2017年06月18日

第14回取材旅行 その5

昨日の19時30分、
僕たちは予定通りエストニアの首都タリンに到着しました。

サンクトペテルブルグのバスターミナルを定刻の13時15分に発車したバスは、
進路を南南西へ。
2000ルーブル(約4000円)/1人のLUX Expressはその名の通り結構リッチ。
シートはゆったりしており、車内にはトイレの他、
コーヒーや紅茶の無料ディスペンサーまでありました。
ドライバーは社会主義フェイスだけど安全運転です。

30分ほどで市街地を抜けると高速道路に入り、
景色が森林と農地に変わりました。
それから車窓を流れる景色を楽しむこと2時間15分。
ドライバーがロシア語で何かをアナウンスしてきました。
乗客がパスポートを取り出し始めたところからすると、
どうやら国境の街イヴァンゴロドに着いたようです。

ここで4名の乗客が降りて行きました。
この街に住むロシア人なのでしょうか。
彼らと入れ違いに乗って来たのは女性の国境警察官。
彼女は手早く、
乗客がパスポートを所持しているかどうかだけ確認して出て行きました。
車内の雰囲気は和やかなものです。
間もなくそろそろとバスが進み、
よくある高速道路のトールゲートのような建物の下で停車。
ゲートの上には税関申告の有無によって、緑と赤の表示があります。
歩道側に大型トラックが列をなして停まっていましたが、
他のレーンは空いていました。

僕らは手荷物を持ってバスを降り、促されるまま建物の中へ。
さて、何ごともなければと祈りつつ進むと、
税関がありましたが、オフィサーはいないし、
X線検査装置は電源すら入ってないじゃないですか。
当然みんなそこを素通りして、
二つあるイミグレーションのブースへ並びました。
ここも空いています。

パスポートの個人情報があるページに出国カードを挟んで渡すと、
女性のインスペクターは、僕の顔をじっと見つめ、写真と見比べています。
僕はメガネを外してニッと笑って見せましたがウケなかったな。
質問は一切なし。
で、ガチャンとスタンプが押されたらおしまいです。
その先の待合室には先に終わった乗客とともこが待っていました。

「あっさり出ちゃったね」
「ああ、なんか拍子抜けしたな」

乗客全員の出国が終わるまで、この部屋のドアは開きません。
待っている間に皆さんトイレタイム。
間もなくドライバーが外からドアを開けてくれました。

ロシア側の国境を出る直前で、
さっきとは別の女性の国境警察官が乗車して来て、
今度はパスポートの出国スタンプの有無だけを確認。
これでさらばロシア! です。

結局レギストラーツィアは出番なし。
税関のチェックもあの通り。
僕らのような個人旅行は不可能と言われているロシアですが、
結果的に他のヨーロッパの国々同様できてしまいました。

『地球の歩き方』などのガイドブックのみならず、
オフィシャルな情報である在日ロシア大使館と、
外務省のウェブサイトを読んだ方はご存じの通り、
ロシアビザの発給要件は観光目的といえども厳しく、
宿泊先や移動手段のバウチャー(インビテーション)がないと、
そもそも相手にしてもらえません。
ところが『ロシアビザセンター』さんのような専門業者を通すと、
パスポートと写真1枚、そしてビザ代を含む手数料を払えば、
さらっと発給されるのです。

僕も最初は「ホントかな?」と疑心暗鬼でしたが、
この業者さん、他の旅人仲間に訊いてもしっかりした実績があり、
実際、パスポートを送付した以降は、
受け取りからビザ申請、ピックアップ、発送まで、
細かくメールで連絡をくれる丁寧さ。

その後は僕らのいつもの流れと同じ、
航空券の予約を確定し、ネットで手頃な宿を予約したら出発。
当然、滞在中の行動は自由です。

実はこうしてロシアを旅した旅人は僕たちだけではありません。
ネットで検索すれば、時に武勇伝を開陳するブログなどが、
ゴロゴロヒットするでしょう。

では、皆さんもどうぞ!
と僕が言うかというと、答えはニェット。

確かに僕たちがこうして旅をしたのは事実です。
しかし、ビザの発給要件や、外国人の管理は各国政府の管轄であり、
たとえ嘘は書いていないにしても、
個人のブログなどを確度の高い情報として受け取るべきではありません。
あくまで参考程度に留めておくのが、
場数を踏んだ旅人の分別というものでしょう。
個人の経験を「オレはやった! あんたも大丈夫だ!」、
とばかりに拡大解釈するのは大変危険なのです。

ですから、僕の話を聞いて「じゃ行ってみよう!」と思うのは自由ですが、
もしかしたら今日は、
国境でムチャクチャ厳しい審査が行われているかもしれず、
インスペクターから、パスポートとビザだけではなく、
「バウチャーも見せて下さい」
と言われた旅人が往生して可能性もあるのです。

しかし、それをリアルタイムで知る術はない。
本当のこともいち民間人には分からない。

これが現実なんですよ。
入出国の条件に世界共通のレギュレーションはなく、
民間人がアクセスできないレベルで突然変わり、
僕たち旅人は言われるがまま、それに従うしかありません。
サウジを始めとする一部のアラブ諸国が突然カタールと断交し、
カタール航空の利用者が各国の空港で足止めされたのは、
耳目に新しいことでしょう?
だから出発前に僕は渡航先の政治状況までちくちく調べているのですよ。
国境でのトラブルは深刻なことになり兼ねませんからね。

さて、川を渡るとエストニアの街、ナルバ(Narva)の国境です。
いよいよEU圏に入ります。
今度は車内に預けたバックパックも持ってイミグレーションへ。
X線検査をやるのかしらん?
と思ったらいきなり入国審査です。
ここでもブースはふたつだけ。
自動車で入国する人を審査するブースは結構あるので、
バスはそれほど集中しないのでしょうか。

僕たちの前の人々はパスポートを出したのち、
指紋のスキャンもされています。

ん〜?
2月にセルビアからハンガリーに入国した時は、
こんなことしなかったぞ。
EUレギュレーションが変更されたのかしらん?

と思いきや、僕たちはなし。
すぐスタンプを押されて、ようこそエストニアへ!

さっきの能書きを補足するとですね、
入出国のテクニックが難しい理由のひとつがこれなんですよ。
ひとつの国でもレギュレーションはひとつではありません。
極端に言うと、国境が開かれている国の数だけあるのです。
なぜなら外交とは相互主義が基本。
EU対ロシアとEU対日本はおのずと違います。
ですから日本政府がEU国民に対して指紋登録を義務付けたら、
EU側も同じ対応をしてくる可能性があるのです。

もし皆さんに色々な国の友人がいたら訊いてみるといいでしょう。
同じ日本に入国するにしても、
インド人と韓国人、アメリカ人はビザの要不要から、
それぞれの条件がみな違います。
僕たちの国もまた、相手に応じて様々な『顔』を持っているのです。
時にそれが、強面のロシアも真っ青の内容であることは、
あまり知られていませんけどね。

ロシア、エストニア間の国境を越える所要時間は約1時間。
ナルバでも5〜6人の乗客が降り、反対に乗って来た人も。
バスは再び進路を西へ取りました。
車窓には森と農地、小さな街が交互に現れては過ぎて行きます。
ふと気が付くと右側に群青色のフィンランド湾の海が見えていました。
美しいですね。
エストニアの国土は高低差が少なく(最大で標高318メートル)、
その7割は森林と言われていますが、なるほど本の言う通りだと頷けます。

リッチなバスは車内で無料のWi-Fiまで使えました。
そこで宿へ大よその到着時間をウェブサイトから連絡。
タリンに着いたのは、
サンクトペテルブルグを出発して6時間15分後の19時半でした。
バスターミナルでは20日に乗るラトビアのリーガ行きバスチケットをゲット。
次は路線バスで旧市街の入り口まで移動です。
ここでは普通に英語が通じました。
シンガポリアン並みの早口には閉口しましたけどね。

ヴィル門から見た旧市街は、さながら中世の街そのもの。
ちょっとスロバキアのブラチスラヴァを思い出しました。
今日はここを歩いて回りつつ、料理の取材を始めたいと思います。

じゃ、行って来まぁ〜す!

えーじ
posted by ととら at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月17日

第14回取材旅行 その4

昨日から気温が上がり、
カラッと晴れて東京の五月晴れのような天気です。

今日は午前中から、
クズニェーチヌイ市場とセンナヤ市場を梯子して、
食材の調査をみっちりやって来ました。
ロシア料理はとても美味しいと思いますが、
なるほど豊かな食材を見ていると納得できますね。
生きのいい魚はサーモンや鱈だけではなく、
川や湖沼に棲む淡水魚も多く見かけます。
もともとはこちらの方が主流だったそうです。

肉はポークが圧倒的に多く、次いでチキン、ずっと減ってビーフ。
ラムはなくはないのですが、僕たちは見つけられませんでした。
ウサギも食べられています。

乳製品は様々なチーズやミルクの他に、
トボロークと呼ばれるロシア版カッテージチーズや、
スメタナというサワークリームが広い売り場面積を占めていました。
どちらも日本で馴染みのある製品とは微妙に違い、
ロシア料理には欠かせない食材になっています。
これのシミュレーションはハードルが高そうですね。

市場では気のいいおかみさんたちから、
にんにくの芽やキュウリなど色々な種類のピクルスと、
味と香りの濃いハチミツを試食させて頂きました。
ん〜・・・どれも買って帰れないのが残念!
とっても美味しいんですよ、これが。

サンクトペテルブルグで食べた限りですが、
ロシア料理にスパイシーなものは殆どないと思います。
あったとしたら、ジョージア(グルジア)か、
アゼルバイジャン、ウズベキスタンあたりの料理が、
メニューに混ざっているのでしょう。

ですから香り付けの主役はハーブ。
それもディルが一般的で、
コリアンダーのようにインパクトの強いものはなし。
辛いものもありません。
それでいて輪郭がぼやけているのでもない。
いずれもじわっと美味しいですね。

センナヤ市場は規模も大きく、売っているものからして庶民の台所ですが、
10メートルほど入って驚いたのが、人種の多様性。
率直に言って、ヨーロッパというより中央アジアのような感じ。
訊いてみれば、
ドライフルーツやハチミツを売っていたのはアルメニア人、
スパイスはウズベキスタン人。
「やぁ〜、去年サマルカンドとタシュケントにお邪魔しましたよ!」
なんて盛り上がっていたら、
僕らの脇をキルギスの民族帽をかぶったおじさんが、
ひょ〜いと通り過ぎて行ったではないですか!
外に出ればスタンドでピロジョーグ(ピロシキの単数形)に交じって、
ヌンやサムサだって売ってます。
ん〜・・・ロシアの民族的多様性がここほど感じられる場所はなかったな。

そして他ならぬ白系ロシア人の印象はというと、
「元祖社会主義だからなぁ・・・」と思いきや、これが結構フレンドリー!
前情報に反して英語だって意外と通じます。
特に30歳以下の世代だと、逆に英語で喋ろうとするケースもしばしば。
確かに怒っているかのような『社会主義フェイス』の人もまだまだご健在。
しかし、ラブリーな笑顔がこれほど見れるとは、
正直、想像していませんでした。
それに一見不機嫌そうに見えても、こっちが笑顔で接していると、
相手も親切に対応してくれます。
なんか僕らのロシアに対するイメージは、
大分バイアスがかかっていたようですね。
ま、それもそのはず、とどのつまりみんな地球人ですから。

そんなこんなで治安も危険な臭いは感じていません。
スリや置き引きは多そうですけど、
それでもヨーロッパの他の地域に比べて飛び抜けているとは思えない。
アフリカや中南米と違って、フツーに気を付けていれば大丈夫。

とはいえ、いつもながらの悩ましいサプライズがありました。
それは例のレギストラーツィア(滞在登録)。

これまでもウズベキスタンやカザフスタンだけではなく、
旧ユーゴスラヴィアのマケドニアでも付いて回りましたけど、
結局のところ、この制度が運用されているのかどうか、
誰も分かっていなさそうな気がするんですよ。

日本の外務省は、パスポートを盗まれた際の面倒な処理に業を煮やし、
つい先月までは『外国人はパスポートを常時携帯しなければならない』、
というロシア側の法律に対し、
『コピーを持ち歩き、警察官とトラブルになったら大使館に連絡を!』
という裏技的指示をオフィシャルに出していましたけど、
先日のサンクトペテルブルグで起きたテロとサッカーのW杯の影響を鑑み、
『パスポート、ビザ、出国カード、滞在登録証』
の4点セットを携帯するようにと字義通りに前の指示を撤回しています。

で、僕が出発前に散り散りの情報からまとめた理解は以下の通り。

1.滞在登録手続きが出来るのはホテル側だけである。
2.ホテルは外国人が宿泊した場合に、
  それが1日だけであっても当局へ到着通知を行う義務がある。
3.旅行者がホテル以外の同じ場所に8労働日以上泊る場合、
  宿泊施設側が移民局で滞在登録をしなければならない。

ん〜・・・?
これだけ並べると分かったようでよく分からない。
例えばホテル以外に泊り、8労働日以内に移動し続けた場合、
滞在登録はまったく行わなくていいように解釈できるでしょ?
しかし領事館の指示には有無を言わさず、滞在登録証と明記されてあります。

で、僕の場合はどうなったのか?

ホテルにチェックインした時、滞在登録どころか、
パスポートの提示すら求められませんでした。
お金を払って、部屋の鍵とWI-FIのパスワードをもらったらおしまい。
この時点で筋書きがまったく変わっています。

そこで翌日、英語を話せるスタッフが来るのを待って、

「レギストラーツィアをお願いしますよ」
「レギストラーツィア?」
「ええ、昨夜はパスポートも出していません」
「レギストラーツィアねぇ・・・何日泊るんでしたっけ?」
「5日間です」
「じゃ、要りませんよ」
「8労働日以内だから?」
「そう」

ここは個人宅じゃなくてホテルでしょ?

「いや、ある情報によると、
 外国人はレギストラーツィアがないとまずいそうです」

彼は怪訝な顔をして僕を見つめています。

「誰がそんなことを言ったのですか?」
「日本の外務省ですよ。
 街中でロシアの警察官に職務質問された時、
 レギストラーツィアを持っていないとトラブルになるそうです」
「・・・? 私はここで2年以上働いていますけど、
 ロシアの警察官があなたたちのような旅行者を職務質問したなんて話は、
 一回も聞いたことがありません。
 ここのお客さんたちにしてもそうです。
 レギストラーツィアが必要だなんてことを言った人は、
 あなただけですよ」

彼の表情や話しぶりから嘘をついているようには思えません。
しかし、今の僕には誰が本当のことを言っているのか、
知る術がないのです。
そこでリスクヘッジとして、

「あなたの言っていることは本当でしょう。
 しかし、僕はロシア警察ともめたくないのです。
 レギストラーツィアを発行してくれませんか?」

「ふぅ・・・分かりました。
 でもひとり300ルーブル(約600円)かかりますよ」
「ええ、いいでしょう」
「ではパスポートとビザを見せて下さい」

彼にパスポートを渡すと、
スマホで個人情報とビザのページの写真を撮りだしました。

「どれくらいで出来ます?」
「ん〜、30〜40分下さい」

そうして待つこと30分。
フロントのお兄さんは二人分のレギストラーツィアを部屋まで届けてくれました。
これで日本の外務省が指定したブツは全部揃ったことになります。
はたして誰が本当のことを知っているのか?
きっとそんな人はいない・・・のでしょうね。

そんなこんなで明日はいよいよ移動です。
今日の夕方、バスターミナルで、
エストニアの首都タリン行きのチケットを買って来ました。
出発は13時15分。
何ごともなければ明日の18時前後にはタリンに着いているでしょう。

Say good-bye to Russia。

料理の取材は予定通り終わったけれど、
もうちょっと居たかったな。

えーじ
posted by ととら at 05:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月15日

第14回取材旅行 その3

今朝のサンクトペテルブルグは気持ちのいい快晴。
風が吹くと肌寒く、
東京でいうなら3月下旬の陽気でしょうか。

料理の量は意外にも予想をやや下回り、
僕はまだ胃薬の助けを借りずに済んでいます。
まぁ、まだ2日間だけですけどね。

それでも毎回消化器系のキャパシティ100パーセントから、
105パーセントは詰め込んでいますので、
特にディナーまでにどれだけお腹を空かせるか?
は、このミッションの重要なポイントとなります。

しかし昨日はこれを楽に達成することが出来ました。
ともこの万歩計によれば、歩数は何と2万3千歩!
機械の特性から7歩以上歩かないとカウントしないので、
実際は1日で2万5千歩近く歩いていたと考えられます。

え? トレッキングにでも行ったのか?

いや、近くにそんな場所はありませんが、
それにほぼ近いことをやっていたのですよ。

サンクトペテルブルグでは、
もうひとつ重要なミッションがありました。

それは世界4大美術館の制覇!
フランスのルーブル、アメリカのメトロポリタン、スペインのプラド、
この他にイギリスの大英博物館や台湾の故宮博物院もありますが、
僕らにとって永らくの課題だったところがあります。

それはこの街にあるエルミタージュ美術館。

ロシア(ソビエト)名物、チケット売り場前の長蛇の列を避けるために、
事前にウェブサイトでチケットを購入し、
僕らはするっと開館の10時半とほぼ同時に入館。
昨日は延刻閉館でしたので、ぎりぎり21時までねばり、
絵画部だけは何とかクリアしました。
それでほぼ2万3千歩なのですよ。
何と言ってもこの美術館、新館も合わせると、
5つの巨大な建物の集合体で、
展示部を全部歩くと総延長20キロメートルにもなり、
コレクションも300万点以上というモンスター。

これが相手ですから、
食事も入れて30分ほどの休憩を3回取っただけの僕らは、
ほぼ9時間歩き回っていた計算になります。
ただ歩くだけではなく、集中して作品を見ていたので、
出て来た時にはもうふらふら。

しかしながら、確かにコレクションは素晴らしかったですね。
はるばるやって来た甲斐がありました。
個人的に中世の作品の評価は玉石混交の感を否めず、でしたけど、
それでもレンブラントやルーベンスの作品は層が厚く、
出来がいいものを集めていました。
息子の作品ですが、ブリューゲルも悪くなかったし、
1作とはいえボッシュの佳作もあった。
ダ・ビンチも小粒ですが、
他を圧倒する描写力の『リッタの聖母』と1メートルの距離でご対面。
こういうのは日本ではあり得ない、現地ならではの特権ですよね。

権力者の趣味からキュレーターに選択権が渡ったと思われる、
印象派以降のコレクションは、レベルがぐんと上がります。
特にピカソは『青の時代』、『キュビズムの時代』を中心に、
結構そろっていましたよ。まだ倉庫に眠っているんだろうなぁ。
コンテンポラリーアートは、建屋が異なる旧参謀本部内にあるので、
記念撮影に夢中の団体さんたちはおらず、静かにゆったり楽しめました。

そうそう、実は、
この旅行に出発前、『行き違い』を避けるために、
六本木でやっている『エルミタージュ展』に行って来たのですよ。
有名作品を探してがっかりした人も少なくなかったと思いますが、
ここでも有名な、クラナハ(父)の『林檎の木の下の聖母子』や、
フラゴナールとジェラールの合作『盗まれた接吻』は、
『日本に貸し出し中』だったのです。

エルミタージュを出ると、空は美しい夕焼けが広がっていました。
時刻は21時半近く。
そう、この街の緯度では今だと23時を過ぎなければ暗くなりません。
ロシアは白夜の国なんですよね。

さて、今日は午後からもうひとつのミッション。
ロシア美術館を攻略です。

えーじ
posted by ととら at 15:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月14日

第14回取材旅行 その2

昨日の話では「順調に行っているんだな」、
と思われたかもしれませんが、
実は微妙なサプライズがお約束で待っていました。

まずはホテルのチェックイン。
タクシードライバーのおじさんが案内してくれたドアから入り、
暗く狭い階段を3階まで登ると、
そこにレセプションのドアがありました。

「ドブリー ヴィチェル(こんばんは)、予約していたえーじです」

そう挨拶した僕にカウンターにいた若い女性は、
いきなり「For you」と言ってスマホを手渡してきたじゃないですか。

おいおい、出し抜けに電話かい?

「もしもし?」
「こんばんは、ようこそ当ホテルへ。
 支払いはカードですか? それとも現金?」

男性の声が英語で突然話し出しました。

「・・・? 現金でお願いします」
「では彼女に支払って下さい。
 そうすると彼女が鍵とWI-FIのパスワードをお渡しします」
「彼女は英語が話せないのですか?」
「そうです」

なるほど。

ホテルのネットの情報では、
対応言語の欄に『英語・ロシア語』と謳っていましたけど、
それは常に英語とロシア語が通じるという意味ではないのですよ。
こういうのは珍しくありません。

「何か質問はありますか?」
「いいえ」
「明朝、私はホテルにいます」

うれしいね。

「どうしたの?」
「彼女は英語が話せないのさ。
 取りあえず料金を払って部屋に入ろう。
 今日はもうくたくただ」

部屋に入って僕たちがまずやるのは、
電気と水回り、そしてセキュリティのチェックです。
灯りは点くし冷蔵庫も冷えてる。
シャワーのお湯もOK。

しかし、窓を開けると・・・

「ふ〜ん、3階だけど2階の屋根がせり出していて、
 そこから簡単に入れるな。
 しかも・・・窓にはまっている鉄格子はぐらぐらで落ちそうだ」
「鍵は閉まる?」
「ちょっと待って・・・よっと!」

窓を閉めてレバーを下げようとしても完全に下がりません。
その状態でぐっと力を入れると、簡単に窓が開いてしまいます。

窓の目の前は他から簡単に侵入できる屋根。
壊れた鉄格子。
閉まらない鍵。

ダメじゃん。

僕は再びフロントへ戻り、
ダメもとで彼女に英語で話しかけました。
そして合点が行かない彼女を連れて部屋まで行き、
窓を指差して肩をすくめ、

「これは壊れてますよ」

意味を察した彼女がトライするも状況は変わらず。
すると再びスマホを取り出しロシア語で何か話すと、

「For you」

さっきの男性に相談して部屋を変えてもらいました。

こうしていろいろあるんですよ、僕らの旅は。
ま、これくらいは別にいいんですけどね。

えーじ
posted by ととら at 01:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月13日

第14回取材旅行 その1

日本の皆さま、ドーブラエ ウートラ!(おはようございます!)
そしてプリヴィエート!(こんにちは!)

僕たちは無事、ロシアのサンクトペテルブルグに着きました。
日本との時差はマイナス6時間。
そちらはいま14時36分ですが、ここは8時36分です。

窓を開けると空は曇り。気温は15度くらいでしょうか。
東京の3月下旬に近い陽気です。

昨日、仮眠を取っただけの僕らは朝7時に野方を出発。
成田エクスプレスの車内でテイクアウトしたコーヒーを飲みながらパンを齧り、
ああ、東京駅だな、と思ったところで気絶。
気が付けば成田空港第2ターミナルでした。
僕たちは終点の第1ターミナルで降り、
アエロフロートさんのチェックインカウンターへ。
気懸りだった荷物の受け取りは、
最終目的地のサンクトペテルブルグで出来るということで一安心。
ボーディングパスも乗継便の分まで貰えましたから、
モスクワでのチェックインも必要ありません。
これなら大分時間を節約できるでしょう。

ちなみに毎回気になるこのボーディングパス。
最近主流になりつつあるウェブチェックインをした場合、
スマホに添付ファイルで送付するか、自分で印刷して持って行きますが、
結局、こうしてチェックインカウンターで再印刷することが多いのですよ。
これでは航空会社さんの手間も減らないだろうし、
こっちのささやかな努力も水の泡。
どうなっているのでしょうね?

成田、モスクワ間のフライトタイムは9時間22分。
機材はエアバスのA330-300でしたから使い勝手も良し。
座席が2列、4列、2列ですからね。
ボーイング777だと3列、4列、3列、
同じく787だと3列、3列、3列、なので、
早めに中央列のどちら側かを確保しないと、
通路側に座っていても奥の人がトイレに行く度に、
席を立たねばなりません。
一人旅で窓際や中央に座ってしまった人はちょっと気の毒なのですよ。
ですからやむなく僕たちが3列席の通路側に座っている時は、
奥の人に「僕たちが寝ていても気にしないで起こして下さいね」
と声をかけておきます。

アエロフロートさんは一昔前、
機体の古さやサービスの悪さ、時間の不正確さ、バゲッジロストで、
バックパッカーの間でも悪名が高かったものですが、
今はそれも過去の話。
2013年にお世話になった時もそうでしたけど、
今や他のヨーロッパの航空会社とまったく変わりません。
むしろ最近経営の苦しい北米系の航空会社よりいいかも。
時代は変わりましたね。

定刻に飛び立ったSU283便は予定より早く、
モスクワのシェレメチェボ国際空港にランディング。
僕らは例によって食後にまた気絶してしまったので、
あっという間のフライトでした。

さて、前回お話したオペレーションG.t.B最大の難関です。
バゲッジの受け取りと再チェックインがなくなったし、
予定より30分以上早い到着で時間が稼げたとはいえ、
僕らはかなり気合を入れて飛行機を降りました。
ところが・・・

イミグレーションは空いている上に手続きもさくさく進み、
インスペクターの質問は一切なしとなれば、
入出国カードにサインをするだけで、するっと入国完了。
あれれ? という感じ。

エスカレータで3階から1階へ降り、
税関申告は機内で読んだアエロフロートさんの機内誌によると、
1万ドル相当のものを持ち込む場合は申告して下さいとの説明があり、
二人合わせてもその半分にさえ手が届かない僕らは必要なしと判断。

同じターミナルDにある国内線チェックインカウンターで、
ボーディングパスを見せると、
「一般エリアの出国ロビーに出て3階まで上がり、
 セキュリティチェックを受けて下さい。
 サヨナラ!(最後の一言は日本語)」

そんなこんなで、
東洋人の姿が殆どない国内線のセキュリティエリアに入ったのは、
ボーディングタイムの1時間以上前でした。

機体整備の関係で30分遅れてモスクワを飛び立ったエアバスA320は、
1時間5分でサンクトペテルブルグのプルコヴォ空港に着陸。
ここまで計3回機内食を食べましたけど、
このフライトで出た黒パンのサンドウィッチが一番美味しかった!

それではこのオペレーションの最終フェーズです。
まず、僕らのバックパックは無事に受け取れるでしょうか?
実は成田から乗ったSU283便は、
モスクワを経由してロンドンまで行くフライトだったのです。
もしかしたら、今ごろ憐れな僕たちのバックパックは、
ヒースロー空港のターンテーブル上でグルグル回っているのかも?

そうして待つこと5分ほど。
僕の嫌な予感をよそに、バックパックを受け取った僕たちは、
バゲッジクレーム内にあるタクシーカウンターへ。
プロコヴォ空港で声をかけて来るタクシードライバーは悪名が高く、
ターンテーブル上にも大きく、
「プライベートドライバーは安全ではない上に料金も法外です。
 タクシーカウンターで手配して下さい」と注意書きが。
ここではクレジットカードを使い、2000ルーブル(約4000円)で手配。
人数を訊いてきたので一人だと1000ルーブルだったのでしょう。

一般エリアに出たら次のタスクはルーブルのゲットです。
ここではATMから現地通貨を引き出そうとしたのですが、
PLUS対応のATMが見当たりません。
そこで安全な銀行内にあるATMでクレジットカードから、
当座のルーブルを降ろしました。

プロコヴォ空港から市内中心までの距離は約18キロメートル。
初老のドライバーは僕が渡したマップを見てカーナビにセットし、
30分ほどでネフスキー通りにあるホテルの近くまで来ました。

この辺かな? というところでタクシーがストップ。
しかしそれらしき建物は見当たりません。
ドライバーはホテルに電話して場所を訊いています。
彼は英語が話せなかったので、手招きで「降りて下さい」。

彼が案内してくれたのは、
大きなビルの中庭に通じる薄暗いゲートの前。
そこで呼び鈴を押しています。
もしや・・・と思って小さなネームプレートを読んでみると、
そこに小さくホテルの名前と部屋番号がありました。
これはポーランドのワルシャワで泊ったホテルとそっくりです。
独立したの建物があるのではなく、
大きなビルの一部がホテルになっており、入り口は中庭にあるのです。
親切なドライバーは僕たちをホテルの入り口まで案内してくれました。
単独で探していたら、大分時間がかかったことでしょう。
こういうことを考えると、
ちょっと高くてもエアポートタクシーを使う価値はありますね。

初日の夜は近くで軽く食事を済ませ、
シャワーを浴びた僕たちは待ちに待ったベッドへ。
はぁ〜、やっと着いたぁ!
そう体を思い切り伸ばしたと思ったら、またもや気絶。
気が付けば朝の7時半でした。

えーじ
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2017年06月12日

第14回取材旅行の準備 その7

今は日付が変わって0時23分。
ほぇ〜、やっと自宅へ帰ってまいりました。

取材旅行の準備は、
僕たちなりに最適化しているつもりですが、
今回は通常の業務が予想以上に忙しかったこともあって、
段取りが悪かった初回を思わせるパツパツぶり。
端的にいうと、まだパッキングが終わっていません!

ま、野方を出るのが朝7時15分ですから、
シャワーを浴びたらしこしこやりますか。

こういう状況に陥った時の切り抜け方は、
ミッションのフェーズを可能な限り短く区切り、
一点集中型でコマを進めることです。

今日の場合に例えれば、
成田空港第1ターミナルまでアクセスし、
アエロフロートさんにチェックインするまでが第1フェーズ。
そもそもここで寝坊したら完全にアウト。

次が懸案のモスクワトランジットをクリアし、
サンクトペテルブルグのプルコヴォ空港へ着くこと。

そして最後は、ネフスキー通りのホテルにチェックインし、
ベッドで横になることです。

そう、したがいましてオペレーション名は、
Operation G.t.B(Go to Bed!)

これが実に、遠ぉ〜〜〜〜〜い道のりなんですよ。

それでは次はロシアから!

えーじ
posted by ととら at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月10日

第14回取材旅行の準備 その6

シリーズ化された人気映画では、
しばしば主人公の言う決め台詞があります。

たとえばダーティー・ハリーでは、
 Go ahead, make my day.

とか、

ターミネーターなら、
 I'll be back.

などなど。

先日、DVDで、
スターウォーズのスピンアウト作品ローグ・ワンを観たのですけどね、
このシリーズなら言わずもがな、
May the Force be with you.
となりますが、実はもう一つあるんですよ。
それは、

I got a bad feeling about this.
 (嫌な予感がするぜ・・・)

これは劇中で主人公がピンチに陥る前に言われる科白。

僕はジェダイの戦士ではありませんから前者を使ったことはありませんが、
残念なことに後者はよく使います。
いや、使わざるを得なくなるんですよ、 特に取材旅行中は・・・

で、今回も出発前から早々に使いました。

この前、成田からロシアのサンクトペテルブルグまで移動する、
初日の流れを確認していたのですけどね、
モスクワでのトランジットが微妙なことに気付きました。

お世話になる航空会社はアエロフロートさん。
成田からモスクワまで国際線で飛び、
モスクワで国内線に乗り換えてサンクトペテルブルグまで。
トランジットタイムは2時間10分。

余裕綽々とはいえないまでも、一般的には無理のない乗継です。
しかし調べているうちに分かったのは、

1.入国審査はモスクワのシェレメチェボ国際空港で行われる。

ま、これはいいとして。

2.かつてに比べて入国審査はスピーディーになった(らしい)が、
  それでも諸般の都合で2時間ほどかかったケースもある。

3.入国審査の後、成田で機内預けにしたバックパックを受け取り(!)、
  国内線の出発フロアまで移動し、再度チェックインしなければならない。

とな!

(BGM:Theme of Mission Impossible)

このミッション、そもそも入国審査の時点でアウトの可能性があるのに、
加えて一度荷物を受け取らねばならんとは!

有利な条件としてすべてがターミナルDで完結しているとはいえ、
入国審査のペースやバゲッジが出て来るタイミングは、
僕たちでコントロールしようがないし、
現時点では誰にも分からない。

航空券を手配した旅行代理店経由で確認したところ、
税関で申告するものがなければ、
成田からサンクトペテルブルグまで荷物は直送してくれる・・・らしい。

そうであることを祈りたい。

ま、ここは当日チェックインカウンターで直接訊いてみるのが、
一番確実・・・かな。
ふぅ・・・

Oh...I got a bad feeling about this.

えーじ
posted by ととら at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月07日

抜き打ちテスト

ととら亭は旅の食堂。
色々な国の料理をアレンジしないで再現し、
僕たちの旅の経験をシェアするのがミッションです。

であるからには、
いらっしゃるお客さまの殆どが日本人・・・

という訳ではありません。

しばしば思いもよらない国から来日したお客さまが、
僕らにとって微妙なタイミングでご来店されることがあります。

先日の夜、少々混雑したディナータイムで、
カウンター奥の席(僕の目の前)に、
日本人と白人の女性のお客さまがいらっしゃいました。
彼女たちがオーダーした料理のひとつは、
世界のギョーザ特集でやっているスロバキアのピロヒー。

もしや・・・? と思い、訊いてみれば、やっぱり・・・
白人の女性はスロバキアの東部出身で、
いま野方の近くに住んでいるとのこと。

スロバキアの面積は北海道の3/4くらい。
人口は東京都民の半分以下、542万人ほどの国です。
そのレアな国民の一人がいま僕の目の前にいます。

ちょっとアンニュイな雰囲気の彼女。
実はピロヒーを作ったことはないそうで。
お婆ちゃんが作ってくれたものをよく食べていたそうです。

さて、僕がピロヒーをサーブして数分。
ほぼ食べ終っていた彼女に感想を訊いてみました。
すると意味深長な眼差しで・・・

「正直に答えた方がいいですか?」

だって。

イマイチだったのかしらん?
再現度は高い筈なんだけどな・・・
む〜・・・それでも本家の人のご意見はぜひ聞いておきたい。

「ええ、率直にお願いします」

「私のお婆ちゃんが作ったものより美味しいわ!」

はぁ〜、合格か!
いやはや僕たちなりに納得して出してはいるものの、
こうした抜き打ちテストはやっぱり緊張しますね。

ホント、いろんな意味で気が抜けない仕事なんですよ。

えーじ
posted by ととら at 16:36| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2017年06月04日

逆取材 その4

5月28日(日)にオンエアされた文化放送『浜美枝 いつかあなたと』。
この収録は放送日から遡ること約3週間前の、
5月9日(火)に行われました。

浜松町にある文化放送さんでの集合時間は午前11時45分。
受付で名前を告げた僕が案内されたのは9階です。
エレベータホールに出ると、
この仕事のオファーをくれた放送作家のG氏が出迎えてくれました。

「どうもはじめまして!」

とお互い言いつつも電話やメールでやり取りをしていましたし、
G氏の気さくな人柄の所為か、初対面と言う感じがしません。

エレベータホールを右に曲がり数メートル進んだところで、
左手に小ぶりなスタジオがずらっと並んでいるのが目に入りました。
同じラジオ局でも3日前に行ったTBSさんとは全く違います。
どことなく、バンド小僧だった頃に通った練習スタジオのよう。

さっそく僕たちはスタジオの前にある打ち合わせブースで名刺交換です。
そして台本を受け取り、簡単に説明を受けました。
と言っても、細かな話ではなく、ほとんど雑談。
今回も業界人ではないゲストを緊張させないようにする、
ご配慮をひしひしと感じます。

「久保さん、一昨日、久米さんの番組に出てたでしょ?」
「え? ああ、聴かれました?」
「浜さんは聞き手に回る方ですから気楽に話して下さいね」

そんな話をしているうちに番組の担当スタッフさんも現れてまた名刺交換。
で、スタジオに参りましょう!

学校の放送室を思わせる8畳ほどの広さのスタジオには、
すでに浜さんと寺島アナウンサーがいらっしゃいました。
テーブルの上には僕の本もあります。

浜さんは舞台を引退されているとはいえ、
所作といい、話し方といい、
さすがは元ボンドガールまで演じた女優さんという感じ。
なんかキラキラしています。

寺島アナウンサーはラジオで聴く通りのフレンドリーなキャラクターで、
G氏と同じく初めて会った気がしません。
そして挨拶のあとに、

「ととら亭は中野区の野方にあるんですよね?
 僕、出身が下井草なんですよ!」
「やぁ、ほとんどお隣さんですね!」

続いて不思議な縁を感じたのが浜さんとの話。

「奥さまは箱根のオーベルジュで働いていたのですか?」
「はい、浜さんはお住まいが箱根でしたよね?
 もう15年ちかく前になりますけど、
 ワイフが修業中だった時に浜さんがいらっしゃられたのを、
 彼女は覚えていましたよ」
「あらまぁ!」

ホント、人生どこでどう繋がるのか分かりませんね。

こうして場が和んだところで収録です。
僕の斜前に座った浜さんが、
コンソールルームのエンジニアとアイコンタクトするなり、
冒頭のクレジットを読みはじめました。

いやぁ〜、この静かなスイッチの入り方がスゴイ!
発声と間の取り方が雑談していた時とはまったく違うのです!
凛とした緊張感があるものの、それでいて肩の力は抜けている。
僕はポカンと聞き入ってしまいました。

彼女が話し終わると、どうぞとばかりに寺島さんへ手で合図。
僕の左隣りに座った彼がそれを受けて、
朗々と紹介文を読み上げ始めました。
まさにこれ、阿吽の呼吸というものでしょう。

奇妙な例えかもしれませんが、
まるで僕はバンドをやっていた時のように、
初めてのメンバーとセッションしている気分になりました。
そう、浜さんと寺島さんがドラムとベース。
僕は今回ギターで参加です。
お二人のテンポとリズムに気持ちを合わせて、
そろそろとコードを刻み始め、
質問を受けたところでソロを弾きます。

久米さん、堀井さんとのセッションがちょっと跳ねたジャズだとすると、
今回は軽やかなバーデン・ハウエルばりのボサノヴァでしょうか。
心地よいレイドバックしたムードの中に流れる時間は、
あっという間に過ぎてしまいました。

そしてスムーズに収録が終わったところで記念撮影です。

この時は気付かなかったのですが、
浜さんがコマーシャルさながらに僕の本を持っていてくれました。
その『持ち方』にご注目を!

onradio.jpg

こういうのは、さっと出来るものではありませんよね。
永年の女優業の他、
コマーシャルで商品を手に撮られ続けていたご経験からか、
何ともきれいな持ち方をされているじゃありませんか。

ん〜・・・徹頭徹尾、
皆さまのプロフェッショナリズムを感じたひと時でした。

えーじ
posted by ととら at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年05月29日

第14回取材旅行の準備 その5

「シャウレイか・・・聞いたことがないな」

今回の取材旅行の行き先を発表した後、
バルト3国を訪れたことのある方々から色々アドバイスを頂いたのですが、
その中に、リトアニアでは、
シャウレイという街が印象に残ったとのご意見がありました。

なるほど調べてみると、
無数の十字架が立ち並ぶ丘で有名とのこと。
なんでもそこは19世紀初頭に、
この地の圧政者だったロシア帝国に対する蜂起で亡くなった、
同胞のために作られた場所で、
その後も幾度となくソビエト連邦時代に焼き払われたものの、
リトアニア人の不屈の努力で都度じわじわ復活し、
独立を果たした今では、かなりの規模になっているそうです。

シャウレイの位置はリトアニアの北部。
丁度ラトビアのリガからリトアニアのビリニュスへ向かう途中にあるので、
ここで一泊してみようということになりました。

実は僕たちが予定を変えた理由は他にもあります。

シャウレイはリトアニアで第4の都市といわれているものの、
実のところ、いわゆる『観光地』ではありません。
はっきり言って、ただの地味な地方都市です。

でも、それが僕たちの旅心をそそったのですよ。

コロッセオやエッフェル塔のようなランドマークはないし、
クリスタルガラスやワインなどの特産品を扱う土産物屋もない。
しかし世界遺産の旧市街がある首都のビリニュスがよそ行きの顔だとすると、
『何も見るべきものがない』シャウレイは、いわば素顔のリトアニア。
僕たちが魅力を感じるのは、そんな場所なのです。

『何もないところ』とは、言い換えれば、
『自分で発見する何かがあるところ』でもあります。
たとえば2月に訪れたバルカン半島では、
ギリシャのテッサロニキやハンガリーのセゲドがそれにあたりました。
僕のPCのスライドショーで映されている写真の数々は、
そうした僕だけの名所ばかり。

『なにもない』シャウレイの街。
そこで何が僕たちを待っているのか。
それが今からとても楽しみです。

えーじ
posted by ととら at 00:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記