2018年02月05日

第15回取材旅行 その12

この旅で周っている3カ国は地理的に隣接しているとはいえ、
文化的にも経済的にも大分違っています。
こういうのはペーパーベースだとイマいちピンと来ないかもしれませんが、
実際に足を踏み入れてみると、
予備知識がなくても肌で感じられることが少なくありません。

そう、モザンビークはスワジランドに比べても、
さらに経済状態が厳しいのですよ。
同じデータ上で見ると、
スワジランドの平均月収約58,000円(171ヵ国中107位)に対して、
モザンビークは約9,700円(同165位)と、
僕たちがかつて訪れたエチオピア約12,000円(同159位)や、
ネパール約21,000円(同141位)よりも低いのです。

もちろんここでは留意すべき点がふたつあります。

ひとつめが『経済格差』。

ジニ係数
(収入不平等指数。数字が大きければ大きいほど格差も大きい)で比較すると、
南アフリカ  63.1パーセント(141ヵ国中第2位)
スワジランド 50.4パーセント(同第18位)
モザンビーク 45.6パーセント(同第37位)

この数字が意味するものは、
先の『平均』月収の数字が実際に当てはまる現実ではなく、
多くの人々が『平均』以下の収入しか得られていない、
ということなんですよ。

たとえばわが日本は、
平均月収約345,000円(171ヵ国中18位)で、
ジニ係数は37.9パーセント(141ヵ国中第73位)。
年収にすると平均4,140,000円!・・・だそうな。

え? そんなにもらってるの!?

っとなった人もいますよね?
(僕も含めて!)

そう、だから『平均』ってのはあんまり当てはまらないんですよ。
そしてこの平均線の上は人数が少なく、下は多い。
残念ながら資本主義社会における所得のピラミッドは、
けして逆三角形にはなりません。
その『高さ』と平均線で区切られた三角形の面積の上下比が、
僕の言う『肌で感じられる違い』を作りだしているような気がします。

で、その『肌で感じられる違い』ですけどね。
国というレベルでいうなら、道路の路面状況と街灯の数、
ゴミの散らかり加減、そして水道と電気の普及度と質です。

日本水準からみると、国の税収が少なくなればなるほど、
道路はデコボコになり、街灯は減り、
ゴミと溢れた下水で腐臭が漂い、停電も増えます。

人で見るなら足元が一番分かりやすい。
靴を履いている人が減り、サンダル履きの人が増えるのです。
そして更に悪化した場合は、サンダル履きの人が減り、
裸足の人が増えてきます。
この変化は大人より子供から先に現れてきます。

また平日の日中にもかかわらず、
若年層の人が手持無沙汰でブラブラしている姿が目立ち始めるのです。

タバコの売り方も目安の一つですね。
先進国なら箱単位で売っているのが当たり前ですけど、
開発途上国では本数単位のばら売りが基本になり、
やがて見かけなくなります。
経済状態がひっ迫すれば、まず嗜好品から削り始めますからね。

ここ、モザンビークのマプトはそうした意味で、
エチオピアのアジスアベバやネパールのカトマンドゥより、
この目安において厳しさが際立っていました。

そこで再び外務省の一般情報を参照すると、
モザンビークは経済成長率こそ3.6パーセントと悪くないものの、
物価上昇率は19.8パーセントに昇り、
失業率に至っては約4人にひとりの24.3パーセントもあるじゃないですか。
貿易だって輸出が33.5億ドルで輸入が84.9億ドルの大赤字ですしね。

こうした状態は物乞いの人たちの属性にもはっきり表れていると思います。
ここまで貧しくない国では、社会的な弱者は、
身体的なハンディキャップを持つ人や女性、子供が中心ですけど、
モザンビークのレベルになると、
20歳代の働き盛りの男性が物乞いをせざるを得なくなってきます。

仕事がないんですよ。

仮にあったとしても、
真面目に働いたところでまともな収入にならない。
今回の3カ国で一番数字の良い南アですら、
黒人の工事作業員の平均月収は約4万円前後と、
一般的な平均収入の半分にも届かないそうです。

昨日の昼、高級住宅地にある公園内のレストランで食事をしていた時、
そこはまさしく、モザンビークの、
いや世界の縮図になっていることに僕たちは気付きました。

お客さんは僕たちを除いて95パーセント以上が白人。
そして働いている人は100パーセント黒人だったのですから。

ああ、僕は日本人に生まれて良かった!

と喜ぶ前に、ふたつ目の留意すべき点もお話しなければなりません。

ここまでのお話はある意味で他人事です。
しかし、僕の駄文にお付き合い頂いている皆さんに、
こう質問させて下さい。

確かにモザンビーク人の収入は、
僕たち日本人の約2.8パーセントしかありません。
逆に言うと、僕たちは彼らの約35倍以上の収入があります。

では、
リッチな僕たちはプアーな彼らより35倍以上しあわせなのでしょうか?

これまた僕が旅を続けていて毎回思うことなんですけどね。
現地で出会う人々のスマイルに接したり、
スマホやパソコン、ゲームマシン相手ではなく、
人間同士が目を合わせて楽しそうに語り合っているところを見ていると、
君たちも早く僕たちみたいになれるといいね!

なんて、とても言えない気持ちになるのですよ。

えーじ
posted by ととら at 00:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年02月04日

第15回取材旅行 その11

ともこです。

モザンビークのマプトで本格的な料理取材が続いています。
こちらは真夏ですから暑いですよ〜。
昨日は36度まで気温が上がって二人とも昼の取材から帰ってきた時には、
汗でびしょびしょ!
とてもお見せできるかっこうではありませんでした。

インターネットで探すレストランは外国人向けのところが多くて、
なかなか地元の人たちが使っている店は見つかりません。
そこで到着した翌日は、
猛暑の中を2万歩以上歩いてレストラン探しから始めました。
旅に出ると私は毎日万歩計を着けて歩いています。
子どもの頃から記録を付けるのが好きな性格で、
毎日手帳に書いているんですよ。
えーじは気にしてないみたいですけど、
取材でたくさん飲んだり食べたりしても、
万歩計の数字が大きいと体重を気にする女性としては、
なんだか安心するんですよね。

今日も暑さが厳しくなりましたけど、
それでも頑張って昨日見つけたローカル食堂までランチに行きました。
こう暑いと少し外を歩くだけで汗びっしょりになり、
結構体力を使います。
でも、その甲斐あって地元の人たちが、
普段食べている料理を試してみることが出来ました。

それから、ちょっとご褒美で
昼間に飲むビールのおいしさは格別です!
モザンビークのビールはとてもとてもおいしいんですよ!

取材の日にちも残り少なくなりました。
まだ日本に帰ってから特集として紹介できるようにするには不十分なので、
ちょっと焦って来ています。
限られた時間の中でいかに効率よく探せるかがカギなので、
これから二人でミーティングです。

ととら亭を開く前みたいに、
ただ食べて飲んでだったらいいのですけどね。
がんばらなくちゃ!
posted by ととら at 03:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年02月03日

第15回取材旅行 その10

窓から吹き込む湿った風。
前を走る車が巻き上げる埃。
乗客ですし詰めの車内に充満する汗と食べ物の臭い。

車窓を流れる風景が市街地に変わるころ、
僕たちの髪や肌の露出した部分はガビガビになっていました。
しかしあと10分もすればマプトに着きます。

さぁ、これでひと息入れられるぞ・・・

と思いたかったのですけどね。
間もなくバスターミナルだな、となった時、
僕はディフェンスモードを最高レベルに上げました。

なぜなら古ぼけた建物が犇めく街にはゴミが溢れ、
路面は道路工事中さながらのデコボコだらけ。
そして夕方の大通りには人が溢れ、
さながらちょっとしたカオスの状態になっているじゃないですか。
そしてこういう国で最も治安の悪い場所。
それが間もなく僕たちが降ろされる駅やバスターミナルなのです。

「もうすぐ着くよ。忘れものがないかもう一度チェックして」
「な、なんかスゴイとこだね」

窓の外を見ていたともこの顔が心なしか引きつっています。

「バスから降りたら身の回りのものに注意しながら、
 僕のサブザックを持ってて。
 そうしたらキャリアからバックアップを取って来るから」
「うん!」
「寄って来る奴はすべて無視。いくぞ!」

外に出るなり、わらわらと色々な人が近付いて来ました。

「アミ〜ゴ! USダラー持ってるかい? 両替するよ」
「タクシー? タクシー? タクシー?」
「アミ〜ゴ! アミ〜ゴ! 腕時計買わない?」

僕がカーゴからバックパックを引き上げていると、

「旦那! おいらが荷物を降ろしますよ!」
「あ! いらないよ! 自分でやるからね! 触らないで!
 ともこ! これを受け取って!」

「アミ〜ゴ! USダラー持ってるかい? 両替するよ」
「タクシー? タクシー? タクシー?」

僕らはニコニコしながら
「Nao obrigado!(No thank you!)」だけを言い続けて、
群がる人々から脱出!
追っ手を撒いたところで、

「OK、ここで現在位置を確認するから僕の後ろを見てて!」

GPSで見ると駅の北側に隣接するバスターミナルから、
東に50メートルほど来たところにいました。
乾いた小便の臭いが鼻を刺します。

ってことは、宿は・・・ここから東に2ブロック進み、
そこから北へ2ブロック・・・だな。
で、方向は・・・

僕はコンパスで進行方向を確かめました。

「分かった?」
「OK。ここから3時の方向に見える路地に入って2ブロック進む。
 持ち物に気を付けて。離れずに。
 いい? 行くよ!」

僕らは自動車と人の群れを縫うようにして歩き始めました。
こんなカオスのような状態に入ったのは久し振りです。
インドのニューデリーやバングラデッシュのダッカの夕方みたい。
白人やアジア系の人はまったく見かけません。
ということは、僕たちは目立ちまくっていることになります。

面倒な連中と出っくわす前にホテルに入らなくちゃ。

「おっと! 足元に気を付けて! デコボコだらけだ!」

乗り捨てられたように停まっている自動車。
散乱するゴミ。
無造作に広げられた売り物の靴や服。
そして寝ころんでいるホームレスの人々。
ひび割れた路面は目を覆うばかりです。

「よし、ここだ・・・な?
 もう一度現在位置を確認するから後ろを見てて!」

僕がスマホや地図を見ている時、
周辺の安全を見張るのはともこの役目なんですよ。

「どう? あってる?」
「ちょっと待って。 ああ間違いない。
 ここを左折して2ブロック圏内にあるはずだよ」

間もなく前方にゲストハウスの看板が見えて来ました。

「あった! あそこだ! 12時の方角。40メートル!」
「ホントだ! 着いたぁ〜っ!」

マプトの状況は事前の下調べである程度は予想していたのですけどね、
疲れた状態でバックパックを背負い、こうしたカオスを突っ切るのは、
なかなかしんどいものなんですよ。

さいわい作戦通り、
僕たちは予約していたゲストハウスにチェックインできました。
ここはポルトガル人のおじさんが経営する10室ほどの小さな宿。

チェックインの書類を書き終わった僕は、
彼に3つの質問をしました。

Q1.モザンビーク通貨のメティカルを入手したいのですが、
   近くにある安全なATMかレートのいい両替所を教えて下さい。

Q2.僕たちはモザンビーク料理を調べに来ました。
   近くのお勧めレストランを教えて下さい。

Q3.無料の地図をいただけますか?
   それで僕たちが行くべきではない危険なエリアに印を付けて下さい。

おじさんは快く質問に答えてくれただけではなく、
宿から50メートルほど離れたところにあるATMまで、
スタッフのお姉さんに案内を頼んでくれました。
これで当面の軍資金をゲット。(Plusが使えるATMで良かった!)

そして入るべきではないエリアは、
ここから南に400メートルほど行った所にあるバイシャ地区。
なるほど、これは外務省の安全情報と符合しています。
加えて彼がくれたセキュリティのアドバイスは、

1.外出する時は必ずパスポートを携帯するように。
  ぐれた警察官が多いので不携帯を理由に脅しておカネをせびります。

2.室内におカネやスマホ、PCなど高価なものは置いておかないように。
  ここにはスタッフが8人いますけど、
  全員を常に監視している訳ではありませんからね。

こうした内容も事前に入手した情報と一致していました。

当日はおじさんお勧めの一番近いレストランに、
19時頃夕食を食べに行きましたが、
ん〜・・・ここも20時以降にうろちょろする雰囲気ではなさそうです。
まだこの界隈の勝手も分からないので食べ終ったらそそくさと退却。

と、まぁ1日でこれだけやったものですから、
帰ってシャワーを浴びたら二人とも朝まで爆睡してしまいました。

えーじ
posted by ととら at 04:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年02月01日

第15回取材旅行 その9

ひゃ〜、疲れた!

スワジランドのマンジーニとモザンビークのマプト間は、
たかだか190キロメートル足らずしか離れていないのですが、
Door to door でかかった時間は何と7時間半!
その内訳は・・・

10時に宿をチェックアウトした僕たちは、
乗り場まで案内するという親切なホテルのスタッフに先導されて、
国境を越える『タクシー』の乗り場まで。

今回の国境越えは、はっきりした情報が殆どなく、
事前にマンジーニで調べるしかありませんでした。
そこで到着した日にフロントで訊くと、
『タクシー』が90リランゲニ(約900円)でマプトまで行ってくれるそうな。
(ちなみにスワジランドでは南アの通貨ランドがそのまま等価で使えます)

ホント? と思いましたよ。
というのもタクシーなら出発を待たずに乗ればすぐ走り出すでしょう?
しかも速いし乗り心地もいい。

そこでバスターミナルまで行き、
ムババネ行きとマプト行きそれぞれのミニバス乗り場を確認したら、
マプト行きのミニバス料金は『タクシー』より10リランゲニ高いじゃないですか!

なんでだろ?

僕は話を聞いている最中、客待ちのミニバスの中で、
待ち疲れてぐだ〜っとしている白人バックパッカーが目に入りました。

彼は『タクシー』のことを知らないのかしらん?

で、僕たちを連れたスタッフが行き着いた場所は・・・

同じミニバス乗り場じゃん!

そう、彼らはこの乗り物を『タクシー』と呼んでいたのです。

やっぱりね。

という訳で僕らは数日前に見た白人のバックパッカーと、
同じ運命をたどったのでございます。

10時10分ごろにはミニバス乗り場まで来たものの、
パラパラとくる乗客が集まって出発したのは、
なんと3時間後!
その間、僕たちは蒸し暑く狭いミニバスの中で、
じ〜っと精神修行をしていたのです。

そう、アフリカの旅で求められる、
『けして急ぐな、慌てるな』ということを。
そして二つ目は、
『その瞬間を楽しめ』ということも。

もしかしたらこのルートをやる旅人がいるかもしれないので、
プロセスを簡潔に書いておきますね。

国境を越えるミニバス乗り場はバスターミナルの北の外れにあります。
ここでは英語が通じます。
「マプトまで行きたい」といえば担当者っぽい人が近付いて来て、
「パスポートを見せてくれ」となりますから渡して下さい。
ちなみにその人は制服なんて着ていませんよ。
彼はその場でパスポートの内容を書類に記入し、
すぐパスポートを返してくれます。
その時に日本での連絡先(名前と電話番号)を訊いてきますので、
これは自分で記入して下さい。

バックパックは車内ではなく、
牽引しているカーゴキャリア(荷台に車輪が付いたもの。屋根はありません)
に自分で積みます。
その時、忘れずにザックカバーをかけること!
全員の荷物が積まれた際に、
あなたのバックパックは埃や何かから漏れた液体で、
見るも無残な状態になります。
カバーをかけておけば後でカバーだけ洗えば済みますが、
バックパック本体が汚れたら面倒ですからね。

もし不運にも雨の日に移動しなければならないとしたら、
ビニールのゴミ袋にバックパックを包み、
更にその上からザックカバーをかける必要があります。
理由の説明は要りませんよね?
ですから可能であれば雨の移動はお勧めしません。

さて、その後は乗客が集まることを祈りつつ、
ひたすら待って下さい。
その間、トイレに行っておくことも忘れずに。
出発したら3時間半から4時間の間、トイレ休憩はありません。
トイレはちょうどバスターミナルの南の端にあります。
ミニバス乗り場からも見えますよ。
料金は0.5リランゲニです。

スタッフがカーゴキャリアに荷物を積みはじめたら出発の徴候です。
間もなくパスポートを集めた人がやって来て、
100リランゲニ(もしくは100ランド)の料金を徴収します。
ローカルたちはサンドバック級のもの凄い荷物をカーゴキャリアに積みますので、
バックパックに壊れ物を入れる時はご注意を。
下敷きにされるか上になるかはインシャラー(神の御心のまま)です。
ローカルたちは大きな積み荷のために超過料金を払っていました。

料金の徴収が終わると間もなく出発します。
街外れのガソリンスタンドで給油した後に向かうルートは、
マンジーニからMR3線を東に向かい、
MR16、MR7と道路を変えてSitekiを目指します。
そこで進路を北北東に変え、
出発から2時間半もするとMhlumeni、Gobaの国境です。

ミニバスが停まったら、他の乗客について行って下さい。
スワジランドイミグレーションの建物はひとつだけ。
僕たちが行った時は閑散としていたので、
すぐに出国スタンプを押してもらって出ました。
ここでトイレは見かけていません。
訊けば貸してくれたかもしれませんが、
期待はしない方がいいでしょう。

さて、外に出ても車には乗らず、
そのまま歩いてモザンビークに入ります。
モザンのイミグレはすぐ隣。
ここでも他の乗客について進んで下さい。

モザンのイミグレはパスポートを出すだけ。
質問はありませんでしたが、両手の人差し指をスキャンされます。
税関は窓口だけしかありませんでした。
不思議だったのは入国スタンプがビザのページではなく、
その1ページ前に押されたこと。ともこも同じ。
このオペレーションは初めてです
ロシア、ウズベキスタン、ブラジル、インド、エチオピアなど、
いずれもビザそのものに押印しましたからね。

さて、入国スタンプをもらったら、また歩いて国境の外へ。
そこでミニバスが来るのを他の乗客と一緒に待ちます。

お、来たかな? と思ったら、
カーゴキャリアを警察官が簡単に調べていました。

ミニバスが国境を越えたところで乗り込みます。
Welcome to Mozambique!

この時に遅れないよう注意して下さい。
ドライバーは乗客の数などカウントしません。
バスの外に人がいなければ発車してしまいますよ。

モザンビーク内に入ると路面の状態が急に悪くなります。
経済状態はこうした所にすぐ反映されるんですね。
Gobaの国境を抜けたミニバスは、30分ほど灌木地帯を北上し、
やがてEN5とのT字路を右折します。
途中でBoane、Matoraを経由しながら乗客を降ろし、
出発から4時間半ほどで、
ようやくマプトのバスターミナルに到着です。

途中で何度か警察のチェックポイントで止められますので、
国境も含めて制服組がいる時の写真撮影はしないで下さい。
彼らは何かといちゃもんを付けてお小遣いを稼いでいます。

いかがでしょう、こんな説明で分かりましたでしょうか?
僕たちの昨日はこんな一日だったのですよ。
移動距離のわりにはハードで時間が読めませんから、
体調が悪かったり、急いでいる人にはお勧めできません。

ともあれ無事に最終目的地のマプトに着いた僕たち。
これでホッと一息・・・

したかったのですが、
そういう訳にはいきませんでした。

僕らが降ろされたマプトのバスターミナルってところはね・・・

To be continued...

えーじ
posted by ととら at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月31日

第15回取材旅行 その8

朝のバスターミナルは、
呼子の掛け声と鳴り響くクラクションで大変な喧噪です。
マンジーニまでの復路は大型バスに乗りました。
このシステムは日本にないもので、
出車の定時はなく、満員になり次第出発するというもの。
なのでお客さんが集まらなければエンドレスで待たされますから、
急いでいる時には使えません。
幸い混んでいる時間だったせいか、
僕らが座って10分もしないうちに出発となりました。

車内は当然満席。
そこへ最後に年配の女性と男性が覚束ない足取りで乗って来ました。
すると若い男性がさっと立ち上がって席を譲るところは、
万国共通でしょうか。
彼の凛々しい横顔が印象的でした。
途中、マツァパあたりから途中下車する人が続き、
僕らと同じ終点のマンジーニバスターミナルまで来たのは、
概ね半分くらいだったかな?

降りた場所は自宅なのか職場なのか分かりませんが、
それぞれに一幕限りのドラマがある。
それを想像するのも旅の楽しみの一つなんですよ。

さぁ、明日はいよいよこの旅最大の難関、
陸路でスワジランド、モザンビーク間の国境を越えます。
その前に、
皆さまお待ちかねのビジュアルダイジェストレポートにしましょうか。

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ああ〜、ケープタウンは遠し!
フライトタイムを合計しただけで22時間を超えるのですから、
こうしてフライトナビゲーションでケープタウンが近付いてきた時には、
心もお尻もホッとしました。

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まず僕たちを迎えてくれたのはケープタウンの象徴、テーブルマウンテン。
標高は丁度1000メートルくらいあります。
頂上付近はよく強風が吹き、
今日のようにテーブルクロス状の雲がかかるんですよ。

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ホテルやレストランが集まるロングストリート。
2年振りのこの街はほとんど変わっていませんでしたけど、
よく見るとぼちぼちお店の入れ替わりが・・・
あれ?
行こうと思っていた民族音楽専門のCDショップが潰れちゃってる!

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マレー系の人が住み、モスクまであるボカープ地区も健在。
このエリアで食べられる『ケープマレー料理』は美味しいですよ。

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空港やレストランに入って目を引いたのがこれ。
昨秋から続く干ばつで西ケープ地方の水がめは干上がる寸前です。
旅人にとって晴天はありがたいものですけど、
早くまとまった雨が降ってほしいですね。

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僕たちが泊ったのはこんな宿。
新しいやや高級なバックパッカーズです。
2年前に来た時はありませんでした。

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広い部屋でしょう?
ドミトリーの他にこんな個室もあり、居心地はとても良かったです。

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ロングストリートを歩いていて出会ったビッグイシューの販売者さん。
(詳しくはこちらを → ビックリシュー?)
僕たちは日本国内だけではなく、海外でもこうして出会うと買っています。
ナイスガイの彼はエチオピア人でした。
がんばってね!

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変わらないと言えば治安の悪さも相変わらず。
歴史的な建造物が多いケープタウン駅周辺は、
日中でも単独でうろつくにはリスキーな場所です。

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そんな訳でしばしば目にするこの警備会社の表示。
直訳すると『武装して反応します』ですが、
分かりやすく言うと『入ったら撃ちます』という意味。
ジョークではありません。

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夜の街もきれいなのですが、
17時になるとお店やカフェがどんどん閉まり始め、
街の雰囲気が一変します。
特にバスターミナルや駅周辺は危険ですね。
こうしたシビアな事情から、
僕たちは夜でも比較的安全が確保されているエリアで、
宿を押さえたのですよ。
そうしないと取材が出来ませんからね。

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そんなハードルを乗り越えつつ、しっかり仕事を始めました。
まずはこれでしょ! 昨夏にご紹介したペリペリチキン。
場所によって微妙にレシピが違います。
ん〜、美味しい!

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驚いたのはアフリカカフェで見つけたこのバージョン。
なんと2016年のマカオで食べたアフリカチキンにそっくり。
マカオバージョンはオリジナルを知らない中華系のコックさんが、
イメージだけで作ったのかしらん? と思っていたのですが、
あながちそうとも言い切れなくなりましたね。
それとも逆輸入バージョンか? ディープだなぁ。

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ケープタウンは良い漁場に恵まれているので、
シーフードを選んでハズレることはまずありません。
これはエビやムール貝、イカが盛り合されたシーフードプラッター。
美味しい新鮮な魚介類がお手頃価格で楽しめます。

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アフリカだけではなく、ヨーロッパやアジア、
アラブの文化まで混じり合う料理を味わいたいのであれば、
ボカープ地区を訪れるべきでしょう。
左上がスパイシーラザニアともいえるボボティ、
右上はフルーツの甘みとスパイスが調和したラムシチューのブレディ。
右下はココナツミルクを使ってクリーミーなチキンカレーです。

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そして忘れちゃいけないマルヴァプディング!
アプリコットジャムとバタークリームソースの濃厚な味わい。
これ、ととら亭でも何度か出していますが、
一度食べたら忘れられない味ですよね。

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さて、南アを再訪したミッションのスタートです。
アフリカ大陸の最南西端へ行きましょう!
まずは海が美しいハウト湾へ。

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ここにはアザラシが群生するドイカ―島があります。
人間に慣れている訳ではありませんが怖がりもしないので、
好奇心旺盛な彼らはハウト湾の遊覧船乗り場まで出張してくることも。
愛嬌もの揃いでカワイイ! けどコロニーはちょっとけものクサイ!

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そしてサイモンズタウンのボルダーズビーチでは、
野生のケープペンギンをまじかで見ることが出来ます。
中には卵を抱えて子育て中のペンギンがいました。

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このルートは個人で行くには難しく、僕たちはデイツアーに参加しました。
安全に効率よく回れるだけではなく、
こうして珍しい植物が生い茂る原野を自転車で走れたり、
他の旅人たちと知り合えるのも良かったですね。
日向ぼっこしながら食べる美味しいランチ付きです。

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ルックアウトポイントまで登ると1919年まで使われていた灯台があります。
ここからは半島の最南端ケープポイントが見えました。
さ〜、行くぜ! 喜望峰はもうすぐそこだ!

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と安心してはいけません。
この自然保護区にはさまざまな動物たちが生息しており、
中にはご覧のバブーンのように思わぬいたずらをするものもいます。
ガイドさん曰く、人間の食べ物を知った連中は、
バックパックなどをかっさらって逃げることがあり、
中に食べ物だけではなく、
財布やパスポートが入っていて大騒ぎになったことがあったとか。

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その他にもダチョウがのんびり餌を食べていました。
遠く目には可愛いのですけど、
そばに来ると結構大きいので手を出したりするのは禁物です。

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そう、やっと来ました2年越しの喜望峰!
あの水平線の向こうは南極なんですよね。
ん〜・・・感無量の僕たちでした。

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で、お終いではなく、実はもうひとつミッションがあったのですよ。
これまた自力で行くのが難しい場所。
それはタウンシップです。
何度かお話したことがありますけど、
ケープタウン空港に着いてバスで市内に移動すると、
すぐ広大なスラムが道路の両側に見えてきます。
これはケープタウンでは最大、
南アフリカでもソウェトに次ぐ規模で広がる、
ニャンガというタウンシップです。
このタウンシップというのは、
アパルトヘイトの一環で人種ごとに強制的移住させられた居住区のこと。
写真はランガという最も古いタウンシップの初期からある建物です。
この小さな建物のワンフロアに16人の黒人が共同生活を送っていました。
内部は4人で使う4つの小さな寝室の他に共同のキッチンがあるだけ。
現在でもほぼ同じように使われています。

za_township01.jpg

今では新しい建物も建てられているとはいえ、
周縁から流入する人口をまかないきれず、
こうした違法のバラックが広がっています。
ここではガスや水道はありませんから下水もご覧の通り垂れ流し。
腐臭が鼻を突き、衛生環境は劣悪です。

za_township02.jpg

それでも中には学校や教会もあり、
今でもタウンシップで生まれ、ここで育ち、
そしてここに住みながら通勤している人々が沢山います。
スラムと云うと怖いイメージを抱く方も少なくないと思いますが、
(実際ニャンガは少々危険ですけど・・・)
犯罪者ばかりが住んでいるのではありません。
ほら、おなじ人間なんですよ。

za_shevern.jpg

僕らはここでシェビーンと呼ばれるバラックの居酒屋に入り、
『自家製ビール』に挑戦しました。
写真からは見えませんがバケツの中身はブクブクと泡をふいた、
白い液体がなみなみと入っており、その泡をふ〜っとどけて回し飲みします。
僕の表情を読み取ったガイドさんは「毒ではありませんよ!」。
で、恐る恐る飲んでみると・・・
味は酸味があって少々甘く、独特なかび臭い香りがします。
アルコール度数は3パーセント程度とか。
日米仏3国連合の参加者の中でふたくち飲んだ人はいませんでした。
でも、ローカルのお客さんはとろんとした目つきで「おいし〜!」。

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そんなこんなで密度の濃いケープタウン滞在も最終日。
僕たちは飛行機を乗り継いで2つ目の渡航国、
スワジランドへ向かったのでした。

えーじ
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2018年01月30日

第15回取材旅行 その7

今朝は9時半にマンジーニの宿をチェックアウトして、
ミニバスで首都のムババネに向かいました。
所要時間33分。約200円也のショートトリップです。

スワジランドの地形は標高が1200メートル以上ある西部の山地から、
150メートル程度の東部の平野にかけて、なだらかに傾斜しており、
マンジーニは518メートルに位置しています。
今日はそこから西に向けてぐんぐん坂を上り始め、
ムババネに着いた時には手元の高度計が1070メートルを指していました。
空は曇天で時おり霧雨が降っています。
長袖のシャツを着ているだけでは少々肌寒いですね。

幸い、本来泊る筈だった宿は配管工事が終わっており、
僕たちは問題なくチェックインできました。

ムババネはさすがに首都だけあってバスターミナル周辺はとても賑やか。
お店や飲食店も揃っており、「こりゃ宿泊日数が減って残念!」
と思いきや、災い転じて福となす、と申しますか、
一回りしてチェックした飲食店は、
フライドチキンやピッツァ、フィッシュアンドチップスなど、
取材対象とはならない店ばかり。

しかも19時頃、夕食に出かけてみると人通りが急に減り、
活気のあった雰囲気が一変しています。
加えてショッピングモールだけではなく、
様子を見ようと思っていたレストランまで、
ことごとくシャッターが閉まっているじゃないですか。

こりゃヤバイ・・・

僕らは素早くプランBに切り替え、
スーパーで食パンとチーズを買ったら宿まで退却!
周辺は外灯も少なく危険な臭いがプンプン漂い始めました。
この辺は20時過ぎて僕らのようなよそ者がうろつく所ではなさそうです。
どおりで宿のセキュリティも厳重なわけだ。

予約をキャンセルされた時はやれやれと思いましたが、
結果的に取材対象の飲食店が多く、
治安もいいマンジーニの滞在日数が増えたのは幸運でした。

ともあれスワジランドの人々はシャイでフレンドリー。
お店の人だけではなく、道を尋ねてもみなさん親切に教えてくれます。
人種の構成は南アフリカと違って白人の数がめっきり減りました。
というかほとんど見かけない。アジア系もまた然り。
当然、僕たちは目立ちます。
ですが、じろじろ見られるわけでもない。

言葉は英語が普通に通じます。
スワジランド人同士が話している時はスワジ語を使いますが、
外国人とは英語で話します。
各種インフォメーションも英語表記ですから不便はありません。

先日一般情報をちらっとお話しましたけど、
経済状況はかなり厳しいですね。
一人当たりの国民総所得だけに着目すれば低中所得国に分類されるとはいえ、
スワジランド経済の内実は貧富の差が激しく,
今でも国民の7割が1日1ドル以下の生活を強いられているそうです。
確かに物乞いの姿は南ア同様めずらしくありません。

なるほど外務省が発表した2014年4月付けの援助方針でも、
失業率は29パーセントを超え、
AIDSの罹患率たるや15歳から49歳までの人口の約26パーセント。
加えて南ア同様、近年干ばつの影響が著しく農業生産性が低下し、
貧困率は63パーセントに達していると報告しています。

しかしですね、『貧困』というと食料不足から、
栄養失調でやせ細った子供の姿が目に浮かぶかもしれませんが、
少なくとも、今までの僕の旅の経験から申しますと、
食料は『ある』んですよ。
『あるんだけど買えなくなっちゃう』のです。

おカネがないから。

現にマンジーニやムババネでもスーパーマーケットはそこかしこにあり、
棚には食料品が溢れている。
きれいな身なりのお客さんたちはカートにいっぱい買っています。
でも、外で物乞いをしている人たちには『買えない』のです。

おカネがないから。

これは日本に目を向けても同じ。
どこのスーパーやコンビニに行っても食べ物はいっぱいあるでしょう?
でも『買えない』人たちがじわじわ増えているのです。

そう、『貧困』というのは自然災害の結果ではなく、
極めて人為的な現象なんですよ。

僕はマルクスやケインズみたいな学者じゃありませんから、
頭を捻ったところで何も出てきませんが、
アフリカに限らず、裸足の子供たちや、
「食べ物を買うおカネを下さい」と言って来る人たちに接するたびに、
僕たちにとって何が一番いい社会システムなのか、
この問いを繰り返さざるを得ません。

僕が長い旅の人生の中でも未だに答えを見つけられないこと。
それは、『物乞いを前にどうすべきなのか?』

なんですよ。

えーじ
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2018年01月29日

第15回取材旅行 その6

ともこです。

ケープタウンの空港で出発を待っている間に、
それぞれの実家に電話を入れました。
まさか電話が来るとは思っていなかった母は、
とてもびっくりして喜んでくれました。

ととら亭を開業する前に3カ月間に渡って中南米を旅していた時、
私たちは携帯電話もパソコンも持っていませんでした。
連絡をする時は日本語が使えるパソコンのあるインターネットカフェを探し、
日本の家族や友だちにメールを打ちました。

そして訪れた9カ国のそれぞれから1回ずつ実家に電話しました。
南米ではカビナと呼ばれる公衆電話ボックスを集めたような店がいっぱいあって、
そこから国際電話をかけるか、
カビナがない時は、テレフォンカードを買って公衆電話を使いました。

あの頃の旅は今よりずっと不便でしたけど、
そういうことが日常と違う旅らしくて楽しかった気がします。
便利さを求めるより、
不便な中でどうするかが私たちにとっては大切なんですよ。

マンジニの宿で午前中ぼ〜っとしていたら、あの頃の旅を思い出しました。
このホテルはちょっと古臭い建物で、小さな中庭を囲むように廊下があります。
部屋は飾り気がなく、あんまり清潔ではありませんど居心地はいいですよ。

街は中心部を歩くだけなら1時間で十分なくらいの大きさ。
観光地と呼べるようなものは何もありません。

でも、こうして日常的な場所を歩いていたら、
いつかまたあんな長い旅がしたいなぁ、と懐かしさがこみ上げてきました。
ちょうど今日の陽気は6月のメキシコシティみたいですし。

この旅もそろそろ折り返し。
スワジランドで美味しい料理が見つかるかな?
今晩はポルトガルの影響を受けた料理を出すレストランに行ってみようと思います。
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2018年01月28日

第15回取材旅行 その5

深い闇。
遠い稲光。
吹き付ける風。

やがて雨が屋根を打ち始め、
それに合わせてカエルたちが歌い始めました。

スワジランドのマンジーニで過ごした最初の夜は、
ここまでとはまったく別のもの。

昨日、ゆっくり朝食を楽しんだ僕たちは、
バックパックを背負ってバスターミナルへ。
空港に向かうバスは僕たちの他にひとりだけ。

定刻にケープタウンを飛び立った南アフリカ航空の国内線は、
1時間35分でジョハネスバーグに着陸しました。
(南アフリカではJohannesburg(ヨハネスブルグ)をこう発音します)

このフライトでは旅の初体験がふたつあったんですよ。
ひとつ目はキャプテンが女性だったこと。
僕は搭乗する時にコクピットの窓を見るのですが、
左側の席には白人の女性が座っていたのです。
帽子の下から長い髪が出ていて格好いい。
副操縦士も含めてコクピットに女性がいるのを見たのは、
思えばこれが初めてでした。

もうひとつは降機する時。
O・R・タンボ国際空港ではボーディングブリッジが機体に接続し、
僕たちはそこから出たのですが、
ターミナルに入ったらすぐ階下に誘導され、
そのまま外へ出てしまったのです。
おや? と思ったらバスが到着し、
僕たちはそれに乗って別のターミナルへ。
このオペレーションもありそうでなかったですね。

さて、スワジランドまでの道半場まで来た僕たちは、
イミグレーションを抜けて国際線に乗り換えです。
トランジットタイムは2時間ほど。
O・R・タンボ国際空港は国内最大と言われるだけあって、
ケープタウンのそれとは規模が違います。
ショップや飲食店も充実しており、
ぶらぶらしているだけでも結構楽しめました。

僕たちが乗るSA8086便のボーディングゲート22は、
搭乗時刻間際になっても乗客の姿はまばら。
なるほど使う機材も横に3列しか座席のない小型機のEmbraer ER3です。
フライトタイムはたったの33分。

ちょっと驚いたのは、
到着したのがマンジーニ市内にほど近い
Matsapha International Airport ではなく、
40キロ以上離れたKing Mswati 3 International Airport だったこと。
旅程表の空港コードはSHOになっていたので僕の勘違いだったのですが、
一瞬、「こりゃどこだ?」となりました。

この空港、日本でいえば成田か羽田なんですけどね、
長閑な草地に滑走路が一本だけあり、
その端に小さなターミナルビルがぽつねんと建っているだけ。
ボーディングブリッジはおろかタラップカーもないので、
簡単な階段を使って降機した僕らはトコトコ歩いてその中へ。

2013年に開港したばかりですから建物はピカピカです。
入るとすぐイミグレーションブースがふたつあり、
可愛らしい20歳代前半の女性のインスペクターが座っていました。
そこを抜ければすぐバゲッジクレーム。
到着便は僕たちだけでしたからターミナルは貸切状態です。
というか閑散としている。
インフォメーションボードにも、
アライバルは僕たちが乗って来たSA8086が一行表示されているだけ。
ん〜・・・王様の浪費癖の象徴とされているのも分かる気がします。
利益は出ているのかしらん?

と心配しつつ税関は『Nothing to declare』をするっと抜けて、
Welcome to Swaziland! と相成りました。

そうそう、キャンセルされてしまったムババネの宿ですけどね、
先方に提示してもらった代替案の折り合いがつかず、
結局、自力でマンジーニの宿を確保しました。
どうもメールでのやり取りが怪しく、
初めて訪れる場所で不確定要素を増やしたくなかったのですよ。

で、マンジーニまで行くバス乗り場を探していたら、
入り口でうろうろしているサングラスをかけたお兄ちゃんに訊けとのこと。
彼曰く、マンジーニまで一人250円だそうな。
バスはきれいなミニバスです。
ほ〜、いきなり物価が下がりましたね。

それもそのはず、スワジランドの国土はほぼ四国くらい。
人口も約125万人で鳥取県の約2.1倍しかありません。
となると経済規模も推して知るべし。
平均月収は約58,000円くらいですから日本人の約1/6程度なのです。

経済格差はすさまじいですね。
米CIAのワールドファクトブックによれば、
ジニ係数がなんと50.40パーセント!
これは資料にあった141ヵ国中18位。(日本は37.9パーセントで73位)。

こうした数字を知っていると、
僕たちの今いるマンジーニという街が、
日本でいえば商業の中心である大阪に当るとはいえ、
実際は緑に囲まれた小さな地方の都市、
いや、こじんまりした街程度のものでしかないのも頷けます。

今の時刻は10時21分。
ドアや窓を開けっぱなしにしていると、気持ちのいい風が入って来ます。
気候は東京の9月中旬くらいでしょうか。
空は雨上がりの快晴。
気温は20.5度です。

さて、これからムババネやマプトまでの移動方法を調べつつ、
市内を歩いて探検です。

自分たちの足で歩き、自分たちの目で見る。

これが僕らの旅のスタイルなんですよ。
じゃ、行って来ます!

えーじ
posted by ととら at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月27日

第15回取材旅行 その4

ともこです。

関東地方の雪と冷え込みを心配しつつ、
初夏のようなケープタウンに滞在しています。
この街に来たのはちょうど2年振り。
南アフリカ料理は去年の夏にご紹介しましたけど、
更なる美味しい料理探しと以前の取材結果の再確認に励む毎日です。

今回はいくつかのレストランで、
レシピの違うペリペリチキンを食べることが出来て、
興味深い発見が沢山ありました。
この後に訪れる本家モザンビークでの比較が楽しみです。

それからケープタウン滞在のもうひとつの重要な任務がありました。
それは2年前に行けなかった喜望峰への再チャレンジ!
ツアー当日の朝、お腹の調子が悪くなった私の所為で、
泣く泣くキャンセルしていたのです。

今回は念願かなってアフリカ大陸の最南西端に行って来ました!

日本からすごく遠いので2度と来れないかも・・・
と思ってあの時は本当にがっかりしたのですが、
こんなに早く夢が叶うとは思いませんでした。
諦めないでチャンスを作ってくれたえーじに感謝です。

すんなり行かなかっただけに何倍も嬉しかったです!
さぁ、今日も美味しい料理探しをがんばるぞ!

P.S.
えーじです。
ムババネの宿は微妙な展開になって来ました。
いま現地の担当者とメールでやり取りしているんですけどね。
また『スリルとサスペンス』にならないことを祈りつつ、
明日は移動しようと思います。
posted by ととら at 02:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月26日

第15回取材旅行 その3

日本の皆さま、おはようございます。

関東地方だけではなく、
全国的に『記録的な』寒波に覆われているようですね。
ととら亭のある東京の中野区でも、
今朝はマイナス4度まで気温が下がったそうな。

野方のフェローたちはみんな大丈夫かしらん?
雪かきがやれなくてすみません。

そう五月晴れのようにカラッと乾いて晴れたケープタウンから言うと、
他人事のように聞こえるかもしれませんが、
僕たちが今いるところでも別の大問題が持ち上がっています。

南アフリカ南部では『記録的な』干ばつが昨年から続いており、
現在、ケープタウンの水がめの貯水量は24パーセントを切っているのです。
このまま干ばつが続けば4月の上旬には水道が止まり、
市内200カ所の給水所での配給に切り替えざるをえなくなってしまいました。

2月1日からは1日ひとり50リットルまでという給水制限も始まります。
僕たちもシャワーなどではなるべく節水し、
3日間使ったタオルやシーツも交換していません。

さまざまな地域を旅していて近年気になるのは、
アフリカであろうがアジアであろうが、
そこかしこで耳にする『記録的な』という前置きのついた天候。

関東地方では『当たり前』になり、
最近は全国的に『自然な』ことと見なされるようになった、
(いや、なってしまった!)
猛暑の夏と酷寒の冬。
極端に地域差のある大雨と降雨不足。
巨大化する台風。
珍しくなくなった竜巻。

この不気味な傾向は今回の例にもあるように、
世界的な規模で起こっているのですよ。
何が原因かはさて置き、
僕が怖いと思っているのは、
この状況の原因に僕たちは無関係だ、
そう考えている人々が今でも少なくないことなんですよ。

原因が科学的にきっぱり証明されない限り、
人類は今の生活を変える必要はない。

本当にそう思います?

僕は科学者ではないので具体的な説明は出来ませんけど、
旅人の勘として、すご〜くイヤな予感がしているんですよ。
で、先日お話しましたように、
こういう時の僕の勘は、残念ながらとてもよく当たります。

と書いている途中にメールをチェックしたら、
明日移動するスワジランドの宿から連絡があり、
『配管トラブルのため27日と28日の予約はキャンセルせて頂きます』

だって!?

ほらね、僕の勘は当るでしょ?

それじゃプランBを考えなくちゃ。

えーじ
posted by ととら at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記