2019年05月24日

ととら流写真術

「それじゃ来月は、その料理が食べられるんですね!」

今年1〜2月に行ったトルコ・エジプト取材旅行から帰って間もなく、
こうしたお言葉を何度か頂きました。

いや、これ、今回に限ったことではなく、
旅の食堂という仕事を始めて9年余、
しばしば頂戴している定番的なご質問なのですけどね。

で、その答えもまた定番でして・・・

「いいえ、5ヵ月くらい先になります」

なんですよ。

なぜか?

料理の完全再現を目指すだけではなく、
安定供給することがいかに難しいか。
その舞台裏は今までも何度かお話してきましたけど、
それはどちらかと言うと、ともこが担当している部分。

これとは別に僕がやっていることもあります。
たとえばそのひとつが・・・

eg_shooting.jpg

え? 洗濯物を干してるのか?

違いますよ!
いや、それも別でやってますけどね。

これはメニューで使う料理の撮影。
ほら、中央下にカメラがあるでしょ?

じゃ、右手で持ってる手ぬぐいはなんだ?

ふぅ、ようやく今回の本題に来ました。
これはレフ板(のつもり)です。

メニュー撮影の良し悪しを決める最大のファクターは、光の当て方。
よく見るとお分かり頂けますように、
バウンス可能な外付けストロボを料理とは違う方向に向けているでしょう?
これはストロボを右に向け、
レフ版で反射させて料理の右側から光を当てようとしているのです。
手ぬぐいの位置で光の角度を、
光の強さは料理と手ぬぐいの距離で調節します。
ととら亭のメニューはすべてこうして撮影しているんですよ。

eg_prototype.jpg

これは先の方法で撮影した、
7月から始まるエジプト料理特集の一品。
おいしそうでしょ?

で、なんで『手ぬぐい』なんだ?

その理由はふたつ。

1.レフ板を買う予算がない。。
2.買ったところで使っていない時の置き場所もない。

とまぁ、相変わらずの、ないない尽くしでございます。
しかし、そんなことでへこたれてちゃいられません。
臨機応変はバックパッカーの身上。
柔軟な発想で、その場で使えるものを流用する。
こうして生み出したのがこの『ととら流写真術』なのです。

もともと持ち歩ける荷物が限定されているバックパッカー。
となると、『それにしか使えない』という、
融通の利かないものはあまり所有しなくなります。
これは僕らの場合、旅先だけではなく日常にも当てはまり、
こうして手ぬぐいがレフ板になったりもするのですね。

ほんと、荷物も持ち物も、できるだけ少ない方がいい。
Simple is best.

eg_tasting.jpg

で、料理撮影の最後はこれ。
撮影が終わった料理は、試食兼まかないになります。
これもまた無駄のない、一石二鳥、いや、三鳥のととら流。

と自慢げに舞台裏をご紹介しましたけど、
タネを明かせば、
乏しい懐具合を知恵と努力でカバーしているだけなんですけどね。

徹頭徹尾、
バックパッカースタイルのととら亭でございました。

えーじ
posted by ととら at 14:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月20日

華麗なチームプレイ

おひとりさま、カップル、友人同士、職場の仲間、そして家族。

お客さまは、さまざまな組み合わせでととら亭にご来店されます。

これは曜日によって偏りが変わり、
特に週末は3名様以上のご家族連れで、
ご来店されるお客さまの割合が増えますね。

そこでいつも思うのは、それぞれのテーブルが、
それぞれのご家庭の食卓を再現しているのではないか?

ということ。

とりわけリピーターさんはよりリラックスされているせいか、
外食用のよそ行きではなく、
素顔の家族の在りようそのものなのではないかしらん?
とさえ思えることも少なくありません。

僕はそうしたテーブルをサーブするのが大好きなんですよ。

先日はこんなことがありました。

来店されたご家族連れは6名さま。
50歳代のご両親に最近では珍しい4人の息子さんとお嬢さんたち。

4人の子供たちをこうして成人するまで育て上げるのは、
さぞ大変だっただろうな。

僕は飲み物をサーブしながらそんなことを考えていました。
たとえば食事ひとつを作るにしても、
お母さんは毎回6人分を作らなければなりません。
しかも日によっては1日に3回も!

しかし、それが杞憂に過ぎなかったと悟るのに、
あまり時間はかかりませんでした。
そう、最も単純な解決方法をそのご家族は見つけていたのです。

僕が次の料理をサーブする前に先の料理の皿を片付けに行くと、
食べ終った食器がすべからく一か所に集められていました。

ん〜? いつのまに?

そしてその疑問が驚きに変わったのは、
次の料理をサーブしに行った時です。
新しい取り皿を手前の方に渡した途端、
さながら強豪のハンドボールチームがパスを回すように、
瞬く間にそれぞれの前へ配りだしたではないですか!

き・・・、君たちはいったい何者だ?

僕は料理を置いてパントリーに戻ってから、
彼らの動きをじっと見ていました。

すると彼らは再び連携して、
あっと云う前に料理を配り終わってしまったのですよ。
しかもその動きには迷いがない。

こ・・・このファミリーは・・・ただものじゃない。

その後も誰かが指示するまでもなく、
殆ど兄弟姉妹間のアイコンタクトですべてが流れて行きます。

僕はこの華麗なフォーメーションを確認するため、
食器がまだ片付け終わっていないうちに近付いてみました。
すると何が起こったと思います?

僕に気付いた兄弟のひとりが皿を集め始めたかと思うと、
F1のタイヤ交換さながらに各メンバーがシンクロして素早く動き、
それこそ数秒でさっきのように、
食べ終った食器が一か所に集められてしまったのですよ。

驚きました。ほんとに。そしてまた納得したのです。

このご家族の両親は、
がんがん指示を出すような専制君主タイプではありません。
とりわけお母さんは物静かでおっとりした方です。
お二人の様子からは、
とても4人の子供たちを育てたという荒業は想像し難い。

しかし、それを可能にしたのが家族全体の協力だったんですね。

たぶん、彼らの阿吽の呼吸からして、
物ごころ付く前から、少しずつ学び合ってきた結果なのでしょう。

お帰りになる際、会計を済ませたお父さんを見送った僕は、
彼の職業が分かったような気がしました。

中学校か高校の先生じゃないかな?
それもなかなか強い運動部の顧問をしている。

なぜなら彼のチームは、
素晴らしいプレイをしていましたから。

えーじ
posted by ととら at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月17日

自分の旅のために その3

火曜日

16時頃、セルフナビのタクシーで帰りついた僕は、
アパートの階段で身も心もゲームオーバー。
そこで待っていてくれたともこに処方箋を渡してダウン。

そういえば22時間以上、なにも食べていませんでした。

しかし、こんな時にも僕は意外と冷静で、
ちょっとした発見があったんですよ。

ストレッチャーの上で点滴を受けていた時、
すっかり気分が良くなると蘇ってきたのが空腹感。
帰り道にラーメンでも食べて行こうかしらん?
とマジで思ってました。

ところが起き上がってめまいと吐き気が戻ってくると、
一瞬でさっきの食欲はどこかへ行ってしまったんですね。

そう、吐き気と食欲は共存しないのです!

え? そんなどうでもいいことを病院で考えていたのか?

はい。

じゃ、話を戻して火曜日の夜。

薬を飲むには、その前に何か食べなくてはいけない。
しかし船酔い状態ではなかなかものも喉を通りません。
それでもせっかくともこが食事を用意してくれたので、
寿司を少々つまみ、薬を飲んだら朝まで気絶。

カイセリの一件を髣髴させる、なんとも長い一日でありました。

水曜日

ぐっすり眠って気分よく起床。
ところが起き上がると同時に戻ってくるのがあのしつこい船酔い。
薬のおかげで昨日ほど酷くはないものの、
仕事に戻るには程遠い状態です。

良性発作性頭位めまい症・・・か・
やれやれ、この症状のどこが『良性』なんだか、
まったくネーミングセンスを疑うよ。
マゾな人だね、きっと。
と、ボヤいたところで始まらない。
まず三半規管に入った耳石をどうやって外に出すかだな。
その方法をから考えよう。

僕は頭を揺らさないようにゆっくり起き上がり、
自分の部屋のPCを立ち上げました。

確かエプリー法っていう体操みたいなのがあったはずだ。

ユーチューブで検索すると、
分かりやすい説明が幾つもヒットしました。
僕は繰り返し見てやり方を覚え、

そうか左の三半規管に耳石が入っている場合は、
顔を左45度方向に向け、そのまま仰向けになり、
頭を水平より下に下げて30秒キープ。
次はそのまま右45度方向に向けて、同じよう30秒キープ。
最後は体ごと左側に傾けて30秒キープ。
そして上半身を起こして終了・・・か。

右の三半規管に耳石が入っている場合は、
この逆をやればいいんだな。
なんだ、簡単じゃないか。

僕は早速スマホにインターバルアプリをインストールし、
インストラクションに従ってエプリー法を試してみることにしました。

左右どっちの三半規管に問題が起こっているのかは分からない。
ってことは、取りあえず両方やっとけば間違いないってことだな。

ではインターバルアプリに時間をセットして開始。
続けて調べたセモン法やローリングマヌーバーもやってみましたが、
昨日、親切な看護師さんが教えてくれたでんぐり返しは、
アパートの襖に穴を開けそうなのでパス。

ん〜・・・どうなんだろう? 効果はあったのかな?
なんかめまいが余計にひどくなったような気もするけど。

暫く仰向けになったまま、船酔いが落ち着くのを待ち、

よし、第2ラウンド、行くぜ!

こうして再びすべての方法を試し、また休んでは試す。
こんな涙ぐましい努力で午前中が過ぎて行きました。

自分で言うのもなんですが、
この一連の行動を客観的に見ていたら、
けっこう笑えたかもしれません。
変ですから。
本人は至ってマジですけど。

あ、傑作だったのはこの病気の予防方法。
ざっと読んでみたらですね、

・運動不足にならないよう心掛ける。
 → おいおい、これ以上トレーニングやったら別の問題が起こるよ。

・長時間の側臥位を避ける(テレビを横になって見ない)
 → いいね、こういう生活を送りたいもんだ。

・骨粗鬆症の予防をする
 → 毎日牛乳を飲んでますし、ヨーグルトも食べてるよ。

・頭部打撲を避ける
 → ああ、これはともこに言っておこう!
 
とまぁ、いまさら言われても困るものばかり。

午後は少し食欲が出てきたので、ともこの差し入れの弁当を食べ、
読書と昼寝で静養していました。

え? 彼女はどうしているんだ?
そうそう、今日はともこのソロステージなんですよ。

木曜日

は〜、よく寝た。頭はすっきり。元気いっぱい。
でも起き上がったらどうだろう?
お、いいね、あんまりぐらぐらしないじゃん。
昨日の努力が実ったみたいだ。
手当たり次第に何でもやったからな。

揺れ具合は大型船でクルージングしている程度になっています。
こうなると吐き気も収まり、食欲が戻って来ました。

僕はコーヒーを温めて軽い朝食を摂り、
普段通りに読書を始めました。

窓から入って来る春の風。
お気に入りの音楽。

あ〜、こうして時間を気にせず本を読むのは本当に久し振りだ。
前は確か・・・
1月に腰部椎間板ヘルニアの痛みでダウンした時だった。
結局こんな風にならないとまともな休みにならないとは。
堅気の皆さま、個人経営の飲食店で独立することだけはやめましょう。

こうして午前中はのんびり過ごし、
午後はまた耳石の取り出し大作戦の再開です。

これ、終わった途端にぱっと効果の出るものではありませんが、
じわじわ良くなってくるところからして、
それなりの効果は期待できるのかもしれません。
事実、夕方には殆ど症状がなくなりました。

どれ、それじゃちょっと試してみるか。

僕はゆっくり、軽く筋トレを始めてみました。
2日半、部屋にこもりっぱなしだったので体がすっかり鈍っています。

お、いいね、まだ少し揺れている気がするけど、
この程度なら無視できる。

時計はそろそろととら亭の閉店時間。
今日もともこがソロでやっています。
彼女の方もだいぶ疲れてきているでしょう。

OK、じゃ、お店に行って、
リハビリがてら片付けを手伝ってみよう。

本日

今は13時40分。
お店のカウンターでキーを叩いています。
朝から体調はよく、ほぼ95パーセントくらい回復したかな?
まだ時々ふわっとした感じが残っていますが仕事に支障はないでしょう。
今日のディナーから現場に復帰します。

いや〜、今回も大変勉強になりました。
この病気は原因の具体的な特定が難しく、
いつまた再発するか分かりませんから、
最悪、医療施設のない地域を旅している時を想定して、
善後策を作って行こうと思います。

結構しんどい症状なのでネット上には悲観的な意見もありますけど、
僕はこうしたことも付き合い方だと考えているんですよ。

そう、自分自身の旅のために。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月16日

自分の旅のために その2

聴覚障害を伴わない急なめまい。
そしてそれは横になると数分以内に消失する。

僕は数年前に、
知人がほぼ同じ症状で苦しんでいたことを思い出しました。

「検索してほしいキーワードはね、『良性発作性頭位めまい症』だよ」

めまいというと、
安静にしていても症状が治まり難いメニエール病が知られていますが、
これには聴覚障害も伴うため、僕の症状とは一致しません。
となると、残りはあれしかない・・・?

「えーじ! 大変だよ! 脳卒中の場合もあるって書いてあるよ!」

こ、怖いことを言うね。

「じゃ、とにかく病院に行かなくちゃ」
「でも歩ける?」
「ん〜・・・今日、別件で行くY病院は内科もあったな。
 でもいつもみたいに自転車に乗るわけにはいかないし、
 バスで行くには歩く距離が長すぎる。
 かと言って救急車を呼ぶほどじゃないしなぁ・・・」
「じゃ、タクシーを呼ぼうか?」
「そうしよう」

しかし電話をかけた数社の配車センターからは、
いずれも出払っていますとのつれない回答。
ようやく5件目くらいで、
15分後に1台回してもらえることとなりました。

そして10分ほどで電話が鳴り、

「えーじ、来たって!」

ところがふらふらしながら外に出るとタクシーがいません。

「どこいっちゃったんだろう? あたし探してくる!」
「待った! 僕が見つからなければまた電話してくるはずだよ。
 ともこはそのまま部屋にいて」
 
5分ほどすると、案の定、電話が鳴り、
迷っていたタクシーがやってきました。

「それじゃ行ってくる。容態が分かったらメールするよ」
「気を付けて!」

「こんにちは。新井1丁目のY病院までお願いします」
「そ、そ、そこまでの道を教えてもらえますか?」

ドライバーは40歳代の男性。
どうしたわけか非常におどおどした様子です。

「では住所を言いますからカーナビに入力して下さい」

「こ、これでいいでしょうか?」

む〜・・・なんでそんな遠回りするの?
仕方ない。自分でナビやるしかないか。

「それでは僕の言うとおりに走ってください。
 まず道なりに右折してT字路に当たったら左折します」

うげぇ〜、よけいに気持ち悪くなってきた!
やっぱり救急車を呼べばよかったかな?

いつも自転車で行く道ですから大した距離ではないのですが、
つっかえつっかえのハンドルさばきのおかげで、
僕は素人が羽生君の、
5回転ジャンプをまねたような状態になってしまいました。

ようやく料金を払ってタクシーを降りると、
病院の入り口がムンクの絵のように見えます。

お、おっとっとっと・・・

何とかまっすぐ歩こうとするものの、
傍から見たらバッテリーが切れかけたC3−POみたいだったでしょう。

「こんにちは。
 今日は整形外科でMRIの結果を聞きに来たのですけど、
 その前に内科で診てもらいたいのですよ。
 めまいがひどくて吐き気もあって」
「吐き気ですか? それではまず検温をして下さい」

む〜・・・あんまり関係ないと思うんだけど、
ま、そういう手続きなんだろうね。

「35.8度です」
「ではそちらでお待ちください」

と言われて待つこと30分。

やれやれ、今日は天気が良くないのにけっこう混んでるなぁ。
うげぇ〜、頭を動かすと吐き気が倍増する。
じっとしていなくちゃ。
と言っても、この姿勢じゃ難しいんだよな。

そこで通りかかった看護師さんに、

「すみません。
 めまいがひどいんで横になって待っていてもいいですか?」
「え? ちょっと待ってて下さい!」

するとすぐ僕の名前が呼ばれました。
別にそういう意味じゃなかったんだけど、
横入りになっちゃったかな?
すみません、待っているみなさん。

担当は50歳前後の男性のドクター。
僕がこれまでの状況を話すとすぐ看護師さんに、
てきぱき血圧と心電図を撮る指示を出しました。

はぁ〜、これでバトンタッチだ。
あとはお客さん気分で言われるがままにしていれば、
前に進むだろう。

血圧と心電図には異常なし。
次は頭部のCTスキャンです。
で、おっかないその結果は?

「脳に異常はありませんね」

OK、最近の物忘れのひどさも器質的な問題じゃなかったのね。

「血管も詰まっていません」
「ではどうなのでしょう?」
「耳も聞こえているので・・・」
「良性発作性頭位めまい症?」
「ん〜、その可能性が考えられますがまだ断定はできません。
 まず、めまいを軽減する薬を入れた点滴を打ちましょう」
「ありがとうございます。
 それから今日は別件で整形外科に行かなければならないんですが」
「それじゃ整形の先生に伝えておきますよ」

不思議なもので横になっていると、
この短時間の間でも症状が消失しています。

僕はストレッチャーに乗せられて、
空いている緊急処置室へ運び込まれました。

ああ、ここには見覚えがあるぞ。
去年の8月に腰部椎間板ヘルニアで救急搬送された部屋じゃないか。
まさかこんな形でまたここに来るとはね。

点滴が始まって間もなく整形外科の先生が現れ、

「あらあら、今日はめまい?」
「ええ、何かと忙しいんですよ」
「で、こっちは左ひざの件ね。
 やっぱり右の半月板が損傷しているわ。
 ここはあらためて削るかどうかの判断をしましょう」
 
OK、こっちは的が絞れたぜ。
めまいをどうにかしたら次を考えよう。

ドクターが退出すると部屋の照明を消してくれたので、
僕はいつしか眠ってしまいました。
そして点滴が終わるころ40歳前後の看護師さん現れ、

「どうですか? 起きれそう?」
「どうだろう? 寝ていれば何ともないんですけどね」
「それではゆっくり起きてみて下さい。無理しないで」

来たときは嵐のタイタニック号に乗っているような状態でしたが、
薬が効いたのか、今はやや穏やかな海を航行中です。

「つらかったでしょう? このまま帰れますか?」
「ん〜・・・なんとかゆっくり歩けば帰れると思います」
「めまいがひどいなら動かない方がいいですよ」

彼女が同情に満ちた眼差しで僕を見ています。

「もしかして経験者?」

彼女はその質問に苦笑いをもって応えてきました。

「では教えてください。
 この病気でやるべきことと、
 やるべきではないこととは何でしょう?」
「そうですね、個人差があると思いますが、
 ストレスを溜めないことが大切だと思います。
 といっても今の社会では難しいでしょうけどね」
「いろいろな体操がありましたよね?」
「エプリー法とか?
 ああ、わたしもでんぐり返しだってやりましたよ」
「それで?」
「ん〜、さっと治ったわけではありませんでしたね」
「分かりました。僕もいろいろ試してみますよ。
 いろいろアドバイスありがとうございました」

何度もいろいろなところの医療機関でお世話になっていて、
僕が都度感じていることがあります。
それは医療関係者に必要なのは、医学的な知識だけではなく、
彼女のように、自ら苦しんだ患者としての経験なのではないか?
その有無が医療行為だけではなく、
会話の一つにも如実に表れているような気がするんですよ。

そしてもうひとつは、医療関係者の仕事に関する患者側の理解。
今回、僕が点滴を受けていた緊急処置室は整形外科の隣でした。
おのずとあちらの声は聴き耳を立てるまでもなく、
はっきりと聞こえてきます。
僕の心を打ったのは、
午前中だけで30名を超える患者を診続けたドクターが、
患者の入れ替わりの合間に漏らした2回の大きなため息。
それは僕に接する時のクールで気丈な彼女からは、
想像しにくい響きを持っていたのです。

日本ではドクターに限らず、
医療介護従事者の数が圧倒的に不足しています。
そうした高度で忍耐力を求められるサービスを必要とする
高齢化が進む現在、これは未来の話ではなく、
本当に、今ここにある深刻な問題なんですよね。

なんて感慨にふけっている場合じゃなかった!
うちに帰らなくちゃ!

会計を済ませた僕を見るスタッフさんたちは、
おしなべて心配そうな面持ちです。

「無理していま帰らなくてもいいんですよ。
 もう少し休んでいかれてはどうですか?」

この病院は事務方さんも親切なんですよね。
しかしそんなお言葉に甘えてばかりはいられません。
外に出ればタクシーの1台くらい通りかかるでしょう。
そこで出てみるとちょうど走ってくる空車が。

お、ラッキー!

で乗り込み「野方5丁目の大和幼稚園の近くまで」と言ったら、

「そ、そこまでどうやって行ったらいいでしょう?」

がちょ〜ん・・・ま、またですか・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月15日

自分の旅のために その1

出かける前に都度お話している『取材旅行の準備』。
これとは別に、日常的な準備があります。

それは健康管理。

というと地味な話題に聞こえますが、
旅の食堂という仕事柄、
旅先だけではなく、日常的にも求められるのが、
身体能力と持久力。
1日10時間前後の立ち仕事にデスクワークを足すと、
月の平均労働時間は400時間前後になりますからね。

加えてこれまでも『入院日記』などでお話しましたように、
腰部椎間板ヘルニアなんでハラショーな持病まであるので、
こいつのケアも忘れちゃいけません。

というわけで、ここ7年間続けているメニューが、
週2〜3回の6キロメートル前後のジョギングと、
これまた週4〜5回の40分間程度の筋トレ。

これ、55歳のおっさんには、なかなか楽な内容じゃないんですよ。

加えて自然の摂理と申しましょうか、
生き物はすべからく歳と共に故障個所が増えるもの。

最近は腰部椎間板ヘルニアに加え、
左手親指付け根の痛み → 関節炎という診断で治療中。
左ひざの痛み → 変形性膝関節症との診断でしたが、
ヒアルロン酸の注射では改善しないので先週MRIを撮ってもらいました。

とまぁ、
なかなかデラックスなコンディションになってまいりまして。

しかし厄介ごとというのは、
ひとつが終わって次がやって来るとは限りません。

それでは時計を一昨日に巻き戻して、
僕が直面した、いや、直面中の新しい『課題』をお話しましょうか。

時刻は16時。
ジョギングから戻り、
近くの公園でストレッチして立ち上がると・・・

お? おっとっと!
危ねぇ・・・立ちくらみか。

僕はバランスを取り戻して直立したまま、
ゆっくり深呼吸を繰り返しました。

OK、大丈夫だ。
さぁ、帰ってシャワーを浴びたらお店に戻らなくちゃ。

立ちくらみはよくあることなので、
僕は何も気にせず再び走り始めました。

そこからは何ごともなく、
普段通りにすべてが進んでいたのですが、
ディナー営業が終わる1時間ほど前から僕は今まで経験したことのない、
奇妙な感覚に襲われ始めていたのです。

ん? 地震か?

揺れたような感じがしたのですが、
グラスハンガーを見てもワイングラスは揺れていません。

・・・? 気のせいか?

そしてまた暫くすると、
まるで大きな船に乗っている時のようなゆるやかな揺れを感じました。

・・・? なんだこりゃ?

これが断続的に続いているうちに、
軽い船酔いのような症状になってきたのです。

「どうしたの?」

ともこが僕の様子に気付きました。

「ん〜・・・なんか調子悪い。
 時々めまいがして気持ち悪くなっちゃった」
「え〜っ! 風邪ひいたんじゃないの?」
「風邪っぽくはないな。熱が出ている感じはないし」
「賄いは食べられる?」
「いや、そんな気分じゃないよ」
「大変! じゃ先に帰って休んでて。あとは私が片付けるから」

アパートまで帰る途中も、まるで酔っぱらった時のように、
ときどき体がふわふわします。
僕は寝室で横になるなり、そのまま寝入ってしまいました。

そして朝。

「どう? 調子は?」

布団の上で目を開けると吐き気も目眩もなく、
頭はしゃっきりしています。

「ああ、いいよ。どうやら治ったみたいだ」
「よかった!」

そうして起き上がり、顔を洗って戻ろうとすると、
突然、昨夜と同じ症状がまた・・・

な、なんだこりゃ?

僕はゆっくり布団に横たわり、
自分の症状を過去の記憶に照らし合わせました。

「え? どうしたの?」
「どうやら治ってないみたいだ」
「大丈夫?」
「じゃないな。昨夜より悪化してる」
「どうしよう?」

僕は目を閉じたまま暫く考え込み、

そうか。もしかしたら・・・

「ともこ、タブレットは持ってる?」
「うん」
「起動してグーグルを立ち上げて」

「上がったよ」
「検索して欲しいキーワードがあるんだ。
 それは・・・」

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 17:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月12日

第18回取材旅行の準備 その2

旅とあらば、俄然モチベーションの上がる僕ではありますが、
今回は、ちとブルーな要素がございまして。

そう・・・前回お話しましたルートからすると、
例によって英語が通じる可能性は・・・

ない。

いや、ないどころか、ギョーザ本の第2章、
『本場のおいしさとの出会い 〜中国のジャオズ〜』
でもお話しましたように、
道を訊いただけで、とんでもないことになったトラウマもあるんですよ!
さらに、今回はただでさえ厄介な陸路での国境越えもあるし。

さらに、さらに、次に入るモンゴルの言葉もチンプンカンプン。

直近でほぼ同じルートを旅したバックパッカーからは、
ご丁寧にも「モンゴルでは水を買うのも大変でしたよ」
なんて脅しまで頂戴し、ただいま受験生よろしく、
北京語とモンゴル語の1カ月漬けに勤しんでいる次第でございます。

いやぁ〜、昔から僕はどうも中国語の抑揚が苦手でして。
モンゴル語は聞いたこともないような音の並びだし。
ロシアやブルガリアなどのスラブ語圏や中央アジアを旅したおかげで、
キリル文字がある程度読めるのが救いですけどね。

む〜・・・調べてみれば、モンゴル語の比較言語学における分類は、
アルタイ諸語になるそうなんですけど、
この学説はまだ定説化されておらず、
なるほど下位言語にチュルク語族や朝鮮語族、
はてや我ら日本語族まで十羽一絡げにされているところからして、
カテゴライズできない『その他』みたいなものなのかもしれませんね。
西欧発のあのメソッドは、
やっぱり印欧語系にしかフィットしないのかしらん?

ちなみに『こんにちは』は『サイノー』で、
『ありがとう』は『バイアルラ』。
『僕はウランバートルに行きたい』は、
『ビ ウランバーター ルー ヤヴマー バイナ』ってな具合。

もちろんこれは強引にカタカナ書きしたものなので、
ベタ読みしてもまず通じないでしょう。
翻訳ソフトなどを使って、
事前に抑揚やアクセントを掴んでおくことが大切です。

ま、今回に限らず、
こうして日本語と英語が通じない地域を旅する時は、
こんな風に現地語を挨拶、移動、食事、買い物、
宿泊の各状況カテゴリーに分けて、サバイバルレベルで覚えて行くのです。

え? 指差し会話帳やスマホのアプリを使ったらどうかって?

ま、それもいいんですけどね。
なるべくモノに頼らないのがオールドファッションな、
僕の旅のスタイルなんですよ。

オジサンというのは不器用な生き物なのでございます。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月09日

第18回取材旅行の準備 その1

超連休の余韻が消え、
皆さんもすっかり日常生活に戻られたことと思います。

休暇の過ごし方について僕が予想していたのは、
『前半アウェイ、後半ホームが主流!』でしたが、
お店の混み方から振り返って見ると、
一番多かったのは、『ず〜っとホーム!』だったような気もします。
なるほど日頃の疲れと観光地の混雑、そして青天井のコストを考えれば、
それもまた当然の選択だったのかもしれませんね。

さて、それじゃ次は、僕らの番。
まもなく6月と言えば取材旅行の時期です。

今回のテーマは、
ギョーザを巡る中国・モンゴル、ローカル鉄道の旅!

まず成田からLCCで中国東北部のハルビンに飛び、
そこからローカル鉄道を乗り継いで南下しつつ長春、瀋陽と取材を進め、
北京で北北西に進路を変えて、
内モンゴル自治区のウランチャブを経由し、
モンゴルとの国境の街アーレンホトに向かいます。
そして国境を越えて反対側のザミンウードから、
再び鉄道でウランバートルを目指す。
なんとも、ととらなルートでございます。

そこでミッション1

『日本のギョーザは、
 大東亜戦争時の関東軍の復員兵が持ち帰った、
 満州のジャオズがルーツである』
 
とする説が最も支持を得ているようですが、
本当にそうなのか?

と申しますのも、
満州から引き揚げて来た方たち数名からヒアリングした、
現地のジャオズというのは、レシピといい食べ方といい、
僕らが慣れ親しんだ日本のギョーザとあまりにも違いが多すぎる。

となれば、実証主義を標榜するととら亭ですから、
情報レベルで云々するのではなく、
まずは実際に行って食べてみようじゃないか!
ということになりました。
特にハルビンや瀋陽では、
昔ながらのジャオズ(ギョーザ)を売り物にしている店が数多あるそうです。

ミッション2

ユーラシア大陸に存在する最北のギョーザは、
今のところロシアのペリメニだと考えられます。
しかしながらこの料理名、
ロシア語(インド・ヨーロッパ語族 スラヴ語派東スラヴ語群)ではなく、
語族からして違うコミ語
(ウラル語族 フィン・ウゴル語派フィン・ペルム諸語ペルム諸語)だそうな。

となると今でいうコミ共和国がその起源なのではないか?

そして中国のマントゥ起源でユーラシア大陸に広がったギョーザの多くは、
マンタ、マンティ、マンドゥ、マンティーヤなど、
明らかにオリジナルの音を借用した料理名が多いにもかかわらず、
ヒンカリやヴァレニキ、コルディナイなど、
独自の現地語に置き換えられたものもあります。
もしかしたら、
そこにはマントゥを根にした一本の系統樹には収まり切れない、
独立したものもあるのではないか?

そこでコミ語の『耳パン』を意味するペリメニ。
これもまた中国のマントゥをその祖にした食べ物なのか?
それとも独立したものなのか?
その答えのヒントがありそうなのは、
ウラル山脈の西部に位置するコミ共和国とマントゥが生まれた可能性の高い、
華北平野を結んだ直線上の国、そう、モンゴルなのですよ!

というわけで、いつかシベリア鉄道に乗ってコミ共和国に行く前に、
モンゴルのギョーザであるボーズとバンシュを調べてみよう!
と相成ったのでございます。

期間は6月18日(火)〜7月2日(火)。

しかぁ〜し、その前に・・・

to be continued...

えーじ
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2019年05月06日

ととらな旅のおすすめ その5 最終回

スーパーゴールデンウィークもいよいよ佳境。
皆さんはどんな休暇を楽しんでいましたか?

ととら亭でもいろいろな旅の話を聞いています。
人によって行き先や目的、そしてスタイルはさまざま。

旅のグレードに訪れる場所やそこまでの距離は関係ありません。
地球の裏側まで行くとなれば、
誰もがそれを旅と呼ぶかもしれませんが、
日帰りで近くを歩いてみることだって、
場合によっては同じことだと僕は考えています。

では、ととら流の旅の定義とは何か?

それは自分にとって未知の領域へ、
主体的にアクセスすることなのですよ。

そこで『その1』から4回に分けて、
そうした旅のコツをお話していたのですが、
実はその裏側にディープな理由がありまして。

この仕事を9年余りやっていて何度となく残念に思ったのは、
『旅人が思い出をなくしてしまう』という、
一種不思議な現象でした。

たとえば、多くの旅行経験を持っている人が、
自分で行った旅のディティールを思い出せない。

もちろん僕だって、
すべてのことを克明に記憶している訳ではありませんが、
訪れた街の名前や何を食べたかすら覚えていないというのは、
旅の最高のお土産がその思い出だとすると、
結構シビアな問題だと思いませんか?

解決のヒントをくれたのは、ひとりのご婦人でした。
彼女もまた旅行経験が豊富な方ですが、
「やぁ、ローマはいかがでしたか? ニューヨークは?」
と訊いても、それほど前のことではないにもかかわらず、
どうも答えが曖昧になりがちだったのです。

しかし例外的に、
彼女がはっきり反応する話題がふたつありました。

それはトイレとイミグレーション。
このふたつは対称的にディティールまでよく話してくれます。

なぜだろう?

僕はしばし考えていました。
そして思いついた説明がこれ。

至れり尽くせり型ツアーでも、
トイレとイミグレーションだけは自分ひとりでやらなければならない!

添乗員付きのツアーでは、
出発地の空港に着いて集合場所まで行った後は、
すべからく甲斐甲斐しいツアコンさんが面倒を見てくれますが、
先のふたつはだけは彼女も主体的にやらざるを得ません。
結果的に、それが記憶に残ることとなったのです。

さて今回、僕がお勧めしたのは、
場所、移動、食事、会話についてのティップスでした。
でも実のところ本当に言いたかったのは、
それらすべてに共通する、
『コミットメント(主体的な関与)』だったのです。

旅行産業がとことん発達した現今、
極端に言えば、渡航先の知識がまったくなくても、
ツアーを申し込み、
あとはパスポートとクレジットカードさえ持って空港に行けば、
秘境ツアーにだって参加できますし、
旅先で困ることもほとんどないでしょう。

しかし、旅そのものにコミットしないのであれば、
逆の意味で地球の裏側に行くことも近所の公園に行くことも、
記憶に残らないという点では同じなのです。

僕がお勧めした例は、ほんの一部に過ぎません。
旅の空間ではコミットできるチャンスが無数にあります。
そのすべてにとっかかるのは現実的ではなくても、
1日にひとつかふたつでもコミットすれば、
その旅はツアコンさんの背中を追い続けたものより、
少なからず豊かなものになるのではないか?

これは個人旅行でも2人以上で行くのなら、
相手まかせにしてしまうとまったく同じことが言えます。

ときに人生が旅に例えられるように、
僕たちの日常もまた、コミットしないのであれば、
誰のものともつかないものになってしまうでしょう。

受け身の指定席から立ち上がり、自分自身の記憶に残る体験の世界へ。
そう、広大なこの星へのコミットメント。

それを僕は旅と呼びたい。

Let's dive into the unknown future by wings of free will.

えーじ

End
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2019年05月03日

ととらな旅のおすすめ その4

ひとり旅。
ふたり旅。
そしてグループ旅行。

みなさんもご存知のとおり、
旅の経験の質には人数がとても大きく影響します。

では、ひとり旅とふたり以上の旅における最大の違いとは何か?

僕の個人的な経験から申しますと、
それは『他人との会話量』です。

たとえばひとり旅とグループツアーの差を考えてみて下さい。
いつも隣に話し相手がおり、道に迷うこともまずない旅で、
他人に話しかける機会がどれくらいあります?

逆もまたしかり。

ローカル側から話しかけてくる場合でも、
ひとり旅 > ふたり旅 > グループ の順に少なくなるのは、
話しかけやすさを考えれば当然ですよね?

次にもうひとつ質問です。

旅で最も記憶に残ることとは何か?

これまた僕の経験から申しますと、
人との出会い。
これに尽きます。

もちろん美しい風景に惹かれて僕も旅をしました。
広大なサハラ砂漠、突然目の前に広がったマチュピチュ、
森厳なアンコールトム、青空とのコントラストが美しいパルテノン・・・

しかし美しい青の街、ウズベキスタンのサマルカンドですら、
不思議なことに後になって思い出すのは、
荘厳なモスクやマドラサ(神学校)ではなく、
愛らしい子供たちや親切な市場の売り手たちとの出会いなのです。

そんなわけで今回のおすすめは、会話。

あ、また眉間にしわを寄せていますね?

英語は話せないって言ったじゃないか?

では僕ももう一度、断言しましょう。

心配はいりません。

大体にしてですね、
『英語は世界語』なんてのは風説もいいところなんですよ。
もし本当に世界中で標準化されているなら、
僕もここまで苦労はしませんでしたからね。

たとえば、そう、あれは2002年5月のこと。
僕たちはベトナムからカンボジアにかけて、
陸路で国境を越えながら旅をしていました。

あの時も、ともこがプノンペンに滞在中、熱を出してダウンし、
僕はひとりでモニボン通りへ夕食を食べに出かけたのです。
そこで入ったのは、よくある華僑系の中華料理店。
扉を開けて入れば、これまたフツーのお店。
しかし夜の7時過ぎにもかかわらず、お客さんは誰もいません。
僕はホールの少女に挨拶して端のテーブルにつきました。

あれ? メニューは?

店の奥には4人の少女がいます。
僕がキョロキョロしているのを察したのか、
そのうちの一人が中国語で書かれたメニューを持って来てくれました。

なるほどね。
でもみんな中華系ではなくカンボジア人だな。
さて、何を食べようか?
お腹が空いたから麺ものとご飯もの1品ずつがいい。

僕は手を挙げてホールを呼びました。
すると今度は別の少女が来たので、
ダメもとの英語で話しながら指差しオーダー。

ここまでは良かったのです。

料理が来るまで本でも読んでようかな?
と思った僕がふと顔を上げると、
4人の少女たちが揃ってこっちにやって来るじゃないですか。

ん? なんだ? どうしたんだ?

彼女たちは愛らしい笑顔を浮かべています。
推定年齢はみな18歳前後でしょうか。
そして本当のサプライズはその次です。
僕がハト豆な顔をしているのを尻目に、
彼女たちは僕を囲むようにして座り出したのですよ!

え、ええ? なにこれ?

至近距離に腰かけた少女4人が、
僕をじっと見つめながら微笑んでいます。
しかも何も喋らずに。

「あ、あ〜、君たち。英語は話せるかい?」

し〜ん・・・

今度は日本語で、

「OK、僕はクメール(カンボジア)語が話せないんだ。
 僕の言っていること分かる?」

し〜ん・・・

彼女たちは時折お互い顔を見合わせてくすくす笑いはしますが、
言葉は何語にせよ、いっさい話しません。
僕との距離はみんな約1.5メートルほど。
店内には僕ら以外、誰もいません。

おいおい、こりゃなんだ?
風俗店? じゃないよな?
うん、どこから見てもここは中華料理屋だ。
彼女たちもフツーの格好だし化粧もケバくない。
しかし、このシュールなシチュエーションはどう説明がつく?

そうこうするうちに、ふと一人が立ち上がって店の奥に行くと、
僕が注文した料理を持って来ました。

お、料理が来たか、
あれを置いたらみんな離れて行・・・かないじゃん!

そう、料理が来たのはいいのですが、
みんなさっきのまま、座って僕をじっと見ているのです!
しかもいまだ一言も喋らずに。

分かります?
この思考停止の緊張感。

「あ〜、君たち。お腹空いてるの?
 一緒になにか食べるかい?」

し〜ん・・・

「そ、そう? いらない?
 じゃ、失礼して、食べ始めてもいいかな?」

し〜ん・・・

彼女たちは変わらず、にこにこしながら僕を見つめています。
たった1.5メートルの至近距離で。

僕はこの無言のニコニコ攻撃についにキレました。
といっても怒ったのではありません。

「いただきま〜す!」

と大きな声で言ったあと、おもむろに食事を始め、
イッセー尾形氏のひとり芝居よろしく、食べながら自己紹介を始めたのです。

もぐもぐもぐ・・・

「やぁ、僕の名前はえーじ。日本人だよ。
 東京に住んでてね。仕事はシステム関係(当時)のことをしてるんだ」

もぐもぐもぐ・・・

「あ、このチャーハンは美味しいなぁ!
 汁ソバもいけるじゃないか。
 でね、今回、ワイフと一緒にベトナムから旅して来てさ」

もぐもぐもぐ・・・

こうなったら僕も長年の旅で神経戦には長けているつもりです。
相手が黙っているならこちらはしゃべり続けてやろうじゃないですか。
こうして15分から20分間ほどが経ち・・・
(僕には1時間以上に感じましたけど・・・)

「ふぅ〜、おいしかった! お腹いっぱいだ。
 それじゃお会計してくれる?」

そういうと、ひとりが金額だけ書いた紙片を持って来ました。
こうした反応を見るかぎり、
あながちまったく意思疎通が取れていない訳でもなさそうです。
加えて安心したのは、ガールズバーよろしく、
ぼったくりな追加料金が上乗せされていなかったこと。
細かい値段は忘れてしまいましたが普通のカンボジア価格でした。

「ありがとね! ごちそうさま! バイバ〜イ!」

彼女たちがドアまで出てきて手を振っています。
そう、あの愛らしい笑顔を浮かべて例の無言のまま・・・

あの夜の出来事がいったい何だったのか、未だに僕は分かりません。
しかし、共通言語がなくても、
こうして『コミュニケーション』はとれるんですよ。
そしてなにより17年の年月が流れても、
こうした経験は色褪せないものです。

というわけで日本語しか話せなくても大丈夫、
グループツアーでも買い物や食事の時に思い切って『お話』してみましょう。
きっと世界遺産の風景以上に、
あなたの旅のハイライトになりますよ!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年05月01日

ととらな旅のおすすめ その3

あなたにとって旅の楽しみとは何ですか?

こう訊かれて「おいしい食べ物やお酒!」
と答える人は少なくないでしょう。
それを目的にした『美食ツアー』だってあるくらいですからね。
そもそもととら亭だって、
そうした楽しみ方から始まったようなものですし。

しかし残念なのは、
これまた多くの人に「では何がおいしかったですか?」と訊いた時、
答えが「ん〜・・・あれ? なんだったっけ?」となってしまうこと。

そう、おいしかった記憶はあるのですが、
それが何処で食べた何だったかは覚えていない。

なぜか?

たぶん、ご自分で注文しなかったからでしょう。
上げ善据え膳式の食事の内容が長く記憶に残ることはまずありません。
でも旅の最高のお土産が『思い出』だとしたら、
はるばる外国まで行ってこんなにもったいないことはないと思いません?

そこで今回のおすすめは、
『料理やお酒は自分で注文する』です。

あれ、急に顔色が曇りましたね?
外国の言葉は何も話せないし、メニューも読めない?

それでは断言しましょう。

心配には及びません。

コツはただひとつだけ。

それは『柔軟な発想』です。

20数年前、僕はとある縁から、
ハイティーンの男の子二人を連れてタイに行ったことがありました。
彼らはいずれも初の海外旅行。
とうぜんタイ語はおろか英語も「あい・あむ・あ・ぼーい」状態。

しかしまがりなりにも一種のスタディツアーですから、
ひな鳥よろしく、
最後まで僕がなんでも口に入れてやるわけにはいきません。
そこである朝、ロビーで・・・

「おはよう。今朝は君たちに任務を与える。
 ミッションはシンプルだ。
 これから外に出かけて朝食を食べてきたまえ。
 ルールはひとつだけ。
 ふたりとも別々の店に入ること」

ほらほら、彼らの表情に漂う緊張感・・・
それでも腹を決めたのか、じゃんけんをすると、
勝った方が先にホテルを出て右に曲がり、
負けた方はその逆の左に曲がって行きました。

そして30分ほどが過ぎ、
ホテルのラウンジでコーヒーを飲んでいる僕のところへ、
顔を輝かせた彼らが戻り、

「どうだった?」
「うん! 食べて来たよ!」
「OK、どうやって注文したの?」
「オレは他のお客さんが食べてるのを指差した」
「僕はメニューを適当に指差した」
「何を食べたの?」
「サンドイッチ」
「君は?」
「焼きそばみたいなやつ」
「ああ、パッタイね。で、美味しかったかい?」
「うん!」

彼らが覚えていたタイ語は、
サワディーカップ(こんにちは)とコップンカップ(ありがとう)だけ。
それでもこうして食事を楽しんで帰って来ました。

あれから20数年が過ぎましたが、
僕は確信していることがひとつだけあります。

それは彼らがあの旅で、
僕が注文したものは殆ど覚えていないだろうけど、
あの日の朝食だけは、けして忘れないだろうということ。

ちなみに中南米を3カ月旅した時、
ともこが覚えた最初のスペイン語のフレーズは、

Cerveza,por favor!
(ビール下さい!)

でした。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記