村尾編集長の言葉でした。

「えーじさん、確かにギョーザの旅は道半場でしょうけど、
 これまでの経験だけでも十分かたちになると思いますよ」

そうかな?

この本を手に取った人は、
ギョーザがいつ、どこで生まれて、どう広がって行ったのか、
その答えを期待しているだろう。
しかし僕らはまだその答えを見つけていない。
いや、見つけていないどころか、更に迷い込んでしまったのが現実だ。
期待された答えは書けない。

でも、村尾編集長が求めているのは答えじゃないんだな。

そうか、この仕事も、僕たちの普段の旅と同じように、
等身大の内容で行けばいいのさ。
僕らは分かっていない。その通りだよ。
しかし分かっていないことが分かった。
だからその謎を読者とシェアすればいいじゃないか!

僕がこうして納得するまで続いた打ち合わせは、
3、4回にもなったでしょうか。
書き直し続けた企画書もメジャーチェンジ3回、
プラス、マイナーチェンジ1回のバージョン3.1まで行っていました。

時は7月中旬のこと。
梅雨明けはもうすぐそこでした。

to be continued.

えーじ
posted by ととら at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月22日

母と娘の食卓

あゆみちゃんと、ととら亭は同い年。
2010年3月に生まれました。

それから間もなく、あゆみちゃんのお母さんは、
お父さんが留守番をしていてくれる週末に、
時々ととら亭を訪れては、一人の時間を楽しんでいたのです。

ある日、僕は彼女に尋ねました。

「たまにはご家族で如何ですか?」
「え〜! まだまだ無理ですよ! じっとしていられないので」

そうして5年、6年と月日は流れ、
あゆみちゃんは、小学生になりました。

今年も春が来て、桜が咲いた後のディナータイムのこと。
僕が暖簾を出して間もなく。

「いらっしゃいませ。あれ?」

その晩の最初のお客さまは、あゆみちゃんのお母さん。
しかし、彼女の後ろから小さな女の子がのぞき込むように顔を出しました。

「ほら、おじさんにご挨拶は?」
「・・・・こ、こんばんは」

ずっと前から、
お母さんと一緒にととら亭へ行きたいとねだっていたあゆみちゃん。
大人と一緒にいい子にしていられるか、
約束できたら連れて行ってあげる、とお母さんに言われていたそうです。
今夜はいよいよ彼女のデビューのよう。

テーブルに案内してメニューを渡すと、
あゆみちゃんは緊張しているのか、背筋をぴんと伸ばして思案中。
ほどなくして僕は注文を取りに戻りました。

「何が欲しいの? おじさんに言って」

お母さんは自分で注文させようとします。

「ふらん・・ぼ・・わーず・・ソーダください」

あゆみちゃんは上目遣いで言いました。

「かしこまりました」

僕は相手がきちんと話せるのであれば、
幼児言葉を使いません。
小さくてもレディには敬意を払います。

飲み物を出し、料理が並ぶと、少し慣れて来たのか、
それまで押し黙っていたあゆみちゃんが話を始めました。

「どう? あの子食べれてる?」
「ああ、問題ないよ」

キッチンのともこも気になっているようです。
僕らは遠く目に、母と娘のテーブルを見守っていました。

静かな月曜日の夜。
二人の笑顔と楽しそうな会話。

母と、娘と、心を込めた料理。
ポータブルゲームマシンやスマートフォンなどなくても、
その空間には、二人の幸せに必要なすべてが揃っていました。

「ごちそうさまでした!」

会計の時、
入って来た時とは別人のような笑顔を浮かべたあゆみちゃんが、
お母さんに促されることなく自分から言った言葉。

「ありがとうございました」

ととら亭はあゆみちゃんのように話すことは出来ませんが、
やっと来てくれた友だちの背中を見送り、
とても喜んでいたと思います。

とある春の夜のことでありました。

えーじ
posted by ととら at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月20日

旅のささやき

関東地方の日差しは初夏のもの。

今日のランチでやっていた旅のメニューは、
ベトナム風ゴーヤとポークのスープ仕立てです。

美味しそうでしょ?

こんな季節にこの料理を出していると、
ベトナムを始め、東南アジアを周った旅を思い出します。
酷暑の中、
更に熱気むんむんの市場の中で食べる汁物の料理は、
一瞬たじろぎそうになるものの、
バテ気味の体にじわっと効いてくるのですね。

気怠い午後の風。
空から押し付けてくるような日差し。
スパイスとフルーツの香り。
なげやりな売り子の声。

最も気温が上がる午後になると、
僕たちも一度、宿へ引き上げて、
シャワーを浴びたら一休みです。

読書するもよし、日記を書くもよし、
そのまま昼寝もいいものです。

こうした時間の過ごし方は、
ガイドブックで勧められていないと思いますけど、
僕たちの本来の旅では欠かせないものでした。

世界遺産のある有名観光地でなくても、
星付きの高級ホテルに泊まっていなくてもいいのです。
ふと気の向いた街でバスを降り、
ぶらっと歩いて宿を探しましょう。
ほら、あそこに良さそうな安宿がありますよ。

「こんにちは、ダブルかツインは空いてます?」
「いくらですか?」
「そう、じゃ部屋を見てもいい?」

僕たちが会社を辞めて、
こんな風に、ベトナムからカンボジアへ旅したのは、
2002年5月のこと。

ランチが終わって外を片付けていた時、
ととら亭のある野方の細い路地が、
あの頃の、
ホーチミンやプノンペンまで続いているような気がしました。

そう、もうすぐ僕たちはまた旅に出ます。
今度は北の方ですけどね。

えーじ
posted by ととら at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月17日

遥かなるゴール

と、大仰なタイトルを付けましたが、
何のことはない、僕の宿題の進捗状況のことです。

そう、僕のすちゃらかブログは、
昨今の流行りに反して写真が少ない。
文字ばっかりでつまらない。

で、これじゃいかんと始めたのが、
写真を満載した『いろいろ』ページの旅の報告。
ところがこれが間に合わない。
アップするより先に次の取材や研修に行ってしまうので、
宿題は溜まる一方です。

しかし!
いや、言い訳ですが、一応やる気はあるのですよ。
今回も次に出かける前に、ひとつくらいは仕上げねば!
と頑張りました。

第5回取材旅行 チュニジア

いつのことかと申しますと、2013年2月。
ありゃ〜・・・僕の髪がまだ長いじゃありませんか。

すみません。

えーじ
posted by ととら at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記