2021年03月06日

マニアな僕らのそのココロ 前編

ご来店された方はご存じとおり、
ととら亭の料理はすべてともこが手作りしたものです。
しかし『手作り』しているのは料理だけではありません。

前回のブログで独立間際のボロボロ状態をちょろっとお見せしましたが、
今日はととら亭そのものがどの程度DIYで出来ているか、
その端的な例をお話しましょう。

sbmaking01.jpg

これは2010年1月4日。
当時まだ北千住に住んでいた僕らは自転車で荒川の川岸に出かけ、
なにやらこうして怪しい動きを・・・
僕は拾った板切れを手に雄叫びをあげています。
その訳は・・・

実はお店の看板を作る素材を探しに行っていたのです。
川岸を徘徊すること数時間。
「あった!これだ!」
僕はイメージ通りの形をした板を見つけ、
喜んでいたのでした。

sbmaking02.jpg

素材はこれだけではありません。
次はともこに毛筆で『ととら亭』と書いてもらいました。
ここからバトンは僕に渡ります。
で、どんなことを始めたかというと・・・

1.ともこが半紙に筆書きした『ととら亭』という文字をスキャナーで取り込み、
2.取り込んだ画像のデータ型をビットマップからベクトル型に変換。
3.『ととら亭』という文字列を『と』『と』『ら』『亭』に分解して再レイアウト。
4.各文字を拡縮しながら文字列としてのバランスを取り、
5.再度分解して各文字ごとに印刷。
6.印刷した文字の余白を切り、板の上で項番4のとおりに再構成して貼り付け。
7.彫刻刀で文字部分を浅く彫り、残った紙を剝がしたら、こげ茶のペンキで彩色。

こうしてととら亭の顔の一部である袖看板が生まれたのですが、
素材がひとつしかないため失敗は許されません。
そこで写真左端の本番に取り掛かる前に、
練習と仕上がり確認をかねたプロトタイプを作ることにしたのです。
ともこが取り掛かっているのがそれ。
ちなみに作業分担は項番1〜5までが僕。そこから先がともこです。

signboard2010.jpg

こうして出来上がった袖看板。
最後は大工さんに穴を開けていただき、鎖で吊るして完成!
こうした長い道のりを経たものですから、
この時の僕らの感動はご想像いただけるかと思います。

えーじ
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2021年03月03日

11回目の独立記念日

初心わすれるべからず。

なにごともそう言われておりますが、
僕らにとって初心に相当する独立に至る日々は、
忘れたくても忘れられない仕事の原点。

それはこの長い旅を続けるうえでコンパスのような役目もしており、
判断に迷ったり、進路を見失いそうになったとき、
いつも僕らを進むべき方向へ導いてくれるのです。

そして、その地図に相当しているのがこれ。

historybook.jpg

カウンター席の前にひっそり立てかけてある『旅のメニューのヒストリー』。
ここには2010年3月以来、
これまでに再現した140種類におよぶ旅のメニューが収められています。
ページを繰りつつ、特集やメニューの繋がりを見ていると、
11年間の長い旅のルートが鮮やかに蘇ってきます。

OK、この進路で間違いない。

今でも時々、こうして方向を確かめながら、
僕らは仕事を続けているのですよ。
とにかく何年たっても迷うことはなくなりません。
とりわけ出発したときは字義通りの五里霧中。

pretotoratei.jpg

なんだか分かります?
これ、2010年1月中旬当時のととら亭。
ホールからキッチン方向を見た状態です。
ご覧のとおり、なんにもない。まさしくゼロからの出発でした。
しかもほとんどがDIY。
可能な限り自分たちでやっていたものですから・・・

sleeping2010.jpg

こうなるわけです。
これはオープンを数日後に控えたある晩の光景。
アパートに帰れず、お店に寝泊まりする日々が続いていました。
ほんと、むちゃくちゃしんどかったです。
でも、この日々があったから今がある。
この日々を忘れないから旅を続けていられる。

blackboard2021.jpg

今日はととら歴11年と1日目。
また新しい旅の始まりです。
船体もクルーも老朽化が進み、高い波がとうぶん続きそうですが、
まだ見えない未来に向かって漕ぎ出したいと思います。

よし、錨を上げろ!

ともこ & えーじ

daruma2021.jpg
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2021年02月28日

Kick my ass!

ととら亭は朝から晩まで、いつも音楽が流れています。
出勤したらコーヒーを飲みながらの読書タイムですので、
静かなメディテーション系。
そして頭と体が起きたら一挙にアゲていきます。

営業中の民族音楽やジャズからは想像できないかもしれませんが、
掃除の時間はAORかハードロックが多いですね。
たとえば今週はAC/DC。
これはノリからして気合が入ります。
そしてバンドメンバーを思い浮かべると、
さらに「今日も行くぜっ!」という気持ちになってくるのですよ。

なぜならリードギターのアンガス・ヤングは御年65歳にして、
相変わらず小学生ルックでライブ中ずっとヘッドバンキングしっぱなしだし。
ヴォーカルのブライアン・ジョンソンなんて73歳であのヴォーカルでしょ?
(よく頭の血管が切れないな)

さらに去年発売されたアルバムタイトルがなんと Power Up!
マジですか? あの年齢でパワーアップ?
と思って聴けば、1974年のデビュー以来、
相変わらず金太郎アメのようにワンパターンですが、
シンプルなリズムとスタッカート気味のギターリフでぐいぐい引っ張る底力に、
年齢による衰えなんて微塵も感じられません。

なるほど、けしてテクニカルなバンドではありませんが、
クイーンのブライアン・メイなどの大御所からも、
一目置かれる存在であることが分かります。
(半分あきれられているのかも?)

ととら亭はまもなく11歳。
それは僕らが独立してから11年の歳月が流れたことを意味します。
当然、建物も機材も老朽化して故障の連続。

人間の方もそこかしこが壊れてきて、
ふたりしてどこも痛みがない日がなくなりました。

しかし、朝からこれを聴けば、
気分はもうギター小僧だったハイティーン!
(ってのはちと無理があるけど)

じいさんたちに負けちゃいられませんからね。

Kick me when I am down!

えーじ
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2021年02月25日

Double surprise!

「誕生日のお祝いでディナーの予約をしたいんですけど」

とある日、10年来のお客さまからこんなオファーを頂きました。
初めて来たときはまだハイティーンだった彼女も、
今では立派な社会人です。

「ありがとうございます。で、誰の誕生日? お父さん?」
「わたしのです」
「へぇ、そうなんだ! いやはや自己申告ね」
「ええ、父と母が一緒に来ます」

そして当日。
ランチタイムの営業が終わって間もないころ。

「こんにちは〜!」

誰かと思いきやくだんの彼女です。

「どうしたの?」

見れば彼女は両手に大きな花束をふたつ持っています。

「これ、今夜のサプライズで渡したいから預かってもらえます?」
「あれ? 君の誕生日だよね?」
「はい」
「これをお父さんとお母さんに渡すの?」
「そうです」
「やるね〜、まるで結婚式みたいじゃないか!
 タイミングはデザートのオーダーをもらった直後がいいかな?」
「ええ、そこはおまかせします」
「OK、じゃ、オーダーの後、何気なくカウンターまで来てくれる?
 そうしたら花束を渡すよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いい子だね」
「きっとお父さん泣くよ」

彼女が帰ってそんな話をしていたら、
今度はそのお父さんが現れ、

「おや、こんにちは!」
「良かった、間に合った」

と手元を見れば、彼も花束を持っています。

「今夜、予約してたでしょ?
 娘の誕生日なんですよ。それでこれを贈ろうと思って。
 ちょっと預かっておいてもらえます?」
「いやぁ〜、サプライズですね!」
「ええ、まぁ・・・」

と照れ臭そう。

「おいおい、どうする?」
「渡す順番が大切よ」
「両方ともこの全体を知らない。となると・・・」
「ん〜、やっぱり最初は彼女が花束をご両親に渡して、
 ふたりが驚いている間にえーじが彼女に花束を持って行けば?」
「なるほど、それがいい」

そしてディナータイム。
デザートをサーブする直前に彼女が、
ご両親それぞれに大きな花束を持って行くと、

「え! なにそれ?
 どうしたの? わたしたちに? ふたり分あるの?」

お母さんはもうびっくり。
お父さんは「やられた〜!」って感じ。

よし、今だ!

気付いていない彼女にそっと近づき、

「おめでと〜ございま〜っす!」
「わぁ! え〜? あ、ありがとうございます」
「僕からじゃないよ」

と言ってお父さんの方に目配せすると、

「まさか先にこっちがもらうとは思ってなかったよ」

彼女は勝ち誇ったように、

「えへへ、でしょ〜?」

こうしてダブルサプライズは大成功でした。

彼女たちが帰った後も、店の中は花の香りでいっぱい。

「すてきなバースデーだったね」
「ああ」

この仕事をしていると、こんな夜もあるのです。

えーじ
posted by ととら at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年02月22日

自分を見つけた場所

ひところ前に、
『自分さがしの旅』なんてのが静かなブームになっていましたね。
それを知ったとき、
「なるほどなぁ・・」という気がしたのを覚えています。
何といっても、かくいう僕が、かつてそんな旅をしていたのですから。
(自分を探す自分とはなんぞや? という哲学的な問いはさておき)

しかし僕の場合、モラトリアムを過ぎて、
社会的なアイデンティティを見つけよう!

なんて健全な目的を持っていたわけではありませんでした。

振り返ってみるに、好奇心に駆られてふらりと出た旅が、
その後の人生に大きな影響を及ぼしていた、
というオチでしょうか。

あれは20歳代の前半、
オートバイで北海道をツーリングしていたときのこと。
いや、正確にいうと、
当時すんでいた横浜から10日間前後の日にちをかけて、
ずっと国道4号線を北上したのですから、
東北・北海道ツーリングと言った方が正しいかもしれません。

そこで何があったのか?

(BGM:ツァラトゥストラはかく語りき R.シュトラウス)

って、神の啓示をうけたようなことはありませんでした。

この時はバイク仲間の先輩が一緒だったのですが、
基本的にライダーは孤独です。
走行中は誰かと話をすることも音楽を聴くこともできません。
ただ前方を見つめ、エグゾーストノイズと路面のフィードバック、
そして風を感じながら走り続けるだけ。

それでも、なんと言ったらいいのかな?
鉄の馬と一体化したあの感じ。
そしてやがてそれが空や道とも溶け合って、
自分という存在が希薄になってくる。

バイクを止めれば、そこは見知らぬ街、
周りはすべて僕のことを知らない人々。

ああ、これが世界であり、僕自身なんだ。

こんな脈略のない旅だったのですけど、
帰ってくるとすぐ行きたくなる。
それでまた出かける。
そんなことを繰り返しているうちに、
旅はやがて目的でも手段でもない、
僕という存在の一部になってしまいました。

So no reason.

「この前の冬山はいい経験になりましたよ!」

先日、登山を始めて間もないお客さまから、
こんな話を聞きました。
彼はちょっとしたきっかけで社会人の登山クラブに入り、
高尾山からはじめ、次第に冬山まで登るようになったのです。

最初は腰が重そうでしたが、
いちど経験してみると、みるみる話す表情が変わり、
次はロッククライミングもどうかと思案中。

僕より少し年下の彼のここ数年は、
公私ともにとても厳しいものがありました。
たびかさなる困難の中で目標を失った日々は、
山行にたとえれば
深い霧の中をさまよい歩くようなものだったでしょう。

しかし、山のことを語る彼の口調には、
人生のイニシアチブを取り戻した、
どこか明るく、力強い響きがあったのです。

もしかしたら、
彼は登っていた山の中で、
何か大切なものを見つけたのかもしれません。
そう、永らく見失っていた自分自身を。

この仕事をはじめて、
そうして変わって行った人たちを何人も見てきました。

ある人は舞台の上で、ある人は自動車の運転席で、
素顔の自分に出会ったのです。

Am I on the right path?

みんな、どこかで、何かを迷っている。

その問いに答えてくれるのは、
本やネットの情報ではなく、
こうして出会った自分自身だけなんですよね。

えーじ
posted by ととら at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年02月19日

旅のハードル

ととら亭は旅の食堂。
必然的に旅好きな方が集まってきます。

しかし、そこで奇妙な矛盾に出会うことがしばしばありまして。
それは、

旅が好きだけど旅には行けない。

というもの。
して、そのココロは?

いや、コロナ禍だからじゃありません。

まず、国内国外にかかわらず、もっとも多かった意見は、
費用が高いから。

そこで僕は言いました。
もっとも簡潔な答えは「僕が行けるんだから心配ないよ」。
(実際、ビンボー大爆発状態でも国内各地は旅をしていましたし)

以前、こんなことを訊かれたことがあります。

「京都に行きたいんですけど、20万円くらいあれば足りますか?」

に、20万円!

僕はどこか外国のKYOTOに行くのかと思いましたが、
やはり京都でいいそうです。

「格安ツアーで贅沢しなければ、
 総額3万円前後でどうにかなるんじゃない?」
「えっ!そうなんですか!」

ご存じのように、もっと安上がりな方法もありますけど、
いきなりスパルタンな旅を勧めるのはどうかと思いまして、
無難な提案をしたのを覚えています。

海外旅行に関しては、

「ととら亭はヒマそうに見えて、ずいぶん儲かってるらしいよ」
 (だったらいいんですけどね〜)

野方の商店街でもこんな噂が立っていたそうで、
そのココロはと申しますと、
海外旅行といえばひとり100万円が相場・・・(!)。

残念ながら、そんな予算の旅はしたことがございません。
実際、まじめに申告している経理上の取材費は、
少ない場合だと年に3回、合計40日間前後の二人分の総額が、
90万円前後だった年があります。

しかしこれは仕事とスケジュールを優先した結果であって、
本来の出たとこ勝負型の旅にした場合、
30パーセント前後は少なくなるんじゃないかな?

そこで同じように海外旅行で無難にお勧めしたのは、
ソウル、台北、香港など。
たとえば台北ならスケルトンタイプのツアーで、
2泊3日4万円前後からあるでしょう。

この辺の予算感は旅慣れている方なら当然と思われるでしょうけど、
僕が実際に受けた質問の数からすると、
自分で初めて手配する方にとって、
いちばん気がかりなところなのかもしれませんね。

海外旅行の場合、次に聞く不安要素は言葉の壁。

日本語以外は喋れない。
だから行っても食事すら注文できない。

これも同じように答えました。
「僕が行けるんだから心配ないよ」

確かに僕は日常会話程度なら英語が話せます。
しかし、残念ながら英語は世界語ではありません。
メキシコ以南のアメリカ大陸、旧ソビエト連邦諸国、
エジプトを除く北アフリカの国々、そして近所では中国やモンゴルなど、
英語はまず通じませんでした。

そこでどうやって旅をしていたのか?

サバイバルレベルの現地語を50フレーズほど覚えて行ったのですよ。
ところが付け焼刃の発音が通じるかどうかはビミョー。
「トイレはどこですか?」で首を傾げられることも珍しくありません。
そんなときはどうしたのか?

ニカっと笑って日本語で話しかけました。

笑えば敵意がないことは伝わる。
そしてお互い地球人なのだから、
伝えようとする意欲と理解しようとする思いがあれば、
複雑な内容でない限り、大抵は必要なコミュニケーションがとれます。

もちろんこれば個人旅行の場合ですが、
ツアコンさんの随伴するツアーに参加すればそんな不安は解消されますし、
最近ではオフラインで使えるスマホの翻訳アプリを使うという手もあります。

一番たいせつなのは、それを学校の試験と混同しないこと。

言葉の壁を嘆く方は、たいてい真面目そうな方がほとんどでした。
旅はテストや競争じゃありません。
文法がクラッシュしていてもいいのです。
要は自分なりの目的をいかに柔軟に達成するか?
これに尽きると思います。

初めて海外旅行に行きたい。
でも、おカネは乏しいし、団体ツアーはイヤ。

先日、こんな話を20代後半の青年から聞いていたのですが、
そこでお勧めしたのは、

「じゃ、コロナが落ち着いたら、
 スケルトンツアーで台北に行って来たら?」

手ごろな予算、フライトタイムの短さ、安全、衛生、
そして言語の壁の低さを総合的に考えると、
デビューの場所としてはいいんじゃないかな?
(実はともこのソロデビューも台北でした)

彼がどんな旅をするのか、僕にはわかりません。
しかし、ひとつだけ確信していることがあります。

台北の夜市を散策しているうちに、彼は知るでしょう。
旅のハードルは思っていたより高くはない、
ということを。

えーじ
posted by ととら at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年02月16日

どっきり読者

ギョーザ本の企画を練っていた2016年。
内容のみならずマーケティング的な議論もあれこれしましたが、
思えばスコンと抜けていたのが読者の想定年齢。

これに気付いたのは発売後のまだ間もないころ。
高校の教員のお客さまから、

「本を読みましたよ。
 ぜひ子供たちにも読ませようと思って図書室に置きました」

と、言われたとき。

え? 学校の図書室?

「あ、そ、それはありがとうございます・・・」

と口ごもりつつ、僕は頭をフル回転させていました。

おいおい、高校生といえばまだ未成年じゃないか。
なんかヤバイこと書かなかったっけ?
反社会的なアジは? サブカルな内容は? いやいや下ネタは? 

正直、僕は読者の年齢をまったく考えていなかったのですよ。
(そういえばこのブログもそうだった!)
ましてや未成年が読むとは想像もしてなかったので、
この話を聞いたときは完全に虚を突かれました。

そしてこの件のダメ押しが来たのはさらにその直後。
中学生のお嬢さんを連れたお母さんが来店され、
タイアップで特集していた各国のギョーザを注文されたとき。
テーブルに近付くとお母さんがニッコリ、

「今日の料理は学習ずみなんですよ!」

で、視線を制服の少女に移せば彼女はまさに、
ギョーザ本に目を落としているじゃないですか!

うひ〜、ちょっと待った! 今度は中学生か!
だ・・・大丈夫かな?
R18指定・・・じゃなかった・・・はずだよね?

こうして僕は冷や汗をかきつつ、
パントリーに戻ったことを今でも覚えています。

あれから4年。
可愛らしい少女だったそのお嬢さんは、
すっかり大人びた大学生になりました。
そして先日、来店されたときに、

「今年の9月に留学することになったんですよ」
「へぇ、どこへ?」
「フィンランドです」
「じゃ、ヘルシンキ?」
「はい」

読者の年齢を考慮せず、
ましてや教育の文脈で書いた本ではありませんが、
誰かの旅の入り口になれば、との思いを込めたものではありました。

もしかして、
あの本も少しは旅人のひな鳥たちの糧になったかしらん?
だといいんだけど・・・
ん〜・・・
ま、反面教師ネタとしてなら悪くなかったかもしれない。

僕は親になった経験はありませんけど、
続く世代に後姿を見られる緊張感とは、
こんな感じなのかもしれません。

僕をうろたえさせた彼、彼女たちの旅に、
幸、多からんことを!

えーじ
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2021年02月13日

旅の記憶のささやき

あれは2001年の春。

インドを旅していた僕にとって、
もっとも印象に残ったことのひとつがレストランの入り口でした。
そこは vege と non vege という言葉のもと、
ふたつに分かれていたのです。

この言葉を字義どおりに読むと、
ベジタリアンと非ベジタリアンですが、
真に意味するところはハイカーストとローカースト。

社会的階級によって、
公共のレストランでさえ入り口も食事をする場所も別々にされる。
これがあのカースト制度なのか・・・

21世紀になってもまだ、
出自の階級で一生の社会的運命が決まってしまう。
そんな差別のない日本に生まれて良かった。

この話を友人のエディーにしたとき、
彼は少し間をおいて、
何かを思い出したかのように切り出してきました。

「日本にも差別はありますよ。
 経済差別は堂々とまかり通っているじゃないですか」

経済的に困窮した家庭で育った彼が意味したのは、
いわゆる経済格差の是非ではありません。
格差からもたらされた社会的な差別のことです。

確かに、日本にも持っている(払える)おカネの量によって、
入れる場所と入れない場所が普通にあります。
これは僕にもすぐ思い当たりました。

たとえば空港のディパーチャーフロアには、
Important ではない僕が入れないVIPラウンジがありますし、
その先のボーディングゲートは、
ビジネスとエコノミーのふたつに分かれているでしょ?
そして行き着く先のシートとサービスはもっと違う。
あれがインドの vege と nonvege とどう違うのか?
アパルトヘイトの White と Colored とどう違うのか?

これはこのブログのThink Togehterでもぜひ取り上げてみたい議論ですが、
経済差別が倫理的かつ人道的に正当で、
カーストや人種による差別は間違っていると明確に説明するのは、
富の分配や所得格差の是非などメタレベルまで掘り下げた場合、
なかなか難しくなることが想像されます。
(少なくとも僕はとても歯切れが悪くなります)

まぁ、この程度であれば無害なものですが、たとえばこれを、
新型コロナウイルスのワクチン争奪騒動に当てはめてみるとですね。

世界で断トツの接種率を誇るイスラエルは、
相場の1.5倍の価格でワクチンを確保したと報道されています。

もし接種率がワクチンの入手量を前提とし、
それが相場を上回るコストを支払える経済力に依存しているとしたら、
今や全世界は『健康と生命もまたおカネ次第』という原理で動いている。
そう言えなくもありません。(よね?)

さて、森会長の辞任で揺れる東京オリンピック開催の是非。

これは僕の、旅人としての、個人的な意見なのですけどね。
オリンピックの開催条件が、
世界規模で新型コロナウイルスの感染を制御することだとすると、
WHOのワクチン配分計画COVAXが機能不全に陥いりかけている現状、
やることありきの強行開催が歴史に刻むのは、
菅首相のいう『人類が新型コロナに打ち勝った証し』ではなく、
東京オリンピックは、
『おカネ持ちと特権階級の祭典だった』という苦い記憶になるのではないか?

性差別で森会長は辞任に追い込まれました。
では追い込んだ僕らは、差別を知らない、清廉潔白で無垢の民なのか?
ワクチンの到着を待ちつつ、遠くから傍観していた開発途上国の人々には、
このドラマがどんな風に映っているのか?

能力と努力の結果である収入格差からもたらされる社会的待遇の差は、
不当な差別ではなく正当な区別である。

あなたがそうためらいなく言い切れるのであれば、
それでいい。

ただ、僕には、もうその自信がないのですよ。
なぜなら、積み重なった旅の記憶が、
見て見ぬふりをしようとする僕に、

「お前は噓つきになろうとしているな?」

そう囁くもので・・・

えーじ
posted by ととら at 10:09| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2021年02月10日

満席は満席にあらず

「さすがはととら亭。コロナ禍でもスゴイですね!
 先週末に来たら満席で入れませんでしたよ」

最近、こんなお言葉を頂戴することがしばしばあります。
そこで僕は、

「いやぁ、おかげさまで。ご贔屓にして頂いております」

と、応えられればいいのですが、
その実情は・・・

ずいぶん前に『山あり谷あり』なんてお話をしましたけど、
あれから7年近くたって出てきたトレンドの変異種は、

スピードの壁。

現在、東京都内の飲食店が置かれている悲しい喜劇は、
19時にオーダーストップ、20時に閉店というもの。
これをととら亭に当てはめると、

18時 オープン
19時 オーダーストップ
20時 クローズ

となります。
で、なぜ満席なのか?

19時にオーダーストップということは、
オープンしてから1時間以内に、
最初のオーダーをすべて出し終わらなければなりません。
と、いうことは、

60分 ÷ 一皿当たりのともこの平均調理時間 ÷ 一人分の料理数 = 入店可能人数

そこで出てきた答えが1組当たりの人数にもよりますが、
平均すると3〜4組。
つまり場合によっては3名から最大8人が限界ということになるんですよ。
(ともこがケンシロウ並みの百裂拳スピードで作っても!)
これを席数16と比較すると、稼働率は最大でも50パーセント。

限界に達したところでファサードに満席札を出してしまいますが、
かくいう『満席』の中身はこれなんですね。

さて、予想どおり非常事態宣言の解除は見送られてしまいました。
ここからまた1カ月、この調子が続くと思うとめまいがしそうですが、
この程度のハードルは、ハローワーク行きになってしまった方々や、
保健所、医療関係者、救急隊員の方々に比べれば軽いものです。
地道に、基本に忠実に、次のチェックポイントを目指したいと思います。

えーじ
posted by ととら at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年02月07日

最初で最後のととら亭

春の入り口が見えるこの季節。

「近くにお住まいですか?」

初めてご来店されたと思しきお客さまに、
こう訊くことがあります。

「ええ、近くなんですけど、来週、引っ越すんですよ」

お客さまは続けて、

「その前に、気になっていたお店に行こうと思って」

さらに続けて、

「野方に何年も住んでいるんですけど、
 ほんと、ずっと気になっていたんですよ」

そうなんです。
気になるお店、ととら亭。

しかし、『旅の食堂』なる怪しげなコピーと、
得体のしれないオヤジがホールを担当しているせいか、
どうも一人じゃ入りにくい。
そう言われ続けて10年余が経ちました。

どんな店かは知らないけれど、
誰もがみんな知っている・・・

そんな懐古調のフレーズが頭をよぎってきたりもします。

最初で最後のととら亭。

まぁ、こうした一縁も、旅らしくていいのではないか?

BGM:井上陽水『白い一日』

お客さまの背中を見送りつつ、
こんな風に僕の早春の日々は過ぎて行くのでございます。

えーじ
posted by ととら at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記