2017年03月03日

Seven years in Nogata

「ねぇ、7年前のこの時間、私たちは何をやっていたかしら?」

昨夜、営業が終わって賄いを食べていた時、
ふと、ともこがそう訊いてきました。

ととら亭を開業する前日の深夜・・・か。

2カ月に及ぶ膨大な開業準備作業ですでにボロボロだった僕らは、
最後の気力を振り絞って、
初日のお客さまに配るパウンドケーキの袋詰めをやっていたのです。

そして翌日からは、
まさしくジェットコースターに乗ったような日々が、
数か月間に渡って続いたのでした。

ようやく営業のリズムが作れたのは1年後。
人間らしい生活に戻るには、
それから更にもう1年が過ぎるのを待たねばなりませんでした。

思えば独立は、
かつて経験したことのない人生の変化だったと思います。
生活の全てが変わりましたからね。
だけど正しい決断だったんじゃないかな?
確かにえらくしんどいですけど、
こういうのは僕たちの旅とそっくりですから。

僕たちが求めていたのは、
事業の成功や社会的なステータスではなく、
とどのつまり、『自由』だったんだと思います。

え? 恰好つけ過ぎ?
でも、本当にそうなんですよ。

今日は独立して7年と1日目。

せっかく自由になったんだから、
自由な旅を続けよう。

えーじ

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2017年03月02日

世界のギョーザ特集がはじまります!

お待たせしました〜!
今しがたウェブサイトを更新しました。

→ 世界のギョーザ特集

そして僕の机の上にはメニューやポスターなど、
印刷物10種類の山が・・・

自分でいうのも何ですが、
一昨日の夜帰国したばかりでこれだけやるのはしんどかった!
偉いぞ、えーじ!

しかし、今回は通常のメニュー変えではありません。
独立7周年記念に加え、初出版とのタイアップともなれば、
オジサンもマジで気合が入りますよ。

それじゃ、お疲れさまでした・・・

で、終わりじゃなかった!
今夜から営業再開だったんだ。

すぐお店に戻らないと怒られちまう。

ん〜・・・
代表取り締まられ役の人生とは、こんなものでございます。

えーじ
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2017年03月01日

ととら亭再起動 201703

取材旅行から帰って「ありがたいなぁ〜・・・」
と二人して思うことが3つあります。

ひとつ目は熱いシャワー。
今回のように冬に寒い地域へ行ったとしても、
機内で一泊した体にこれほど心地よいものは他にありません。
もちろんお風呂の方がいいに決まっていますけど、
安い航空券では遅い時間に到着することが多く、
そこから風呂にお湯を張るくらいなら早く寝たい。

二つ目は塩っぱい食べ物とサラダの食事。
欧米圏のように炭水化物を油で摂る地域の食事は、
塩で摂るアジア圏の料理に比べて塩の使用量が少ないようです。

塩分の摂り過ぎは健康に良くありませんが、
もわっとした油っぽい料理ばかり食べ続けていると、
僕のような超うす味派でさえ、
だんだんラーメンや漬物のような、
塩気の強いものが食べたくなってきます。

そして同じくバターの使用量が多い地域でへたった胃腸は、
酸味のあるドレッシングで和えたさっぱりサラダを欲するのです。
自他ともに認めるマヨラーの僕も、
この時ばかりはノンオイルタイプぷり〜ず。
具体的には寿司とサラダなんて理想ですね。

最後は布団。
6時間以内のフライトであれば殆ど気になりませんけど、
今回のように11時間を超えると、
いかにどこでも眠れる僕でも首や腰が痛くなってきます。
ですから熱いシャワーで汗を流し、
適度な塩気でさっぱりした料理を食べ、
布団の上で思い切り体を延ばす。

あ〜、帰って来たぞ、うちはいいあぁ・・・
と心の底から思えるひと時です。

さて、そうして一夜明けた今日。
朝は9時から、
二人とも黙々とととら亭の再起動に没頭していました。
今回は旅のメニュー変えも重なっている上に、
ここまで一行のキャプションも書いていなかった僕は、
復路の機内から成田エクスプレスの車内でも、
PCを起動してパチパチお仕事。

ん〜・・・会社員時代を思い出すのぅ・・・

そんなこんなで追い上げた結果、
午前中いっぱい頑張って、何とか遅れはリカバーできました。
これでギリギリ明日の昼には印刷に入れるでしょう。

今回は出版記念特別企画として、世界のギョーザ特集をお届けします。
メニューは、

 カザフスタン アルマティ風チュチュバラ
 ドイツ    フランクフルト風マウルタッシェン
 トルコ    カッパドキア風マンティ


それに独立7周年記念として恒例の『野方でノガーダ』を加え、
ととら亭史上、最強のラインナップでお待ちしております。

えーじ
posted by ととら at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月28日

第13回取材旅行 その12

今は日本時間22時6分。
最終の成田エクスプレス54号の車内でこれを書いています。
野方はまだ先ですが、まぁ無事に帰って来ました。

イスタンブールからの便は8割ほどの搭乗率。
この時期は卒業旅行の若者たちが多く、
各国のハブ空港から飛ぶ成田へ向けた便は結構混んでいます。
面白いのは往路と復路で見比べる彼、彼女たちの様子。

行きはもう楽しさ爆発状態。
それはそうですよね。
イタリアやスペインなどの外国だけではなく、
海外旅行そのものがまだ新鮮でしょうし、
それが仲の良い友達と一緒とあらば尚更です。

反して帰りは遊び疲れた子供のように、皆さんぐったり。
飛行機に乗ると、行きとは対照的に口数が少なく、
映画を観るより早々に居眠りを始める人がほとんど。

皆さん、どんな思い出を持って帰って来たのでしょうね?
旅で感じることは十人十色ですが、
自分の日常とは違う世界を知るのは、
とても有意義なことだと僕は思っています。

そして外を知るということは、
同時に内を知るということでもあります。
この青い星の中の小さな島国、日本。
そして、そこで生まれ育った僕たち日本人。

自分の顔を見るには鏡が必要なように、
外に行き、外国と言う鏡に映して初めて見る自分たちの素顔。
それもまた若者たちにとっては、新鮮な印象を残したことでしょう。

実はかく言うオジサンもそのひとり。
白状すると、
旅で『分かる』のは『分からない』ということなんですよ。
少なくとも僕にとってはね。

確かに料理取材の旅は、ある種の『答え』を探すのが目的です。
しかしその答えとは、新しい謎であることも少なくありません。
だからこうも言い換えられるんじゃないかな、
『ひとつの旅の終わりは、新しい旅の始まり』だと。

え? もう次のことを考えているのかって?
当たり前ですよ、旅人なんですから・・・じゃなくて仕事ですから!
というか、僕らにとっては、ととら亭での日常も、
ひとつの長い長い旅に他なりません。

営業の再開は明後日のディナーから。
まもなく、ととら亭の8年目の航海が始まります。
明日は朝から二人ともその準備。
今回と同じように、いい旅にしたいですね。

あ、そろそろ東京駅かな?
それでは次は野方から!

えーじ
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2017年02月27日

第13回取材旅行 その11

今日はブダペスト最終日。
いよいよ夕方から東京へ向けて移動を始めます。
昨夜のうちにウェブからチェックインは済ませておきました。
フライトは20:25。
往路と同じくイスタンブールでトランジットです。

東京を出発して15日目。
会社員の頃では不可能だった旅行期間ですが、
(僕の場合、9日間が最長でした)
やはり過ぎてしまえば、あっという間ですね。
帰国の数日前にともこが洗濯をやめると、
ああ、この旅もそろそろ終わりだなぁ・・・
という気持ちがしてきます。

一昨日は12年前にブダペストを訪れた時の記憶を呼び覚ましながら、
当時、歩いた道をもう一度辿ってみました。
あの頃、僕は会社員をやっており、今のような完全個人旅行ではなく、
移動手段とホテルだけブッキングされたスケルトンツアーで、
ウィーンとブダペストを周遊していたのです。
さすがに全てを思い出すことは出来ませんでしたけど、
ああ、あの時はあそこを歩いて、ここで写真を撮ったな、
と記憶が蘇ってきました。

ねぇ、あなたは、
12年前、どこで、何をしていましたか?

12年と言う歳月は、人間にとって短いものではありません。
個人的に振り返ってみても、
ブダペストからブダペストへの長大な旅は、
公私ともに果てしないものだったように思えます。

あの時、12年後に、こうしてもう一度この街に来るなんて、
全く想像もできなかったな・・・

前回と同じアングルでくさり橋の写真を撮っていた僕は、
ファインダーを通してドナウの流れを感じ、
ふとそんなことを考えていました。
そして、

では、今から12年後、
僕らはどこを、どんな風に旅しているんだろう?

『アタマノイイ』僕たち大人が公園の砂場に置き忘れてしまったたもの。
それは、未来のことは誰にも分らない、
というシンプルな事実なんですよね。
たとえそれが15分先のことであっても、
証券取引所で働くあなたにも、ただの旅人の僕にも分からない。
実は分かるような振りをしているだけなんです。

でも、この事実は不透明な未来に対する不安を煽るものではありません。
だからこそ、僕たちは旅に出る意味がある。
言い換えれば、生きている意味がある。
もし未来がテレビ番組の再放送みたいになってしまったら、
世界に驚きも喜びもなくなってしまうでしょう?

そこで、
先にご紹介したドイツ人の友人のビルギッタさんへのメールを、
僕は次の一文で締めくくりました。

 Let us keep on traveling into the future.
(我らに未来への旅を続けさせ給え)

それでは、次は春の入り口の東京で会いましょう。

えーじ
posted by ととら at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月26日

第13回取材旅行 その10

ブダペストでの2日目。
取材は順調に進んでいます。
心配していた僕らの胃腸の調子は、おっと危ねぇ!
な時も何度かありましたが、
ピンポイントの胃薬ドーピングで辛うじてクリア。

今回は比較的にやり易い取材です。
と言うのも、
ギリシャ、ハンガリー共に郷土料理のバリエーションが多く、
それを提供する店も沢山ありますので。

出発前に心配していた気温は拍子抜けするくらい。
4カ国を通じて東京と殆ど変わりません。
反対にちょっと暖かいくらいな街さえありました。
一番寒かったのは、調子が悪いのに僕らだけバスを降ろされた、
マケドニアとセルビアの国境かな?

治安はとてもいいです。
難民問題で入出国のチェックが厳しくなっているかな?
と旧社会主義国家のレガシーが微妙に残る、
マケドニアやセルビアではホテルの滞在証明もしっかり取っていましたが、
(ウズベキスタンやカザフスタンのレギストラーツィアと同じものです)
先にちょろっとお話しましたように、
僕たちが通過した国境は何れも緊張感が希薄・・・
と言うか、はいはい、いらっしゃい〜、それじゃまたね〜、な感じ。
インスペクターも至ってフレンドリーです。
税関は僕ら程度の持ち物とおカネではスルー状態。
他の人々も頓着していなかったご様子でした。

各国の経済状況は昨今の欧州のそれを反映して厳しい印象を受けました。
特にマケドニアとセルビアは、
公共サービスもかなり草臥れているのではないでしょうか。
ゼネラルインフォメーションを参考にそれぞれの懐事情を算出すると、

ギリシャ
 平均月収約235,000円 世界ランキング31位(日本の約2/3)
 ジニ係数34.3%(93位) 貧困層の割合20.0%(103位)

マケドニア
 平均月収約 40,000円 世界ランキング88位(日本の約1/10 世界平均以下)
 ジニ係数39.2%(65位) 貧困層の割合30.4%(63位)

セルビア
 平均月収約 50,000円 世界ランキング80位(日本の約1/9 世界平均以下)
 ジニ係数38.0%(72位) 貧困層の割合9.1%(140位)

ハンガリー
 平均月収約112,000円 世界ランキング46位(日本の約3/10)
 ジニ係数24.7%(138位) 貧困層の割合14.0%(131位)

データの精度と確度を差し引いても、僕らが見た状況とこれらの数字は、
あながち乖離したものではありませんでした。
実際、ギリシャやハンガリーでも物乞いは少なくありません。
社会的な弱者はどこも老人と身体的ハンディキャップのある人、
小さな子供連れ、そして少数民族です。
僕はマルクス・エンゲルスファンではありませんけど、
凍てつく路上でうずくまる人々の脇を、
高級外車が通り過ぎる光景を目の当たりにしていると、
わ〜い、資本主義の国に生まれて良かった〜!
とは手放しで喜べませんね。

確かに自由競争は文化の発展のみならず、
ミクロな個人の幸せにも大きく寄与していることは事実ですが、
原理的に言って、
一握りの勝者を多数の敗者が支える仕組みであることには、
変わりがないでしょう?
だから先般亡くなったキューバのフィデル・カストロは、
資本主義国、特に先頭を行くアメリカを『帝国主義』と、
呼んだんじゃないのかな?

僕たちは今、産業革命華やかりし時代の経済、
そう、『むき出しの欲望』を原動力とする、
『見えざる手』に再び自らの運命を委ねようとしています。

バルカン半島の国家間の、EU諸国間の経済格差、
これは遠く離れた世界の話ではないのではないか?
僕にはそう思えてなりません。

おっと! また話がマクロになってしまいました。
それでは僕らが下見したマケドニアとセルビアの旅を、
写真を交えながらダイジェストレポートしましょうか。

mc_minibus.jpg

ギリシャのテッサロニキを出発したミニバス。
旧ソヴィエト連邦圏でよく使うマルシュルートカそっくり。
ピカピカでしたけどね。

mc_road.jpg

テッサロニキはギリシャ第2の都市と言われていますが、
バスターミナルを出発して30分もすると、あたりはこんな景色に。

mc_border.jpg

ギリシャの国境。
高速道路の料金所とそっくりです。

mc_square.jpg

マケドニアの首都スコピエの中心部、マケドニア広場。
ここでハイティーンの子たちが片言の英語で、
「写真を撮って下さい!」
と言うから彼女のスマホを受け取ろうとすると、
「いえいえ、一緒に写って下さい!」
東洋人は珍しいのでしょうね。

mc_bridge.jpg

地味ですがスコピエのランドマークの一つ、カメンモスト(石橋)。
この周辺は夜景が美しいと楽しみにしていたのですが、
熱を出した僕はモーテルで沈没。
リベンジの課題がまたひとつ増えてしまいました。
そうそう、この先にあるオールドバザールにも行けなかったんですよ。
うう・・・

mc_station.jpg

驚くなかれ、13時頃のスコピエ中央駅のチケット売り場です。
日本で言ったら東京駅ですよ!
誰もいません。しかも設備はご覧の通り。
待合室は鍵がかかり、ホームに上がれば冷たい北風がひゅ〜・・・
廃線になっちゃったのかしらん?
との印象を抱かざるを得ませんが、一応運行はされているそうです。
という訳で、僕らは選択の余地なく、国際バスを使ったのでした。

mc_motel.jpg

駅から徒歩5分ほどの所にある僕らが投宿したモーテル。
建物よりも周囲の状態にご注目を。
これも日本の場所に例えれば、丸の内か八重洲ですよ。
まぁマケドニアの規模と歴史を考えれば、
仕方のないことなのかもしれません。
面積は九州の約2/3、人口は東京都民の約1/6くらいなのですから。

mc_beans.jpg

代表的な料理と言えば、
白インゲン豆を煮込んだタフチェ・グラフチェ。
じわっと美味しい素朴な料理でボリュームもあります。
これにパンがあれば、一食成立するでしょう。

mc_humburg.jpg

マケドニア版ハンバーグのブリュスカヴィッツア。
スパイス感はありませんが、お肉そのものがジューシーで美味しい。
これはチーズ入りバージョン。お腹いっぱいになります。

mc_bustarminal.jpg

スコピエ中央駅に隣接したバスターミナルから夜行バスで、
セルビアのベオグラードへ。
さて、それでは僕は気絶させて頂きます。

sr_rever.jpg

ふと意識が戻れば5時間前後が過ぎてベオグラード。
旧ユーゴスラヴィアの中心地だけあって大きな都市です。
これはカレメクダン公園の丘から俯瞰した市街。
この上空をNATOの戦闘機が飛んで爆弾を落としたのか・・・
目の前に流れるのはサヴァ川です。
これがすぐ右側でドナウ川と合流します。

sr_street.jpg

地味ですが美しいクネズ・ミハイロ通り。
西側の資本がボチボチ進出しており、
マケドニアでは見かけなかったマクドナルドもありました。
しかしセルビアの人々にとっては少々高級なお店です。

sr_street02.jpg

ここは個性的なお店が集まっているスカダルリヤ。
ランドマークはなくてもこうした街歩きはとても楽しいですよ。
よく見ていると小さな発見が沢山ありますから。

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スカダルリヤ周辺はミニモンマルトルと称せられることもあって、
街中にアート感覚が溢れています。センスいいね。

sr_kaki.jpg

あ、中央市場をぶらついていて驚いたのがこれ。
柿ですよカキ! しかも名前に注目です。
JAPANSKA!
日本から伝わったんでしょうね。
ちなみにカキは日本原産ではありません。
中国の長江流域が原産地と言われています。
本名は『シィ』。韓国では『カム』と変化しているので、
朝鮮半島経由で日本に伝播した可能性が考えられますね。
そしてヨーロッパには日本経由で伝わったのか?
そう言えばトルコの市場では『KAKI』で売っていました。
場所は違いますがブラジルでも同じ。
いずれも熟れ過ぎでぐずぐずが好まれています。
不思議ですね。

sr_room.jpg

夜に熱がぶり返してしまったので、夕飯はホテルで。
取材にはあまりなりませんけど、
僕らはこうした食事が意外と好きでして。
長旅の時には、よくこんな風に食べていたものです。

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バルカン半島一帯でファーストフードと言えばブレキ。
これはチーズやホウレンソウを入れたパイ。
一説によるとトルコのブリックが伝わったと言われていますが、
チュニジアのブリックは、
とろっと卵が溶け出す大型揚げギョーザ風だったので、
変化の大きい料理なのかもしれません。
冷めても美味しいですよ!

sr_hotelstaff.jpg

僕たちが投宿したホテルのラブリーなスタッフと。
彼女はとても親切な人で、
ハンガリーのセゲドへ向けたアクセスを色々調べてくれました。
余談ですけど、ご覧の通り、セルビアは美人が多い!
男性は体格が大きく、僕の身長(176.5センチメートル)で小柄な方。
180センチメートル級はごろごろいるし、
10頭身の190超えも珍しくありません。
サッカーやテニスを始め、スポーツが強い訳ですね。

sr_localhouse.jpg

ベオグラードを出発した僕らはまず北端の街、スボティザへ。
途中は広大な田園地帯。時折、こんな家がぽつぽつありました。
素顔のセルビアのひとつです。

hu_border.jpg

スボティザで国際バスに乗り換えてハンガリーのセゲドへ。
これはハンガリーの国境。
右側にバスが停まっているでしょう?
あそこでインスペクターが乗って来てパスポートを集め、
スタンプ押してを返してくれます。
で、ようこそEUへ!
セゲドの市内まではここから20分ほど。

如何でしょう?
今回は下見だけでしたので、さらっと通り過ぎてしまいましたが、
何だが惹きつけられるものがあると思いませんか?
華やかさこそなくても、西欧とも東欧とも異なる、
バルカン独自の魅力を僕たちは感じました。
でも特に印象に残ったのは、見ず知らずの旅人にやさしい人々の笑顔かな?

ん〜・・・やっぱりもう一回来てみなくては!

えーじ
posted by ととら at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月25日

第13回取材旅行 その9

セゲドのホテルをチェックアウトしたのは今朝の10時。
そこから曇天の下、15分ほど歩いて駅まで行った僕たちは、
インフォメーションボードの前で佇んでいました。

「ふ〜・・・またこれか・・・」
「どうしたの?」
「僕らが乗る10時45発のブダペスト行きインターシティだけ、
 ホームナンバーが表示されてないんだよ」

僕の脳裏には、かつてブカレストやクラクフの駅で、
散々な目に遭った記憶が蘇って来ました。
自分の予約した列車に乗る。
ただそれだけで大汗をかかねばならないのが僕らの旅・・・か。

「仕方ない、取り敢えずホームに行ってみよう」

駅舎から外へ出てみると、
5番ホームにだけ人が沢山います。
時間からしてあそこの可能性が一番高いでしょう。

こうした時に不思議なのは、
幾ら探しても周りに鉄道会社の職員が見当たらないことです。
しかしプラスの材料もあります。
以前に比べてハンガリーの英語の普及率は格段に上がっていました。
であれば僕と同じ乗客に訊くまでです。

「こんにちは、
 このホームの列車は10時45分発のブダペスト行きでしょうか?」
「ええ、そうですよ」
「どうもありがとう」

この質問を移動しながら3人の乗客にしてようやく一安心。

一瞬イヤな予感がしたものの、13時10分、
僕らは無事に今回の旅の最終目的地、ブダペスト西駅に到着したのでした。
最後のアクセスはセゲドから2時間20分。

ここまで来てしまえばこっちのもの。
ブダペスト西駅からは隣接する地下鉄に乗り換えて3駅先のFerenciek tere駅へ。
地上へ出たら繁華街のヴァーツィ通りに南で直交する、
ピルヴァックス通りに面したホテルはもうすぐそこです。

ブダペストでなぜこんな風にスイスイ歩けるのかと言うと、
12年前に来た時の土地勘がある程度残っていたからなのですよ。
そう言う意味ではあまり変わっていない気がします。

ホテルに荷物を置いた僕らが早足で目指したのは、
そこから南に800メートルほど下ったところにある中央市場。
実はここ、取材と言うより、リベンジの場なのでした。
あの時の僕は疲労が祟って前日の夜にホテルでダウンしており、
翌日も胃腸の調子が芳しくなく、
市場の2階にある軽食堂の実に美味そうな焼きソーセージが、
食べられなかったのです。

「よ〜し、帰って来たぜ! 下の市場は後回し、目指すは2階だ!」
「あ、あるある、ソーセージ売ってるよ!」
「一番美味そうな店にアタックするぞ!」
「ハンガリービールも忘れずにね!」

hu_sausage.jpg

これですよこれ! 美味そうでしょ?
下に敷いてあるのは蒸し煮したザワークラウト。
ディジョンマスタードをたっぷり付けて頂きます。

hu_atstool.jpg

12年間僕らの頭にあったハンガリーのソーセージとビール。
いやぁ〜、もう美味いのなんのって。
(ともこの表情が全てを語っていると思います)

しかし、これで終わりではありません。
もうひとつ、忘れてはならないミッションがあったのです。

それは料理の名前の同定。

ととら亭でかれこれ90種類以上の旅の料理を紹介していますが、
ひとつだけ、料理の現地名が分からないままだったものがあります。
それがこの市場で食べた、
キャラウェイが香るザワークラウトとポークのシチュー。
当時は英語が殆ど通じなかった上に、
マジャール語の響きがどうにも僕の耳に入り難くて、
お互い肩をすくめるばかり。
後日、見かけから画像検索して、
多分「Székely Cabbage(セーケイキャベツ)」
ではないかと考えていたのですが、あまり自信はありませんでした。

今回はマジャール(ハンガリー)語の「ミエズ?(これは何ですか?)」
を覚えて来たから大丈夫!
そこで居並ぶ料理を見回してみれば、

hu_foodspalette.jpg

「あった! これだよ!」
「どれどれ? お〜、間違いない!」

ところが料理を指差して喜んでいる僕らに気付いたお姉さんは、

Hi! Would you like to try Hungarian cooking?
Come on! It's really good!
(ハーイ、ハンガリー料理を試してみません? ほら〜おいしいわよ〜!)

という訳で、このまま英語の会話になったのでした。
(せっかく覚えて来たのに・・・)
しかし分かりましたよ、本当の名前が。

hu_selkelyglyas.jpg

ととら亭で召し上がったお客さまも多いと思いますが、
この料理は『Székely Gulyás(セーケイ グヤーシュ)』。
直訳すると『セーケイ地方のシチュー』と言い、
僕の推測もあながちNGではなかったのでした。
食べてみれば何とも懐かしい味がするじゃないですか。

思えばこうした10年越しのリベンジは、
2015年6月の中欧旅行の時もありました。
あの時はスロバキアでの取材がちょっと早めに終わったので、
日帰りでウィーンに行き、
以前行きそびれたデメルでショコラ―デントルテを食べたのです。

僕らは基本的に過ぎたことはあまり執着しない方ですが、
食べることとなれば話は別。

ん〜・・・Mission Complete!!!

さて、話はハンガリーから日本に変わり、
発売されましたね!

『世界まるごとギョーザの旅』

最初は3月上旬になるかな、というスケジュール間でしたが、
出版社さんからの話では、もう書店に並びつつあるそうです。
ウェブでも紀伊国屋さんやamasonさんでも売り始めていました。
あ、もちろんととら亭の隣の『はた書店さん』でも売っていますからね!

面白いですよ〜!
よろしくお願い致します!

えーじ
posted by ととら at 04:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月24日

第13回取材旅行 その8

今日はセゲドで終日のんびりしていました。
ここは所謂『観光地』ではないので、世界遺産はおろか、
ランドマークになるようなものは殆どないのですが、
この地味さがスロバキアのブラチスラヴァにも似た、
落ち着きと静けさを醸し出しているのですよ。
端的に言えば素顔のハンガリー・・・なのかな?

それでも外国人がいない訳ではなく、
ローカルレストランや駅でも大抵英語が通じます。
僕のマジャール語は挨拶だけなので助かりますね。

泊っているホテルはこんなところ。

Science Hotel

『科学ホテル』とは、ちょっとコンセプトが面白いところで、
ロビーは図書館かお洒落な書店風。
お値段はダブルルームで1泊日本円で約5,400円。
今回の取材旅行でもっとも高い部屋です。(しょぼい予算だね・・・)

しかしコスパがスゴイ!
部屋はきれいで広く、
ベッドなんて僕らが住んでいるアパートの寝室と同じくらいの大きさ!
当然安宿のぼよよんベッドではなく、程よい硬さで寝心地抜群。

朝食がまた素晴らしく、
セゲド名物の超うまいサラミやチーズがずらっと並び、
美味しいパンが何種類もあります。
日本でならこの朝食ビュッフェだけで、
1人2,000円はするだろうという、
ゴージャス、デリシャス、デンジャラスな内容。
それを考えると二人分の朝食代と部屋代で先の料金ですから、
なんかすごくお得な気分になりました。

スタッフもみな英語が堪能でフレンドリー。
たまにはこうした小さな贅沢もいいものですね。

おおっと、仕事もちゃんと再開していますよ。
でもマジャール(ハンガリー)料理の話をする前に、
今日は前半に行ったギリシャの取材をビジュアルにご報告しましょう。

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イスタンブールを経由して僕たちが着いたのは、
アテネ国際空港(エレフテリオス・ ヴェニゼロス国際空港)。
意外とこじんまりしたところです。
市内へのアクセスは良く、空港から道路を挟んで地下鉄の駅があり、
ここから2号線で中心部のシンタグマ駅まで乗り換えなしで20分くらい。

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アクロポリスの丘から眺めるアテネ市街。
高層建築物は殆どありません。
2000年を超える歴史を俯瞰できる稀有な場所です。

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オモニア駅から南へ200メートルほど行ったところにある、
アテネの中央市場。
威勢のいい売り子の声が飛び交っています。
海が近いため、新鮮な魚介類が豊富でした。
野菜の品種も多く、食文化の豊かさが実感できます。
料理の内容を反映してスパイス系の販売量は、
隣国のトルコに比べてずっと少なかったですね。
ここに散在するタベルナ(ローカル食堂)のシーフードは絶品でした。

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僕たちが投宿したホテルのあるプラカ地区。
歩いているだけで楽しめる、美しい街です。
夜は映画の世界へ迷い込んだようにロマンティックですよ。
治安がいいので不安はありません。

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こんな素敵なタベルナが沢山あります。
観光客の減る冬季は休業する店が多いと前情報にありましたが、
どこも普通に営業していましたね。
価格はリーズナブルで、
前菜1品と主菜2品を二人でシェアし、
ワインやビールを飲んで東京相場の2/3くらい。
場所によっては1/2ほどの予算で満腹するタベルナもありました。
例によって量は・・・スーパーサイズです。
ものにもよりますが前菜でととら亭の主菜くらい。
で、主菜は・・・体育会系御用達ですね。
エンゲル係数の高さにお悩みの方には打ってつけでしょう。

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店の前にはこうしてメニューがあり、
ラブリーなホールの人もいるので、取材にはとても便利。
ちなみにアテネのタベルナのホール担当は、
ととら亭と同じく大体オヤジです。
これがいいんですよ!

grc_staff.jpg

ほらね?

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タベルナはレストランよりワンランク下と見なされがちですが、
店内は見ての通り、とてもいい雰囲気の店が多いです。
お客さんも地元の人が沢山おり、常連さんに交じってアットホームな感じ。
プラカ地区以外だと英語は微妙になりましたけど、
それでもコミュニケ―ションに困ることはありませんでした。

それではいよいよ取材の成果の一部をご報告しましょうか。

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まずは前菜から。グリークサラダです。
サラダにででんと乗っているのは豆腐ではありません。
羊や山羊の乳で作るフェタチーズ。
僕が横浜のギリシャ料理レストラン食べたグリークサラダには、
角切りのフェタチーズがコロコロっと入っていましたが、
本場ではこの通りの大盤振る舞い。
これが実に美味しいんですよ! チーズ好きにはたまりません。
このサラダとパンだけでも白ワインかビールがあれば、
あなたは天国を垣間見れるでしょう。

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トルコの影響を感じるドルマダキア。
ブドウの葉で挽肉と米を包んで煮たものです。
ソースは軽いベシャメルにレモンジュースを少々。
この料理、トルコを中心にバルカン半島南部の国々を始め、
コーカサス、アラビア半島、中央アジアにかけて広がっているのですが、
僕らがこれまで食べたドルマの中でアテネのものが一番おいしかったな!
クセもなく、ソースとの相性もばっちり。

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これはナスのドルマ。
トルコでは何かで巻いたものがサルマと呼ばれ、
詰め物系がドルマと呼ばれますが、
ギリシャではみなドルマ。スパイス感はあまりありません。
これは先のドルマダキアとはまた別の味わい。
前菜とはいえナスが大きいのでボリューム満点です。
東洋人の女性ならこれとパンで一食完結でしょう。

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タコのマリネ。
シンプルな一品ながら計算され尽くした逸品です。
鮮度のいいタコを取り巻くのはケッパーの風味と塩味、
干しブドウとそっくりなドライトマトの甘み、
オレガノとタイムの香り、そして全体を包むフレッシュなオリーブオイル。
ともこはこれだけで白ワインをかなり飲んでいました。
ちなみにギリシャのワインは美味しいですよ。
キリキリのドライではないのですが、
ふくよかな丸みがあり、瑞々しいフルーツの余韻が残ります。
これがこうしたシーフードの料理と相性抜群なのですよ。

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そしてイワシのフリッター。これはマジでクセになります。
食べ出すとかっぱえびせん並みに止まりません。
揚げ物でも重さがまるでなし。
僕らは市場で食べたので鮮度は折り紙付き。
あ〜、もう一回食べたい!

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そろそろメインも行ってみましょう。
まずは有名なムサカです。これはナスやポテトを敷き、
その上にシナモンが香るトマトソースで和えた挽肉のラグーを乗せ、
軽いベシャメルとチーズをかけてオーブンで焼いたもの。
元々はアラブ発祥の料理と言われていますが、
今は完全に換骨奪胎され、
バルカン地方の料理としてのアイデンティティが感じられます。
異なる素材を積み上げ、単純な足し算を超えた味を創造するところは、
まさしくアートと呼べるのではないでしょうか?
ここでワインは赤に切り替えましょう。
フルーティなミディアムボディタイプがぴったりです。

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トルコのミートボール、キョフテに似たスズカキャ。
やはりこれもギリシャ化が進んでおり、
肉はポークを含む合挽き肉が使われ、スパイス感が減っています。
しかしながら、この変奏曲が素晴らしい。
肉の引き具合にもこだわりが感じられます。
ちょっと粗っぽいんですよ。そこがいい。
ワインが進みます。

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最後はラムのレモンソース添え。
煮込んだラムと言えばチュニジアのクーシャを思い出しますが、
この料理にはスパイスが殆ど使われていません。
味に輪郭を与えているのはご当地らしくフレッシュなレモンジュースです。
これがコクのあるスープに一服の清涼感を与え、
あっという間にボリュームのある料理を平らげてしまう、
魔法を生み出しているのです。
お供はポテトがお約束。

如何です? お食事前の方はお腹が空いて来たでしょう?
実はこれ、取材した料理のごく一部なのです。
先の市場でも見たように、ギリシャは豊かな山海の食材に恵まれ、
料理のバリエーションは多岐に渡っています。
また街が変わればそれが更に変化して行くので、全部食べ尽くすには、
強靭な胃腸と数カ月の日にちが必要になるのは間違いありません。
食後のデザートもいろいろありますが、
最後はリキュールのメタクサや蒸留酒のウーゾで締めるのも一興。
楽しみ方は十人十色ですね。

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最後はこれ。
たまには僕らもお約束通りにやってみました。

明日は今回の旅の最終目的地、ハンガリーの首都、ブダペストに移動します。
天気は・・・雨かなぁ?

えーじ
posted by ととら at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月23日

第13回取材旅行 その7

ご心配おかけしましたが、僕はすっかり回復しました。
昨日はベオグラードに着いてちょっと安心した所為か、
夜にちょろっと熱がぶり返しましたけど、
一晩ベッドでぐっすり眠ったからもう大丈夫!

それにしてもバルカン半島の文化は奥が深いですね。
2013年に取材した東ルートのルーマニアとブルガリアに続き、
今回は中央を北上するギリシャ、マケドニア、セルビアを訪れましたが、
アテネとテッサロニキ以外は下見程度とはいえ、
2000年以上を遡って重層する歴史の深みと広がりにはため息が出ました。

ドイツ人の友人のビルギッタさんにアテネからメールを出したところ、
こんなレスを頂いたのでご紹介しましょう。

 Travelling is study in action
 and meeting the many different forms of 'homo sapiens...'
 loved Greece...the origin of my culture...

”旅は行動で学ぶことであり、
 そして幾つもの異なるホモ・サピエンスの形との出会いなのです・・・
 愛されしギリシャ・・・私の文化の起源よ・・・”

そう、ドイツ人とかギリシャ人という「ラベル」の話ではなく、
バルカン半島と呼ばれる悠久の時の断層から露出しているのは、
まさしく彼女の言う通りホモ・サピエンスの「歩み」の一部なのですよ。
だからドイツ人の彼女がギリシャを想い、
「私の文化の起源よ・・・」と言っても矛盾はないのですね。

僕らの専門の料理にしても、
トルコ、アラブ、ペルシャ、マジャール(ハンガリー)、イタリア、
ブルガリアなどの食文化が微妙な割合で混じり合い、
かつ現在の土地の文化と融合したもので、
簡単に近代国家の呼称を引用して、『マケドニア料理』とか、
『セルビア料理』とは言い切れないものばかりでした。
ん〜、次はぜひ西ルートで回ってみたいですね!

さて、今日の僕らは朝10時前に、
再びベオグラード駅に隣接するバスターミナルまで行き、
セルビア北端の街、スボティツェへ。
所要時間は約3時間。
ハンガリーのセゲドまで直接行く便がなかったので、
ここで乗り換えです。

スボティツェではチケット売り場で訊いてみると、
セゲド行きは国際バスなので、ここでチケットは売っていないそうで。
バスドライバーから直接買って下さいと言われました。
ただターミナルに入る入場券も必要なので、それは窓口で購入。
発車時刻は15時。ターミナルは20番です。

スボティツェからセゲドまではたった40キロメートル。
走り始めてまもなくセルビア側の国境になりました。
ここも高速道路の料金所そっくりな建物。
バスが止まるとインスペクターが乗って来てパスポートを集め、
10分もすると束のままポイッと返してくれたのですが、
困ったのはそれを受け取ってしまった乗客。
まじめに名前を読み上げながら返し始めたものの、
同じラテン文字でも言語によって発音が違いますから、さぁ大変。

それが終わる間もなくすぐハンガリーの国境。
ここではバスを降りてイミグレーションのブースへ。
EU圏内に入るので、EUシチズンは身分証明証だけを提示してスルー。
僕たちはスタンプをもらうのですが、
日本人は珍しいのか、インスペクターは仕事と言うより、
個人的な好奇心で日本のパスポートをひっくり返して、
「へぇ〜・・・」って感じ。

そう言えば、
今回僕たちが取ったルートは一般的な観光ルートではないのか、
マケドニアから出る時も、
寒い国境で僕たちだけ外へ呼ばれたから何かと思いきや、
数名のインスペクターが集まって来て僕らを見ながら、
「あ〜、ホントだ、日本人だ!」
「あ! もういいよ、寒いから!」

だって。調子悪いのに・・・
さんきゅ〜べりまっち。

さっきもスボティツェのバスターミナルで昼食のパンを食べていたら、
僕の隣に座っていた小学生くらいの男の子がずっと僕の方を見ていたっけ。
最初はお腹が空いてるのかな? パンが欲しいのかな?
と思いましたが、間もなく現れたお姉ちゃんと一緒にバスに乗る時も、
僕らをちらちら見ていたあの眼差しは、
好奇心以外の何ものでもなかったと思います。

ともあれ、こうして僕らは今回の旅の4番目の国、
ハンガリーに辿り着いたのでした。
セゲドはガイドブックにも載っていない街。
明日は情報収取から始めて、
ブダペストまでの鉄道チケットをゲットしなくては。

えーじ
posted by ととら at 06:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年02月21日

第13回取材旅行 その6

今回の取材旅行はかつてないほどスムーズに事が運び、
ギリシャの取材も滞りなく終わって、
ハンガリーのブダペストへ向けた移動に入りました。

いやぁ〜、良かった、良かった!

と喜んでいた矢先、
最初のトラブルがやってきたのです。
それも静かに・・・

マケドニアのスコピエで一泊した僕らは、
翌日の朝、モーテルで簡単な朝食を摂り、
ともこが近くのスーパーに行っている間、
僕は部屋で取材ノートをまとめていました。

時刻は10時半。
低いテーブルでの書き物で疲れた僕は、
ちょろっとベッドに転がって体を延ばすと、

ん〜・・あいたたた・・・背中が強張ったな。
ともこが帰ってくるまでこのまま横になっていよう。

11時。

「ただいま〜! ・・・あれ?
 えーじ、また寝ちゃったの?」
「ん? ああ、姿勢が良くなかったんで背中を延ばしているんだ。
 それにしても、なんかちょっと寒いな・・・」
「え〜! こんなに暖房が効いてるのに? 暑いくらいだよ」
「そうなの? なんだかさっきから背中がぞくぞくする」
「いやだ、風邪ひいたんじゃない?」
「ん〜・・・それはないと思う」
「熱を測ってみようよ」

「どう?」
「36度6分」
「ほら大丈夫だろう? パソコンを使っていた姿勢が良くなかったんだ。
 少し疲れたんで昼までこのまま横になっているよ」

12時。

「そろそろランチに行く?」
「ん〜・・・寒いな」
「ちょっとぉ、ほんとに風邪を引いたんじゃないの?
 もう一回熱を測ってみようよ!」
 
「大変! 37度3分もある!」
「え? さっきは平熱だったのに? ヤバ・・・」
「今夜は夜行バスで移動でしょ?」
「それまでまだ11時間半ある。なんとか熱を下げなくちゃ。
 ファーストエイドのポーチから解熱剤を出してくれる?」

15時。

「どう?」
「あ〜、37度4分! 熱がちょっと上がっちゃった」
「薬を飲んだのに上がったのか・・・イヤな兆候だな」
「今夜移動できる?」
「今は何とも言えないよ。この程度の熱なら動けないことはないけど、
 バスの中で悪化すると、どうなるか分からない」
「予定を調整して、ここでもう一泊しようか?」
「そうだな・・・プランAは薬で熱を下げて予定通り移動する。
 プランBはベオグラードまでのバスチケットを取り直して明日移動しよう。
 判断は・・・19時」

そして19時。

「ん〜・・・まだ37度あるか」
「熱下がらないね、移動は止めようよ」
「とは僕も思うんだけど、交通手段の再調整が増えるんだよ。
 しかもベオグラードからハンガリーのセゲドまでは情報がない。
 現地で時間があればいろいろ聞いて回れるけど、
 明日移動すると夜行なら6時間で着くところが日中は8時間かかるんだ。
 となると現地に着くのは朝8時の便でも16時は過ぎる。
 そこからブッキングするのは微妙だな。余裕がまったくない」
「でもさ、具合が悪そうだよ」
「38度を超えなければバックパックを背負っても体は動かせるさ。
 温かい恰好をしてバスで6時間爆睡すれば良くなると思うよ」

そうしてプランAで進めたのですが、
バスの中で僕は汗びっしょりになり、
吐き気も重なってマケドニア=セルビア間の国境を越えて、
1時間もしないうちに気絶・・・
気が付けば早朝のベオグラードに着いていました。

「大丈夫? すごく辛そうだったね」
「ああ、でも気分はすっきりしたよ。
 荒療治だったけど、移動中が山場だったんだな。
 ここでセルビア・デナールをゲットしたら、
 セゲドまでの移動手段を確保しよう」

こうして朝8時。
僕たちは何とかベオグラードのホテルに辿り着いたのでした。

いや〜、やっぱりただじゃ済まないか、僕らの旅は・・・

えーじ
posted by ととら at 18:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記