2018年01月24日

第15回取材旅行 その2

日本の皆さまこんにちは、それからこんばんは!
そちらとの時差は7時間。
ケープタウンはいま夕方の6時です。

ニュースを見て驚きましたが、
関東地方は雪で大変なことになっていますね。
さらに厳しい寒波が暫く続くとは。
これから当分凍った雪が残ると思いますので、
外を歩く時は十分注意して下さいね。

ケープタウンの天気は曇り後晴れ。
気温は東京の10月初旬くらいで過ごし易いです。
訪れたのは2年振りですが、
ざっと中心部を歩いた限りでは殆ど変化はないように思います。

特に空港からバスで移動してすぐ通過するタウンシップ(スラム)を見ると、
良くも悪くも変わらないんだな、という気がします。
ホームレスの姿も相変わらず多く、
陽が暮れるとカフェやショップが次々と閉まって人通りが急に減り、
雰囲気が一変するのも同じ。
残念ながら旅行者が夜出歩ける街ではないのですよ。

宿は移動の利便性と治安を考慮して、
ループストリートとロングマーケットストリートの交差点に取りました。
南アフリカは基本的にそれほど物価の高い国ではありませんが、
観光地のケープタウンの宿相場はそれほど安くないですね。
僕たちが投宿しているところはダブルルームが朝食込みで約1万円くらい。
ドミトリー(相部屋)でも約2,500円します。
二人だとドミの倍額で広い個室を借りられるので割安ですけどね。
中心から離れればもう少し安くなりますが、
夜は食事をするにも歩き回ったり流しのタクシーを拾う訳にはいかないので
僕らの仕事には不向きなのですよ。

食事はやっぱり美味しいです。
さすがは美食の街。
ワインも手頃でグレードの高いものがレストランで楽しめます。
今回の旅の目的は昨夏にご紹介したペリペリチキンのオリジナル探し。
初日の夜は定番のNando'sを訪れました。
モザンビークパプリカ風味がメニューに追加されており、
当然試してみましたが、
ちょっと甘みのあるブラーイ(バーベキュー)風味といった感じかな?
ん〜・・・いいですね〜。

今日はウォーターフロントにあるレストランで、
別バージョンも試してみました。
どれも微妙な違いはありますけど、辛み、フルーティな酸味と、
タイムやオレガノを中心とした香りをベースにしているところは基本的に同じ。
思わず既に食べ過ぎ状態の二人でございます。

あと30分で夕食か・・・
まだ全然お腹が空いてません。
食事の量が多い南アフリカの取材は厳しいんですよね。
それじゃ腹ごなしにスクワットとプッシュアップを
100回やってから出かけよう!

えーじ
posted by ととら at 01:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月23日

第15回取材旅行 その1

はぁ〜・・・遠い!

野方を出発してから32時間。
鉄道を3本、飛行機を2本、そしてエアポートバスを乗り継ぎ、
泣ける機内食を5回食べて、
ようやく着きました南アフリカのケープタウン。

加えて皆さまご期待の『スリルとサスペンス』も1回ありましたよ。

いつか「僕の勘はよく当たる」と言ったのを覚えていますか?
この取材旅行の準備編その3でもお話したように、
アジスアベバでのトランジットは悪い予感ぷんぷんでした。

で、やっぱり・・・

定刻を20分遅れて香港を飛び立ったエチオピア航空ET873便は、
その遅れを引きずったまま、
10時間後にアジスアベバのボレ国際空港へ着陸。

これだけでも1時間30分しかないトランジットタイムが
20分もロスした訳ですが、
着陸前の機長のアナウンスを聞いていたら・・・

「ねぇ、あとどのくらいで着くの?」
「ちょっと待って・・・な、なんてこった!」
「どうしたの?」
「到着ゲートが変更されてる。しかもあのターミナル1だ!」
(詳しくは第11回取材旅行その3をどうぞ)

BGM Theme of Mission Impossible

「うっそ〜!」
「こりゃマジでヤバイ」
「飛行機を降りたら急がなくちゃ」
「そうもいかないよ。アジスアベバの標高は2300メートル以上ある。
 加えて僕たちは長時間フライトで軽い脱水症状だ。
 むやみに走ったり階段を駆け上ると頭がガンガンになっちまうよ」
「どうしよう?」
「とにかく飛行機が停まったらすぐ降りられるように準備をしておこう」

やがて飛行機が着陸しタラップが近付いてきました。
その緩慢な動きと腕時計の秒針を見比べていると、
時間が永遠のように感じられます。

混乱し始めた機内で僕は少しでも早く出ようと、
ともこを先へ送り出しました。
そこへ荷物を沢山持った巨体の女性が僕の前へ入り、
僕と彼女は5メートルほど離れ離れに。

何かとヤバいな、こうなったら出たとこ勝負で急ぐしかない。

そう思って彼女を見ると、
僕の死角にいる誰かとこちらに視線を送りながら話をしています。

話? 彼女が『ともこ語』で?
あ〜・・・さらに悪い予感がしてきた。

「えーじ! 乗継便はターミナル1から出るらしいよ!」
「なんだって? 出発もターミナル1?」
「あのお兄さんもケープタウンに行くらしいの」

振り返ると白人の青年が不安そうな顔をして立っています。

「やぁ、あなたもケープタウンに?」
「ええ、ですが時間がありません。
 ここの人たちはみんなまとまりがなくて困りました」
「とにかくバスに乗り込みましょう!」

エプロンに駐機した飛行機から僕たちを乗せたバスは、
滑走路と並行に走り、
間もなくターミナル2の前で停まりました。
これから厄介な保安検査も受けなければならないのに、
ボーディングゲートがクローズするまであと30分しかありません。

「あれ? ターミナル2に来たよ」
「降りて! インフォメーションボードを見ている暇はない。
 空港職員に訊きながらボーディングゲートへ行こう!」

僕はボーディングパスを片手にユニフォームを着た人に駆け寄り、

「すみません!
 ケープタウン行きのボーディングゲート1Bはどこですか?」
「そこを右に曲がって進んで下さい」
「ありがとう! あっちに行くぞ!」

工事中のような回廊を早足で進んだ僕たちは、
乗客でごった返している出発ロビーに出ました。

僕たちの近くにあるのは・・・ゲート5。
どっちがゲート1Bだ?

「あっちの方はナンバーが大きくなってますよ」
「じゃ逆に行きましょう!」

「すみません!
 ケープタウン行きのボーディングゲート1Bはどこですか?」

僕と彼は交互に空港職員を見つけては聞きながら進んで行きます。

「あった! あそこがボーディングゲート1Bだ!」

そこはボーディングブリッジではなくバスのゲートでした。
走って来た僕たちに気付いたゲートの職員が急げと手招きしています。

「ケープタウン行きですか?」
「そうです」
「このスキャナーにボーディングパスをかざして下さい」

僕たちがバスに乗り込むと、
ほどなくターミナルビルの入り口にいたスタッフが頭上でバツ印を作り、
ゲートが閉じると同時にバスが走り始めました。
なんと保安検査はなかったのです!

We made it!(やりましたね!)」
Yeah

名前も知らない旅人同士の連携プレーで、
僕たちはギリギリ乗継便に間に合ったのでした。

to be continued.

えーじ
posted by ととら at 01:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月21日

第15回取材旅行の準備 その5

唐突ですが、快挙です!

え? 何がスゴイかって、
今回のように余裕を持っての出発は、
ととら亭史上初めてのことなのですよ!

昨夜はお店をシャットダウンして時刻は深夜を過ぎましたけど、
その後、僕たちは6時間以上たっぷり寝た上に、
なんと朝風呂まで入り、ゆっくり朝食を摂ってからのパッキング。

こんなにのんびり旅に出るのは何年振りかしらん?
多分、独立前の2009年に行った中南米の旅以来だと思います。

あの頃とは旅の出方もずいぶん変わりました。
一番うれしい変化は、出発前の「いってらっしゃい!」。
かつては個人的にひっそり旅立っていたのが、
今ではお客さまからそんなお言葉を頂きながらのスタートになりました。
ホント、季節は冬でも心は温かく歩き始められます。

さぁ、まず目指すは南アフリカのケープタウン。
アジスアベバで一泊にならないことを祈りつつ、
アパートを出ようと思います。

それでは行って来ま〜す!

えーじ
posted by ととら at 13:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月20日

第15回取材旅行の準備 その4

いよいよ明日は出発。
営業と並行してお店のシャットダウンプロセスも粛々と進めています。

今回の旅は珍しく早出が一切ないスケジュールとなりました。
明日のフライトも成田を飛び立つのが20時10分ですから、
空港には18時までに着いていればOK。
となると野方を出発するのは15時くらいで十分間に合います。
いつもはディナーを終えて深夜にアパートへ帰り、
そこからパッキングして2〜3時間の仮眠の後で出発!
とか、ランチを早回しで片付けて17時に新宿駅へダッシュ!
ですからね〜。
気分的にも肉体的にもずいぶん楽です。

昨夜は日付が変わったところで、
エチオピア航空さんのウェブサイトからチェックインを済ませました。
出発の48時間前から使えると書いてありますが、
実際は出発前日の午前零時までは「Gate Close」の状態。
ま、よくあることです。
動きが重いのでビミョーなムードもありましたが、
無事に個人情報の入力と座席の指定が終わり、
ボーディングパスの印刷まで終了。

座席は前回お話しましたように、
アジスアベバ降機時の混乱を見越して16列目の中央列左側をゲット。
そう言えば機材は Boeing 787-8 なんですけどね、
あの3シートが3列タイプは使い難いんですよ。
乗客数を増やすには仕方ないのでしょうけど、
だいたい旅行するのは1〜2人組が多いでしょう?
となると3シートは、
同行者と離れて座らなければならないケースが起こり易くなるんです。

また、窓際にひとりで座ってしまうと、
トイレに行くにもお隣さん2名に「ちょっと失礼」となるわけで、
寝ている時などはかなり気が引けますよね?

こういうのは長時間フライトでエコノミー症候群が危惧される場合、
深刻なことが起こりかねないので、
僕たちが窓際列の通路側に座らなければならい時は、
窓際の人に「僕たちが眠っていても構わず起こして下さいね」
と最初に挨拶がてら声をかけておきます。

で、そんなことを避けるためにも、
こういう座席配置タイプの機材の場合は、
中央列を指定しているのですよ。
それならひとりの方も気兼ねなく席を立てますからね。

それから気になる天気は危ないところでした。
明後日の関東地方は雪になりそうじゃないですか!
もしこれが一日前にずれていたら、
前日の夜のうちに成田まで移動して、
トランジットホテルに泊まっていたかもしれません。

ホント、飛行機に乗る前から何が起こるか分かりませんよね。

さて、間もなくディナー営業です。
少々草臥れてきましたが気合を入れ直して始めよう!

えーじ
posted by ととら at 16:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月19日

第15回取材旅行の準備 その3

頭のいい大人たちが忘れてしまったこと。

それは、
『未来は誰にも分からない』という真理です。

にもかかわらず、明日の予定にとどまらず、
来月、来年の予定や計画を僕たちは無邪気に立てていますが、
それは単純に、

昨日まではああだった、
そして今日もこうだった、
だから明日もそうに違いない!

という根拠がありそうでない3段論法を信じているからなんですよ。

こうした希望的観測が本当の意味で希望でしかないことを、
僕たちはさまざまな局面で学ばされます。
その典型的な例の一つが旅。

そう、特に僕たちが行くような個人旅行は、
それこそ不確実性の塊りなんですよ。
ましてや今回は行き先がアフリカでしょう?

そんな訳で、こういう場合はあまりタイトにスケジュールを組まず、
事前に洗い出した不確定要素への対応策を事前に検討しておくこと。
これに尽きます。

そこで最初の目標は、
ケープタウンの宿にチェックインすることとしました。
その先のことはまだ考えない。
となると最も大きい不確定要素は、
やっぱりエチオピアでのトランジットです。

因縁のボレ国際空港はトランジットルートが分かり難い上に、
保安検査の要領が悪く、
一般的に下限とされる1時間半のトランジットタイムがあっても、
乗継便を逃す可能性があります。
(実際そうなった旅人から入った情報です)

そこでやらねばならないことは、
降機したら可及的速やかに保安検査まで進むこと。
そしてその対策は、

1.事前にボレ国際空港のマップを入手し移動ルートを確認しておく。
2.機内の座席は左側でなるべく搭乗口に近い機体前部に取る。
  香港で給油中に中国人の乗客が多数乗り込んできますが、
  中国の文化に「整列」はありません。
  彼らはセーフティベルトの着用サインが消えるどころか、
  ランディングした途端に全員が席を立ちあがり、
  ヘッドロッカーから荷物を取り出すくらいはしますので、
  (実際に北京で遭遇したことがあります)
  混乱が最大化する前に脱出する必要があるのです。
  (マナーが悪いという意味ではありません。
   そういう「文化」なのです)
3.降機前にトイレは済ませておく。

そもそも成田からの便が遅れたらどうしようもありませんが、
この3つの対策で何とか間に合うことを祈りましょう。

しかしながら取り残された場合はプランBに移行です。
エチオピア航空さんに代替便とホテルの提供を交渉し、
それがまとまってからケープタウンのホテルに事情を伝えます。

そう、プランBを見越して1日分の着替えと、
必要な機材は機内持ち込みにする必要がありますね。

ケープタウン国際空港まで着いてしまえば、
2年前に一度行っているので不確定要素はありません。

いかがでしょう?
何か起こりそうな気がしませんか?

僕たちの旅はいつもこんなものなんですよ。

えーじ
posted by ととら at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月17日

第15回取材旅行の準備 その2

あれよあれよと云う間に5日後の出発となりました、
今年初の取材旅行。
『その1』をお話したのが去年の10月下旬でしたから、
ざっとおさらいしますと、
取材地は南アフリカ(ケープタウン)、
スワジランド(ムババネ、マンジーニ)、
モザンビーク(マプト)となります。

今回ビザが必要なのはモザンビーク。
先週の火曜日にモザンビーク大使館まで申請に行き、
昨日引き取って来ました。

手続きはとてもスムーズでしたね。
まず大使館のウェブサイトがとても分かり易い。
必要な情報が簡潔に理路整然とレイアウトされています。
これは今まで申請した渡航国の中でも、
飛び抜けた親切設計じゃありませんか。

さらにレセプションの日本人職員の方がとてもフレンドリーで、
説明も丁寧でしたから、手間いらずで不安はまったくなし。

場所は東急田園都市線桜新町駅から徒歩7分程度のところ。
なんと長谷川町子美術館と路地を挟んでお隣さんです。
建物はウズベキスタンやアゼルバイジャンの大使館と同じような、
社長の邸宅風一軒家。
旗が出ていなければ大使館だとは分からないでしょう。
そう言えば2014年にお世話になったアゼルバイジャン大使館は、
隣の駒沢大学駅下車でしたね。

申請しに行った時は、
書類の審査が終わるまで応接室で20分ほど待っていました。
申請者は僕の他に4人。
終ると入り口のレセプションから声がかかるのですが、
1人を除いて「×××トラベルさ〜ん!」や「×××旅行さ〜ん!」
のような代理店の方でした。

申請に必要なものはケースによって異なりますが、
僕たちの場合は、

 ・パスポート
 ・パスポートの個人情報ページのカラーコピー
 ・写真(4.5mm×3.5mm)2枚
 ・申請書(英語)
 ・旅行行程表(英語)
 ・航空券の予約確認書
 ・ホテルの予約書
 ・ビザ申請料(12,000円×2人分)の振り込みレシート
 
それと黄熱病発生地のエチオピアを経由することから、

 ・イエローカード(黄熱病予防接種証明書)
  (僕たちは2009年に中南米を旅するために接種していました。
   10年間有効です)

の9点セット也。

ま、よくある内容です。
ものは少なくありませんけど、
ややこしいウェブ申請みたいな仕掛けがなかっただけ楽でした。

さて、ビザ、航空券、宿の予約、成田エクスプレスのチケット・・・
これで旅に必要なブツは揃ったかな?
あとは海外旅行保険に加入して各種ドキュメントを印刷し、
出発の前日にウェブチェックインを済ませればOK!

3カ国とも気になる治安や政治情勢の変化は、
今のところありません。
出発日の成田の天気も晴れ。

何かと厄介なことの多いアフリカの旅。
出発くらいはすんなりと行ってもらいたいですね。

えーじ
posted by ととら at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月13日

冬の旅の寒い思い出

ひゃ〜、寒い!
今朝は東京地方でもマイナス2度くらいまで気温が下がりました。
こんな時は布団から出るのがつらい。
ずっとぬくぬく丸まっていたい。

そんな人が多いのか、
こういう週末のランチは立ち上がりが遅いですね。
普段なら開店時間の11時半からすぐお客さまがいらっしゃいますが、
多分、今日は12時半前後まで静かでしょう。

しかし旅人はそんな弱音を吐いてはいけません。
というか、
旅人という種族は多かれ少なかれマゾヒストなんですよ。
かく云う僕もその一人。

寒さと言えばこの時期に思い出すのは、
2009年6月から9月にかけて行ったの中南米の旅。
南半球はこの時期真冬です。
特にペルーやボリビアの高所は厳しい日々が続きました。
何が厳しいかというと、それは標高や天候よりも『宿』。
僕たちが泊るような安宿には暖房がないのですよ。
それでいて天井が高く、ご丁寧に天窓まである。
しかもそのガラスが時々割れている!

共用シャワーはあるものの、
ガス欠で突然温水が氷のような水に変わる修行者向けのシロモノ。
歯をガチガチ言わせながら濡れた体を拭き、
飛び込むようにして部屋に戻ったら、
外にいた時と同じような厚着をしてベッドに潜り込みます。

だってね、室内の気温が外と変わらないんですよ。
場合によっては今日の東京のような氷点下!

『寒い』経験のトドメは、
塩の平原で知られるウユニ塩湖から3日かけて荒野を越えたルート。
最終日はチリ国境にほど近い露天の温泉に寄りました。
と言っても人肌程度の温泉が湧いている池があるだけ。
クアハウスじゃありませんよ。
本当に地平線の見える荒野にぽつねんと池があるだけ。
更衣室もなし。
崩れかけた小屋の陰で着替えるのです。

僕たちが入った時刻は氷点下15度近い朝8時頃。
そりゃもう寒いのなんのって。
入ったはいいけれども今度は出られない。
しかし入り続けている訳にもいかない。
そろそろという頃になると、
みんな頭だけ湯から出して顔を見合わせています。

6名のメンバーの中で男性は僕だけ。
しかも『日本代表』。
となれば・・・

やるしかない!

気合を入れて湯を出ると一目散に建物の陰へ。
後から心配そうな声が、

「Heeey Eiji! Are you OK? (ねぇ! えーじ! 大丈夫?)」
「D..D.D...Don't ask me!!(ボ、ボ、ボ、ボクに訊かないで〜っ!)」

開業してからはこれほどハードな旅には出ていませんが、
油断していたらカリブのビーチでカクテル片手にのんびりしていた6時間後、
マイナス20度のブリザードが吹きすさぶトロント空港のバスターミナルで、
凍死しそうになったことがありました。
(詳しくはこのブログで『第7回取材旅行』を検索してみて下さい)

いろいろあります僕らの旅。
寒さもまた暖かい部屋で振り返れば、
これまたいい思い出のひとつ・・・・

かな?

えーじ
posted by ととら at 15:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月09日

個人目標2018

3連休が終わり正月気分も抜けました。
さぁ、2018年本番の始まりです。

となれば恒例の個人目標ですね。

まず『スローダウンした生活とシンプルな人生』。
これは今年も続けて行きます。
ここまで『シンプルな人生』の部分は『コト』に重点を置いていましたが、
これを『モノ』にも広げて行こうと思うのですよ。

住んでいるのが2Kのアパートとはいえ、
6年も住んでいれば色々モノが増えてきます。
そこで『1年ルール』を適用し、
この1年間で使っていなかったモノはあげるなり、売るなり、
捨てるなりして処分することにしました。

それから『新しいことへの挑戦』。
人間半世紀も生きていると保守的になりがちです。
僕は性格が飽きっぽいからか、
何かと新しいものに手を出すタイプですが、
それでも自分のスタイルが出来上がると、
ハイティーンの頃のような好奇心が薄れてきた気がします。

また、責任ってシロモノのお蔭で、
攻めより守りに入ることが増えて来ましたね。

これは旅人にとって要注意。

そこでもう一度、
命綱を外して新しいことを始めてみようと思います。

あれこれビビッてリスクヘッジばかり考えていちゃ、
新しい旅を始められないんですよね。
というより、
窮屈な『自分』って器の中でちぢこまっちゃう。

「旅をしねぇブタはただのブタだ」

とポルコ・ロッソは言いました。

あれ? ちょっと違うか?

でもいいですよ。
オヤジが考えることはそう違いません。

ね、ご同輩?

俺たちの旅はまだ終わっちゃいない。
もう一丁やらかそうじゃありませんか。

えーじ
posted by ととら at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月05日

ハンガリー料理特集が始まりました!

ほぇ〜、やっとこさ旅のメニュー変えが終わりました。
なんと本番3時間25分前!
今年ものっけから滑り込みとは、先が思いやられますね・・・

今回はアンコールメニューも同時に変更しただけではなく、
モザンビークのビザ申請やら、
2月から始まる決算に向けたマイナンバーカードの申請やらが重なり、
『余裕を持った生活』からは、ほど遠いスタートに・・・

しかし!
何ごともいきなり100点を狙えるわけではありません。
地道な努力の繰り返しが大切なんですよ。
がんばれえーじ!

と自分を鼓舞しながらの初日となりました。
乞うご期待!

ハンガリー料理特集
posted by ととら at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年01月03日

仕事はじめ2018

いや、『はじめ』というより、
休みがなくなってしまいました!

毎年、年末年始は両家の実家を訪れ、
仕事始めの前日、
つまり1月3日は本当の意味で貴重な『完全オフ』にしていたのですが、
今年は曜日周りから営業開始が5日の金曜日になり、
メニュー変えの準備を今日からしなければならなくなってしまったのです。

もへ〜、なんてこった!

つい一昨日、『豊かな』生活のお話をした矢先にこうですから、
僕らの業も深いもんだのぅ・・・

と新年早々溜息をついてもはじまりません。

で、朝から店にこもって何をしているのかというと、
例によってともこは5日のディナーから始まるハンガリー料理特集の仕込み。
僕はそのキャプション書きです。

今月21日に出発するアフリカ南部取材旅行の資料を読み込んでいたところで、
強引に頭を中欧ハンガリーに切り替えたもんですから、
最初はどうも筆が進みませんでした。

でもマジャール人の歴史をあらためて調べているうちに、
心は懐かしのブダペストとセゲドへ。

この仕事をしていると毎回思うんですけどね。
一皿の料理には、壮大な時の深みと空間の広がりがあるのですよ。

ヨーロッパの中でも突出してユニークなハンガリー料理。
その担い手たるハンガリー人(マジャール人)は、
その起源をウラル山脈の南西部に持っているとか。
しかも今でこそ見た目は『白人』ですけど、
移動しながら混血を繰り返す前は、モンゴロイドだったそうです。

どうりで今でもかなりの確率でハンガリー人の赤ちゃんには、
蒙古斑があるのですね。
氏名も他のヨーロッパ系民族のように名前・苗字ではなく、
僕らと同じ苗字・名前の順ですし。

そして彼らの話すマジャール語は、フィン・ウゴル語系。
この言語グループには、
年末までやっていたロシア料理特集の『ギョーザ』ペリメニの発祥地、
コミ共和国で話されている、
コミ語やマンシ語も含まれているじゃないですか!

すごいな・・・みんな繋がっているのか・・・

新年早々、
僕の頭の中には新しい旅の構想が浮かび上がって来ました。

行ってみようか、ウラル山脈まで。
そこにはまたひとつの答えと、
新しい二つの謎が僕たちを待っているに違いない。

地球はなんて広いんだ。

えーじ
posted by ととら at 16:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記