2019年07月10日

エジプト料理特集が始まります!

僕にとって頭脳労働の種類は、ふたつしかありません。

それは反復的なルーチン作業か、
ゼロから何かを創り出すクリエイティブな作業か。

子どもの頃から得意なのは後者の方なのですが、
だからと言って、
いつでもどこでもすいこら出来るわけではありません。

まず睡眠時間をしっかり取って頭のコンディションを整えることが大切。
寝不足で疲れていると、いくら考えても出てくるのはノイズばかりですからね。

そしてコーヒーでメインシステムを起動させて、
静かな環境にお気に入りのチルアウト系かジャズのBGMが流れると、
ようやく心の白紙にイメージが浮かび上がって来るのですよ。

まさにこうした状態で、
昨日の朝からシャッターを下ろしたお店にこもっていました。

やっていたのは旅のメニュー変え。

ところが、時々、先の条件が満たされていても、
この仕事が難しくなることがありまして。

その難関とは頭の切り換え。

やるとなれば、対象に感情移入するほど深くダイブするのは、
ある意味、旅と同じでして。
ほら、先日もなかなか頭がウランバートルから東京に切り替わらないって、
お話をしていたでしょう?

今回は旅から帰ったばかりでしたし、
おまけにビジュアルレポートも書いていたので、
東京にいても頭をちょくちょくモンゴルにリンクさせていました。
そこから2日間でエジプト料理特集に切り替えねば!
というのは、帰国しての精神的な環境適応以上に難しい。
モンゴルとエジプトは文化的にも気候的にもかけ離れていますからね。

で、昨日の午前中は、どうにも調子が上がらず、
エジプト関連の資料や写真を見返しながら、
意識のベクトルをなんとか変えようと、じたばたしておりました。

え? リリースが遅れる伏線を張ってるのかって?

違いますよ〜!
その遅れを深夜で取り戻し、なんとかここまでまとめてみました。

エジプト料理特集

ほんの半年前の旅でしたが、
いま振り返ってみても、ホント、感慨深い日々だったなぁ、
としみじみ思います。
エジプトもまた、
未だ消化しきれない、たくさんのことを教えてくれましたから。

今回、再現した料理は気張って4つ。
この一皿一皿を通して皆さんと旅の記憶をシェアできたら幸いです。

えーじ
posted by ととら at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年07月08日

第18回取材旅行 その12

ん〜・・・
ザミンウードからの夜行列車移動に続き、
後半のビジュアルレポートモンゴル編は1回でまとめようとしたのですけど、
やっぱり無理がありました。

なにせ肝心の写真が絞り込んでも43枚あったもので。
(実際に撮影したのはモンゴルだけで856枚)

そこで2回に分割し、
今日はウランバートルを中心にお伝えしようと思います。

mn_citycentre.jpg

とその前に、
モンゴルの概略からお話した方がいいかもしれません。
意外と近くて遠い国ですからね。
面積は日本の約4.1倍、しかし人口は東京都民の約1/4(約324万人)という、
日本とはかけ離れた人口密度の薄い国です。
確かに前回ご覧いただいた大草原の風景を思い起こすと、
なるほどそうだろう、という気がしてきますよね?
ところがその人口の約1/3以上に相当する約1300万人が、
ここウランバートルに住んでいるとなると、
これまた首都の事情は変わってきます。
中心となるスフバートル広場の周囲はこんな風に、
ビルが立ち並んでいました。

mn_traffic.jpg

当然、ところによって道路は大渋滞。
プリウスなどのハイブリッド車がだいぶ走ってはいましたが、
これらの排気ガスに加え、暖房で使われる化石燃料の煤煙で、
冬のウランバートルの大気汚染は深刻なレベルになっているそうです。

mn_ubstationrain.jpg

しかしながら新宿のような高層ビル群に埋め尽くされているかというと、
そういうわけでもなく、スフバートル広場周辺を除けば、
人口と経済規模に応じた社会主義時代のレガシーが広がっていました。
僕らが到着したウランバートル駅は街の南西のはずれにあり、
周辺はどちらかというと所得の低いローカルタウンです。

mn_hotel01.jpg

で、予約していたホテルが消滅していたため、プランBで泊ったのがここ。
駅の北側200メートルくらいのところにあります。
1泊朝食付きのダブルルームが日本円で約3,560円也。
窓枠やシャワールームのドアが壊れていましたが、
居心地はけっこう良かったです。

mn_money.jpg

通貨はトゥグリク。(TgもしくはMNTで表します)
物価はウランバートルで東京相場の1/4程度でした。
それもそのはず、モンゴル人の平均月収は約81,500円。
これは日本人の23.8パーセントに相当します。
でも収入格差は日本より少ないのですよ。

mn_apart.jpg

ホテルの周囲には、
こうした社会主義時代からある古いアパートがたくさん残っていました。
いずれも老朽化が進み、ご覧のような外観です。
何年も修繕していないのでしょうね。
夜になると外灯が少なく初日はちょっと怯みましたが、
僕らが行動した範囲で治安に不安を感じることはありませんでした。

mn_street01.jpg

昨年は6.9パーセントもの経済成長率をマークしているとはいえ、
こうした路地が錯綜する街を見ていると、
実体経済の中身は伴われていないような気もします。
あ、これは日本も同じでしたね!
(でしょ? 麻生さん!)

mn_toyokoinn.jpg

建築途中のビルと言えば、平和通りで東横インを見かけました。
走る車の9割が日本製と言われ、
ちょっと洒落たレストランでは日本人ビジネスマンの姿もあったことから、
日本との経済的なパイプは細くないのでしょうね。

mn_corporate.jpg

しかしながらこうしたボードを見ていると、
両国関係の軸足はハードよりソフトのような気もします。
貿易は輸出入ともに大きく中国に依存し、
日本は輸入相手としてはロシアに次ぐ第3位。
JICAさんの支援内容を見てみると、
鉱物資源の開発やインフラ整備より、
環境、医療、教育にポイントを置いていることが分かります。
ODAのあり方も変わって来ましたね。

mn_temple.jpg

翌日は再建されたガンダン寺へ行って来ました。
これ、僕も取材が決まって下調べをするまで知らなかったのですけどね、
モンゴルはソビエトに次ぐ、史上2番目の社会主義国だったのですよ。
ということは・・・『宗教は毒』ということになりまして、
当時の寺院はことごとく破壊されてしまっただけではなく、
僧侶たちも粛清の対象となってしまいました。
なので今あるこうした寺院は1992年に民主化されて以降、
再建されたものがほとんどなのです。

mn_mani.jpg

その弾圧された宗教とはチベット仏教。
これはネパールなどでも寺院で見かけるマニ車です。
側面にマントラ(真言)が刻まれており、右回りに回転させると、
回転した数だけお経を唱えたのと同じ功徳があると言われる便利もの。
実はモンゴルとチベット仏教の関係は深く、
ダライ・ラマという称号は、モンゴルのアルタン・ハーンから、
チベットで1543〜88年に在位したスーナム・ギャツォ、
(ダライ・ラマ3世)に贈られたものなのですよ。
で、なるほどその意が、
ダライ(大海(モンゴル語))+ラマ(師(チベット語))となったのですね。
さらにダライ・ラマ4世となったユンテン・ギャツォは、
アルタン・ハーンの曽孫にあたるモンゴル人。

mn_panda.jpg

閑話休題。
真面目なお話が続いたのでクイズです。
上の写真のキリル文字はなんと書いてあるのでしょう?
答えは文字の右側に・・・

mn_zaha02.jpg

さて、飲食店に次いで僕たちの取材場所と言えば市場。
民主化されてショッピングモールなども増えたとはいえ、
やはり庶民の生活を支えているのは大小さまざまな市場です。
これはウランバートル最大級のナラントール・ザハの入り口。

mn_zaha01.jpg

この市場は生鮮というより衣料品から家具などの生活雑貨が中心です。
中にはモンゴルならではの商品を扱うエリアがありました。
そう、馬具や放牧用品です。
あ、なぜか西洋式のキャンプ用品もたくさん売っていたな。
ゲルがあるのにナイロンテントなんて使うのかしらん?

mn_market01.jpg

生鮮系は市内中央に近いメルクーリ・ザハの担当ですね。
規模はそれほど大きくありませんが、食料品はひと通り揃っています。

mn_vegetable.jpg

新鮮な野菜や肉がところ狭しと並んでいました。
質、鮮度ともに抜群。買って帰りたい!
しかし野菜の殆どは中国から輸入しているのですよ。
そもそもモンゴル人は今でも野菜はあまり食べないので。
その反面、肉食う人ゆえに、
ラムを中心とした肉類のグレードはさすがでした。
この辺は『地球でオオカミの次に肉を食べているのは自分たちだ!』
と豪語するカザフ人とも共通していますね。

mn_market02.jpg

おっと、日本とのパイプはこんなところにもありました。
中国、韓国とならんで日本の食材もけっこう充実しています。
これなら長期滞在も苦になりませんね。

mn_fish.jpg

少ないながらも鮮魚の取扱いだってあります。
と言っても内陸国ですから基本は淡水魚。
ん〜・・・ちょっと種類は・・・分からないな。

mn_frozenbuush.jpg

最近は一人暮らしや忙しい共働きの家庭が増えたのか、
日本と同じく、冷凍食品も一般的になっていました。
で、やっぱりありましたね。
ボーズとバンシ。

mn_cheese.jpg

しかし、モンゴルらしさを一番感じる食品は、
なんと言ってもチーズでしょう。
遊牧民が持つ乳を使った食品製造技術は極めて高いレベルなのですよ。
ウシだけではなく、ヒツジ、ヤギ、ウマそしてラクダまで、
その採乳時期と成分特性に合わせた様々な乳製品が作られています。

mn_milkseller.jpg

そしてこと乳製品に関してなら、
工場ではなく各家庭、つまり遊牧民のゲルで作られているので、
街角にはこうした『即席直販所』が現れます。
これはミルクではなく、馬乳酒かもしれないな。

mn_cheeseguy.jpg

市場でチーズのサンプルを買おうとしていたら、
片言の英語が話せる親切なお兄さんが、各種類を少しずつ分けてくれました。
で、お代はどうなるのだろう?
明らかに相場を知らない外国人なのだからふっかけて来るかな?
と思ったら、値段からしてまったくのローカルプライス。
こういうところもモンゴリアンらしいですね。
バイラルラ(ありがとう)!

さて、次回はゲルに泊ったテレルジのキャンプと、
ととら亭ならではのチョイスで取材した、モンゴル料理をご紹介します。

お楽しみに!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年07月05日

第18回取材旅行 その11

取材旅行から戻って4日が経ちました。

不思議なもので、
ようやく旅人モードが日常モードに変わったと思ったら、
今度は、

「え? 5日前はまだウランバートルにいたのか?」

そんな具合に旅の経験が、
実際に流れた時間以上の彼方に行ってしまったような気がしています。
ま、これも毎度のことで、
渡航地と東京の文化的、気候的ギャップが大きいと仕方がないのですよ。

それでいて、現地で目の前にしていたにもかかわらず、
気付かなかったことが、じわっと思い浮かんで来る。

ああ、あれはそんな意味だったのかもしれないな・・・

こうした旅のフラッシュバックは、
人間の記憶のメカニズムを解明する、
いい手掛かりになるのではないかしらん?
そんな風に思えてなりません。

特にこうして写真を整理しながらブログを書き始めると、
なおさら奇妙な気分になってきます。

では頭が10日ちょっと前の時間にシンクロしたところで、
ザミンウードからウランバートルへ至る、
鉄道の旅に戻ってみましょう!

mn_zustation01.jpg

ひやひやしながら中国・モンゴル間国境越えた僕ら。
ザミンウード駅横の駐車場でバスを降ろされて、
やっと肩の力が抜けました。
駅舎は中国と大きく違い、バスターミナル?
と見紛いかねない佇まい。
でも、どこかほっと安心できる雰囲気がここにはありました。

mn_zutown01.jpg

この小さな駅が中心の、それこそゲートウェイでしかない街なので、
駅前もまたご覧の通り。観光地的な要素はまったくありません。
でも食堂やスーパーマーケット、ATMなど、
旅人に必要なものはあらかた揃っているのでけっこう便利。

mn_zustation03.jpg

駅舎の隣には不釣り合いにモダンな建物が。
これはモンゴル鉄道の事務所で1階が待合室、
2階にチケット売り場があります。
駅舎より広く、居心地がいいので、雨の時の待機場所にはいいかもしれません。
僕はここでダウンロードしたe-チケットが本当に使えるのかを確認。
と申しますのも、
ウランバートルに住む、会ったこともないモンゴル人ベンダーに、
ウェブ経由で購入してもらったものなのですよ。
結果はOK。

mn_banshitaisyul.jpg

出発まで2時間近くあるので、ちょっと早い夕食に行きました。
入ったローカル食堂はファーストフードっぽい作り。
カウンター上にある写真入りのメニューを見ながら先払いで注文します。
分かり易いからモンゴル語が読めなくても心配ありません。
さっそく取材を始めて頼んだのがバンシタイシュル。
これは直訳するとギョーザスープです。
バンシとはモンゴル語でやや小ぶりのギョーザのこと。
エレンホトで食べた水餃とほぼ同じものでした。
思えばあの店もモンゴル系でしたしね。
これが濃厚なラムのスープに入っています。
でも、モンゴルらしさを感じたのはバンシ以外の具から。
ラムのコマ切れ肉がどっちゃり入ってるのですよ!
もうスープというよりシチューのような感じ。
ん〜、まさしく肉食う人たちの料理なのね。
ボリューム満点です。

mn_food01.jpg

もう一品は細切り肉を炒めたシャルサン・マフタイ・ホールガ。
ちょんもり野菜とライスが付いて定食風になっています。
肉はラムが主流ですが、バンシと被るのでこれはビーフバージョンです。
味付けは塩のみのシンプルテイスト。
以上の2品でお代は日本円にすると450円くらい。
中国に比べても物価がぐんと下がりました。
それもそのはず。日本と平均収入で比較すると、
モンゴルは4分の1強くらいなのですよ。
ですから僕らに安い食事も彼らには普通の価格になります。

mn_zustation02.jpg

うう・・・お腹がパンパンになったところでスーパーに行き、
車内で食べるパンと水を調達。
ホームに行くと列車が来ており、乗客もぼちぼち集まって来ていました。
みなさんかなりの荷物。ほとんどがモンゴル人だと思います。
パッと見渡して欧米系、もしくはバックパッカーの姿はゼロ。

mn_zustation05.jpg

これ、なんて書いてあるか分かります?
キリル文字をラテン文字に変換すると『Zamin uud - Ulaanbaatar』、
つまり『ザミンウード ー ウランバートル』。
行き先表示がこうなので、読めないと、どこ行きなのか分かりません。
事前のお勉強が必要な理由のひとつです。

mn_zustation04.jpg

さて、乗車時間はまだですが、
20両以上もある長い車列で迷うのは避けたい。
そこで今のうちに自分のコーチを探しておきましょう。
僕らが乗るのは7号車。
目の前にあるのは・・・9号車か。
で、右側は・・・10号車、ということは左に行けばいいんだな。

mn_tarain03.jpg

出発は18時4分。
30分前にコーチのドアが開き、
たくましい体格の女性の車掌さんが降りてきました。
彼女を一目見て思い出したのは、
アゼルバイジャンからジョージアへ行く夜行列車で会った車掌さん。
同じたくましい体格&社会主義フェイスの女性で、
命令調の話し方からロッテンマイヤーさんと呼んでいました。
でも、今回はやさしかったな。怒られませんでした。
列車に乗り込んだら今度は11番コンパートメントを探します。

mn_tarain01.jpg

おお! いいじゃん!
北京西からウランチャブまで乗ったものとは雲泥の差。
僕らのベッドは Lower なので4人コンパートメントの下ふたつ。
これが使い勝手最高なのですよ。ですから Upper は人気がありません。
ともこは早速くつろいでのんびり。
国境越えは疲れましたからね。
同室だったのは、ウランバートル在住の20歳代前半の新婚さん。
言葉は通じませんでしたけど、あまりのラブラブさ加減で分かりました。
お幸せに!

mn_tarain02.jpg

車両の端にはこんな給湯器があります。
いつでも熱湯が使えますからお茶のほか、
カップラーメンを食べている人の姿も。
そういえばこの仕掛け、アゼルバイジャンやカザフスタンなど、
他の旧社会主義国で乗った鉄道にもあったな。
ソビエト標準なのかしらん? 便利でいいです。

mn_trainview03.jpg

ほぼ定刻に列車は発車し、10分も走ると車窓から見える風景はご覧の通り。

mn_trainview02.jpg

草原、そして草原、また草原。真っ直ぐな地平線。
日本では北海道ですら見られない光景でしょう。
単調と言えばそうですが、見ていて飽きません。
この大地の標高が1200メートル前後もあるとは、
まさに地球の大きさが感じられますね。
あれ、新婚さんは抱き合って眠っちゃった!

mn_trainview04.jpg

時折、こうした小さな街で停車します。
でも荷物の上げ下げや人の乗降の気配はなし。
単線の通過待ちかもしれません。

mn_trainview01.jpg

列車は20両以上の長さ。これは7号車から先頭方向を見たところ。
後はカーブだと最後尾が見えないくらいです。

mn_sunset02.jpg

時刻はまもなく20時。
はるかな地平線に太陽が沈んで行きました。
雲の下から抜けた光が神秘的な直線を描いています。

mn_sunset01.jpg

美しい。
いや、そんな平坦な言葉じゃ言い表せない感動がここにはありました。
ホントはね、料理や文化以上に、
皆さんとシェアしたいのは、こうした瞬間なのですよ。
この星に生まれてよかった。
そしてちっぽけな僕らもまた、広大なこの星の一部であり、
果てしない宇宙の一部でもある。
その一体感が感じられます。

mn_windmil.jpg

この寝台列車の寝心地は格別でした。
朝まで爆睡して目覚めれば、外は青空と緑の草原が。
街が近いのか風力発電の風車が見えます。

mn_ubview02.jpg

時折、遊牧民のゲルがありました。
時代を感じるのは自動車の存在。
街まで家畜を売りに行く足は、
今や馬車ではなく、ピックアップトラックなのですね。

mn_ubview01.jpg

時刻は8時。天気は快晴。
終点のウランバートルはもうすぐです。
乗客たちが荷物をまとめ始めました。
進行方向をみれば草原の先にビル群が。

mn_ubstation.jpg

8時45分。
僕らを乗せた夜行寝台列車は定刻にウランバートル駅へ到着。
首都にもかかわらず小ぶりで可愛らしい駅舎です。
さぁ、忘れものをしないように気をつけて、
列車を降りたら駅で朝食を食べましょうか。

mn_ubstcafe.jpg
___________________________________

いかがでしたか?
モンゴルのローカル鉄道の旅。
ダイジェスト版なので、うまく伝わらなかったかもしれませんが、
こういうところに僕らの旅の本質があるような気がしています。

それがまた旅人モードから日常モードへ戻る、
大きな妨げにもなっているのですけどね。

僕が普段見上げる空は狭いからなぁ・・・

それでは次はウランバートルとテレルジの風景をご覧いただきましょう。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年07月02日

ととら亭再起動 201907

ただいま〜!

帰って参りました、梅雨真っ只中の東京。
昨日の13時30分。
僕らを乗せたミアットモンゴルOM501便は、
定刻より10分早く成田空港に着陸。
新宿までの乗り継ぎも良かったので、
僕らは16時半頃、無事に野方へ戻りました。

飛行機を出るなり感じたのは空気の湿度。
ウランバートルは標高が1300メートル前後あり、
大陸性気候ということもあって、
体感的には東京でいうと4月上旬くらい。
からっと乾いていましたから、この空気感の違いは大きいですね。

早朝4時起きの帰路でしたが、時差が1時間しかなく、
温度差もあまりなかったので環境適応はすんなり行っています。
昨夜はあまり片付けや再起動準備には手を付けず、
早めに休んだので二人とも元気いっぱい。
今朝は8時ごろお店に来てコーヒーを飲んだ後、
怒涛の再起動に突入しました。

こういう時のともこは頭の切り換えが早いので、
もうすっかり野方での仕事モード全開です。
今もキッチンで仕込みをやりまくっています。
こういう時は無口なんですよ。信じられないでしょ?

僕はというと、対称的なスロースターター。
コーヒーを啜りながら、
1時間ほどの読書とメディテーションで頭の回転を上げつつ、
ビジネスメールのチェックからスタート。
ランダムにタスクを書き出し、
優先順位を判断して、ひとつずつ潰し始めました。
前半が頭脳労働系で昼食の後、頭がへたったら肉労に切り替えます。

ま、こうして頭と手は動かし始めたものの、
やっぱり例によって、気持ちというか、感覚というか、
旅人モードはなかなか日常モードに戻らないんですよね。
今回、比較的に気候風土は近かったのですけど、
やはり文化はまったくと言っていいほど違っていましたから。

モンゴル人は僕らと同じ人種でありながら、
その精神的バックグラウンドに遊牧文化を持ち、
近代化への第一歩は社会主義でした。

中国は香港、北京、上海など、
一般的な観光地に多くの日本人が訪れているとはいえ、
素顔の街を移動して感じた率直な印象は、
古来、関係の深い隣人とはいえ、
アフリカや南米以上に異質なものだったのです。

この辺はぜひ皆さんとシェアしたいと思っていますので、
またあらためてお話しますね。

さぁ、営業は明日のランチから再開です。
モンゴルのビジュアルレポートも、もう少々お待ちを。

えーじ
posted by ととら at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月30日

第18回取材旅行 その10

おはようございます。

いやぁ、昨夜のブログは失礼しました。
なんとか昨日の日付で書いておきたかったので、
写真がインサートされていないまま、
強引にアップロードしたのですよ。

昨夜から泊っているのは、
ウランバートルの中心にある中の上レベルのホテル。
僕らの旅で恒例になった、最後の一点豪華主義的チョイスです。
なんのご配慮からか分かりませんが、
チェックインして部屋に入ってみれば、
そこはダブルとシングルが廊下で連結されたゴージャスな部屋。
しかもシングルの方だけでも僕らのアパートより広く、
机に応接セットまであるじゃないですか!

僕はすぐフロントに戻って「何か間違えてない?」と訊けば、
英語を話すスタッフはにっこり笑って「It's yours.」。
マジですか?
だって予約しておいたのは、
一泊朝食付きで約4,250円の『バジェットツインルーム』ですよ。
む〜・・・いいのかしらん?
と思いつつも、せっかくなのでご厚意に甘えることとしました。

で、ここまでは良かったのですが、
このレベルのホテルになると欧米系のお客さんがほとんど。
となると、皆さんなんらかの通信機器を持っているので、
回線がプアーな場合、夕方以降、特に21時過ぎからは、
インターネットにほとんどアクセスできなくなってしまうのですよ。
案の定、昨夜の23時過ぎは、
今は懐かしきモデム級のスピードになってしまいました。

というわけで、今日は予定を変更して、
午前中にエクスプレスサービスでビジュアルレポートをアップします。

cn_uranchubstation.jpg

ウランチャブ駅に到着したのは5時15分ごろ。
今にも雨が降って来そうな曇天で肌寒く、
僕らはダウンウェアを出して防寒対策ばっちり。
さすがに内モンゴル自治区までくると駅舎も小さくなりましたね。
そこかしこに見えるモンゴル文字が、
別の国に入ったかのような印象を与えます。

cn_uranchubbs.jpg

日中は賑やかであろう駅前も、
さすがにこの時間となると閑散としています。
僕らはまだ眠りから覚め切らない大通りを横切り、
駅の斜前にあるシャッターの降りたウランチャブ長距離バスターミナルへ。
ここの情報は日本語はおろか、英語で検索してもまったく見つかりませんでした。
ターミナルの建物はこんな感じ。
6時になるとシャッターが開きます。
ちなみにバスターミナル左端にある公衆トイレが開くのは6時半。
ターミナルに入れば中にトイレがありますのでご安心を。

cn_ticketbooth.jpg

バスターミナルに入ってすぐ正面にあるチケット売り場は、
6時40分から開きます。

cn_busterminal01.jpg

チケット売り場から左へ進むとすぐセキュリティチェックがあり、
その先にある待合室はこんな感じ。
奥にトイレがありますからね。

cn_ticket.jpg

そして手に入れたエレンホト行きバスチケットがこれ。
フリーシートです。バスは8時に出発。
5時間半ほどの所要時間で2回トイレ休憩がありますが、
バスの中にはトイレがないので、ターミナルで済ませておきましょう。
それから大きな荷物を入れるラゲッジスペースは、
まったく掃除されていない上に水も入ってくるので、
ザックカバーは必須です。

cn_bus01.jpg

バスはかなり老朽化の進んだ年代物。

cn_bus02.jpg

それでも無事に乗り込めてほっと一息です。

cn_road01.jpg

バスは走り始めると間もなく市街地を抜け、
こうした草原を走り続けました。
時折、小さな町で停車しては乗客の乗り降りがあります。
そとは雨。僕らはほどなく眠りに落ちて・・・

cn_road02.jpg

途中で給油のためにガソリンスタンドで停車。
道路に出て見えるのはこんな風景です。
乗客は喫煙やトイレ。
そうそう、ここが『あのトイレ』です。
ここで用が足せたあなたは、ととらな旅でも大丈夫。
挑戦してみます?
詳しくはともこに直接訊いてみてください。

cn_erenhotbusstation.jpg

13時半ごろ、ようやく着きました国境の街、エレンホト。
長距離バスターミナルはこんな感じです。
右側にホテルが隣接されているので急遽泊まるようになったときは、
そこで値段を訊いてみるのもいいでしょう。
歩いて宿を探すのは現実的ではありません。
この周辺にはあまり旅人のニーズに応えるものはありませんから。

cn_erenhotnightviw.jpg

エレンホトはザミンウードに比べれば大きな街です。
これはホテルの部屋から見た風景。

cn_erenhotstation.jpg

鉄道でアクセスした場合はここに着きます。
エレンホトの駅。
ウランチャブからだと1日に2便しか来ませんので、
列車が来ていないときは日中でも閑散としています。

cn_erenhotstreet02.jpg

駅前もこの通り。
社会主義仕様の殺風景な大通りでした。

cn_erenhothotel03.jpg

ここで泊まったのがこんなホテルです。
羽振りの良かった時代に建てたのでしょうね。
街と同じくとにかく何でも造りが大きい。
1階のロビーなんて舞踏会が開けるくらいの広さがありました。
でも、お客さんもスタッフもぽつぽつ。
当然、メンテナンスは手が回りませんから、
人目につかない部分はだいぶ傷んでいました。

cn_erenhothotel01.jpg

それでも部屋は広くてきれいで快適。
この内容で1泊朝食付きで約2,800円なり。
僕らでも泊まれるわけです。
ここはバスターミナルや駅、飲食店街にも徒歩でアクセスしやすく、
スタッフもラブリーでお勧めです。

cn_erenhothotel02.jpg

朝食はビュッフェスタイル。
ちなみにここまでくると内容はご覧のとおり完全に中華です。
しかし微妙にモンゴルの気配が感じられました。
写真の左側に映っている白い飲み物。
これはミルクではないのですよ。
モンゴルで飲まれているミルクティー。
その実体は、かすかに紅茶の味のするホットミルクでした。
これを皆さん、ごくごく飲みます。
ん〜、だから骨太なのかな?

cn_shogi.jpg

中国では路地裏をぶらついていると、
よくローカルが集まって将棋を打っている光景に出会います。
ここエレンホトでもそう。
プレイヤーはもちろん二人ですけど、
その周りギャラリーが囲み、熱い議論と声援が上がっています。
面白そうだな。

cn_erenhotapart.jpg

社会主義的にデフォルメされた街ですが、
近寄ってみれば建物の傷みはこの通り。
収入格差が世界レベルでも高い国なので、
この辺の所得は全国平均を下回っているのかもしれませんね。

cn_erenhotstreet01.jpg

ちょっと裏道に入るとこんなですから。

cn_roadjoke.jpg

社会主義と言えば官僚主義、官僚主義と言えば縦割り組織。
横並びの組織間の意思疎通は糸電話レベルになっているのが定石です。
その目で見える例がこれ。
なんか変だと思いません?
そう、横断歩道が描かれているのですが、
その先は植栽が植わっていて歩道に入れないのです。
おちゃめですね。
また、道路に端に向かって緩いアールがつけられておらず、
道幅に対して排水口がぜんぜん足りていないので、
雨が降ると道路は字義通り海のようになります。
効率と合理性を追求しているようでいて、
結果はこうなんですよ。

cn_erenhotstreet03.jpg

とまぁ全体的に観るべき場所もなく、殺風景な計画都市なのですが、
中央部にはこんな風に商店や飲食店の並ぶ界隈があります。
ここに来れば旅人の要は一通り揃っています。

cn_restaurant02.jpg

僕たちが入ったのはこんなモンゴル&チャイニーズレストラン。
画面左側に書いてあるのがモンゴル文字です。
スタッフもほとんどモンゴル系チャイニーズでした。

cn_ramtomatostew.jpg

なるほど当然のことながら、それは食文化にも表れています。
これはトマトの入ったビーフシチュー。
スパイス感はまったくありません。
濃厚な肉の旨味とトマトの酸味が楽しめます。

cn_ziaozu06.jpg

で、餃子ですよ。
完全に変わっていました。
皮と大きさこそ同じですが、
中身はラムの荒いひき肉と玉ねぎ、塩程度のシンプルなもの。
中国というよりカザフスタンのマンティに味はそっくりです。
でも食べ方は醤油、酢が出てくるハーフ中華スタイル。
なるほどね〜。この変化は予想通りでした。

cn_erenhotbusstation02.jpg

さて、昨日着いたバスターミナルに戻ってきました。
今度は入り口を入って右側にある国際線待合室。
建物は新しくてピカピカですけど、
ウランチャブのように売店や飲食店はありません。
事前に別の場所で腹ごしらえし、
水などの調達も済ませてから来た方がいいですね。

cn_erenhotbusstation03.jpg

ターミナルの裏側には国内線のバスがたくさん停まっていました。
ザミンウードまでしか行かない国境を越えるだけのバスは、
行き先が書いていない車両だったので、事前に乗る人を見つけ、
後に付いていった方が確実です。
もちろん乗り込む前にチケットを見せて確認するのも忘れずに。

僕らがバスに乗り込もうとした矢先、強烈な雷雨がやってきました。
これが不吉な前兆でなければいいのですが。
ま、うまくいけば1時間半後には国境を越えて、
モンゴルのザミンウードに着いています。
時刻は13時30分。
バスは定刻に出発しました。

__________________________________

さて、この旅も現地最終日となりました。
今日はウランバートルで最大の市場、
ナラントールザハとその周辺で取材の仕上げを行います。

いやぁ、いつにもまして、今回の旅も密度の濃いものとなりました。
日本ギョーザのルーツ、モンゴル料理と中華料理の関係、
それだけではなく、社会主義とは、遊牧民と農耕民の違いとは、
民族のノンバーバルな行動様式とは、国境とは、
それから僕らの国、日本がかつて戦った戦争とは。
実にさまざまなことを考えさせられ、
目の前の現実から教えられる日々でもありました。
その個々のお話は、またあらためてしたいと思っています。

明日はアーリーチェックアウトして、
7時45分発ミアットモンゴルOM501便で帰途につきます。
予定通り行けば日本時間13時40分には成田空港に到着しているでしょう。

それでは次は梅雨の東京から!

to be continued...

えーじ

__________________________________

「ちょ、ちょっと待って!
 あたしもブログ書いたから打ってよ!」
「え? 今しがた丁度まとめたばかりなのに」
「いいじゃない、せっかく書いたんだから。
 読者さんたちだってあたしのブログの方が読みたいはずよ」
「・・・? まったく・・・もう少し早く原稿出してよね」
「えーじ速いから、ちゃちゃっと打てるでしょ?」
「はいはい・・・」

というわけで、
遅ればせながらともこさんが現地からお伝えします。

__________________________________

ともこです!

今回の旅は移動が多かったこともあって、
いつも以上にあっという間に感じました。
料理の、特にギョーザについての取材はもちろんですが、
私にとっての収穫は、旅人としてひとつ成長できたかな? ということ。

世界は広くて、
違う価値観があるのが当たり前と思える自分であり続けたいと、
あらためて思いました。

__________________________________

・・・? もういい? 終わり?
じゃ、アップロードしちゃうよ。

まったくもう・・・

それでは次は本当に東京から!

えーじ
posted by ととら at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月29日

第18回取材旅行 その9

昨夜は、
テレルジのツーリストキャンプで遊牧民が使うゲルに泊りました。
ザミンウードからモンゴルに入国して以来、
たびたび目にしていたのですが、
入ってみたのはこれが初めてです。

中が思ったより広くて驚きました。
テントそのものは登山ライダー時代にさんざん使っていましたから、
その感覚の延長で考えていたのですが、
可動式とはいえ、あれはもう『家』ですね。
中央よりであれば中で大人が立ち上がっても上に余裕がありますし。
居心地はとても良かったです。

さて、今日はお約束のビジュアルレポート。
今回も盛りだくさんでしたから、まず中国編は、
ハルビンから北京までと、
内モンゴル自治区のウランチャブからエレンホトまでを、
分割してお見せします。

それでは行ってみましょうか!

cn_air02.jpg

成田空港の第3ターミナルは空港というより、
フェリー乗り場やバスターミナルのような雰囲気でした。
すべからくLow Cost なのですね。

cn_air01.jpg

ハルビンまでのフライトタイムはたったの2時間50分ですから、
ひと眠りする間もなく、気が付けば飛行機は高度を下げ、
眼下に広大な農地が広がっていました。

cn_harbinstation.jpg

ハルビンは中国最北の都市とはいえ、
州都でもありますから規模が大きいですね。
駅ひとつとってもご覧の通りの大きさです。

cn_chuoutaigai02.jpg

ハルビンにおける取材の中心はその名も中央大街(キタイスカヤ)。
もともとロシア人が作った街なので、古い建物が残っているこのエリアは、
どことなくヨーロッパの香りがします。

cn_chuoutaigai01.jpg

平日にもかかわらず、たくさんの人出で賑わっていました。
観光客の内訳はほとんどが中国人。
雰囲気が他の都市と比べてまったく違いますから、
国内旅行の名所なのでしょうね。
日本で例えるなら函館、横浜、神戸、長崎あたりかしらん?
一見して外国人とわかる観光客はまったくと言っていいほど、
見かけませんでした。
バックパッカーに至っては、北京に至るまで、
ハルビン、長春、瀋陽間でゼロ!

cn_streetpainters.jpg

中央大街にはさまざまな露天商が並んでします。
それぞれを冷かして歩くのはとても楽しいのですが、
ちょっと目を引いたのが『肖像画』屋さん。
たくさんの画家がずらっと並んでお客を取っています。
お〜、なかなかいい腕じゃないですか。
「ともこも描いてもらったら?」
「あたしはいい!」だって。
値段は格安なんですけどね。

cn_car.jpg

この辺りは日中戦争以降、関東軍が暴れまわったところなので、
70数年経ったとはいえ、対日感情はどうなのかしらん?
との心配は、少なくとも僕たちの旅に関してなら無用でした。
たとえばその一例がこれ。偶然目にしたものなのですけどね。
日本のような結婚式が一種のトレンドになっているのかもしれません。
それにしても横文字を漢字に変換する中国人のセンスって最高ですよね!
ドアに書かかれている文字にご注目を。
『熱線』ってなんのことだか分かります?
Hot Lineの当て字なのですよ。そしてその前に『幸福』ってあるでしょ?
だから Happy Hot Line! いいねぇ〜、こういうの!

cn_market01.jpg

翌朝はさっそく市場に出かけてみました。
食材の多様性にはほんと驚かされます。
単純に種類が豊富なだけではなく、発酵、乾燥、燻製、塩漬けなど、
さまざまな保存調理技術が駆使されています。

cn_market02.jpg

こういうところは本来半日くらい時間をかけて、
じっくり調べたいのですけど、
いかんせん言葉が通じませんし、なにより相手は仕事中ですからね。
そうそう、市場周辺には必ず『美食城』ってのがあります。
さて、幸福熱線の要領で何の意味か考えてみて下さい。
答えは・・・『フードコート』!

cn_harbinnight02.jpg

ハルビンでもう一カ所、取材したのは老舗の飲食店が残る、
『老道外中華バロック地区』と呼ばれる街。
なるほど、半世紀以上の時間をタイムスリップしたような路地が、
まだ残っていました。
そしてそこには100年以上の歴史を持つ飲食店もあります。
ここで食べた餃子は今回の取材における大きなヒントになりました。

cn_harbinnight03.jpg

ほら、ちょっと門をくぐった横丁には、こんな場所もあります。
なんかノスタルジックですね。

cn_nikten.jpg

ハルビンでは外国人が多いせいか、こんな料理もありました。
ブタの薄切り肉での天ぷらに甘酢をかけた『肉鍋包』なる一品。
なんでも中国人のコックさんが外国人にウケるだろうと考えた物とか。
しかしながら結果はローカルのお気に入りなったとさ。

cn_harbinnight01.jpg

僕らが泊まったホテルの近くには、
これまた1907年に建立された聖ソフィア大聖堂が残っています。
『お国柄』もう使われていませんけど保存状態は良かったです。

cn_chongchunstation.jpg

場所は変わって長春駅。ハルビン駅をさらに大きくした威容です。
社会主義の建物ってなんかこう威圧的なんですよね。

cn_hotel01.jpg

今回、中国における僕らの平均宿泊費は日本円にして2,500円前後。
そんなシケた話を前にしましたけど、
シケてるのは僕らの懐事情の方で、
この予算でも中国では十分しっかりしたホテルに泊まれます。
これは長春でお世話になったホテル。
レトロないい雰囲気でしょう?

cn_hotel02.jpg

これは瀋陽で泊まったタワービル内の23階にある部屋。
いかがです? ちゃんとしているでしょう?
どこも部屋はとても良かったです。
しかしフロントのスタッフは共通して、
『挨拶なし、スマイルなし、お礼なし』のなし3連発.
でも怒っているんわけじゃないんですよ。
ま、この辺もいずれ回をあたらめてお話しましょう。

cn_travelersstreet.jpg

長春以降の街は、造りががらっと中国らしく変わりました。
このごちゃごちゃ感が僕らは大好きです。
たとえば駅の近くにある安宿街。
よく見ると『招待所』って書いてあるでしょう?
これが日本円で1000円以下で泊まれる木賃宿です。

cn_adultshop.jpg

こうしたうさん臭い場所にはご覧のようなのもあるんですよ。
さぁ、ここでも当て字の練習です。
『保健品』ってなんだか分かります?
え? 薬局? ハズレ〜!
じゃ、ヒントね。中央に『夜色成人』って書いてあるでしょ?
そう、これは『大人のおもちゃ屋』なのです!
しかし驚いたのはその造り。
店が明るく、しかもガラス張りなので、
中で商品を物色している姿が外から丸見えなんですよ。
しかも、店員さんは年若い女性!
日本的感性なら、ここで買い物するのは罰ゲームになるかも?

cn_restaurantreserch.jpg

おっと、わき道にそれてばかりじゃいけません。
そろそろお仕事の話もしなくちゃ。
僕らの取材する店の探し方は、
ガイドブックやネットよりも旅人の野生の勘が頼り。
こんな風に横丁をぶらぶらしていると・・・

cn_restaurant01.jpg

お、なんか良さそうじゃないですか?
餃子を前面に謳ってもいるし。
中は小ぎれいでローカルがたくさんいます。

cn_tomokobeer.jpg

って、おいおい!
「おつかれさま〜」はまだ後でしょ!

cn_ribpotato.jpg

ほら、油断しているからこうなるのさ。
今回の取材で意表を突かれたのが中国の料理の量。
たとえばこれ、スペアリブとポテトの煮込みなんですけどね。
ともこの掌と比べて頂ければお分かりのように、
どう見てもパーティーサイズ!
でも、餃子ばかりを食べ続けるのはつらい。
せめて一皿くらい違う味のものが食べたい。

cn_ziaozu04.jpg

さて、中国におけるミッションの本題に入りましょう。
ハルビンから南下しつつ、長春、瀋陽、
北京の餃子を胃袋の限界まで食べ続けて比較したところ、
驚きはなんと一発目で来ました。
これ、ハルビンで食べた餃子(ジャオズ)のひとつなのですけどね、
皮が『もちもち』じゃなくて、『つるん』としているのです。
餃子というよりワンタンに近いと言ってもいいくらい。
これを焼いたら日本のギョーザに近いんじゃないかな?

cn_ziaozu03.jpg

なんて言っていたらありました。
これまで『中国では基本的に餃子は焼かない』が定説化していましたけど、
『煎餃(センジャオ)』と称し、
かなりの頻度でメニューにあるじゃないですか!
しかしここで早合点は禁物です。
ご覧の通り、日本のギョーザとあまりにも似ているということは、
逆輸入文化の可能性も考えられます。
この辺はもう少し慎重に掘り下げてみなければなんとも言えません。

cn_ziaozu05.jpg

これは長春で食べたもの。
大きさ、形はハルビン型ですが皮に明らかな変化が見られます。
そう、『つるん』ではなく『もちもち』になっているのですね。
それにしても困るのがこの量。
これもともこの掌と比べてみてください。

cn_ziaozu01.jpg

そして瀋陽タイプ。
形がやや小型化し、僕たちがかつて北京で食べたものと、
ほとんど同じになりました。
ん〜・・・ということは、日本のギョーザに最も近いのは、
ハルビン型ということになります。
しかしここでも即断は早計です。
なんといっても伝播したと考えられる時期から、
半世紀以上も経過しているのですから。
あ〜、タイムマシンが欲しい!
マジでデロリアンを買おうかしらん?

cn_ziaozuseosoning.jpg

ここまでの写真では皮の違いを述べてきましたけど、
共通点もあります。
何度も餃子を食べて分かった公約数は、
中身のベースが『豚ひき肉、ネギ、しょうが、ごま油、塩』であることです。
もちろん餃子にはさまざま具のバリエーションがありますが、
どこの店でもあるベーシックな中身は、上の5品なのですよ。
で、日本のギョーザに欠かせないニンニクはどこへ行ったのか?
その答えが上の写真です。
中身には基本的に入れません。好みの外付けなのです。
つまり食べ方の公約数は、
『酢、醤油、ラー油、ニンニクのみじん切り』だったのです。

cn_wantan.jpg

この文脈では長春で興味深い発見がありました。
ギョーザのバリエーションとして分化したといわれる、
ワンタンのミッシングリンクと思しきバージョンがあったのですよ。
どうです、このボリューム。
長春ではワンタンというと、
まるでハルビン型餃子をそのままスープで茹でたようなバージョンが、
一般的になっていました。
日本式のカテゴリーであれば、これは水ギョーザになるのかもしれませんが、
中国では茹でた餃子を『水餃(シュイジャオ)』と呼んでいます。
一説によるとスープ入り餃子は『湯餃(タンジャオ)』ということもあるそうですが、
今回の取材でそうした表記は一度も見かけませんでした。

cn_njghttrain.jpg

さて、北京から夜行列車で内モンゴル自治区のウランチャブへ移動です。
で、先日お話しましたようにロマンチックな夜行寝台列車の現実がこれ。
このグチャグチャ感、朝の光景ではないのです。
乗りたてでこの状態。寝具の交換も掃除もなしで Let's Go!!

それでもいいのです。
寝転がっていれば、明朝5時半前にウランチャブ着いているはずですから。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月27日

第18回取材旅行 その8

「ホテル見当たらないね。住所が間違ってるのかな?」
「いや、ここで間違いないと思うけど」
「あれ? ユニークモンゴリアじゃなくて、
 ウインドウホテルって書いた看板があるよ」
「OK、じゃあ、そのホテルのフロントで訊いてみるよ」

建物に入るとすぐ左側にオフィスがありました。

ん? ここがレセプションなのかな?

小さな部屋の中はチェックインカウンターがあるわけではなく、
どう見てもただのオフィスにしか見えません。

ん〜・・・英語は通じ・・・ないだろうな。
ま、ダメもとで訊くだけ訊いてみよう。

「サイバイノー(こんにちは)」

挨拶だけモンゴル語でして僕は部屋に入ってみました。
中には若い女性が二人。

「すみません、
 Unique Mongolia というホテルを探しているのですが、ご存知でしょうか?」

二人は顔を見合わせています。

やっぱりダメかな?

しかし僕が印刷しておいたホテルの予約確認書を見せてみると、

「ここにはありません」

たどたどしいけれど、英語で回答がきたじゃないですか!

やった、話ができる!

「ではこのビルの住所は、
 railway district, Bayangol building 6, #69 Bayangolですか?」
「はい」
「おかしいですね、このホテルの住所もここになっています」
「電話番号は分かりますか?」
「ここにあります」
「では電話してあげましょう」

親切だね!

「・・・・電話は通じません」
「ということは、このホテルは存在していない?」
「少なくともここにはありません」
「ご親切にいろいろとありがとうございました」

「なんだって?」
「このホテルはもうないと思う」
「え〜っ! だって予約が取れているんでしょう?」
「ああ、でも予約サイトシステムの自動回答だよ。
 人間とやり取りしたわけじゃない」
「どうするの?」
「プランBだ。とりあえずここの3階にある Window Hotelへに行ってみよう」

僕たちが薄暗い階段を上がると、
Reception と印刷されたボロボロの紙が壁に貼ってありました。
見上げた先の廊下は照明も点いておらずゴミが散らかり放題。
奥に埃にまみれたカウンターが寂しく待っていました。
しかも誰もいない・・・というか人の気配すらありません。

「こんにちは! 誰かいますか?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「こんにちは! ここに誰かいますか?」

僕が大きな声で2度言ったあと、
フロントの横にあったドアがゆっくり開き、
出てきたのは明らかに寝起きの若い男性。
彼は視線をそらし、無言のまま僕の前に立っています。

「2人用の部屋は空いていますか?」

彼は眠そうにあくびをすると振り返って奥の方へ歩き始めました。

「ともこはここで待ってて」

薄暗い廊下は2カ所で分岐しており、
ドアが開けっぱなしの部屋の中に数名の男性の姿が見えました。
外国人ではありません。宿泊客風にも見えない。
その少し先で立ち止まった彼は、何も言わず別の部屋のドアを開け、
中を指さしました。
それはさながら廃業して、
数年放置されたままのホテルの部屋といえば近いでしょうか。
トイレは駅並みの汚れようで床には髪の毛がべったりとついたままです。

こりゃ、ジャンキー宿か?

僕はにっこり笑って「バイラルラ(ありがとう)」

「どうだった?」
「プランCだ。今すぐこの建物を出よう!」

僕らは足早に外へ出て、日陰で地図を広げました。

この辺は同じような安宿ばかりだ。
駅前に戻ってもう少しまともなところを探すしかないか。

そこへ突然、

「どうしましたか?」

と後ろから日本語が・・・
驚いて振り返ると若いモンゴル人の男性が立っています。

「やぁ、こんにちは。日本語が話せるのですか?」
「ええ、少しですけど。ウランバートルの日本語学校で勉強しています」

怪しそうな気配がなかったので、僕は事情を話してみました。

「え? それは変ですね。僕が訊いてきてあげましょう」

もうプランAはないものと考えていましたが、
移転した可能性もあるのでお願いしてみるのも手です。
しかしほんの数分で階段を下りてきた彼はしかめた顔の前で片手を振り、

「ここはダメです! 他に行った方がいい!」

そのとおり。

そこでもう一度駅まで戻り、まともそうなホテルで料金と部屋を確認し、
ようやく昼前に僕らはバックパックを下ろせたのでした。

毎度ながら、いろいろ起こります僕らの旅。

でもこれくらいはよくあることなのですよ。
中には今回、より深刻なトラブルに遭った旅人たちもいました。

たとえば僕らが中国モンゴル国境を越えようとしていた時、
同じバスに乗っていた若いモンゴル人と思しきカップルが、
よりによって中国側で止められてしまったのです。
彼女のパスポートに何らかの問題があったようで、
しばらく別カウンターで質問を受けていたと思ったら、
そのまま別室に連れて行かれてしまいました。
困ったのは先にイミグレーションを通過してしまった彼氏の方です。
出国しているので逆戻りはできませんから、
モンゴル側から連行される彼女の後姿を見つめるばかり。
僕らも心配してバスで待っていたのですけど、
結局、彼らを残したままバスは出発してしまいました。

その後、二人がどうなったのか、知るすべもありませんが、
無事、モンゴルに入れたことを願ってやみません。

今日のウランバートルは曇り。
気温は12度前後で薄手のジャケットがないと寒いくらいです。
僕たちがアドリブで選んだ駅前のホテルは、
少々部屋が傷んでいるものの、周囲にローカル食堂もいくつかあり、
2日間の滞在なら十分でしょう。

明日は昼からテレルジという郊外の村に移動します。
いま写真をまとめていますので、
ビジュアルなレポートはもうちょっと待っていて下さいね!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 19:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月26日

第18回取材旅行 その7

この旅も折り返し。

僕たちは昨日、予定通り中国とモンゴルの国境を越えて、
ザミンウードに着きました。

どこの国を問わず、
陸路での国境越えは何かとトラブルがあるものですけど、
ここで悪名高いのが中国、モンゴル人以外を狙った『おいてけぼりタクシー』。
これはザミンウードまで20元前後の安値で行くと言いつつ、
4キロメートルほど先の中国イミグレーションで引き返してしまうという手口。

徒歩での越境は許されていないため、おいてけぼりにされた旅人は、
そこからモンゴル国境、そしてその先のザミンウードまで、
またあらたに交通手段を確保しなくてはなりません。
これは日本人だけではなく、
各国のバックパッカーが被害にあっているようでした。

そこで僕らが選んだのがエレンホトからザミンウードまで行く国際バス。
正確な情報があまり見当たらなかったので、一連の流れをメモしておきますね。
______________________________________

2019年6月24日現在、エレンホト→ザミンウード間の国際バスのタイムテーブルは、
11:30 13:30 15:30 の1日3便。

チケットはエレンホトバスターミナルに入って正面にあるチケットカウンターで、
当日以外のチケットも購入できます。(僕らは前日にゲット)
料金はひとり40元(約630円)。購入時にはパスポートが必要です。

次は13:30に出発した場合の全体の流れです。

13時までにはエレンホトバスターミナル入って右側の国際線待合室に行きましょう。
そこで他の乗客に声をかけ、ザミンウードへ行く人を特定しておきます。

13:25ごろドライバーが呼びに来ますが、
聞き取りにくい早口で地名を言うだけですから、
さっき声をかけた人が動いたら一緒に行きましょう。

バスには『扎门乌コ(ザミンウードの中文)』等の行き先表示はありません。
ここでバスナンバーをメモしておいて下さい。
大きなバックパックなどはバス側面のトランクスペースに入れます。
中はかなり汚れているので必ずザックカバーをかけておきましょう。

バスはフリーシートです。
発車直前にドライバーが乗ってきてチケットを確認し、
乗客の数を数えます。そしてほぼ定刻に出発。

15分ほど北北西に向かって走り、中国側の国境に到着します。
ここからの写真撮影は控えて下さい。
虹のアーチを過ぎたところで停車し、警察が乗ってきて人数確認を行います。

そこから3分ほど走ると真新しいイミグレーションの建物の前に着きます。
バスを降りて荷物を持ちイミグレーションの建物に入ってください。

イミグレーションブース前で出国カードを記入します。
搭乗便名に先ほどメモしたバスナンバーを記入してください。
出国審査はパスポートと出国カードを提出するのみで質問はありません。
ブース正面のパネルで出国審査についての5段階評価を訊かれますが、
まぁ、これは感じたままに評価すればいいでしょう。

建物を出ると正面の道路で乗ってきたバスが待っています。
ドライバーが全員揃ったか確認するとバスはすぐ発車します。
1分ほど走ったところで停車し、
中国の警察官が出国スタンプを確認するために乗車してきます。

これで中国の出国が終わりました。
次はモンゴルの入国です。

5分ほどバスで移動しトールゲートのようなものを通過すると、
すぐモンゴルイミグレーションに到着します。
バスを降りて荷物をすべて持ち、
モンゴルイミグレーションの古い建物に入りましょう。
入り口で入国カードを記入し、そのままイミグレーションカウンターへ並びます。
中国側と同じくパスポートと入国カードを提出するだけで質問はありません。

カウンターを抜けるとすぐ右側に両替所があるので、
混んでいなければ残った人民元をトゥグルグに両替することができます。
(バスはゆっくり待ってくれないので混んでいたらパスしましょう)
この時、パスポート、バンクレシート等の提示は求められません。
そのかわりレシートの発行もなし。

イミグレーションの裏手で待っていたバスに乗ります。
すぐにモンゴル警察が出国スタンプを確認するために乗り込んできます。
1分ほど走ったところで、
再びモンゴル警察が出国スタンプを確認するため乗り込んできます。
ダブルチェック体制ですね。

さぁ、これで Welcome to Mongolia! です。

5分ほどまた北北西に走り、ザミンウード駅の脇で降ろされて終了。
トータルで約1時間30分。

これはあくまで僕たちの1回だけの経験なので、参考までにして下さい。
偶然、バスもイミグレも空いていたため全体的にさらっと進めましたが、
ナーダム等で国境が閉鎖される前後は大変混みあうと思います。
事前に最新の情報を可能な範囲で収取し、
時間的な余裕をもって国境を越えて下さい。
______________________________________

国境を越えると街の雰囲気が、がらっと変わりました。
その一番大きな要素は街の作りや建物、文字表記ではなく・・・

人です。

この辺はちょっと長くなりそうなので、またあらためてお話しますね。

ザミンウードはエレンホトに比べても小さな街。
僕たちは駅前の食堂で初モンゴル料理に舌鼓を打ち、
18:03発の夜行列車でウランバートルへ。

やれやれ、なんとか無事に国境を越えたな・・・

ひと汗かいた疲れも、
広大な草原に沈む夕日を見ていたら忘れてしまいました。

ああ、これを読んでいるあなたともシェアしたかったな!

この旅は、この一瞬のためだけでも来た意味があった。
そう思えるほど、美しい光景だったのですよ。

さて、今朝8時45分。
ほぼ定刻にウランバートルに到着した僕らは、
駅舎内の軽食堂でインスタントコーヒーとパイの朝食を摂りながら作戦会議。

そこでまず予約しておいたホテルへチェックインしてシャワーを浴びた後、
近くの市場を取材することに決めました。

今夜のホテルは、
ウランバートル駅から東へ400メートルほど行ったところにあります。
分かりやすい場所なのでGPSもいらないでしょう。

「あと100メートルくらい先の右側だよ」
「昨日の夜も最初は蒸し暑かったね。汗かいちゃった。
 早くシャワーを浴びたいな」

「・・・ん〜・・・この辺なんだけどな」
「なんていうホテルだっけ?」
Unique Mongolia

ともこがきょろきょろしています。

「ねぇ、ホテルらしい看板もないよ」
「ああ、なんか変だ・・・」

イヤな予感がしてきました。

to be conntinued...

えーじ
posted by ととら at 20:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月25日

第18回取材旅行 その6

「ねぇ、なんか変な臭いがしない?」

ウランチャブから乗った長距離バスは明らかに中古の、
いや、多分、中古のそのまた中古の年季もの。
喫煙率の高さからか、車内禁煙にもかかわらず、
ハイティーンのころにバイトで乗った、
運送屋のトラックとそっくりな臭いがします。

「そうじゃなくて、もっとなんか汗臭いというか、
 なま乾きの下着というか・・・」
「ともこ、それは車じゃないよ」

車内はエアコンがなく窓も開かない上にほぼ満席ですから、
かなり蒸し暑い状態が続いていました。

「臭いのは僕たちさ」
「え? えーじが臭いの? くんくん、あ、ホントだ!」
「じゃなくて、僕たち!」

そう、僕らが最後にシャワーを浴びたのは一昨日の夜のこと。
昨日は早朝から酷暑の中を移動した上に、
夜はまた蒸し暑い夜行列車で一晩中揺られ、
そして降りたと思ったら、また缶詰バスの中に5時間半。
着替えもしていないのですから、『この状態』もしょうがないのですよ。
(おまけに僕は無精ひげが伸びて少々ワイルドな顔つきに)

そんなわけである意味、非常にバックパッカーらしい風体で、
僕たちは雨上がりのエレンホトバスターミナルに降ろされたのでした。

こんな時の僕らは、とても単純な行動をします。
まず腹ごしらえ。
もちろん取材も兼ねなければなりませんが、
ほとんどの場合、最初に目に入った店に飛び込みます。
なにせ長距離移動中はいつトイレに行けるか分からないので、
腹6分目程度までしか食べていませんし、
場合によっては水もあまり口にしていませんから、
もうお腹ぺこぺこ&脱水症状寸前。

お腹が落ち着いたら宿にチェックイン後の熱いシャワー。
これがたとえようもなく気持ちいい!
汗を流して、髪を洗い、きれいな服に着替えると、
ようやく人間に戻ったような気がします。

ふ〜・・・

さて、僕たちが今いるのは中国側の国境の街エレンホト。
ガイドブック上の情報も薄く、
到着してすぐ国境を越えるために素通りしてしまう旅人が多いからか、
事前の情報収集には限界がありました。
そこでざっと、どんなところかお話するとですね・・・

ここはもともと古い町があったわけではなく、
中国とモンゴルの国境が定められたがゆえに作られたのか、
ハルビンと同じく典型的な社会主義仕様の作りです。
とにかく道路も建物も交通量や人口と比較して不必要に大きい。
たとえば1ブロックの1辺が場所によっては500メートル以上ありますし、
ちょろちょろの交通量にも関わらず『細い』路地でさえ片側2車線は当たり前です。
ふつうは片側3車線ですからね。
まぁ作るだけならいいのですが、こんな巨大な造りにしてしまうと、
維持管理が大変ですよ。
で、やっぱり予算も人手も足りなくなったのか、
そこかしこが痛んだまま放置されている。

そうした光景と言えば、エレンホトも長春、瀋陽で見たのと同じく、
廃業して長らく放置されたテナントや、
無残な姿をさらした廃ビルが目につきます。
営業中のホテルですらメンテナンスは全然手が回っていません。
日本で言うと寂れた温泉街のホテルみたい。

でも団結路と錫林街の交差点付近には飲食店が集まり、
それなりの活気が感じられました。
駅前やバスターミナル周辺に旅人の用に応えるものは殆どありません。

宿泊する場合、バックパッカー流に『歩いて探す』は、先にお話しました通り、
エレンホトは街の作りが大きいので現実的ではないでしょう。
なるべく事前に予約した方がいいと思いますが、
Expedia や booking.com にエントリーされてるホテルは1軒もないので、
中華系サイトの trip.com がいいかもしれません。
飛び込みだと料金がだいぶ高く設定されています。
(僕らが今いるパシフィックインターナショナルホテルは、
 ネット予約だときれいなダブルルームが朝食付きで約2,800円ですが、
 飛び込みだと6,500円以上になってました。
 ここはバスターミナルや飲食店街にも近くてとても便利です)
また急に泊まることになった場合は、
バスターミナルに隣接しているホテルがコストと使い勝手の面でいいでしょう。

人種はあきらかにモンゴル人が多いです。
よく聞いていると中国語よりモンゴル語の方が聞こえてきますし。
そもそも体格と顔つきが変わるのですぐに分かります。
あ、僕らは中国人と間違われますね。

治安は良好です。
これは今回、訪れた他の街にも当てはまりますが、
危険な臭いを感じたことは1度もありませんでした。
それより気を付けていたのは制服組の存在です。
いや、彼らが悪行を働いているという意味ではなく、
僕たちとは社会思想が根底から違うので、
日本でならまったく問題のない行為が犯罪とみなされるケースがあるからです。
たとえば駅、空港などで写真を撮るのはやめた方がいいですし、
GPSのような計測機器を持ってうろちょろするのもリスキーです。
いずれも『スパイ容疑』で逮捕される可能性があるといわれています。
いたるところに監視カメラがあるので、警察官の姿が見えないからといって、
冒険的な行動をするのも慎んだ方がいいでしょう。
そんな訳で僕も今回、あまり1眼レフカメラを出して使っていません。
こうした地域で行動する場合の基準は、
『周りの人がやっていないことはしない』が一番確実です。

さて、今日はいよいよモンゴルへ入ります。
国境を越え、反対側の街、ザミンウードへ行くバスの出発時刻は13時30分。
前情報によると、なかなかワイルドな行程になりそうです。

そして18時。
ザミンウードから再び夜行寝台列車でウランバートルへ。

え? また臭くなるのかって?

ん〜・・・
それは国境を越えるときにかく汗と冷や汗の量次第でしょう。
予定通り行けば、24時間後にはウランバートル駅に着いているはずです。

天気は晴れ。

さて、そろそろ準備を始めますか。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月24日

第18回取材旅行 その5

はぁ〜・・・疲れたぁ!
やっぱり夜行寝台と長距離バスの乗り継ぎはしんどいの〜。

え?

あ、・・・すみません。
ほっとしたので、つい本音がポロリと出てしまいました。
これじゃ話が分かりませんよね?

では時間を昨日に巻き戻して・・・
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今は6月23日17時20分。
僕たちは北京西駅の構内待合室にいます。

瀋陽からの移動は予定通り行きましたが、
北京のあまりの暑さに王府井まで歩いての取材はあっさりパス。
気温は33度となっているものの、
体感的には35度をゆうに超えているような気がします。
加えて日影がありませんからバックパックを背負って歩いているだけで、
10分もすると頭がくらくら・・・
湿度の低さが救いですけどね。
そんなわけで取材は駅の近くの餃子屋でお茶を濁し、
早々にここまで来ました。

場所にもよりますけど駅の中は別世界。
ここはハルビン西駅や長春西駅以上に巨大なだけではなく、
さすが10億人を超える人口の国の首都だけあって、
ものすごい人出です。

ウランチャブへ向かう夜行寝台列車の出発まで、
まだ4時間くらいあります。
僕らはあまりひと気のない隅のベンチに陣取り、
ブログを書いたり取材ノートをまとめていたりしています。
ともこは広大な構内の探検に出かけて行きました。
僕らの旅ではよくある、こうした空白のような待ち時間。
けっこう好きなんですよ。
日本ではまずあり得ませんからね。
時間があるというのは本当に贅沢なものです。
_______________________________

日付が変わって、今は6月24日(月)7時02分。
僕たちは内モンゴル自治区にあるウランチャブのバスターミナルにいます。
北京西駅をほぼ定刻に出発した夜行列車は、
これまたほぼ定刻の5時20分にウランチャブ南駅へ到着しました。

夜行寝台列車の旅。

こういうとなんか素敵でしょう?
でもね〜、ととらの旅ですから。

中国における2等寝台の現実とは・・・

上半身を起こす高さもない3段ベッドでした。
日本の押入れを想像していただければ当たらずとも遠からず。
ま、これくらいなら今までもありましたけどね。
驚いたのは、その寝台の状態。
多分、使いまわしのまま、数日は掃除も何もしていないでしょう。
寝具はぐしゃぐしゃ、そこいらじゅうがゴミだらけ。

ま、それでもいいのです。寝転がって行けますから。

気になっていたのは居心地より『眠れるか?』でした。
こと音に関して中国の人は驚くほどの耐久力をもっていますから。
たとえば、駅中のベンチで演説が始まったのか?
と思いきや携帯電話で話しているだけ。
今度はオペラ歌手たちのチャリティーコンサート?
いえいえ、ただ2、3人で立ち話しているだけ。

それなら今夜の車内はどんな出し物が始まるのかな?
と横になったら、消灯した途端、みんないい子に寝始めました。
そこで僕らも断続的に温度差や外からの光、人声で起こされつつも、
意外としっかり眠れたのです。

到着して車外に出ると、まず驚いたのが肌寒さ。
北京の酷暑がウソのようで18度くらいしかありません。
それもそのはず、ここは北京より北にあるだけではなく、
約1370メートルも標高があるのですね。
街の様子も微妙に変わり、
各種の文字表記が漢字とモンゴル文字の併記になりました。
ん〜、梵字にも似た独特な字形です。

さて、ウランチャブでのミッションは、
エレンホトまで行くバスチケットをゲットすること。

5時40分。
駅の斜前にある長距離バスターミナルまで行くと、
まだシャッターが閉まっていました。

6時になってターミナルは開きましたが、
今度はチケットブースが無人のまま。
さらに40分待ったところで、ようやく職員さんたちの登場です。

さぁ、僕がなぜ出発前に中国語の特訓をしていたか、
実はすべてこの時のためだったのです。
北京ですら通じなかった英語が、
この内モンゴル自治区で使えるわけがありません。
しかもちょっとした挨拶や「ギョーザ下さい」みたいな簡単な話でもない。

順番が来た時、僕はひと呼吸おいて話し始めました。

「ゾウシャンハオ! ウォ シャン チィ アーレンフォト。
 ウォ メン シィ リャングゥリェン」
(おはようございます。僕はエレンホトに行きたいです。
僕たちは2人です)

どうだ? お、通じたみたいじゃん!

しかし調子に乗ってはいけません。
日付や時間の正確なやり取りまではまだ自信がない。
そこで事前に用意した紙を見せて中国では貴重なスマイルを追加。

すると彼女は頷いて僕が持っているパスポートを指さしたではないですか!

やった〜、成功だ!

出発時刻は8時。
鉄道より3時間半以上早いとはラッキー。
しかも料金は300キロ以上の長距離でひとり約1,341円也。

こうして雨が降るなか走り始めたバスは間もなく街を抜け、
あとはひたすら草原を貫く道をひたすら走り続けました。
モンゴルとの国境はもうすぐです。

しかし、給油で寄ったガソリンスタンドで、
思わぬオチが僕らを待っていました。

それはトイレ。

ギョーザ本の第2章でも書きましたが、
僕の旅の経歴で唯一退散したのがここ中国のトイレ。
それが今回、どこの街でも拍子抜けするくらい、
フツー&キレイになっていたのです。

さすがに20年近く経てば変わるなぁ・・・

と甘く見るべからず。
やっぱりこの国は僕の期待(?)を裏切りませんでした。

(注;お食事中の方は食べ終わってからこの先をお読み下さい)

広大なガソリンスタンドの端にあった小屋ぐらいの大きさのトイレ。
外見は殺風景な灰色の箱です。
しかし中は・・・

何もありません。

壁も、扉も、便器すらも・・・
グレーの陰鬱な空間がぽっかり口を開けていただけ。

いや、よく見るとありました。

10畳ほどの広さの部屋のやや奥よりに、均等になって長方形の『穴』が3つ。

そう、ここは3人用の『トイレ』なのです。

入り口で固まっていた僕を後ろから他の乗客が押して入ってきました。
彼らはそれぞれ、その『穴』の手前に立ち、
男性ならではの方法で小用を足しています。

彼らが立ち去ったあと、僕も恐る恐るその『穴』に近づいてみました。
その穴の下の光景は・・・
(極度にスーパースカトロな光景につき、僕の感性では描写不能です)

小ならまだしも、大を3人でする光景を思い浮かべた時、
僕は別の意味で人口以上に中国の恐るべき底力を感じました。

身震いしながら出てくると、
そこには『女性用』から出てきたともこの姿が。

そうか、女性の場合、小でも話が別だった!

「だ、だいじょうぶ?」

「うん・・・でも、ものすごい経験をしてきた!」

彼女もまた、この件については多くを語りたくないそうで・・・
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こうして遠路ようやくたどり着いた国境の街エレンホト。
そのお話はまた明日・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記