2019年06月22日

第18回取材旅行 その4

昨日の16時半ごろ、僕たちは予定通り瀋陽に着きました。
今日は旅の5日目。
明日からのハードな移動に備えて休日を楽しんでいます。
といってもあれこれ出歩いているのではなく、
反対に食事以外はホテルでのんびり。
取材のノートをまとめたり読書したりですね。

その宿ですが、今回、僕たちの中国における平均宿泊費は、
ダブルで概ね1泊2,500円前後。
そういうとまたとんでもない所に泊っているな?
と思われそうですが、物価が安いので、
これでも日本でいう中級レベルの内容なのですよ。
居心地はとてもいいです。

ちょっと残念なのは、どこもスタッフとのふれあいがまったくないこと。
これは国民性の違いというか商い習慣の相違というか、
挨拶もしないのですよ。
それどころかチェックインの時の「いらっしゃいませ」や、
支払いの時の「ありがとうございます」すらなし。
加えて無表情なので日本的な感覚でいうと、
なにか怒っているような印象を持たれるかもしれません。
しかし、これで普通なのです。
ローカル同士のやり取りを見ていてもみな同じ。
ほとんど目を合わせないし。
当然、宿泊客同士はお互いをほぼ完全に無視しています。

で、例によって僕はここでちょっと実験をしてみました。

「早上好(ザオシャンハオ(おはようございます))!」

朝、エレベーターエントランスで一緒になった、
母、娘とおぼしき二人に挨拶してみたのですよ。

お母さんは何も言いませんでしたが、
娘さんは、一瞬はっとたじろいだ後、口ごもるように挨拶を返してきました。

次は朝食で入った近くのスタバ風のローカルカフェ。
起きたばかりで頭の回らない僕は、英語で注文し始めました。
見かけは中国人と変わらないオジサンが突然英語で話し始めたので、
カウンターの女の子は、え?っとなりましたが、
オーダーは通じたようです。
次は彼女が中国語で何か言い始めましたが、
まったく分からない僕は、たぶん持ち帰りか否かを訊いているとあたりを付け、
また英語で「ここで飲みます」と返すと彼女は納得。

で、面白かったのは店を出るとき。
僕が下げ台に食器を持って行き、ひと声「謝謝」とここだけ中国語で言うと、
今度は消え入るような声で「Thank you」と返事が。

僕の国籍がどこか分かっているようには思えませんでしたが、
こういうのもまた草の根外交のひとつだと思ってます。

対日感情が悪い印象はここまでのところまったくありません。
いや、実際、地域が地域だけに、
この点は出発前から大きな懸念材料のひとつだったのですけどね。
だってあたらめて日中間の近代史を読み直していると、
ありゃ〜、やっちゃったね・・・って感じですから。
(この辺の詳しい話はまたいずれ)

しかし隠し立てしても始まらないので、
僕はローカルと接した時には「我是日本人」とあっさり話しています。
で、先方の反応はというと、皆さんおしなべて好意的でした。
もちろん正確には何といっているのか分かりませんが、
笑顔を浮かべ、言葉の中には「リーベン(日本)」とか、
「ハオ(良い)」という単語が聞き取れたので、
少なくとも悪口や批判ではないでしょう。

取材は順調に進んでいます。
分かりやすく申しますと、
二人とも「もう当分ギョーザは食べたくない!」と心底思えるくらい、
餃子を食べ続けているのですよ。

今回は新しい料理を見つけることより、
ギョーザのルーツ探しがミッションですから取材メソッドも違います。
なるべく古そうな店に入り、そこで食べた餃子を、
『呼称、加熱方法、大きさ、形、食感、中身の具、味、食べ方』で、
比較して行くのです。
実際この方法で実に興味深い事実が浮かび上がって来ました。
この辺もあとで詳しくお話ししますね。

さて、冒頭でも触れましたように、
明日から3日間がこの旅の山場です。

まず明日は早朝6時前にチェックアウトし、7時の列車で北京へ移動。
北京では懐かしの王府井を中心に取材を進め、
21時過ぎの夜行寝台列車で内モンゴル自治区のウランチャブへ、
そこからバスか鉄道で国境の町エレンホトまでアクセスします。

何かとトラブルの多そうなこの国境を越え、
モンゴル側のザミンウードに抜けたら、
再び夜行寝台列車でウランバートルまで。

多分、エレンホトの宿でネットワークに入れると思いますが、
それがNGだとウランバートルに着く26日の水曜日まで、
僕たちはオフラインになるかもしれません。

ウランチャブから先は極端に情報が少なく、
ほぼ僕たちも出たとこ勝負になりますから、あとは着いてのお楽しみかな?
さいわい二人とも体調はいいので、まぁ、どうにかなる・・・でしょう。

まもなく時計は17時。
さぁ、今晩もまた餃子を食べに行かなくちゃ。
うへぇ〜・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月20日

第18回取材旅行 その3

旅の3日目。
僕らは午前中に高速鉄道で長春まで移動しました。
これ、最高時速約230キロ前後で走行する中国版の新幹線ともいえるもので、
220キロメートル離れた長春までたったの1時間20分。
それでいて指定席(+発券手数料)でひとり1550円也のハイコスパでした。
2等車でもきれいな車両で乗りご心地よし。

それにしても中国の鉄道は規模が大きいですね。
出発したハルビン西駅の巨大さには圧倒されましたよ。
さながら幕張の国際展示場のようです。

ちなみに移動コストと言えば、
ハルビンタクシーも明朗会計&リーズナブル。
初乗り8元(約125円)で、3キロメートルから先は、
500メートルごとに1元(約16円)が加算されます。
さっきホテルからハルビン西駅まで10キロほど乗っても約400円くらい。
(ひとり約200円・・・都バスより安い!)

ただし収入比較すると、
中国人の平均所得は日本人の32パーセントくらいなので、
まぁ、それなりの金額になるのでしょう。
(人口は10倍強ですからGDPは3倍前後になります)

さて、これまた巨大な長春駅に着き、
どんな街かと広大な地下道から地上に出てみれば、

おお、中国だ!

な街並みが広がっていました。
ハルビンに比べて街がコンパクトになり、
ごちゃっとした感じが香港の裏通りを髣髴させます。
駅の南東には『招待所』と称する簡易宿泊所が密集した安宿街もあり、
色と音のカオスといい、うさん臭さといい、
僕らもようやくエンジンがかかってきた感じ。
こうした場所には美味しいローカル安食堂があるんですよ。

そこでさっそくお仕事開始。
野生の勘で入った店で水餃と雲吞を注文してみました。
で、成果は・・・

お〜、なるほど!
ハルビンのギョーザとはっきり違いがあります。
この辺はメインテーマでもあるので、
あらためて詳しくお話ししなくちゃいけませんね。
この3日間だけでも、
かなり日本ギョーザのルーツの手がかりが見つかった気がします。

さらに雲吞を注文したのもお仕事のうち。
これ、皆さまもお気づきのように、
ギョーザのバリエーションとして分岐した料理と考えられるんですよ。
で、ここで食べた雲吞は、
まさしくジャオズと日本で食べる雲吞のミッシングリンクじゃないですか!

そう、ぺろぺろの皮にちょんもり肉が包まれているようなものではなく、
ほとんどスープに入った水餃だったのですね。
(湯餃(タンジャオ スープ餃子の意)という言い方もありますが、
この地域では見かけません)
そりゃもう食べ応え満点。
お味の方も、
二人そろって「今まで食べた雲吞の中では最高!」で一致しました。
なるほどね〜。

話は変わって中国経済です。

やや陰りはあるもののハルビン中心部の活況を目の当たりにすると、
中国も豊かになったんだなぁ・・・という印象を受けました。
しかし長春の中心で建設がとん挫したタワービルや、
その下に横たわる『さよならセール』寸前のモールを見て、
ふと思い出したのは、バブルの象徴のひとつだった横浜のマイカル本牧。

あそこは僕の実家のすぐ近くなので栄枯盛衰をつぶさに見ていましたけど、
古今東西を問わず、市場経済には波があり、頂点に合わせて箱モノを作ると、
遅かれ早かれ廃墟化が待っているというストーリーの典型だったのですね。
それが長春の場合は建設途中で放棄されたがゆえに、
ことさら荒涼とした雰囲気が漂っていました。

中国の収入不平等指数(ジニ係数)は、
2013年のワールドファクトブック(CIA)によれば、
データのある141ヶ国中27位。(日本は73位)

こうした投資のなれの果てをリアルにみていると、
富の集中が社会全体にとってどういう意味を持つのか?
あらためて考えさせられるような気がします。

あれ? ここは一応、社会主義の国なんだけどね。

さて、長春では明日の昼まで取材を進め、
午後にまた鉄道で南下し、遼寧省の省都、瀋陽に移動します。

ん〜、なかなか忙しいな!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月19日

第18回取材旅行 その2

ハルビンは中国最北に位置する黒竜江省の省都。
日本でいうなら札幌に相当すると思いますが、とにかく大きい。
とても地方とは思えない規模です。

その印象を増幅しているのが街の作り。
そもそもただの漁村だったところを都市化したのがロシアだったので、
ベーシックな造りはアジアというよりまさにヨーロッパ、
それも何かと建物や道路、区画を大きく作る社会主義仕様なのですよ。

普通の道路ですら片側3車線は当たり前。
建物は四角く巨大で仰々しい。
なんか人間が小さく感じます。

こんな風景どこかで見たな、と記憶をたどれば、
それはカザフスタンのアルマトィやアルメニアのエレバン、
そしてご本家のサンクトペテルブルグでしょうか。

そんな訳で、ちょっと2ブロック先まで行くにも、やたらと距離があり、
道路を渡るのもちょっとした気合が要ります。

英語はやっぱり通じませんね。
いま泊っているホテルですら、
フロントでも英語で話しかけるとスマホをかざしてきます。
なんだろう? と思って見たら翻訳アプリが起動していました。
「これに向かって話して」っというわけですね。

でもさぁ、
予約サイトでは使える言語が中国語と英語ってなってたんですよ。
人間のナマのスキルではなく、からくりものまでカウントするのなら、
それこそ『全言語対応』くらい謳っちゃえばいいんじゃないかい?

む〜、そこで頑張る僕のなんちゃって中国語ですが、
今のところコミュニケーション成立率35パーセントくらい。
練習しなくちゃ!

さて、午前中は重要なミッションがありまして、
ウェブ経由で購入しておいた鉄道チケットの受け取りに、
ハルビン駅北口まで行ってきました。
ここで興味深かったのは、ローカル同士のやり取りです。

日本でも中国人観光客の『マナーの悪さ』が指摘されて久しくなりましたけど、
ここで気を付けなければならないのは、
マナーとは純粋に文化的なものであるということです。
つまり世界にはさまざまな文化があるように、
ワールドスタンダードなんてものはありそうでない。
事実、ほんの数時間前に僕らがハルビン駅で見た光景は、
ある意味、日本はもとより、ほかの国でもあまり見かけないものでした。

僕がインフォメーションカウンターの前で並び、
自分の番になってさぁ話そうとした瞬間、
50歳代と思しき女性に横からどすんと押しこまれ、
力技で横入りされたのです。
そしてそれを目の前で見ていたインフォメーションの女性は、
何事もなかったかのように、その女性の質問に答え始めました。

なるほどね〜、この辺はまだ変わってなかったか。
でも、一応列があり、横入りは『たまに』ですから、
列すらなく、カオスにしか見えなかったインドの鉄道チケット売り場より、
だいぶ旅がしやすいと思います。
(ま、それも15年くらい前の話ですけど・・・)

次はチケット売り場で並んでいた時。
隣の列の様子を見てたら、
日本でなら大クレームになりそうなことが普通に繰り広げられていたのです。

乗客が列に割り込むならスタッフも負けちゃいません。
窓口のスタッフが相手も見ずに、
チケットやお金をポイっと投げてるじゃないですか!
ところがここでは「おい、ちょっと待てよ! なんだその態度は?」
なんてことにはなりません。
投げられたお客さんは何事もなく、
お金とチケットを受け取って去って行くのです。
あ、もちろん、この間どちらもスマイルなんてなし。

この観察は興味深かった!

で、僕の番になったので、
試しにローカルとは違うアプローチを試してみたのです。

「ニイハオ!」(これは100パーセント通じます)

僕は『笑顔』で『明るく』窓口の女性スタッフに挨拶してみました。
これまでまったくと言っていいほど、
お客さんに顔を向けなかった彼女がはっと僕の方を見ました。

よ〜し。

次はともこ語の要領で、
「トリップドットコム! トリップドットコム!」
(この中華系旅行サイトで鉄道チケットをブッキングしたのです)
次にメモ帳に書いた5路線分の予約ナンバーとパスポートを見せました。
すると彼女は頷いて、それらを受け取ろうと手を伸ばしてきたのです。

すべてのチケットを受け取った後、
僕はまた最初と同じように「謝謝!」
ここで彼女はようやく、はにかむような笑顔を浮かべたのでした。

そう、それが見たかったんだよ。

彼らには彼らのやり方があり、僕には僕のやり方がある。

自分が今いる文化圏でNGにならないなら、
僕は基本的に自分のスタイルで振舞っています。
そう、それはもちろん、日本の文化をベースにしたもの。

明日は午前中にローカル鉄道で吉林省の省都、長春に移動します。
この移動中もまた、とてもいい観察の機会に恵まれることでしょう。
それではおやすみなさい。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月18日

第18回取材旅行 その1

日本の皆さま、こんばんは!
僕たちは予定通り中国東北部の街、ハルビンに着きました。
そちらとの時差は1時間だけ。

それもそのはず、成田からのフライトタイムはたったの2時間55分。
台北に飛ぶより短いくらいです。

昨夜は思った通り、
ととら亭のシャットダウンや旅行の最終準備に手間取って、
結局、2時間ちょっとの仮眠をしただけで出発。
もう眠いのなんのって・・・

で、今回は成田エクスプレスの終点、第1ターミナルではなく、
ひとつ前の第2、3ターミナルだったでしょう?、
寝坊して降り遅れないか心配でしたよ。

そういえば日本からの出発でLCCを使うのは今回が初めて。
第3ターミナルはどんなところかしらん?
と、駅からワクワク630メートルも歩いて行ってみれば、
なるほど航空会社だけではなく、
建屋もチェックインカウンターもみ〜んなLow Cost。
地方のアウトレットみたいじゃないですか。

チェックインカウンターが混んでいて時間がかかった僕らは、
フードコートで食事をする暇もなく、そのまま出国手続きへ。
まぁ、セキュリティエリアでも何かあるだろうと思いきや、
あったのはカフェが1軒だけ。
でもホットドックとチキンのホットサンドウィッチは美味しかったですよ。

さて、のんびりする間もなくボーディングタイムとなり、
次はどんなLow Costかな?
と1階のボーディングゲートまで行ってみれば、
なるほどブリッジで飛行機と連結されているはずもなく、
バスで駐機場を巡る、かなり長いドライブツアーが待っていました。

この辺から乗客はほとんど中国人の方たちなので、
すでにハルビンに着いたかのような雰囲気。

いいですね。

今回お世話になったのはSpring Japan(春秋航空)さん。
LCCとはいえサービスは簡略化されていても、
日本語と中国語のバイリンガルキャビンクルーさんたちはおしなべてラブリー。
3時間を切るフライトタイムであればLCCも十分ありですね。
僕らにとってはもう十分です。

ハルビンの太平国際空港は、
今年の1月に行ったトルコのカイセリ空港と同じく、
いかにも地方都市によくある鄙びた感じ。
イミグレでは指紋を全部スキャンされるのですが、
これがよくできたシステムで、
インスペクターがパスポートを読み取ると、
その時点で国籍が判別され、
「右手の指を4本画面に乗せて下さい」
ってな具合にスキャナーがその国の言葉で説明を始めるのです。
とうぜん僕らには日本語で分かりやすく話してきました。
ディスプレイに具体的な指の置き方まで表示されますから、
あれならまごまごする人もあまりいないでしょう。

さて、次のバゲッジクレームは、ぽつねんとターンテーブルが1台だけ。
かなり待たされるとの前評判でしたけど、
僕らのバックパックはさらっと出てきました。
そういえば、かつてはこういう時の中国人の方たちは、
みなさん殺気立って怖かったのですが、
ここでは皆さん、お行儀よく、
他の人に迷惑をかけないよう荷物を取っていました。
こういうところは、ここ30年でほんと変わりましたよね。

そして税関をするっと抜ければそこはアライバルロビー。
Welcome to China!!

なんだけど、なんにもない。ほんとにない。
キオスクやカフェはおろか、
ツーリストインフォメーションもATMもないのですよ。
あるのは両替窓口ひとつだけ。
(カイセリはこれすらなかったな)

しょうがないので当座の人民元をゲットして表に出たら、
今度はタクシーはうじゃうじゃいても市内へ行くバスがいない。
で、営業をかけてきたタクシードライバーに、

「市の中心へ行くバスはどこから出ますか?」
と訊けば、
「そんなのはない」

ホントかい?

で、両替所のお姉さんに訊けば、
国内線ターミナルへ行くシャトルバスを指さしています。

ん〜、そうじゃないんだよ。やっぱり英語はダメね。
いや、待てよ・・・
国内線のターミナルに行けば、
ATMやバスターミナルがあるのかもしれないぞ。
タクシーならどちらでもうじゃうじゃいるのだから、
ダメもとで行ってみよう。

ああ、彼女が正解でした。

なんと無料シャトルバスで行った国内線ターミナルは、
国際線のそれの数倍はあるかと思う立派なもの。
当然、カフェもキオスクもみんなありました。
僕らはバスチケットブースで中心部までのチケットを買い、
ちょうど発車寸前だったバスに滑り込みセーフ。

そんなこんなでハルビン駅前のバスターミナルに着いたのは、
現地時間の16時頃だったかな?

ハルビンの天気は晴れ。気温は23度。
風が乾いていて、とても気持ちがいいです。

ここでホテルまで行く前に、遅いランチにすることとしました。
もうお腹ペコペコ。
もちろんさっそく取材の始まりでもあります。
今回のミッションのひとつは日本のギョーザのルーツ探し。
というわけで入ったお店が『東方餃子王』!

いいね〜、このネーミングセンス。
餃子王なんだからまず間違いない。

さらに注文したのが『餃子大会』。

これだけでもうお分かりと思いますが、
『餃子大』の『餃子大会』が美味しくないわけないんですよ。

そして結果はまさしく僕らの期待を裏切りませんでした。
具の異なる4種類の餃子の盛り合わせ。
どうやって食べるのかな? 酢とか醤油をつけるの?
なんて発想そのものが邪道であることが一口食べて分かりました。

そのままでいいのです。
完成されているんだから。
(写真はあとでお見せしますね)

いやぁ〜、到着して2時間足らずでこの収穫はうれしい。

さぁ、天気もいいし、もう少しお腹がこなれたら、
目抜き通りである中央大街の偵察です。
ここにもギョーザの老舗の店がたくさんあるとか。
楽しみだ〜!

えーじ

P.S.
そうそうインターネットの接続テストの結果ですけどね、
やっぱり Google や Youtube などはアクセスできませんでした。
さいわい、ととら亭関連のサーバはウェブサイト、ブログ、メールともにOK。
ま、大物以外はあんまり気にかけていないのでしょうね。
posted by ととら at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月17日

第18回取材旅行の準備 その3

いよいよ明日は出発。

取材ルートと内容の難易度から前倒しで準備を進めていたのですが、
体調不良のリカバーでロスタイムが膨らみ、
結局、いつもどおりのドタバタになってしまいました。

それでも体調が良くなっただけラッキーかもしれません。
というのも、今回はいつになく、いやぁ〜な予感がしているんですよ。
特に、内モンゴル自治区のウランチャブから国境の街のエレンホト、
そして国境を越えてザミンウードに出るまでの間。
こうした状況で不安要素はひとつでも少ない方がいいですからね。

ま、その辺はこの後のブログでお知らせを・・・

と結びたいところですが、
中国はインターネットの接続制限がいろいろありまして。
Google や facebook、twitter、youtube、
Wikipediaが使えないのはご存知のとおりですけど、
僕がブログを置いている寄り合い所帯サーバーも、
他の入居者が目を付けられていると、
丸ごとアクセスできないかもしれません。
(僕も言いたいことを言っているからな)

2016年11月に香港とマカオに行った時は、
ととら亭関連サーバだけではなく、Googleなども問題なく使えましたが、
これまたご存知のとおり、かの地は特別行政区ですからね。
本土がどうなっているのかは、行ってみないと分かりません。

取りあえず、明日の午後、ハルビンのホテルにチェックインしたら、
接続テストをやってみるつもりです。
NGだった場合、中国滞在中のブログは更新できませんので、
ウランバートルに着く予定の6月26日まで僕らはオフラインになります。
ま、そうなっても出たとこ勝負でなんとかしますから、
心配しないで待っていて下さいね。

さて、明日は朝5時に起きて7時に新宿を出発し、
11時発のハルビン行きスプリングジャパンIJ213で日本を離れます。
スケジュール通り行けば、日本時間14時ごろに着きますから、
接続テストは同17時前後かな?

それでは行って来ます!

えーじ
posted by ととら at 22:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月16日

自分の旅のために その6

ご心配をおかけしております。

さいわいめまいは2回目の発作以降落ち着いて・・・
というか、原因不明のまま沈黙し、
あたかも何ごともなかったかのような『健康』状態に戻りました。

ん〜・・・一過性のものだったのかしらん?

ともあれ、
別のクリティカルな原因の可能性もあるので、
しばらく様子をみたいと思います。

いやぁ〜、それにしても今年は故障続きで参りました!
この半年弱の間だけでも、受けたメディカルチェックは、

胸部レントゲン 3回
膝部レントゲン 1回
膝部MRI   1回
頭部CT    2回
胃カメラ    1回
etc...etc...

とまぁ、なんともデラックスな状態でございます。

中には英語がほとんど通じない、
トルコの地方都市で受けた検査もありました。

で、ああいう「治療以前に病院はどこだ?」な状況を避けるために、
今年は人間ドックに行ったり、「なぁ〜んか変だな・・・」
なところを検査して頂いたりしている訳なのですよ。

ほぇ〜、おじさんになると医療費がかさむのぅ・・・

ところで『自分の旅のために その2』で触れました左ひざの故障。
内側の半月板が損傷してますね、で途切れていましたが、
あのあと、もう一度別のドクターがMRIの結果を診たら、

「あ〜、ガングリオンもありますね」

が、がんぐりおん?
合体ロボットですか?

「いやいや、良性のできものみたいなものですよ。
 痛みはどうですか?」
「強い時は足を引きずるくらいになりますが、
 ほとんどは無視できます。
 起こるタイミングはランダムで、
 朝、階段を下りる時に一番違和感を感じますけど、
 ただ立っているだけの時でも突然、
 関節が外れかかったような感じになることがあります。
 でもそれがまた何かの拍子にふっと消えてしまうのですよ」
「う〜ん、なるほど。では日常生活に支障はない?」
「だいたい1時間前後で痛みが消えますから」
「じゃあ、様子見にしましょう」
「様子見? 急に悪化して動けなくなるようなことになりませんか?」
「ん〜、それはあまり考えられませんね」
「20キロ前後の荷物を背負って、
 言葉が通じず、医療もあまり期待できない地域に行くことがあるので、
 現地で急に動けなくなると困るのですよ」
「・・・? アフリカとか?」
「まぁ、そんなとこです」
「この状態から急に悪化して、
 動けなくなってしまうことはまずないでしょう。
 しかし心配でしたら内視鏡を使った手術で簡単に除去できますよ」

というわけで、これは原因が特定できて、
should do と should NOT do が分かりました。
実を言うと左だけではなく、右膝も同じような状態なので、
今後、落ち着いたところでオペをして頂くかどうか、
検討してみたいと思います。

めまいに花粉症、関節炎、腰部椎間板ヘルニア、
両膝の半月板損傷とガングリオン。
他にも謎の呼吸障害とか白血球の減少など。

いやはや、この年齢になると、
いろいろ体が壊れてくるものです。
でも僕はあまり悲観していないのですよ。
生き物はすべからく加齢とともに壊れて行くものですからね。
その例外は、少なくともこの星にはない。

それから、奇妙に聞こえるかもしれませんが、
若い頃、永らくライダーをやっていたせいか、
僕は自分の体もオートバイのように考えている節があります。
なので、
ツーリング(渡航国)先に合わせてメンテナンス(トレーニング)したり、
山の中(言葉が通じず医療が期待できない地域)で、
故障(病気や怪我)したことを想定して、
応急修理(ファーストエイド)の方法を覚えたりしているのですね。

それもこれもすべて『自分の旅のために』。

実家で眠る愛車と同じく、
僕自身の体もだいぶ老朽化が進んできましたけど、
まだ暫くは走れそうです。

たのむぜ相棒!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月14日

香港という鏡に

取材旅行に出る時は、必ず登録している外務省さんの『たびレジ』。
プッシュ型で最新のセキュリティ情報を入手できるので、
とても重宝しています。

今回、登録している地域は中国とモンゴル。
すると6月13日、さっそく1通の電子メールが届きました。
内容は『香港で行われている抗議活動についての注意喚起』。

む〜・・・

来週の火曜日から行くのは中国の東北部ですから、
直接的な問題はないと思いますが、
香港に住む友人を思うと複雑な心境になってきました。

そう、とても複雑な・・・

というのも、僕にとって香港で起こっている問題は、
外国で起こっている遠い話ではないからです。

反対されている『逃亡犯罪人条例等改正案』の各論についてではありません。
これを僕が何度か話している『民主主義のバグ』の土台に乗せると、
そこには他人事ではない構造が浮かび上がって来るからなのですよ。

ほら、『中央と地方の分権』とか、
『多数派と少数派の対立』なんて言葉に言い換えると、
いずれもお隣さんの話ではなくなると思いません?

たとえば沖縄県でもめている辺野古への米軍基地移設問題。

素朴な言い方をすれば、民主主義は数で意思が決定されますから、
現地の人々が「イヤ」と言っているのだから、
「移設はダメ」で民主的に以上終了!
バイバイ、アメリカ軍!

にはなっていませんよね?

なぜか?

話が国防となると主管は県ではなくて国。
だって自衛隊(日本軍)はあっても、
沖縄軍とか東京軍なんてのはありませんからね。
ましてやここには外交権だって絡んでくる。

となると、民主的に意思を決定するための参加者は、
沖縄県だけではなく、全国になってしまう。

で、国会における判断は結果的に、
いや、暗黙の裡に「しょ〜がないよね〜」・・・でしょ?

この問題、フラクタルな構造を持っていて、
マクロな国防からいくらでもブレイクダウンして行けます。

ほら、親会社と子会社の、部と課の、
県と市町村における『全体と部分の対立』は、
僕たち市井の市民にだってお馴染みの問題でしょ?

全体と部分におけるそれぞれの民主的な意思決定の結果は、
必ずしも一致するとは限らない。
いや、むしろ対立することの方がずっと多い。

では、僕たちはどうしたらいいのか?

残念ながら僕には分かりません。

そこで、
身近な各論で議論すると感情が入ってハードルが上がりますから、
別の問題を使ってディベートしてみるのはどうでしょう?

これは大人だけのお勉強ではなく、
小学生くらいから身近な話題で始めてもいいんじゃないかな? 
日本の学生はほんと、ディベートが下手ですからね。

で、話を戻して香港です。

みなさんも一緒にこの問題をディベートしていただけませんか?
グローバリズムってのは、ひとりで机に向かうより、
本来、こうしたことをベースに成り立つべきなのではないか?

ミクロなプチブルの旅人は、
けっこう真面目にそんなことを考えているのでございます。

えーじ
posted by ととら at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月10日

Good luck our fellows.

昨夜は閉店後、与太呂の野崎板長、
ラ・ポム・ド・パンの松本シェフとゆーこマダム、
そしてチッチョベッロの大野シェフがととら亭に集い、
久し振りのミッドナイトオフ会となりました。

料理と酒は4店の持ち寄り。

off01062019.jpg

わははは〜、で、どうですこれ?
オフィシャルにはあり得ない、4人の腕利き料理人の競演ですよ。
全体の脈略こそありませんが、
裏メニュー炸裂の美味いものづくし。
ふふ、役得とはまさにこのことかな?

事前の打ち合わせは、
「そっちなに作ります?」
「オレ、肉料理持って行きますよ」
この程度で、後は料理人同士の阿吽の呼吸と申しますか、
相手の出方を予測しつつ、かぶらないように得意分野で勝負します。
しかし今回意表を突いてきたのは大野シェフ。
クロダイの塩釜蒸しでみんなの度肝を抜きました。
やるねぇ。

さて、一般的に同業者といえば商売敵ですけど、
実際はこの通り、エネミーや競争者というよりフェローなんですよ。

え? 意外な話だ?

ん〜、かもしれませんね。

でも、これは特殊なケースではなく、
同じ飲食業で独立し、自ら現場に立つ個人事業主同士であれば、
仕事にかける思いも、悩みも、喜びもまた一緒。
となれば、
街の中でも一番シンパシーを感じる相手が同業同士になるというのも、
あながち難しい話ではないしょう?

でも、昨夜はちょっとセンチメンタルなムードにもなりました。
というのも、集まった理由が、
松本シェフとゆーこマダムの壮行会だったからです。

ラ・ポム・ド・パンは野方での12年間に及ぶ営業に終止符を打ち、
高円寺に移転することとなりました。
これもまたひとつの旅立ちだとはいえ、
この街で苦楽を共にしたフェローを見送るのはやはり寂しい。

特に解体されて行く店を見るのは、
それぞれのメンバーが自分の店を作っていた時のことを胸に刻んでいるので、
言葉にならないものがあります。

そう、あの独立の日々。

世界にひとつしかない看板を出した時の、
店内に初めて電灯が灯った時の、
あの感動もまた、
僕たちが心の中でシェアしている宝物に他なりません。

おっと、また少し湿っぽくなっちまったね。

でもこれは終わりじゃない。
まだまだ楽は出来ないってことだよ。

松本さん、ゆーこさん、
いつかまた一緒に、地獄の3丁目まで行きましょう!

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Good luck our fellows!!

ともこ & えーじ
posted by ととら at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月08日

プチブルの和訳

以前、僕の肩書きってなんだろう?
というお話をしたことがありましたけど、
独立して9年が過ぎても、
相変わらず名刺はデビュー当時と同じ。
シンプルそのものです。

残り少なくなって再印刷をお願いするたびに、
何かそれっぽいことを入れようかな?
と思いつつも、やっぱりどこか煮え切らない。

たぶん、社会的な体裁よりも、
リアルな自分の『仕事』を思い浮かべてしまうからなんでしょうね。

たとえば、ときどきお店に来てマネージャーを呼びつけ、
「どう、忙しい?」なんて涼しい顔して言っていられるなら、
『代表』とか『取締役』なんてのが似合うのでしょうけど、
現実はねぇ・・・

painting02.jpg

これですよ。

え? 何してるんだ?

ご覧のとおり、ファサードのニス塗りをやってるのです。
(しかも定休日!)
木製部分は雨ざらしだと朽ちてきますからね。
この日は踏み台を中心に補修をしながらの化粧直し。

painting.jpg

もちろんともこも例外ではありません。
ま、彼女の場合『旅の料理人』って洒落た肩書がありますけど。

思えばここ1週間だけでもこの他に、
詰まりかけた下水の掃除やら、
廃材を使ってのペンスタンド作りなど、
およそ『経営者』らしからぬお仕事が続いていました。

そう、『プチブル』を和訳すると、
『万事屋(よろずや)』となるのでございます。

えーじ
posted by ととら at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年06月06日

自分の旅のために その5

この前の火曜日の夕方。
予定通り、僕は前回めまいを起こした時と、
まったく同じメニューでトレーニングをやってみました。
そして近くの公園でストレッチを終え、
アパートに向かって歩きながら、

さ〜て、賽は投げられたぞ。
1回目と同じであれば、あと1時間以内でくらっと来るはず。

しかし、シャワーを浴びて2時間が過ぎても何も起こりません。

そこでいつも通り食事をして早めに眠り、
目が醒めると・・・

ん〜・・・朝か・・・
そうだ、昨日から人体実験中だったんだ。
2回目の発作の時も、ここまでは何ともなかった。
問題はここからだ。

僕は目を閉じたままゆっくり体を起こし、
頭を揺らさないように立ち上げってみました。
そしてそっと目を開けると・・・

お、揺れて・・・ない・・・よな?
うん、大丈夫、揺れてない。

「どう? 調子は?」

店に行くと、ともこが心配そうな顔で待っていました。

「ああ、大丈夫。ここまで歩いて来る間もめまいはしなかったよ」
「治ったのかな?」
「ん〜・・・どうだろうね? そもそもまだ診断もついてないし」
「頭位性なんとかじゃないの?」
「その可能性が一番高いと思うんだけど、
 症例を調べてみても完全に一致はしないんだよ」

1回目の発作の時は、膝の故障のついでに隣の内科で診て頂きましたが、
専門性から言うと、まず行くべきは耳鼻科だそうで。
そこで行ってはみたものの、
眼振を調べるフレンツェル検査では異常が見られず。
しかし聴覚テストをやって頂いたら、
左耳で中低域の音がわずかに聞こえにくくなっていて、
メニエール症候群の可能性も考えらえると。

ここで「なるほど!」と膝を打てれば良かったのですが、
いきなり難聴になった気はしないし、
めまいは回転型ではなく揺れ型で、横になれば10分程度で消失します。
いずれも部分一致にしかなりません。

困ったね。

こうなりゃもう、そのものずばりの『めまい外来』に行くしかない!

で、行きました。
そこで再度CTまで撮って頂き、頭の輪切りを見ながら説明を受けても、
命にかかわるクリティカルな所見は認められず。

結局、3人のドクターの意見で一致していたのは、
「対症療法的な薬を飲みつつ、しばらく様子を見ましょう」

う〜ん・・・

めまいを起こす病気はいろいろあり、
診断は非常に難しいとはいえ、
僕も「ですよね〜」と寝ころんでばかりはいられません。

もう一度、頭を白紙に戻して考えてみよう。
こうした時は、2回の発作に共通していることだけではなく、
アノーマリーなことにも目を向けるべきだよな。
僕は何を見落としているんだろう?

「いつもと違うと言えば、連休中も調子が悪くなったじゃない?」
「え? この前の10連休で?」
「ほら、あさ来るなりダウンしたでしょ?」

ああ、そういえば・・・

皆さんが10連休中だったとき、僕らは13日間連続営業でした。
その佳境にあたる5月10日の金曜日。
朝起きた僕は驚いたんですよ。
なぜって目が醒めて起き上がると、
寝る前よりはるかに疲れているじゃないですか!

なんじゃこりゃ?(松田優作風)

なんとか店まで歩いて行ったものの、
疲労感というか虚脱感というか、
体は一日中トレッキングした日の夜のような状態。

思えばこんなことは、今まで一度もありませんでした。

ってなわけで、
僕は店に着くなり例によってベンチシートにダウン。
その日はランチがお休みでしたので、
またアパートに戻って夕方まで爆睡していたのです。
さいわいディナー営業前に復活しましたが、
思えば最初の発作はその3日後。

「過労が原因じゃない?」

過労?
ん〜・・・確かに横になっていると症状が消える。
横になる・・・つまり休む・・・
そうか!

「僕には休暇が必要だってことだな!」
「ちょっと〜っ! あたしはどうすんのよ!」

というオチなのかどうか分かりませんが、
この件のステータスは、
とりあえず『様子見』ということになりました。

大丈夫かな?

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記