2017年07月06日

分かっちゃいるけど...

「パン屋のお兄さんたち、大丈夫かな?」

丁度1年前、僕たちが訪れたウズベキスタンのタシュケント。
そこにあるチョルシーバザールのパン屋さんで、
ともこはナン作りの飛び入り修業をさせてもらいました。

2基の大きなパン焼き釜がある工房は、
ドライサウナも顔負けの温度。
そこで彼らは1日中働いているのでした。

僕たちがそんな旅のエピソードを思い出したきっかけは、
とあるニュースのヘッドライン。

5月以降、北半球の一部では異常な高温が続き、
パキスタンやイランの南西部では54度前後まで上昇したそうです。
心配になって世界天気予報を見てみれば、
今日のタシュケントは最高気温が48度!
7日の土曜日には50度に乗ると予想されているではないですか。

そういえばウズベキスタンの後で廻ったキルギスのビシュケクで、
こんな話を聞きた記憶があります。

「暑いでしょう?
 以前ならこの時期は花が見ごろのいい季節なんですけどね、
 ここ数年は夏がすごく暑く、反対に冬は寒さが厳しく、
 春と秋が短くなってしまったんですよ」

これと同じような話を、僕たちは日本でしていませんでしたっけ?

『異常』気象なんて言葉が『日常』化した昨今、
その範囲は字義通り、世界規模になってきている気がします。

極端な夏の高温と冬の低温。
想定を超えた干ばつと水害。
そして計り知れないエネルギーを持ったスーパー台風。

歴史上、経験したことのない状況に入りつつある僕らは、
こうして過激化した気象に翻弄されつつも、
未だに足並みをそろえて対策を実行することができずにいます。

ん?
ものの本によれば、僕らはこの星における『万物の霊長』であり、
その姿も創造主を模していた・・・はずですよね?

木を切ること、そしてそれを燃やすこと、
これが度を超えるとどういうことになるか、
気象学者や考古学者を連れて来なくても、
僕たちはみな、ご先祖様たちから学ぶ機会が十分にありました。
しかし・・・

分かっちゃいるけど、やめられない。

そういうエンディングは・・・

泣くに泣けない気がしませんか?

えーじ
posted by ととら at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月30日

2017年の下期に向けて


昨日は少し厚着をしてジョギングに行き、
強制的に体を気候適応させました。

北ヨーロッパと日本の東京。
この季節だとまだ気温の差はそれほどでもありませんが、
湿度は大分違いますね。
成田で降機してすぐに感じましたが、
空気がしっとりしているのですよ。
飛び交う日本語以上に帰国を実感する瞬間です。

さて、昨日の朝から始めたお店の再起動も完了し、
今日のディナーから営業再開。

世界のギョーザ特集も7月10日(月)で終わり、
12日(水)からは南アフリカ料理特集が始まります。
これは試作と写真撮りが終わり、
僕は次の定休日からぼちぼちキャプション書きを始める予定。
楽しみにしていて下さいね。

これが終わると、僕たちの仕事もひと段落です。
2017年の下期はどんな旅が僕らを待っているのか。
ほんと、旅の終わりは、次の旅の始まりなんですね。

えーじ
posted by ととら at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月29日

第14回取材旅行 その13 最終回

じゃ〜〜〜〜・・・ブシュ!
ガタン・・・ゴゴゴゴゴ・・・・

はっ!
なんだ? どうした? ここはどこだ?
あ? ああ、洗濯機の音か。

やれやれ、
けさ目が覚めた時は自分が何処にいるのか、一瞬わかりませんでした。
ここは東京の野方。帰ってきたのですね。

一部の読者の方には物足りなかったかもしれませんが、
今回の旅は珍しく平穏無事に終わりました。

当初は『いろいろあるだろうなぁ・・・』と身構えていたロシアですら、
蓋を開ければ他のヨーロッパの国々と同様、普通に旅ができましたからね。

それでも情報で組み立てた事前のイメージと、
実際に行った経験のギャップがあるのはいつものこと。
これまでずっとロシアはヨーロッパの一部と思っていたのですけど、
サンクトペテルブルグを歩いた限り、
多くの面で西欧とは異なる印象を受けました。

言うなればアジアでもない。
東欧やバルカンとも違う、異質の文化圏。
白系ロシア人のルックスや、
キリスト教の一つであるロシア正教のイメージから、
イギリス、フランスやイタリアなどと同列に考えていましたが、
日本と同じく、150年前後まえに西欧から多くの文化を取り込んで、
今の姿になったため、
ちょっとめくれば見えてくるのは違う顔だったのです。

そう、ロシアは違う。
こういう認識は西欧諸国の人々からしてみれば、
周知のことのようですね。
僕が「次はロシアに行くのですよ」、
と言った時の、欧米人のお客さまの微妙な反応が思い出されます。

そして変化の速さも並々ならぬものがありました。
それはゼネラルインフォメーションに数字で表されているものではなく、
街角で散見されるものです。

流れる音楽は殆どが欧米のもの。
若者たちのファッションもまたしかり。
賑わうマクドナルドにケンタッキー・フライド・チキン。
ストリートミュージシャンの楽器はバラライカではなく、
フェンダーが作るようなエレキギターですし、
曲もロシア民謡ではなく80〜90年代のアメリカントップ40。
英語を話す人も思いの外、沢山いました。

そう、少なくとも民主化以降の世代が向けいる顔の方向は、
マルクス、エンゲルスやレーニン、スターリンではなく、
明らかに欧米、特にアメリカのファッションと物質主義なのです。
それらはこれまでに旅した中央アジアや東欧、
バルカンでも顕著に見られた傾向でした。

思えば物資が著しく欠乏した時代の反動がこうなるのは、
僕たちの国を戦後から振り返れば容易に想像がつくことでしょう。

だから僕もまた微妙な気持ちになってしまったのです。
核家族で所有するマイホームとマイカーに3種の神器、
次にはミニチュア化された家電が個人レベルですべからく行き渡り、
情報化が一段落したパラダイスがどんなものか。
皆さんも知っているでしょう?

僕たちと違うのは、
それを彼らが倍速以上のスピードで経験していることです。
故に格差の開き方も凄まじい。
ロシアのジニ係数は日本を2.1ポイント上回っているのです。
ほんの25年前まで、あそこは一応格差のない社会だったのですからね。

そしておカネの使い方を知らない人々が富を得た時にする愚行は、
バブル時代の僕たちの姿を鏡に映しているようで恥ずかしい。
肌の色や言葉が違っても、人間は所詮、人間なんだな。
そう思わずにはいられないものがあります。

僕は個人的に、ロシア人たちが今、
どう、かつての社会主義を総括しているのか、そこに興味があります。
そして彼らが思い描く、未来の幸福とはどんなものなのか?

残念ながら、僕たちの大きな幸福のモデルだったアメリカは、
いまやあの通り。
いや、僕たちが気付かない間に、その代役を務めさせられつつある日本ですら、
胸を張って「世界の皆さん、僕たちのようになりましょう!」なんて、
とても言えないでしょう?

リーダーを、ヒーローを失いつつある世界。

すいません。ちょっと重い話になってしまいました。
ロシアを出国してエストニアのタリンへ向かうバスの中で、
僕はつらつらとこんなことを考えていたのですよ。

バルト3国も同じソビエト連邦を構成した国々だという視点で捉えると、
これまた興味深いものがありました。
首都を周った限りでは、
そこに社会主義のレガシーを見出すのは稀です。
これは中央アジアやコーカサスと大きく違うことで、
バルト3国がNIS(New Independent States)諸国に、
含まれていないのも頷けます。

リトアニア人のエヴェリナと話した時に、この理由を質問したのですが、
彼女はこう即答してきました。

「NIS諸国とバルトの国々が違うのは、
 国家が近代化するプロセスをロシアに依存しなかったことよ」

なるほどこれは、事前に調べた情報とも符合しています。
エストニア、ラトビア、リトアニアはソビエト連邦に併合される前から、
その渦中においてさえ、連邦内で最も経済的に栄えており、
ある意味で先進的な地域だったのです。
彼らにとって社会主義化するメリットは、殆どなかったでしょう。
ここも工業化から識字率の向上まで、
ソビエト連邦時代に大きく伸びた中央アジアの国々との差があります。

しかしながら、若者が向けている顔の方向は同じ。
エヴェリナ曰く、

「みんな、モノと素早く出る結果に憧れているの。
 これはちょっと困った傾向よ」

なるほど。
こういうのもどこかで聞いた話じゃありませんか?

今回取材した範囲ではリトアニアのツェペリナイを除いて、
他の地域にはない固有の料理というものに出会えませんでした。
呼び方は多少違っても、
ものとしてはほぼ同じ料理がシェアされているのです。

食文化は永い時間をかけて影響し、影響され、
近代国家のフレームや民族すら超えて重層的に重なり合っている。
そしてそれは食に限らず、社会的な問題も例外ではない。

そうなんですよ。
良くも悪くも僕たちは、多くのものごとをシェアしている。
ただそれに気付いていないだけ。

そんなことを考えながら、
成田空港のバゲッジクレームで行き交う肌の色の違う人々を見ていた僕は、
こう呟やかずにはいられませんでした。

Have a nice trip, Brother.

えーじ

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We would like to thanks to

Nozomi and Mayumi Haga @ Hand Crafts & Antiques RUNGTA
Maiko Hashiguchi @ Orient Star Trading Ltd.
Mr, Yanai
and Everina
posted by ととら at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月28日

第14回取材旅行 その12

今は日本時間16時32分。
自宅のアパートでこれを書いています。
いやぁ〜、無事に帰ってまいりました!

昨日の朝はビリニュスの空港でチェックインからフライトまで、
何かと待たされたものの、
モスクワでのトランジットタイムが6時間もありましたから、
往路とは大分事情が違います。
僕らは慌てず、それぞれの待ち時間を楽しんでいました。

こうした様々な国籍の人が行き交う場所では、
マンウォッチングしているだけで退屈はしません。
なんてシェレメチェボ空港のトランジットルートをのんびり歩いていたら、
パスポートチェックの手前で後ろから騒がしい足音が近付いて来ます。
振り返えれば息を切らせた20代前半の白人女性が二人。
僕を見るなり「ロシアン?」、
「違いますよ」と英語で応えると、
どうやら共通言語がなさそうな雰囲気です。

しかし、ここはトランジットで悪名きシェレメチェボ空港。
そして逼迫した彼女たちの表情を見れば、状況は自ずと分かります。
さっと彼女のボーディングパスの搭乗時間を確認したら、
13時30分。で、僕の腕時計が指しているのも同じ時間!
で、「お先にどうぞ!」
彼女たちはイミグレーションのブースに突撃し、
ボーディングパスにスタンプを押してもらうと、
「スパシ〜バ〜っ!(ありがと〜!)」との声を残して走って行きました。
ま、いいダッシュしていたから、何とか間に合ったんじゃないかな?

それから僕らは帰国便が出るターミナルDでのんびりしつつ、
取材のノートをまとめたり、
ブログの写真の仕込みをやったりしていました。
そう、最後のリトアニア編です。
これでようやくレポートが追い付きましたね。
では!

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ラトビアのリガを出発したミニバスは、
2時間15分でリトアニアの地方都市シャウレイへ。
バスターミナルは商業施設に隣接しており、
ちょっとした買い物や食事にも便利。

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そこから10分ほど歩いたところにあるホテル。
まだお昼前でしたが、チェックインさせてくれました。

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ホテルは地方都市によくあるタイプ。
部屋は清潔で、質素でも居心地は良かったです。
ちなみに今回の旅ではここが最も低予算でした。
日本円にしてツインで約4,900円。

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シャウレイで訪れた十字架の丘。
ご覧の通り無数の十字架で埋め尽くされていますが、
墓地ではありません。
ちょっと特殊なクリスチャンの信仰の場です。
僕らがここを訪れた本当の目的は、
首都と地方の料理の比較だったんですけどね。

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翌朝は鉄道でビリニュスへ。
ここはシャウレイ駅です。
昨日お世話になった切符売り場のおばちゃんは、
あまり英語が話せませんでしたが、とても親切な人でした。
僕に気付くと声をかけてきて、
列車が20分遅れていることを教えてくれたのです。
遅延を告知するインフォメーションボードの表示は、
リトアニア語だけでしたから助かりました。

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さすがは首都のビリニュス駅。
キオスクや食堂も充実しており、それなりの規模です。
と言っても、西武新宿線田無駅より小さいけど。

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着いた頃にはあいにくの雨。それも結構雨脚が強い。
それじゃホテルまではタクシーで行こう。
と思って乗ってみると、
ドライバーはメーターを動かさずに走りだそうとしました。

「あ、ちょっと待って、メーターを動かして下さい」

列車の中で話をしていた、
リトアニア人のエヴェリナからも言われていたのですが、
ここでは外国人をカモろうとするドライバーが多いとか。
するとドライバーは、

「10ユーロでいいよ」

おいおい、ホテルまで2キロちょっとの距離だぜ。
それを約1,200円とは、いい根性してるな。

「駅のインフォメーションで相場を訊いたら4ユーロでしたよ」
「それじゃ8ユーロでいいよ」
「メーターで行きましょうよ」
「ダメだ、降りてくれ」

というわけで交渉決裂。
さて、どうしたものかと空を見上げれば雨が小降りになってきています。
なら全然安いトロリーバスで行きましょう。
初めての街ではどの停留所で降りるべきか分かり難いのですが、
Google MAPで現在位置を確認していればどうにかなるでしょう。
で、ひとり1ユーロでホテルまでアクセス完了。

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これがビリニュスで泊ったバックパッカーズです。
え? 写真が間違ってる?
いや、このパルテノン神殿みたいなのでいいんですよ。
実は僕らもこれには首を傾げてしまいました。
見かけだけじゃなく、1階はカジノなんですよ。
それっぽいエントランスを入ると、
安ホテルのフロントというよりカジノのレセプションじゃないですか。

「あの〜・・・ここはバックパッカーズなんですか?」

僕がおずおずとカウンターにいた女性に訊くと、

「はい、そうですよ」

へぇ〜、こいつは驚いた。
これの逆はよくあることなんですけどね。
かなり年季の入った安宿が『グランドパレス』って看板だったり、
なんちゃってゲストハウスが、
『マリオット』や『リッツ』なんてのも珍しくありません。
入り口に鼻高々と星が書いてあることもありますが、
冗談程度に受けとめておいた方が笑えるんですよ。

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部屋に入れば、ほぇ〜って感じ。
これはバックパッカーズじゃないでしょ?
よほど自己卑下しがちなオーナーさんなのかな?
それともお茶目な外国人に、
英語で高級ホテルのことをバックパッカーズって言うんだよ、
と、かつがれたのかしらん?
ともあれ手頃なお値段で居心地抜群でした。
旧市街に近い立地もいいですしね。

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バルト3国の旧市街では最も規模が大きいと言われるビリニュス。
確かにちょいと歩きでのありそうな広さです。

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一番目立つランドマークは、小高い丘の上に立つゲディミナス城。
ここから町全体が一望できます。

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古い建築物もたくさん残っていました。
聖アンナ教会は、
15世紀末に建てられたちょっと異色のゴシック様式建築。
1812年にロシアへ侵攻したナポレオンがここへ入場した際、
この美麗な建物がいたく気に入ったそうで。
へぇ〜、と眺めていて、
205年前に彼はどの辺に立ってこの教会を見ていたのかな?
と想像してみました。
ヨーロッパの国々を訪れていて面白いのは、
僕らにとって歴史上の人と、
時間を超えてその場を共有できることなんですよね。

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僕たちが主に取材を進めたピリエス通り。
いつも沢山の人々で賑わっています。

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しかし、例によって徘徊するのはこうした裏道。
うまいレストランも大抵こんなところにあるものです。
雨上がりの石畳が美しい。

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首都に流れる河とは思えない清流のビリニャ川。
とにかくバルト3国は緑がいっぱい。
心休まる空間がそこかしこにあります。

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ムードがあるからか、橋の欄干は『愛の重さ』でこのとおり。
最近これは世界的に流行っているみたいですね。
2月に訪れたブダペストでも見かけました。
一番古い記憶は2007年に行ったフィレンツェかな?

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週末だった所為か、そこかしこでウェディングを見かけました。
お幸せに!

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日本でいうなら銀座に相当するゲディミノ通り。
お洒落なショップやカフェが軒を並べ、
ここが四半世紀前まで社会主義の国だったとはとても思えません。

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レストランも料理だけではなく、
デザインセンスのいい所が多かったですね。
僕らは入店する時、必ず入り口の禁止事項のサインを確認するのですが、
昨今、マナーの悪いお客が増えたのか、
写真撮影禁止の店も同じく増えてきた気がします。
へたすると断りもなく動画を撮っているからなぁ。
ありゃ、やり過ぎだ。
でもとある落ち着いたレストランでは、
メニューブックにユーモアを交えて書いてあり、
僕は思わず吹き出してしまいました。
タバコやカメラにバツが付いていた隣で、
『KARATE』にもバツが付いていたんですよ。
このセンスがリトアニア流なのかな?

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ボルシチと黒パンは旧ソビエト連邦圏の西寄りでは、
どこもしっかり根付いているようです。
しかしその味わいは微妙に違います。
とくにリトアニアのパンの旨さは格別でした。
深い香りともっちりした食感が独特なのですよ。

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ニシンのマリネとビーツのサラダも定番です。

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リトアニア版の肉じゃがとも言えるトロスキニュス。
ニンジンと豆、ピクルスも入ってリッチな味わい。
マヨネーズソースを添えるのがご当地流かな?
ところ変われば品変わる・・・ですね。

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そしてもちろんギョーザもあります。
でも名前はペリメニではなく、コルディナイ。
ものも微妙に違っていまして、
大きさはペリメニよりやや大きく、
中身の具にしっかり味が付いています。
そしてスメタナを添えるのですが、
ゆで汁が少々入り、ネギを散らすとロシアを始め、
他のバルトの国とも異なる味わいに。
ん〜・・・
もしかしたらペリメニの系列ではないのかもしれませんね。

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ポテトのパンケーキは今回の渡航国全体にあるものですが、
リトアニアのものが一番大型だと思います。
食べ方もそれぞれで、スモークサーモンや、
ニシンのマリネを添えていたり、
ここのようにスメタナや、
マッシュルームのソースを添えるところも。
焦げ目が香ばしくて美味しい。

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しかし、このツェペリナイだけは、
リトアニアでしか見かけませんでした。
ツェッペリン飛行船の形からその名が取られたこの料理。
してどんなシロモノかと申しますと、
北海道のイモ餅とそっくりの生地で挽肉を包み、茹で上げているのです。
スタンダードなレシピは、
茹でてスメタナとベーコンのクルトンを添えて食べるのですが、
形、中身ともに様々なバリエーションがあり、
この写真のように茹でてから焼いたバージョンもあります。
僕らはこっちの方が好みでした。
味は奇をてらったものではなく、くにっとした食感が独特ですね。

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街の規模にしてはそれほど大きくなかったハレス市場。
もしかしたらMAXIMAやRIMIなど、
スーパーマーケットチェーン店に押されて、
昔ながらの店は減りつつあるのかもしれませんね。
ここでも外周には市場の素材を使った、
美味しそうな食堂が並んでいました。

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今回もお腹に余裕があれば入ってみたいのがコンディトライ。
しかし常に腹12分目の僕らには、なかなか難しい。
そこで毎日平均2万歩くらい歩いて、なんとかクリアしました。
リトアニア名物はスポンジではなく、メレンゲを使ったパヴロヴァ。
キリッとしたエスプレッソがよく合います。

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さ〜て、それでは日本に向けて帰路につきましょう。
ホテルからタクシーでほんの10分の距離にあるビリニュス空港。
国民数が東京都の約1/4しかない小国ですから、
その規模もまた推して知るべし。
僕が知っている所で比べるなら旭川空港くらいかな?
ちなみにチェックインカウンターはひとつの航空会社につき、
たったの二つ!
しかもひとつはビジネス用だから、
100人以上のエコノミー客をひとつのブースで、
ひとりの地上職員が担当しているじゃないですか。
カウンターがオープンする10分前に行った僕たちですら、
ちょうど1時間待っていました。
更に驚いたのは、セキュリティチェックを終えて入った先に、
男性用のトイレがたったひとつしかなかったこと!
女性がトイレ前でずらっと並んでいる光景は見慣れたものですけど、
この逆は僕も初めて。
すいすい入って行く女性たちが物珍しそうに見ていました。
まぁ、これは工事中で今月末には複数が使える状態になると、
張り紙がしてありましたけどね。
(緊急の人には譲って下さい! との注意書きも忘れずにありました)
とにかくこの空港ではよく並びました。

そんなこんなで最後の国、リトアニアの取材も予定通り終わり、
僕たちは機上の人となったのです。
日本までのフライトタイムは約9時間。
思いの外、モスクワって近いんですよ。

えーじ

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posted by ととら at 21:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月27日

第14回取材旅行 その11

ともこです。

今日は旅先から出す最後のブログなので、
トリは私も参加することになりました。
そこで何をお話するかちょっと迷いましたけど、
二人の旅先での役割分担がいいかな、と思いました。

えーじが旅の準備段階からガンバってることは、
ブログを読まれている皆さんも知っていらっしゃると思います。
(その辺を本人がよくアピールしているので!)

何が起こるのか分からないのが旅です。
それに備えて下調べや準備は、できる限りのことをするのが大切です。
私から見ても日々の忙しい仕事の合間に、
本当に一生懸命(仕事以上に楽しそうに)細かいことまで調べていて、
大変だなぁ・・・と思います。

私は・・・というと、
目の前の仕込みや旅の料理の試作に追われて、
ガイドブックに目を通して、調べたい料理のリストを作るだけで精一杯。
毎回えーじに頼り切っての出発となってしまいます。

旅に出てからも、移動、ホテルのチェックイン、
空港での手続きなどはすべておまかせ。
じゃあ、私は何をしているのかしら?
と心配になりましたけど、書き出してみたら、意外と沢山ありました!

1.食事に行くレストランの候補を探すこと
2.毎日の洗濯(こまめにやった方が楽だから)
3.レストランでのオーダー
  (昔はできなかったけど、今はだいぶ慣れてきました)
4.市場やスーパーでの買い物
  (値切りも上手になりました)
5.ととら亭で飾る旅の特集の国旗を安く手に入れること
6.毎回食べた料理をノートに絵で描いて記録すること
  (盛り付けの資料として写真より役に立つのです)
7.万歩計で1日にどれくらい歩いたか記録すること
  (体重が気になるので!)
8.バックパックのパッキングの荷物配分を考えること
9.えーじが手配や交渉している時の荷物の見張り
10.市場での食材調べ(値段も細かくチェックしています)
11. ホテルにチェックインした後の洗面所周りのセッティング
12.現地通貨の管理。
  (ドルやユーロであれば問題ないのですが、
  エチオピアのブルのように次に行くのがいつかになるか、
  分からないような国のお金はなるべく残さないように調整しています。
  これは結構難しいんですよ)

これくらいやっているんだから、まぁいいですよね?
こんな風に協力しながら、いつも旅を続けています。

__________________________________

えーじです。

僕からは3番目の渡航国、
ラトビアのビジュアルレポートをお届けしましょう。

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エストニアとラトビアの国境を越えたバスの車窓から見える風景は、
相変わらず森、農地、小さな街の繰り返し。
長閑で美しい景色が流れて行きます。

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そして民家が増え、その民家が小さなビルに変わり始めると、
まもなく街の中心部。
ダウガヴァ川の雄大な流れが右手に見え始めたら、
バスターミナルはすぐそこです。

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真ん中がこの街で投宿するホテル。
バスターミナルからここまでは歩いてほんの10分。
ヨーロッパらしい、重厚な建物や、
僕たちのいで立ちが浮くゴージャスなラウンジに気圧されて、
「値段を間違えたかな?」と心配になりましたが、
(ドイツ人の友だちは箱根で、
 一泊6千円だと間違えて6万円の旅館に泊まってしまいました!)
価格は朝食まで付いて意外とリーズナブル。

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部屋もこのとおり中世のお屋敷風。
僕たちが住んでいるアパートの倍以上の広さじゃないですか。
ま、たまにはこんな所もありですね。

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このホテルはビュッフェ式の朝食。
取材を控えてお腹を空かしておかねばならない僕たちですが、
こんなご馳走をちらつかされて後に引けるわけがありません。
見て下さい、この美味しそうなチーズやサラミを。
キノコのピクルスもいけます。
あ〜、しっかり食べてしまいました。
それじゃ、出かける前にプッシュアップとスクワットを10セットだ!

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タリンに続き、リガも美しい街です。
ご覧の通り、中世に遡る過去と現代が違和感なく共存しているのですよ。

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ね? こういうところですから、
エストニアだけではなく、
バルト3国を『新婚さん御用達』と僕が言った理由が分かるでしょ?

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脇道をぶらついているだけでも楽しいですよ。
治安がいいので裏通りに入っても危険な気配はないし。
深夜の一人歩きは何処の国でもNGですけどね。

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お洒落なレストランやショップが沢山あります。
オープンテラスの席で優雅な食事が楽しめます。

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週末ともなれば、そこかしこにストリートミュージシャンの姿も。
彼らの演奏レベルは実に高かった!
こうしたライブを梯子しているだけでも時間が経つのを忘れてしまいます。

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よく見ていると、こんな愉快な連中も。
リガはブレーメンと姉妹都市なのです。
さて、それでは仕事を始めましょうか?

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となれば、まず足を運ぶべきはここ、大きな中央市場です。
かまぼこ型の独特な建物が連結されていますが、
これは元々飛行船の格納庫だったそうな。

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中は活気が溢れています。
特にシーフードは種類、鮮度ともい素晴らしい。
獲れたての魚介類だけではなく燻製製品がこれまた美味しそう!
空腹で行きましたからたまらんです。

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売り手と買い手の真剣勝負。
アジア的に声量とジェスチャーで値切るのではなく、
じっくり根気よく、理詰めで攻めているようですね。
勉強になるなぁ。

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もうダメだ、お腹空いた!
で入ったのは連結部にあったシーフードの食堂。
字義通り、市場直送の料理が売り物です。
まずはスモークサーモンとサバの燻製から始めましょう。
如何です? この脂のノリ具合!
これとビールかキリッと冷えた白ワインだけでも天国が見えますよ。

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しかしまだ序の口。
メインは本日の鮮魚3品のおまかせグリル。
何が出て来るかワクワクしながら待っていたら、
期待を上回る連中が並んだじゃないですか。
意表を突かれたのは手前の丸い切り身。
これウナギのグリルなんですよ。
セージバターとガーリック添え。
美味すぎますね!

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この市場にはまだお目当てがあったので、翌日も来ました。
それは旅人仲間の羽賀さんが教えてくれたペリメニ屋。

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場内にはこうした軽食堂が沢山あります。
確かにここのペリメニはモチモチの皮と中身のバランスが良く、
とても美味しかったですね。
スタッフの会話を聞いていると、何となくロシア語のような。

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そこで話しかけてみたら、やっぱりそうでした。
リガに来る前、サンクトペテルブルグに寄ったんですよ、
と言ったら、おかみさんもハラショー!
僕らは「オーチン フクースナ!(とても美味しい!)」

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場外にも沢山の店があり、
そこではウズベキスタン料理のレストランも。
プロフ、ラグマン、マンティなど、
懐かしい料理が貼り出されていました。
ソビエト連邦時代の縁でしょうか。
そういえば中央アジアを旅していたのはちょうど去年の今頃でしたね。

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さてディナーはホテルのあるブロックの反対側のレストランALAへ。
ここも羽賀さんに教えて頂いたのですけど、
やっぱり旅人の直情報はハズレません。

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ALAはライブもやっているローカルレストラン。
100席以上はある大きな店なのですが、
僕らが行った日は2人分の空席を探すのも一苦労。
旅行者だけではなく、
ローカルもじゃんじゃんやって来るハイパー人気店です。

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なるほど雰囲気、スタッフ、料理ともに素晴らしいところでしたが、
ムードが良い故に料理の写真を撮るとご覧の通り。
これでも目立たないよう、
小型のペンライトで光を当てていたのですけどね。
なにが写っているかといえばチキンのローラーデン。
取材の資料としてはあまり役に立たないか・・・
ともあれもう一度行こうということになり、
翌日は予約を入れました。

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リガもまた様々な楽しみ方が出来る街です。
建築に興味がある方はぜひアルベルタ通り周辺を訪れるべきでしょう。
アールヌーボー様式の建築が肩寄せ合っています。
もちろん博物館ではなく、現役のアパートやオフィスとして。
ちなみにこの呼称、直訳すると『新しい芸術』となりますが、
今となってはレトロなテイストとなってしまいました。
こういうのはいつぞやお話した、
プログレッシブ(進歩的な)ロックが懐メロ化したのと同様、
諸行無常を感じさせますね。

lv_organ.jpg

そしてリガでも行って参りましたパイプオルガンのミニコンサート!
今度お邪魔したのはリガ大聖堂。
パイプオルガンはドローバーの操作によって倍音加算式で、
様々な音色を作ることが出来ますが、
響き方は共鳴器としての機能を持つ教会によって異なり、
どこもふたつとない音色を持っています。
ここのオルガンは結構エッジの効いた硬い音が出ますね。
特に低域は唸るような凄みがあります。
また音量もかなり大きなものでした。
そういえば10メートル級のパイプも使われていましたね。
また聴きたいなぁ・・・

lv_performer.jpg

丁度夏至の御祝だった所為か、街にはストリートミュージシャンの他、
大道芸人もたくさん見かけました。
これはシャボン玉使い。飛び入りの女の子も上手でしたよ。

lv_cake.jpg

一息入れるには持って来いの素敵なコンディトライも沢山ありました。
何とかお腹の隙間を作った僕たちのチョイスは、
プラハでも食べたことがあるハニーケーキ(左)。
キャラメルクリームとスポンジが層になり、
蜂蜜の濃厚な甘みが加えられた魅惑的スィーツ。
これ、マジでほっぺが落ちますよ。
え? カロリー?
そんなことを考えていちゃ料理の取材なんて出来ません。

lv_coldsoup.jpg

バルト3国はロシアと多くの料理を共有しており、
この夏の風物詩、ビーツと発酵乳のケフィールなどで作った、
シャルティ バルシチェイもそう。
知らないとドキッとする色ですがビーツから出た自然なものです。
独特な酸味とコク、そして仄かな甘みが相まってとても美味しいです。

lv_porksaute.jpg

ラトビアでお肉と言えばポークなだけあって、
ブタ肉料理は沢山あります。
このハーブ風味のチーズ焼きなんてのもポピュラーな一品。
ボリューム満点!
他の料理も食べていたので僕らの胃腸には少々難敵でした。

lv_busterminal02.jpg

こうしてぎゅっと密度の濃い4日間を過ごした僕らは、
来た時と同じバスターミナルから、
今度はミニバスでリトアニアのシャウレイへ。
所要時間は約2時間15分。
最後の目的地はもうすぐそこです。
__________________________________

はぁ〜、明日は朝から空港に移動です。
さっきウェブチェックインも済ませました。
往路と同じアエロフロートさんで一度モスクワに飛び、
6時間ほどのトランジットタイムの後、
19時発のSU260便で成田に向かいます。
何ごともなければ、
日本時間28日の午前10時半ごろには、
飛行機を降りているでしょう。

毎度のキメ台詞になってしまいましたけど、
旅の空間に流れる時間の速いことといったら!
あっという間に最終日だ、と溜息をつきつつも、
振り返ると、サンクトペテルブルグやタリンなど、
ほんの1週間前のことが、ずいぶん昔に感じられる。

思えばこういう時間感覚こそ、人生そのものなのかもしれませんね。
特にオヤジになると殊更そんな風に思えます。
ま、旅の終わりは次の旅の始まり。
リトアニアの写真は帰国してから『その12』でお見せしますね。

それでは次は梅雨空の東京でお会いしましょう!
posted by ととら at 05:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月26日

第14回取材旅行 その10

いよいよ明日は取材の最終日。
ととら亭で紹介する料理の候補がひと通り調べ終って、
ホッとしています。

いつものことながら事前の下調べと違うのは、
お目当ての料理が現地で見つからないことです。
たとえばロシアのスープで最もポピュラーなシチー。
有名なボルシチは元々ウクライナの料理だったので、
シチーをスープの調査リストの最上位に入れていたのですが、
これがいくら探せども見つからない。
多分、日本でいうなら味噌汁的な存在ですから、
食堂でお金が取れるようなものではないのかもしれません。

ここリトアニアでも同じようなことがありました。
シャウレイ、ビリニュスで、
かなりの数の飲食店でメニューを調べましたが、
ポーランドと本家争いをしていたというビゴスは、
まったく見当たらなかったのです。
例によって旅行者用のレストランから、
地元の食堂までいろいろ廻ったんですけどね。
まぁ、もう少し時間が取れれば探せると思いますが、
今のスケジュールではこれが限界。

ともあれ、主要な対象はしっかり押さえました。
次は帰国してからレシピ調べですね。

さて、まだ記憶が新しいうちに、
今日はエストニアの旅をビジュアルにお伝えしましょう。

ee_windmil.jpg

ee_flower.jpg

ロシア、エストニア間の国境を越えたバスは、
やや路面の状態が良くなった道路を西南西へ。
心理地帯を抜けると、風力発電の風車や菜の花の畑が見えてきました。

ee_bustarminal01.jpg

僕らが到着した街外れのバスターミナル。
トランクルームから出したバックパックを受け取ったら、
ここでラトビアのタリン行バスのチケットをゲット。
そしてトラムで旧市街へ移動です。

ee_hotel01jpg.jpg

この街での宿はここ。
旧市街の北の外れにある2階建てのホテル。
スパやジムが併設されたちょっとリゾートっぽいところでした。
別にそれが目的ではなく、
単純に立地とコストで選んだのですけどね。

ee_hotel02jpg.jpg

部屋は広くてきれい。
しかし、空気がちょっとよどんでいたので窓を開けようとしたら、
天窓しかないんですよ。これが開くようには見えない。
仕方なくフロントで、

「新鮮な空気を入れたいんですけどね」
「・・・? 窓を開けて下さい」
「いや、壁に窓はない部屋なんですよ。天窓ならありますが」
「ああ! それではドアを開けて下さい!」

とな!
どおりで外に面した1階の部屋のドアが、
宿泊客が中にいるにも拘らず、ずらっと開いていた訳だ。
そんな訳で、僕らも在室中は、
靴をドアに挟んで開けっ放しにしていました。

ee_cityview.jpg

旧市街の風景。
ハンザ同盟が華やかりし頃の面影を色濃く残す旧市街は、
ともすると時間が止まったように見える時があります。

ee_gate.jpg

ここがその入り口となるヴィル門。
旅行シーズンなので日中は観光客で大変賑わっています。

ee_citywall.jpg

旧市街の一部にはまだ中世の頃の城壁が残っていました。

ee_cityview02.jpg

中心となるラエコヤ広場には、
往時の倉庫を改造したこんな店が沢山あります。
ちょっと日本の蔵を大きくした感じ。

ee_street01.jpg

しかし外周の脇道入るとこの通り。

ee_street03.jpg

独特な雰囲気の美しい小道がくねくねと張り巡らされています。
こうした街は地図を見ず、気ままに迷ってみるのが一番。

ee_street02.jpg

ふと、ガイドブックにはない、
自分だけのお気に入りの場所に出会えたりしますからね。

僕たちが訪れたのは丁度週末だったので、
聖ニコラス教会で16時から、
パイプオルガンのミニコンサートが開かれていました。
これを聞き逃す手はありません。

ee_organ.jpg

時に5メートル以上の長さのパイプが鳴動する音は、
電気的に増幅したPAと全く異なり、
なんとも形容しがたい響きとなるのですよ。
そもそもパイプオルガンは、
教会の建物の一部とも言える大きさがあり、
単体の楽器としては世界で最も大音量が出せるしろものなのです。
ところが愉快なのは、その音源。
今でこそ電気仕掛けでパイプに空気を送り込んでいますが、
かつては巨大なふいごを人力で動かしていたのです。
貴族がお屋敷で使っていた小型パイプオルガンなどは、
後ろ側で召使が空気を送り込んでいたそうな。
想像すると、ちょっとユーモラスな光景ですね。

ee_sea.jpg

僕たちが投宿したホテルから10分も歩くと、
そこはフィンランド湾が広がっていました。
何でもものの本によれば、大河のヴォルガ川が流れ込む小さな湾は、
塩分濃度が低く、なめてもあまり塩辛くないとのこと。
ほんとかな? と思ったのならやってみるのが旅人です。
で、味見をしてみれば、これが本当に薄味じゃないですか!
へぇ〜っと素朴に驚きました。

次は調べた料理の一部をご覧に入れましょう。

ee_helling.jpg

まずは前菜から。
先のような美しい海に面しているのですから当然シーフードの鮮度は抜群。
なかでもニシンのマリネはサンクトペテルブルグと同様、
どこでも楽しめました。
ここではスメタナと刻んだゆで卵、ポテトがお供。
この相性がいいんですよね。

ee_perimeni.jpg

そしてギョーザのペリメにニもあります。
ロシアと同じように茹でてスメタナを添えただけの、
シンプルなバージョンも食べましたが、
アンズ茸などのキノコを使った、
香ばしいクリームソースで和えたものもポピュラーです。
こうなるとギョーザというよりラビオリに近い感じかな。

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エストニア名物と言えばブタの血を使ったブラッドソーセージ。
表面はパリッとこんがり焼けていますが、中身はかなり柔らかいです。
ザワークラウトを添えて頂きます。

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メインでよく見かけたのが肉で何かの具を巻いたローラーデン。
ポーランドではズラズィと呼ばれていました。
これはチキンの胸肉でハーブとカッテージチーズを巻き、
更にベーコンまで添えた豪華版。
ソースは甘酸っぱいフルーツ系か、キノコクリームソースなどが合います。

ee_oldfood.jpg

変わりどころでは中世の料理を再現した店も。
僕がここでトライしたのはイノシシ肉のラグーの温野菜添え。
蜂蜜を使った甘塩っぱい味が中心でしたので、
パンやポテトより、ご飯が欲しくなりました。

ee_meatfeast.jpg

肉はロシア同様ポークが最も食べられています。
そうなるとやっぱりすね肉を使った豪快な料理の登場でしょう。
見て下さい。このナイフをグサッと刺したサーブの仕方なんか、
同じ文化を共有するポーランドのゴロンカとそっくり。
どれもジューシーで香ばしく、とても美味しかったのですが、
さすがにこの大皿料理は完食できませんでした。
残念!

ee_market01.jpg

これらの料理の出どころと思われるのが中央市場。
旧市街から徒歩20分位のところにあります。

ee_market02.jpg

食材の傾向は生鮮3種ともサンクトペテルブルグとほぼ同じでしたが、
スメタナのバリエーションは減っていましたね。
それでも全体的に見れば種類は豊富だったと思います。

ee_bustarminal02.jpg

そうして再びバスターミナルに戻った僕たちは、
3番目の目的地、ラトビアのリガへ。

奇妙なものですが、同じ旅の流れであるにもかかわらず、
こうして振り返りながら書いていると、
ほんの1週間前程度のことが、ものすごく昔に感じることがあります。
先日お知らせしたロシアなんて、
あれ? 去年のことだったっけ?
という具合なんですよ。
不思議ですね。

明日はちょっと本題からはずれて、
ファーストフードもチェックしようと思っています。
それではおやすみなさい。

えーじ
posted by ととら at 08:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月25日

第14回取材旅行 その9

昨日の朝9時。
定刻をちょっと遅れてバスターミナルを出発したミニバスは、
リガ国際空港に寄った後、南南西へ向かって走り出しました。

道が空いており、
車体がコンパクトなのでドライバーは結構飛ばします。
トラックや大型バスが現れる度に追い抜きをかけ、
1時間半も走ると、そこはラトビア側の国境の街 Meitene です。

牧草地と森を走り抜けつつ、
間もなく国境だな、と思っていたら、
右側に古びた小さい料金所のような建物が一瞬見えました。

ミニバスは一切スピードを落とさずに走り続けています。
気が付けば僕たちは、
今回の旅の4番目の国、リトアニアへ入国してたのです。

人影がなく、見捨てられたように静まり返った国境の建物は、
さながら歴史の彼方に霞んだ、
戦争の遺物のような印象を僕に残しました。

国境と呼ばれる国と国を区切る線。
いや、人と人を隔てる壁は、やがてこうなるべきなんだろうな。

これはあくまで僕の個人的な意見なんですけどね、
国境だ、パスポート審査だ、税関だ、
ってな旅に付きもののしゃらくせぇ制度は、
やがて淘汰されて行く文化なんじゃないかな、
と思っているんですよ。

更に言ってしまえば、
『国』って概念もまた、捨てきれないもんじゃないと思う。
(あ〜、ナショナリストが聞いたら怒りそうだな)
血を引き継いだ民族としての記憶は尊重すべきですが、
近代国家の玉虫色に輝くフレームは、
必ずしも個人のアイデンティティに不可欠の要素ではないような、
気がするんですよ。

ま、昨今はこうした考え方と真逆の保護主義なんてのが、
幅をきかせているみたいですけどね。

今朝は地方都市のシャウレイを朝8時半の鉄道で出発。
6人用のコンパートメントで一緒になった、
リトアニア人のエヴェリナと2時間半の道中、
いろいろな話をしました。

彼女は今年30歳。
ソビエト連邦が崩壊し、
リトアニアが独立を回復した年は、まだ3歳でした。
それでも初めて隣国のラトビアに行った時のことを覚えているそうです。

僕たちが素通りしたあの建物。
あの中で彼女はまっさらなパスポートを提示し、
入国審査を受けたのです。
そして彼女は今日、僕たちに笑顔でこう言いました。

「リトアニアはEUに加盟してシェンゲン協定も発効したでしょ?
 だから今はここから南国のスペインやポルトガルまで行っても、
 私は誰にも何も言われないわ!」

移動。

行きたい場所に行くという自由は、けして奪われるべきではない、
人間の基本的な権利の一つだと僕は信じています。
(奪われたら僕たち旅人ってのも存在しませんからね)

確かにそれは、現時点で代償を伴わないものではないでしょう。
移民、治安、経済の問題など、制限と管理を軸にした既存のパラダイムは、
それなりに広い範囲の秩序を保ってきました。
しかし、それもまた、
多くのものを僕たちから奪っているという事実は、
あながち否定できないでしょう。

EUという社会主義に次いだ人類の壮大な試みは、
いま大きな試練を受けています。
このことはマクロ経済や政治の専門家ではなくても、
十分議論できると思います。
端的に言えば、目先の個人的な利益と、
長期的な視点に立った集団の利益のどちらを優先するか、
とどのつまり問題はそこに収斂していますからね。

そしてそれは遠く離れたヨーロッパ固有の問題ではなく、
地球温暖化対策の取り組みなどを例にとれば、
僕たち一人一人が実はこの挑戦の当事者なんですよ。

ありゃ、また話がマクロになってしまいましたね。
先日写真をアップロードして気が緩んだのか、
つい筆が滑ってしまったようです。

次回はまた頑張って、
エストニアの風景をご紹介したいと思っています。

えーじ
posted by ととら at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月23日

第14回取材旅行 その8

明日はいよいよ4番目の国、リトアニアに入ります。

ん〜、結構焦って来ました。
いや、料理の取材は順調ですし、
皆さまご期待のビッグトラブルも今のところ起こっていません。

そうではなく、
評判の悪い、文章ばかりのブログが7本も続いた上に、
最初に行ったロシアですら、
まだ1枚の写真もアップしてないじゃないですか!

で、大変お待たせいたしました。

それでは10日ばかり時計を戻して、
ロシア編をビジュアルに振り返りたいと思います。
今回は遅くなったお詫びに30枚を奮発してアップしました!
(力作だぁ〜っ!)

ru_airport.jpg

モスクワのシェレメチェボ空港で無事に入国した僕らは、
同じターミナルDにある国内線のフロアへ。
急いでボーディングタイムの1時間前に着いたら、
まだ僕らが乗る飛行機から乗客が降りてくるところ。
激しい雷雨の中、憐れな先客たちは傘も与えられず、
タラップを降りてバスまで歩かされています。
さすがはロシア。ノー顧客指向。
ボーディングブリッジは空いているのに何故だろう?
僕らも歩いて乗るのかな?
と思っていたら、間もなくにょ〜っとブリッジが伸びて、
飛行機と連結しました。
おかしなオペレーションですね。

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サンクトペテルブルグの中心的繁華街ネフスキー通り。
美しい夕焼けですが時刻は22時過ぎです。
もうすぐ夏至。この緯度では白夜なのですね。

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僕らが泊ったミニホテル。
雑居ビルの一部のフロアにあり、
客室は8室くらいしかありません。

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中華系のホテルなのか、室内は東洋風。
なんだけど、中華風のデコレーションの中に、
日本の城があり、東アジアのイメージがごちゃまぜに。
ともあれ居心地はOKです。

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英語は話せませんが親切なフロントの女性。
若く見えても2児の母です。
夜勤が大変ですね。

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ネフスキー通りの南東の外れにあるモスクワ駅周辺。
ホテルやお店がぎっしり集まった賑やかなところです。

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初日のミッションは何と言ってもこれ。
エルミタージュ美術館。
ようやく世界4大美術館を制覇しました。
この写真は旧参謀本部側から見た風景です。

ru_hermitage02.jpg

ちょいと値が張りましたが、
事前にウェブサイトからチケットをゲットしておいて正解でした。
当日券を買おうとするとご覧の通り。
あの列に並んでいたら、
入館するのにどれだけ時間がかかったか分かりませんね。
ま、これも社会主義のレガシーなのかしらん?

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ネフスキー通り周辺には主な観光スポットが集中しており、
血の上の救世主教会もそのひとつ。
今は教会としては使われておらず、
モザイク画の美術館です。

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そうそうロシアの負の名物は、
『スリと置き引き、ひったくり』と言われています。
僕らは幸い怪しい連中に遭遇しませんでしたけど、
確かにそうした話は本当なのか、
教会の中には何カ所もこんな注意が。

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フォンタンカ川岸から見た夕焼け。
大都会のサンクトペテルブルグにもこんな静かなひと時があります。

さて、本題の料理の取材です。
ロシアは美味しい料理が目白押し。
それを限られた時間内で胃袋の限界まで食べまくりました。
そこから代表的なものをご覧に入れましょう。

ru_beetsalad.jpg

まずは前菜のニシンのマリネとビーツのサラダ。
そして噛みしめればじわっと美味しいライ麦の黒パン。
これとビールがあれば取材終了! の気分になります。

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ロシア革命前に大繁盛していたレストランの名物サラダ、
サラダオリビエ。
実はこのレシピ、オリジナルは失われたそうで。
限られた情報から再現されたのがこれ。
ポテト、グリーンピース、人参、ハムやチキンをさいころ大に切り、
マヨネーズで和えたもの。
奇をてらった味ではありませんが、とてもいいスターターです。

現在レストランのサーブ方法のスタンダードとなった、
前菜、主菜、デザートという、料理を順番に出すやり方は、
実はロシアで考え出されたものなんですよ。
それを呼び集められていたフランス人シェフたちが、
本国に持ち帰り、フランス料理に取り入れたのが世界に広がりました。
それまでフランスでは、全ての料理が、
せ〜の! でドンと一度にサーブされていたそうな。
確かにその方がインパクトはあるでしょうが、
キッチンが大変なだけではなく、料理も冷めてしまうので、
ロシアンサーブが根付いたそうです。

そしてロシアではザクースカと呼ばれる冷菜から始まり、
最初の料理がスープ、2番目が肉か魚の主菜、
そしてデザートというお馴染みの流れになります。
スープは順番だけではなく、
気候の上でも重要な位置を占めています。
その所為か、何処で食べても美味しいですね。
ではもっともポピュラーなサリャンカから始めましょう。

ru_salyanka.jpg

ポークやビーフのしっかりしたコクのあるスープに、
トマトの酸味が仄かに加わった飽きの来ない味です。
え? ロシアと言えばボルシチじゃないの?
いや実はあれ、ロシアではなく、ウクライナ生まれの料理なのですよ。
もちろんロシア版だけではなく、ウクライナ料理レストランにも入って、
食べ比べてみましたけどね。これはまたそのうちご紹介しましょう。

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もうひとつの代表的なスープがウハー。
あっさりした魚のスープです。
サリャンカより相手を選ばない万能選手。
じわっと沁みる滋味深い味わいです。

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そしてここでもお約束のギョーザがあります。
その名もペリメニ。
ところが『小さな耳』意味するこの言葉の語源はスラブ語ではなく、
レアなフィン・ウゴル語だそうな。
でもフィンランドやエストニアではなく、
カスピ海のずっと北側で、
コミ語やマンシ語を話す人々が伝えたとする説があります。
本体は僕たちがかつて、
アルメニアなどで食べたものと大きな違いはありませんでしたが、
コクのあるスメタナ(独特なサワークリーム)をからめ、
ディルをまぶすところがご当地流でしょうか。

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ペリメニはロシアで非常にポピュラーな食べ物で、
こうして冷凍食品でも普通に出回っています。
日本人と同じ、ギョーザ好きなんですよ。

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これはウクライナ版のギョーザ、バレニキ。
中身はポテトとチーズです。
味わいは、今ととら亭でやっているスロバキアのピロヒーとそっくり。
大きさはもっと小さいですけどね。

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それではそろそろ主菜に行ってみましょう。
まずはジャコーヤ。ロシア版の肉じゃがです。
ととら亭にいらっしゃったお客さまなら、
おや? と思うかもしれません。
そう、去年ご紹介したカザフスタンのクルダックとそっくり。
いや、実はほぼ同じものです。
更にジョージア料理特集でやったオジャクリも同系列の料理なのですよ。
この関係性もいつか追いかけてみたいテーマです。
その時の書籍名は『世界まるごと肉じゃがの旅』・・・かな?

ru_kiefkotletta.jpg

ボルシチと並んでロシア料理化したもののひとつ、
キエフ風カツレツ。
ハーブバターをチキンの胸肉で包み、細かい衣を付けてカラッと揚げた、
いわばロシア版デラックスチキンカツ。
ご覧の通り、ナイフで切ると、中から溶けたハーブバターが溢れだします。
この料理もセルビア、ポーランドで食べたことがありましたが、
大きな差は殆どありませんね。
カロリーを気にせず、バターをソース代わりにたっぷり付けてどうぞ!

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そしてメインの代表格と言えば皆さまご存知、ビーフストロガノフ!
柔らかく煮込んだ細切りのビーフをサワークリームで和え、
マッシュポテトを添えた逸品。ボリューム満点です。

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デザートは、
ロシア版カッテージチーズのトボロークで作ったホットチーズケーキ。
コンデンスミルクやハチミツをソースに頂きます。
え? だからカロリーなんて忘れて食べるんですよ!
美味しいんだから。

ru_market02.jpg

そんな料理のルーツを探るなら市場が一番。
庶民の胃袋センナヤ市場に行けば食材だけではなく、
多民族国家ロシアを肌で実感できます。

ru_market01.jpg

ドイツやポーランド、デンマークもそうでしたが、
北ヨーロッパでは保存食の文化がとても発達しています。
ピクルスはその代表格。
そのまま食べても美味しいけど、料理の素材としても大活躍です。

ru_milkbar.jpg

ポーランドのバル・ムレチュニィと同じ、
セルフサービス食堂のスタローヴァヤ。

ru_kotletta.jpg

ここではチキンコトレータのカーシャ添えを頂きました。
カーシャはポーランド料理特集でもご紹介したソバの実の素朴な料理。
僕たちにとっても懐かしい味でした。

ru_busterminal.jpg

さぁて、それでは国際バスでエストニアのタリンへ出発です。
先日発生したサンクトペテルブルグの地下鉄爆破テロの影響か、
バスターミナルのセキュリティレベルは少々上げられ、
入り口で持ち物検査が行われていました。

ru_border.jpg

しかし、国境は先にお話した通り、
あっけなくダ・スベダーニャ!(さようなら!)
奥に見える高速道路のトールゲートのようなところが国境です。

如何でしょう?
駆け足でロシアの取材旅行を振り返ってみましたが、
僕らの旅の雰囲気は伝わりましたでしょうか?

明日は9時の国際バスでリトアニアのシャウレイへ向かいます。
予定所要時間は2時間15分。
どんな街が、どんな人々が僕たちを待っているのか。
初めて訪れる国はいつもドキドキワクワクします。

それではおやすみなさい。

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えーじ
posted by ととら at 06:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月21日

第14回取材旅行 その7

昨日の11時、ホテルをチェックアウトした僕らは、
雨上がりの旧市街を歩いて路線バスのバス停へ。
朝食をしっかり食べたので、
ランチは長距離バスのターミナルで買ったサンドイッチです。
待合室は結構混んでいました。
僕はこうした雰囲気が大好きでね。
色々な人がそれぞれのドラマを持っていますから。

旅行者かな? それともローカル?
あれは何語を喋っているのだろう?
これから何処へ行くのかな?

今回お世話になったバス会社は ECOLINE。
サンクトペテルブルグからは LUX express だったので、
LUX が ECO だから少々草臥れたバスなのかな?
と思いきや、これも先と変わらずリッチな内容でした。
それでいて乗車時間が4時間半ほどもあるのに16.5ユーロ/1人。

7割ほどの席が埋まったバスは定刻の13時に出発し、
森と牧草地を走り抜けること約2時間半、
エストニア側の国境の街、イクラに入りました。

と言っても、取り立てて何かがある訳ではなく、
相変わらず森と牧草地が続いているだけ。
もうすぐ国境かな? と思っていたら、
有料観光道路の料金所のような小さいトールゲートが道路の左側にあり、
その脇をバスは速度を落とさず通り過ぎて行きます。

はて? と思い、Google Mapで現在位置を確認すれば、
僕らはもう国境を越えていたではないですか。

Welcome to Latvia!!

そう、バルト3国はEUに加盟しており、
シェンゲン協定も発効しているので入国審査と税関はありません。
通貨はみなユーロですから都度両替の必要もなし。
旅行者には便利なものです。

出発して4時間が経ち、
周囲に建物が増え、道路が混んできたな、と思ったら、
もうラトビアの首都、リガの郊外に入っていました。
やがて左側にダウガヴァ川の大きな流れが。
バスターミナルはもうすぐです。
ドライバーのアナウンスはエストニア語かラトビア語だったので、
まったく分からず。

時計は17時35分、僕たちは予定通りリガに到着しました。
まずトイレを済ませたら、
今度はリトアニアのシャウレイ行きバスチケットをゲット。
最初に入ったECOLINEのオフィスでは予定していた9時発の便がなくてパス。
次に LUX Express の戸を叩けば売り切れ。
そう、僕らが移動する23日の金曜日は『リーグァの休日』という祭日で、
ラトビアは3連休なのです。

こりゃ急がねば!
と次に入ったのは Rīgas starptautiskā autoosta。
3社目にしてようやく、
23日金曜日午前9時発のシャウレイ行きチケットを購入できました。
お値段は12ユーロ/1人也。チケットはただのレシートです。
所要時間が2時間15分なので、なるほどバスも小さいということです。

リガでの投宿先はバスターミナルから徒歩5分ほどのところ。
ネットでコストと立地の利便性から選んだのですが、
前まで来て見上げれば4つ星の威風堂々たる佇まいじゃん。
おまけにゲートはいちいちセキュリティが開けるし。

ありゃ? まさか料金を間違えたかな〜・・・?
と少々心許なくなったものの、
請求されたのは予約通りダブルで約7,000円/1泊也。
それもそのはず、物価はロシア、エストニア、
ラトビアの順に下がってきているのです。
実際、その後、郷土料理レストランの夕食でメイン2品とデザート、
それにビールとミネラルウォーターを注文し、
支払ったのは23.2ユーロ。東京相場の2/3以下でしょうか。

さて、今日はこれから近くにある中央市場で取材です。
美味しそうな食材が沢山ありそうなんですよ。
それでは行って来ます!

えーじ
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2017年06月20日

第14回取材旅行 その6

エストニアの首都、タリンに到着して最初に感じた素朴な印象は、
社会主義臭さのなさ。

旧市街の外にはまだソビエト連邦時代に建てられた、
積み木のようなキューブ状の建物が大分残っていますが、
人々の表情からは、
明らかに1992年以前に青年期を過ごした世代からですら、
あの独特な雰囲気を感じません。
街には柔らかいスマイルが溢れています。

旧市街はエストニアきっての観光地でもあるだけに、
終日、観光客が溢れ、とても賑やか。
それでもアジアと欧州の違いか、
音には敏感なので、大声で騒ぐ人は観光客を除けば、
酔っぱらいとパーティ帰りの若者を除いて殆ど見かけません。
ゴミを捨てる人が少ない上に、掃除が行き届いているのできれいですし、
治安の良さは東京と変わらないくらい。
その証拠に警察官の姿を殆ど見かけないのですよ。
そしてダメ押しのメルヘンチックな街並みが加わると、
これはもう『新婚さん、いらっしゃ〜い!』な国じゃないですか。
どおりで僕らのようなバックパッカーをあまり見かけない訳です。

それでも仕事は続けています。
問題は例によって料理の量。
ロシアは思いのほか少なかったので、
僕はまだ胃薬に手を出していないのですが、
ここではいよいよハードルが上がってきました。

とにかく空腹ではない状態から再びフォアグラのガチョウよろしく、
パンパンになるまで詰め込むのはしんどい。
どうにかならんもんかしらん?
と出発前、ない知恵を絞っていた時に、タリンの宿の施設を見ていた僕は、
「これだっ!」と心の中で叫びました。

「ともこ、今度の取材の装備なんだけどさ、
 いつもの内容に加えて、ジョギングウェアとシューズ、
 それから水着も持って行こう!」
「え? なんで?」
「タリンの宿にはジムとスパがあって、宿泊者は無料なんだって!」

そう、僕は考えたのです。
お腹に詰め込んだものは消化するしかない。
しかし、そのための時間がない。
ならば消化速度を上げれば、この問題は解決するじゃないか。

そこでジムなわけです。

普段のスケジュールでは休憩時間に当てている16時から18時に、
ひと汗流せば夕飯を入れるスペースも十分できるに違いない。

うん、名案だ。

そうして僕らはウェアを着替え、
最新のトレーニングマシンが犇めくジムへと向かいました。

「ねぇ、これどうやるの?」

僕は20代の頃、しばしばジムに通っていましたが、
ともこはこれが初めてです。

「そうだな、いきなり筋トレやると体が壊れるから、
 ランニングマシーンで軽く汗を流すといい。
 やり方は教えてあげるよ」
「えーじは?」
「僕もちょっとそれに付き合うよ。で、軽く筋トレをやって来る」

彼女のマシーンをセットして、歩くスピードから始めた後、
僕はちょろっと汗を流しただけで、マシントレーニングに移りました。

それにしても・・・
このシュワルツェネッガーやスタローンみたいな連中はなんだ?
何を食べたらこんな図体になるんだろう?

周りで黙々とトレーニングに励むマッチョガイたち。
ジムには至るところに鏡があるので、
客観的に自分と彼らを見比べてみれば、
これはもうダビデとゴリアテじゃないですか!

と、言いたいところですが、
中学校1年生と大人の体格の差と言った方がいいでしょう。
メガネを外してトレーニングしていたので、
「あ、僕と同じくらいの人だ!」
と思ったら女性でした。

そこへ・・・

「え〜じ〜!」
「ありゃ、もう終わったの?」
「うん、あれつまんない。
 ハムスターみたいに同じところでクルクル走ってるだけなんだもん」
「まぁ、そういうもんなんだよ。
 じゃ、ちょっと筋トレやってみる?」
「うん」
「初めてだから軽いのをちょっとだけね」

そうしてバーチカルヘッドプレスマシンの負荷を一番軽くセットし、
無理のないよう、彼女がゆっくり始めたところへ・・・

「おいおい、そのポジションじゃあダメだよ。
 もっとしっかり背中を付けて、足を開いて」

近くで100キロ超のベンチプレスをエイエイやっていたシュワちゃんが、
ともこのところにやって来ました。

「え? なぁに? こうやるの?」

彼女は日本語で応えましたが、
何となく彼が言っていることは分かったようです。

「そう、もっと肘を上げて。もっと、もっと。
 で、ショートストロークで素早くやるんだ」

僕はペックフライマシーンから離れて彼女のところに戻りました。

「OK! やってごらん!
 Quick! Short! Quick! Short! Quick! Short! Quick! Short!」」

ん〜? こんなやり方でよかったっけ?

「Oh no no no! そんなゆっくりじゃダメだ!
 短いストロークで素早くやって、筋肉に血流を送り込むんだ!
 それがボディビルってもんだ!」

ちょ〜っと待ったぁっ!

「えーじ! このおじさん何て言ってるの?」
「あ、あの〜、ミスター、
 ご教授ありがとうございます! 大変勉強になりました。
 そろそろ僕たちはお暇しますので」
「お? あんたが亭主か? 彼女は私の言ったことが分かってるのか?」
「そ、そりゃあもちろん!
 今度は教えて頂いたやり方でしっかりトレーニングしますよ!
 さぁ、ともこ! 行こうか!」

僕たちはほうほうの体で部屋に戻り・・・

「なんかスゴイおじさんだったね」
「ふぅ・・・やれやれ・・・」
「何て言っていたの?」
「ともこを筋肉ムキムキにするって言っていたのさ」
「なにそれ〜っ!」

ともあれ、確かに腹は空きました。
この作戦は成功です。

翌日の彼女の筋肉痛を除いて・・・ね。

明日はラトビアのリガに移動します。
彼女が回復することを祈りましょう。

えーじ
posted by ととら at 06:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記